『切り札』
それは、決闘の行方を左右するカード。決闘者が勝負を懸けた1枚。
モンスターカードに限らず、魔法カードや罠カードでも『切り札』にはなり得る。デッキを組んだ時からずっと使い続けてきた相棒を、愛情を込めて『切り札』と呼ぶ決闘者は大勢いるし、特定の対戦相手に対して『メタ』を張るカードでも『切り札』と呼べるだろう。
総じて決闘における『切り札』の定義は曖昧なものだ。だが、最初に述べた通り、『切り札』は決闘の流れを時には変え、時には支配する存在であることは間違いない。
だからこそ、ペガサスは困惑していた。
ヴォルフ・グラントにとって『三幻魔』の一柱である『降雷皇ハモン』は紛れもない『切り札』であるはずだ。この戦況を覆すだけの力を持っているに違いない。しかし、ペガサスの前に現れた『降雷皇ハモン』は腕を交差させ、翼を体の前で折り畳んでいる。
「これだけのモンスターを呼び出しておきながら…どういうことデスか?」
「ククッ…さぁな?」
召喚された『降雷皇ハモン』の表示形式は、守備表示だった。
「さらに俺は2体目の『デーモン・ソルジャー』を守備表示で召喚。ターン終了だ。さぁ…テメェに絶望を叩きつけて、その薄笑いを引き剥がしてやるよ」
モンスターを追加で呼び出し、ヴォルフはターンを終える。
ヴォルフ LP1700 手札1
《モンスター》
降雷皇ハモン
デーモン・ソルジャー
《魔法・罠》
なし
ペガサス LP4000 手札1
《モンスター》
トゥーン・マーメイド
(弓を引くマーメイド)
《魔法・罠》
トゥーン・ワールド(発動中)
リバース1
ペガサスは眉を潜めた。ヴォルフの意図が全く分からない。せっかくの『三幻魔』で攻撃を行わず、守備表示のままターンエンド。しかもヴォルフは、折角奪った『トゥーン・ワールド』を召喚コストに『降雷皇ハモン』を呼び出しているのだ。
「私のターン、ドロー。『ゴブリン突撃部隊』を召喚しマース。当然このモンスターも『トゥーン』となりマース」
『ゴブリン突撃部隊』は全員まとめて『トゥーン・ワールド』に挟まれ、ファンシーな姿に変化した。人数が多い分、とても騒がしい。
「けっ、それはもう見飽きたぜ」
「…バトルに入りマース。『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』でダイレクトアタックデース!」
ペガサスの命を受け『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』がその名の通り、ヴォルフに向かって突撃する。
「あぁ…臆せずに攻めに来たか!」
これは賭けだ。
ペガサスは『三幻神』に対して『トゥーン・ワールド』の効果が有効か試したことはない。『三幻神』には、魔法カードは上級魔法が1ターンしか通用せず、効果モンスターの効果・罠カードの効果は完全に無効化される。永続魔法であり、基本的には自分モンスターを対象にとっている『トゥーン・ワールド』が『三幻神』に対して通用するのかは、完全に未知の領域だ。
そしてそれは『三幻神』と同等のプレッシャーを放っている『三幻魔』にも言えること。分からないのなら、試してみるしかない。
綱渡りをしているかのような緊張感で、攻撃を見詰める。
だが案の定、『悪魔』の力はペガサスを嘲笑う。
「ククッ…ヒャハハハ! そんな深刻そうな顔すんなよ! 『降雷皇ハモン』の効果発動だぁ!!」
「What!?」
「このモンスターが自分フィールド上に表側守備表示で存在する限り、相手はこのモンスターしか攻撃できねぇんだよ!」
「攻撃誘導効果!?」
『降雷皇ハモン』の翼が広げられ、そこから雷が迸る。まるで避雷針に吸い寄せられる稲妻のように『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』は『ハモン』に向かっていく。レベル4としては高い2300の攻撃力も、4000という圧倒的壁の前ではあまりにも無力だ。『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』達は虫けらの如く蹴散らされる。
「ぐっ……まさかそんな能力だったとは……」
ペガサス LP4000→2300
この決闘ではじめて、反射ダメージという意外な形でペガサスのライフに傷がついた。
「ようやくテメェに一撃入れることができたぜ」
ヴォルフが満足そうに頷く。
