ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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32.「心に刻め」

 並び立つ悪魔を見据え、ラルフは大きく息を吐いた。

 

 無敵のカードなど存在しない。どんなカードにも弱点があり、どんなカードでも倒せる可能性がある。

 

 そうでなければ『ゲーム』は成立しない。

 

 だが、眼前で猛威を振るっているのは『三幻魔』だ。ルールに縛られず、常識を破り、理を足蹴にする存在。

 

 絶対の力。

 

 絶対の力の前には屈するしかない。

 それがヴォルフの語る、デュエルモンスターズの歪みであるならば、

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 絶対を乗り越えた先に、勝利がある。

 

「俺は『プロミネンス・ドラゴン』を生け贄に捧げ、『ホルスの黒炎竜LV6』を召喚!」

 

 炎の竜を糧として現れた隼は、漆黒の夜空へと飛翔する。無論、これで終わりではない。

 

「さらに魔法カード『レベルアップ!』を発動。その効果により『ホルスの黒炎竜』は進化を遂げる! 見るがいい!」

 

 2体の『幻魔』のプレッシャーの前では、その威光も霞んでしまう。

 それでもラルフのエースである竜は翼を広げ、天に向かって羽ばたいた。月明かりに照らされる白銀の体躯は、夜の闇の中で確かに輝いている。

 

 

「出でよ! 『ホルスの黒炎竜LV8』」

 

 

『ホルスの黒炎竜LV8』

炎/ドラゴン族

ATK3000

DEF1800

このカードは通常召喚できない。「ホルスの黒炎竜LV6」の効果でのみ特殊召喚できる。このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、魔法の発動と効果を無効にし破壊することができる。

 

 

 魔法を封じるという、絶対的な拘束力を持つその効果。決闘の流れを決定付けるほどの力がある。

 

「クックク……だが、今さら出てきたところで何も変わらねぇなぁ。こっちはもう、モンスターを展開し終わってんだよ。しかもソイツ、発動済みの魔法カードは無効にできねぇんだろ?」

 

 ヴォルフの言葉は正しい。本来『ホルス』は劣勢時ではなく、優勢時に真価を発揮するカード。発動済みの魔法も無効にすることはできず、ラルフにとって最も厄介な『失楽園』を潰すこともできない。

 

「そんなことは貴様に言われなくても分かっている。だが、よく覚えておけ。『ホルス』は俺のエースモンスターだ」

 

 どんな攻撃力でも、どんな効果でも。

 勝負所でモンスターを信じられない決闘者に、勝機が訪れる筈がない。

 

「いくぞ! 俺は装備魔法『巨大化』を発動!」

 

 退かず、恐れず、相棒であるモンスターと共に前に出る。

 『三幻魔』があまりにも強大な存在で、小細工が通用しないのならば、真正面から立ち向かうだけだ。

 

 

『巨大化』

装備魔法

自分のライフポイントが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を倍にした数値になる。自分のライフポイントが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力を半分にした数値になる。

 

 

『ホルスの黒炎竜LV8』

ATK3000→6000

 

 『ホルス』の体躯は一瞬で倍近くにまで膨れ上がる。大きさだけで生物の強弱を決めることはできない。が、大きさが強弱の一つの指標であることは間違いない。

 悪魔を討ち果たさんと、『ホルス』は吠える。実際に討ち果たせるだけのパワーを伴った力強い叫びは、『ラビエル』と『ハモン』をも揺さぶった。

 

 

「攻撃力……6000だとぉ!?」

 

 焦りで声を裏返し、ヴォルフは『ホルス』を見上げた。演技ではない。今までの戦術から見て、まさかラルフが真正面から『三幻魔』を打ち破りに来るとは思っていなかったのだ。

 シンプルで正攻法な、攻撃力の強化。なるほど、悪くない。

 

 もっとも、それでは―――

 

 

「じゃあ……ヤバいから止めとくかぁ! リバースカードオープン!『デモンズ・チェーン』」

 

 

 ――『三幻魔』は倒せても、ヴォルフ・グラントは倒せない。

 

 

『デモンズ・チェーン』

永続罠

フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターは攻撃できず、効果は無効化される。選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

