ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

35 / 66
33.「何度も言わせるな」

 ――眩しい。

 

 身体は重い。けれど、身悶えるような痛みはもう引いていた。

 瞼を開くと、日が出ている。夜が、明けていた。

 

「……フィーネ」

 

 金髪は土煙で薄汚れていて、頬は切れて血が滲んでいる。

 でも、自分を見詰めている男は、自分の怪我は欠片も気にせず、フィーネの心配だけをしているようだった。

 

「……ラルフさん」

「……よかった」

 

 それだけ言って、ラルフはフィーネの身体を抱き上げる。

 

 抱き締められた。

 

 とても、とても強く、抱き締められた。自分の身体が自分でも固くなるのが分かる。抱き締める腕の力の強さに、思わず抗ってしまいそうになる。

 

 何も言えない。

 

 汚いよ、と言おうとした。自分も相手も、砂まみれで汚れている。

 痛いよ、と言おうとした。それほどまでにラルフの力は強かった。

 

 でも、何も言えなかった。

 

 身体と身体が触れ合う感触が、心地良かったから。

 誰かに、こんなに強く抱き締めて貰うのは、何年ぶりかも分からなかったから。

 

 ただ、されるがままになっていた。

 

「……すまない。こんな、突然……」

 

 一息ついて、ラルフは腕をほどいた。頬が少し赤くなっているのは、気のせいではないと思う。

 

「……勝ったんですね」

「……ああ」

 

 肯定の返事をしたラルフは、少しだけ顔を背けた。その顔を見て、横を見て、気づく。ラルフがヴォルフと決闘していたステージは、ぽっかりと穴が空いて消えていた。

 

「あの人は……」

「分からない。だが、生きてはいないと思う。……すまなかった」

 

 最後まで言い終わらぬ内に、ラルフは言葉でフィーネの問いを遮った。皆まで聞かなくても、ヴォルフがどうなったのかは、察することができた。

 そして、ラルフは明らかに傷ついていた。

 

 ゲームで人を、傷つけたことに。

 ゲームで人を、殺してしまったことに。

 

 フィーネは慣れっこになってしまったその行為を、ラルフは心から悔やんでいるように見えた。

 

「自分を責めないでください」

「……フィーネ」

 

 自分が言うのは、無責任かもしれない。でも、フィーネにはこれを言うことが自分の義務に思えた。

 

「あの人は……負けなければ、納得できなかったんです。どのような形であれ、決着をつけるしかなかったんです」

 

 フィーネもヴォルフと同じ『側』だった。それでもフィーネは、言葉を紡いだ。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 言いたかった言葉を、真っ直ぐ口にした。

 

「……ああ」

 

 少し。ほんの少しだけれど。

 ラルフは、肩の荷を下ろしたように笑った。

 

 ちょっとは、重りを下ろしてあげられたのかな?

 

 フィーネの心中を察したのかは分からないが、そのままラルフは立ち上がり、こちらに向かって手を差し伸べた。

 

「立てるか?」

「……すいません、まだ……」

 

 痛みはなくなっても疲労は消えていないし、なにより身体に力が全く入らなかった。

 

「すいません。ラルフさんの方が怪我だってたくさんしてるのに……」

「気にするな。無理をする必要はない」

 

 ラルフはちらりと周囲を見た。これから救助が来るまでにやることが山程ある。しかし、動けない自分は力になれない。フィーネは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

「本当にごめんなさい……私、助けてもらってばっかりで……せめて」

「少し黙れ」

 

 ぐいっ、と。また身体が引き寄せられた。突然のことにびっくりする間もなく、耳元にラルフの口が近づいた。

 

「なっ……なにを……」

「今しか言えんだろうから、今の内に言っておくぞ」

 

 吐息が熱い。自分もラルフも、心臓が高鳴っているのが分かった。

 

 

 

「フィーネ。俺はお前と―――」

 

 

 

 耳を裂くような轟音が響いたのは、その時だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ッ……なんだ!?」

 

 ラルフは顔を上げた。この音自体は聞き覚えがある。ジェット機のエンジン音だ。だが、どこから?

