ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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24.「デュエルモンスターズは終わる」

 昼間に人気がない場所というのは、意外と少ない。都会でそういった場所を探すとなると、路地裏や寂れた公園などが関の山だろう。

 色々と考えたが、結局少々犯罪めいた真似をすることになってしまった。

 

 今、ルース・フォックスターは廃ビルの最上階にいる。

 

「やれやれ……管理が甘いな。というわけで『クリフ』くん。さっさと開けてくれたまえ」

『くっ…『罠はずし』の異名をとるこの俺に……ビルの屋上の南京錠を開けろというのか!?』

「いいからはやくしろ」

『むぅうう……』

 

 『黒蠍-罠はずしのクリフ』は渋々といった様子で、錆び付いた南京錠に手をかけた。今のクリフはルースの『決闘盤』と『魔力』で実体化している状態だ。3秒と経たないうちに鍵は外れる。

 

「よし、サンキュー」

『……今度はもう少しマシな用事の時に呼んでくれ』

 

 眼鏡をくいっと上げながら、『クリフ』は不満気に言い残してカードの中に消えた。神経質な上、自分の技術にプライドも持っているので、100均で売ってそうな南京錠を外す仕事はお気に召さなかったらしい。

 

 ルースはドアノブに手をかけ、ゆっくりと押した。耳障りな音をたてながら、ドアが開く。屋上に出てみると、南京錠と同じく、あちこちが錆び付いていた。ぐるりと周囲を見渡してみる。

 

「ん…中々いい眺めだな」

『そうか? コンクリートの固まりが並んでいるだけじゃないか?』

「そういうこと言うなよ。高い所はどこでも気持ちがいいもんだろう?」

『なるほど。馬鹿と煙はなんとやらか?』

「喧嘩売ってんのか?」

 

 『ザルーグ』と軽口を叩き合いながらも、着々と準備を進めていく。屋上の四隅にチョークで線を引き、簡単な魔方陣を描いた。もちろんルースにそんな知識があるわけがなく、懐にいる小さな魔法使いの指示に従っているだけだ。

 

「出来たぜ『ピケル』ちゃん?」

『分かりました!』

 

 ルースが呼び掛けながら『白魔導士ピケル』のカードをセットすると、本人がぽん!と飛び出した。

 

「こっからは任せていいのか?」

『はい!大丈夫です!』

「じゃあ頼むわ」

 

 よっこいしょ、とちょうどいい段差に腰を下ろした。思わず口からため息が出る。

 

『お疲れか? ボス?』

「そりゃなぁ……ほとんど寝てねーし。でもため息吐いた理由はそっちじゃねーよ」

『ん? じゃあなんだ?』

 

「いや……」

 

 若干躊躇いがちにルースはピケルを指差した。幼い魔導士は一生懸命に杖を振りながら、呪文を口ずさんでいる。その可愛らしい姿は、動く度にふりっという効果音が付きそうだ。

 

「ピケルちゃんかわいいなぁ……って」

『……は?』

 

 歴戦の盗賊『首領・ザルーグ』は言葉を失った。普段の主なら絶対言わないであろう言葉に、目が点になる。

 

「なんか……うん。あのタッグコンビがロリコンなのも納得したわ。あんなかわいい『精霊』がいたらそりゃ夢中になるわ。健気だもん、ピケルちゃん。なんかもう、このままデッキに入れてあげたいぜ。なあザルーグ? 俺っておかしいかな?」

『……ボス、やはり寝た方がいいぞ……』

 

 ザルーグはたじろいだ。そして恐怖した。このままでは自分達のボスがどこぞの同僚のような『ロリコン』と呼ばれる人種になってしまうのではないか……と。

『ボス。頼むから犯罪者にだけはならないでくれ』

「安心しろザルーグ。俺には美人の奥さんがいるんだ。浮気はしない。で、話は変わるんだがピケルちゃんのカードって、このまま俺が貰ってもいいと思うか?」

『ダメに決まっているだろう』

「……だよなぁ」

 

