この男の経歴を語れば、どうしても長くなってしまう。では、まず一言で、簡潔に述べるとしたならば。
海馬瀬人は、常識に縛られない男だ。
高校生である彼が大企業、海馬コーポレーションの社長を勤めているだけでも驚くべきことだが、海馬は経営手腕も抜きん出て優れていた。養父である海馬剛三郎から会社を引き継いだ後は、会社のメイン事業だった軍需産業から手を引き、ゲーム・アミューズメント産業に方針転換。一躍その分野でのトップ企業として名を連ねるようになった。元々、剛三郎が執着していた軍需産業としての収益は限界が見えはじめていた為、英才教育を受けていた幼少期から、剛三郎の経営方針には不満を抱いていた、というのが経済学者達の論評だ。剛三郎が『死亡』という形で会社を引き継いでいる為、週刊誌は海馬瀬人の陰謀によって剛三郎は殺された、などと書き立てたが確たる証拠は出て来なかった。
結局、世間の評価はゲーム・アミューズメント産業への方針転換と、右肩上がりの業務成績、高校生社長というネームバリューに向き、陰謀論はいつの間にか鳴りを潜めたのだった。
――海馬は考える。
何かを成し遂げる為には『力』がなければならない。
社会での評価を得る為には大衆を引き付ける結果を。
闇の世界で生き残る為には相手を抑圧し、時には殺すだけの武器を。
生き残る為には『力』が必要だった。
海馬はゲームが好きだった。ゲームは結果を誤魔化さず、明確な勝者と敗者を生む。自分は勝者だと、自分には『力』があるとゲームは実感させた。
デュエルモンスターズ界において最強と謡われたモンスター『青眼の白龍』
彼にとって『青眼の白龍』は『力』の象徴であると同時に自らの未来を示す、旗印でもあるのだ。
――――――――――――――――――――
「そんなバカな……」
「Mr.海馬……なぜここに?」
「警備員はどうした? 会議中の会議室前には警備員がいるはずだろう!?」
蜂の巣をつついたような騒ぎの重役達を見向きもせず、海馬はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「今日はアポイントメントなしで訪れた……社内には入れても、会議室には入れられないと、そこのデカイだけの警備員が煩かったのでな。思わず押し倒してしまったわ」
傍若無人。
開いたドアから覗く警備員の足を見て、唖然とする社員達を尻目に海馬は話を続ける。
「どうやら貴様の会社はセキュリティシステムに問題があるようだな、ペガサス? 再考したらどうだ?」
「HAHAHA……考えておきマース」
呆気にとられていた重役達はセキュリティという単語を聞き、はっと我に返る。海馬の行動は立派な不法侵入だ。
「Mr.海馬! 一体どういうつもりかね!?」
「あなたには常識というものがないのか!?」
「ふぅん……常識だと? インダストリアル・イリュージョン社の中でも高い地位にいる人間が、随分と下らん質問をするものだな…」
インダストリアル・イリュージョン社の重役達は、そのほとんどが40から60歳ほどの経営のスペシャリスト。画家上がりであるペガサスが、自身に足りない経営の知識を埋める為に各地を回って集めた貴重な人材だ。しかし、海馬という人間が発するオーラはそんな百戦錬磨の人物達を圧していた。
「年を食っただけの貴様らにいい格言を教えてやろう。『常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである』かの有名な数学者、アインシュタインの言葉だ。この俺の辞書に『常識』などという下らん言葉はない」
一刀両断。
もはや反論する気力すら削がれた重役達の前で、海馬は左手に持つジュラルミンケースを開いた。
