「くそ……予想外だった」
本場のパスタを啜りながら、ラルフはがっくりと肩を落とした。さすがイタリアと言うべきか、注文したシーフードのパスタは非常に美味なのだが、今は素直にその味を楽しめない。
「何故だ……条件は悪くない筈なのに」
レストランでパスタを食べながら、一人言を呟いている様子は傍から見れば完璧に危ない人である。が、店内の人間がラルフのことを不振な目で見ないのは、彼が左手に電話を持っているからだ。
『おいおい。随分困っている感じだな』
笑いを堪えた様子で、電話先の同僚は言葉を返して、
「……どう思う、ルース?」
ラルフはらしくない、弱気な声で問いを重ねた。
『別にどうもしないだろ? オファーを掛けたら断られた。単純にそれだけの話』
いつものような軽い返答に、思わず顔をしかめながらフォークを皿に置く。
「だが、転職として考えてみても、こちらが彼に提示した条件は、中々の厚待遇だぞ?」
『でも、ヘッドハンティングされた会社員の50パーセント以上は、転職に失敗したと考えるらしいぜ?』
「そんなデータなど知るか」
良くないという自覚は持ちつつも、ラルフはグラスにワインを注いだ。少し位飲まなければ、やっていられない気分だ。
『大体、クロノス・デ・メディチ教諭は、何を理由にこっちの誘いを断ったわけよ?』
「……」
その『理由』が、ラルフを追い詰めている原因である。そんなことは露知らず、ルースはのほほんと質問を投げてきた。仕方なく、ラルフは言葉を吐き出す。
「……生徒の為、だそうだ」
――本当に魅力的なお誘いデスーノ。私には勿体ない位ナノーネ。
脳裏に、クロノスの言葉が浮かぶ。奇異な格好をした彼は、ラルフの提示した条件に惹かれつつも、
――シカーシ、私には受け持っているクラスが、生徒達がいるノーネ。彼らを放り出すようなことは絶対にしまセーンヌ。
教師として、毅然とした態度で断りの言葉を口にしたのだ。
今受け持っている生徒を放り出す。そんな無責任なことは教育者として絶対に出来ないとクロノス教諭は言った。
教師という職業に就いた人間が引き抜かれるというのは、極めて珍しい。社会的にみても、良くも悪くも『安定』している職種である。職場を変えることに乗り気ではないクロノスの気持ちを、そういう側面から考えることもできるし、実際にそういう理由もある筈だ。
だが、それでもクロノスが最も優先し、1番に考えているのは生徒達のことだった。短い時間だったが、生徒達に慕われている彼の様子から、そのことが良く分かった。
「……教師としては申し分ない人物だ。だからこそ、今の職場から引き抜くのが辛い。正直言って、子供達と彼を引き裂くようなことはしたくない」
漏れ出た本音に、電話先では苦笑の気配がした。
『まあ、普通に考えても現役教師を引っ張ってくるなんて無理難題だよな。けど、無理難題だからこそ海馬社長は、お前にこの仕事を頼んだだと思うぜ?』
「……期待されているのは理解しているつもりだ」
ラルフは今回の件を引き受けた際に、海馬からはこの『引き抜き』に関する権限を一任されていた。今話しているルースを含めた他のメンバーも、様々な国で多数の人物と交渉に当たっている。海馬瀬人は傍若無人な馬鹿社長だが、期待に答えたいという気持ちも確かにあった。
責任者である自分が最初で躓いては、格好がつかないというものだ。
「……明日もう1度学校に行ってみる。後のことはそれから考える」
『大丈夫だ。フィーネちゃんに追い縋った時みたいな諦めの悪さを発揮すれば、きっと上手くいくぜ!』
「……それは誉めているのか? 貶しているのか?」
『もちろん誉めてるにきまってんだろ! あ、俺なんかに電話してる暇があったら、ちゃんと愛しのフィーネちゃんに電話し――』
ブチリ、と。
言われるまでもないことを偉そうに言われて、ラルフは即座に電話を切った。
◇◆◇◆
火の無いところに煙は立たない。