 

 悪魔の力を宿した鎖はぐるりとホルスを取り囲み、縛り上げ、拘束する。見たことのないカードだったが、効果を見てラルフは表情を一層険しくした。『三幻魔』以上の攻撃力を有していても、これではただの木偶の坊だ。

 手札のカードは残り1枚。その1枚で次の一手が打てれば良かったが、そう簡単には運ばない。

 

「……リバースカードを1枚セット。ターンエンドだ」

 

 このターン、起こせるアクションはもう無かった。

 

「ヒャハハハハハ! つまんねぇな。もう打つ手なしかよ。『サイクロン』の1枚も引けないのかぁ? 俺のターン、ドロー!」

 

 通常のドローで1枚。『失楽園』の効果で2枚。計3枚のカードをヴォルフは補充した。

 

「さぁて……愛の為に戦う男の、悲哀に満ちたこの決闘にそろそろ終幕を下ろしてやるとするかぁ」

 

 そう言いながら、ヴォルフは2枚のカードを伏せる。

 準備は整った。

 

「喜べ……三体が『揃った』ところを拝めるのは、テメェがはじめてだぜ?」

「……貴様、まさか!?」

「そうだ! そのまさかだぁ! 俺はフィールドの3枚の『罠カード』を生け贄に捧げる!」

 

 瞬間、炎に呑まれて『デモンズ・チェーン』を含む3枚のカードが消失する。

「ありえん! そのモンスターは……」

 

 馬鹿な。そんなはずはない。ラルフは、まだ現れていない『幻魔』の効果を知っている。ルースが持っていたカードの召喚条件には確かに『永続罠カード』と書き記されていた。

 驚愕し、混乱するラルフに対して、ヴォルフは歯を剥いて笑った。

 

「だから言っただろぉ? 俺の悪魔は進化するんだよ」

 

 ラルフは戦慄した。『三幻魔』は、自身の効果をより強力に書き換えたというのか。

 

「灯せ、燃やせ、焼き尽くせ!」

 

 立ち上る三本の柱は、血のように赤かった。

 

「炎の皇よ。悪意を糧とし、愚者達の策略を灰塵と化せ!」

 

 真紅の体は、蛇のように長い。竜も思わせるその姿は『オシリスの天空竜』と酷似していた。

 

 

「降臨せよ――『神炎皇ウリア』」

 

 

 最後の幻魔が地より這い出で、肩を並べる。

 この場に、遂に『三幻魔』は集結した。

 

 

『神炎皇ウリア』

炎/炎族

ATK0→3000

DEF0

 

「ヒャハハハ! 『神炎皇ウリア』の攻撃力は墓地の『罠カード』の数×1000ポイント。お前の『ホルス』にはまだ届かないが、まぁ、いい。まずは邪魔臭ぇ罠を排除させてもらうぜ!」

 

 

 『ウリア』が顎を開く。悪意に満ちた瞳は、ラルフのリバースカードを捉えている。その口から放たれるのは、決して逃れられない、真紅の獄炎。

 

「小癪な罠を焼き尽くせ!」

 

 炎が疾った。たった1枚のリバースカードなど、それこそ紙屑のように簡単に燃える。

 

「な……にぃ?」

 

 が、しかし。それはあくまで『罠カード』の話だ。リバースカードは神炎を浴びても、一向に燃え尽きる様子を見せなかった。つまり……

 

「けっ……『魔法カード』かよ。面白くねぇ」

「別に貴様に喜ばれる為に決闘をしているわけではない。裏をかけるのならば、かいて当然だろう?」

「裏をかいたぁ? 馬鹿らしい。下らないぜ。ただの『ブラフ』じゃねぇか!」

 

 呆れを含んで言うヴォルフに対して、ラルフは冷静に言葉を紡いだ。

 

「そう思うなら、試してみればいい」

「上等だぁ……ノッてやるよ! 俺は『ラビエル』の効果発動!」

 

 蒼い巨躯が動く。

 

「フィールドの『幻魔トークン』と『ウリア』を生け贄に捧げ、その攻撃力を得る! 存分に喰らえ!」

 