「『これ』は貴様らの様に常識に縛られることのない、我が海馬コーポレーションが開発したものだ。貴様らは喉から手が出るほど欲しいはずだが?」
決闘盤(デュエルディスク)
海馬が決闘王国で使用した、投擲することでソリッドヴィジョンシステムが作動するプロトタイプではなく、コンパクトにまとめられた完成モデルの決闘盤がそこにはあった。
「おぉ!」
「遂に完成したのか!」
「これでどこででもソリッドヴィジョンを用いた決闘ができる! デュエルモンスターズがより普及するぞ!」
「ワンダフル……見事デス海馬ボーイ」
先程萎縮していた姿はどこへやら。沸き立つ重役達と社員達。しかし、海馬はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、バタンと音をたて、ジュラルミンケースを閉じた。
「条件がある」
その一言で会議室内は再び静まり返る。今の今まで呆気にとられるしかなかったラルフも、思わず眉を潜めた。
喜びに身を震わせたのも束の間。再び身を震わせる重役達。感情の緩急が激しすぎて大変である。
「み……Mr.海馬。ルール改定の件ですか? それならご心配なく……」
「あれはそこのルール開発部の者が言っていた、ただの提案でして……」
「まだ採用と決まったわけではないのです!」
手遅れになる前に重役総出で海馬のご機嫌取りに打って出た。そうはさせるかとラルフが反論を述べようとしたその時、
「そうだ。俺の条件はルール改定の件。そこの平社員のアイディアを即刻採用しろ」
「は……?」
「今なんと仰いましたか……?」
「頭だけでなく、耳までボケているのか? 奴のアイディアを即刻採用しろと言ったんだ。我が社主催で開催する、バトルシティ開幕前までにな」
ザワつき始める社員達。困惑する重役達。
そんな中、沈黙を保っていたペガサスが口を開いた。
「海馬ボーイ。ユーはそれでいいのデスか?」
「まだ条件はある。平社員!」
平社員呼ばわりだが、それが自分のことだと分かったので、ラルフは海馬に歩み寄った。
「なんでしょうか? 海馬社長?」
「さっきは随分と品のいい高説をのたまっていたな……貴様にはデュエルモンスターズに掛ける、それだけの覚悟はあるのか?」
「……私の意思は先程述べた通りです。揺らぐことなどない」
「……なるほど。面白い。ならば貴様……」
海馬の表情が変わる。闘いを望む決闘者の表情に。
「俺と決闘しろ」
◆◇◆◇
インダストリアル・イリュージョン社、本社ビルの広大な敷地内には様々な施設が存在する。
中でも海馬コーポレーションから技術提供を受けて設置したデュエルリングシステムは、開発したカードのテストプレイには必要不可欠なものであり、カード開発部門の財産だ。ルール部門の開発チームリーダーであるラルフも、テストプレイのため、頻繁に使用しており、ここでの決闘はラルフの貴重な息抜きの時間となっていた。
だが、今の状況はどうか?
気を抜けば、即座に食い殺されそうな視線を向けられている。……これこそが海馬瀬人のプレッシャー。
デュエルリングの周りには会議室にいた社員達はもちろん、騒ぎを聞きつけ決闘を一目見ようと、手の空いた社員が集まっている。
異例のスピード出世を遂げた、ルールのスペシャリストと『カードの貴公子』
この対戦カードを見逃す手はないと、誰もが考えたのだろう。
「海馬社長。1つよろしいですか?」
「なんだ?」
「なぜ、私との決闘を?」
「あれだけの大口を叩いたのだ。これで実力が伴っていなかったら、中々面白い見せ物になると思ってな…」
「……随分と意地が悪いことだ」
「ククク……決闘王国から戻った後、業務の間を縫っていくつかの大会に出場したが、どいつもこいつも骨のない凡骨以下の決闘者ばかりだった。だが、俺は確かに感じ取ったぞ」