 

 周囲を見渡すと、東の方角から高速で近づいてくる影が見えた。明らかに速い。救助かとも一瞬考えたが、救助ならヘリコプターで来るはずだ。

 

 まさか、グールズはジェット戦闘機まで持っていたのか?

 カード偽造工場の証拠を隠滅する為に、爆撃を?

 

 だとしたら、ラルフ達も道連れにする算段か。

 

「くそっ……身を隠すぞ、フィーネ!」

「え……ちょっと……キャッ!?」

 

 両手でフィーネを抱き上げ、ラルフは駆け出した。

 どうすればいい。周囲にはまだ人質に取られていたペガサスや、負傷しているルースがいる。見捨てるわけにはいかない。

 

「ら……ラルフさん、アレ……」

「なんだ!?」

「アレ……見てください」

 

 抱き抱えているフィーネは、ただでさえ悪い顔色をさらに白くして、震える手で空を指さしている。

 背後のエンジン音はさっきとは比べ物にならないほどに大きくなっており、ヘリが降下した時のようなダウンウォッシュが吹き荒れている。

 もう、逃げられない。

 

「これまでか……」

 

 意を決したラルフは、フィーネが指さした方向へ振り向いた。

 

 そして、

 

「な……なんだこれは」

 

 唖然とした。

 

 目の前にはヘリコプターでもジェット戦闘機でもなく、ラルフがよく知るモンスター。

 

 『青眼の白龍』がホバリングしていたのだ。

 

 

 

 

『ワハハハハハ! どうやら無事のようだな、平社員!』

 

 

 

 

 とても聞き覚えのある高笑いが、ラルフの耳に届いた。

 よくよく見てみれば、目の前でいるのは『青眼の白龍』ではなく、忠実に『青眼の白龍』に似せたジェット機だった。

 垂直離着陸が可能なのか、比較的開けたスペースを見つけると、ゆっくりと降下してくる。足を模したランディングギアが着底すると、機首のコクピットが開いた。ひらりとコートをなびかせ、その男は地面に降り立つ。

 古今東西、地球上のどこを探しても、こんなジェット機を開発し、実際にそれに乗り込んで空を飛んで来る男は、1人しかいない。

 

「か……海馬社長!?」

 

「ふぅん……ご苦労だったな、平社員」

 

 海馬瀬人は鼻を鳴らして周囲を見渡すと、ラルフに歩み寄った。

 

「な……なぜここに!? バトルシティは!?」

「騒ぐな。バトルシティの決着後、そのままアメリカに飛ぼうと考えていたが、花澤とジョン・ハイトマンから問題が発生した、と連絡を受けてな。グールズの残党はこの俺直々に葬り去ってやらねばならん。その為に、ここまで出向いたというわけだ」

 

 バトルシティの激戦を潜り抜けた後だというのに、この男にはどれだけのパワーがあるのか。

 

「そ……それでこのジェット機で、この島まで飛んできた……と? バトルシップやヘリがあったのでは……?」

「下らん。海馬コーポレーション総帥であるこの俺が、ヘリや飛行船で敵のアジトに乗り込めるか!」

 

 疑問は一瞬された。

 

「それにこの俺の専用機『ブルーアイズジェット』ならば、そこらの弱小国の戦闘機よりも性能は遥かに上だ。グールズのハイエナ共にはミサイルでも積んで撃ち込んでやろうと考えていたが……残念だ。俺が来た時には全てが終わっていたとはな」

 

 ククク……と笑みを洩らす海馬を見て、到着が遅れて助かった、と心から安堵した。本当に武装が積めるのか、その機体でアメリカに入国する気なのか、と突っ込む気力はもうラルフには残っていない。

 

「で……その女はなんだ?」

 

