ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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04.「俺は1人のプレイヤーだ」

 ペガサス・J・クロフォードがエジプトの石盤からインスピレーションを得て、『青眼の白龍』をデザインしたことは世間ではあまり知られていない。

 『青眼の白龍』だけではなく、武藤遊戯の切り札『ブラック・マジシャン』をはじめ、ペガサスが初期にデザインしたカードの多くは、エジプトの石盤に描かれていた怪物達をモチーフにしている。

 ペガサスがエジプトを旅していた時、書きかけのイラストを現地住民達に見せたことがあった。

 

「いかがデスか?」

「こりゃあすごい。センスあるね、あんた」

「そう言ってもらうと嬉しいのデース!」

「ほら、ばあちゃんもこっち来て見てみなよ」

「う~ん、どれどれ?」

 

 浅黒い肌の男が家の奥にいた老婆に声をかける。出てきた老婆の顔には、今まで生きてきた年月が皺になって刻まれていた。

 

「おおぅ……こいつはキレイな絵だねぇ。まるでここの伝説に残っているドラゴンのようだよ」

「伝説トハ?」

「あら、知らないのかい?教えたげるよ」

 

 なんの変徹もない。短い伝承だった。

 

 白き龍は勝利をもたらし

 黒き竜は可能性をもたらす

 

 なぜだろう。ペガサスはこの伝承がずっと心の隅に引っ掛かっていた。

 

 

 『青眼の白龍』

 

 

 このカードには、自分が知らない何らかの秘密があるのだろうか、と。

 

 そして……もう1枚。

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「序盤こそラルフが制したものの、現在の状況は海馬ボーイの優勢デスか……」

 

 ペガサスはデュエルリングがあるフロアとは別室で、ラルフと海馬の決闘を観戦していた。インダストリアル・イリュージョン社内のVIPルームには大型モニターがあり、決闘の観戦が可能だ。そんなVIPルームの扉を開ける人物が、1人。

 

「全く……出張から帰って来てみれば、誰の出迎えもないのでおかしいとは思いましたが……これが原因でしたか」

「オゥ……アーサー! 戻っていましたカ!」

「お久しぶりです、会長。ヨーロッパの大会も大盛況でしたよ」

「それは何よりデース」

 

 

 彼の名は、アーサー・ハイトマン。

 インダストリアル・イリュージョン社の『社長』である。50代とは思えないその容姿は、ナイスミドルと社内の女性に評判だった。

 

「やれやれ。海馬社長も相変わらずですか……」

「彼は良くも悪くも破天荒な男デスから……」

「あなたの『眼』があれば彼の内面など覗き放題なんですがね」

「……あの『力』は過去のものデース。昔の話を蒸し返さないでくだサイ」

「これは失礼」

 

 切れ者。

 アーサー・ハイトマンを一言で表すならば、これで事足りる。アーサーとペガサスがゲームをした際、「あなたの左眼は何か特別な力でもあるのですか?」と言われ、ペガサスは肝を冷やした。その洞察力を買い、ペガサスはアーサーを引き抜いたのだ。

 

『千年眼(ミレニアム・アイ)』

 

 ペガサスがかつて持っていた、相手の全てを見通す力。今はもう失ったが、この力のことを話した数少ない人物の1人がアーサーだ。

 

「ふっふふ。それにしてもラルフめ……海馬社長相手によくやっておりますな」

「状況は厳しいデスがね……海馬ボーイの実力は本物デース」

「ま、問題はないでしょう。むしろ盛り上がるのはここからです」

 

 社長らしからぬ軽さでカラカラと笑い、アーサーは言った。

 

「やはり……『白き龍』には『黒き龍』をぶつけませんと」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

ラルフ LP800 手札2

《モンスター》

なし

《魔法・罠》

なし

 

海馬 LP1500 手札2

《モンスター》

ミノタウルス

《魔法・罠》

リバース1

 

 

「俺のターン。ドロー」

 

