ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

29 / 66
27.「だから決闘は面白い」

 バトルシティ開催に伴うルール改定において、ラルフが最も苦心したのは『融合』に関する問題である。

 魔法カード『融合』は特定のモンスターを組み合わせることで、強力なモンスターを生み出すことができる。だが、その組合せはかなり多く、武藤遊戯が利用した『属性反発作用』による強制破壊など、ルール的な問題点も非常に多かった。その為の改善策として、まず『融合モンスターカード』に素材を明記。また、高いステータスに起因するゲームバランスの崩壊を防ぐ為に、融合召喚したターンは攻撃できないルールを新たに設けた。そういった弱点をフォローする目的で、召喚ターンに攻撃を可能にする『速攻』などのカードも合わせてリリースしてある。

 

 デュエルモンスターズの中でも『融合』関連のルールは、未だに手探りで進めている状態なのだ。

 

「なるほど。『突然変異』か……」

 

 フィーネが使用した『突然変異』は、試験的に導入した『融合』を使用せずに『融合モンスター』を呼び出す魔法カード。強力な融合モンスターを呼び出す為には上級モンスターを生け贄に捧げる必要があるので、性能的にはさほど問題はないとラルフは考えていた。

 だが、フィーネの戦術は創造主であるペガサスのカードを得たことで、ラルフの予想を軽々と越えてくる。

 

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の効果発動、相手モンスターを吸収します」

「……吸収だと!?」

 

 毒々しい色の身体を奮わせ、千眼の魔獣は下腹部の口を開いた。直後に強烈な吸引が始まる。抵抗むなしく、『ホルスの黒炎竜LV6』は飲み込まれた。

 

 

『サウザンド・アイズ・サクリファイス』

闇属性/魔法使い族

ATK0→2300

DEF0→1600

 

 

「このモンスターの攻撃力と守備力は、吸収したモンスターと同じになります」

 

 グロテスクに胎動している『サウザンド・アイズ・サクリファイス』に、フィーネはうっとりと見とれていた。その確かな力に、酔いしれていた。

 

「いいモンスターですね……1枚で除去をこなして、ステータスもアップする素敵なカードです。……バトル」

 

 フィーネの指示を受けて、魔獣が全ての眼をラルフに向ける。先ほどまで欠片も戦闘能力を持っていなかったが、今は2300という上級モンスター並の攻撃力だ。まともに通すわけにはいかない。

 

「リバースカードオープン!『攻撃の無力化』」

 

 

『攻撃の無力化』

速攻魔法

モンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる。

 

 

 時空の渦に阻まれ、魔獣はやむなく後退する。バトルフェイズも終了。もう攻撃はできない。

 だが、フィーネのターンはまだ終わらない。

 

「私は『キャノン・ソルジャー』の効果発動。羊トークン生け贄に捧げて500ポイントのダメージを与えます」

 

 黒光りする砲搭がラルフに向けられる。フィーネの声に躊躇いの色はなかった。ただ指示通りに機械の兵隊は弾を込め、放つ。

 

 

 

「がっ……あぁあああ!?」

 

 

ラルフ LP4000→3500

 

 

 僅か500ポイント。だが、前回とは比較にならないほどの痛みがラルフの全身を駆け巡った。気を抜けば、意識など簡単に持っていかれてしまうだろう。それだけの苦痛だ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉を口にしながらも、フィーネは効果の起動をやめない。2体目の羊トークンが消える。

 

「ぐっ……ぁああああぁ!」

 

ラルフ LP3500→3000

 

 やめる理由がない。負けたら死ぬ。自分の命と他人の命。目の前で天秤に掛けられれば――

 

「はぁ……はぁ……ぐっ……あぁあああああ!?」

 

ラルフ LP3000→2500

 

 ――自分の命を優先するのは、生き物として当然だ。

 ラルフは膝をついた。肩で息をし、混濁する意識を必死で手繰り寄せて前を見る。

 