 言われてようやく気づく。ラルフはフィーネを抱き上げたままだったのだ。

 

「い、いや、彼女は……負傷したグールズの構成員で……」

 

 慌ててフィーネを地面に下ろしたが、海馬は眉を少し動かした程度しか反応しなかった。

 

「……ふぅん。まぁ、いい。マリクの指揮から外れたグールズのアジトを突き止め、潰した功績は大きい。称賛に値する」

 

 また音が聞こえてきた。今度は多数のローター音だ。後続の救助隊と警察が到着したのだろう。

 

「貴様の働きは目覚ましいものだ。ラルフ・アトラス、ご苦労だった。貴様の『仕事』はここまでだ」

 

 海馬の言葉は素直な称賛に溢れていた。だがなぜか、瞳は冷たかった。

 

 

 ここに、バトルシティを巻き込んだ、カード偽造組織『グールズ』の事件は、ようやく収束した。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 問題解決を図るよりも、新しい機会に着目して創造せよ。

 

 オーストリアの経済学者の言葉であるが、その言葉通り、社会というのは得てして『成功』に惹かれる傾向がある。

 

 海馬コーポレーションは軍需産業からの方向転換、今回の『バトルシティ』による『決闘盤』の大ヒットを経て、ゲーム・アミューズメント業界での地位を不動のものへと押し上げた。

 メディアは『バトルシティ』の成功を、ゲーム業界の革新と讃え、『デュエルモンスターズ』も老若男女問わず、より普及していくことになる。当然、インダストリアル・イリュージョン社にもたらされた恩恵は途方もない額にのぼる。

 

 経済学者達は後に、『バトルシティ』の成功が『デュエルモンスターズ』発展の分岐点だと語っている。

 事実、海馬瀬人もペガサス・J・クロフォードも、この成功を足掛かりとして、多方面の各業界に売り込みを掛け、次のチャンスに繋げていた。

 

 『プロリーグ』の開設。

 『決闘のテレビ放映』

 『専門学校の設立』

 

 他にも、伝統芸能である歌舞伎との提携。

 外部企業と協力したカード開発。

 

 書き記していけばきりがないが、これらは全て『バトルシティ』の成功があってこそ実現した計画だ。

 

 

 

 ――故に、闇に葬られた事実も存在する。

 

 

 

「なぜですか!?」

 

 ラルフはデスクに拳を叩きつけた。隣でルースがびくっと体を震わせる。ルースは友人の行動を見て、大した胆力だと内心で溜め息を吐いた。

 

「ユーの言い分は分かりマース。しかし、これは既に決定事項なのデース」

「平社員がいくら吠えたところで、今更覆ることはない。諦めろ」

 

 が、ラルフが威勢よく言葉をぶつけたところで、目の前の2人は顔色も変えずにそれをいなす。

 ラルフとルースの前にいるのは、会社の2トップ。

 ペガサス・J・クロフォードと、海馬瀬人なのだから。

 

「納得できません! どうして『マリク・イシュタール』を見逃すのですか!?」

 

 バンッ、とラルフが再び机を叩く。海馬コーポレーション本社、それも海馬瀬人の執務室の机だ。ルースはいつ傷がつくか、気が気でなかった。

 

「簡単な話だ。マリクをグールズの『主犯』として世間に公表すれば、バトルシティの経歴にキズがつく。腹立だしいことに、奴は『バトルシティ第2位』だからな」

 

 バトルシティが終わってから1ヶ月が経過していた。童実野町で『グールズ』という組織が起こした事件は一般にも報道はされたが、人々の記憶には強く残らなかった。

 童実野町としてはせっかくの観光のタネ。事件が多発したということを広く知られては、観光客の足が遠退く。公表はしたくない。

 インダストリアル・イリュージョン社も、海馬コーポレーションも、公表したくないのは同じ。

 マリクが孕んでいた『精神的な問題』も相まって、事件の事情を知る側が事実を隠匿するのは、当然の流れと言えた。

 