 フィールドの状況は一気に海馬の有利に傾いた。そしてラルフは、自身の先ほどの発言を省みて、恥じていた。

 調子に乗りすぎた。

 相手はペガサスとも凌ぎを削ったトッププレイヤーなのだ。力押しだけの戦略なわけがない。いや、むしろラルフがどんな策を立てようとも、力で薙ぎ倒してくるいうべきか。

 出し惜しみなしでいかなければ、やられる。

 デッキトップ、今引いたカードを見て、足に力が入った。カード達も応えていてくれる。

 ラルフは海馬を見据えて、すぅ……と息を吸い込んだ。こちらも、切り札を出す時だ。

 

「先ほどの非礼を詫びる意味も込めて、俺もエースをお見せしよう」

「エース、だと?」

「ああ、いくぞ!」

 

 空気を切るように振り払い、ラルフはそのカードを盤面に叩き付けた。

 

「来いッ! 『真紅眼の黒竜』」

「なっ……!?」

 

 『青眼の白龍』と対をなすと言われる上級ドラゴン族モンスター『真紅眼の黒竜』

 『青眼の白龍』ほどではないが、かなりのレアカードだ。海馬は所持している人物――とるに足らない凡骨が使用している所をみたことはあるが、ラルフが使ってきたことには驚きを隠せない。

 

「貴様、そのカードをど……」

「レッドアイズの攻撃……ダークメガ・フレア!!」

 

 

 海馬の質問がラルフに届く前に『真紅眼の黒竜』は漆黒の翼をはためかせ、飛翔する。真紅の眼に『ミノタウルス』を写し、黒き炎でいとも簡単に焼き尽くした。

 

 

「ちぃぃい!?」

 

海馬 LP1500→800

 

 2人のライフが並ぶ。レアカードの登場と再びの形勢逆転に、観客が沸いた。

 

「俺の質問を遮りおって……」

「……海馬社長」

「なんだ!?」

「『決闘』で語るのだろう? ターンエンドだ」

「キサマぁあ…」

 

 海馬の顔が愉悦と憤怒をごちゃ混ぜにしたように歪む。

 

ラルフ LP800 手札2

《モンスター》

真紅眼の黒竜

 

海馬 LP800 手札2

《モンスター》

なし

《魔法・罠》

リバース1

 

「俺のターン!ドロー! レッドアイズを繰り出した程度で調子に乗るなよ…

貴様の小汚ないしもべでは、俺のブルーアイズに絶対に勝てないことを教えてやる!」

 

 その言葉と共に海馬は、ドローカードをフィールドにそのまま出す。

 

「みるがいい……そして今度こそ、その姿をしかと眼に焼き付けろ! いでよ!『青眼の白龍』」

「ここでまた、ブルーアイズを引き込むか……流石は海馬瀬人……」

 

 フィールドに現れ、先ほどの無念を晴らさんと、2体目のブルーアイズは大きく吠えた。フィールドにレッドアイズがいる為、青と白がより映える。

 

 

『青眼の白龍』

ATK3000

 

 純白の衣、青き瞳の『青眼の白龍』

 

 漆黒の鱗、紅き瞳の『真紅眼の黒竜』

 デュエルモンスターズ界を代表する、2体のドラゴンが今、激突する。

 

「ゆけ、ブルーアイズよ!格の違いを見せつけてやれ! 滅びのバーストストリーム!」

 

 

「迎撃しろ、レッドアイズ! ダークメガ・フレア!」

 

 

 空中でぶつかり合う、ブレス攻撃。しかし、力の差は歴然、ブルーアイズのバーストストリームは、レッドアイズの黒炎をかき消し、直撃する。

 

「くっ……すまない、レッドアイズ」

 

ラルフ LP800→200

 

「ワハハハハハハ! レッドアイズ爆砕!」

 

 満足気に高笑いする海馬。脳内で、金髪の凡骨が吹き飛ぶ様を想像すると、さらに笑いが込み上げてくる。

 

「ハハハ……俺はこれでターンエンド。ふぅん、ライフ200か。風前の灯火だな。次のターンで楽にしてやろう」

 

ラルフ LP200 手札2

《モンスター》

なし

《魔法・罠》

なし

 

海馬 LP1500 手札2

《モンスター》

青眼の白龍

《魔法・罠》

カード1

 

 一進一退の攻防に観戦する社員達も熱を帯びてくる。

 

「負けるなーラルフさん!」

「頑張ってリーダー!」

「ここはひとまず、耐えるんだ!」

 

