バトルシティ開催に伴うルール改定において、ラルフが最も苦心したのは『融合』に関する問題である。
魔法カード『融合』は特定のモンスターを組み合わせることで、強力なモンスターを生み出すことができる。だが、その組合せはかなり多く、武藤遊戯が利用した『属性反発作用』による強制破壊など、ルール的な問題点も非常に多かった。その為の改善策として、まず『融合モンスターカード』に素材を明記。また、高いステータスに起因するゲームバランスの崩壊を防ぐ為に、融合召喚したターンは攻撃できないルールを新たに設けた。そういった弱点をフォローする目的で、召喚ターンに攻撃を可能にする『速攻』などのカードも合わせてリリースしてある。
デュエルモンスターズの中でも『融合』関連のルールは、未だに手探りで進めている状態なのだ。
「なるほど。『突然変異』か……」
フィーネが使用した『突然変異』は、試験的に導入した『融合』を使用せずに『融合モンスター』を呼び出す魔法カード。強力な融合モンスターを呼び出す為には上級モンスターを生け贄に捧げる必要があるので、性能的にはさほど問題はないとラルフは考えていた。
だが、フィーネの戦術は創造主であるペガサスのカードを得たことで、ラルフの予想を軽々と越えてくる。
「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の効果発動、相手モンスターを吸収します」
「……吸収だと!?」
毒々しい色の身体を奮わせ、千眼の魔獣は下腹部の口を開いた。直後に強烈な吸引が始まる。抵抗むなしく、『ホルスの黒炎竜LV6』は飲み込まれた。
『サウザンド・アイズ・サクリファイス』
闇属性/魔法使い族
ATK0→2300
DEF0→1600
「このモンスターの攻撃力と守備力は、吸収したモンスターと同じになります」
グロテスクに胎動している『サウザンド・アイズ・サクリファイス』に、フィーネはうっとりと見とれていた。その確かな力に、酔いしれていた。
「いいモンスターですね……1枚で除去をこなして、ステータスもアップする素敵なカードです。……バトル」
フィーネの指示を受けて、魔獣が全ての眼をラルフに向ける。先ほどまで欠片も戦闘能力を持っていなかったが、今は2300という上級モンスター並の攻撃力だ。まともに通すわけにはいかない。
「リバースカードオープン!『攻撃の無力化』」
『攻撃の無力化』
速攻魔法
モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。
時空の渦に阻まれ、魔獣はやむなく後退する。バトルフェイズも終了。もう攻撃はできない。
だが、フィーネのターンはまだ終わらない。
「私は『キャノン・ソルジャー』の効果発動。羊トークン生け贄に捧げて500ポイントのダメージを与えます」
黒光りする砲搭がラルフに向けられる。フィーネの声に躊躇いの色はなかった。ただ指示通りに機械の兵隊は弾を込め、放つ。
「がっ……あぁあああ!?」
ラルフ LP4000→3500
僅か500ポイント。だが、前回とは比較にならないほどの痛みがラルフの全身を駆け巡った。気を抜けば、意識など簡単に持っていかれてしまうだろう。それだけの苦痛だ。
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にしながらも、フィーネは効果の起動をやめない。2体目の羊トークンが消える。
「ぐっ……ぁああああぁ!」
ラルフ LP3500→3000
やめる理由がない。負けたら死ぬ。自分の命と他人の命。目の前で天秤に掛けられれば――
「はぁ……はぁ……ぐっ……あぁあああああ!?」
ラルフ LP3000→2500
――自分の命を優先するのは、生き物として当然だ。
ラルフは膝をついた。肩で息をし、混濁する意識を必死で手繰り寄せて前を見る。
「メインフェイズ2。『手札抹殺』を発動します。手札を全て捨てて、ドローしてください」
お互いに3枚ずつ、手札を交換する。震える指でカードを取るラルフを見やりながら、フィーネは入れ換えた手札から淡々とカードを抜き出した。
「リバースカードを2枚伏せます。ターン終了です」
ラルフ LP2500 手札3
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
リバース1
フィーネ LP4000 手札1
《モンスター》
サウザンド・アイズ・サクリファイス(ホルスの黒炎竜LV6装備)
キャノン・ソルジャー
《魔法・罠》
リバース2
(ホルスの黒炎竜LV6)
