マイルズ・オブライエンには、プロとしての自負がある。プロの『傭兵』として、今回の仕事にマイルズは全力を持って臨んだ。
『ペガサス・J・クロフォード』から受けた依頼。それは『グールズ』内部への潜入。犯罪組織への潜入という慎重を期すべき仕事だったが、旧友であるコブラと共に開始した任務(ミッション)はつつがなく進んだ。途中でインダストリアル・イリュージョン社の社長である『アーサー・ハイトマン』から連絡を受け、誘拐されたペガサスの救出と社員の保護も任務に追加されたが、それもさほどの問題ではないように思えた。予定通り地下施設の爆破を行い、その混乱に乗じて社員2人とペガサスを確保、速やかにこの島から脱出する予定だった。
そう、予定だった。
「ちっ……」
舌打ちと共に、目標に向かって『コルト M1911』が火を吹いた。マイルズが狙いを外すことはない。薬莢が床に落ち、乾いた音が響く。弾丸は銀髪の男に向かって正確に飛んで行き――
「はっ……『ミラーフォース』発動」
――弾かれる。
瞬間、マイルズは横に跳んだ。もといた場所を『跳ね返った』弾丸が掠めていく。本能に従っていなければ、自分の体には今頃穴が空いていただろう。背中を嫌な汗が流れた。
「だぁから、効かねぇって言ってるだろ?」
銀髪の男――ヴォルフ・グラントは呆れたようにそう言うが、はいそうですかと頷くわけにはいかない。
撃ち込んだ弾丸が見えない壁に弾かれた程度で、マイルズが思考停止することはない。そんなことで、歴然の傭兵は立ち止まらないのだ。懐に手を入れ、取り出した『ソレ』のピンを引き抜き、ヴォルフに向かって投擲した。
「あ?」
爆発。
左の通路へ猫のように体を滑り込ませ、拡散する煙と破片から身を隠す。
投げたのは軍用の手榴弾。人を1人殺すには大袈裟な武器だが、これで殺せたとは思えない。マイルズはすぐに立ち上がり、走り出した。今度は小型の無線機を取り出す。
「コブラ、聞こえるか?」
『聞こえている。こちらは社員1名の保護を完了した。現在、ペガサス会長と残りの1名を捜索しながら、脱出ルートを進んでいる。何かあったのか?』
「問題が発生した。ペガサス会長を発見したが、ヴォルフ・グラントが直接捕らえていたらしい。現在交戦中だ」
『……なるほど。例の超能力か。苦戦しているのか?』
「少なくとも、すぐに突破はできそうにない。奴がいてはペガサス会長を取り戻すのも難しい」
『厄介だな』
グールズのメンバーが謎の力を持っていることは、事前に調査済みだった。特に首領の『マリク・イシュタール』は『洗脳』の力に秀でており、以前潜入した捜査官が記憶を消されて放り出されたこともあるらしい。ただのオカルトと一笑に伏すことはできない。故に、マイルズとコブラはヴォルフの派閥に潜りこむことにしたのだ。
だが、ヴォルフがここまでの『力』を持っていることは完全に想定外だった。
「いつまで鬼ごっこする気だぁ?」
煙の中から何事もなかったように現れたヴォルフに向かって、再び手榴弾を投げつけた。爆発でヴォルフの足を止めている間に、頭の中にインプットしてある施設の見取り図を思い返す。現在位置、爆発した場所、コブラとの合流地点。様々な要素を考慮し、逃げる為の最適なルートを考える。
「……いや、逃げては意味がないな」
『どうした?』
「聞いてくれ、コブラ。奴は俺を足止めする為にペガサス会長を部下に預けている。ならば奴の思惑通り、俺が足止めに付き合おう。お前がペガサス会長の救出に向かってくれ」
『しかし、それではお前が……』
「心配するな、俺はそんなにヤワじゃない」
こちらを気遣う声音の友に対し、マイルズは明るく答えた。
『……分かった。だが無茶はするなよ。オースチンもまだ小さいんだ。お前の帰りを待っている』
「それはお互い様だろう? お前の方こそ、リック君が待っているんじゃないのか?」
『な……どこでそれを聞いた!?』
「毒蛇が子連れになったんだ。それなりに有名にもなるだろう?」
コブラが戦場で赤ん坊を拾ったと聞いた時は耳を疑ったが、知り合いに預けながら大切に育てているようだ。マイルズにもオースチンという息子がいる。父親として家族を大切に思い、無事に帰ろうとする気持ちは、お互いによく分かっていた。
『……情けない話だ。背負うものができると、人間は弱くなるな』
「それで任務から生還できなくなるなら、所詮俺達はその程度だったということだ。大切なものができたからこそ、強くなることもある」
煙から出た隙を突いて、マイルズはヴォルフに向かって決闘盤の『ワイヤー』を放った。
『マイルズ、健闘を祈る』
「そちらもな」
通信が切れる。終わりの言葉はあっさりとしていたが、それで充分だ。
