と、いうわけで新章、DA(デュエルアカデミア)設立準備編、スタートです。
39.「私にスカウトナノーネ?」
「ほう……見事なものだな」
ラルフ・アトラスは、この街のシンボル、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームを見上げて呟いた。
ラルフが今いる街の名は、フィレンツェ。イタリア中部、トスカナ州の都。英名はFlorence。これは、この地が古くから花卉の名産地であることに由来している。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ。世界に名だたる芸術家達も、この地で才能を開花させた。まさに、芸術の都だ。
「フィーネも連れて来たかったな……」
データとして並べ立てるのと、実際に目で見るのとでは全く違う。だからこそ、観光地には人が集まるわけで。
ラルフは可能ならば、この景色とこの街の空気をフィーネと一緒に楽しみたかった。
とはいえ、
「仕事だからな……仕方ないか」
観光地の中心で1人、溜め息を吐く。一緒に来れなかったのだから、せめて土産くらいは持って帰るのが男の甲斐性というものだ。フィレンツェは花の名産地だが、花は持って帰るには遠すぎる。はてさて、何を買っていけばいいだろうか。
到着したばかりの観光地で土産の選択に悩むというおかしな行動をしていたラルフだったが、懐に振動を感じて歩みを止めた。携帯のバイブレーションだ。開いて見てみれば、メールが一件。ちょうど、意中の人物からである。
From:フィーネ
Title:到着しましたか?
イタリアにもカードショップありますか? お土産は先行発売カードがいいです。
「……」
フィーネのメールに「任せろ」と短く返信して、ラルフは歩き出した。さっきまで悩んでいたのが、とても馬鹿馬鹿しく感じられる。とりあえず、お姫様のお望みのものを調達する為に時間を作らなくてはならない。
仕事は、さっさと終わらせてしまおう。
◇◆◇◆
その計画を聞いたのは、1ヶ月前のことだった。
「ふぅん。久しぶりだな、平社員」
自分の会社でもないのに、大いに偉そうに腕と脚を組んでラルフを待ち構えていたのは、海馬コーポレーション社長、海馬瀬人。『世界海馬ランド計画』成功の為に世界を飛び回り、知名度と人気を更に向上させている名物社長だ。ちなみに彼を報道する雑誌の煽り文句は『高校生社長は常識を粉砕、玉砕、大喝采!』や『新鋭の若社長は爆破がお好き!?』など、褒めているのか貶しているのかよく分からないものになっているが、もちろんそれを気にする海馬瀬人ではない。
「……お久しぶりです、海馬社長」
「世辞と世間話はいらん。すぐに本題に入るぞ。座れ」
頭を下げたラルフを一瞥すると、海馬はジェラルミンケースを開いた。こうも勝手に話を進められると、ここが自分の会社の応接室だということを忘れそうになる。
が、海馬瀬人の横暴とも言える話の進め方をラルフが実感したのは、次の一言を聞いてからだった。
「学校を作るぞ」
さらっと言われた軽い言葉と共に、机の上に置かれたのは30枚を越える重そうな書類一式。
「……は?」
「何をしている。はやく目を通せ。俺の時間は貴様の安月給で賄えるほど安くはないぞ」
呆気に取られたラルフの前で、海馬は優雅な手つきでコーヒーカップを手に取り、口に運んでいる。目を通す間くらいは待ってやる、とでも言いたげな態度だった。
もはや何を言っても無駄なのは分かりきっているので、ラルフは書類に手を掛けた。パラパラと捲っていき、概要を把握する。
「……本気ですか?」
「俺は本気ではない企画書など、1枚も作ったことはない。むしろこのプロジェクトは、我が海馬コーポレーションの中でもかなりの力を注いでいるものだ」
ふふん、と鼻を鳴らして、海馬はラルフを見た。自信の満ちた瞳は、失敗などあり得ないと雄弁に語っている。
「しかし……『デュエルモンスターズの専門学校』というのは……端的に言えば『ゲームの専門学校』ですよ?」
「それがどうした?」
いくら『デュエルモンスターズ』が社会で高い関心を持たれているとはいえ、あくまで『ゲーム』であることに変わりはない。『プロリーグ』の開設に成功し、一部の決闘者が『プロ』としての生活をはじめているが、そんな人間は一握りである。
「学校とは学ぶ場です。決闘の専門学校で学ぶということは、将来『デュエルモンスターズ』を生活の軸として生きていくことを意味します。そんなことが本当に可能なのか、疑念を抱かずにはいられません」
『デュエルモンスターズ』は囲碁や将棋、チェスとは違う。ボードゲームとして歴史を積み重ねてきたそれらに比べれば、まだ生まれたての赤子のようなものだ。『プロ制度』がようやく確立したばかりの現状でそんな計画を進めるのは、正直言って早計なようにラルフは思えた。
「安心しろ。そんなくだらん疑念は、すぐに吹き飛ぶ」
