ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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遅くなってすいません!


28.「斬り捨てます」

 客観的に考察すれば、そのモンスターは決して『優秀なカード』ではなかった。

 

 攻撃力が高いわけではない。守備力が高いわけでもない。

 特殊な能力も備えていない。挙げ句の果てにレベルは5。生け贄が1体必要なほど重い。

 強いて言うなら、属性は『闇』で、種族は『悪魔』と、比較的メジャーなグループに属している。だが、それだけだ。

 

 ザコカード。

 

 そう言われても仕方がないスペック。貧弱極まりないステータス。いや、むしろ中途半端とも言える攻撃力の高さが、そのモンスターの弱さに拍車を掛けていた。

 

 

 このモンスターの長所?

 思い付かない。

 

 相性のいいカード?

 あってもたかが知れている。

 

 あらゆる意味で、そのモンスターが目の前にいることは、異常だった。

 

 

『モリンフェン』

闇/悪魔族

ATK1550

DEF1300

 

 

 青い悪魔は長い腕をだらりと下げて、ラルフのフィールドで浮遊している。フィーネの目はその姿をしっかりと捉えている。ならば否が応にも、存在を認める他なかった。

 

「意味が……分かりません」

 

 だが、納得はできない。今の気持ちをそのまま、フィーネは口に出した。

 

「意味が分からない? 何が? 何故? どこかこのモンスターにおかしなところでもあるのか?」

 

 口角を吊り上げ、微笑みながら、ラルフは返答する。それがまた、フィーネの神経を逆撫でした。

 

「ッ……そんな使えないモンスターを召喚したことに何の意味があるのか、と聞いているんです」

「……使えないモンスター?」

 

 ラルフが首を傾げると、金髪がさらりと揺れた。過剰な演技などではなく、純粋に不思議そうに、彼はフィーネを見る。

 

「あの厄介な『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を魔法カードとのコンボで撃破した。俺の『モリンフェン』は賞賛を受けるならまだしも、批判を受ける謂れは全くないと思うが?」

 

「ふざけないで!」

 

 ヒステリックな、今の今まで聞いたことのない高い声が、フィーネの口から発せられた。昂った感情を無理矢理押し込んだ声音。それだけでラルフは充分に分かる。

 

 

 揺さぶられている、と。

 

 

「おかしいですよ……『テスタロス』だったら、召喚と同時に私の手札も削れた。『ホルス』だったら無防備な『キャノン・ソルジャー』に攻撃してレベルアップも狙えた……なのに」

 

 

 なぜ?

 ナゼ?

 何故?

 

 フィーネの心の中で、疑問と懐疑が渦巻いて止まらない。ぐるぐると回っている。

 なによりも、あのモンスターが決闘で、自分の前に立ちはだかることが気に入らない。

 思わず目を背ける。あの青い悪魔を直視したくなかった。『決闘盤』のソリッドヴィジョンが導入されてから、1度も見ることがなかったその姿。特徴的なその姿。

 

 傷が疼く。

 

 何の役にも立たなかった、あの時のフィーネのデッキで最も攻撃力の高いモンスター。弱かった自分を象徴するモンスター。

 

 みたくない。視界に入れたくない。

 どうしょうもない嫌悪感が溢れる。

 

 

 そんなフィーネを、

 

 

「目を背けるな、前を見ろ!」

 

 

 ラルフは叱咤した。

 

 気の張った声に押されて、フィーネは一歩後退する。

 

「……別にそんなザコカードが怖くて、目を背けているわけじゃありません。私は……」

「そうか、ならば遠慮なくいかせて貰う!」

 

 多分に強がりを含んだ反論は、最後まで言い切ることができなかった。

 

「俺は『モリンフェン』で『キャノン・ソルジャー』を攻撃!」

 

「えっ……?」

 

 気づいた時には、既に悪魔は目の前で腕を振り上げていた。

 長い腕が唸る。鋼鉄の砲兵を、鋭い爪が両断した。

 

フィーネ LP5000→4850

 

「クッ……う……」

 

 僅かに。

 ほんの僅かだけ、ライフポイントが削られた。大したことではない。たった150ポイントの痛み。

 

 だけど。

 

「お前が……最も愛していると言ったカードの一撃だ。少しは身に染みたか?」

 