「さて……そういうわけだ、ヴォルフ・グラント。貴様には、俺に付き合ってもらう」
「あぁ、いいぜ。ちょうどあと『1人分』位だしなぁ。遊んでやるよ」
マイルズとヴォルフが正面から向き合う。相手のデッキからは、得体の知れない圧力を感じる。だが、マイルズに退く気は毛頭ない。
「いくぞ!」
「来いよ!」
「「決闘!!」」
たとえそれが無謀な戦いだとしても。それが『闘い』だからこそ、退くわけにはいかなかった。
◇◆◇◆
フィーネはラルフのフィールドを観察する。
リバースカードが4枚。客観的にみても、攻め込むには少々厳しい状況だ。だが、それは攻撃するにあたって手数が足りなければの話であり、今のフィーネには充分な手札がある。
故に、踏み抜くことも可能なハズだ。
「リバースカード、オープン『リビングデッドの呼び声』」
強力な蘇生カードの1枚。この状況なら、呼び出すべきなのは高攻撃力のモンスターではない。
「私は『キャノン・ソルジャー』を墓地から特殊召喚します」
確実にトドメを刺せるモンスターだ。
「続けて『異次元の女戦士』を召喚」
更に追加のモンスター。これでフィールドの戦線は一気に厚くなった。
『異次元の女戦士』
光/戦士族
ATK1500
DEF1200
前回の決闘の幕を引いたモンスターの登場に、ラルフの表情が若干曇る。もっとも、そんな感情を慮る気はフィーネにはない。
「私は『キャノン・ソルジャー』の効果発動!」
感情に流されず、勝つ為の最善手を取り続ける。
「ちっ……リバースカードオープン! カウンター罠『天罰』」
『天罰』
カウンター罠
手札を1枚捨てて発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。
奇しくも、カードイラストと同じように、機械の砲兵は天の雷を浴びて消滅する。
ラルフの残りライフは550ポイント。『キャノン・ソルジャー』の効果は絶対に通すわけにはいかない。しかし、止められることもフィーネの想定の内だ。守りの要であるリバースカードは確実に削っている。
残り、3枚。
「ならば私は『カオスソルジャー-開闢の使者-』の効果を発動します。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体をゲームから除外します」
最強の剣士が剣を振るう。『モリンフェン』を次元の狭間に追放せんと、刃が光る。
「やらせん! リバースカードオープン『死者への供物』」
『死者への供物』
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。次の自分のドローフェイズをスキップする。
不気味なほど白い包帯に体を捉えられ、最強の剣士は墓地へと誘われる。
フリーチェーンの確定除去と言えば聞こえはいいが、その代償はあまりにも大きい。次のターンのドローがなくなった以上、ラルフは今あるカードで戦うしかないのだ。
「……次のターンなど、渡す気はないですけどね」
残り、2枚。
「魔法発動『死者蘇生』」
「なっ……」
デュエルモンスターズにおいて最もポピュラーな、最良の蘇生カード。逆転、追撃、その利用は多岐に渡る。墓地にはついさっき葬られた剣士がいた。デッキの切り札であり、ラルフにトドメを刺すには申し分ないカードだ。
だが、
「私は『キャノン・ソルジャー』を蘇生します」
勝利には、演出も感傷も必要ない。最善はこちらだろう。フィーネは、再び場に舞い戻った無機質な機械兵に命令を下す。
「私は『キャノン・ソルジャー』の効果を」
「まだだ! リバースカードオープン『禁じられた聖杯』」
ラルフの怒号と共に、発動宣言は掻き消される。
『禁じられた聖杯』
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。
黄金の杯から溢れた水を浴びて『キャノン・ソルジャー』の純粋な力は高まる。が、それと同時に特殊な力は失ってしまった。
『キャノン・ソルジャー』
ATK1400→1800
また止められた。フィーネは思わず奥歯を噛み締めた。押しているのは確実に自分だ。防御手段は無限じゃない。フィールドの状況も、それを如実に表している。
残り、1枚。
「……本当にしつこいですね」
「悪いな。そういう性分なんだ」
口には出さないが、素直に凄いとフィーネは思った。決闘を『詰み』に持ち込もうとしている自分のプレイを、ラルフは紙一重でかわしている。
「じゃあ、まだ私の攻撃を防ぐ手はあるんですね?」
「さぁ、どうだろうな?」
「焦らす男は嫌いです」
「そうか」
軽口を叩き合い、互いに笑みを浮かべる。
フィーネは、ふと気がついた。
いつぶりだろうか?
