ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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26.「あなたはなにも分かっていない」

 ラルフは走っていた。敵のアジトのど真ん中。それも、右も左も分からない地下施設だ。なるべくはやく、自分の現在位置だけでも把握しなければならない。できれば施設の見取り図も欲しい。脱出する際に必ず必要になるはずだ。

 

「ちっ……同じような通路ばかり」

 

 どこを何回曲がったかは記憶しているつもりだったが、施設内の地図はおろか、別の階層に移動するための階段すら見つからない。まるで迷路だ。

 

「……おかしい」

 

 ラルフは疑問を覚え、走るのをやめて立ち止まった。また行き止まりだ。試しに目の前の壁を叩いてみる。コン、と乾いた音が響いた。

 やはりおかしい。反響する音が、軽すぎる。

 

「これは壁じゃないな。シャッターか?」

 

 そう考えれば、いくら走っても他の階に移動できないのも説明がつく。何者かが通路のシャッターを下ろし、ラルフが進むルートを誘導しているのかもしれない。

 その考えは正しかったらしい。突然、正面ではなく左側の壁が音をたてて上にあがった。奥を覗いてみると、暗い通路の先に探し求めていた階段がある。ただし、それは下の階にしか繋がっていないようだ。

 もっと奥へ。こちらへ来いと、手招きしているのか。このまま進めば、誘導している人間の思う壺だろう。だが、進む以外に手があるわけでもない。

 

「……行くしかないか」

 

 通路も暗かったが、その階段には明かりらしい明かりがなかった。ライトを取り出して足下を照らす。

 途中、踊り場で折り返したとはいえ、かなり長い階段だ。体感で50m以上降りたように感じる。

 

「……到着か」

 

 正面にライトを当てると、分厚い鉄製の扉が鈍く光った。

 ラルフが手を掛ける前に、扉は自動で開く。そのまま中に入る。一寸先も見えないような暗さだが、随分と広い空間だということは分かった。

 

 

 

「ようこそ」

 

 

 

 突如空間に溢れた光に、目が眩んだ。

 

「……何者だ」

 

 瞼を下げて明るさに慣れさせながら、声の主を見る。ラルフの正面に位置する場所には古めかしい椅子があり、その男は頬杖をついて背もたれに体を預けていた。

 

「はじめまして、まずは自己紹介だ。俺はヴォルフ・グラント。グールズで偽造カード製造の最高責任者をやってる」

 

 ヴォルフが体を揺らすと、耳のピアスがきらりと光った。

 

 この男が、黒幕か。

 

「……ラルフ・アトラスだ」

「あぁ? なんか肩書きとかあるじゃねぇのか? お前、インダストリアル・イリュージョン社の社員だろ?」

「俺は1人の男として、この場所に来た。会社には辞表も出した。今、ここにいるのは、俺の独断だ」

「そいつは殊勝な心掛けだなぁ。流石はペガサスのかわいいワンちゃんだ。万が一にも飼い主に迷惑が掛からないように……ってか? でもな……」

 

 パチン、と小気味よい音が響く。ヴォルフが指を鳴らし合図をすると、椅子の隣の床がぽっかりと空いた。下から何かがせり上がって来る。仰仰しい仕掛けに何の意味があるのか、とラルフはそれを冷ややかな目で見詰めた。

 だが、ソレが何かを理解した時、ラルフは言葉を失った。

 

 

 

「飼い主がここにいたら……おもしれぇよな?」

 

 

 

「バカな……ペガサス会長!?」

 

 椅子に四肢を縛り付けられ、意識を失っている『ペガサス・J・クロフォード』がそこにいた。

 

 

「クックク……ヒャハハハハハ! 最ッ高だなぁ! そのアホ面。超おもしれぇよ!」

「貴様……ペガサス会長に何をした!?」

「別に。ちょっとおねんねして頂いてるだけだ。命に別状はないから、安心するんだな」

 

 ヴォルフの言葉に、ラルフはほっと安堵の息を洩らす。と、同時に新たな疑問が沸いてきた。ペガサスはアメリカ本社にいたはずだ。

 

「どういうことだ。一体どんな手を使ってペガサス会長を?」

「あぁ? 別にそんなことはどうでもいいだろ。俺はちょっとした『魔法使い』なんだよ。まぁ、馬鹿な凡人には理解できねぇだろうけどなぁ!」

 