 その様子を海馬は鼻で笑った。大方、ラルフが守備モンスターを出せばまだ耐えられるかもしれない、と思っているのだろう。だが、海馬のブルーアイズは守備モンスターなどでは止められない。

 今、海馬の手札にある2枚のカードの内、1枚は『守備封じ』

 

『守備封じ』

魔法カード

相手のモンスター1体は攻撃表示になる

 

 相手の守備モンスターの表示形式を強制変更するカード。つまり、ラルフが守りに入った時点でこの決闘、海馬の勝利が確定する。

 

(平社員にしては中々楽しませてもらった……だがもう終わりだ)

 

 心中でそんなことを思い、観客からラルフに視線を戻す。

 

(ほぉ……まだやる気か)

 

 意外にも、ラルフ・アトラスはまだ折れていなかった。むしろ、決闘開始時より意志のこもった瞳で、海馬を見返してくる。

 

 

 海馬を見返しながら、ラルフは考えていた。

 これほどまでに心が熱くなる、燃え上がりそうになる決闘は久しぶりだ。チームリーダーという立場になってからは、自分の立場を考えて、興奮を押さえることが多かった。

 しかし、今の状況はどうだ?

 

 眼前には伝説のモンスター。『青眼の白龍』

 周囲からは同僚達の歓声。

 このシチュエーションで燃えなければ――決闘者ではない!

 

「静まれぇえ!」

 

 ラルフの一喝。

 ヒートアップしていた歓声が止み、静寂が訪れる。

 

「海馬社長の決闘、見事と言う他ない! 『カードの貴公子』の実力は本物だった! だが、俺は負けるつもりはない! ラルフ・アトラスは仲間達の声援を決して裏切らない!」

 

 爆発する大歓声。海馬もニヤリと笑みを浮かべた。

 

「エンターテイナー気取りか? ならば精々最後まで踊ってみせろ」

「言われるまでもない! 俺の、タァーン!」

 

 引き抜いたカード。ただのドローだというのに、周囲の人間はラルフの挙動を固唾を飲んで見守っていて。

 止まった時間の中で、ラルフはその1枚を確認した。ドローカードは……『魔法』

 

「俺は手札から魔法カード発動!『苦渋の選択』」

「ふっ……今の貴様の状況をよく表すカードだな」

 

『苦渋の選択』

魔法カード

デッキからカードを5枚選んで相手に見せる。相手はその中から1枚を選ぶ。それを手札に入れ、残りは墓地に捨てる。

 

 ラルフはデッキを手に取ると、素早く5枚を選び出し海馬に見せる。

 

「なるほど。ない知恵を絞り出したのか、中々面白いチョイスだ」

 

 ラルフが選び出したのは、以下の5枚。

 

『六芒星の呪縛』

『サンダー・ボルト』

『死者への手向け』

『メテオ・ドラゴン』

『人喰い虫』

 

 海馬は思考する。

 まず、『サンダー・ボルト』は論外だろう。超強力な魔法のレアカード。ブルーアイズが破壊されるのは目に見えている。『死者への手向け』や『六芒星の呪縛』もまずい。前者もブルーアイズが破壊され、後者はブルーアイズの動きが止められる。

 『人喰い虫』も危うい。ブルーアイズは『飛行モンスター』であり、直接喰らいつかれることはないだろうが、魔法・罠カードのサポートで何とかしてくる可能性もある。 

 ならば海馬が取るべき選択は……

 

「……メテオ・ドラゴンを手札に加えろ。残りは墓地に送れ」

「ああ……分かった」

 

 墓地に送られる4枚のカード。それを見て、海馬は確信した。

 

 ――俺の勝ちだ。

 

 4枚のカードを墓地に送りながら、ラルフは確信した。

 

 ――俺の勝ちだ。

 

「さらに手札より魔法カードを発動する!『死者蘇生』」

「ちっ、ここで死者蘇生か……」

 

『死者蘇生』

魔法カード

相手か自分の墓場にあるモンスターを、自分のコントロールでフィールド上に出せる。

 

 海馬の墓地には1体目の『青眼の白龍』がいる。ラルフに墓地から奪われれば、『青眼の白龍』同士で相討ちに持ち込まれる。

 