オカルトなどはバッサリと切り捨てる海馬であったが、己自身の勘は信頼していた。
彼の爛々と光る眼は悦びを滲ませている。
「貴様は強い。俺がより強くなる為、遊戯を越える為の礎となってもらう!」
「ならば、私からも1つ言って置きます」
海馬瀬人は強い。だがラルフとて、負けるつもりは毛頭なかった。故に、言って置かなかければならないことがある。
「今からあなたは、取引先の社長ではない……私もインダストリアル・イリュージョン社の社員ではない……1人の決闘者だ」
決闘者に立場の違いも身分の差も関係ない。ただ純粋に己の全てをカードに込めてぶつけ合う。ラルフはデュエルモンスターズの、そういったところに惹かれたのだった。
「今からこの俺、『ラルフ・アトラス』が貴様を全力で叩き潰す!」
「御託はいらん。来い! 平社員!」
「「決闘!!」」
ラルフ LP2000
手札5
海馬 LP2000
手札5
デュエルリングが起動し、ソリッドヴィジョンが展開する。ラルフが提案している新ルールはまだ反映できないため、ルールは通常の決闘である。
LP2000。直接攻撃なし。当然『生け贄』もない。
「先行は貴様にくれてやろう。かかってくるがいい」
「では有り難く頂くとしよう。俺の先行、ドロー!」
やはり海馬との決闘で、最も警戒すべきは『青眼の白龍』だ。低級モンスターを迂闊に攻撃表示で出した場合、ライフを一撃で持っていかれる可能性がある。
だからこそ――
「俺は古代のトカゲ戦士を攻撃表示で召喚!」
『古代のトカゲ戦士』
ATK1400
身体を緑の鱗で覆った屈強な戦士が戦闘体制をとる。
「さらにリバースカードを2枚伏せ、ターンエンド」
ラルフ LP2000 手札3
《モンスター》
古代のトカゲ戦士
《魔法・罠》
リバース2
「凡庸な一手だな。そんな決闘では俺は倒せん! 俺のターン、ドロー!」
引いたカードを一瞥し、口元を吊り上げる海馬。しかし、ドローカードは一度手札に戻し、魔法カードに手をかけた。
「貴様の場の伏せカード……『落とし穴』ならともかく『ミラーフォース』などでは面倒だ。吹き飛ばせ! 『大嵐』を発動!」
海馬の手札より暴風が吹き荒れ、ラルフの場のカードを消し飛ばそうとする。
『大嵐』
魔法カード
全フィールド上の魔法・罠カードを破壊する。
しかし、
「バカな……なぜ伏せカードが残っている?」
混乱する海馬の前に現れたのは、紫の醜悪な悪魔。手に持つ半紙には大きく『スカ』の字が見事な筆跡で描かれていた。
「これは……」
「残念だったな。俺が伏せていたのは、偽物のわな!」
『偽物のわな』
罠カード
相手が罠カードを破壊する魔法・罠・効果を使用した時、このカードを身代わりに破壊することができる。
「ぐっ、偽物のわなだとぉ……ふざけた真似を……」
「さて……海馬瀬人。貴方は俺の罠カードを除去し損ねたわけだが……どうする?」
ラルフが大げさに手を広げ、肩を竦める。誰がどう見ても、あからさまな挑発だ。
「この俺に心理戦を仕掛けてくるか。中々いい度胸だ……」
海馬の手札には既に切り札がある。『偽物の罠』で守った罠カードが気になるが……
海馬瀬人はここで安全策を取るような男ではない。リスク承知でも踏み込む為、手札に手をかけた。
「貴様にみせてやろう。強靭にして無敵、最強のモンスターの姿を!」
「まさか、後攻1ターン目からくるというのか!?」
「出でよ!『青眼の白龍』」
その体躯は純白。
その瞳は深い青。
鋭い牙と爪。翼を広げ、咆哮する龍は観客達を魅了する。強さだけでない、美しさもこの『青眼の白龍』のアイデンティティー。
「さぁ……これで貴様のザコモンスターを……!?」
シュウウゥウウ!