決闘中に力を抜いて笑ったのは。
あの決闘以来、はじめてかもしれない。
決闘に勝利する前に。相手を圧倒する以外に。
カードとのカードのせめぎ合い。この心踊る攻防を『楽しい』と思ったのは。
「……楽しいですね」
「ああ、楽しいな」
負ければ、どちらかが死ぬというのに。
「終わらせるのが、名残惜しいですね」
「ふっ……命を掛けた勝負を名残惜しいと言うか? 本当に変わった女だな、お前は」
だが、とラルフは言葉を紡ぐ。
「今のお前の笑顔は、嫌いじゃない」
……よくもぬけぬけと。
フィーネは溜め息を吐いた。
「それが口説き文句ですか?」
「そんなところだ」
「もう少しキザったらしく言えば、私がときめいて攻撃をやめるかもしれませんよ?」
「お前は、そんなに安い女ではあるまい」
「それが分かっているのなら、結構です」
一瞬緩んだ空気は、再び引き締まる。視線がぶつかり、手の内を探り合い、思考を回す。
どれだけ『楽しい』と思っても。『楽しい』と思うからこそ、お互いに全力を注ぐ。
おそらくこれが、自分が『楽しい』と思える最後の決闘になる。
フィーネは考えずにはいられない。
「……いきます!」
絶対に不可能な願いだけれど。
「バトルフェイズ!」
叶うはずのない願いだけれど。
「『キャノン・ソルジャー』で『モリンフェン』を攻撃!」
――この決闘が、永遠に続けばいいのに。
肩の大砲から、エネルギー弾が放たれる。決して大きくはないが、非力な悪魔を葬るには充分すぎる力だ。
リバースカードは残り1枚。
フィーネが固唾を呑んで見守ったそのカードは、遂に開かなかった。
「俺は墓地から『ネクロ・ガードナー』の効果を発動!」
しかし、攻撃は止められた。
『ネクロ・ガードナー』
闇/戦士族
ATK600
DEF1300
相手ターンに墓地のこのカードを除外して発動できる。このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。
半透明の戦士が墓地から踊り出た。『モリンフェン』の前に立ち、砲弾を受け止める。
呆気にとられた顔で、フィーネは呟いた。
「……墓地から、モンスター効果……」
予想もしていなかった場所からの、防御カード。
ゾクリ、と。身体が震えた。
負けるかもしれない、という恐怖からではなく。
純粋に。『決闘者』として、興奮する。
「どうした? バトルフェイズはどうする?」
「……終了します」
凌ぎ切ったことに安心したのか、ラルフはほっと肩を落とした。フィールドには『モリンフェン』とリバースカードが1枚きり。手札は残り1枚。
実際、ぎりぎりなのだろう。使用カードを見る限り、ラルフはデッキ内容を前回の決闘から変更して来ている。テストプレイをする時間などなかったはずだ。そんなデッキで、フィーネの猛攻を凌ぐのは、目隠しして綱渡りをするようなものだ。
「……本当にすごいですね。決闘者として、あなたのことを尊敬します」
「その敬意、素直に受け取っておこう」
ラルフは笑う。その表情をみて、フィーネは確信した。ラルフはこのターンを乗り切ったと考えている。
それは油断だ。どんなに技術があっても、油断して注意を怠れば縄の上から落ちてしまう。
だから、言ってやらねばならない。
「でも、甘いですね」
「……なに?」
リバースカードは残り1枚。モンスターは「モリンフェン」のみ。
バトルフェイズは終了した。
だが、しかし。
「――それで凌ぎ切ったつもりですか?」
フィーネのターンは、まだ終了していない。
「私は墓地から『カオスソルジャー-開闢の使者-』と『魂を削る死霊』をゲームから除外」
再び立ち上る二柱。一方は黄金。一方は漆黒。混ざり合い、溶け合うそれは混沌。だが開闢の使者とは違い、より闇が濃いそれからは果てしない力を感じる。
実際に、果てしない力を持っている。
「『混沌帝龍-終焉の使者-』を特殊召喚!」