 再びため息を吐くルースにザルーグは言い知れぬ不安を覚えた。そして決意した。主が道を踏み外し、犯罪者にならないように自分が止めようと。

 ちなみに彼の頭からは、自分が盗賊であることが都合よく抜け落ちている。

 

『ルースさん! 準備できましたよ!』

「よし、いっちょやりますか!」

 

 ピケルに呼ばれて、ルースは勢いよく立ち上がった。

 

「で、これで『精霊界』で高位にいる『魔法使い族』を呼び出せるわけか?」

『はい。でも、私がまだまだ未熟なので……呼び出すというより、お話しするっていう感じです……』

「いや、『精霊』が宿るためのカードがないんだ。それが普通だろ。ありがとな」

『は……はい! はじめますね!』

 

 ピケルは嬉しそうに頷くと、小さな体を精一杯伸ばして、杖を頭上に振り上げた。無意識に弛みそうになる頬を、ルースは必死にキープする。

 ここからは、少し気を引き締めなければならない。これから行おうとしているのは『精霊』との『交信』なのだから。

 

 主な目的は2つ。

 『人間界』の『三幻魔』が、どの程度『精霊界』に影響を与えているか、確かめること。

 そしてあわよくば『三幻魔』の封印方法を聞き出すことだ。

 その為にピケルが呼び出そうとしているのは、魔術に精通した高位の『魔法使い族』

 無難に『ブラック・マジシャン』や『マジシャン・オブ・ブラックカオス』あたりか。はたまた『カオス・マジシャン』や『黒き森のウィッチ』だろうか。

 期待と不安に胸を踊らせながら、ルースは魔方陣の中心を見つめる。

 

 

―――そして、それは姿を現した。

 

 

『妾を呼び出したのはそなた達か?』

 

 意外にも、聞こえてきたのは高い女の声だった。

 

「……マジか」

 

 そのプレッシャーに思わず後ずさる。ルースは魔方陣の中のモンスターを見上げた。見上げるくらいの大きさだということだ。

 

『お久しぶりですっ! コスモクイーンさま!』

『おぉ……誰かと思えば、見習いの白魔導士ではないか。元気にしておったか?』

 

 デュエルモンスターズにおいて、通常魔法使い族モンスターの最高攻撃力を持つ宇宙の女王。

 『コスモクイーン』がそこにいた。

 

『はい! コスモクイーンさまもお元気そうですね!』

『フフフ……相変わらずめんこいのう……ほれ、菓子を……ん? なんじゃ? これはあくまで『交信』だけか? 実体がないなら菓子は渡せんのう……』

『ごめんなさい……私がまだみじゅくだから……』

『おぉ……よいよい。未熟だという自覚があればよいのだ。卑屈になってはいかんぞ。これからもしっかり励めよ』

『はい! ありがとうございます!』

 

 ……中々良い人、もといモンスターのようだ。

 

『お母様のリリーにもよろしく言っておいてくれ。暇があればまた妾のところに来るように、とな?』

『はい! 伝えおきますね!』

『うむ。では、またな』

 

 ひらひらと手を振りながら『コスモクイーン』は姿を消し……

 

 

「ちょっと待てぇええ!!」

 

 

 ルースは叫んだ。なんかさりげなくとんでもない事実がカミングアウトされた気がするが、問題はそこではない。このまま世間話だけして帰られたら、呼び出した意味がないのだ。

 

『む、なんじゃ? 人間がおるではないか?』

『あっ! 忘れてました!』

 

 ぽか!とピケルが自分の頭を叩く。ものすごく可愛い気がするが、可愛いから大丈夫だ。

 ルースは頭を振って煩悩を追い出すと、改めて『コスモクイーン』と向き合った。

 