「だからと言って、マリクが罪を償わない理由にはなりません!」

「当たり前だ。奴はデュエルモンスターズ界から永久追放。2度と公式大会の場に立たないと、書面で……」

「そんな問題ではない! 俺が言いたいのは……」

 

 烈火のようなラルフの怒りを、海馬は涼やかに受け止めた。

 

「はっきり言ってやろう」

 

 腕を組み、海馬は真正面からラルフを見据える。

 

 

 

「貴様が決めることではない」

 

 

 

 ラルフは押し黙った。喉元に、氷の刃物を突きつけられたような、冷気と鋭さがあった。

 

「そもそも貴様とそこのアホは、1度は『辞職願』を出した身だ。ペガサスの温情で拾い直して貰って、ここにいるのだということを忘れるな」

「……そりゃそうですけど、アホはひどくないですかね?」

「ふん」

 

 ルースが苦言を呈しても、海馬は鼻を鳴らしただけだった。

 

「……ラルフ。ユーが納得できないのは、本当にマリクの件なのですか?」

 

 沈黙を決め込んでいたペガサスが、口を開いた。

 

「……どういう意味でしょうか? ペガサス会長?」

「ユーは本当は……」

 

 ペガサスの左目に心を見通す『千年眼』は、もうない。だが、その言葉は確かに、ラルフの心を射抜いた。

 

 

 

「マリクだけが裁かれず……『彼女』は牢の中にいるのが、納得できないだけなのではありマセンか?」

 

 

 部屋の中は一転して、沈黙に包まれた。

 

「……ふぅん。恋に浮かれて公私混同とは、聞いて呆れるな。そんなものは犬にでも食わせておけ」

 

 ペガサスは諌めるように海馬に目配せするが、全く効果はなかった。

 

「論理的な反論なら聞いてやる。それができないなら、出ていけ。感情論なら聞く気はない」

 

 たっぷり10秒。向かい合ったラルフと海馬は、言葉を交わさなかった。

 

「……失礼しました」

 

 乾いた靴音を響かせ、ラルフは社長室を退出した。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 君は出られる可能性がある。

 俺がそう言っても、彼女は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 

「『マリク・イシュタール』は起訴しない方針で固まった。君も出所できるかもしれない」

 

 看守と監視カメラの視線を感じながら、必死に言葉を重ねた。名前を呼ぶのも憚られて、『君』と慣れない呼称を使って、必死に呼び掛けた。

 

 

「お断りします」

 

 

 それでも答えはノーだった。

 

「なぜだ?」

「私は罪を償わなければいけません」

 

 言いたいことは分かる。だが、彼女は既に様々な供述をして、捜査に協力していた。その証言のおかげで、10ヶ国以上に散らばっていたグールズの偽造カード製造所を一斉に摘発できたのだ。

 

「君はもう、十分な証言をしている」

「それで私の罪が減らされたとしても、罪自体が無くなるわけではありません」

 

 ―――遠い。

 

「……出るのには、3年はかかるぞ」

「承知しています。短いくらいです」

 

 1度は、縮まった距離のはずなのに。

 

「君は巻き込まれたんだ。社会に出て償うという選択肢はないのか?」

「その為に、私は償います。刑期を全うして、それからやり直します」

 

 透明な板を隔てただけで、彼女との距離はあまりにも遠かった。

 

 

「それが、犯罪者に対する社会の『ルール』ですから」

 

 

 そこまで言って、彼女はようやく笑顔を見せた。

 

「……だから」

 

 囁くように、唇が動く。

 

 

「私のことは……待たないでください」

 

 

 

 俺から目を逸らさずに、フィーネはそう言った。

 

「あなたには、本当に感謝しています」

 

 悲しいのに、涙は流れなかった。

 

「でも、もう会いに来ないでください。忘れてください」

 

 悔しいのに、言葉は出なかった。

 

「ありがとう」

 

 何度感謝されても、俺は何も返せない。

 