「いいねぇ……最高だぜ」
死闘が行われている『檻』の外から、ヴォルフは呟きを漏らした。高見の見物とは、正にこのことか。こんな見せ物はそうそう見れるものではない。
「くっ……俺のターン!」
まだ、ラルフ・アトラスは折れていない。いつまで『もつ』のか、折れた瞬間はどうなるのか、ヴォルフは楽しみで仕方がない。
「おい! さっさとサレンダーして、惚れた女の命だけでも助けたらどうだ!? かっこいい王子様にはお似合いの最後じゃねぇか?」
下品な野次が飛ぶ。腸が煮えくり返るような怒りを覚えながらも、ラルフはヴォルフに顔を向けることはなかった。
「俺は『UFOタートル』を召喚!」
『UFOタートル』
炎/炎族
ATK1400
DEF1100
今、集中しなければならいのはこの決闘だ。今、見詰めるべきなのは、目の前の彼女だけだ。あの男ではない。
疲労と痛みで朦朧とする意識に活を入れる為、ラルフは声を張り上げる。
「バトルだ! 『UFOタートル』で『キャノン・ソルジャー』に攻撃!」
『キャノン・ソルジャー』と『UFOタートル』の攻撃力は互角。相討ちになってもフィーネにダメージはない。『UFOタートル』はリクルーターである為、後続のモンスターで防御もこなせる。
「……無駄ですよ」
「なっ……?」
だが、気合いを入れたラルフの声とは裏腹に『UFOタートル』はピクリとも動かなかった。石像のように、無機物のように固まっている。
「……何故だ?」
「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』のもう1つの能力です。このカードが存在する限り、他のモンスターは攻撃も、表示形式の変更も許されません」
『サウザンド・アイズ・サクリファイス』
闇/魔法使い族
ATK0
DEF0
サクリファイス+千眼の邪教神
このカードがフィールド上に存在する限り、他のモンスターは表示形式を変更できず、攻撃する事もできない。1ターンに1度、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は、このカードの効果で装備したモンスターのそれぞれの数値になる。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりにこのカードの効果で装備したモンスターを破壊する。
その強力無比とも言える効果に、ラルフは目を見開いた。あの千の眼が開いている限り、他のモンスターは微動だにできないということだ。
「アッヒャハハハ! 随分と驚いているようだがなぁ……そのカードはペガサスのものだぜ?」
「ペガサス会長の!?」
告げられた事実。ラルフは無視を決め込んでいたヴォルフの言葉に、思わず答えてしまった。
「あぁ、そうだ。面白そうなカードだったんでな。デッキの中から拝借させてもらったぜ。そんな強力なカードを自分だけのものにしていたなんて、つくづく不公平だ。なぁ、フィーネ?」
「……はい」
迷うことなく、フィーネはヴォルフの質問に首を縦に振った。表情は暗く、けれども瞳だけは輝いて『サウザンド・アイズ・サクリファイス』に釘付けになっている。
ラルフはヴォルフに向かって、すぐに反論を口にした。
「ペガサス会長は、自身の専用カードのエラッタを検討されていた。強すぎる力に後悔したからだ! そのカードも……」
「御託はいりません」
言葉が遮られる。檻の外のヴォルフではなく、目の前のフィーネに。
「決闘を続けてください。今さら言葉で言い訳して、どうにかなりますか?」
いつの間にか、視線はラルフに向けられていた。
その瞳だけでも、様々な感情がごちゃ混ぜになっているのが分かる。
「……リバースカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
ろくな反撃も出来ずに、ラルフのターンは終わる。デッキに手をかけながら、フィーネはうっすらと笑った。
「あなたは……私のことを聞いたんですよね? 勝たなければならない勝負で負けた私の事を。失いたくないものを失った私の事を」
腕は勝手に動き、デッキの上からカードを引き抜く。期待も楽しみもない。ただ、勝つために必要なルーティンだ。
「だったら……もう分かってください。何度も言わせないでください。私は、勝つことでしかお母さんの死に報いることができません。私は勝つことにしか、楽しみと意味を見出だせません」
淡々と語る言葉の中の『お母さん』という響きだけが幼く聞こえて、ラルフの耳にこびりついた。
「勝った方が正しいから。私の決闘は、勝たなければ意味がないんです」
