ああ、身体が重い。
『移して』もこれだけ疲労が残るなんて、本当に嫌になる。廊下を歩いていたフィーネは、目眩を感じてしゃがみ込んだ。
「あ……う……」
違う。フィーネは気がついた。これは、身体が重いだけじゃない。また『吸われて』いるのだ。
「よぉ、フィーネ。辛そうだなぁ……」
「……ヴォルフ様」
さっき報告した時は機嫌を損ねている様子だったのに、フィーネの目の前の主人は鼻唄でも歌い出しそうな位に上機嫌だった。
「さっきお仕置きしたのに、まだ鼻っ柱が折れてないみたいだったからなぁ……また『ボタン』を押しちまったぜ」
そう言うヴォルフの手には、映画でテロリストが爆弾を起爆させる時に使うような、スティック型の装置が握られていた。フィーネが着ている『スーツ』と同じ、のっぺりとした黒色である。ヴォルフは、それを片手でかちゃかちゃと弄んぶ。
「どうする? 懲りてないなら、まだ『魔力(ヘカ)』を吸ってやろうか?」
集めた『魔力』をプールし、『三幻魔』に注ぎ込む。それがフィーネが着ている、着させられているスーツの機能だ。いわば『魔力』の移し換えをスムーズに行う装置。『魔力』を取り出し、移動させる。
それはつまり、フィーネの身体から可能な限り『魔力』を取り出せるということであり……そのコントロール権はヴォルフにある。
「さっきも集めた分だけじゃなく、お前本来の『魔力』を吸わせてもらったが……足りなかったみたいだな?」
フィーネは膝だけでなく、腕も床についた。力が抜ける。視界がぼやける。呼吸が荒くなる。
このアジトに戻って来て、『三幻魔』に集めた『魔力』を供給する際、ヴォルフは「お仕置き」と称し、フィーネの身体から強引に『魔力』を吸い出した。それでヴォルフの気は済んだと思っていたが、どうやら違ったらしい。フィーネの眼前で、主人は嬉々としてスイッチを押し込んでいる。これで2度目だ。
恐怖と疲労で身体が震えた。『魔力(ヘカ)』の源が人間の『魂(バー)』である以上、強引に『魔力』を吸いだし続ければ―――
―――死ぬ。
「……申し訳ございませんでした。私のミスで敵の始末に失敗したことは、言い訳しようがありません。……お許し下さい」
息も絶え絶えに、必死に頭を下げる。嫌な汗が顎をつたって落ち、点々と染みを作った。
「……違うんだよなぁ」
首筋を掴まれ、フィーネの身体が持ち上がった。
「あ……ぐ……」
「俺が聞きたいのは、そういう言葉じゃねぇんだよ。もし、トドメを刺し損ねたソイツと……いや、トドメを刺さなかったソイツと」
段々と、ヴォルフの言葉が荒くなる。
「また、決闘することになったら……殺せるんだろうな?」
首を掴まれているせいか、それとも別の理由か、フィーネは口を開かなかった。
「……なぁ、俺は質問してるんだぜ?」
首から、手が離れる。
「答えろよ」
蔑んだ瞳が、急かすようにフィーネを見た。
「……殺します」
「聞こえねぇな。もっと、大きな声で」
ヴォルフを見上げて、声を絞り出す。
「……ヴォルフ様の邪魔をする人間は……私が、殺します」
それを聞いてヴォルフは、ようやく満足したように笑う。先ほどまで首を絞めていた手をフィーネの頭に載せると、ゆっくりと撫でた。
「あぁ……いい子だ」
まるで、主人が飼い犬を愛でるように。
フィーネの頭を撫でるヴォルフの顔に張り付いているのは、確かに笑みだった。
だが、その表情には愛情も信頼も欠片もなく。
理想の為に濁りきった笑顔から、フィーネは顔を背けた。
◇◆◇◆
波で揺れ動く船上で、ラルフ・アトラスは困惑していた。
病院から抜け出した後、ルースが旧友に用意してもらったというモーターボートに飛び乗り、今は海の上。小さいながら船室もあり、中々いい船だ。
「やっぱり持つべきものは友達だぜ。ツケと友情があれば頼みを聞いてくれるからな」
別にルースが強引に船を調達したことに、困惑しているわけではない。この男はそれ位は平気でやるのだ。