 ルースの言葉を思い出す。この男も、特別な力を持った人間なのか。もしそうだとしたら、この男の言うところの『凡人』であるラルフに勝ち目はない。ペガサスも人質に取られている。

 

 ならば、やることは1つだ。

 

 ラルフの行動は速かった。ルースと同様『黒い決闘盤』を振り上げ、ヴォルフの『決闘盤』に狙いを定める。次の瞬間には有線の『ワイヤー』がヴォルフの腕を絡め取り、強制的に決闘に持ち込める――

 

 

 

 ――はずだった。

 

 

 

「ヒャハッ……残念」

「……ッ!?」

 

 気づいた時には、別の方向から飛んできたワイヤーに、ラルフの方が腕を絡め取られていた。咄嗟に飛来した方向を振り向く。

 そして、ラルフは再び言葉を失った。

 

 

 

「……フィーネ」

 

 

 

 伸びきったワイヤーの先には、あの時と同じように漆黒のボディスーツに身を固めた、フィーネ・アリューシアが佇んでいた。

 

「感動のご対面だぜ。もっと喜べよ。なぁ、フィーネ?」

 

 ヴォルフの言葉にフィーネは答えなかった。ただ、青い瞳はラルフを見詰めている。視線を合わせるだけで、ラルフは彼女が何を言いたいのか理解できた。

 

 

――どうして、ここに来たの?

 

 

 それに答える為にラルフが言葉を紡ぐ前に、ヴォルフが口を開いた。

 

「さぁて……せっかく人質にペガサスがいるんだ。コイツと『ウリア』をトレードしたいところだが……」

 

 一瞬ペガサスに目をやりながらも、ヴォルフの鋭い瞳はフィーネを射抜く。

 

「それじゃあ『再教育』の意味が無い」

「……再教育?」

「あぁ……だからさ」

 

 

 ぞくり、と背筋が凍る。この場で初めて会ったのにも関わらず、ラルフはヴォルフの発する雰囲気に嫌なものを感じた。

 

 

 

「殺しあってくれよ」

 

 

 

 隠しきれない残酷な笑みが表に出る。それと同時に重厚な駆動音が響き、床から鉄の柵がせり上がった。

 

「これは……?」

 

 閉じ込められた。そう認識するのに時間はかからなかったが、自分達を取り囲む『檻』はあまりにも異様だった。黒い鉄の柵は音をたてて閉まっていくが、さらにその周りでも大掛かりな装置が稼働を始めている。ラルフを閉じ込める為だけにしては、あまりにも過剰な仕掛けだ。

 なによりも疑問なのは、自分と一瞬にフィーネを閉じ込めたことだ。

 

「貴様、どういうつもりだ? これはなんだ!?」

「無駄口が多いですよ」

 

 ヴォルフへの罵声は、目の前の相手に遮られた。

 ラルフの言葉を待たず、フィーネは決闘盤を展開させる。

 

「……フィーネ」

「これは、あなたが着けている『闇決闘盤』の試作システムです」

「試作システムだと?」

「はい。その『決闘盤』と同様、決闘に実際の痛みを付与し、敗者からは『魔力(ヘカ)』を奪う」

「……ヘカ?」

 

 聞き慣れない単語にラルフは眉を潜めた。フィーネは淡々と話すのをやめない。

 

「あなたにはあまり関係ない話でしたね。簡潔に話しましょう。先ほども言ったように、これは試作品です。システムの出来も『リミッター』も不完全なものです」

 

 腕を広げて、フィーネは周囲を見渡した。なにかを憂い、悲しむような表情。にも関わらず、瞳だけは爛々と輝いている。

 

 

 

 

「この決闘、負けた方は死にます」

 

 

 

 

 彼女の口からは本当に簡潔に、事実だけが述べられた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 デュエルモンスターズには様々な種族が存在する。ドラゴン族や戦士族、悪魔族に天使族。これらの種族に属しているモンスターは、強力で有名なモンスターが多い。使用する決闘者も多い。

 そんな種族の中で『爬虫類』というのは、決してメジャーな種族ではない。高い攻撃力を持つモンスターもいない。カードパワーが高いわけでもない。使用する決闘者も少ない。

 

 それなのに……

 

「なんで俺……こんなに追い詰められてんだよ」

 

 