「お初にお目にかかります、コスモクイーン様。俺はルース・フォックスター。精霊をみることができる人間です。そこのピケルちゃんに頼んで、貴方を呼び出しました」

『ふむ……人間が妾に何用じゃ?』

「実は自分、少々特殊な力を持っていまして……」

 

 ルースの左目に、赤く発光する紋章が浮かぶ。

 

 『ルーンの瞳』

 ルースが『三極神』から預かった、特殊な『魔力(ヘカ)』を持つ眼だ。

 

『ほう……一向に目覚めず、惰眠を貪っているあの『三極神』共の眷属か。これは珍しいのう』

 

 なにやらバッシングを受けている気がするが、『三極神』に関してはルースも同意見なので、ひとまず置いておく。

 

「貴方に聞きたいのは、これについてなんだが…」

 

 そう言ってルースは懐から1枚のカードを取り出した。掲げるようにコスモクイーンに見せると、不鮮明な状態で維持されている巨体がたじろいだ。

 

『なるほど……『三幻魔』か……ただの人間でないことはよう分かった。だが、お前は妾に何を聞きたいのじゃ?』

 

 ルースの手の中にある『神炎皇ウリア』をしげしげと見ながら、コスモクイーンはルースに問う。

 

「貴方が知っていることを全て。できれば、こいつらを封じる方法も知りたい」

『……妾が知っていることなど、たかが知れておるぞ?』

「構いません。宇宙の女王とまで呼ばれる貴方の知恵をお借りできれば、充分です」

 

 深々と、ルースはコスモクイーンに頭を下げた。

 

『……人間がモンスターに頭を下げるか……よかろう。話してやる』

 

 コスモクイーンは腕を上げ、ローブを翻すと、おもむろに語り始めた。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 話を簡潔に纏めれば、やはり『精霊界』でも『幻魔』達は暴れており、『人間界』でカードを封印できれば『精霊界』の『幻魔』達も封じることができるらしい。

 だが、話の内容はもう少し複雑だった。

 そもそも『精霊界』という世界は、1つに絞り切れるものではない。ルース達がいるこの世界を『第1次元』とするならば、精霊の世界はさらに『11の次元』に分かれている。合わせて『12の次元』 これを『12次元世界』と呼ぶ。

 

「最初に『幻魔』が現れたのは『暗黒界』が統治している次元世界じゃ。紅の炎を吐く竜、お主が持っている『神炎皇ウリア』はあっさりとその次元を制圧してしまった」

 

 続けて雷を司る『幻魔』も出現。精霊達には彼らを止める手段はなかった。

 『幻魔』は精霊達を吸収し、日に日にその力を増していった。いくら精霊達を喰らおうと『幻魔』は決して満足せず、より強い精霊を吸収することを求めた。

「彼奴らに対抗できるのは『神』だけ……だが『三極神』は未だ目覚めず、『三幻神』に至っては……」

 

 『人間界』と『精霊界』はリンクしている。

 バトルシティで『三幻神』同士が激しい戦いを繰り広げているように、『精霊界』でも『三幻神』は争っていた。

 神々同士の争い。そこに通常の精霊が介入できるはずもなく、精霊達は『三幻魔』からも『三幻神』からも逃げ回っているのが現状だという。

 

『今でさえ多くの精霊が『幻魔』に喰われておる。3体目が現れたら『精霊界』は壊滅するであろうな』

「……『三幻神』と『三幻魔』に関わりは?」

『ふん! 傍迷惑なことに、それぞれが違う次元で争っておるわ。関わりといえば、確かにあ奴らは似ているようには感じるが、妾は違和感を感じたのう』

 

「……違和感?」

 

『そうよの……まるであ奴ら『三幻魔』は作りモノで、その空虚な内面を満たす為に他の精霊を取り込もうとしている……そんな風に感じた』

 

「作りモノ……?」

 

 確かに。『三幻魔』は正式に開発されたカードではなく、『グールズ』が独自に創造したものだ。

 生みの親であるペガサスがデザインした『三幻神』と比べると『三幻魔』には『偽物』や『紛い物』といった側面が強いように感じる。

 