 ヴォルフのフィールドには2体の『幻魔トークン』が控えていたが、『ラビエル』に握り潰され、断末魔の叫びを残して消える。同族である『ウリア』も例外ではなかった。

 ヴォルフにとっては『三幻魔』も勝つ為の駒に過ぎない。使い捨てることには何の抵抗もなかった。

 

「幕引きだ! 精々盛大に逝っちまいなぁ! 『幻魔皇ラビエル』でこうげ――」

 

 

 ――響いた。

 

 

 それは、鼓膜を切り裂くような、不快極まりない音。遮るように発せられたその音のせいで攻撃宣言は通らず、ヴォルフは苦痛と苛立ちで顔を歪めた。

 確かめるまでもない。発信源はラルフのフィールドだ。

 

「残念だったな。速攻魔法『コマンド・サイレンサー』を発動させてもらった」

 

 

『コマンド・サイレンサー』

速攻魔法

相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。バトルフェイズを終了し、デッキからカードを1枚ドローする。

 

 

 奇妙な形をした鳥の発信器が、音波を発し続けている。ラルフはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「『攻撃宣言』が通らず、『バトルフェイズ』が終了してしまえば、さすがの『幻魔』も動きようがないだろう?」

「この……クソ野郎が。時間稼ぎの発想だけは褒めてやるよ。リバースカードをセット。『ハモン』を守備表示にしてターンを終了だ!」

 

 ようやく、不快な音が鳴り止んだ。

 

 

ヴォルフ LP3000 手札0《モンスター》

幻魔皇ラビエル

降雷皇ハモン

幻魔トークン

《魔法・罠》

リバース1

失楽園(発動中)

 

 

ラルフ LP500 手札1

《モンスター》

ホルスの黒炎竜LV8

《魔法・罠》

巨大化(発動中)

なし

 

 

 時間が、ない。背後のフィーネを見て焦る心を、ラルフは懸命に落ち着かせた。ヴォルフに対しては強気を見せても、結局今のプレイは守りの一手でしかない。助ける為には、勝つ為には。カードを、勝利を形作るピースを、引き当てるしかない。

 

「俺のターン!」

 

 ただ信じて、ラルフはカードを引いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 その日。デュエルモンスターズの歴史に残る、バトルシティという大会が終結した日。

 初代『決闘王』の座を『武藤遊戯』という男が手にした日。

 

 賞賛と興奮で全ての決闘者が沸いていたその日に、不可思議な出来事が起こった。

 

 少しずつ、薄く消えていくカードがあった。

 

 気づいていない者も、少なくはなかった。むしろ気づいた人間の方が、少ない位かもしれない。それでも、彼らはカード達の変化を敏感に感じ取っていた。

 

 『万丈目凖』は訳が分からずカードを見ていた。

 

 『ヨハン・アンデルセン』は首を傾げていた。

 

 そして『遊城十代』もまた、カードを抱えて不安と恐怖を抱いていた。

 

「……大丈夫かなぁ」

 

 十代は泣いていた。両親に買ってもらったばかりの、大切なカード。でもなぜか、今日はカード達に元気がない気がするのだ。まるで、昨日まで隣にいた友達が、突然いなくなってしまったような、そんな気がするのだ。

 

「……大丈夫だよね。『ユベル』」

 

 相棒と言える、最も信頼しているカードに十代は語りかける。返事は返って来なくても『ユベル』だけはカードの中にいる気がした。カードの中で、微笑んでいてくれた。

 

 彼らが、その脅威に立ち向かうことになるのは、もう少し先の話となる。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 ――駄目だ。

 

 このカードじゃない。

 ラルフはドローカードを見る。『コマンド・サイレンサー』によるドローで、数少ないピースの内の1枚は引くことができた。だが、それではまだ足りない。もう一押しが足りない。

 

「……バトルだ!」

 

 既に『ホルス』は『デモンズ・チェーン』による呪縛から解き放たれている。攻撃に支障はない。

 

「『ハモン』が守備表示の時、相手モンスターは『ハモン』にしか攻撃できない!」

「くっ……」

 