「小癪な真似を……」

「何を勘違いしている? 俺が呼び戻すのは……『真紅眼の黒竜』だ!」

「な……レッドアイズだと!?」

 

 再びフィールドに舞い戻り、先ほどの借りをブルーアイズに返そうと、レッドアイズは吠える。だが、その攻撃力はブルーアイズには遠く及ばない。

 

「……今さらそんなモンスターを呼び戻したところで何になる?」

「『白き龍は勝利をもたらし、黒き竜は可能性をもたらす』」

「……なんだそれは?」

「昔、ペガサス会長に教えて頂いた伝説だ」

「ふぅん……何かと思えば、ただのおとぎ話か」

 

 ラルフの言葉を意にも介さない海馬。だが、ラルフは続けた。

 

「俺は決闘者だが……『ゲームクリエイター』でもある。この場には『決闘者』として立ったつもりだったが、やはりクリエイターの性か……確定した『勝利』よりも『可能性』を求めてしまうな」

「くだらん。絶対的な『勝利』の前には『可能性』などとるに足らないものだ! 青眼の白龍こそ、『勝利』の象徴!」

 

 海馬瀬人が、勝ち続ける為に手にした力ード『青眼の白龍』

 ラルフがいくら言葉を重ねようと、海馬の『青眼の白龍』への信頼は小揺るぎもしない。ならば結果で、カードで示すのみ。

 ラルフは最後の1枚であるカードに手をかける。

 

 それは、勝利へのキーカード。

 

「確かに『青眼の白龍』は勝利の象徴だ。だが、『可能性』を束ねた時、それは『勝利』を越える! 魔法カード『融合』を発動!」

 

『融合』

魔法カード

決められたモンスターとモンスターを融合させる。

 

「融合だと!?」

「手札のメテオ・ドラゴンと真紅眼の黒竜を融合! 漆黒の竜よ。降り注ぐ流星と交わりて、燃え上がる爆炎となれ! 融合召喚!」

 

 漆黒だった体躯には赤いラインが刻まれ、炎が迸る。レッドアイズの時よりも数段上のエネルギーを宿し、そのドラゴンは牙を剥く。

 ラルフの闘志に呼応する様に、熱く、熱く、燃え上がる。

 

「燃え上がれ!『メテオ・ブラック・ドラゴン』」

 

『メテオ・ブラック・ドラゴン』

炎/ドラゴン族

ATK3500/DEF2800

 

 最強と謡われた『青眼の白龍』を優に越える、規格外の攻撃力。その力に、海馬は目を見開いた。

 

「このドラゴン……ブルーアイズの攻撃力を上回るだと? 貴様、まさか……?」

「ああ。貴方が苦渋の選択で『メテオ・ドラゴン』を選ばなければ、俺はコイツを呼び出すことはできなかった」

 

 指を突き出し、ラルフは海馬に向かって告げる。

 

「助かった。お蔭で切り札を召喚することができたのだからな」

 

 ブチリ、と。海馬の中で何かが切れた音がした。

 

「おのれぇ……俺が『メテオ・ドラゴン』を選ぶ様に誘導したのか……」

 

 『苦渋の選択』はラルフにとっても危険な賭けだった。攻撃力3000のブルーアイズに対して、除去カードで対処するのは間違いではない。だが、強力な除去カードはデッキ内の枚数が限られ、いずれじり貧になる。海馬の様なパワーデッキに対抗する最良の答えは、相手の主力モンスターの最高攻撃力を上回ることだ。

 その為に強力な魔法・罠カードやモンスター除去能力を有している『人食い虫』は囮として使い、『メテオ・ドラゴン』を手札に呼び込んだ。

 賭けは成功だ。

 

「いくぞ、海馬瀬人! メテオ・ブラック・ドラゴンの攻撃! バーニングメテオ・フレア!」

 

 

 レッドアイズとは比べ物にならない、灼熱の炎。

ブルーアイズをいとも簡単に捉え、消し炭にする。

 

「バカなっ!? ブルーアイズを真正面から破るのか!?」

 

海馬 LP800→300

 

 『メテオ・ブラック・ドラゴン』の強力な攻撃により、フィールドに炎が広がる。決闘王国のフィールドの様にフィールド設定が『森』などであれば、大火災になるのは容易に想像がついた。それだけの威力だ。