問題はその後。ルースはサイトウに渡された海域図を読み取ると、目的地が定まったように船の針路を固定してしまった。
おかしい、とラルフは思った。サイトウが海域図と一緒に用意した、予想逃走ルートと照らし合わせてグールズを追うものだと考えていたのに、ルースはまるで敵のアジトの場所が分かっているかのように船を操舵している。ラルフはルースを問い詰めた。
「おい。なぜ針路を固定した? 奴らの居場所がわかっているのか?」
「ああー、うん。大体は。迷わず着けると思うぜ」
「なぜ!?」
「……そうか。お前にはそこから話さなきゃいけなかったな」
視線を水平線の彼方に向けたまま、ルースはこともなげに言った。
「実は俺、カードの『精霊』が見えるんだ」
ラルフは耳を疑った。
「しかも結構特別な力を持っていて、モンスターを呼び出したり、魔法が使えたりするわけよ」
ラルフは正気を疑った。
「で、その特別な力で『三幻魔』っていう、バケモノみたいなモンスターのオーラを感知して、グールズのアジトだと思われる島を特定したわけだな。千里眼みたいですごいだろ?」
まるで意味が分からない。
「ついでに言うと、俺は精霊達の未来を守る為に『三幻魔』の残りの2枚を封印しに行くわけだ。かっこいいだろ?」
とうとうラルフは、ルースの額に手を当てた。
「……いや、熱はないから」
「……今からでも遅くはない。童実野病院に引き返せ」
「ラルフ、俺を信じろ」
「無理だ」
「えぇ……」
なんとも言えない空気が漂う。
「あぁ、分かった、分かった。証拠を見せてやるよ。ちょうどいいな。俺に触れたまま、後ろを振り向いてみろよ?」
いたずらっぽく笑うルースの左目が、薄く光った。……ように見えた。目が光るわけがない。光の反射だと自分に言い聞かせながら、言われた通り後ろを振り向いた。
『おじさん達はとうぞくなんですか?』
『おじさんではない! お兄さんだ!』
『団長、それは無理があります』
『そんなことはない!』
……なにかいた。
「な? ちゃんと見えただろ? 『精霊』が」
「…………」
ルースから手を離すと、見えなくなった。しっかり深呼吸し、今度はルースの肩に手を置いて、もう一度振り向いてみる。
『もう、本当にピケルちゃんはかわいいわね。大丈夫? ご主人様に変なこととかされてない?』
『ますたーは何もしないよ? 変なことってなに?』
『そうねぇ……例えば』
『やめるんだ、ミーネの姉御。それ以上子供に変なことを吹き込むな!』
『うっさいわね、チック。アンタは黙ってなさい』
『私は子供じゃありません!』
『ほら、ピケルちゃんもこう言ってるじゃないの! 私はね、見習い魔法使いに大人の魔法を教えようと……』
『それ、完全にアウトの魔法だろ!?』
『おじさんか……』
『団長、そろそろ立ち直ってくれ』
記憶を探るまでもない。見えているのは、ラルフがよく知るモンスター達だ。
『白魔導士ピケル』を膝の上に抱えながら『黒蠍-逃げ足のチック』に文句を言っている『黒蠍-棘のミーネ』
ピケルにおじさんと言われ、膝を抱えて拗ねている『首領・ザルーグ』と、それを慰めている『黒蠍-罠はずしのクリフ』
彼らの後ろで何も言わずに佇んでいる大男は『黒蠍-強力のゴーグ』
どこからどう見ても、モンスター達がそこに居た。
「……信じられん。非ィ科学的だ」
「おい。イントネーションが海馬社長になってるぞ?」
「今、俺の中の常識が……粉砕、玉砕、大喝采された……」
「いや、うまくねぇよ」
「だが、認めざるを得ない。これは現実なんだな……」
「おうよ。正真正銘、カードの『精霊』達だぜ」
信じられない。信じられないが、本当に目の前にいるのだから、信じるしかない。ラルフは溜め息を吐いた。
「お前はいつから見えているんだ?」
「子供の頃から」
「何故黙っていた?」
「頭がイタイ人だと思われたくないし、『精霊』が見えようが、見えまいが日常生活には関係ないしな」