『聞くところによれば、お主はカードの制作に携わっているそうじゃな。では、お主は精霊達にとって『カード』がどのような存在か理解しておるか?』

「……まぁ、オカルト的に答えるなら、人間界における『精霊』達の器…ってところか?」

 

 というより、これ以外に答えようがない。コスモクイーンは大きく頷いた。

 

『ふむ、正解をくれてやってもよかろう。では、次の質問じゃ。お主らが『三幻神』を制作した時『コピーカード』を使用した者は、尽く倒れなかったか?』

 

 今度は質問が、いきなり具体的なものに変わった。

 

「なんで女王様は、そんなことまで知っていらっしゃるんですかね……?」

『妾はなんでも知っておる。敬え』

「はぁ……ええ、そうですよ。俺は詳しく知らないがど、確かにコピーカードを使用した人間は次々に意識不明になったそうだ。でも、それとこれになんの関係が?」

『気づかぬか? 何故『神』がコピーカードを使うことに怒ったのか?』

 

 馬鹿にしたようにコスモクイーンはルースに言った。

 

 

『希少性を保ちたいからじゃ』

 

 

「……は?」

「お主ら風に言うならば……レアカードと言えばよいのかのう? 『三幻神』がコピーカードを許さないのは『格』を下げないためじゃ」

 

 強力なカード、強いモンスターは当然レアカードが多い。そして、強力なモンスターには強力な精霊が宿る。『三幻神』はその頂点に位置する存在だ。故に『三幻神』は己の器たる『カード』が複数存在することを拒む、とコスモクイーンは語る。

 

『器たるカードの複数製造による力の分散。『三幻神』がコピーカードを嫌う理由はそういうことよ。神が神であるのに、器は何枚もいらん。むしろ邪魔。ゲームという場でも、神として君臨するために1枚だけ存在していればよい』

 

 なるほど、と今度はルースが頷いた。確かに神のカードは1枚しか存在しないからこそ、決闘者達の憧れとなり、崇められるのだろう。

 

「……それは理解したけどよ。それと『三幻魔』になんの関係が……」

『まだ分からんか。お主らが敵対するグールズという組織は『コピーカード製造』の組織なのだろう? いわば紛い物しか作れん組織じゃ。そこで生まれた『三幻魔』は一体何を求めると思う?』

 

 おそらくグールズは『三幻魔』の複数枚製造はしていない筈だ。コスモクイーンが何を言いたいのか、ルースには見当がつかなかった。

 

 

『これはあくまでも妾の推測にすぎんが、あ奴らは自分自身に『価値』を求めておる』

 

 

「価値……?」

『左様。『三幻神』はよいのだ。彼奴らは創造主である『ペガサス・J・クロフォード』が生み出し、3000年前のエジプトでも実際に力を奮った、正真正銘の神なのだからな。彼の神々が纏う神威に嘘も偽りもない』

 

 古代エジプトに『三幻神』が実在したなど、眉唾物の話だ。しかし、確かにルースもペガサス会長から、デュエルモンスターズのアイディアはエジプトで得た、と聞いたことがあった。

 

 

『だが『三幻魔』は違う。どこの馬の骨とも知れぬ輩が強引に『魔力』を注ぎこんだ偽物。信仰も崇拝もされず、理性もなく、力を破壊にしか利用できぬ化け物よ』

「じゃあ『三幻魔』が求める価値っていうのは……」

 

『己が偽物ではないという後ろ盾。あの化け物共の場合は、更なる力をひたすら求めるであろうな。事実、先ほども言った通り、奴らは精霊達を喰らっておるのだ。自分の価値を補填する為にのう。

実に醜い、神と並べることなど烏滸がましい『悪魔』よ。自分達以外の精霊を全て喰らうまで『三幻魔』は止まらんはずだ』

 

