男にはプライドというものがある。言い換えれば、誇り、自尊心、矜持。己に自信を持ち、己の行為に責任を持つこと。それが『プライド』だ。
ジョン・ハイトマンは自分の仕事にプライドを持っていた。若くしてリーダーに抜擢されただけあって、他の社員達よりも会社に貢献している自負があった。常に新しいアイディアを考え、前を向いて精進してきたつもりだった。
だが、そんなジョンの前を常に歩いている男がいた。
ラルフ・アトラス。
新カードを作成すれば、遠慮もなしにカード開発部に飛び込んで問題を指摘し。
個人的に決闘を挑んでも、勝つことが出来ず。
悔しい、とジョンは思った。
男の嫉妬は筆舌に尽くし難いほど見苦しい。そんなことは理解しているし、ラルフの仕事の足を引っ張るような卑怯な真似をする気はなかった。しかし、それでも守りたいプライドは確かにあった。
勝ちたい、と思った。
会場を見渡し、ジョンは口を開いた。
己の意思を、伝える為に。
「みんなは僕のことを卑怯者だと思うかもしれない……」
静まり返った会場に響くジョンの声。あまりにもひどい戦術を使う男の言葉だったが、彼の真摯な様子に社員達も耳を傾けた。
「だけど……それでも僕は……」
体を震わせ、堪えるようにジョンは下を向いた。
皆が皆、次の一言を待ち、息を飲む。
「勝てればいいのさ!」
そして、あまりにも正直な心情の吐露に、1人残らず呆れ果てた。
『いっそ清々しいですね……』
『場の空気を読む気もないか。我が甥ながら恐ろしい男よ……』
『この大会、ソリッドヴィジョンのデータ取りが目的なんで、速攻でケリがつくバーンは困るんすよね……』
実況を担当する3人も、もはやフォローする気はないらしい。ちなみに上から順に、MC、アーサー、サイトウのコメントである。
「……そうか。よく分かった。だが安心しろジョン。俺はお前の戦術を卑怯などと言う気は毛頭ない」
ただ1人、ラルフだけは呆れることも引くこともなく、ジョンを見据えていた。
「ふっ……君のそういう所は嫌いじゃないよ。しかし勝負は勝たせて貰う。でなければ、恥を偲んでこんな戦術を取った甲斐がない」
一応そういう自覚はあったんだ、と会場の誰もが思った。
「確かに大会の目的としてはそのデッキは少々不適切だ。だが、このラルフ・アトラス。相手の戦術を卑怯と罵り、敗北の言い訳にすることは断じてない!」
ラルフの威勢の良い宣言に、再び会場が熱気を取り戻す。ジョンも上等と言わんばかりに口角を吊り上げた。
「そうか。ならこのまま負けてくれ! 魔法発動『成金ゴブリン』」
『王国ルール』までのカードプールでは『シモッチによる副作用』を活用できるカードは少ない。『ギフトカード』のような必殺の瞬間火力は求められない。
が、このルールの初期ライフは『2000』だ。そもそも削り切るのに大火力は必要ないのだ。
「『成金ゴブリン』を発動。僕は1枚ドローして君は1000ライフ回復する。けれど『シモッチによる副作用』は回復をダメージに変える」
『シモッチによる副作用』
永続罠
このカードがフィールド上に存在する限り、相手ライフを回復する効果は、相手ライフにダメージを与える効果になる。
ラルフの周囲を薄紫のガスが取り囲む。それは命の恵みを、死へ誘う副作用へ変質させるものだ。
『魔法カード1枚で1000ダメージ! これは大きいぞぉー!?』
『啖呵を切った割には、リバースを開く様子もない。ラルフに対抗策はなしか?』
『いや……』
MCとアーサーがラルフの状況に悲観的な発言をする中、
『これは逆に、ここからが見ものっすよ』
サイトウだけは含み笑いを洩らしていた。
その答えは、すぐに目に見える結果として表れることになる。
ラルフ LP2000→3000
「っ……バカな!?」
ジョンは目を見開いて叫んだ。
『なんとぉ!? 減るはずのライフが、回復している! これはどうしたことかぁー!?』
ラルフのフィールドを見ても、リバースカードは開かれていない。『シモッチ』を魔法・罠で防いだ訳ではない。
ならば、何故?