「……これを世間に公表したり、研究したりしようとは、考えなかったのか?」
舵を取っているルースは、ラルフの質問に首を振った。
「全然。コイツらはそこにいる。見えていても、見えていなくても、カードを大切にする決闘者の側には『精霊』がいる。大抵の『精霊』は無害だし、それでいいと……思ってた」
急にルースの言葉の歯切れが悪くなった。
「……『三幻魔』か」
「……ああ。『三幻神』に匹敵する化け物だ。アレは明確に害がある。だから、グールズと一緒に潰す必要があるんだ」
「『三幻魔』にはそれだけの力があると?」
「おう。どうする? 奴らの影響で、精霊世界が壊滅しそうになってる話とか、詳しく聞きたいか?」
「……もういい。頭がパンクしそうだ」
両手をあげて辟易した、という反応を見せると、ルースは苦笑いして、それ以上は何も言わなかった。
ただ、そういう『存在』がいる、という事を理解して欲しかったのだろう。必要以上にラルフに情報を伝える気はないようだ。何事も押し付けることをよしとしない、実にルースらしい態度だ。
「……なにより、今の俺は私情で動いているからな。ファンタジーな世界の危機まで、背負える気はせん」
「ま、そっちは俺の仕事だからよ。必要な範囲で手伝ってくれればそれでいいさ。もっとも俺は恋のキューピッドの役をやる気満々だけどな?」
「……忘れていた」
「ん? 何を?」
がしがしと頭を掻き、空を見上げてラルフはぼやいた。
「恋愛に関してだけは、お前は押し付けがましい」
「……はっはー! 恋愛は攻めてナンボだぜ!」
「それで敵の本拠地に突撃か……」
「攻めてるだろ?」
「馬鹿かお前は」
「でも、馬鹿やってる内に見えてきたぜ」
「……なに?」
ルースに言われて慌てて前をよく見ると、うっすらとだが島が見えた。山らしきものも見える。
「あれか?」
「おそらく」
ぐっ、と船のスピードが上がった。
「あそこに奴らのアジトがあるというのは、お前の不思議な力を信じるとして……どうやって入る?」
「そうだなぁ……島の周りで座礁したら洒落にならねぇ。とりあえず船を止められる場所を……」
『こちらで先導しようか?』
唐突に。スピーカーで無理矢理大きくしたような、耳障りな声が聞こえた。
「な……?」
「やべ……見つかったか?」
望遠鏡をひったくり、周囲を見渡す。島の影から、ラルフ達より大きい船が出てくるのが見えた。
「くそっ! こちらに近づいてくるぞ!」
「はいはい。とりあえず逃げようぜ!」
舵を一気に右へ切り、島を左に捉えながら、船は急旋回する。
「うっ……お!?」
「しっかり掴まってろよ!」
船が出せる最大船速へ。ルースの舵取りでボートは海面を跳ねる。
『逃げても無駄だがな……大人しく投降しろ』
「へっ……玄関に入る前に捕まるなんざ、絶対に御免だね!」
「ぐっ……だがどうする!? あっちの船の方が速いぞ!」
ルースは相手に聞こえないにも関わらず威勢のいい言葉を吐いているが、ラルフが言った通り、2隻の距離はみるみる縮まっていく。障害物のない海上では単純に馬力が大きく、速力のある船の方が速いに決まっているのだ。
『あきらめろ!』
望遠鏡など必要ない距離まで、敵の船が近づいてくる。船上に拡声器を持って立っている、黒人の男が見えた。
「まずい……もう追い付かれるぞ!」
「仕方ねぇな……突っ込むぜ!」
「な……なにを!?」
島と平行だった船の針路は、またもや急旋回。さっきまで同様、島に向かって直進するルートを取った。
しかし……
「ルース! 前が見えんのか!? 正面は岩礁だぞ!?」
「だから突っ込むんだろ? あの船は俺達よりでかいんだから、追ってこれねぇよ!」
「俺達が岩にぶつかって沈没したら、元も子もないだろう!?」
「大丈夫だ! それに関しては安心しろ!」
最高速度で岩礁に向かって突っ込みながら、ルースは自信ありげに答えた。
「俺には魔法の『眼』があるからな!」
左目が赤い紋様を描き、光った。