 うっすらと、額に汗が滲んだ。背後のザルーグとピケルを見る。『三幻魔』をこのまま放置すれば、彼らの帰る場所はなくなる。いや、存在すら危うくなってしまうかもしれない。

 

「もし……もしも『三幻魔』によって精霊世界が壊滅したら、どうなるんだ?」

『言ったであろう? 次元世界はお互いに影響しあっておるのじゃ』

 

 女王としての威厳か、ルースから視線を逸らさずに、コスモクイーンは淡々と事実を述べる。

 

『もし、精霊達が全滅すれば、人間界のカードはすべからく『魔力』を失い、白紙となるであろう。入るべきものが消えた器は、ただの紙切れ。なんの意味もなくなってしまう』

 

 宇宙の女王は一拍置き、最悪のシナリオを、ゆっくりと口にした。

 

 

 

『デュエルモンスターズは終わる』

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 真っ青な空を白い雲が流れていく。空でも眺めれば少しは気分が晴れるかと思ったが、何も変わらない。心に抱え込んだものは、鉛のように重かった。

 

「俺は雲のように自由気ままに生きたい……確かにそうっすよね~」

 

 例え雲になれたとしても、この重さは変わらないだろう。そのまま地面に落ちることさえ想像できた。

 

「でも人は雲になれないっす。人は土から離れて生きてはいけませんから」

 

 だが、今の自分は地に足をつけても下しか見ないだろう。口から思わず自嘲気味の笑いが漏れてしまう。

 

「先輩。それでも人は……それでもと言う為に――」

 

 

「うるさいぞ!! 少し黙れ!!」

 

 

 

 ゴツン、とまるで漫画のような音が響いた。

 

「い……いたい。なんすかいきなり?」

「貴様がさっきから余計な口を閉じんのが悪い! なんなんだ全く!」

 病院の屋上には拳を握りしめているラルフと、頭をさすっているサイトウ。2人しかいなかった。

 

「なんすかもう……せっかくアニメの名言から、ラルフ先輩を元気づけようとしたのに……」

「余計なお世話だ。1人にしてくれと言った筈だぞ。ルースでさえ空気を読んで出ていったというのに、お前は気を遣うという言葉を知らんのか?」

「あいにく俺にとって空気っていうのは、学生時代から読むものではなく壊すものっす」

 

 胸を張るサイトウに対してこれ以上何か言う気力も失せてしまい、ラルフは手近なベンチに腰掛けた。

 

「……ジョンについていなくていいのか?」

「容態は安定してますから無問題です。恋人じゃあるまいし、そんなにベタベタくっつかないっすよ」

 

 恋人、という言葉に無意識のうちに体が反応してしまった。誤魔化すように顔を背ける。だがサイトウはラルフを覗き込み、ぐっと顔を近づけてきた。無遠慮極まりない。

 

「聞きましたよ、大体」

「……どこまで?」

「恋をしちゃって裏切られたとこまでっす」

「……あのお喋りめ」

 

 頭の中にピースサインをしている親友の顔が頭に浮かんだので、首を振って追い払った。

 

「……情けない話だ。笑いたければ笑えばいい」

「とんでもない。本当にそんなことあるんだなーとびっくりしてるっすよ。マジでアニメや漫画みたいっす」

「お前はまたそれか……」

 

 だが、もしも。

 セレスから聞いたフィーネの過去が全て作り話で。

 その先にB級映画のようなハッピーエンドがあったとしたら、どんなに楽だろうか。

 

「お前の言う通りかもしれない……アニメならよかったな。安いハッピーエンドがあれば、それで大団円の最終回だ。現実であんなものを聞かされては、重過ぎてかなわん」

「昔の話っすか……あのグールズ幹部が適当に喋っただけかもしれないっすよ?」

「俺にはあの話が作り話には思えない。そう思えない程度には彼女のことをみた」

 