フィーネが言葉を吐き出している間も、脳は勝手に思考する。勝つ為の最善手を導き出す。
「リバースカードオープン『ゴブリンのやりくり上手』」
『ゴブリンのやりくり上手』
通常罠
自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。
「続けて手札から速効魔法『非常食』を発動」
『非常食』
速攻魔法
このカード以外の自分フィールド上に存在する。魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。
ラルフは顔を歪めた。このプレイは、発動された順番に意味がある。
「まずは『非常食』の効果で、発動した『ゴブリンのやりくり上手』と装備状態の『ホルスの黒炎竜LV6』を破壊します」
フィーネ LP4000→6000
2000ポイントのライフゲイン。それだけでも充分強力だが、効果処理はまだ終わっていない。
「『ゴブリンのやりくり上手』の効果も発動します。効果処理時に墓地に2枚の『ゴブリンのやりくり上手』があるので、3枚ドローし、1枚をデッキに戻します」
「墓地に2枚? そうか、『手札抹殺』の時に……」
「はい。既に1枚は墓地に落としていました」
3枚のドローし、1枚戻す。カード消費を見ればアドバンテージはそこまで変わらないが、手札の質は一気に高まっている。
「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の効果発動。『UFOタートル』を吸収します」
破壊すれば後続を呼び込むリクルーターも、戦闘以外の手段で除去されては意味がない。
『サウザンド・アイズ・サクリファイス』
ATK0→1400
DEF0→1100
これで、ラルフのフィールドはがら空きだ。
「バトル。『サウザンド・アイズ・サクリファイス』で直接攻撃」
「ちっ……リバースカードオープン! 『聖なるバリア-ミラーフォース』」
前のターンで引き込んだ、逆転の罠。白く輝く壁が『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の前に現れる。全ての攻撃を反射し、跳ね返す光の壁だ。
「カウンター罠発動。『盗賊の七つ道具』」
だが、砕かれる。
『盗賊の七つ道具』
カウンター罠
罠カードが発動した時、1000ポイントのライフを払って発動できる。その発動を無効にし破壊する。
フィーネ LP6000→5000
この『装置』に差別はない。痛みは等しく両方のプレイヤーにもたらされる。
「ッ……ウァアアアア!」
「フィーネ!?」
痛みで両膝をつき、肩で息をする。それでも、フィーネの口元はつり上がっていた。
「……自分の、心配をした方が……いいんじゃないですか?」
ラルフの目と鼻の距離まで、千眼の魔獣は迫っていた。醜く肥大した腕が振り上げられ、ラルフの腹に叩き込まれた。
ラルフ LP2500→1100
実体はない筈だ。あくまでもソリッドヴィジョン。立体映像の筈だ。
だが、確かに腹を抉られたような、形容し難い痛みを感じて、脳と体が悲鳴をあげる。
「ア……」
もはや声すら出せない。ラルフは前に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ。惜しいですね。モンスターを引いていれば、このターンで仕留められていたのに」
フィーネの言葉に、ラルフは答えない。倒れ込んだまま動かない。
「……これが、私なんです。人を傷つけてでも……勝とうとするのが、私の決闘なんです」
今、ラルフを追い詰め、勝利が目前にある。それは、フィーネの方が強いということだ。フィーネのデッキとプレイングが、ラルフに勝っているということだ。
そして、勝つことは正しい。強いことは正しい。
だから、自分は何も間違っていない。変わる必要もないし、変わることもできない。
フィーネ・アリューシアには、この『決闘』しかない。
「……カードを2枚伏せ、ターンを終了します」
フィーネのターンが終わっても、ラルフは起き上がらなかった。
そして、唐突に『それ』は起きた。
◇◆◇◆
「うっ……お!?」
「む……」
毒蛇の王が攻撃を仕掛けようとした時、轟音が響いた。1回だけではない。断続的に響いている。
爆発だ。
鼻を火薬の匂いがつく。廊下の排気口から、煙が漏れ出ていた。電灯もチカチカと点滅し、いくつか消えかけている。
「くそっ……なんだよこれは!?」
「もうそんな時間か」