 腕を組み、『モリンフェン』を傍らに従えながら、ラルフは言う。

 フィーネは拳をぎゅっと握った。スーツの手袋が軋み、音をたてた。

 胸がむかむかする。イライラする。我慢できない。吐き出すしかない。

 

「あははは……馬鹿みたいですね」

 

 冷笑を浮かべ、必死に表面を取り繕う。

 

「あの時の質問なんて、適当に答えていたに決まっているでしょう? それを本気にして、そんな使えないモンスターをデッキに投入するなんて、こちらにとっては逆に好都合です。勝ちやすくなりますから」

 

 喋り出したら止まらない。

 

「そもそも、私にとってそのカードには最低の思い出しかありません。憎むことこそあっても、そんなカードが好きなわけが……」

 

 

「『モリンフェン』だ」

 

 

 唐突に。

 またもや、言葉は遮られた。

 

「……え?」

「『そんなカード』でも『そのカード』でも、ましてや『使えないカード』でもない」

 

 淡々と、よく通る声が響く。先ほどまで倒れていた人間のものとは思えない、芯が通った声だった。

 

「このモンスターの名前は『モリンフェン』だ。存在を証明する名を持った1枚のカードだ。きちんと名前を呼べ」

 

 フィーネが黙り込む。

 

「どうした? 呼ばないのか?」

 

 畳み掛ける。

 

「あの時のお前は呼んでいたぞ」

 

 嬉しそうに、愛しそうに。あの時の彼女は、ラルフに『モリンフェン』のカードを見せた。

 

「弱いけど『好き』だと、確かに俺は聞いている」

 

 それだけは、紛れもない事実で。

 

「俺には嘘だと思えない」

 

 

 その根拠は――

 

 

 

「『モリンフェン』を見せてくれた時のあの笑顔が、嘘であるはずがない」

 

 

 

 ――あまりにも主観的だった。

 独り善がりで、都合のいい解釈。勝手な思い込みかもしれない。

 

 それでも、ラルフは言い切った。

 言い切るだけの確信があった。

 言い切るだけの想いがあった。

 だから前を向いて、フィーネを見詰めて、そう言えた。

 

 

「……黙れ」

 

 

 しかし、それを受け取るかは、フィーネの勝手であって。

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」

 

 想いは届かない。

 

「そんな……そんな風に言って……」

 

 乾いた頬を涙が伝う。

 

「なにを……何を今更……遅すぎるよ!」

 

 勝つ為に。

 贖罪の為に、ただ勝つ為に。

 捨てて、棄てて、すててきたハズなのに。

 フィーネが捨ててきたモノを、ラルフは大切そうに運んでくる。

 フィーネの前で、見せびらかす。

 

 もう取り戻せないのに。

 

「ずるいですよ……そんなの」

「……そうだな、俺は狡い」

 

 ラルフは息を吐いた。

 

「俺は純粋に勝利を追及する目的で『モリンフェン』をデッキに入れたわけじゃない」

 

 自分は、ゲームに他人の思い出を利用するような弱い男だ。フィーネに揺さぶりを掛ける目的で『モリンフェン』を入れたことは否定できないし、否定する気もない。

 

「だが……お前が今使っている40枚のカードと同じように、俺は決闘をする為に『モリンフェン』のカードをデッキに入れた」

 

 この決闘に『モリンフェン』は必要だ。だからラルフは、『モリンフェン』をザコカードとは思わない。必要だと感じて、自分がデッキに入れたカードを弱いカードをだとは思わない。

 

 カードを弱いと言うことは、カードに対する冒涜だ。

 

「お前のデッキは、いいデッキだ。禍々しくも美しい。そこに断固とした目的があるからだ」

 

 逆に『勝ちたい』という気持ち。強力なカードを求め、勝利を欲する気持ち。それを否定することは、人と人の対戦ツールである『ゲーム』に対する冒涜でもある。

 だからどんな手を使っても、貪欲に勝利を求めるフィーネのデッキは美しい。

 

「だが、だからといってお前は、昔のデッキを否定するのか?」

 

 弱いカードしかなくても、ろくにコンボを組めるカードがなくても。

 

「お前が最初に組んだデッキも……母親から贈られたカードで組んだデッキにも、勝ちたいという想いは込もっていたはずじゃないのか?」

「そんな……キレイごとでッ!」

 