朱色の髪を靡かせ、翼を広げる。白銀の鎧に包まれた体躯は鈍く光る。ラルフを見据え、龍は猛々しく吼えた。
『混沌帝龍-終焉の使者-』
闇/ドラゴン族
ATK3000
DEF2500
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。1000ライフポイントを払う事で、お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える。
「『天罰』に『死者への供物』に『禁じられた聖杯』と、随分と粘られてしまいましたが……」
ラルフは、すでにリバースカードをほぼ使い切っている。そこにだめ押しの、最強の切り札だ。
「私の『混沌帝龍』の効果も、止められますか?」
「……そこまで考えて、最後の最後にこのモンスターを温存していたのか」
龍を見上げるラルフに、フィーネは微笑んだ。『最凶』という言葉が、これほど似合うカードもあるまい。フィーネが発動を宣言すれば、この決闘も終わる。
彼の命も終わる。
「……ありがとう」
感謝を述べて。
「……楽しかった」
気持ちを伝えて。
「……さようなら」
別れを告げる。
終焉をもたらす龍が、鋭い眼光をラルフに向けた。
「……やれやれ、もう駄目だな」
ラルフはふっと息を吐くと、
「さすがにこれは防げない」
と、言った。
フィーネは、ラルフがそう言ったのを、確かに聞いた。
その意味を理解して。
一筋、涙が流れた。
流さずにはいられなかった。
これで、終わりだ。
――――――――――――――――――――
『ゲーム』とは何か。
そんな質問を、ラルフは色々な人物にしたことがある。
『楽しむもんだろ』
と、親友は言った。
『ビジネスだけど……自分が誇る仕事だよ』
と、割り切った同僚は言った。
『プライドを懸けたモノ、かな?』
と、恥ずかしそうに上司は言った。
『人生を変えてくれたものです』
と、イラストレーターの男は言った。
『俺が大好きなものっす』
と、オタクなアイツは言った。
誰もが、答えを持っていた。最後に創造主である男に、この問いを投げた時、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
『ゲームとは何か……デスか?』
彼は足を組むと、椅子を回してくるりとこちらに向き直った。
『私にとって……ということならば、『人生そのもの』といった解答がクールでショウね』
デュエルモンスターズを創った男らしい答えだと、ラルフは思った。だが、それでは足りない、と言いたげに彼は首を振った。
『しかし……もっと本質的に『答え』を求めるならば、また違う解答があるでショウ』
白い長髪が揺れた。
『ゲームをしている間は、年齢も立場も関係ありまセーン。対等なプレイヤーとして、相手と向き合いマース。時間も忘れて、お互いに全力を尽くして興じる。私は、そんなゲームを作りたかった。そしてユー達の協力で、私の夢は叶いました』
それが『デュエルモンスターズ』なのだろう。
『だとしたらそこに……ユーにとっての『答え』があれば、私としては嬉しい限りデース』
そう言って、創造主は微笑んだ。
――――――――――――――――――――
「俺にはもう、『混沌帝龍』の効果を防ぐ術はない」
もう1度、彼女に向かってそう言った。フィーネは泣いている。ならばラルフはどうするべきか。
「――だが」
不敵に。大胆に。
「――それで勝ったつもりか?」
笑うべきだ。
「リバースカードオープン!」
最後の1枚を、満を持して開く。フィーネも薄々気づいていた筈だ。このカードは、最初から伏せられていた1枚。故に、使えないカードと判断したのだろう。
実は逆なのだ。
いつでも発動はできた。どのタイミングでもよかった。しかし、使うならここだ。
「……借りるぞ、ジョン」