「リバースカードばかりじろじろと見るな。俺の周りをよく見てみろ」
ラルフの言葉通り注意の対象を変えたジョンは、ようやく気づいた。
そこに満ちているはずの薄紫のガスは、ラルフの周囲だけきっぱりと断ち切られている。
まるで見えない壁に阻まれているかのように。
「これは……『シモッチ』のガスが……届いていない?」
「リバースばかりを警戒していた様だが、俺のモンスターを忘れていたのか?」
ラルフの周囲には、既に防壁が張られていたのだ。1ターン目から召喚された、悪魔族モンスター。そのモンスターは最初から、ジョンの戦術に対する布石になっていた。
「ぐっ……『エア・イーター』か」
「その通りだ」
『エア・イーター』
レベル6/風/悪魔
ATK2100/DEF1600
周囲の空気を食べてしまい、相手を窒息させるモンスター。
空気を喰らう、悪魔。
「周囲の空気を喰わせて、気体……ガスである『シモッチ』を真空の壁で遮断、という寸法か。やってくれるね」
「この俺が、貴様への対抗策を用意しないわけがないだろう?」
迂闊だった、とジョンは唇を噛んだ。
一瞬で決着が着くと思われていた決闘。しかし結果として繰り広げられた攻防に、観客の社員達も歓声を上げる。
『いやーいいっすね。この何でもありな感じがたまらないっすね』
『まさか真空の壁で有毒ガスを防ぐなんて! 思いもよらない戦術です!』
『最初からここまで計算して『エア・イーター』を召喚していたのか。ラルフもやるじゃないか』
涼しい顔で歓声と称賛を受け取るラルフ。不敵にも、口元には笑みを浮かべていた。
これはラルフ自身しか知り得ぬことだが――正直に言えば、そこまで計算なんて全くしていなかったりする。
だだ普通に呼び出した『エア・イーター』にそんな特性とも言える効果が備わっていただけであって。
実はラルフはスーツの下で、びっしりと冷や汗をかいていた。窮地を脱した心情を表現するならば、一言で事足りる。
―――ラッキー。
「さぁ、どうするジョン!」
だが、ハッタリもゲームの駆け引きを盛り上げる要素だ。気勢を削がれたジョンに対し、ラルフは声を張り上げる。
「くっ……モンスターをセットして、ターンエンドだ」
もはや有効なプレイもできず、ジョンはターンを終えた。
一転して消極的な姿勢。しかし、ジョンの脳は次なる一手を模索する為にフル回転していた。
今の自分のデッキの勝ち筋は『シモッチによる副作用』。1番の勝ち筋を『エア・イーター』によって潰され、戦況が芳しくないのは事実。だが、なにもダメージを与える手段は『シモッチ』だけではない。
『自業自得』『停戦協定』 ラルフのライフを焼き切る手段は、充分デッキに残されている。ジョンはそこで思考を打ち切り、焦りを落ち着かせた。
大丈夫だ、勝てる。
「……まだまだ勝負はこれからだ、と言いたそうな顔だな?」
そんなジョンの安堵に水を刺したのは、他ならぬラルフだった。
「ふっ……普通のルールならあり得ない防ぎ方をされたのには、少々驚いたさ。けれど、君を追い詰める手段は僕のデッキに満載されている。負けるビジョンなんて見えないよ」
「そうか。しかし、お前は忘れているのではないか?」
ドローフェイズ。無機質なボタンでカードを引く操作を済ませたラルフは、どこか疲れたような表情でジョンに向かって言った。
「これは『王国ルール』だぞ?」
言葉と同時に現れたのは、天駆ける天馬。体毛は炎であり、赤々と燃え盛っている。
『ファイヤー・ウイング・ペガサス』
レベル6/炎/獣族
ATK2250/DEF1800
色鮮やかな真紅の翼をはばたかせ、天を駆け抜ける天馬。
「何かと思えば……2体目の上級モンスターか。ドロー運はいいようだけど、僕のライフには傷ひとつ付けられないよ!」
「ジョン。サイトウ風に言うなら、貴様のそれは……」
悪魔と天馬の背後で、リバースカードがゆっくりと持ち上がった。
「死亡フラグだ」
『守備封印』
通常罠
相手モンスターは全て攻撃表示になり、守備表示でモンスターを召喚できない。
『ラルフ・アトラス、ここで一気に攻勢に出たぁー!』
『『守備封印』か。直接攻撃できない『王国ルール』では重要なカードだな』
『ジョン先輩のモンスターは守備力重視でチョイスされてるっす。これは厳しいですねぇ』
ぐっ、とジョンは息を詰まらせた。『岩石カメッター』が攻撃表示に。さらに守備表示で出した『岩石の巨兵』も攻撃表示でさらけ出されてしまう。
「だがっ……それでも僕のライフはまだ残る!」
「それはどうかな?」
「なにっ!?」
「いくぞ。『ファイヤー・ウィング・ペガサス』で『岩石カメッター』に攻撃!」
火炎を纏い、強靭な馬脚で空を蹴る『ファイヤー・ウィング・ペガサス』は、そのステータスを変化させていた。
『ファイヤー・ウィング・ペガサス』
ATK2250→3130
「攻撃力が……上がっている!?」
「ただの攻撃ではない。『ファイヤー・ウィング・ペガサス』と『エア・イーター』によるコンボ攻撃だ!」
コンボ攻撃。
雷と水。炎と風。
お互いがお互いの攻撃の威力を高め合う、特殊攻撃。
水属性モンスターが炎属性に攻撃する、といったような敵モンスターとの戦闘だけでなく、自軍モンスターが連携して攻撃する際にも『属性』は重要な要素となる。
「それにしたって……この急激な上昇は……?」
「俺の『エア・イーター』が先ほど何をしていたのか、もう忘れたのか?」
ラルフにヒントを出されて、ジョンはようやく思い至る。
そう。あの悪魔は前のターンに空気を『喰らって』いた。ならば、取り込んだ空気はどこへ?