 思わず呻き声が出る。『ラビエル』を潰したいが、それすらもできないということか。

 

「ならば『ハモン』に……」

「だが……俺のかわいい幻魔に指一本触れさせるわけねぇだろぉ! 罠発動『デモンズ・チェーン』」

「ッ……!?」

 

 『ホルス』は再び鎖に囚われてしまった。動くことも、ままならない。

 完全に、想定外だった。

 

「貴様……」

「アッハハハ! 2枚目だよ。に、ま、い、め! 簡単な話だろ?」

 

 心底愉快そうに、ヴォルフは腹を抱えて笑う。動けない獲物を見るのが、楽しくて仕方がないようだった。

 

「……リバースカードを1枚セット」

 

 ――駄目だ。

 

 倒せない。足りない。

 これでは……助けられない。

 

「ターンエンド」

 

 また何も出来ず、ラルフはターンを終えた。 

 

「クックク……俺のターン、ドロー!」

 

 ドローと『失楽園』の効果で3枚になった手札を眺め、ヴォルフは舌打ちした。

 

 ――駄目だ。

 

 足りない。もっと、もっとだ。

 目の前の男を。ラルフ・アトラスを踏みにじり、敗北させてやるには、まだ足りない。

 

「魔法発動『手札抹殺』 お互いに手札を全て捨て、その枚数分カードをドローする!」

 

 『デーモン・ソルジャー』と『幻銃士』を捨て、ヴォルフは新たに2枚をドローする。ラルフも1枚捨て、1枚をドローした。『デモンズ・チェーン』で効果を封じられている為、『ホルス』は魔法を無効にすることができない。

 

 ……これだ。

 

「これを……待っていたぜ」

 

 2枚のドローカードは、ヴォルフが待ち望んでいたものだった。

 

「墓地に眠る『神炎皇ウリア』の効果発動。手札の罠カード1枚を墓地に送り『ウリア』を蘇生する! 甦れ、神炎の皇よ!」

 

 地面が割れ、マグマが沸き出る。炎を纏い、『神炎皇ウリア』は浮上した。

 

 

『神炎皇ウリア』

ATK0→4000

 

 

「ラルフ・アトラス。お前にはただの敗北じゃ足りねぇ。もっともっと……絶望しきって負けていけ!」

 

 最後の1枚を、ヴォルフは手に取る。

 それは間違いなく、この決闘の幕を引く1枚だった。

 

「冥土の土産に拝んでいけ! 魔法発動『次元融合殺』」

 

 

『次元融合殺』

通常魔法

自分フィールド上に存在する「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」「幻魔皇ラビエル」を1体ずつゲームから除外して、融合デッキより「混沌幻魔アーミタイル」1体を特殊召喚する。

 

 

「専用の……融合魔法!?」

「その通りだぁ!」

 

 空間が歪む。

 次元が歪む。

 時空が歪む。

 

 『三幻魔』が消える。『ウリア』が『ハモン』が『ラビエル』が。あれだけの力を持つ悪魔が、呆気なく歪んだ渦に飲み込まれる。

 

「混じり合え、悪魔達。白と黒、光と闇、この世の境界を全て断て」

 

 ピシッ。

 

 顔を上げて空を見たラルフは、絶句した。夜空に、漆黒の中に、切り裂くようにしてヒビが入っていた。

 

「掻き鳴らせ、塗り潰せ、覆い尽くせ!」

 

 空が割れる。

 ゆっくりと。裂け目からソレは姿を見せた。

 

「混沌の皇よ。絶望を糧とし、全てに終焉をもたらせ!」

 

 神炎皇の首が腕に。降雷皇の翼を背に。幻魔皇の頭を身体に。合成獣となった悪魔は、物も言わずにラルフを見下ろした。

 

 

「降臨――『混沌幻魔アーミタイル』」

 

 

 生理的な悪寒が身体を駆け巡る。全てをないまぜにしたこのモンスターは、存在そのものが歪んでいた。

 

 

『混沌幻魔アーミタイル』

闇/悪魔族

ATK0

DEF0

 

 

「攻撃力……ゼロ?」

 