周囲を見渡すルースを他所に、コブラは落ち着いた様子で腕時計を確認している。まるでこの出来事が、予定されていたものだったかのように。
「おい! これは一体……」
「すまんな。もう遊んでいる場合ではなくなった」
冷静に語りながら、コブラは腕を胸ポケットに突っ込んだ。煙草を出すような気安さで、黒光りするそれを取り出した。
「お前……」
「そういうことだ」
油断していた。『決闘盤』を拘束すれば、決闘で決着をつけることができると思っていた。
ルースもいくらかは修羅場を潜ってきたつもりだったが、これは想定していなかった。
決闘中に拳銃を向けられることは、考えていなかった。
「……ちくしょう」
「詰めが甘かったな」
躊躇いも何もなく、引き金は引かれ、銃声が響いた。
「……あれ?」
確かに銃声はした。銃口は自分に向けられていた。にも関わらず、自分の体には穴が空いていない。痛くもない。
ルースは恐る恐る、後ろを振り返った。
「な……」
ルースが手錠を外す時に蹴り倒して気絶させた男が、腕を撃たれて蹲っていた。足元にはサバイバルナイフが落ちている。背中を冷たい汗が伝った。
あのまま決闘を続けていたら、気付かずに刺されていたかもしれない。
「だから詰めが甘いと言ったんだ」
コブラは溜め息を吐きながら、ルースに歩み寄った。ついでにナイフを蹴り飛ばすのも忘れない。
「さて……とりあえずこれを外してくれないか?」
いかにも邪魔だと言いたげに、コブラは『決闘盤』を掲げた。
「……あんた、一体何者なんだ?」
「結論から言おう。この爆発は仲間が起こしているものだ」
ルースは『闇決闘盤』を操作し、ワイヤーを外した。決闘も中止になり、ソリッドヴィジョンが消える。
「私は、君達の味方だ」
◇◆◇◆
「状況を報告しろ! 何があった!?」
『分かりません! モニタールームとカードの製造施設が、集中的に爆破されました!』
「くそがぁ……監視カメラは?」
『モニタールームがやられているんです。確認のしようがありません。各階層で火災が発生しています』
ヴォルフがいる実験室には、煙は来ていなかった。だが、激しい衝撃はこの部屋まで伝わった。施設の大部分は機能不全に陥っていると見て、間違いない。
『ヴォルフ様……指示をお願いします』
思わず頭が痛くなった。セレスがいれば、ヴォルフが不在でもすぐに指示を出し、状況に対応していたはずだ。
「……ペガサスを連れて地下3階まで上がる。消火作業を最優先。手が空いた奴は、あのクソ傭兵共を探し出せ」
『あの2人をですか? な……』
「他にこんなことができる人間がどこにいると思ってんだ!? いいから指示通りに動け!」
受話器を叩きつけ、苛立ちを押さえきれず、そのままぶち壊した。振り返って『檻』の中を見てみれば、ラルフはまだ倒れたままだ。『装置』も問題なく稼働している。ソリッドヴィジョンも消えていない。どうやら実験室の電源はやられなかったらしい。
「……フィーネ、話は聞こえたか」
「裏切りですか?」
「そんなところだ。だが、こっちの電源は生きている。『装置』は1度作動したら決着がつくまで切れねぇ。俺の言いたいことが分かるな?」
「この男を殺した後に合流します」
その言葉を聞いて、ようやくヴォルフの苛立ちは少し収まった。
「あぁ、そうだ。よく分かってるじゃねぇか」
ヴォルフはペガサスの拘束を解き、肩に担いだ。貴重な人質だ。まだ利用価値はある。
実験室から出る前にもう1度ラルフを見た。まだ起き上がらない。痛みで気絶したのだろう。おかしな話だが、失望を禁じ得ない。
もう折れてしまったのか。
このままノーアクションで3分経過すれば、ラルフは自動的に敗北となる。楽しみにしていたのに、期待外れだった。興味をなくしたヴォルフは、ペガサスを担いだまま実験室をあとにした。
――――――――――――――――――――
俺は、人を本当に好きになったことがなかった。
まともな恋愛をしたこともなかった。社内の女子には何回か告白されたが、その度に断った。ルースには勿体ないと小言を言われたが、それでも付き合う気にはなれなかった。
一緒に過ごす内に心惹かれていくかもしれない。
相手を好きになるかもしれない。
そう思うことがないわけではなかったが、それでも付き合うことはなかった。
何故だろうか。自分は人を好きにはなれないのだろうか。そんなことを本気で悩んだ時期もあった。
だが、彼女は違った。
自分自身、どうしてこんなことをしているのか分からない。どうしてこんなに彼女を救おうと必死になるのか、分からない。
生き甲斐である仕事を放り出し、疲労で重い体を引きずって、こんな島まで来てしまった。
なぜだ?