学校という空間は、まず噂話が広まるのがはやい。好奇心旺盛な学生は、誰と誰が付き合いはじめた、等という話を「これは秘密なんだけど……」という絶対に守られない口約束をして伝え合う。もちろんそれは色恋沙汰だけではなくて、校内で起こった目ぼしい事件も該当する。
「なあ、おじさんって本当にインダストリアル・イリュージョン社の人なのか!?」
「マジでクロノス先生をスカウトしに来たの?」
「ねぇ……あの人かなり格好良くない?」
「少なくともクロノス先生よりはイケメンだよね~」
「でも私、クロノス先生嫌いじゃないよ?」
「別に嫌いなんて言ってないじゃない」
「てゆうかおじさん、俺と決闘しない!?」
学校を再び訪れたラルフを待っていたのは、生徒達の手荒い歓迎だった。直接話し掛けてくる男子生徒。遠巻きにこちらを観察している女子生徒達。授業中に訪門するのは失礼になると考えて、休み時間に来たのが運の尽きか。
完全に悪目立ちしている自覚が、ラルフにはあった。
「……すまない。クロノス先生に話があるんだが、通してくれないか?」
子供達のエネルギーに押されつつも、ラルフはなんとかそう言った。10人以上に囲まれているこの状況では、動きようがない。
「ふっ……クロノス先生の所に行きたければ、俺を倒してからにしな!」
「アンタ、クロノス先生に10連敗してるくせに何言ってるのよ」
「うっせー! まずはこのおじさんを倒してウォーミングアップするんだよ!」
連呼されている『おじさん』というワードを訂正したい気持ちをラルフはギリギリで堪えた。子供達が皆、陽気で元気なのはさすがイタリアだと、そう考えることにした。でないといい加減、笑顔が崩れそうだった。
「それで……クロノス先生はどこにいるんだ?」
「よし、いくぜおっさん、決闘だ!」
どこから出したのか、少年は『決闘盤』を装着して立ちはだかっている、清々しいほど噛み合っていない会話のドッジボールで、とうとうラルフの額に青筋が浮き彫りになった。
「やめなよー。イケメンさんが困ってるでしょ?」
「……だってさ、この人とクロノス先生を会わせちゃったらさ……」
明るかった顔にうっすらと、影が落ちる。
「クロノス先生、いなくなっちゃうかもしれないんだぜ?」
血が上った頭は、その一言で芯まで冷えきった。子供達に気づかれないように、ラルフは強く拳を握る。
ふと口から出たのは、純粋な疑問からきた質問だった。
「……君達は、クロノス先生は好きか?」
「ああ!」
「もちろん!」
「ぶっちゃけ最初は、ちょっと変な先生だなーって思ってたけどね!」
誰一人として、ラルフの質問を否定しなかった。全員が笑顔で、肯定の意思を示している。
「俺は……」
喉につかえたように、言葉が詰まる。彼らに何と言って説明すればいいのか、ある程度は考えていた。考えていた筈なのに、ラルフの口は開かない。
いざ子供達を目の前にすると、言うべきことが言えなくなってしまった。
「みーんな、何をしているノーネ? もうすぐ授業の時間デスーノ」
沈黙を破ったのは、噂の張本人。生徒達を掻き分けて出てきたのは、相変わらずの奇抜なおかっぱ頭だった。
「あ、クロノス先生……」
「何なノーネ。どうしてこんなに集まって……ゴ、ゴゴゴ、ゴルゴンゾーラチーズ!?」
人垣の中にラルフの姿を見つけて、クロノスは飛び上がった。
「……また来ていたノーネ? 何の用デスーノ?」
「……急に訪れた非礼は、謝罪させて頂きます。ですが……もう1度お願いに来てしまいました」
「くどいノーネ」
あの時と同じように、クロノスはラルフの言葉を聞く前に、毅然とした態度で否定した。生徒達にはそんな姿をあまり見せたことがなかったのか、周囲からざわめきが上がる。
「あなたのお誘いは確かに魅力的ナノーネ。デスーガ、昨日はっきりとお断りしターノ!」
「はい。それも承知で、今日は来ました」
「……どういうことナノーネ?」
「クロノス教諭」
何が正解なのかは分からない。ラルフ自身も迷っている。それなら、取るべき手段、やるべき事はこれしか思いつかない。
先ほど、自分の前に立った少年のように。