「調子に乗らないでくだサーイ。ユーの『ハモン』の能力は理解しマシた」
「なら分かるだろ? 『降雷皇ハモン』は絶対防御の幻魔。コイツが存在する限り、テメェは俺にダメージを与えることはできねぇ」
『ラーの翼神竜』が『三幻神』最強の攻撃力を持っているように、『降雷皇ハモン』は『三幻魔』最高の防御力を誇る。
もっともヴォルフは『ハモン』1枚で『ラー』に対抗できるとは思っていない。あのカードは古代文字(ヒエラティックテキスト)を読み取らなければ力を発揮できない、『三幻神』の中でも特別なカード。同等に渡り合うには『ウリア』と『ハモン』だけでは力不足だ。やはり最後の1枚の力も必要不可欠。だからこそこの決闘に勝ち、ペガサスの『魔力(ヘカ)』を根こそぎ奪う必要がある。
「どうしたぁ? 呆けてないで、とっととターンを進めろ!」
「……私は『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』の効果で表示形式を守備表示に変更しマース。これでターンエンドデース」
ここにきて、決闘は膠着状態となった。ペガサスは『ハモン』の効果によって『トゥーン・モンスター』の持ち味である直接攻撃を封じられている。
『三幻魔』に対して『トゥーン・ワールド』の攻撃対象に選択できない効果が通用するかは不明だが、少なくとも2体の守備モンスターを破壊しなければ、ヴォルフもペガサスに致命傷を与えることはできない。
その間は『降雷皇ハモン』を攻略する策を練る為の時間がある。ペガサスはそう思っていた。
「俺のターン、ドロー!」
だが、決闘において希望的観測は命取りだ。常に自分に有利な状況が続くとは限らない。自分が逆転の1枚をドローするように、相手が運命の1枚をドローすることもある。
このヴォルフのドローは、まさにそれであった。
「『ハモン』で守りながら、じっくりいたぶってやろうと考えてたが……こいつはツイてるぜ。魔法カード『大嵐』発動!」
「しまった……『トゥーン・ワールド』が!?」
長らくペガサスのモンスターを守り抜いてきた『トゥーン・ワールド』が暴風で吹き飛ばされる。勿論その中の住人である『トゥーン・マーメイド』と『トゥーン・ゴブリン突撃部隊』も例外ではない。
「うざってぇその本とも、おさらばだぁ! モンスターもリバースカードも、全て破壊されれば防御手段はない。『ハモン』の攻撃を直接ぶちこんで終わりだ!」
「いいえ、まだ終わりまセーン!」
吠えるヴォルフを制するように、獣の叫びにも似た轟音が響いた。
「残念デスが、ユーの『大嵐』に合わせて罠カード『威嚇する咆哮』を発動させマシた。これでユーは攻撃できまセーン」
『威嚇する咆哮』
通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。
フリーチェーンの罠カードをセットしていたからよかったものの、これが『ミラーフォース』等の攻撃反応系の罠だったら、このターンでやられていただろう。忌々しそうに守備表示の『降雷皇ハモン』が唸りをあげている。その主も苦々しげに吐き捨てた。
「ちっ…無駄に粘りやがって。ターン終了だ」
ヴォルフ LP1700 手札1
《モンスター》
降雷皇ハモン
デーモン・ソルジャー
《魔法・罠》
なし
ペガサス LP2300 手札2
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
なし
壊滅。
僅か1ターン。『大嵐』1枚で、決闘は一気にヴォルフの有利に傾いた。ペガサスのフィールドは空。対するヴォルフのフィールドには『降雷皇ハモン』
状況はペガサスにとって、かなり厳しい。
「私のターンデース。ドローしマース」
「ククッ……おいペガサス。サレンダーするなら今のうちだぜ?」
自らの有利を誇示する為に、ヴォルフはあからさまにペガサスを煽る。心理的に相手を揺さぶるのも、立派なゲームの戦術の1つだ。
「サレンダー? 私は降参する気はありまセーン」
「あぁ、そうかよ。じゃあ最後まで、たっぷり痛めつけさせてもらうとするか。悪く思うなよ」
「別に構いまセーン……そもそもおかしな話デース」
だが、そんな揺さぶりをものともせず、ペガサスは涼しげに言い切った。
「何故、まだ『切り札』を出していないのに、サレンダーしなければならないのデスか?」
「……あぁ?」
何気なく放たれた一言は、ヴォルフを混乱させた。
まだ『切り札』を出していない?