「大好きでした」

 

 愛しているのに、愛していると言えなかった。

 

 

「さようなら」

 

 

 俺は何も言えず、面会室から出て行った。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 海馬コーポレーションの本社ビルには、屋外の休憩スペースがある。ちょうど空いている時間帯なのだろうか。高層階に張り出すようにして設けられたテラスには、ラルフ以外に誰もいなかった。

 

「世界の終わりみたいな顔してんなぁ」

 

 振り返ると、ルースが缶コーヒー2本を掲げて立っていた。投げられた1本を、ラルフは片手でキャッチする。

 

「さすがは海馬コーポレーションの屋上。いい眺めだな」

「……そうだな」

 

 地平線の向こうに、既に日が落ちかけている。焼けるような夕暮れだった。

 

「黄昏るには持ってこいの景色だな?」

「ふん……茶化しに来たのか?」

「いくらなんでもコレは茶化せねぇよ。俺だって、空気くらい読むっつーの」

 

 ルースは缶コーヒーを思い切り飲んだ。当然のことながら、ラルフが煎れたものより味は数段落ちる。

 

「……彼女、そろそろ判決が出るらしいな」

「ああ……」

「また会いに行くのか?」

「いや……もう行く気はない」

「……そうか」

 

 さようなら、と言われたことまでは、ルースにも言えなかった。

 ブルタブを引き上げ、ラルフも缶コーヒーを口に運ぶ。

 

「……なんだこれは? 甘過ぎるな」

「缶コーヒーなんてそんなもんだろ?」

「ふざけるな。こんなものをコーヒーと呼べるか!」

「うっせぇよ。コーヒーバカ」

 

 なんとも言えない表情だったルースは、ようやく笑顔を見せた。

 

「ま、お前も深刻に背負い込む必要はないんじゃないか? 女は世界にたくさんいるからな。わざわざ犯罪者の女を引き摺る必要もないだろ?」

「……そうだな」

 

 ルースは缶コーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に向かって放り投げた。綺麗な放物線を描き、缶はゴミ箱に吸い込まれる。

 

「ああ……でもまぁ、約束くらいは守ってやれよ」

 

 歩き出したルースはドアに手を掛けた。

 

「女とした約束を守るのは、男のルールだぜ?」

 

 キザッたらしく台詞を吐いて、ルースはテラスから降りて行った。

 

「……余計なお世話だ。女たらしめ」

 

 ラルフの呟きは誰に聞かれることもなく、赤い空に吸い込まれた。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 私が収監されてから、2年半の月日が流れていた。

 その間も、世間では色々な出来事が起きていたらしい。

 秘密結社『ドーマ』が起こした、世界的な大事件。

 KC社主催で行われた、バトルシティ以来の大規模大会。『KCグランプリ』

 デュエルモンスターズ関連のニュースには興味が湧いた。デッキとカードを触りたくなった。でも、檻の中にいる私には関係のないことだったし、そんなことは許されなかった。

 時間は淡々と流れた。味気のない日々だったけど、自分を見詰め直す為には必要な時間だった。

 これで良かったんだ。

 

「……お世話になりました」

 

 女の看守さんに頭を下げる。男らしい、ちょっと怖い人だったけど、頻繁に相談に乗って貰っていた。

 

「よかったわね。模範囚の恩赦で刑期が短縮されて」

「……私は別に、半年位長くても短くても違いはないと思いますが……」

「馬鹿なこと言うもんじゃないわ。出たくても出れない奴はたくさんいるんだから」

 

 囚人服から、こざっぱりしたシャツとジーンズに着替える。私物は特にない。

 ここからは、身一つで社会に戻らなくちゃいけないんだ。

 

 

 

「では、失礼します」

「頑張ってね」

 

 もう1度頭を下げて、私は2年半を過ごした刑務所の門を潜った。

 

「……今日出所か?」

「はい」

 