「私と……決闘をして頂きたい」
ラルフは『決闘盤』を構えた。
◇◆◇◆
放課後の校庭にしては、多すぎるほどの人が集まっていた。いつもなら授業が終わって帰路についている生徒達だけでなく、教師達の姿もちらほらと見える。
その中心にいるのは、クロノス・デ・メディチとラルフ・アトラス。
お互いにデッキをシャッフル、交換してカットする。
「また、随分とギャラリーが集まったものナノーネ」
周囲を見渡して、クロノスはラルフに言った。
「貴方の人徳でしょう」
「誉めても何も出ないーノ。それよりーも、さっき私に言った約束は守ってくれるノーネ?」
「もちろんです」
ラルフが頷いたことを確認して、クロノスはデッキを『決闘盤』にセットした。
「……なら、いいノーネ」
「はい。始めるとしましょう」
学校にはそぐわない緊迫した空気の中、決闘の開始は宣言された。
「「決闘!!」」
ラルフ LP4000
クロノス LP4000
「先行は俺だ。ドロー!」
淡々とドローするラルフの口調は、先ほどまでとはガラリと変わっている。
ラルフ・アトラスが既に『会社員』ではなく『決闘者』としてこの場に立っていることを、クロノスは認識した。
「『ホルスの黒炎竜LV4』を攻撃表示!」
『ホルスの黒炎竜LV4』
炎/ドラゴン族
ATK1600/DEF1000
銀色の鷹はまだ小さいとはいえ、充分な迫力と共に校庭に舞い降りた。
「うおー! あのモンスター、かっけー!」
「相手はインダストリアル・イリュージョン社の社員……クロノスくんも苦戦を強いられるかもしれんな」
「でもクロノス先生は負けないわよ!」
苦い表情になっている教師陣に、生徒達は食って掛かっている。悪役のような扱いに、ラルフも思わず苦笑が浮かんだ。
「俺はリバースカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
「……私のターンナノーネ。ドロー」
一方のクロノスは、カードを一瞥し、即座に宣言した。
「ターンエンド、ナノーネ」
ターンの終了を。
「え……」
「どうしたのクロノス先生!?」
「まさか手札事故!?」
「嘘だろっ! あのクロノス先生が手札事故なんて……」
生徒達も教師達も狼狽えてざわめく中、ラルフだけは心の中で静かに頷いていた。
やはりか、と。
決闘を受ける条件として、ラルフがクロノスに提案した事は、たった2つ。
クロノスがラルフに勝てば、クロノスをアカデミアにふさわしい教師として認め、アカデミアへ正式にスカウトする。
クロノスが負ければ、勧誘を行う価値がないとラルフは見なす。
つまりこの決闘、クロノスがわざと負ければ、彼が望む結果を得ることができる。
この学校から、離れずに済む。
「どうしたノーネ? あなたのターンデスーノ」
「……俺のターン、ドロー。俺は『火炎木人18』を召喚。そのまま2体でクロノス教諭にダイレクトアタックだ!」
真紅の炎と、黒炎とが混ざり合い、直撃する。
「あばばばっ!」
クロノス LP4000→550
「ぐっふ……効いたノーネ」
「……俺はこれでターンエンドだ」
どこか釈然としないものを抱えたまま、ラルフはターンを終えた。
釈然としないものを抱えているのは、クロノスも同じだった。
手札に『冥府の使者ゴーズ』のような手札誘発があるわけではないし、何か考えがあるわけでもない。無抵抗でターンを渡したのは、ただ勝つつもりがないという意思表示をしただけに過ぎない。
詰まる所、何もせずに負けるつもりなのだ。
だが、それでいい。決闘に負ければ、ラルフはクロノスのことを諦める。
この学校に残りたい。そして、今の生徒達をきちんと卒業まで見送ってやりたい。
紛れもなく、クロノス・デ・メディチの本心だ。だから、何もする必要はない。負ければいい。
ただ、負ければいいのだ。負ければいい――筈なのに。
この気持ちは、何なのか。
クロノスは首を横に振った。深呼吸して、沸き上がるそれを押さえつけた。ラルフは既にターンを終えている。次は自分のターンだ。