海馬は瞳だけでなく、声音にすら自信を滲ませていた。
「まず1年。1年の間に現在の『プロリーグ』をより大きくし、『プロ決闘者』の地位を確立させる」
思い描く明確なビジョンを、海馬は淡々と語る。
「学校の設立には3年だ。時間が惜しい。リーグの発展と合わせて、今から計画を進めておけば、3年後には優秀な決闘者を排出し、彼らを活躍させる場をすぐに提供するシステムが出来上がる。今のような凡骨紛いの決闘者が行う決闘ではない。血沸き肉踊る決闘を観衆に見せつけてやれば、評価も自然と追い付いてくるというものだ」
そもそも『プロリーグ』の開設も、決して平坦な道のりではなかった。国やマスコミへの対応に、海馬自身もかなりの労力を費やしている。だが海馬は、ようやく完成した『プロリーグ』の決闘内容に満足していなかった。
「今の『プロリーグ』も、レベルの高い決闘者は集まっています。海馬社長は彼らの決闘では観客を魅了するのに不足だと考えるのですか?」
「足りんな。小手先だけの戦術ならば、俺に届く者もいるだろう。だが、俺の血液を沸騰させ、興奮を促すような決闘者はいない」
決闘者の育成。それに海馬が執着するのは、あるいは自分自身の渇きを癒す為なのかもしれない。
海馬瀬人は、とある男に勝ち逃げされている。それは海馬にとって許せないことであり、決して忘れることなどできないものだった。
その男の決闘は誰よりも巧みで、誰よりも華やかで、誰をも魅了した。この世ではじめて『決闘王』の称号を手にしたのが、その男だった。だが、海馬はもう彼と闘うことはできない。
彼という人間は、もういないのだから。
「……相変わらず貴方の発想には脱帽します」
ラルフには海馬の心境を、奥底まで理解することはできなかったが、それでも目の前の男がどれだけこの計画に情熱を注いでいるかは分かった。
「ですが、3年で学校を設立するのは、さすがに厳しいのでは? この計画書では、規模もかなり大きくすることになっている。敷地の確保だけでも問題が……」
「敷地ならもう確保してある」
「……は?」
本日2度目となる、呆気に取られた表情のラルフに向かって、海馬は新たな書類を差し出した。
「丁度おあつらえむきに、島が空いていたのでな。色々と事件があったせいで買い主もつかなかったのだろう。安価で買い叩くことができたぞ?」
書類に添付されている写真を見て、ラルフの顔は引きつった。それはもう、大いに引きつった。島をあっさり買い取るという、海馬の金銭感覚に驚いたわけではない。
そこに写っていたのは、バトルシティ当時に『グールズ』のヴォルフ一派がアジトとして使用していた、あの火山島だったからだ。
「ど、どうして……なぜよりにもよってこの島を!?」
ラルフは思わず立ち上がって反論した。あの島には、まだ当時の施設がそのままに残されている。しかも、地下施設に至っては完全に調査が済んでいない区画もあるのだ。そして、なによりも問題なのが……
「理解しているのですか? あそこには『三幻魔』のカードが封印されている!」
バトルシティの裏側、マリク率いるグールズが暗躍した、さらにその裏側で誕生した悪魔のカード。『三幻魔』
ラルフには詳しいことは分からなかったが、普通とは違う力を持つあのカード達は、今も島の奥地で眠っている。処分できればそれに越したことはなかったが、下手に処理するよりも封印した方が良い、というのがルースの判断だった。例の『瞳』を持つ彼が、デュエルモンスターズの精霊関係に最も詳しかったこともあり、『三幻魔』の処分はそれで落ち着いていた。絶海の孤島なので、不用意に人が近づく危険性も皆無だった。
だというのに……
「こんな得体の知れない島に、学校を建てるのですか!?」
「閉鎖された環境でこそ、決闘者の闘争本能は研ぎ澄まされる。打ってつけの土地だ!」
ぐっ、とラルフは拳を握り締めた。海馬瀬人は1度決めたことは曲げない。まさに鉄の意志と鋼の強さを持っている。いくらラルフが苦言を呈したところで、何も変わらないのは目に見えていた。
「もういい……分かりました。計画の概要も理解しましたし、敷地の確保などの現実的な問題が進んでいるのも了解しました」
ラルフは再びソファーに腰を下ろした。
「それで、海馬社長は私に何をやらせたいのですか?」
聞きようによっては中々に不躾なラルフの発言だったが、ある意味的を得ているとも言える。このまま計画が進んでいけば、この学校の主導権を握るのはインダストリアル・イリュージョン社ではなく、海馬コーポレーション側だからだ。おそらくオーナーもペガサスではなく、海馬になるだろう。
2つの企業が提携している以上、相談の機会が持たれるのは当然のことだが、その相談をラルフとする必要はない。忙しい身である海馬が直々にラルフを訪ねたということは、ラルフ個人に頼みたいことがあるからだ。
「相変わらず無駄に察しだけはいいな。簡単な話だ。貴様には人を集めてもらいたい」
「……人を?」
「そうだ」
口元を吊り上げ、海馬は言った。