「頼むぜ、神様!」
針の目をぬうような正確さで、ボートは岩礁を駆け抜ける。衝突や座礁の危険があるのは、海面に頭を出している岩だけではない。むしろ危険なのは、海中の岩だ。だが、それも含めて、ルースには全て『見えて』いた。
1度は肉薄と言ってもいいほどに近づいた2隻の距離が離れていく。結局、ラルフ達を追う船は途中で止まる他なくなった。
「逃したか……」
遠ざかっていく船を見ながら、黒人の男は拡声器を下げた。
「追いますか?」
「いや、いい。こちらの船が回り道になる。あの船の方が島に着くのが早い」
「しかし……」
「心配するな」
黒人の男、マイルズ・オブライエンは、今度は無線機を手に取った。
「手は打ってある。奴らは既に『毒蛇』の牙の射程圏内だ」
―――――――――――――――――――――――
「ぶっちぎったぜ!」
「アホか貴様!」
ガッツポーズを取るルースの頭を、ラルフは遠慮なく叩いた。
「痛い!? なんだよ?」
「岩にぶつかったらどうする!? あんなスピードで、死ぬかと思ったぞ!」
「逃げ切れたからいいだろ!?」
「よくない!」
言い合いをしつつも、ボートは巡航速度までスピードを落としていく。目的地の島は、もう目と鼻の先だ。
「さて……敵さんの施設は地下にあるっぽいが、どこから入るか……」
「俺はもう知らん。お前のオカルトパワーに命運を託してやる」
「そんなに怒るなよ、ラルフ」
ラルフをたしなめながら、ルースはゆっくりとボートを進める。だが、入り口らしきものや、港のような場所は見当たらなかった。
「それにしても入り口はともかく、接岸できそうな場所すらねぇな」
「どうする?」
「そうだな。沖合にボートは置いて、浜辺まで泳ぐか……」
そうしよう、とラルフは頷こうとしたが、不意に風が頬を凪いだ。自然な風ではなく、まるで吹き付けるようなものだ。
「ん?」
「どうしたラルフ?」
「いや、風が……」
『見つけたぞ』
さっきの男よりも、より低く、落ち着いた声。それに遅れて耳に入ってきたのは、ローターの駆動音だった。
ラルフとルースは、空を見上げた。
「げ……マジかよ」
「奴ら、ヘリまで持っているのか!?」
一難去ってまた一難。いや、むしろ最初から嵌められていたのか。上空に現れたのは1機のヘリコプターだった。風圧で海面を波立たせながら、高度を下げてくる。
「ルース!」
「逃げ切れる気が全くしないが……逃げるだけ逃げるか!」
島の岸壁から離れ、ラルフ達のボートはスピードを上げる。
『大人しく降伏しろ。降伏しなければ、制圧する』
「けっ、ついさっき似たようなことを言われたばっかだぜ!」
「やれるものなら、やってみるがいい!」
ルースとラルフの挑発が、敵のヘリの男に届いたのかは分からない。スピーカー越しに聞こえる男の声音は、全く変わらず……
『制圧を開始する』
無慈悲にも攻撃開始を宣言した。
「……おーい、ラルフ。ヘリのデッキから顔出してるアイツが持ってるの、アレなんだ?」
後ろを振り向き、ヘリを見たルースの声は裏返っている。
「……俺の記憶が正しければ『RPG』だろう。対戦車攻撃など使用されるアレだ」
「……まさか撃たねぇよな?」
不安気にルースが呟いたのとほぼ同時に、引き金は引かれた。
ラルフ達の予想よりも軽い発射音と共に、戦車を破壊する威力を持った弾頭が迫る。
「うそだろぉおお!?」
「ぼさっとするな! かわせ!」
弾頭はぎりぎりで船を逸れて、海面に吸い込まれる。瞬間、轟音と共に水柱が立ち上った。船体は揺れ、頭上から吹き上げられた海水が降り注ぐ。
「お、おかしいだろ! なんであんな物騒なもんを、カードの偽造組織が持ってんだよ!?」
「俺に聞くな!」
「これじゃ、決闘者じゃなくてテロリストじゃねぇか!?」
「いいからなるべく距離を取れ! 間違いなく銃も撃ってくるぞ。狙いをつけさせるな!」
「くそっ!」