 門の詰所にいる守衛のおじさんに、確認を取ってもらう。浅黒い肌の彼は、ちらりとこちらを見た。

 

「……まだバスが来るまで時間がある。そこに座って待っていたらどうだ?」

「ありがとうございます」

 

 好意を素直に受け取って、私はベンチに腰掛けた。おじさんは書類にペンを走らせている。

 しばらく黙って、空を見上げていた。正直言って、自由の身になったという実感はあまりない。

 カツン、と机にペンを置いた音がした。やることもなかったし、ちらりとおじさんの方を見ると、目が合った。

 

「……月並みなことを言うが、出ていく奴はたくさんいるが、戻ってくる奴もたくさんいる」

 

 きっと色々な人を見てきたんだろう。私はじっと耳を傾けた。

 

「君は模範囚だったし、社会に戻ってまた馬鹿なことをやるとは思えないが……大丈夫か?」

「……何がですか?」

「いや、あまり嬉しそうじゃないな、と思ってな」

 

 返す言葉がなくて、会話が途切れてしまう。図星だった。

 

「……私、もう肉親がいなくて」

「なるほど。だが、そんな奴は他にもいるさ」

「それに……友達も知り合いもいないんです」

 

 幼少期に暮らしていた街には、グールズに入ってから1度も帰らなかった。裏の世界に戻る気は全くない。グールズのメンバーと会うことも、もうない。

 

「だから私……本当に1人で……」

 

 頼れる人も、私を頼りにしてくれる人もいない。今の私には、人との繋がりが皆無だ。

 自業自得だし、自分でも分かっていたことだけど。

 

 

「ちょっとだけ……寂しいかもしれません」

 

 

 そう言って、弱音を吐かずにはいられなかった。

 

「……そろそろ時間だ。もう立って待っていた方がいい」

 

 守衛のおじさんは帽子のつばを下げて、目元を隠しながら言った。

 立ち上がって、数メートル先のバス停まで移動する。年季の入ったプレートは掠れていて、時刻表は読みづらかった。

 近くの時計を見上げて、時間を確認する。

 

 ……あれ?

 

「……すいません! 次のバスまで、まだ30分はあるみたいで……」

 

 声を張り上げて聞いてみても、詰所の中にいるおじさんは顔を上げなかった。面倒そうに欠伸を噛み殺している。もう1度声を掛けようとした時、やっと口を開いてくれた。

 

 

「大丈夫、もう来るよ」

 

 

 エンジン音が聞こえた。視界に入ってきたのは、シルバーのバイクだ。

 アクセルを踏み込んだのか、急速に迫ってくる。

 

 迫って、迫って、迫って、

 

「キャッ!?」

 

 私の目の前で急ターンして、バイクは止まった。

 ドキドキした。思わず尻餅をついてしまった。なんて危ない……

 

 

 

「すまない。大丈夫か?」

 

 

「――え?」

 

 文句を言ってやろうと思っていた。

 でも、ヘルメットの奥から聞こえてきた声は、聞き覚えのあるもので。

 脱ぎ捨てたヘルメットからこぼれた金髪は、相変わらず綺麗で。

 

 

「……どうして」

 

 彼の顔を見て、言葉なんて吹き飛んでしまって。

 私は座り込んだまま、呆然として彼を見上げていた。

 

「なにを呆けている? 美人が台無しだぞ?」

「なん……で?」

「ああ。そこの守衛のジジイに出所の時間を聞いたんだが、肉親以外には教えられないとあしらわれてな。説得して聞き出すのに時間が掛かった」

 

 革のジャケットに包まれた腕が、私に向かって差し伸ばされる。

 

「それで迎えに来るのが遅れてしまった。すまなかったな……」

 

 

 フィーネ、と。

 

 

 ラルフ・アトラスは、私の名前を呼んでくれた。

 

「……3年も、待っていたんですか……」

「さばを読むな。2年と5ヶ月だ」

「待たないでって……忘れてって……言ったじゃないですか……」

「ああ……だが、俺の方も、お前と約束をしただろう?」

 