友の名を呼び、そのカードを開く。
「リバースカードオープン『ギフトカード』」
『ギフトカード』
通常罠
相手は3000ライフポイント回復する。
「……え?」
フィーネ LP4850→7850
ラルフの最後のリバースカードをみて、フィーネは固まった。
「なんですか、それは……?」
フィーネの反応も頷ける。単体では役に立たない、何の意味もないカード。彼女が最も嫌う類いのカードだろう。
「そんなカードが……最後の1枚?」
「だから言っただろう。俺にはもう『混沌帝龍』の効果を防ぐことはできない。これが、お前に俺からできる『贈り物』だ」
「……なら、この決闘はあなたの負けです。『混沌帝龍』の効果発動!」
龍は嘶き、破滅の力を振るわんと力を迸らせる。
しかし、ラルフは退かない。
「いや……違うな」
フィールドには『モリンフェン』のみ。リバースカードはない。手札も1枚。ラルフにできることは、もうない。
普通の決闘者なら、そう思うだろう。
だが、まだだ。
「誰が……『ギフトカード』が最後の1枚だと言った?」
「なっ……?」
視線が、交差する。
「俺はこの決闘、もう勝つことはできない」
勝つことができなくても。
「だがな……」
それが、自分が出した『答え』なのだから
「負けるつもりもない!」
ラルフには、まだ発動できるカードが残っている。フィールドにはない。墓地にもない。
手札に、1枚だけ残っている。
「俺は手札から罠カードを発動!」
「手札から!? なにをバカな……ッ!?」
ラルフの決闘盤から弾き出された『そのカード』を見て、フィーネは固まった。
『処刑人マキュラ』
闇/戦士族
ATK1600
DEF1200
このカードが墓地へ送られたターン、このカードの持ち主は手札から罠カードを発動する事ができる。
「マ……キュラ? なんで……」
いつ?
どこで?
どのタイミングで墓地に送ったのか?
長かったターンを、フィーネは思い返す。思い返し、思い出して、気づく。
「『天罰』の……コスト?」
「その通りだ」
墓地から引き出した『マキュラ』をラルフは得意気に見せる。やられた、とフィーネは唇を噛んだ。
「でも、罠カード1枚で、この状況を覆せるんですか!?」
「いや、できん」
言い切るラルフの顔は、自信に満ちていた。嘘を言っているわけでも、虚勢を張っているわけでもない。
それが事実なのだ。
「だが、この決闘は……」
最後の1枚を右手に持ち、高く掲げる。
「これで終わりだ」
『自爆スイッチ』
通常罠
自分のライフポイントが相手より7000ポイント以上少ない時に発動する事ができる。お互いのライフポイントは0になる。
ラルフ LP550→0
フィーネ LP7850→0
処理できない事態を迎えて『装置』が悲鳴をあげる。
優劣も、勝敗もついていない。しかし、これもまた決着だ。
引き分け。
爆風が、2人をのみ込んだ。
◇◆◇◆
「はぁ……はぁ」
ボロボロの体に鞭打って、檻の間に鉄棒を差し込み、梃子の原理で抉じ開ける。なんとか脱出できそうだ。
「結果オーライ……か?」
自分でもらしくないと思うことを呟き、ラルフは苦笑した。
引き分けというイレギュラーによって『魔力』を死ぬまで吸う『装置』は起動しなかった。
暴走で檻が開かなくなり、閉じ込められたが、ラルフもフィーネも、死ぬことはなかった。
「どうして……と聞くのはいけませんか?」
奥に寝かせているフィーネが、こちらに顔を向ける。
「……最初から、引き分けは狙っていた」
「……ナメられたものですね」
「別に舐めてはいないさ。俺は俺の主義に従って、決闘をしたに過ぎない」
そう言って、自分と同じくボロボロの決闘盤から、カードを2枚取り出す。
床に寝かせたフィーネに向かって『ギフトカード』と『自爆スイッチ』をみせた。
「引き分けなら……どちらも助かる、と。そう考えたんですか?」