ルース LP700 手札2

《モンスター》

首領・ザルーグ(ヴェノムカウンター1)

《魔法・罠》

リバース1

 

コブラ LP4000 手札2

《モンスター》

ヴェノム・ボア

ヴェノム・スネーク

《魔法・罠》

ヴェノム・スワンプ(発動中)

リバース2

 

 

 ルースとコブラが決闘を行っているのは、無機質で暗い地下通路。しかしそこは今、黒く汚れた水が満ちた『沼』に変わっていた。

 

 

『ヴェノム・スワンプ』

フィールド魔法

お互いのターンのエンドフェイズ毎に、フィールド上に表側表示で存在する「ヴェノム」と名のついたモンスター以外の表側表示で存在する全てのモンスターにヴェノムカウンターを1つ置く。ヴェノムカウンター1つにつき、攻撃力は500ポイントダウンする。この効果で攻撃力が0になったモンスターは破壊される。

 

 

 ここまで追い詰められているのも、このフィールド魔法のせいだ。これを破壊できなければ、おそらく勝機はない。

 

「俺のターン、ドロー! よし、魔法発動『サイクロン』だ! 『ヴェノム・スワンプ』を破壊するぜ!」

 

 今考えうる最高のドローカードだ。竜巻が沼の中心で吹き荒れる。

 

「……甘い。カウンター罠発動!『蛇神の勅命』」

「なっ……に!?」

 

 

『蛇神の勅命』

カウンター罠

手札の「ヴェノム」と名のついたモンスターカード1枚を相手に見せて発動する。相手の魔法カードの発動と効果を無効にし、それを破壊する。

 

 

「私は手札の『ヴェノム・コブラ』を見せ『サイクロン』を無効にする」

 

 

 竜巻は呆気なく消えた。フィールド魔法が戦術の軸なら、守るカードを用意しているのは当たり前か。

 

「……なら、俺はモンスターをセットして……」

「リバースカードオープン!『聖なる輝き』」

 

 暗かったフィールドが、眩むような光で照らし出された。

 

 

『聖なる輝き』

永続罠

このカードがフィールド上に存在する限り、

モンスターをセットする事はできない。また、モンスターをセットする場合は表側守備表示にしなければならない。

 

 

 これでルースは、裏側表示でモンスターを呼び出せない。

 

「くそっ……嫌らしすぎるだろ。俺は『黒蠍-棘のミーネ』を守備表示で召喚! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「お前の考えは読めている。守備力の高い『ミーネ』で反射ダメージを狙い、効果を使用する算段だろう?」

「そうだよ。本当にいい性格してるぜ、あんた」

「誉め言葉として受け取ろう。だが、容赦はしない。エンドフェイズに『ヴェノム・スワンプ』の効果が発動する」

 

 コブラが宣言すると、沼から小さな蛇が2匹飛び出し、『ザルーグ』と『ミーネ』に噛みついた。噛みついた瞬間に蛇は毒に変わり、彼らの体の中を駆け巡る。

 

 

『首領・ザルーグ』

ATK900→400

 

『黒蠍-刺のミーネ』

ATK1000→500

 

 

「……本当に悪趣味だぜ」

「それも誉め言葉として受け取ろう。私のターン、ドロー!」

 

 ドローするコブラを見据えながら、ルースは必死に勝つための方策を捻り出そうとしていた。

 そもそも、デッキの相性が悪すぎる。低攻撃力の『黒蠍』モンスターがメインのルースのデッキでは、この毒沼の影響を諸に受けてしまう。裏側守備表示でフィールドに出せば『ヴェノム・スワンプ』の効果を受けないが『聖なる輝き』のせいで、それも封じられている。

 

「私は『ヴェノム・ボア』の効果発動。このターンの攻撃を放棄し、お前のモンスターにヴェノムカウンターを2つ乗せる」

 

 なによりも厄介なのは、このコブラという男が最近追加されたばかりの『カウンター』という新要素を理解し、使いこなしているということだ。

 三つ目の大蛇が『ミーネ』に向かって毒を吐き出した。毒は一瞬で全身に回り、『ミーネ』から戦闘力を剥奪する。

 

『黒蠍-棘のミーネ』

ATK500→0

 

 そしてこの毒沼では、それは死を意味する。

 

「『ヴェノム・スワンプ』の効果で攻撃力が0になったモンスターは破壊される」

 