ドローを行い、ターンエンドを宣言すれば、終わる。
「私のタ……」
「このへっぽこオカマ金髪頭ッ!」
頭の後ろに、衝撃。
「ぐふっ……!?」
カラン、とコーラの空き缶が校庭の砂利の上に転がった。
「い、痛いーノ。ナニーを……」
「クロノス先生のバカッ!」
「情けないわよ!」
降ってきたのは生徒達からの罵詈雑言。ついでに消しゴムやペンケースまで飛んできた。
「ちょ……ちょっと待つノーネ。止めるノーネ! みんなどうしたノーネ!?」
訳も分からず生徒達に問うと、ブーイングはますます増した。
「なんでわざと負けようとしてんだよ!」
「決闘にわざと負けるなんて、クロノス先生じゃないよ!」
「クロノスくん、君はいつからそんな情けない男になったのかね?」
いつの間にか、生徒達を止めるべき教師達まで、苦言を呈している。クロノスはもちろん、彼と相対しているラルフも、呆気に取られていた。
「だ……だって……」
この学校を、離れたくないから。
この場にいる全員にその気持ちを伝えようと、クロノスは口を開く。
「みんなと……お別れしたくないノーネ……」
しかし、そこから飛び出したのは、自分でも驚く位に情けない言葉だった。
生徒達も、教師達も、今度は立場をまるっきり逆にして黙り込む。
「アカデミアに行ったら、みんなとお別れしなくちゃいけないノーネ。卒業するまで……見送ることができないノーネ……」
クロノスの目尻に涙が浮かんだ。今まで必死に押さえつけてきた感情が、堰を切って溢れ出てくる。
「この学校が大好きナノーネ。みんなと休み時間に決闘するのが大好きナノーネ。校長先生は怖いけーど、いい人デスーノ」
全部の気持ちがない交ぜになって、そのまま流れ出てしまう。
「でも、アカデミアにも行きたいノーネ。みんなに教えたように、もっとちゃんと『決闘』を授業として教えてみたいデスーノ……」
これもまた紛れもない、クロノスの本心だった。
「む、難しすぎるーノ! 私にはどっちかを選ぶなんて、出来ないノーネ! なによりも、君達を放り出すなんて出来ないノーネ! だったーら、私は何もせずに負けるノーネ! この学校に残るーノ!」
頭をかきむしり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を隠すこともせず、クロノスはその場に座り込んだ。
それはもう、子供みたいにわんわんと泣いていた。
「うわーん、ナノーネ!」
「……」
さっきよりも呆気に取られて、ラルフはクロノスの醜態を眺めていた。何か言葉を掛けたいが、子供達の時とは別の意味で、何を言えばいいか分からなかった。
人はたくさんいるのに、クロノスの泣き声だけが校庭に響く。
誰も彼もが顔を見合せ、何とも言い難い空気の中、
「……行けばいいじゃん、アカデミア」
言葉を発したのは、ラルフに食って掛かったあの少年だった。
「……うっ、う。でも、そしたら私は……」
「だってクロノス先生、そんなに強いんだぜ? こんな学校にいるよりも、世界に羽ばたく決闘エリートを育てる方がかっこいいじゃん!」
少年の言葉にクロノスはきっ、と顔を上げた。
「ふざけたことを言わないノーネ! 私は君達を教えることを誇りに思っているノーネ! それを……」
「うん、俺もクロノス先生が俺の先生でいてくれること、誇りに思ってるぜ」
さらりと放たれた言葉に、クロノスはたじろいだ。
「ぐっ……それは嬉しいけーど……」
「でもなぁ……俺が誇りに思っていて、尊敬しているクロノス先生は、もっと強いはずなんだよなぁ」
「ぐぬーぬ。黙って聞いていれーば……」
涙を拭い、ハンカチで音をたてて鼻をかむと、クロノスは立ち上がった。
「こんなエセイケメンなんーて、先生が本気になれば瞬殺ナノーネ!」
いつの間にか、涙は消えていた。
「えー、本当かなぁ。みんなはどう思う?」
「微妙だよねー。あのお兄さん、クロノス先生よりかっこいいし」
「使ってるモンスターも、なんかホルスとかかっこいいよね。錆びかけの古臭い機械とは違うよね」