 意味が分からない。これだけのプレッシャーを放ちながら、攻撃表示で佇むこの悪魔は、なぜか攻撃力を有していなかったのだ。

 

「ククク……アヒャハハハハハハハ!」

 

 不安で押し潰されそうなラルフとは対照的に、ヴォルフは最高の気分だった。

 

「超えた……超えたぞ!」

 

 ヴォルフは『アーミタイル』の背を見上げた。ようやく、生み出すことができた。その実感が全身を満たし、狂喜に変わる。

 

「『ゾーク』も超えた……『ホルアクティ』も超えた! コイツが最強だ! コイツが絶対だ! コイツが絶望だ!」

 

 もはや、敵うものなど存在しない。デュエルモンスターズを終わらせるのに申し分ない力が、この悪魔にはあった。

 

 息を吐き、ヴォルフは興奮を沈めた。

 

「終わりだ……ラルフ・アトラス。お前の往生際の悪さには、心からの敬意を表してやるよ」

 

 ラルフに向けて、ヴォルフは慇懃に礼をした。

 

「地獄でも天国でもどうでもいいが、あっちでフィーネと仲良くやってくれ」

 

 手を掲げ、混沌の悪魔にこの決闘、最初で最後の指示を下す。

 

「『混沌幻魔アーミタイル』の効果。1ターンに1度、相手モンスターに10000ポイントのダメージを与える」

 

 『混沌幻魔』の力は、文字通り桁が違った。今の『ホルス』が6000ポイントの高い攻撃力を有していても、なんの意味も持たない。

 

「所詮……神のなり損ないじゃ、悪魔すら倒せねぇってことだ」

 

 地面から砂が巻き上がる。『アーミタイル』は頭上にエネルギーを集中し、黒い球体を作り出した。万物を塗り潰す、漆黒の太陽。迸るエネルギーは、今までで最も強大だった。

 

 これで終わりだ。

 

 

 

「消し飛べ……全土滅殺天征波!」

 

 

 

 ――――静寂。

 

 

 ヴォルフも、ラルフも動かなかった。『アーミタイル』も『ホルス』も動かなかった。

 繰り広げてきた戦いが嘘であったかのように、この場を沈黙が支配した。

 

「……あ」

 

 最初に声を発したのは、ヴォルフだった。

 

「あぁ……?」

 

 何故だ。

 どうして。

 

「そんな……馬鹿な」

 

 おかしい。

 そんなハズはない。

 

「どうして……『アーミタイル』の効果が発動しない?」

 

 混沌の悪魔は、凝縮したエネルギーを霧散させ、ヴォルフのフィールドで頭を垂れていた。

 力を解放し、目の前の大地を更地に変えていた筈なのに。

 

「動け……動け! 俺の命令が聞こえないのか『アーミタイル』」

 

 声を張り上げ叫んでも、『アーミタイル』は動かない。

 

 『魔力(ヘカ)』が強すぎた?

 『闇決闘盤(ディスク)』の故障?

 

 混乱し、手元の『決闘盤』に視線を落としたヴォルフは、一つの表示を見た。

 

 

【Battle Phase】

 

 

「バトル……フェイズ?」

 

 『混乱幻魔アーミタイル』が相手モンスターに10000ポイントのダメージを与えるのは『効果』だ。『攻撃』ではない。今はヴォルフのターンの『バトルフェイズ』ではなく、『メインフェイズ』のハズ。

 

「何故だ……なにをしたぁああ!?」

 

 激昂し、ラルフのフィールドを見る。

 

「何をした? 俺はリバースカードを発動しただけだ」

 

 1枚のリバースカードが、開いていた。

 

 

 

「速攻魔法『時の飛躍』を発動させてもらった」

 

 

『時の飛躍(ターンジャンプ)』

速攻魔法

全てのカードのターンカウントを3ターン進め、スキップする。その後、バトルフェイズを行う。

 

 

「ターンジャンプ……だと?」

 

 一度ならず二度までも。『幻魔』の攻撃をかわされた。ヴォルフは唇を噛み締めた。

 

「つまり今は……」

「ああ。俺のバトルフェイズだ」

「相も変わらずしゃらくさい真似を……だが!」

 