 少し乱れた金髪を掻き上げて、ラルフさんは困ったように言った。

 

 

「まだお前は、俺のコーヒーを飲んでいないからな」

 

 

 さらりと言われた言葉の意味を理解するのに、しばらく時間が掛かった。

 

「え……と……それはどういう」

「……えぇい。前は海馬社長に邪魔をされたからな」

 

 ラルフさんはバイクを跨いで降りると膝をついて、座り込んでいる私と同じ目線になった。

 

「何度も言わせるな。こういうことだ」

 

 私よりも大きな手のひらが、顎を優しく包んで持ち上げた。

 

 

 ――息が詰まった。

 

 長い。とても長い時間に感じられた。

 呼吸をしていいのかも分からない。

 触れた唇が同じ温度になるまで、離してくれなかった。

 

「……分かったか?」

 

 声なんて出せない。

 こんなの、頷くしかないから。

 

「後ろに乗れ。行くぞ」

 

 ラルフさんはバイクからもうひとつヘルメットを取り出して、私に渡した。

 

「……いいんですか?」

「なにがだ?」

「私……重いですよ?」

 

 ヘルメットを膝の上で抱いて、上目遣いに問う。

 

「……安心しろ」

 

 頭の上に手がのった。

 

「お前1人位なら、後ろに乗せて走るのに何の支障もない」

 

 そこまで言われたら、私は本当になにも言えない。

 

「はやく乗れ」

 

 ヘルメットを被って、ラルフさんの後ろに乗る。

 守衛のおじさんに向かって、また頭を下げた。心遣いはありがたかったけど、はやく言ってくれてもよかった気がする。

 おじさんはニヤニヤと笑っていた。

 

「君に言っておくことが、まだあった」

 

 帽子を取って、私に向かって振ってくれた。

 

「もう戻ってくるなよ」

 

 映画でよく聞く、テンプレートのような台詞だったけど。

 私は力一杯頷いた。

 

「出すぞ。しっかり掴まってろ」

 

 エンジンがかかり、バイクは走り出す。

 

 これからどうなるかは分からない。

 でも、今の私は腕を回して彼の背中に触れている。

 だから、とっても安心できる。

 

「……ラルフさん」

「……なんだ?」

 

 

 なるべく音が伝わるように、コツンとヘルメットをくっつけた。

 

 

 

「……好きです」

 

 

 

「……遅すぎだ」

 

 ラルフさんはぶっきらぼうに答えた。

 ある意味私は、ヘルメットを被っていて良かったのかもしれない。

 私の顔は、真っ赤だったと思うから。

       

 




【予告】


 全ては、社長のはた迷惑な一言から始まった。

「学校を作るぞ!」

「は?」

 計画は動き出し、ラルフ達は奔走する。

「こんな得体の知れない島に、学校を建てるのですか?」
「閉鎖された環境でこそ、決闘者の闘争本能は研ぎ澄まされる。打ってつけの土地だ!」

 敷地の確保。

「私にスカウトナノーネ!?」
「ようこそ。サイバー流道場に」
「カレー食べますか?」

 教師の確保。

「なんつー額だ……学校作りにいくら投資する気だよ……」
「取引の条件は……決闘で決めませんか?」

 資金の確保。

 計画は、順調に進んでいるように思えた。

 しかし

「ゲームの専門学校? 何を馬鹿馬鹿しい。潰せ」

 策略。

「影丸様と話がしたい。面会を希望する」

 陰謀。

「俺こそがバトルシティ4位入賞! 炎の決闘者……その名も!」

 凡骨。

「ロケットにカードを乗せるなんて、とっても楽しそうだよねっ!」

 そして、新たな敵。

 これは、武藤遊戯の時代と遊城十代の時代を『繋ぐ』物語。


 ルール改定に駆けた男のロード

【デュエルアカデミア設立準備編】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。