 海馬には、フィールドで揺らめく炎がラルフ・アトラスの闘志そのものに見えた。

 

「ターンエンド」

 

ラルフ LP200 手札0

《フィールド》

メテオ・ブラック・ドラゴン

《魔法・罠》

なし

 

海馬 LP300 手札2

《モンスター》

なし

《魔法・罠》

リバース1

 

 序盤の魔法・罠カードの応酬から一転。決闘はエースモンスター同士のパワー勝負になだれ込んだ。二転三転する戦況。自分のターンを迎えているにも関わらず、海馬はデッキに手を掛けなかった。

 ここまで苦戦することは完全に想定外。しかも、2体の『青眼の白龍』を投入し、あまつさえそれを撃破されているのだ。

 海馬はすぐにターンを始めず、ラルフに語りかけた。

 

「……平社員。いや、ラルフ・アトラス! 貴様は、俺のブルーアイズを真正面から破った数少ない決闘者の1人になった。認めてやろう。素直に誇るがいい……」

「その言葉、ありがたく受け取らせて貰おう。だが、俺は『青眼の白龍』を破った決闘者ではなく、『海馬瀬人』に勝った決闘者となる! 勝たせて貰うぞ、この決闘!」

「俺の手札は『守備封じ』に、とるに足らん低級モンスターだ。このターン、俺が望むカードが引けなければ敗北は必至……だが」

 

 海馬の瞳がラルフを威圧する。それは、獲物を狩る獅子の眼光。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 観客が、ラルフが、海馬の一挙手一投足に注目する。

 何を引いたのか、と。

 

「……やはり、俺の未来への道は、こんなところで閉ざされる事はない! 魔法カード『強欲な壺』を発動。2枚ドローだ!」

 

『強欲な壺』

魔法カード

自分のデッキからカードを2枚ひく。ひいた後で強欲な壺を破壊する。

 

 ラルフは絶句する。この状況で『強欲な壺』をドローする強運。やはり海馬瀬人は何か『持っている』

 

「ふぅん……貴様、俺が強運だとでも言いたい顔だな?」

「……それが何か?」

「1つ教えてやろう。今のドローは強運などではない……俺が引くべきして、引いたのだ。……そして!」

 

 デッキから勢い良く、2枚のカードを引き抜く海馬。

 

「勝利の女神は、やはり俺に微笑む」

 

 何がくる? 魔法か? 罠か? モンスターか?

 ラルフは緊張で、手札のない手を握り締める。

 

「さぁ、いくぞ! 魔法発動『死者蘇生』」

「死者……蘇生!?」

 

 発動されたのは、ラルフが前のターンで使用した魔法カード。無論、海馬が復活させるモンスターは1体しかいない。

 

「我が傍らに蘇り、勝利を導け! 青眼の白龍!」

 

 三度フィールドに再臨する、伝説の龍。だが、最強と言われたその力でも『メテオ・ブラック・ドラゴン』には届かない。

 

「しかし、ブルーアイズでは俺のメテオ・ブラックは倒せん!」

「まるで先程の俺のようなセリフを吐くな? だが、その通りだ! ブルーアイズでは貴様のドラゴンを倒すことはできない!!」

 

 海馬の手が、後攻1ターン目から伏せられていたカードに伸びる。

 

「だからこそ俺は……貴様が『可能性』を束ねたように、今この場に『勝利』の象徴を束ねる!」

 

 開かれたのは奇しくも…いや、やはりと言うべきか。先程のターンと全く同じカード。

 

『融合』

 

「バカなッ!? 融合だと……? まさか!?」

「そのまさかだ! 3体のブルーアイズによる融合召喚!」

 

 高らかに宣言する海馬。

 だが待てよ……と、ラルフの胸に疑問が浮かぶ。伏せられていた『融合』が発動された時点で、海馬の場には『青眼の白龍』が1体。『強欲な壺』で、もう1枚を引き当てていたとしても、1枚は墓地にあるのだ。3体での融合召喚など不可能なはず。そもそも海馬は、なんと言っていた?