 

 バトルフェイズへのターンのスキップ。それで『アーミタイル』の効果発動を回避したとしても。

 

 

「お前の『ホルス』は動けない! バトルフェイズになったとしても、攻撃できるモンスターがいないのなら意味はない!」

 

 

 ――風が吹いた。

 

 

「それはどうかな?」

 

 ラルフは発動していた。勝利に繋がる1枚を。

 どんな決闘者でも知っており、所持しているコモンカード。

 そんな1枚が、勝負の決め手となる。

 

 

『サイクロン』

速攻魔法

フィールド上の魔法、罠カードを1枚破壊する。

 

 

「さ……『サイクロン』だと……」

「お前の『手札抹殺』で引くことができた。感謝しておこう。『デモンズ・チェーン』を破壊だ!」

 

 鎖が千切れ飛び、隼の神は解き放たれた。

 眼前には倒すべき悪魔がいる。もはや、竜の黒炎を遮るものは何もない。

 

 なにもない。

 

 ヴォルフは信じられなかった。

 

 打つ手がない。

 

 そんな、馬鹿な。

 

「なぜだ……なぜだなぜだなぜだぁ! どうして俺が負ける!」

「分からないのか?」

 

 静かにラルフは言った。

 

「お前は『アーミタイル』を攻撃表示で召喚する必要はなかった」

 

 『アーミタイル』の効果は守備表示でも発動できた。しかしヴォルフは攻撃表示で呼び出した。呼び出してしまった。

 

「これは、お前の慢心が招いた結果だ」

 

 力が抜けた。

 ヴォルフは膝を着いた。完璧だった筈だ。戦術もカードも。

 

 これからの計画も。

 

 それが、こんなたったひとつのミスで、崩れ去ってしまうのか。

 

「俺はお前が大嫌いだ。だから一言だけ言っておいてやる。心に刻め、ヴォルフ・グラント」

 

 ヴォルフの使うカードが弱かったわけではない。ラルフが『手札抹殺』で『サイクロン』をドローできたのも、ただの運に過ぎない。

 

 勝負は時の運。

 

 ヴォルフの小さなミスを突くことができたのは、ラルフの運が良かっただけなのかもしれない。

 

 それでも

 

 

 

「お前は、お前の弱さで負けるんだ」

 

 

 

 その言葉は、これまでのなによりも、ヴォルフにとって屈辱だった。

 いつの間にか夜が明け、朝日が上っていた。ラルフを讃えるかのように、太陽は燦々と輝いている。

 

 眩しい。

 

 しかしヴォルフは目を見開き、絶叫した。

 

 

 

「俺はぁ……俺は弱くない!」

 

 

 

「『ホルスの黒炎竜LV8』で『混沌幻魔アーミタイル』を攻撃!」

 

 古代エジプトにおいて、『ホルス』とは『オシリス』の子。天空を司る神だった。

 デュエルモンスターズにおいては『三幻神』に及ばなかったとしても。

 太陽の光を浴びて、白銀の隼は煌めいていた。

 日輪を背に黒き炎を放つ姿は『神』の名に相応しい威容を誇っていた。

 

 

 

「神滅の――ブラックフレア・ストリーム!」   

 

 

 裁きの黒炎を浴びても、混沌の悪魔は倒れない。身じろぐことすらない。

 

 

 

 

「ガァアアアアアァ!?」

 

 6000ポイントのダメージは、ダイレクトにプレイヤーに降り注いだ。

 

 

ヴォルフ LP3000→0

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 勝った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ラルフは崩れ落ちそうな膝に、懸命に力を入れた。限界の限界を超えて、全身の筋肉が千切れそうだった。

 ヴォルフは倒れたまま動かない。そして未だに『混沌幻魔』も姿を消していない。

 

「何をしている……」

 

 もう日は昇っている。悪魔達の時間は終わりだ。

 

 

 

「はやく消えろ」

 

 

 

 こんな巨大な悪魔と目線が合うとは思えなかったが、数秒間、互いに無言のまま視線が交差した気がした。

 『アーミタイル』は登場の時とは裏腹に、ゆっくりと朝日の中に溶けていった。

 