「メインフェイズ2。『手札抹殺』を発動します。手札を全て捨てて、ドローしてください」

 

 お互いに3枚ずつ、手札を交換する。震える指でカードを取るラルフを見やりながら、フィーネは入れ換えた手札から淡々とカードを抜き出した。

 

「リバースカードを2枚伏せます。ターン終了です」

 

 

ラルフ LP2500 手札3

《モンスター》

なし

《魔法・罠》

リバース1

 

フィーネ LP4000 手札1

《モンスター》

サウザンド・アイズ・サクリファイス(ホルスの黒炎竜LV6装備)

キャノン・ソルジャー

《魔法・罠》

リバース2

(ホルスの黒炎竜LV6)

 

 

 

「いいねぇ……最高だぜ」

 

 死闘が行われている『檻』の外から、ヴォルフは呟きを漏らした。高見の見物とは、正にこのことか。こんな見せ物はそうそう見れるものではない。

 

「くっ……俺のターン!」

 

 まだ、ラルフ・アトラスは折れていない。いつまで『もつ』のか、折れた瞬間はどうなるのか、ヴォルフは楽しみで仕方がない。

 

「おい! さっさとサレンダーして、惚れた女の命だけでも助けたらどうだ!? かっこいい王子様にはお似合いの最後じゃねぇか?」

 

 下品な野次が飛ぶ。腸が煮えくり返るような怒りを覚えながらも、ラルフはヴォルフに顔を向けることはなかった。

 

「俺は『UFOタートル』を召喚!」

 

『UFOタートル』

炎/炎族

ATK1400

DEF1100

 

 今、集中しなければならいのはこの決闘だ。今、見詰めるべきなのは、目の前の彼女だけだ。あの男ではない。

 疲労と痛みで朦朧とする意識に活を入れる為、ラルフは声を張り上げる。

 

「バトルだ! 『UFOタートル』で『キャノン・ソルジャー』に攻撃!」

 

 『キャノン・ソルジャー』と『UFOタートル』の攻撃力は互角。相討ちになってもフィーネにダメージはない。『UFOタートル』はリクルーターである為、後続のモンスターで防御もこなせる。

 

「……無駄ですよ」

「なっ……?」

 

 だが、気合いを入れたラルフの声とは裏腹に『UFOタートル』はピクリとも動かなかった。石像のように、無機物のように固まっている。

 

「……何故だ?」

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』のもう1つの能力です。このカードが存在する限り、他のモンスターは攻撃も、表示形式の変更も許されません」

 

 

『サウザンド・アイズ・サクリファイス』

闇/魔法使い族

ATK0

DEF0

サクリファイス+千眼の邪教神

 

このカードがフィールド上に存在する限り、他のモンスターは表示形式を変更できず、攻撃する事もできない。1ターンに1度、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は、このカードの効果で装備したモンスターのそれぞれの数値になる。このカードが戦闘によって破壊される場合、代わりにこのカードの効果で装備したモンスターを破壊する。

 

 

 その強力無比とも言える効果に、ラルフは目を見開いた。あの千の眼が開いている限り、他のモンスターは微動だにできないということだ。

 

「アッヒャハハハ! 随分と驚いているようだがなぁ……そのカードはペガサスのものだぜ?」

「ペガサス会長の!?」

 

 告げられた事実。ラルフは無視を決め込んでいたヴォルフの言葉に、思わず答えてしまった。

 

「あぁ、そうだ。面白そうなカードだったんでな。デッキの中から拝借させてもらったぜ。そんな強力なカードを自分だけのものにしていたなんて、つくづく不公平だ。なぁ、フィーネ?」

「……はい」

 

 迷うことなく、フィーネはヴォルフの質問に首を縦に振った。表情は暗く、けれども瞳だけは輝いて『サウザンド・アイズ・サクリファイス』に釘付けになっている。

 ラルフはヴォルフに向かって、すぐに反論を口にした。

 