2発目を撃たれたら、洒落にならない。パニックになりながらも、ルースはヘリをなんとか振り切ろうと必死にスピードを上げた。
――それが敵の狙いだったのかもしれない。
「やべっ……!?」
今までで一番大きな衝撃が、船を襲った。それは撃たれた衝撃でも、爆発の衝撃でもなく……
「どうしたルース!?」
「まずい、岩に乗り上げちまった……座礁した」
自然物との激突による衝撃だった。いくら操作しても、船はそこからぴくりとも動かなかった。
ぎり、と歯を噛み締めながら、ラルフはヘリを見上げる。完全に『嵌められて』しまった。
「く……だが、ここからなら岸は近い。飛び込んで逃げるぞ!」
「それしかないか!」
ラルフの言葉に頷き、ルースは立ち上がった。もたもたしていたら、敵が来る。必要最低限の物だけ持って、脱出しなければならない。
「急げルース! ヘリが高度を……」
下げている、と言いかけたラルフの目の前に、音もなくロープが降りた。
「もう遅い」
ヘリから、リペリングして降りてきたのは、全身黒ずくめの大男だった。
しまった、もう船に入られた。そう認識したラルフが、腕を振り上げて拳を叩き込む。
「ふんっ!」
だが、それよりも遥にはやく、男の拳がラルフの腹を穿った。
「……がっ」
「おい!? ラル……」
今度は蹴りだった。鍛え上げられた肉体から放たれたそれは、ルースの体を容易に吹き飛ばし、デッキの壁に叩きつけた。
「う……」
3秒にも満たない時間で男2人を昏倒させた張本人は、なんでもないように無線機を手に取った。
「こちらコブラ。船の乗員を制圧、クリア。ヘリに彼らを引き上げる。吊り上げてくれ」
上空でホバリングしているヘリの乗員にサインを送る。気絶しているラルフとルースは、手早くロープに固定された。
「それと……Mr.グラントに連絡を」
コブラ自身もロープに体を固定すると、気絶している2人の姿勢が安定するように抱え込んだ。
「任務完了、とな」
この間、わずか3分。戦場で毒蛇と揶揄された男は、男2人を抱えて悠々とヘリに引き上げていった。
◇◆◇◆
「捕まったな」
「ああ、捕まったな」
意識を失ってから、どれだけ時間が経ったのかは分からない。気絶している間に島へと連れて来られ、手錠を掛けられ拘束されたようだ。今、ラルフとルースはどこかも分からない暗い通路を歩かされいる。おそらくここは、地下施設なのだろう。
「ああ、くっそ、あの角刈りめ……まだ腹が痛いぜ」
「全くだ」
「おいお前ら、黙って歩け!」
捕らえた人間を自由にしておく筈もなく、前後に2人ずつ、計4人のグールズ構成員が見張りとして一緒に歩いている。後ろから拳銃を押し当てられ、ルースは口を閉じた。いくらアメリカが銃社会で、拳銃はスーパーマーケットで見慣れているとはいえ、銃口を向けられるのは気分が悪い。
「へいへい。黙りますよ……あーあ。華麗に潜入して、華麗に脱出するつもりが、こんな風に連行されるはめにになるなんてな」
「そもそも、お前の計画がガバガバだったんだ」
「うっせぇ。俺のせいにすんな!」
「おい、黙って歩けと言っているだろ!」
口喧嘩を絶やさないラルフとルースに、拳銃を持っている男が割って入った。
「口喧嘩なんて勝手にやらせておけばいいだろ。それよりも見てみろよ。珍しいカードが色々あるぜ」
「おい、俺にも見せろ」
前の2人はラルフ達よりも、ラルフ達の所持品に興味があるようだ。船に積んであった決闘盤やデッキを持っているらしく、歩きながら勝手に中身を漁っている。
「いいねぇ……はじめて見るモンスターが結構あるぜ」
「おい、ボスのお目当ては『ウリア』だろ? ちゃんとあったのか?」
「問題ねぇよ。確認してみたが、メインじゃない方のデッキケースに入っていた。ボスからはデッキごと、コイツらと一緒に連れて来いって命令されてる」
「なるほど」
取り返した『ウリア』をどうするかまでは、地位が低い彼らには知らされていない。ただヴォルフの命令に従い、運べと言われたものを運ぶだけだ。