彼女のことが好きなのは、自分でも分かる。だが、どうして自分は、彼女のことが好きなのだろうか。
きちんと会って話したのは、たった1度だけだ。
思い返してみる。
彼女と喫茶店で過ごした時間は、楽しかった。あんな店のコーヒーより、自分が淹れたコーヒーの方がうまい筈なのに、なぜか美味かった。そういえば、あの時は片意地を張って、不味いと言ってしまい、彼女を困らせてしまった。
でも、帰り際には俺のコーヒーを飲んでみたいと、言ってくれた。
色々な話をした。
最近の決闘者について話して、それから好きなカードを教えてもらった。
―――ああ、そうだ。
――――――――――――――――――
「どうして……立つんですか?」
ラルフは立ち上がった。痛みなど関係ない。ただ足に力を入れて立った。
「そのまま寝ていれば、苦しまずに死ねたんですよ?」
ライフをゼロにされる痛みを味わうことなく、眠るように逝けたのに。フィーネもそれを望んでいたのに。
ラルフは立った。
「すまんな……言葉を重ねても、無駄なのは分かっている。だが、言い忘れたことがあった」
前を見て。
目を逸らさずに。
「俺は、お前の笑顔に惚れたんだ」
ラルフは言った。
「……使い古された台詞ですね。今の私も笑えますよ。もう少しであなたを倒せそうですから」
そう言って、フィーネは笑みを返した。
「違う」
「え?」
「俺が惚れたフィーネ・アリューシアの笑顔は、そんなものじゃない」
決闘盤が重い。だが、持ち上げる。次のカードを引く為に。
「最初にデュエルモンスターズの話をした時、お前は笑っていた」
まるで花が咲いたような、自然な笑顔だった。
「再会した時も、勝ちたいと言って決闘した時も、お前は笑っていた」
確かにその笑顔も輝いていた。でも、それは無理矢理作ったような輝きで、不自然なほどに美しかった。
ラルフが見たいのは、そんな笑顔ではない。
「勝ちたいと願うお前の気持ちを、もう否定する気はない。どちらも、本当のお前だ。どちらも、本当のフィーネ・アリューシアだ」
それでも
「俺はあの時の、デュエルモンスターズが大好きだと言ってくれた、お前の笑顔が好きになったんだ」
フィーネは言葉に詰まった。真っ直ぐな言葉に、何を返していいか分からない。
でも、負ける気だけはない。
「あなたに私の何が分かるんですか? たった1度しか会っていないあなたは、私のことなんて何も知らないでしょう!?」
「そうだな……」
ラルフはドローしたカードを見た。本当に自分は、彼女のことを何も知らない。情けない男だ。
「だが……」
知っていることは、たったひとつだけ。
「お前の好きなカードなら、知っている」
ラルフは、魔法カードを発動した。
『クロス・サクリファイス』
通常魔法
自分フィールドにモンスターが存在しない時、相手フィールド上のモンスター選択して発動できる。このターン自分のモンスターを生け贄召喚する場合、相手モンスターを使用できる。
まずい、とフィーネは身構えた。『サウザンド・アイズ・サクリファイス』は魔法に対する耐性はない。生け贄に使用されれば、成す術なく墓地送りだ。
何を召喚する気なのだろう?
『テスタロス』か『ホルス』か?
「そんなに身構えるな」
ラルフは、その1枚を手に取った。
「俺は『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を生け贄に捧げ―――」
フィールドを支配していた魔獣が、光に呑まれて消えていく。新たなモンスター召喚の、礎となる。
現れたのは、悪魔だった。
鋭利な鉤爪と、特徴的な長い腕を備え、体躯は深い青に染まっている。
フィーネは、何も言わなかった。言えなかった。あり得ないからだ。そのモンスターがそこに現れることが。
だが、確かにそこにいた。
「―――モリンフェンを召喚する」
どうして。
あり得ない。
なぜ。
「なんで……そのモンスターが、デッキに入っているんですか?」
混乱する思考をまとめて、辛うじてフィーネはそう言った。
「驚いたか?」
悪魔が腕を広げる。
「虚を突かれたか?」
悪魔が嘶く。
「今のお前の気持ちは、勝利だけを目指していては得られないものだ」
唖然としているフィーネに対して、ラルフは笑った。
命が懸かった決闘であることを忘れたかのように、ラルフ・アトラスは笑っていた。
「だから決闘は面白い」
※『クロス・サクリファイス』と『攻撃の無力化』はそれぞれアニメ効果で扱っています。