 フィーネの行動に、言動に、決闘に、滲み出ていた。重い過去が。凄惨な生き様が。

 だからラルフには、あの話を疑うことなどできない。

 

「所詮現実などそんなものだな。知れば変わるかもと思ったが、知ったところでなにも変わらん」

「まあ、そうっすよね。だから現実の女の子は怖いんすよ。やっぱ女子は2次元に限るっす」

「ふん……他人事のように軽く語るな?」

「しょうがないでしょう。他人事なんですもん」

 

 サイトウは立ち上がると、軽く伸びをした。

 

「恋愛なんて当事者にしか分からないっすよ。ラルフ先輩がその人のことをどんなに好きで、どこに惚れたかなんて、ラルフ先輩にしか分かりません」

「……当たり前だ。恋愛経験ゼロの貴様に理解されて堪るか」

「あちゃー。それを言われちゃうとキツイっすね。でも、先輩がすごい辛そうな顔してるのは分かるっす」

「なら、放っておいてくれ」

 

 さっきも言ったことを、もう一度サイトウに言って、ラルフは足元に視線を落とした。

 

「でも、ちょっと言わせてもらえば、心が痛むのも心が休まるのも、どっちも好きっていう感情だと思うんすよ」

「………」

「先輩が今、それだけ辛いのも、結局未だにその子のことが好きなんだからじゃないんすかねぇ?」

 

 顔を上げると、ニヤニヤ笑っているサイトウの顔が再び視界に入った。

 

「だが、俺は負けた。好きという不明瞭な感情では、彼女を救うことはできなかった」

 

 だから後悔している。だから分からなくなってしまった。どうすればフィーネを救うことができるのか、今のラルフには糸口すら見えない。

 

「そりゃそうでしょう。相手を好きなだけじゃ、どうしようもないこともあるっすよ」

「……だったら」

 

「でも」

 

 ラルフの言葉を遮って、サイトウは言った。

 

 

「そういう、どうしようもないことをどうにかするのが、俺が尊敬しているラルフ先輩っすよ」

 

 

 またか、とラルフは思った。病室でもルースにも同じようなことを言われた。「今のお前はラルフ・アトラスではない」と。

 

「……お前達は俺を買い被りすぎだ」

「いいじゃないっすか。女の子には振られても、男からはモテモテっすよ。あ、でも俺、こっち系じゃないんで」

 

 顔の横に伸ばした手のひらを添えながら、サイトウは苦笑した。

 

「……ちなみに童実野町内に、もうグールズはいないっすよ。徹夜で警察からも情報収集して、逃走経路も洗い出したっすから。おそらく童実野埠頭から海路で逃げたんでしょうね」

「……なんの話だ?」

 

 怪訝な顔をするラルフに、目の前の後輩はUSBメモリを突き出した。

 

「童実野埠頭から近海の海域図っす。俺、隠れた趣味がクルージングなんですよね~。お洒落でしょ?」

 

 サイトウにそんな趣味があることは、見たことも聞いたこともない。

 

「じゃ、いくら夜型人間とはいえさすがに眠いんで、俺は寝てくるっす」

「……俺に仕事を放り出して女の尻を追え、と。そういうことか? これは?」

 

 ラルフの言葉に振り向くこともなく、サイトウはヒラヒラと手を振った。

 

「童実野町はもう心配ないって言ったじゃないすか。俺がルース先輩殴られてから、死に物狂いで調べたんだから、そこは信用してほしいっすね」

 

 背後で扉が開く音がする。堪えきれなくなり、サイトウの方を振り向いた。

 

「おい!」

 

「…あぁ、そうそう。最後に、ひとつだけいいすか?」

 

 ニヤニヤしている顔は変わらず。しかし声のトーンはどこか変わったものになって。

 

「さっきから惚れただの、恋だの、男2人で小恥ずかしい話をしましたけどね」

 

 とん、と胸に手を当てて。

 

 

「ラルフ先輩のそれは……もう恋じゃなくて、ここにあるんじゃないですか?」

 