それは今、目の前で攻撃に転用されている。
「……そういうことかっ……」
『これはすごいっ! コンボ攻撃で『ファイヤー・ウィング・ペガサス』は『青眼の白龍』の攻撃力すら上回った!』
『炎は空気がなければ燃えん。空気を送ってやればよく燃える。単純な道理だな』
『しかしいつもの事ながら、攻撃力アップの基準がちんぷんかんぷんっす。ちゃんとバグ取ってバランス調整しなきゃ……』
もはや解説の体を為していない解説を聞く余裕は、ジョンにはない。
ジョン LP2000→270
この決闘の勝利の立役者となった『エア・イーター』が『岩石の巨兵』に迫る。
目の前の結果が認められなくて、ジョンはただ拳を握りしめた。
悔しい。そして、何よりも許せないのは。
「こんな……こんな理不尽な決着があってたまるかぁー!?」
「お前が言うな」
ジョンの叫びは一刀両断され、モンスターは真空の刃により爆散。
勝負は、遂に決した。
ジョン LP270→0
『決着ゥウ! 社内大会の優勝は、ルール開発部チームリーダー『ラルフ・アトラス』だ!』
ふぅ、と息を吐きラルフはジョンを見た。がっくりと項垂れ、ぷるぷると震えている。
「くっ……覚えていろよ、ラルフ。次こそは僕が勝つ!」
なんともテンプレな台詞を投げつけ、ジョンは『デュエルリング』から降りて行った。相も変わらず、最後までぶれない男である。
観客の社員達の拍手が鳴り止み、興奮もようやく冷めてきた。
『優勝者には景品として―――が贈られます!』
優勝賞品。今回の大会をセッティングしたラルフ自身が用意させたものだ。
「さて……これからだな」
戦いは終わったというのに、ラルフは決闘中と変わらぬ顔で呟いた。
◇◆◇◆
午後7時。
ここ最近の残業三昧から解放され、ラルフはようやくはやい時間に家に帰ることができた。ルースやサイトウは飲み会だ、打ち上げだ、と騒いでいたがラルフは優勝賞品を抱えてさっさと離脱した。あの馬鹿達に付き合っていたら、日を跨ぐのが目に見えているからだ。
「……むぅ」
しかし、飲み会を放り投げて帰って来たというのに、ラルフの指はインターホンの直前で静止していた。と、いうより、中々家に入る踏ん切りがつかないでいた。
脳内でこれから起こるであろう事態をシミュレートし、彼女を宥める為の言葉を絞り出す。意を決し、ラルフはインターホンを押した。
僅か数秒後。ドタドタと家の中を走る音がして、玄関の扉はすぐに開いた。
「……帰ったぞ」
「……お帰りなさい」
白のセーターを着ているフィーネは、一瞬輝くような笑顔を見せてくれたが、すぐにむすっとした顔に戻った。
「今日『は』早かったですね」
ドアを開けたら用事は済んだと言わんばかりに、フィーネはさっさと家の中に戻って行く。透けるような金髪のポニーテールが、不機嫌さを表すように強く揺れていた。
駄目だ。もう限界だ。そう思い、ラルフは靴も脱がずに頭を下げた。
「フィーネ、すまなかった!」
取引先にも下げたことがないような角度で頭を下げる。そんなラルフをフィーネは半目でジトッと見詰めた。
「……別に私、怒っていませんから」
「いや、明らかに不機嫌だろう?」
「生理です」
「待って!? 生々しい嘘で、話を折ろうとするな!」
もはや土下座に近い勢いで、ラルフは膝まで床に付いた。
「すまなかった! だが、スケジュール的に今日しか社内大会を実行する日がなかったんだ!」
「……私と出掛ける約束は、もっと前からしていましたよね?」
あえて『デート』という単語を使わないあたりに、フィーネの意固地さが滲み出ている。
要するにラルフは、今回の社内大会のせいでフィーネとの約束を反故にしてしまっていたのだった。しかも初デートの約束を、だ。