「ペガサス会長は、自身の専用カードのエラッタを検討されていた。強すぎる力に後悔したからだ! そのカードも……」

「御託はいりません」

 

 言葉が遮られる。檻の外のヴォルフではなく、目の前のフィーネに。

 

「決闘を続けてください。今さら言葉で言い訳して、どうにかなりますか?」

 

 いつの間にか、視線はラルフに向けられていた。

 その瞳だけでも、様々な感情がごちゃ混ぜになっているのが分かる。

 

「……リバースカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 ろくな反撃も出来ずに、ラルフのターンは終わる。デッキに手をかけながら、フィーネはうっすらと笑った。

 

「あなたは……私のことを聞いたんですよね? 勝たなければならない勝負で負けた私の事を。失いたくないものを失った私の事を」

 

 腕は勝手に動き、デッキの上からカードを引き抜く。期待も楽しみもない。ただ、勝つために必要なルーティンだ。

 

「だったら……もう分かってください。何度も言わせないでください。私は、勝つことでしかお母さんの死に報いることができません。私は勝つことにしか、楽しみと意味を見出だせません」

 

 淡々と語る言葉の中の『お母さん』という響きだけが幼く聞こえて、ラルフの耳にこびりついた。

 

「勝った方が正しいから。私の決闘は、勝たなければ意味がないんです」

 

 フィーネが言葉を吐き出している間も、脳は勝手に思考する。勝つ為の最善手を導き出す。

 

「リバースカードオープン『ゴブリンのやりくり上手』」

 

 

『ゴブリンのやりくり上手』

通常罠

自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚を自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。

 

 

「続けて手札から速効魔法『非常食』を発動」

 

『非常食』

速攻魔法

このカード以外の自分フィールド上に存在する。魔法・罠カードを任意の枚数墓地へ送って発動する。墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。

 

 

 ラルフは顔を歪めた。このプレイは、発動された順番に意味がある。

 

「まずは『非常食』の効果で、発動した『ゴブリンのやりくり上手』と装備状態の『ホルスの黒炎竜LV6』を破壊します」

 

フィーネ LP4000→6000

 

 2000ポイントのライフゲイン。それだけでも充分強力だが、効果処理はまだ終わっていない。

 

「『ゴブリンのやりくり上手』の効果も発動します。効果処理時に墓地に2枚の『ゴブリンのやりくり上手』があるので、3枚ドローし、1枚をデッキに戻します」

「墓地に2枚? そうか、『手札抹殺』の時に……」

「はい。既に1枚は墓地に落としていました」

 

 3枚のドローし、1枚戻す。カード消費を見ればアドバンテージはそこまで変わらないが、手札の質は一気に高まっている。

 

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の効果発動。『UFOタートル』を吸収します」

 

 破壊すれば後続を呼び込むリクルーターも、戦闘以外の手段で除去されては意味がない。

 

『サウザンド・アイズ・サクリファイス』

ATK0→1400

DEF0→1100

 

 これで、ラルフのフィールドはがら空きだ。

 

「バトル。『サウザンド・アイズ・サクリファイス』で直接攻撃」

「ちっ……リバースカードオープン! 『聖なるバリア-ミラーフォース』」

 

 前のターンで引き込んだ、逆転の罠。白く輝く壁が『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の前に現れる。全ての攻撃を反射し、跳ね返す光の壁だ。

 

「カウンター罠発動。『盗賊の七つ道具』」

 

 だが、砕かれる。

 

 

『盗賊の七つ道具』

カウンター罠

罠カードが発動した時、1000ポイントのライフを払って発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

 

フィーネ LP6000→5000

 

 この『装置』に差別はない。痛みは等しく両方のプレイヤーにもたらされる。

 

「ッ……ウァアアアア!」

「フィーネ!?」

 

 痛みで両膝をつき、肩で息をする。それでも、フィーネの口元はつり上がっていた。

 

「……自分の、心配をした方が……いいんじゃないですか?」

 