『トゥーン・ワールド』以上の何かが、ペガサスには残されているということか?
「私は『ソニックバード』を召喚しマース。そのまま効果発動デース!」
『ソニックバード』
風/鳥獣族
ATK1400
DEF1000
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、自分のデッキから儀式魔法カード1枚を手札に加える事ができる。
風を切る音と共に、背中のジェットを噴射させながら、凄まじいスピードで一羽の鳥がフィールドを横切った。
「『ソニックバード』だと……儀式召喚か?」
「イエース。私が手札に加えるのは儀式魔法『イリュージョンの儀式』」
ペガサスは、見事な指使いでデッキから『イリュージョンの儀式』を抜き取ると、くるりと裏返してヴォルフに見せた。確認の為の事務的な作業だが、なぜかヴォルフは悪寒を覚えた。まるで喉元に、刃を突きつけられているかのような、そんな感覚を。
「はじめまショウ。『ソニックバード』を生け贄とし、儀式魔法『イリュージョンの儀式』を発動しマース」
紫の煙がペガサスのフィールドを包み込む。生け贄となる『ソニックバード』はいつの間にか姿を消している。ゆっくりとフィールドに満ちていく紫煙に、ヴォルフは否が応にも警戒心を高めた。
だが、焦る必要はない。生け贄に使用されたのはレベル4のモンスター。出てきても、所詮低レベルの儀式モンスターだ。
―――そう思っていた。
「ッ……コイツは!?」
晴れてゆく煙の先から感じたのは、濃密な『魔力』の気配。これは間違いなく、ペガサスが自身の体に宿している『精霊(カー)』そのものだ。
ペガサスはそのモンスターの召喚に対して、『トゥーン』の時のような喜びに満ちた声は微塵も載せず、ただ静かに名を呼んだ。
「―――儀式召喚『サクリファイス』」
ヴォルフは絶句した。
雰囲気からして『トゥーン』とは違うモンスターが出てくることは予想していた。
だが予想以上に。想像以上に。あまりにも醜い。
おそらく頭部と思われる部分にあるのは、無機質な金色の眼(ウィジャド)
下半身はなく、なにかを捕食するためにあるような穴が空いている。広げた翼のような部分の表面は、常に不快な音をたてながら少しずつ動いていた。
首は細いのに、腕や肩はなにかを掴みとる為か、異様に太い。全体的にアンバランスで、見ているだけで不快感を覚える。
「……なんてバケモノを飼ってやがる……どんな『創造』をしたらこんなカタチになる?」
決闘者がその身に宿す『精霊(カー)』は、自分自身の心を写した存在だ。心に光を宿していれば『精霊』は美しく、雄々しく。逆に闇を宿していれば、醜く、汚れた姿になる。
竜や戦士、時には魔物の姿をモチーフにして、その姿は定まっていく。
だが、このモンスターはなんだ?