 毒のせいで足掻くこともできず、『ミーネ』は沼に呑まれていく。ルースには見ていることしかできない。

 

「さらに『ヴェノム・スネーク』も攻撃を放棄し、ヴェノムカウンターを放つ。やれ!」

 

 『ヴェノム・ボア』よりも小さいとはいえ、毒の質には変わりはない。量も少なかったが、弱りきった『ザルーグ』に引導を渡すにはそれで充分だった。

 

『首領・ザルーグ』

ATK400→0

 

「『ザルーグ』も破壊だ。消えて貰おう」

 

 相棒であるモンスターも沼の中に消え、ルースのフィールドはがら空きになる。

 

「けど……お前のモンスターはこのターン、攻撃できないぜ?」

「そんなことは百も承知だ。あまり時間を掛けていられないのでな。そろそろ終わりにしよう」

 フィールドで塒を巻いていた2匹の蛇の姿が消える。

 

「私は『ヴェノム・ボア』と『ヴェノム・スネーク』を生け贄に捧げ……」

 

 毒の塊である沼の中から、その王は浮上する。水を滴らせながら、巨大な尾を地面に叩き付ける。

 

 

 

「召喚。『毒蛇王ヴェノミノン』」

 

 

 コブラの言葉通り、決闘の終わりは着々と近づいていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「負けた方が死ぬ……どういうことだ!?」

「言葉通りの意味です。まず、この装置を使用した決闘の衝撃は、それの約2倍です」

 

 『闇決闘盤』を指差し、フィーネはあっさりと言うが、ラルフは固まった。大の大人を気絶させるほどの衝撃。その2倍だ。想像もつかない。

 

「あなたも体験しましたよね? 負けた時、身体から力が抜けたのを」

「それがどうした?」

「私に負けて、それでもこの場まで来た体力は大したものです。ですが、リミッターが付いていないこの装置は、敗北したプレイヤーから一滴残らず『吸い取り』ます」

 

 何を、とはフィーネは言わなかった。だが、決闘に負けた時の力が抜けるような感覚は記憶に新しい。

 確かに。敗者へのペナルティとして備わっているあの機能の、より強力なバージョンだとしたら、命の危険があるのも頷ける。

 

「……ごめんなさい。私は負けるのが嫌いだし、死にたくもありません」

 

 決闘を始める前のラルフを案ずるような表情はもう隠し、フィーネは5枚の手札をドローする。

 

 

 

「だからこの決闘に勝って、あなたを殺します」

 

 

 

 ゲームを始める準備を終え、迷いも躊躇いもなく彼女は平然と言い切った。

 

「……間違っているな」

 

 ラルフも決闘盤を展開し、5枚の手札を引く。

 これから、ゲームが始まる。しかし、楽しみも興奮もなく、頭の芯は冷えきっていた。

 

「俺は今、お前とゲームを始めようとしてるのに、全く楽しくない」

「……そうですね。命が懸かっているんですから、当然でしょう。でも、私は勝てればそれで……」

「それでいい、か。そうやって、自分に言い聞かせながら決闘をして楽しいか?」

 

 はじめて、フィーネが虚を突かれて押し黙った。

 

「デュエルモンスターズが、母親を奪ったから、デュエルモンスターズで人殺しをしたから。だからお前は『勝たなければならない』という強迫観念に囚われている」

「……どうしてそれを」

「お前に言う必要はない。お前を救う為に、俺も『魔法』を使っただけだ」

 

 茶化したラルフの返答に、檻の外のヴォルフは舌打ちした。

 

「私を救う? どうして?」

「決まっている。お前に惚れたからだ」

 

 臆面もなく、ラルフは言い切った。

 それを聞いたヴォルフの肩が小刻みに揺れる。

 

「クックク……やっぱりそういうことかぁ。いいねぇ、実にいい。感動的な恋だぜ、ラルフ・アトラス!」

 

 椅子の上でヴォルフは笑い転げる。口を吊り上げ、腹を抱えて笑っている。だが、その様子を見てフィーネは怯えたように後退りした。何故なら、気付いたからだ。

 

 ヴォルフの目だけは、笑っていないことに。

 

「あぁーあ。やっぱりお前はこれからの為にも、フィーネが殺さなきゃダメだわ。でないと、フィーネの決意に揺らぎがでそうだ」

「そういう意味での『再教育』か。随分と傲慢な物言いだな」

「当たり前だろ。フィーネに力を与えたのも、復讐の機会を与えたのも、全て俺だ」

 