 ラルフの目と鼻の距離まで、千眼の魔獣は迫っていた。醜く肥大した腕が振り上げられ、ラルフの腹に叩き込まれた。

 

ラルフ LP2500→1100

 

 実体はない筈だ。あくまでもソリッドヴィジョン。立体映像の筈だ。

 だが、確かに腹を抉られたような、形容し難い痛みを感じて、脳と体が悲鳴をあげる。

 

「ア……」

 

 もはや声すら出せない。ラルフは前に倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ。惜しいですね。モンスターを引いていれば、このターンで仕留められていたのに」

 

 フィーネの言葉に、ラルフは答えない。倒れ込んだまま動かない。

 

「……これが、私なんです。人を傷つけてでも……勝とうとするのが、私の決闘なんです」

 

 今、ラルフを追い詰め、勝利が目前にある。それは、フィーネの方が強いということだ。フィーネのデッキとプレイングが、ラルフに勝っているということだ。

 そして、勝つことは正しい。強いことは正しい。

 

 だから、自分は何も間違っていない。変わる必要もないし、変わることもできない。

 

 

 フィーネ・アリューシアには、この『決闘』しかない。

 

 

「……カードを2枚伏せ、ターンを終了します」

 

 フィーネのターンが終わっても、ラルフは起き上がらなかった。

 

 

 

 

 そして、唐突に『それ』は起きた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「うっ……お!?」

「む……」

 

 毒蛇の王が攻撃を仕掛けようとした時、轟音が響いた。1回だけではない。断続的に響いている。

 

 

 

 爆発だ。

 

 

 

 鼻を火薬の匂いがつく。廊下の排気口から、煙が漏れ出ていた。電灯もチカチカと点滅し、いくつか消えかけている。

 

「くそっ……なんだよこれは!?」

「もうそんな時間か」

 

 周囲を見渡すルースを他所に、コブラは落ち着いた様子で腕時計を確認している。まるでこの出来事が、予定されていたものだったかのように。

 

「おい! これは一体……」

「すまんな。もう遊んでいる場合ではなくなった」

 

 冷静に語りながら、コブラは腕を胸ポケットに突っ込んだ。煙草を出すような気安さで、黒光りするそれを取り出した。

 

「お前……」

「そういうことだ」

 

 油断していた。『決闘盤』を拘束すれば、決闘で決着をつけることができると思っていた。

 ルースもいくらかは修羅場を潜ってきたつもりだったが、これは想定していなかった。

 

 

 決闘中に拳銃を向けられることは、考えていなかった。

 

 

「……ちくしょう」

「詰めが甘かったな」

 

 

 躊躇いも何もなく、引き金は引かれ、銃声が響いた。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 確かに銃声はした。銃口は自分に向けられていた。にも関わらず、自分の体には穴が空いていない。痛くもない。

 ルースは恐る恐る、後ろを振り返った。

 

「な……」

 

 ルースが手錠を外す時に蹴り倒して気絶させた男が、腕を撃たれて蹲っていた。足元にはサバイバルナイフが落ちている。背中を冷たい汗が伝った。

 

 あのまま決闘を続けていたら、気付かずに刺されていたかもしれない。

 

「だから詰めが甘いと言ったんだ」

 

 コブラは溜め息を吐きながら、ルースに歩み寄った。ついでにナイフを蹴り飛ばすのも忘れない。

 

「さて……とりあえずこれを外してくれないか?」

 

 いかにも邪魔だと言いたげに、コブラは『決闘盤』を掲げた。

 

「……あんた、一体何者なんだ?」

「結論から言おう。この爆発は仲間が起こしているものだ」

 

 ルースは『闇決闘盤』を操作し、ワイヤーを外した。決闘も中止になり、ソリッドヴィジョンが消える。

 

 

「私は、君達の味方だ」

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「状況を報告しろ! 何があった!?」

『分かりません! モニタールームとカードの製造施設が、集中的に爆破されました!』

「くそがぁ……監視カメラは?」

『モニタールームがやられているんです。確認のしようがありません。各階層で火災が発生しています』

 