 涙が零れながらも、フィーネの瞳は真っ直ぐにラルフを射抜く。

 

「そうだな……確かに綺麗事だよ」

 

 青い悪魔の背中を見る。おそらくデッキに入ることはおろか、ソリッドヴィジョンで実体化する機会などほとんどないモンスターだ。

 

 だから。

 

 

「俺に力を貸してくれ」

 

 

 フィーネに聞こえないほどの小さな声で、ラルフは呟いた。

 青い悪魔に向かって、呟いた。

 

 ラルフの手札は残り1枚。このままではフィーネの有利は揺るがない。だが、この最後の1枚には、充分に逆転を狙えるだけの力があった。

 決闘において、最も逆転の起点となることが多いカードは、圧倒的な攻撃力を持つモンスターでも、強力な破壊効果を持つ魔法カードでもない。

 

「俺は手札から魔法カードを発動する!『天よりの宝札』」

 

 逆転の可能性を呼び込む為の『手札増強カード』だ。

 

 

『天よりの宝札』

魔法カード

お互いのプレイヤーは手札の合計が6枚になるようにカードをドローする。

 

 

 ラルフは6枚。フィーネは4枚。一気に手札が膨れ上がる。

 

 『手札とは可能性』

 

 後に決闘王が言い残す、格言とも言える言葉は正しい。手数が増えれば選択肢も増す。盤面に出るカードが増えれば、戦いは苛烈さを増す。

 今はまだラルフのターン。いくらでもカードを展開し、次のターンに備えることができる。

 

「俺はカードを4枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

ラルフ LP1100 手札2

《モンスター》

モリンフェン

《魔法・罠》

リバース5

 

フィーネ LP4850 手札6

《モンスター》

なし

《魔法・罠》

リバース2

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 舐めるな、と。

 私は、また大きな声を出しそうになってしまった。

 さっきも金切り声を上げて、取り乱した。情けない。眼にはまだ涙が浮かんで、視界が滲んでいる。本当に情けない。

 

 どうして私は、フィーネ・アリューシアは、カードを捨てないのだろう?

 どうして、デッキの上に手を置かないのか?

 

 それは、こんな私でも信念を持った『決闘者』だからなのだろう。

 

 汚くても。

 重くても。

 非道でも。

 残酷でも。

 

 私には私の信じる『勝利』があり、私の信じる『決闘』をして生きてきた。

 

 歪んでいることを理解しながら。

 

 だからもう戻れない。

 

 そう結論づけて、私は彼を2度否定した。

 ラルフ・アトラスを2回拒絶した。

 しかし彼は諦めてくれない。何度拒絶しても、諦めてくれない。逆に私を説得する為か。それとも、精神的揺さぶりを掛ける為か。

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を贄にして、あのモンスターを呼び出した。『モリンフェン』という、私にとって『弱さ』を体現するカードを。

 

 舐めるな、と叫び出しそうになったのは、彼のプレイングが原因だ。ラルフは本当なら、メインフェイズ2ではなく、メインフェイズ1で『天よりの宝札』を使うべきだった。

 簡単な話。先に『クロス・サクリファイス』のカードを場に伏せ、『天よりの宝札』を使用すれば、『モリンフェン』以外の上級モンスターを引き込める可能性があった。5枚のドローだから、確率はそう低くないハズ。

 なにより、メインフェイズ1でカードを補充した方が、取れる選択肢は遥かに多い。それなのに、ラルフはあえて『モリンフェン』を召喚し、攻撃してきた。

 確かに『クロス・サクリファイス』を使用し、『モリンフェン』を出した後に『天よりの宝札』を発動すれば、補充できる手札の枚数はフルの6枚。さっきのパターンより多い。

 でもそれは……フィールドに『モリンフェン』を残すということで。

 たった1体の『モリンフェン』と5枚のリバースカードで、7枚の手札を持つ私と向き合うということだ。

 

 本当にバカみたい。

 命が懸かった決闘で、『モリンフェン』のようなカードを使うなんて。

 

 

 でも、私が『モリンフェン』の登場に動揺したことは紛れもない事実。涙を流したことも事実。否定こそしたけれど、私が彼に『モリンフェン』のカードを見せたのも事実。お気に入りだと言ったのも事実。その時に私が笑っていたことも、おそらく事実。

 全て、真実。

 

 つまり、客観的に自分をみるとすれば。

 