それは1秒にも満たない時間だった。観客を魅了していたブルーアイズは突如その姿を霧に変え、散ってゆく。
海馬の耳に入ってきたのは笛の音。
気がつけば、ラルフの場の『古代のトカゲ戦士』も姿を消している。
「バカな……ブルーアイズには召喚反応系の罠カードは?」
「落とし穴は『飛行モンスター』には効かない。俺が発動させたのはこのカードだ」
『昇天の角笛』
罠カード
自分のフィールド上モンスターを1体生け贄に捧げる。モンスターの召喚を無効にし、それを破壊する。発動後、このカードを破壊する。
「召喚を無効だと? ブルーアイズをこんな方法で倒すとは……おのれぇ、おのれぇ……」
「ちなみにこのカードはルール改定で『カウンター』に分類しようと思っているカードだ『発動後、このカードを破壊する』の一文もエラッタしなければ……」
「そんなことは聞いておらん! 俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」
ラルフ LP2000 手札3
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
なし
海馬 LP2000 手札3
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
リバース1
海馬の場にはモンスターが居らず、がら空き。しかし現在のルールではダイレクトアタックができない為、特に問題はない。
「……と、でも考えているのだろうな。俺のターン! ドロー!」
1体目のブルーアイズを海馬に出させ、処理したところまではラルフのペース。ここで流れを掴みたい。
「『人造人間7号』を召喚!」
『人造人間7号』
闇/機械
ATK500/DEF400
このカードは、直接相手プレイヤーを攻撃することができる。
「人造人間7号……直接攻撃可能なモンスターか」
「そういうことだ! ダイレクトアタック!」
痛みを知らない機械兵が海馬に拳を叩き込む。
「俺のライフに先に傷をつけるか……平社員の分際で……」
海馬 LP2000→1500
「だが、所詮はザコモンスター。ブルーアイズがなくとも次のターンで……」
海馬の言葉を意にも介さず、ラルフはさらに場にカードを出す。
「魔法カード発動……光の護封剣!!」
「……なるほど。少しは回る知恵もあるようだな」
『光の護封剣』
魔法カード
敵モンスターは全て3ターンの間攻撃できない。使用時に裏になっているモンスターを表にする。
『光の護封剣』により海馬は『人造人間7号』には攻撃できない。だが『人造人間7号』は海馬の場にモンスターいても海馬にダイレクトアタックできる。あと3回、ダイレクトアタックを受ければ、海馬の敗北で決闘は終了する。
「癪だが、誉めてやろう。いい戦術だ」
「カードの貴公子から称賛を受けるとは恐悦至極、と言いたいところだが……」
ラルフはニヤリと海馬に笑いかける。
「貴方の決闘……所詮は『青眼の白龍』のパワーに頼り切った戦術だ。インダストリアル・イリュージョン社でデュエルモンスターズに携わる者として、教えてやる」
ラルフは右腕を上げ、指先は天をさす。
「決闘とは魔法だけでも、罠だけでも、モンスターだけでも勝てはしない……全てが一体となって、はじめて意味をなす!」
「……」
「俺はこれでターンエンドだ」
ラルフ LP2000 手札2
《フィールド》
人造人間7号
《魔法・罠》
光の護封剣(発動中)
海馬 LP1500 手札3
《フィールド》
なし
《魔法・罠》
リバース1
海馬はじっと黙っていた。ラルフの攻勢に盛り上がっていた観客達も、思わず押し黙る。海馬瀬人ほどの男がここまで言われたのだ。その憤りは相当なものだろう。静寂に包まれる会場。だが、その静寂を打ち破ったのは・…
「クックク……フッフフ……ワハハハハハ!!」
他ならぬ、海馬本人の高笑いだった。今日何度目か分からない、呆気にとられる観客、もといインダストリアル・イリュージョン社の社員達。
「ハハハハハハ……ふぅん、この俺に対してデュエルモンスターズがなんたるかを語るか……平社員ごときが。俺のターン、ドロー!!」
海馬は勢いよくカードをドローすると、そのまま叩きつける。
「ミノタウルスを召喚!」
斧を持った伝説上の怪物がラルフの前に立ちはだかる。
『ミノタウルス』
地/獣戦士族
ATK1700/DEF1000
「だが、光の護封剣で攻撃は封じられている!」
「甘い!温い!浅いわ! さらに魔法カード、魔法除去を発動!」
「しまった!?」
『魔法除去』
魔法カード
フィールド上にある魔法カード1枚を破壊する。
海馬の場の『ミノタウルス』を囲っていた『光の護封剣』の魔力が薄れ、解除されてゆく。これでラルフの場の『人造人間7号』は無防備。
「いけっ、ミノタウルス! 奴のザコモンスターに攻撃! 断頭のアックス!」
筋骨隆々の『ミノタウルス』から繰り出される斬撃に『人造人間7号』は耐えきれず、なすすべなく撃破される。
「ぐうぅ……」
ラルフ LP2000→800
「貴様はどうも口数が多すぎる……喋り過ぎだ。俺に何かを伝えたいのなら、決闘で、カードで語れ!」
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