 ヴォルフがいる実験室には、煙は来ていなかった。だが、激しい衝撃はこの部屋まで伝わった。施設の大部分は機能不全に陥っていると見て、間違いない。

 

『ヴォルフ様……指示をお願いします』

 

 思わず頭が痛くなった。セレスがいれば、ヴォルフが不在でもすぐに指示を出し、状況に対応していたはずだ。

 

「……ペガサスを連れて地下3階まで上がる。消火作業を最優先。手が空いた奴は、あのクソ傭兵共を探し出せ」

『あの2人をですか? な……』

「他にこんなことができる人間がどこにいると思ってんだ!? いいから指示通りに動け!」

 

 受話器を叩きつけ、苛立ちを押さえきれず、そのままぶち壊した。振り返って『檻』の中を見てみれば、ラルフはまだ倒れたままだ。『装置』も問題なく稼働している。ソリッドヴィジョンも消えていない。どうやら実験室の電源はやられなかったらしい。

 

「……フィーネ、話は聞こえたか」

「裏切りですか?」

「そんなところだ。だが、こっちの電源は生きている。『装置』は1度作動したら決着がつくまで切れねぇ。俺の言いたいことが分かるな?」

「この男を殺した後に合流します」

 

 その言葉を聞いて、ようやくヴォルフの苛立ちは少し収まった。

 

「あぁ、そうだ。よく分かってるじゃねぇか」

 

 ヴォルフはペガサスの拘束を解き、肩に担いだ。貴重な人質だ。まだ利用価値はある。

 実験室から出る前にもう1度ラルフを見た。まだ起き上がらない。痛みで気絶したのだろう。おかしな話だが、失望を禁じ得ない。

 

 もう折れてしまったのか。

 

 

 このままノーアクションで3分経過すれば、ラルフは自動的に敗北となる。楽しみにしていたのに、期待外れだった。興味をなくしたヴォルフは、ペガサスを担いだまま実験室をあとにした。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 俺は、人を本当に好きになったことがなかった。

 

 まともな恋愛をしたこともなかった。社内の女子には何回か告白されたが、その度に断った。ルースには勿体ないと小言を言われたが、それでも付き合う気にはなれなかった。

 

 一緒に過ごす内に心惹かれていくかもしれない。

 相手を好きになるかもしれない。

 

 そう思うことがないわけではなかったが、それでも付き合うことはなかった。

 何故だろうか。自分は人を好きにはなれないのだろうか。そんなことを本気で悩んだ時期もあった。

 

 

 だが、彼女は違った。

 

 

 自分自身、どうしてこんなことをしているのか分からない。どうしてこんなに彼女を救おうと必死になるのか、分からない。

 生き甲斐である仕事を放り出し、疲労で重い体を引きずって、こんな島まで来てしまった。

 

 なぜだ?

 

 彼女のことが好きなのは、自分でも分かる。だが、どうして自分は、彼女のことが好きなのだろうか。

 

 きちんと会って話したのは、たった1度だけだ。

 

 思い返してみる。

 彼女と喫茶店で過ごした時間は、楽しかった。あんな店のコーヒーより、自分が淹れたコーヒーの方がうまい筈なのに、なぜか美味かった。そういえば、あの時は片意地を張って、不味いと言ってしまい、彼女を困らせてしまった。

 でも、帰り際には俺のコーヒーを飲んでみたいと、言ってくれた。

 

 

 色々な話をした。

 最近の決闘者について話して、それから好きなカードを教えてもらった。

 

 

 

―――ああ、そうだ。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「どうして……立つんですか?」

 

 ラルフは立ち上がった。痛みなど関係ない。ただ足に力を入れて立った。

 

「そのまま寝ていれば、苦しまずに死ねたんですよ?」

 

 ライフをゼロにされる痛みを味わうことなく、眠るように逝けたのに。フィーネもそれを望んでいたのに。

 

 ラルフは立った。

 