どうしたら、こんなにも歪んだ、生物に共通点を見出だせないような姿になるのか。
「世の中の大抵の汚いものは許せると思っていたが……さすがの俺でも気持ちわりぃな」
「……それが普通デース。このモンスターは私の心の闇そのもの。ユーが言う通りのバケモノデース。ですが、私はそれを恥じる気はありまセーン。『サクリファイス』は私の一部でもあるのデスから」
『トゥーン』をペガサスのゲームへの『愛』を象徴するカードとするならば、『サクリファイス』はペガサスの『欲』を象徴するカードだ。
手に入れたものは失いたくない。失ったのなら強引にでも取り戻したい。嘗てペガサスはそうした『欲』に溺れ、道を踏み外した。最愛の恋人である『シンディア』を人が逃れることが出来ない死から、取り戻そうとしたのだ。振り返ってみれば、なんと傲慢で、愚かな行為だったことか。
今のペガサスにとって『サクリファイス』は自分の過ちを思い出させるカード。しかし、だからこそペガサスは『サクリファイス』のカードをデッキから抜かなかった。自分の罪から目を背けない為に。もう2度と、同じ過ちを繰り返さない為に。
己の闇の写し身を、1つになってしまった眼で見つめ続ける。
「闇を喰らうのには闇が相応しい。ユーもそう思いまセンか?」
「あぁ? 何か言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」
「その答えは、このモンスターの効果で示しまショウ。『サクリファイス』の能力を発動しマース!」
ペガサスが指示を下した。『サクリファイス』は首を上げ、金色の眼で『デーモン・ソルジャー』の姿を捉える。幻想モンスターである『サクリファイス』に1度でも捕捉されてしまえば、もはや逃れる術はない。
「な……『デーモン・ソルジャー』が!?」
単眼の魔物は、異形の下半身を開き、獲物を吸い込んだ。しばらくすると、翼のような部位にかろうじて『デーモン・ソルジャー』の体が浮かび上がった。取り込まれているせいか、身動きはほとんど出来ずにもがき苦しんでいる。
「これこそが『サクリファイス』の能力。ダーク・ホール。相手モンスターを吸収し、己の一部としマース」
ヴォルフは気がついた。『サクリファイス』の肩から広がる部位は、羽ばたく為の翼などではない。形こそまるで違うが、あれは吸収したモンスターを磔にしておく十字架だ。
「そしてこのモンスターが受ける傷は、全て『サクリファイス』が吸収しているモンスターが受けマース。つまり、発生する戦闘ダメージは、ユーだけに受けてもらいマース。守備モンスターとの戦闘による反射ダメージも例外ではありまセーン」
『サクリファイス』
闇/魔法使い族
ATK0→1900
DEF0→1600
「イリュージョンの儀式」により降臨。1ターンに1度、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、 装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は、このカードの効果で装備したモンスターのそれぞれの数値になる。この効果でモンスターを装備している場合、自分が受ける戦闘ダメージは相手ライフに与える。また、このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりにこのカードの効果で装備したモンスターを破壊する。
ペガサスの声に反応して、『サクリファイス』は広げた部位を折り畳み、まるで盾のように自らの前面に移した。これで前面に磔にされている『デーモン・ソルジャー』だけがダメージを受けることになる。
ヴォルフは苦虫をまとめて噛み潰したように顔を歪めた。敵モンスターを奪い取り、ダメージは相手プレイヤーにのみ与える。最低に悪辣で、最高に残酷な効果だ。
「本性が見えてきたなぁ……ペガサスさんよぉ!?」
「これくらいはしなければ『三幻魔』は倒せまセーン。もっとも私の『サクリファイス』にできるのは『ハモン』を倒すことではなく、ユーのライフを0にすることだけデスがね」
ペガサスはピンと指を張り、雷の悪魔を指差す。
「バトル。『サクリファイス』で『降雷皇ハモン』に攻撃デース。イリュージョン・デーモンソード!」
『サクリファイス』が『降雷皇ハモン』に突っ込む。ヴォルフのフィールドには『サクリファイス』を止めることができるリバースカードはない。挑んで来る魔物に対して、『ハモン』はその攻撃が主に跳ね返ることも知らず、雷の連撃を浴びせ掛ける。
攻撃は成功。2100ポイントのダメージ。
「これで終わりデース!」