「……最近は帰って来るのも遅かったから、一緒にごはんも食べていませんね」
フィーネの機嫌が悪くなっても仕方がない。
「明日からは、明日から早く帰れるぞ!」
「じゃあ、私が作ったものは全部残さず食べてくれるんですね?」
「ん……それは……」
ミーサに教えて貰っているとはいえ、フィーネの料理の腕はいまだに上達したとは言い難い。例えるなら2分の1でダメージを受ける『ご隠居の猛毒薬』と言ったところか。
すぐに肯定の返事を返さないラルフに、フィーネはますます顔を険しくした。
「……もういいです。今日はカレー作ったのに……」
後半は消え入りそうな声で呟いて、フィーネは自室に引っ込もうとする。
「待て! 大丈夫だ。カレーは食べる! それと……詫びになるかは分からんが、優勝してきたから賞品があるんだ」
「……優勝賞品ですか?」
「ああ、そうだ! 見ろ!」
ようやく食い付いたフィーネに向かって、ラルフはそれを差し出した。
「来月発売の新パックだ!」
フィーネの顔色が一瞬で変化した。もちろん、いい方向に。
「これって……まだ一般発売されてない……?」
「ああ、そうだ。貴重品だぞ?」
発売日前に新賞品を入手する、俗に言う『フラゲ』という行いだ。通常は発売日の少し前に店から買うのが常だが、ラルフの場合は勤めている会社がインダストリアル・イリュージョン社だ。この新パックの発売まで、まだ1週間以上はある。
「……すごい」
フィーネは顔を赤らめ、新モンスターがプリントされたボックスのパッケージに見惚れている。だが、はっと我に返ると、ボックスをラルフに突き返した。
「こ……こんな風に物で釣って誤魔化そうとしても、駄目ですよ」
今、思いっきり釣られていただろう、とは口に出さず、ラルフは突き返されたボックスを受け取った。
「……そうか。喜んで貰えると思ったんだが、残念だ」
肩を落としてそう言うと、ラルフは扉の影から残りを引っ張り出した。
「せっかく1カートンも貰ってきたというのに……」
「わ、ワ……1カートン!?」
1カートン。即ち、30パック入りのボックスが24箱。うず高く積み上げられたそれをラルフはよっこいしょ、と家の中に入れた。
「元々何箱かは知り合いに分けようと考えていたが……仕方ない。全て他人に譲ってしまうか」
「な……」
「どうした。何か問題があるか?」
フィーネは、ラルフと積み上げられたボックスを交互に見る。視線の対象が変わる度に表情もコロコロと変わっていく。
ラルフもそんなフィーネをじっと見ていた。
意地を張るか……それとも。
「……ラルフさん」
「ん? なんだ?」
ラルフの手からボックスを奪い取ると、フィーネはそのまま首筋に抱き着いた。
自分と同じ色の髪が頬を撫でる。
「……許してあげます」
ようやく険が取れた声にラルフはほっとして。
「……それはよかった」
と、耳元で囁いた。
20分後。
「……フィーネ。食事中はパックを開けるのはやめろ」
「大丈夫です。カレーとばさないように気をつけるから!」
「いや……そういうことじゃなくてだな……」
食事そっちのけでパックをむしるフィーネには、もう何を言っても無駄な気がした。既にテーブルの上は空き箱3つとビニールが山のようになっている。
「……カレーを食えと言ったのは誰だ……」
ぼやきながら、ラルフはスプーンでカレーを口に運ぶ。まだ少しジャガイモが固い。
いつか『モウヤンのカレー』くらい美味いカレーを作って欲しいものだ。新カードに夢中な彼女を見ながら、ラルフはそんなことを思った。
アークファイブで遂にクロウが再登場。新たなBF、ABFを引っ提げて気合いも充分な様子。
……頼むぜKONAMI。ジャックにも新規カードという希望を……ジャックファンのみんなに笑顔を……