「この俺が設立する学校で教鞭を取るに足る、教師をな」
◇◆◇◆
と、いうわけで。
芸術の都に来たにもかかわらず、ラルフが立っているのは地元のハイスクールの前だ。今は休み時間らしく、敷地の中からは子供達の元気な声が聞こえてくる。
「さて……」
まずは用務員室から探さなければならないだろう。最近の学校はセキュリティも厳しい。子供達も息が詰まるだろう……とラルフはそんなことを考えていた。
「『古代の機械獣』で攻撃ナノーネ!」
「うわああぁあ! また負けた~」
「やっぱ先生スッゲーよ! 超つぇえよ!」
校庭で楽しそうに決闘をしている一団を見るまでは。
「あれは……?」
目を凝らして見てみれば、子供達に1人だけ大人が混じっている。教師だろうか、とラルフは首を傾げた。
「先生! 次は俺とやろーぜ!」
「駄目よ! 次は私の番なんだから!」
「ニョホホホ。みんな落ち着くノーネ。順番ナノーネ!」
子供達に囲まれている教師は、なんというか、実に印象に残る口調と格好をしていた。金髪のおかっぱヘアーを束ね、口紅を引いた、中性的というよりは……もしかしたらキモいと言われるかもしれない、そんな風貌。だが、子供達は皆が皆、彼のことをキラキラした目で見上げていた。
「休み時間に決闘……子供達にも慕われているようだし、いい教師だな」
ラルフは思わず笑みを洩らす。それにしても休み時間に『決闘盤』を使って校庭で決闘とは、最近の学校の校則は緩いらしい。
「お前達ぃ! また休み時間に校庭で決闘を! 何回同じことを言わせるんだ!」
……いや、やはり駄目だったようだ。
「げっ、校長だ!」
「ヤバいヤバい。逃げろっ!」
「マンマミーア! また許可を取るのを忘れたノーネ!」
校長と思われる人物が来た瞬間に、子供達はぱっと散っていった。校庭の中心には教師の彼だけが取り残される。
「ちょ、ちょっと待つノーネ! 先生だけ残していくなんてみんなひどいーノ!」
「今日という今日はじっくり話し合おうじゃないか……なぁ、クロノスくん」
「ペペロンチーノ! 減給だけは、減給だけは勘弁してほしいノーネ!」
ずるずる引き摺られていく教師を、ラルフは呆れた目で眺めた。目の前でコントを繰り広げられても、正直反応に困る。
「ん……?」
踵を返して用務員室に向かおうとしたラルフだったが、脳裏に何か引っ掛かるものを感じて立ち止まった。
そういえば、あの校長は教師の名前を呼んでいた。懐から手帳を取り出し、今回スカウトするメンバーの写真とリストを探していると、やはりすぐに見つかった。
クロノス・デ・メディチ。
名門メディチ家の血を引き、ヨーロッパの地方大会を優勝し続けている『現役教師最強の男』
「……本当にあの男なのか?」
疑問を抱きつつも、ラルフは校内に入る為に再び歩き出した。
◇◆◇◆
数十分後。
「私にスカウトナノーネ!?」
「はい。私はインダストリアル・イリュージョン社のラルフ・アトラスという者です」
「イ、インダストリ……ほ、本物デスーノ!?」
「これは失礼。名刺です」
「ごっ、ご丁寧にどうもナノーネ」
ラルフが名刺を渡すと、クロノスは慌てて礼をした。どうやら、応接室に呼ばれた時は校長の説教から逃げられてラッキー、くらいにしか思っていなかったらしい。
「そ、それでスカウトというノーハ、具体的には一体……?」
「これはまだ内密の話なのですが、近い内にデュエルモンスターズの専門学校が設立されることが決まりました」
「それは本当ナノーネ!?」
ラルフの言葉に、クロノスは身を乗り出して食いついた。どうでもいいが、現役教師から香水の匂いがぷんぷんするのはどうかと思う。
「……はい。そこで我々は貴方に来て頂きたいのです。ヨーロッパの様々な大会で優勝を飾った『中世の暗黒デッキ』の使い手として名高い貴方に……その学校の実技最高責任者になって貰いたい!」
「な、ナナナ、ナンデスート!?」
白い肌をさらに白くして、クロノスはソファーから崩れ落ちた。さっきから思うがこの男、かなりオーバーリアクションである。
「ぐ……ぐぬーぬ」
「もちろん、給料は今以上のものをお約束します。一流の決闘エリートを育てる最前線で、働いてみませんか?」
クロノスは床に膝を着き、頭をかきむしって悩んでいる。
素直に言えば、ラルフはクロノスがスカウトを断ることは全く考えていなかった。教師であり、決闘者である彼からしてみれば、願ってもいない天職だろう、と。
しかし、
「お、お断りしまスーノ!」
「……はい?」
今度は、ラルフが驚く番だった。クロノスは髪をボサボサにして凄まじい形相だったが、そこには確かな決意の色が見て取れた。
ラルフの中で、クロノスに対するイメージが少し変わる。やはりこの男、海馬がスカウトを命じるだけの『何か』を持っているのかもしれない。
「……ちなみに給料の額は、これくらいなのですが」
「な、ナナナ、ナポリーターナ!?」
ラルフは思った。やっぱり……勘違いかもしれない。