少年の言葉にクラスメイト達も同調する。
「ムキッー! 黙るノーネ! 君達は今まで何を見てきたノーネ! 私の強さがまだ分からないなーら、改めてこの場でみんなに知らしめてあげマスーノ!」
ラルフを見据えて、クロノスは叫んだ。髪はボサボサで、顔もひどいものだったが、その顔立ちはこれまでで最も精悍で。
「……ありがとうナノーネ」
誰にも聞こえない声で呟いて、クロノスはデッキトップに手を掛けた。
「勝ってよ! クロノス先生!」
「頑張って! クロノス先生!」
「ライフやばいぞー!」
矢継ぎ早に、応援とも野次ともつかない声が飛ぶ。
その様子を見て、ラルフはほっと溜め息を吐いた。本当に、こういう時に限っては敵わないものだと思う。
子供達の純真さには。
「……本当にいい生徒達ですね」
「……フフーン。言われるまでもないノーネ」
「デッキの上に手を掛けていますが、サレンダーですか?」
「馬鹿は休み休み言うノーネ。決闘とーは、絶対に最後まで諦めていけないものデスーノ」
残りライフは550。それはクロノスが決断を遅らせたことが招いた、大きすぎるペナルティーだ。
それでもカードを引き抜き、彼は笑みを漏らす。
「あなたに決闘の『授業』をするには、丁度いいハンデナノーネ」
手札は7枚。充分すぎるほどに潤沢だ。
「私はモンスターを裏側守備表示でセット。リバースカードを2枚セットし、ターンエンドナノーネ」
3枚、裏側のカードがクロノスのフィールドに並ぶ。
「大口を叩いた割には、随分と消極的では?」
「今に分かるーノ」
「……ならば、手加減はしない。俺のターン! 『プロミネンス・ドラゴン』を召喚!」
紅蓮の竜がラルフの戦線に加わり、3体のモンスターが並ぶ。裏守備モンスター1体で防げる数ではない。当然、リバースカードに何かある、と考えるのが自然。
「故に罠カードは封じさせて貰おう! 『王宮のお触れ』を発動!」
「ゲゲッ!?」
姑息な罠など許さない、王の宣誓。永続罠であるこのカードによって、クロノスは罠の発動を封殺されてしまう。
「甘いノーネ! リバースカードオープン! 『サイクロン』」
だがそれは、そのまま発動を許せばの話である。
「むっ……」
突風の一撃で『王宮のお触れ』は吹き飛んだ。ラルフは僅かに顔をしかめる。
「さて、どうするノーネ? 攻撃しまスーノ?」
如何にもな挑発。ラルフはそれを聞き流し、はっきりと告げた。
「バトル! 『ホルスの黒炎竜LV4』で裏守備モンスターに攻撃!」
「かかったノーネ! リバースカードオープンヌ!」
このタイミングで発動されるカードなら、十中八九攻撃反応系。『ミラーフォース』か、と体を固めたラルフの前で開かれたのは、予想外の1枚だった。
「罠カード『マジカルシルクハット』ナノーネ!」
『マジカルシルクハット』
罠カード
デッキからモンスター以外のカード2枚とフィールド上の自分モンスター1体を選択し、デッキをシャッフルする。選択したカードをシャッフルし、フィールド上に裏側守備表示でセットする。それらのカードはモンスター扱い(攻/守は0)となり、バトルフェイズ終了時に破壊される。この効果は相手バトルフェイズ中にしか使えない。
旧来は『魔法使い(マジシャンカード)』とのコンボを前提にデザインされたカード。しかし、効果がエラッタされた現在では、必ずしも魔法使い族とセットで扱われるカードではなくなっている。
ポン、と軽快な音と共に、シルクハットはクロノスの場に並ぶ。
「さあ、シルクハットは3つ。どれに攻撃しまスーノ?」
「全てにだ! 『ホルス』で攻撃!」
黒炎が1つ目のシルクハットを焼き尽くし、
「『火炎木人18』で攻撃!」
燃え盛る拳が2つ目を潰し、
「『プロミネンス・ドラゴン』で最後の1枚に攻撃だ!」
真紅の炎が、塵も残さず最後の1つを焼き払った。
「これでシルクハットは全滅だ!」
「その通りナノーネ。デスーガ……」