 笑みを引き剥がし、ラルフの言葉を真っ向から否定するように、ヴォルフは吐き捨てた。

 

「だったら、俺の所有物なのは当たり前だろうが」

 

 本当に、傲慢な物言いだった。

 

 

 

「……ふざけるな」

 

 

 

 静かに。だが、確かに。ラルフも、ヴォルフの言葉を真っ向から否定した。怒りに燃えた眼を、ヴォルフに向ける。

 

「あぁ、怖い怖い。下手に叫んだりしないのが逆に、マジに怒ってるのが分かって、超怖いぜ。でも、犬が檻からキャンキャン吠えても、俺に噛みつくことはできねぇんだよなぁ」

 

 親指を立て、ヴォルフは自分の首を指さした。

 

「俺に噛みつきたかったら、まずはその檻から出てみな。話はそれからだぜ?」

 

 檻から出るためには、決闘に勝たなければならない。

 それはつまり、フィーネに勝つということ。

 それはつまり、フィーネを殺すということ。

 

 苛立ちを表に出した表情の上に、再び笑みが張り付く。

 事実、ヴォルフは楽しくて仕方がなかった。絶対にできないことに、直面した時の人間。焦り、絶望し、終いには考えることを放棄する。そんな無様な姿を、これから特等席でたっぷりと眺めることができるのだから。

 

「じゃ……はじめてくれ。恋と悲しみのデスゲームを」

 

 ヴォルフの言葉には何も返さず、ラルフはフィーネに向き直った。呆けたように2人のやり取りを聞いていたフィーネも、決闘盤を構え直す。

 

「お前を救ってやる。あのクズみたいな男からな」

「……はじめます」

 

 

 

「「決闘!」」

 

 

 

 先攻を取ったのはフィーネだった。

 

「私のターン、ドロー」

 

 カードを取る手が少し震える。正直に言えば、ラルフがここまで来たことには、驚きを隠せなかった。淡い期待も抱いた。事実、彼はフィーネを助ける為に、ここまで来た。

 それが、嬉しくないはずがない。憎からず思った相手なら、尚更だ。

 だが、決闘が始まれば敵同士。普通の決闘であっても負ける気は毛頭ないが、この闘いには命が懸かってる。だからこそ、立場をはっきりさせておく必要がある。

 

「私を追い掛けて……ここまで来て。過去の事まで知って。すごいですね、あなたは」

 

 そしてなによりも、自分自身の迷いを断ち切る為に。

 

 

 

「気持ち悪い。そういうの、ストーカーっていうんですよ」

 

 

 

 ありったけの毒を込めて、吐き捨てた。

 ラルフの戦意をもぎ取る為に放った、侮蔑の言葉。心を抉るような言葉。

 だが、ラルフは眉一つ動かさず、

 

「そうか。覚えておこう」

 

 それだけ言って、平然としていた。

 

「ッ……私はモンスターをセット、リバースカードを1枚伏せて、ターン終了です」

 

 思わず、心が揺らぐ。ラルフの強い意思が宿った瞳に、吸い込まれそうになる。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は『ホルスの黒炎竜LV4』を召喚!」

 

 前回の決闘でも召喚された、ラルフのデッキの軸であるモンスター。白銀の体躯を煌めかせ、力強く鳴いた。

 

 

『ホルスの黒炎竜LV4』

炎/ドラゴン族

ATK1600

DEF1000

 

 

「そのままバトルだ! 裏守備モンスターに攻撃!」

 

 リバースカードに憶することなく、ラルフは攻める。小さいながらも放たれた黒炎は、裏守備モンスターを焼き払った。

 『闇のゲーム』を極限まで再現した、科学と魔術の結晶である装置が稼働する。フィーネの頬を掠めた黒炎は、確かに熱かった。

 

 死ぬかもしれない。そんな恐怖心を煽られた。

 

「……破壊されたのは『キラートマト』です。デッキから『キャノン・ソルジャー』を特殊召喚」

 

 肩にキャノン砲を備えた機械兵がフィールドに降り立つ。前回の決闘と似たような流れだ。

 

「またそいつか。ならばリバースカードは分かったも同然だな。俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