 

 そう言い残して、サイトウは階段を下りていった。

 

 

「……ふん。最後の最後が1番臭い台詞だったな」

 

 

 

 サイトウを見送ったラルフも、呆れ声で呟いて。

 

 ベンチから立ち上がった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「よ! 心のキズは癒えたか?」

 

 着替えて病室を抜け出すと、謀ったように親友が待ち構えていた。

 

「……まさかお前達、ぐるか?」

「いや、俺はそろそろ復活するかな、と思って待ってただけだぜ?」

 

 ルースは、病室の扉の前に腕を組んで立っている。いつものスーツ姿とは違い、下はジーンズで上はジャケットの完全な私服。ラルフの格好も似たようなものだ。

「悪いが、今さら止めても聞かんぞ」

「いや、止める気はねぇよ。俺も結構大きな用事ができたからな」

「なに?」

「こんな年になって、こんなこと言うのもアレなんだけどさ」

 

 腕の『決闘盤』と『神炎皇ウリア』のカードを掲げながら、ルースは言った。

 

 

「一緒にデュエルモンスターズを救いに行こうぜ?」

 

 

「……また、随分と大きく出たな」

 

 いくら長い付き合いとはいえ、ルースは自分の言葉が一笑に伏されることも覚悟していた。

 だが、ラルフはルースの言葉について深く言及する素振りも見せず、さっさと歩き出した。

 

「……あれ?」

「何をしている? はやく行くぞ」

「……せめて事情とかは聞かねぇの?」

「それは移動しながら聞いてやる。今は時間が惜しい。寄りたい場所と、借りたいものもあるしな」

 

 言葉を交わしている間にも、ラルフはどんどん離れていく。ルースは小走りであとを追った。

 

「なんだよ。なんか吹っ切れたか? 気合い十分って感じか?」

「俺はお前のようにでかいものを救いに行く気は毛頭ない。目的地は同じだろう? 一緒に行動はしてやるが、あまり期待はするなよ」

 

 頭の後ろで靡いていた金の長髪を、ラルフは器用に後ろで纏めた。

 

 

「俺は自分の都合で、もっとちっぽけなものを救いに行くだけだ」

 

 

 だからもう迷わない。迷わずに歩を進める。

 そんなラルフの姿を見て、ルースは浮かんでくる笑みを押さえていた。きっと今のラルフ・アトラスは、どんな重大なプロジェクトを進めている時よりも、精悍な顔つきをしている。

 

「……いいね。そういうの嫌いじゃないぜ。盛り上がってきたな!」

「茶化すな!」

 

 これから決戦に向かうというのに、2人の男はどこか楽しげに、お互いを小突き合いながら病院をあとにした。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 海馬コーポレーションの社員達は、バトルシティの事後処理による目を回すような忙しさと戦っていた。

 特にここ、通信統括室ではグールズの事件を嗅ぎ付けたマスコミ達の対応に、数十人のオペレーターが追われている。

 そんな戦場と言っても過言ではない部屋の片隅で、1人の男がアイマスクを被り、机に突っ伏していた。

 

「あー。俺ってなんで、こんなに心がイケメンなのにモテないんだろー」

 

 ボサボサ頭によれよれの白衣。言うまでもなくサイトウである。近くの女性オペレーターから睨まれているが、アイマスクのせいで気付けない。寝るなら他の部屋で寝ろ、という数多の視線にも気付かない。

 

「やっぱ顔がよくないと劇的な恋は無理なんすかね……はぁ……ねよ」

 

 そういうところが自分に春がこない原因だと思い至ることも出来ず、サイトウは騒がしい部屋の中で本格的に寝ようと腕に顔を埋めた。ちなみに周囲がどんなにうるさくても、寝れるタイプである。

 

「サイトウくん! サイトウくんはいるかね!?」

 

 しかし、安眠は1秒と続かなかった。

 

「もう……なんですか花澤さん?」

 