「すまんな……言葉を重ねても、無駄なのは分かっている。だが、言い忘れたことがあった」

 

 前を見て。

 目を逸らさずに。

 

 

 

「俺は、お前の笑顔に惚れたんだ」

 

 

 

 ラルフは言った。

 

「……使い古された台詞ですね。今の私も笑えますよ。もう少しであなたを倒せそうですから」

 

 そう言って、フィーネは笑みを返した。

 

「違う」

「え?」

「俺が惚れたフィーネ・アリューシアの笑顔は、そんなものじゃない」

 

 決闘盤が重い。だが、持ち上げる。次のカードを引く為に。

 

「最初にデュエルモンスターズの話をした時、お前は笑っていた」

 

 まるで花が咲いたような、自然な笑顔だった。

 

「再会した時も、勝ちたいと言って決闘した時も、お前は笑っていた」

 

 確かにその笑顔も輝いていた。でも、それは無理矢理作ったような輝きで、不自然なほどに美しかった。

 

 ラルフが見たいのは、そんな笑顔ではない。

 

「勝ちたいと願うお前の気持ちを、もう否定する気はない。どちらも、本当のお前だ。どちらも、本当のフィーネ・アリューシアだ」

 

 

 それでも

 

 

 

「俺はあの時の、デュエルモンスターズが大好きだと言ってくれた、お前の笑顔が好きになったんだ」

 

 

 

 フィーネは言葉に詰まった。真っ直ぐな言葉に、何を返していいか分からない。

 でも、負ける気だけはない。

 

「あなたに私の何が分かるんですか? たった1度しか会っていないあなたは、私のことなんて何も知らないでしょう!?」

 

「そうだな……」

 

 ラルフはドローしたカードを見た。本当に自分は、彼女のことを何も知らない。情けない男だ。

 

「だが……」

 

 知っていることは、たったひとつだけ。

 

 

 

「お前の好きなカードなら、知っている」

 

 

 

 ラルフは、魔法カードを発動した。

 

 

『クロス・サクリファイス』

通常魔法

自分フィールドにモンスターが存在しない時、相手フィールド上のモンスター選択して発動できる。このターン自分のモンスターを生け贄召喚する場合、相手モンスターを使用できる。

 

 

 まずい、とフィーネは身構えた。『サウザンド・アイズ・サクリファイス』は魔法に対する耐性はない。生け贄に使用されれば、成す術なく墓地送りだ。

 何を召喚する気なのだろう?

 『テスタロス』か『ホルス』か?

 

「そんなに身構えるな」

 

 ラルフは、その1枚を手に取った。

 

「俺は『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を生け贄に捧げ―――」

 

 

 

 

 フィールドを支配していた魔獣が、光に呑まれて消えていく。新たなモンスター召喚の、礎となる。

 

 

 

 現れたのは、悪魔だった。

 

 

 

 鋭利な鉤爪と、特徴的な長い腕を備え、体躯は深い青に染まっている。

 

 

 フィーネは、何も言わなかった。言えなかった。あり得ないからだ。そのモンスターがそこに現れることが。

 

だが、確かにそこにいた。

 

 

 

「―――モリンフェンを召喚する」

 

 

 

 

 どうして。

 あり得ない。

 なぜ。

 

「なんで……そのモンスターが、デッキに入っているんですか?」

 

 混乱する思考をまとめて、辛うじてフィーネはそう言った。

 

「驚いたか?」

 

 悪魔が腕を広げる。

 

「虚を突かれたか?」

 

 悪魔が嘶く。

 

「今のお前の気持ちは、勝利だけを目指していては得られないものだ」

 

 唖然としているフィーネに対して、ラルフは笑った。

 

 命が懸かった決闘であることを忘れたかのように、ラルフ・アトラスは笑っていた。

 

 

 

「だから決闘は面白い」

 




※『クロス・サクリファイス』と『攻撃の無力化』はそれぞれアニメ効果で扱っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。