セットされていた『古代の機械戦士』以外の残り2つ。跡形もなくなった筈のシルクハットから『ソレ』は姿を表した。
「ニョホホホ! 私の計算通りナノーネ!」
地面が揺れ、大地が割れる。浮上するのは機械仕掛けの2体の巨竜。
『古代の機械竜』
地/機械族
ATK3000/2000
攻撃力3000を誇るモンスターが、何の前触れもなく舞い降りた。
「す、すげー!」
「機械のドラゴン……クロノス先生、こんなカードも持ってたんだ」
「でもなんで……クロノス先生は『マジカルシルクハット』のカードしか使ってないのに……」
生徒達は呆然と、2体の『古代の機械巨竜』を見上げている。
「フフフ……今から種明かしをしてあげるノーネ。それーは……」
「『歯車街』か」
「ちょ、ズッコケーノ!?」
『歯車街』
フィールド魔法
「アンティーク・ギア」と名のついたモンスターを召喚する場合に必要なリリースを1体少なくする事ができる。このカードが破壊され墓地へ送られた時、自分の手札・デッキ・墓地から「アンティーク・ギア」と名のついたモンスター1体を選んで特殊召喚できる。
「攻撃しようがしまいが、結果は変わらなかった。『歯車街』を意図的に破壊し、確実に高攻撃力のモンスターを呼び出すコンボ……やはり各地の大会を連覇した実力は伊達ではないな」
「誉め言葉は素直に受け取るノーネ……でも私に説明させて欲しかったノーネ!」
惜しみ無い称賛を送ってきたラルフに対して、しかしクロノスはムキッーといきりたった。
そんな彼を見て、生徒達はクスクスと笑う。
「良かったじゃん、クロノス先生。誉められてるぜ!」
「うっさいノーネ! 黙らっしゃいーノ!」
「でもなんで、そのドラゴンとフィールド魔法、俺達との決闘の時には使わなかったんだよ!」
「君達にはまだはやいノーネ。それに君達ごときーの、未熟な決闘者に使うのは勿体ないノーネ。ゲラゲーラ~」
「なんだとぉ!」
賑やかな言い争いが始まり、場の空気が少しだけ和む。
「……メインフェイズ2に入る」
その弛緩した空気を、
「魔法カード発動『ライトニング・ボルテックス』」
雷鳴は、一撃で叩き割った。
『ライトニング・ボルテックス』
魔法カード
手札を1枚捨てて発動できる。相手フィールドの表側表示モンスターを全て破壊する。
「な、なななな……」
機械仕掛けの2体の巨竜は黒焦げになり、轟音と共に崩れていく。
一瞬で築いたはずの優勢は、瞬きする間もなく覆されていた。
「……俺は貴方の本気を見たい」
子供達が言葉を失っている中で、ラルフの声は聞こえすぎるほどによく通る。
「貴方が『教師』という仕事に誇りを持つのと同じように、俺もこの『仕事』にはプライドがある。だから、手抜きは一切しない」
やるからには全力で望むという、意思表示。
熱すぎると言ってもいいラルフのそれを受け、クロノスは思わず唾を飲み込んだ。
それは、クロノスという人間を本気で勧誘しているからであって。己の仕事に真摯であるからこそであって。
それに応えないのは、嘘だ。
「……みーんな、ごめんナノーネ。これから先生は、本気中の本気で決闘をしまスーノ。みんなの声援が耳に入らなくなるかもしれないーノ」
振り向き、クロノスは生徒達に告げた。
そして、ラルフを真っ直ぐに見据える。
「さーて、『歯車街』のコンボがあっさり破られたのは予想外でしたーガ、まだまだこれからナノーネ!」
「……そうか、それは楽しみだ! エンドフェイズに2体のモンスターの効果発動! 『ホルスの黒炎竜LV4』は『ホルスの黒炎竜LV6』へとレベルアップ! そして『プロミネンス・ドラゴン』の効果で500ポイントのダメージを受けて貰う!」
「ニョ、ニョニョ!?」
モンスターの『進化』に驚く間もなく、渦を巻く炎は見事にクロノスに直撃した。
「ア、アッチーノ!?」
クロノス LP550→50
クロノス・デ・メディチ。残りライフ、50ポイント。
※マジカルシルクハットは旧テキストです。いくら意表を突きたくても、シルクハットに隠すカードは相手にしっかり見せてからセットしましょう。