「エンドフェイズにリバースカードオープン。『スケープ・ゴート』」

 

 やはり、と言うべきか。4匹の羊トークンがフィーネの場を埋め尽くした。これで次のターン、最高で2500のバーンダメージがラルフを襲う。

 

「こちらもエンドフェイズに効果発動だ。ホルスは『LV4』から『LV6』に進化する!」

 

 ラルフの宣言に呼応して、ホルスの身体に変化が生じる。翼も脚も強靭になり、より力強く羽ばたいた。

 

「……またそのモンスターですか。馬鹿の一つ覚えですね」

「なんとでも言え。コイツの炎で、お前を縛っている呪縛の鎖を焼き切ってやる!」

 

 ラルフは、フィーネに向かって力強く宣言した。

 フィーネはラルフをじっと見る。自分を助けると言い切るラルフの姿は頼もしかった。かっこいいと思った。彼がフィーネに言ったように、フィーネも彼に惚れてしまいそうだと思った。

 

 

 

―――だけど。

 

 

 

「今の言葉で、はっきりと分かりました」

「……なに?」

 

 彼の言葉には、きっと偽りはない。本当に自分のことを思って、自分のことを心配して、助け出そうとしてくれている。

 だからこそフィーネは、言わずにはいられなかった。

 

 

 

「あなたはなにも分かっていない」

 

 

 

 今度こそ、ラルフは刺された表情になった。

 

「私を縛っている呪縛の鎖? なんですかそれは?」

「それは、お前の過去の……」

「確かに私は縛られています」

 

 ラルフの言う通りだ。確かに自分は過去に縛られていて、『勝利』という結果に取り憑かれているのかもしれない。

 

「でも、私は望んで縛られています。そうなることを望んで、今の私は存在しています」

 

 言い訳はいくらでもできる。不幸だったから。貧乏だったから。ヴォルフという男に拾われたから。

 フィーネが信じる、おそらく歪んでいるこの思想に染まった原因を、運命のせいだと投げ出してもいいだろう。神を恨んで、自分は悪くないと叫んでもいいだろう。

 

 だが、それでどうなる?

 何が変わる?

 何が残る?

 

 結局ここにいるのは、母を死なせ、決闘で人を殺した、フィーネ・アリューシアという人間だ。

 その事実だけは、決して変わることはない。

 

「あなたが私をそんなに想ってくれたのは……正直嬉しいです。きっと私も……」

 

 ヴォルフが見ていても構わない。フィーネはその言葉を口にした。

 

 

 

「あなたのことが好きです」

 

 

 

「……だったら!」

「でもね」

 

 まるで最初の決闘の時のように、フィーネはまたラルフの言葉を遮った。

 

「私は変われないんです。母の敵を決闘で討って、満足した自分がいたから」

 

 血に塗れて笑う、自分がいたから。

 

「私は嬉しいんです。強いカードで相手を倒して、勝利を得ることが」

 

 もう『勝利』しないと満足できない、自分になってしまったから。

 

「私は正しいと思っているんです。ヴォルフ様が成そうとしている……デュエルモンスターズの『理想』が」

 

 ヴォルフの為に身を捧げる道具になると、自分で決めたから。

 

「だからあなたに私は救えません。私の理想とあなたの理想は、あまりにも離れすぎています」

 

 静かにカードを引く。この状況の為にあつらえたような、新たに投入したカードが来た。道具である自分にヴォルフが与えてくれた、新しい力。

 

「魔法カード『突然変異』を発動します」

 

 

『突然変異』

通常魔法

自分フィールド上モンスター1体を生け贄に捧げる。生け贄に捧げたモンスターのレベルと同じレベルの融合モンスターを融合デッキから特殊召喚する。

 

 

「レベル1の羊トークンを生け贄に捧げます」

 

 可愛らしい無垢な羊は、その姿を強引に変質させていく。面影など欠片も残らない、全く違う存在へと変異していく。

 

 

 そして、もう元には戻れない。

 

 

 

「いでよ―――」

 

 

 

 本来の持ち主は、ヴォルフの隣で眠っている。直接決闘したヴォルフすら、そのモンスターと戦うことはなかった。

 

 

 

 

 

「―――サウザンド・アイズ・サクリファイス」

 

 

 

 

 

 千の眼を持つ魔獣は、瞼を一斉に開き、倒すべき敵の姿を捉えた。

 

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