 私はまだ、捨てきれていないんだ。お母さんとの思い出。好きなカードを使った楽しい決闘。犯罪に手を染めない自分。私のことを愛してくれる恋人。

 

 全部、全部、全部、心のどこかで、まだ欲している。そんな気持ちが、私にはまだ残っているんだ。

 

「……私のターン、ドロー」

 

 だめだな、私。

 

「リバースカードオープン『ゴブリンのやりくり上手』」

 

 3枚目。既に墓地への仕込みは終わっている。3枚ドローして1枚をデッキに戻す。これで私の手札は8枚。

 

 これだけあれば、なんでもできる。

 まずは、あの邪魔なリバースカードを破壊する。

 

「魔法カード『大嵐』を発動します」

 

 全てを吹き飛ばす嵐。これでリバースを一掃できれば、勝利は目前だ。後は、あの貧弱な悪魔を屠ればいい。

 

「チッ……リバースカードオープン!『神の宣告』」

 

 だけど、やはり通してくれない。嵐はあっけなく消えてしまう。

 

「ぐっ……あぁあああ」

 

ラルフ LP1100→550

 

 本当に、彼はよく粘る。

 いい加減、私も認めなければならない。

 

「……私には、未練がありました」

 

 今の生き方に対する、迷い。

 

「あなたはそれを指摘してくれた。救おうとしてくれた。私を過去から断ち切ろうとしてくれた」

 

 何度でも言いたい。私はそれが本当に嬉しい。彼の決意は本物で、彼の想いも本物だ。

 

「もう『けれど』も『でも』も言いません。そのカードを……」

 

 言わなければならない。

 

「『モリンフェン』を使ってまで、私を決闘で救おうしてくれた。本当に感謝しています」

「……フィーネ」

 

 彼の……ラルフの瞳が輝いた。ようやく届いた、と言いたげに。でも、彼は表情まで柔らかくすることはなかった。顔は険しい『決闘者』のまま、輝く瞳には、まだ『闘気』が宿っている。

 

「……だが、それでもお前はカードを握るんだろう?」

 

 ラルフはそう言った。私は涙を拭った。

 

 ……ああ。

 

 本当にあなたは。

 

 

「……いい男ですね」

 

 

「……お前こそ、いい笑顔だ」

 

 

 昔、映画を観たことがある。主人公は愛する恋人を助ける為に奮闘する。けれど、恋人は主人公を庇って命を落とす。隣の席のカップルは泣いていた。

 

 私は、泣けなかった。

 

 私は、そんな女にはなれない。

 

 これは『決闘』だ。

 命が懸かった決闘だ。負けた方は死ぬ。

 私にはまだ迷いがある。私の生き方に、私の決闘に、まだ躊躇いがある。

 それを捨て去る。相手としては、目の前の決闘者は最適だ。

 

 生きる為に、その先にある『勝利』を掴む為に。

 

「私は、斬り捨てます」

 

 希望も、迷いも、貴方も、斬り捨てる。

 

 手札から1枚を手に取る。

 

「墓地から、光と闇のモンスターを1体ずつ除外することで、このモンスターは特殊召喚できます」

 

 『キャノン・ソルジャー』と『シャインエンジェル』は、新たな力の糧となる。

 

 

 立ち上る二柱。

 

 一方は黄金。一方は漆黒。混ざり合い、溶け合うそれは、混沌。

 

 

 光と闇の力を有する、私のデッキの『切り札』の1枚。

 

 

 

 

「出でよ……『カオスソルジャー-開闢の使者-』」

 

 

 

 細身ながらも、強靭な体。混沌の力を宿す剣。最強の戦士と言って相違ない、圧倒的なプレッシャー。

 ラルフも、嘆息を洩らした。

 

「……今さら、どうしてそのカードを? などと阿呆面を晒して驚く気はない。事実、俺の前に召喚されているのだからな」

 

 ラルフは動じない。私と同じなのだろう。

 

 彼も覚悟を決めたんだ。

 

「私はあなたと『モリンフェン』を倒します」

 

「強気な女は好みだ。やれるものなら、やってみろ」

 

 

 分かり合っても、愛し合っても、私達は戦うしかない。

 

 『決闘者』だから。

 

 

「……いきます」

 

 

 ここで、終わらせる。

 

 

「ラストターンです」

 




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