「ふざけるなぁ! こんなところでこの俺が、やられるわけがねぇだろぉ!」
ヴォルフは反駁するように吠えた。だが既に攻撃は通っている。2100ポイントの雷撃が、ヴォルフに向かっていく。
ペガサスは勝利を確信した。
『クリクリ~♪』
場違いで、かわいらしい鳴き声が聞こえるまでは。
「……ハ?」
茶色の毛だるまが、ヴォルフと雷撃の間に割って入った。小さな小さなその体は一瞬で分裂し、主を守る強固な壁となる。
「防御はリバースカードだけとは限らねぇ……俺は手札から『クリボー』の効果を発動させてもらった。ダメージは0だ!」
『クリボー』
闇/悪魔族
ATK300
DEF200
手札からこのカードを捨てる。相手プレイヤーからプレイヤーへのダメージを1度だけ0にできる。この効果は相手のバトルフェイズにしか使用できない。
「……アンビリーバボー。まさか、また『クリボー』に勝利を阻まれるとは…」
『クリボー』
『武藤遊戯』がペガサスを倒す切っ掛けを作ったモンスター。『決闘王国』ではテキストがなく、隠された『機雷化』の能力を持っていた。『増殖』との無限爆破コンボは凶悪の一言に尽きる。
おそらくラルフ達は、隠された効果しかなかった『クリボー』を調整し、手札から発動できる効果を付け加えたのだろう。もっとも、それがまたしてもペガサスの勝利を阻むことになったとは、彼らは夢にも思っていないだろうが。
「やれやれ……よほどそのカードに嫌われたようデスね」
「残念だったなぁ。このターンでトドメが刺せなくて」
「確かに残念デース。しかし、ユーの『ハモン』では私の『サクリファイス』を突破できまセーン。違いマスか?」
ヴォルフの『降雷皇ハモン』には、まだペガサスに明らかにしていない能力がある。だがそれは、相手モンスターを戦闘破壊した時に1000ポイントのダメージを与えるというもの。戦闘に強い『サクリファイス』に対しては、なんの意味も持たない。
「あぁ……確かに予想以上だ、ペガサス・J・クロフォード。見事に追い詰められちまった。認めてやるよ。お前は強い」
万策尽きたことをひけらかすように、ヴォルフは両手を広げた。
「……でもなぁ、納得はできねぇよ。俺が追い詰められているのは、お前の『サクリファイス』が強いからだ。テメェが強いのは、テメェのカードが強いからだ」
「……『三幻魔』を従えているユーが、随分と勝手なことを言いマスね。その言葉は、自分に言い聞かせたらいかがデスか?」
「あぁ、確かに言っても仕方がないことだったなぁ……今、俺達がプレイしているデュエルモンスターズは、そういう矛盾を孕んだ『クソゲー』なんだから」
歯に衣着せず、自らのゲームを馬鹿にした発言をしたヴォルフを、ペガサスは厳しい視線で見る。ヴォルフも目を逸らさず、真正面からそれを受け止めた。
「今この瞬間、俺はテメェのゲームを楽しいとは欠片も思えねぇ。つまらないんだよ。一部のレアカードに力が集中するような、力を持っているやつがそのまま勝つようなゲームの、何が楽しい?」
「……確かにデュエルモンスターズには、ユーが言うような側面があるのは否定できまセーン。しかし、それでも遊戯ボーイは圧倒的な不利を押し退け、私を倒しました。強いカードを持つ者が、必ず勝つとは限らないのデース」
ヴォルフの言うことはペガサスも分かる。だが、それが正しいとは認めない。このゲームの創造主として、絶対に認めない。
そしてヴォルフも、己の『目的』の為に、ペガサスの言うことは決して認めない。
「バカかお前は? 決闘者が全員『武藤遊戯』のようになれるわけがねぇだろ。あいつは『名もなきファラオ』の魂を持つからこそ、お前と対等にやり合い、勝ったんだ。このゲームの問題を、それで解決したことにしてるんじゃねぇ!」
「ッ……ユーはどこまで、彼のことを知っているのデスか?」
「さぁな。それを答える義理はない。関係もないし、興味もない。お喋りを続けたくても、どの道このターンが、俺の最後のターンだろうな」
『サクリファイス』が反射ダメージも相手に跳ね返す以上、このターンで『サクリファイス』を処理できなければ、ヴォルフの敗北は確定する。
ヴォルフは力を込めず、自然体でデッキトップに手をかけ、引き抜いた。
運命を分けるドローにしては、あまりにも淡々としていた。
「まぁ……色々と言いたいことはあるが、とりあえず、今の俺がテメェに言いたい事はひとつだけだ」
今までのどこか狂ったような様子はなりを潜め、ドローカードを一瞥したヴォルフは『決闘盤』にカードを静かに差し込んだ。
「そのモンスター、俺によこせよ」
『洗脳-ブレインコントロール』
通常魔法