「そうでもあるし、そうでもないな」
「それは……」
「言っただろう? 俺は、俺の意思でカードを選び、デッキを組んで決闘をしたんだ」
もう1枚、『モリンフェン』のカードをデッキから引き抜いた。躊躇いながらも、フィーネはそれを受け取った。
「お前の言うことは間違っていない。強いカードも弱いカードも、デュエルモンスターズには確かに存在する」
最初にフィーネに会った時と同じ言葉を、あえてもう1度言う。
「だが……デュエルモンスターズは、それだけじゃないんだ。今の決闘で分かっただろう? 勝負と言いつつも、勝ち負けすらつかないこともある」
「……引き分けなんて考えてもいませんでした」
「その、考えてもいないことを引き起こしたのは、こんなカード達だ」
『ギフトカード』と『自爆スイッチ』のカードを、また振ってみせる。
どんなに弱いカードでも、誰かにとっては大切な1枚かもしれない。
フィーネにとっての1枚が『モリンフェン』であったように。
「だから、無理に切り捨てようとするな」
弱くても好きなカードがあっていいはずだ。
「決闘で、勝利だけを求めなくてもいいはずだ」
拘りを持って戦ってもいい。相手を驚かせるコンボに特化したデッキを使ってもいい。
今のラルフのデッキは、そんなデッキだ。
「デュエルモンスターズは、ゲームだからな」
勝ちたいという気持ちが不要だとは言わない。自分のデッキにプライドを持つのは、決闘者には大切なことだ。
それでも、今の彼女には言ってやりたい。
「無理に何かを背負い込む必要はない。ゲームは笑ってやるものだ」
ぎゅっと、フィーネは『モリンフェン』のカードを胸に抱いた。
「私の決闘は、ゲームは、勝たなければならないものでした」
ゲームをして勝つのではなく、勝つ為にゲームをしていた。それがフィーネにとってのゲームだった。
「……あなたにとって、ゲームはなんですか?」
ラルフは、また笑みを浮かべた。懐かしい質問がきたものだ。
作業を続行し、フィーネに背を向けながらも、ラルフは答えた。
「人と人を、向き合わせるものだ」
「向き合わせるモノ?」
「ああ、そうだ」
ゆっくりと。けれど確かに。自分の考えを言葉にまとめて口に出す。
「ゲームをする時、人は完全に対等な関係になって向かい合う」
そこには、何のしがらみもない。あるのは、ゲームプレイヤーとしての立場だけ。デュエルモンスターズならば、決闘者として、プレイヤーは勝負の場に立つ。
「そうして向き合ったプレイヤーが行うゲームには、人間の素が出る」
デュエルモンスターズだけではない。将棋もチェスもポーカーも。全てのゲームには、プレイヤーの性格や嗜好が反映される。
攻撃を重視するか、防御を重視するか。堅実にいくか、博打を打つか。
人によって、プレイは千差万別。
「だから決闘は、ゲームは面白い」
ラルフは押し込んだ棒に、再びぐっと力を入れた。軋むような金属音がして、なんとか人が1人通れそうなスペースが開く。ここから外に出られるだろう。
フィーネの方を振り向いた。
「……お互いの素をさらけ出し、全力で戦った相手は、もう赤の他人と呼べる存在ではないはすだ」
フィーネはじっとこちらを見詰めて、話を聞いている。
「俺が信じ、愛するデュエルモンスターズには、人を繋げる力がある」
だからラルフは、この決闘に懸けた。
自分とフィーネの運命を。
「頼む。俺はお前に、苦しみながら決闘をして欲しくない。楽しみながら決闘をして欲しいんだ」
フィーネに向かって、手を差し伸べる。
ようやく伸ばせるところまで、距離が縮まった気がした。
「……私達の決闘は引き分けでした」
『モリンフェン』のカードはラルフに返さず、自分の決闘盤に差し込んで、フィーネは上半身を起こした。
「でも……」
黒いスーツに包まれた細い腕が、ゆっくりと上がる。
「これは……私の負けです」
2人の手は、やっと重なった。