「大体貴様はいつもそうだ! 適当で、その場の雰囲気だけで物事を決める!」
「お前の頭が固すぎるんだよ! この偏屈石頭が!」
「もう1度言ってみろ!」
だが、運ぶ荷物にしては流石にうるさすぎる。前を歩いていた2人も、後ろを振り返った。ラルフとルースは手錠を掛けられている手で、器用にお互いを殴り合っている。
「貴様のせいだ!」
「いいや、お前のせいだ!」
いくらなんでも、殴り合いは止めなければならない。
「黙って歩けねぇのか!」
「やめろ、おとなしくしてろ!」
前の2人もラルフ達を止めに入る。そこでようやく2人は殴り合うのを止め、
「ああ、分かった」
「やめますよ」
今までの争いが、嘘のように笑った。
「がっ!?」
「うっ!?」
ラルフは拳を、ルースは蹴りを、それぞれ無遠慮に自分達のデッキを漁っていた不届き者にお見舞いした。
「お……お前ら!」
拳銃を持っている男が、ラルフ達に銃口を向けた。だが、銃を撃つには近すぎる。ラルフはにやりと笑うと、馬鹿にしたように言った。
「おい、安全装置がおりてないぞ」
「え……?」
男は慌てて拳銃を見る。
「わりぃな。嘘だよ!」
ルースが拳銃を蹴り上げ、ラルフが後頭部に拳を振り下ろす。最後の1人には、ルースがさっきやられたように腹へ蹴りをいれた。
「ふぅ……」
「よし、終わったな」
のびている男達の懐を探り、手錠の鍵を取り出した。お互いに手を出して、鍵を外し合う。
「お前、なに挑発してんだよ。安全装置がおりてないぞ、じゃねぇだろ」
「前に映画で見た。意外と使えるな」
「いや、人生でそんな言葉を使う機会は、今回だけにしようぜ」
手首を回しながらルースは苦笑い。ラルフも釣られて口の端を持ち上げた。
「しかし……俺達結構強いのに、あの角刈りは半端なかったな。動きが見えなかった」
「あれはおそらく現役のプロだろう。殺し屋か傭兵かは知らんが、どちらにせよ、闇の世界の人間だ」
「おっかねぇな」
男達に漁られたカードをまとめ、決闘盤を腕にセットする。ひどい目にあったが、結果的には地下施設に入り込むことができた。
「ま、何はともあれ潜入成功だ」
「行くか」
「おうよ」
「見事なものだ。だが、どこに行くつもりだ」
それは、つい先程聞いた声だった。
「……最悪だぜ。アンタには1番会いたくなかったんだが」
「貴様、グールズに雇われた傭兵か?」
自分達を一瞬で殴り倒した男が、通路の先に立ちはだかっていた。
「なるほど。名乗る暇もなかったな。私はコブラ。君達が言う通りの傭兵だ」
「……コブラだと?」
「知っているのかラルフ?」
「『毒蛇』の異名で知られている、凄腕の傭兵だ」
そう言いながら、ラルフは一歩下がった。
「ほう……そういえば貴様は、どこかで見たような顔だな」
「……ラルフ」
「先に行け、ルース。こいつの相手は」
「俺がする」
ラルフの言葉尻を引き継いで、ルースは言い切った。
「……ルース」
「キューピッドはちゃんとやってやるって言ったろ? 安心しろ。俺もやるべきことがあるからな。コイツは必ずぶっ倒す」
コブラを見据えて、ルースは一歩前に出た。
「ここは俺に任せて先にいけ」
「……すまん」
迷うことなく、ラルフは駆け出した。信じるしかない。自分の背後を守ると言い切った、友のことを。
だから、振り返らない。
「さて、今度こそ決闘をしてもらうぜ!」
コブラが距離を詰める前に、ルースは決闘盤から『ワイヤー』を放った。
「こいつは俺が解除するか、決闘の決着がつかない限り外れねぇ」
ルースが腕に装着している『決闘盤』は、通常のものではない。
『黒い決闘盤』だ。
「ふん……貴様らがそれを使うか」
「毒も喰らえばなんとやらだ。あんたも決闘盤をつけているなら『決闘者』だろ? 決着は決闘でつけようぜ」
「……いいだろう。少し遊んでやる」
一瞬躊躇うように周囲に視線をはしらせたが、コブラも独特の形状の決闘盤を展開した。
「「決闘!」」