800ライフポイントを払って発動できる。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までコントロールを得る。
ヴォルフ LP2100→1300
決闘の中で、奇跡は1度だけとは限らない。
運命の女神は、正義にも悪にも等しく微笑む。
今回、運を味方につけたのは、ペガサスではなくヴォルフだった。それだけのことだ。
『サクリファイス』は見えない手に触れられ、ヴォルフのフィールドへと移って行く。
しかしこれは……
「本当に……皮肉が効いていマスね」
これは『あの時』と全く同じ展開だ。『武藤遊戯』が『サクリファイス』を攻略した時と、全く同じ。
もしも神がいるとしたら、とんでもなく意地悪な展開を自分にもたらしたものだ。それとも、これも定められた運命で、何かの意味があるのか。
ペガサスには分からない。
「どんなに強力なモンスターでも、奪われちまったら意味がねぇよな。これで、本当に終わりだ」
「か……会長!」
アーサーが状況を理解し、叫びをあげる。ペガサスは振り返らずに、それを手で制した。今更足掻いたところで、結果は何も変わらない。
ペガサスは悟った。悔しいがこの決闘は、自分の負けで幕引きだ。
「アーサー。後のことはユーに任せマース」
「会長!?」
「クックク……『降雷皇ハモン』を攻撃表示に変更!」
ようやくか、とでも言いたげに『ハモン』は翼を広げ、腕を広げ、大きく嘶いた。
「最後に、ユーにひとつだけ質問させてもらいマース」
「なんだよ?」
「ユーは『三幻魔』を使って、一体何をするつもりデスか? ユーの望みを聞かせてくだサーイ」
「……なんだ……そんなことかよ。そうだなぁ、俺にもちゃんとあるぜ。でかい目的がな。俺が望むのはただひとつ……」
一瞬、虚をつかれた顔になっていたヴォルフは、すぐにいつもの笑いを取り戻し、ペガサスに言い切った。
「平等な決闘を」
「……なるほど。よく分かりマシた」
軽く頷き、ペガサスはヴォルフを見据えていた眼を閉じた。
「終わりだぁ! 『降雷皇ハモン』で攻撃! 失楽の霹靂!」
全身に帯電した雷の皇は、この決闘最初で最後の攻撃を、ペガサスに向けて放った。
ペガサス LP2100→0
閃光がその場を包み、凄まじい衝撃がペガサス後ろにいたアーサーまで襲う。
「ぐっ……あぁ!?」
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。朦朧とする意識を手繰り寄せ、なんとか頭を持ち上げる。
「会長……?」
煙が晴れる。だが、そこにはペガサスの姿もヴォルフの姿もなく、ただ破壊された会長室の残骸だけがあった。
2人は、忽然と消えていた。
◇◆◇◆
「ッ……はぁはぁ……くそったれが……手こずらせやがって」
膝をつき、気を失っているペガサスを床に下ろしながら、ヴォルフは毒づいた。全身の関節が悲鳴をあげている。
「ヴォルフ様!? ご無事でしたか!」
「見れば分かるだろうが。さっさとペガサスを独房にぶちこめ」
「了解しました」
部下に担ぎ上げられていくペガサスを見ながら、ヴォルフは息を吐いた。固定式のソリッドヴィジョンシステムに手を伸ばし、『亜空間物質転送装置』のカードを引き抜く。
「何回も使うものじゃねぇな。人1人抱えて『跳ぶ』のは負担がデカ過ぎる…」
ヴォルフは決闘の決着が着いた後、力を振り絞り、再び『亜空間物質転送装置』を使用した。行きは1人だったから良かったが、帰りはペガサスも連れて来たのだ。アメリカから日本近海の弧島へのテレポート。負担が大きいのは当たり前とはいえ、これではしばらく動くのは無理そうだ。
「……フィーネは戻っているか?」
「あと20分ほどで到着するかと」
「戻ったらすぐ俺のところへ連れて来い。それから……」
部下の肩を引き寄せて、耳元で囁いた。
「待機させているオブライエンとコブラも連れて来い」
「……あの2人を使うのですか?」
「当たり前だ。何の為に金を払って雇ったと思っているんだ? こういう人手が足らない時の為だろうが」
「……承知しました」
部下が部屋から出て行くと、ヴォルフは椅子に倒れるように座り込んだ。
体は重い。だがこれで、計画の大部分は修正できた。
左腕の『闇決闘盤』からは溢れるほどの『魔力』が感じられる。これで最後の1枚も、使用可能になるだろう。
「もう少しだなぁ……」
後少し。奪われた『ウリア』を奪還し、3枚の『三幻魔』を揃えることができれば、ヴォルフの計画は完遂される。
「全てのカードを……真っ白にしてやるぜ」
誰に言い聞かせる為でもなく、自分自身が確認する為に、ヴォルフは計画の最終目標を呟いた。