 

 ――俺の手札は『守備封じ』に、とるに足らん低級モンスターだ。

 とるに足らない……『低級モンスター』

 

「手札の『破壊神ヴァサーゴ』は融合素材モンスター1体の代わりにすることができる」

「そういうことか……」

 

『破壊神ヴァサーゴ』

ATK1100

DEF900

このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。

 

「見るがいい! これこそが究極のモンスターの姿だ!」

 

 海馬瀬人が武藤遊戯を倒す為に編み出した、勝利の方程式。

 

「その絶対の力で、俺に勝利をもたらせ! 出でよ!『青眼の究極竜』」

 

『青眼の究極竜』

光/ドラゴン族

ATK4500/DEF3950

 

 その竜はあまりにも大きかった。三つ首となり、6つの青き瞳で敵を射抜く。勝利の象徴を束ねた存在には、もはや『究極』以外にふさわしい言葉が見つからない。

 

「……」

 

 ラルフは口を開くこともできず、ただ『青眼の究極竜』を見上げることしかできなかった。

 

「誇れ、ラルフ・アトラス。俺にこのモンスターを出させたのは、貴様が2人目だ。だが、この俺に勝とうとするなど一億年はやいっ!」

 

 収束するエネルギー。放たれるブレス攻撃は一撃ではない。三連撃だ。

 『青眼の究極竜』の口から疾風怒涛の力が迸る。

 

「消しとべぇ! アルティメット・バーストォオ!」

 

 究極の力の前に『メテオ・ブラック・ドラゴン』が耐えられるはずもない。

三本の光線は正確に直撃し……

 

 爆散した。

 

「ぐっ……ぬぁあぁああ!?」

 

ラルフ LP200→0

 

「クックク……フッフフ……ワーハッハハハハ! 強靭、無敵、最強! 粉砕、玉砕、大喝采!!」

 

 勝者、海馬瀬人。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……で、いくらだ?」

「……は?」

 

 大激戦となった決闘から、数時間後。ラルフと海馬は再び向かい合っていた。テーブルを挟み、料理を食べながら。

 ここは国内有数の高級ホテル。その最上階のラウンジで、海馬とラルフは食事をしていた。

 決闘が終わった直後、茫然自失していたラルフに近付くと、海馬は言い放った。

「ペガサス!どうせどこかで観ているのだろう?こいつをしばらく借りていくぞ。磯野!車をまわせ!」

「はい!瀬人様!」

と、どこからともなく現れた、黒服にサングラスの海馬コーポレーションの社員に腕を掴まれ、引きずられ、車に放り込まれた。そのままホテルへと直行し、現在に至る。ラルフは会社に戻ったら、インダストリアル・イリュージョン社の警備体制の改善をペガサスに進言しよう、と心に誓った。

 因みに今食べているのは、海馬の好物であるという『牛フィレ肉のフォアグラソース添え』である。心なしかほころんでいる様に見える海馬の顔を伺いつつ、ラルフも肉を口に入れた。ラルフも一流企業の勤め人として、最低限のテーブルマナー位は心得ているつもりでいたが、海馬のマナーは端からみても完璧である。

 

「おい……聞いているのか?」

「しかし、いくらだと聞かれましても……私はここまでの高級ホテルで食事をしたことはないので、なんとも言えません」

「誰が肉の値段を予想しろと言った……」

 

 めったにお目にかかれない幸せそうな表情から一転、いつもの顔に戻る海馬。その様子をみて、後ろで控えている『磯野』と呼ばれていた人物がビクッと反応した。海馬の機嫌の変化に大変敏感そうである。

 

 

 

「俺は貴様がいくらで、インダストリアル・イリュージョン社から、海馬コーポレーションに来るのか?と聞いているんだ」

「そういうことですか……」

 

 このホテルに着いてから、オードブル、サラダ、メインとコース料理を楽しみながら、海馬とラルフは様々な話をした。

 ゲームに対する価値観。

 ユーザーを掴む為の商品展開。

 デュエルモンスターズの今後について。

 ラルフはただの世間話と思い、喋れることを喋っていたが、海馬はその間、ラルフという人間を見極めていたらしい。

 要はヘッドハンティングということだ。

 

「瀬人様! 彼はインダストリアル・イリュージョン社の人間ですよ!?」

「磯野、貴様に発言を許可した覚えはない。黙っていろ!」

「しかし瀬人様……」

 