 海馬社長がいない今、代理の責任者である花澤をさすがに無視はできない。サイトウは嫌々ながらアイマスクを外した。

 

「君と一緒に来たインダストリアル・イリュージョン社の社員達だよ! どうなっているんだ!? とにかくこれを見てくれたまえ!」

「そんなにカリカリしないでほしいっす。ただでさえ重いストレスで禿げるっすよ?」

「余計なお世話だ!」

 

 花澤から手渡されたのは、封筒が2通に、メモ用紙が1枚。メモ用紙の方には几帳面な字で「勝手をお許しください。本社にこれを送って頂ければ幸いです」と書いてある。サイトウにはラルフの字だとすぐに分かった。

 

「で、こっちの封筒は……ハァ!?」

 

 自分でも顔が凍りついたのが分かった。素頓狂な声に、何事かとオペレーター達が振り返る。

 

「だから言ったろう。どうなっているんだ、と」

 

 おそらくけじめをつけようとしたのだろう。あの2人らしいと言えば、あの2人らしいが、ここまでは予想していなかった。

 

「本当にもう……有給届けとかで、誤魔化せばいいものを……あの人達だからなぁ……」

 

 2通の『辞職願』を手に取って、サイトウはどうしたものかと天井を仰いだ。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 グールズのアジト。正確に言うならば『偽造カード製造所』は日本近海の孤島にある。島の北部に火山がある以外は至って普通の島であり、地図上でも無人島となっている。

 この場所が未だにばれていないのは、施設の全てが地下にあるからに他ならない。網の目のように張り巡らされた通路と設備は、並大抵の犯罪組織の施設とは比べものにならない程だ。

 

「任務は理解したか? オブライエン、コブラ」

 

 その地下施設の中の一室で、ヴォルフは2人の傭兵に任務の詳細を告げていた。

 数々の戦場を駆けてきたという、腕利きの2人。

 癖のある髪と厚い唇が特徴的な黒人。『マイルズ・オブライエン』

 白人であるが、全身の屈強さではマイルズにも劣らない本名不祥の男。コードネーム『コブラ』

 

「理解した。『神炎皇ウリア』というカードを奪還すればいいのだな?」

「待機ばかりで体が鈍っていたところだ。腕が鳴る」

「そいつは頼もしいな。奪い返す手段は問わねぇ。期待してるぜ?」

 

「了解した」

「サーイエッサー!」

 

 軍隊仕込みの敬礼を返す2人を見て満足したところで、不意に室内の電話が鳴った。

 

「俺だ」

『私です』

「……なんだぁフィーネ? まだ『お仕置き』が足りなかったか? それとも何か文句でも?」

『いえ……ボートが1隻接近中です。強い『魔力』を感知しました』

「ちっ……あっちから来やがったか」

 

 それ以上フィーネには何も言わず、ヴォルフは電話を叩き切った。マイルズとコブラに向き直る。

 

「予定変更だ。あっちからこの島に来やがった。すぐに迎え入れてやれ」

「任務内容に変更は?」

「ねぇよ。お前らの好きにやれ。さっきも言ったが馬鹿正直に決闘する必要もねぇ。とにかく『ウリア』のカードを奪い返せ」

 

 それだけ言うと、もう用は済んだという風に、ヴォルフは部屋の扉を開けた。去り際に盛大な舌打ちを残して、扉は閉まった。

 

「……コブラ」

「ああ。久々にでかい仕事だ。気を引き締めてかかるぞ。いいなマイルズ?」

「勿論だ」

 

 2人の傭兵は顔を見合わせた。余裕を漂わせながらも、その眼光には一切の油断がない。狩る者の目だ。

 

 

「ミッションを開始する」

 




オブライエンの父ちゃんは、名前が分からないので勝手につけました。ないのかな? 知っている方がいたら教えてください。修正します。

コブラさんはコブラさんです。間違っても本名は本田ではありません。
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