「……フィーネは?」

 

 日の光のお蔭で、フィーネの姿はハッキリと見える。苦しそうだった呼吸はしっかりとしたものに変わり、表情も和らいでいた。

 ラルフはほっと息を吐いた。

 

「……良かった」

 

 安心したせいか、視界がぐらついた。まだ倒れるわけにはいかない。足に力を入れて……

 

「ッ……!? 違う、これは!?」

 

 ラルフがぐらついたわけではない。立っている『地面』が揺れている。

 ヴォルフが浮上させたホールの床が決闘の衝撃に耐えきれず、崩れ落ちようとしていた。

 

「くそっ!」

 

 すでに嫌な音をたて、あちこちが崩落しはじめている。ラルフはフィーネを抱き抱えて、一段下の地面に飛び降りた。

 地面に寝かせて周囲の安全を確認、また崩れかけのホールによじ上る。

 

 ヴォルフ・グラントは、まだ横たわったままだった。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 このまま床が崩れれば、地上から地下3階まで真っ逆さまに落下することになる。怪我で済まないことは明白だった。

 走り寄り、ヴォルフの脈を取った。生きている。肩に腕を差し、体を持ち上げる。

 

 が、ついに足場が悲鳴をあげた。

 

「ぐっ……!?」

 

 崩落音を響かせ、床が落ちていく。轟音が鳴り止む頃には、地面にぽっかりと大穴が空いていた。

 

「ぐっううぅ……」

 

 大穴の円の端で、ラルフは腕一本で2人分の体重を支えていた。

 なんとか落ちずには済んだ。だが、状況は最悪だ。ラルフには、ヴォルフと自分を引き上げるだけの体力は残っていない。このままじわじわと、腕の力が切れるのを待つことになる。

 

「……なにしてやがる」

 

 やけに小さい声が聞こえた。さっきまで闘っていた人間の声とは思えない。こんな状況なのに、思わず笑みが浮かぶ。

 

「気づいたか。馬鹿者め」

「はやく離せ。こんなセリフは言いたくねぇが、お前まで落ちるぞ」

「勝ったのは俺だ。敗者が勝者に意見を言うな」

 

 意識が戻っても、ヴォルフはラルフの腕にしがみ付こうとはしなかった。プライドが邪魔をしているのか、しがみ付くだけの体力も残っていないのか。どちらにせよ、最悪な状況は変わらない。

 

「……つくづく情けないぜ。勝負には負けて、敵には情けを掛けられるとはなぁ。お前、俺が大嫌いなんじゃなかったか?」

「それとこれとは……話が別だ!」

 

 まずい。腕が痺れてきた。これ以上は……

 

 ヴォルフの体が、不意に揺れた。

 

「心に刻め……ラルフ・アトラス。俺は負けたが『三幻魔』が負けたわけじゃない。俺は必ずお前を潰す」

 

 いきなりなにを。

 この期に及んでまだ言うか。

 

 そう言いたかったが、ラルフにはもう返事をする余裕はなかった。

 

 

 

「あぁ……やっぱお前、ウザいわ」

 

 

 

 ぐっと、何かに身体を押された。

 身体が浮き上がる。見えない何かが、ラルフを上へと押し上げていた。

 空中で、一回転する。いつの間にか、ヴォルフの腕が離れていた。

 スローモーションで、ヴォルフは暗い闇へと吸い込まれていく。

 

 そのまま、ヴォルフの姿は見えなくなった。

 

「がっあッ!」

 

 背中から、地面に叩き付けられた。痛みで咳き込み、必死で肺に空気を入れる。

 

「はぁはぁ……」

 

 呼吸を整えながら、ラルフは空を見上げた。

 

 最後の最後まで、あの男と自分は相容れなかった。

 

 けれど、この最期はなんなのだろうか。

 

「……決闘を恨みたくなるな」

 

 ラルフの気持ちとは裏腹に、空は青く、白い雲が漂っている。

 

 

 暗雲が通り過ぎたあとの、澄み渡る青空が広がっていた。 

 




次回で、バトルシティ編は終了です。
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