「お断りする!」

 

「はやっ!?」

 

 ラルフの素早い否定の返事に、磯野は年甲斐もなく素頓狂な声をあげた。彼は海馬にギロリと一睨みされ、さらにナイフに手を掛けたのを見て、「ひっ!」と縮こまり、そそくさと後ろに下がってしまった。なんとも哀れな姿だ。

 

「ふぅん……この俺の誘いを瞬時に蹴るとはな。一応理由を聞いておこうか?」

 

 今の部下と社長のやりとりを見ていれば、行きたくもなくなる、とラルフは喉まで出かかったが、ぐっと飲み込んだ。今は食事中。海馬の手元にはナイフがあるのだ。迂闊な発言をすれば、自分目掛けて刃物が飛んで来てもおかしくはない。そういう人物だというのは、今日で痛いほど理解した。実際に痛い思いをするのは避けたい。

 

「……私とあれだけ話をした海馬社長なら分かる筈です。デュエルモンスターズは完璧ではない」

 

 ラルフは慎重に言葉を選びながら、口を開いた。

 

「ルールも、カードも、まだまだ改良の余地がある。だがそれは同時に、まだ進化できるという事です」

 

 今、世界中で流行しているカードゲーム、デュエルモンスターズ。『決闘盤(デュエルディスク)』が普及し、ソリッドヴィジョンシステムが身近なものとなれば、更に爆発的な流行を迎えるだろう。それを見越した『プロリーグ』の開設を社の上層部は視野に入れているという。

 

「私はデュエルモンスターズの可能性はこんなところで終わらないと信じている。ルールの整備にこれからも携わり続ける為には、インダストリアル・イリュージョンで働くことが、自分にとって最良の選択です。それに、ペガサス会長に拾って頂いた、恩もありますので……」

 

 数秒ほど、期待と失望がないまぜになった憮然とした表情で、海馬は沈黙を保っていた。だが、ちらりと時計を見ると、意を決したように椅子から立ち上がった。

 

「なるほど……よく分かった。帰るぞ、磯野。この男にもう用はない」

「はい! 瀬人様!」

 

 立ち上がる海馬。しかしラルフは彼を呼び止めた。

 

「お待ちください」

「なんだ?」

「最後に1つ質問を」

「……いいだろう」

 

 ラルフの言葉を受けて、海馬の歩みが止まる。

 もしかしたらそれは、とても珍しいことなのかもしれない。ラルフはゆっくりと口を開いた。

 

「なぜ『生け贄召喚』のルール採用を、後押ししてくれたのですか?」

「ふん、そんなことか……」

 

 ラルフも椅子から立ち上がり、海馬と向き合う。

 

 

「はっきり言って『生け贄召喚』を採用すれば、『青眼の白龍』は弱体化する。これまでと違って、召喚までに準備が必要になります」

 

 『青眼の白龍』のレベルは8。2体の生け贄が必要となる。これまでのように、ただ出すわけにはいかないのだ。『青眼の白龍』は、絶対的な力を持ったモンスターとしての地位を失うだろう。

 なのになぜ?

 ラルフにはそれが大きな疑問だった。

 

「……俺には弟がいる。絶対に守らなければならない弟だ」

 

 そう言って海馬は、首から下げたカード型のペンダントを開いた。中には写真が収められており、1人の少年が写っていた。

 海馬モクバ。海馬瀬人のただ1人の家族である。

 

「俺はモクバを守る力を得る為、海馬剛三郎に取り入り、奴の養子となった」

 

 だが、そこに待っていたのは『地獄』

 剛三郎は海馬を後継者にする為、昼夜を問わず会社経営に必要な技術を叩き込んだ。

 

「数学。英語。帝王学。テーブルマナーに至るまで、俺は体に覚え込まされた」

 

 ラルフは眉を潜めた。海馬の見事なテーブルマナーは『仕込まれた』ものだったのだ。小さな体に、鞭を打たれ、休みも与えられず、ひたすら社会に立つ為の知識を学ぶ日々。

 

「疲れきった俺に、モクバはせめてもの慰めにと、1枚のカードの絵を書いてくれた。それが『青眼の白龍』だ」

 

 力が必要だった。誰にも負けない力が。

 自分はなんとしても『勝利』を『青眼の白龍』を手に入れてみせる。あの地獄のような毎日の中で、海馬瀬人という少年はそう誓った。

 

「それからは俺は『青眼の白龍』を手に入れる為、ありとあらゆる手を尽くして、探し回った。そして、手に入れた」

 

 口に出すのも憚られる、汚い手も使った。自分一人が所有する為、1枚は破り捨てた。そうまでして手に入れたカード。それが『青眼の白龍』だ。

 

「生け贄召喚か……好きにするがいい。俺は1人のプレイヤーだ。ルールにとやかく言う権利はない」

 

 意外そうに眼を見開いたラルフ。海馬はニヤリと笑い、続ける。

 

「『青眼の白龍』は勝利の象徴。だがそれは、俺という最強の決闘者が所持しているからだ。俺が決闘でブルーアイズを操る限り、未来永劫、その輝きが失われることはない」

 

 そしてなによりも……『青眼の白龍』は海馬とモクバの『未来』の象徴なのだ。

 『青眼の白龍』がある限り『海馬瀬人』は共に未来への道を歩む。ルールの壁すら突き崩し、最強であり続ける。

 

「そういうことだ……行くぞ、磯野」

「はっ!」

 

 海馬は、磯野が開けたラウンジの扉へ歩いていく。

 

「期待しているぞ。ラルフ・アトラス」

 

 振り向くことなく、そう告げて。

 海馬瀬人は帰って行った。

 

 

 

「海馬瀬人……恐ろしい男だったな」

 

 ラルフは溜め息をつき、椅子に倒れ込んだ。どっと疲れた気がする。今日1日で、どれだけ海馬に振り回されたのか。

 だが……1枚のカードに対する、あれだけの愛。並大抵のものではない。決闘者を100人かき集めたとしても、海馬瀬人の『青眼の白龍』への愛には劣るだろう。それだけの想いを、ラルフは海馬という男から感じ取っていた。

 

「絆と呼ぶのが相応しいか……」

 

 

 ぐっと伸びをする。クリエイターとして、いい経験をさせてもらった。

 

「……ん? 流石海馬社長。支払いを置いて行ってくれたのか」

 

 海馬が使っていたコップに、紙幣が何枚か挟まっていた。

 

「……少し少ない気がするが」

「ラルフ・アトラス様、海馬瀬人様よりメッセージです」

 

 首を傾げるラルフに、ウェイターが1枚のメモ用紙を渡してきた。海馬らしい達筆で書き連ねてある。

 

 

『貴様を引き抜く為のディナーだったが、とんだ無駄骨に終わったわ。自分の分の支払いは自分で済ませておけ』

 

 

 

 

「あの男ぉおおお!?」

 

 

 やはり、最後まで海馬瀬人の方が一枚上手だった。

 




《今日の問題カード》

ラルフ「なんだ!?このコーナーは!?俺の仕事が増えるではないかっ!? しかもなんだ?このタイトルは!?」

海馬「ふぅん。今日の問題カードはこれだ」


『強欲な壺』
魔法カード
自分のデッキからカードを2枚ひく。ひいた後で強欲な壺を破壊する。


海馬「なぜ俺の『青眼の究極竜』を差し置いてこのカードなのだっ!?」

ラルフ「…恐らくそこが最強カードではなく、問題カードというコーナー名の所以だろう…『強欲な壺』は遊戯王はアドバンテージの概念がなっていないとまで言われた、極悪カードだ」

海馬「『ひいた後で破壊する』というのが意味がわからんな…」

ラルフ「このテキストは最初期のものだからな。実は遊戯王GXでも、丸藤翔が強欲な壺を破壊!と宣言している。謎だな…」

海馬「ふぅん。こんな醜悪な顔の壺でも、俺の勝利の糧になったのだ。感謝しておこう…」

ラルフ「実際、最強カードとしてあげるプレイヤーも多いからな…アド的な意味で…ところで海馬社長、食事の代金は…」

海馬「これはオマケコーナー!!本編ではない!」

ラルフ「言い切っただと!?」

海馬「次の話へ全速全進だ!!」

ラルフ「おい!!」


終わり
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