ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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41.「この一撃だけに」

 デュエルモンスターズには、『アドバンテージ』と呼ばれる概念が存在する。

 『フィールドアドバンテージ』はフィールドにどれだけ強力なモンスターやカードを展開しているか。

 『ハンドアドバンテージ』は相手と自分の手札の枚数にどれだけの差があるか。

 『ライフアドバンテージ』は相手と自分にどれだけのライフポイントの差があるか。

 その他、『墓地アドバンテージ』や『テンポアドバンテージ』なども存在するが、決闘の大局を左右するのは主に上記の3つ。これに『運』という不確定要素も絡み、決闘は進行していく。

 

 決闘を制する上で、アドバンテージをどう取るか、というのは重要な問題である。敵モンスターを破壊すれば、フィールドでは優位に立てる。その為には強力なモンスターが必要だ。しかし強力なモンスターを呼び出す為には、手札を消耗する。手札を消耗すれば取れる戦略が減る。『フィールドアドバンテージ』と『ハンドアドバンテージ』は切っても切れない関係にある。

 故に、熟練した決闘者は『ライフアドバンテージ』を重んずることはほとんどない。攻撃は最大の防御。極端な話、いくらライフが削られようが『0』にならない限りは負けではない。過剰なまでにライフを守ることを意識し、いたずらにカードを消費するのは、闘い方を心得ていない決闘者が陥りがちなミスである。

 

 4000対50という数字だけを見れば、クロノス・デ・メディチはこれ以上ないほどに追い詰められていた。その差は実に3950ポイント。絶望的なほどに差が開いている。

 それでも、クロノスには諦めなどという感情は浮かんで来なかった。むしろ戦意は高まり、これ以上ないほどに高揚している。が、気持ちの昂りとは裏腹に、今の手札には現状を覆す手立ては残されていない。

 ならば、賭けるべき望みはデッキの上にある。

 

「私のターン……」

 

 指は僅かに震える。背後からも、教え子達が息を飲み、クロノスの一挙一動に目を凝らしているのが分かった。

 だからなのだろうか。カードを引き抜いたクロノスの胸の内にあったのは、迷いなどではなかった。

 この決闘の行方によって、クロノスの将来はきっと大きく変わる。人生が変わる。しかし、今自分が考えているのは、そんな大層なことではなくて――

 

「ドローナノーネ」

 

 ――教え子達に自分の勇姿を見せたいという、1人の教師の意地だった。

 

「……シニョール・アトラス。あなたにーは、本気を出すーと、私は宣言したノーネ」

 

 ドローカードを白い指に挟み、クロノスはラルフに語り掛ける。

 

「デスーガ、あなたには本気では足りないーノ。だかーら……私の全てをお見せしますノーネ」

 

 ゆっくりと。決闘盤のスロットに、カードを差し込んだ。それはクロノス・デ・メディチが、未だ誰にも見せたことがない、しかしデュエルモンスターズの中では高い知名度を誇る魔法カード。

 

「魔法カード『融合』ナノーネ!」

 

 それを声高らかに、宣言する。

 

「融合……?」

 

 ラルフは困惑に眉を潜めた。クロノスのフィールドにモンスターはいない。必然、素材となるモンスターは手札からとなる。

 そして、クロノスが示した素材は3枚。

 

「私が融合させるのは3枚の『古代の機械巨人』ナノーネ!」

「ギアゴーレムを……3体融合だとっ!?」

 

 

 クロノスの決闘者としての名は『古代の機械巨人』と共に知られている。あの『青眼の白龍』と並ぶ攻撃力。守備モンスターを蹴散らす貫通能力と、魔法、罠カードの封殺能力。『古代の機械巨人』はクロノス・デ・メディチの代名詞であり、紛れも無い切り札だ。

 だがクロノスは、切り札以上のソレをラルフにぶつけようとしていた。

 

 古より揺らぐことなく動き続けてきた歯車が、噛み合っていく。錆び付いていると言われても否定できない鋼鉄の体躯は、それでも確かに駆動していた。むしろ、遥かな年月を戦い抜いてきた凄味を、対峙する者に感じさせる。

 

「これがアンティークギアの……正真正銘の最強モンスター……」

「すげぇ……」

 

 子供達も、教師達も、そびえ立つ巨体を見上げていた。左手は敵を砕くことにより特化した籠手(ガントレット)に。二足歩行だった下半身は、敵を蹂躙し、あらゆる地形を走破する四本足に。

 『巨人』から進化した姿は、半人半獣。命通わぬ機械でありながらも、神話の存在を象ったような異彩を放っている。

 

「『古代の機械究極巨人』召喚ナノーネ!」

 

 主の呼び掛けに応じ、究極は赤眼を輝かせ、吠え猛るように駆動した。

 

『古代の機械究極巨人』

地/機械族

ATK4400/3400

 

 ラルフは息を飲む。かつて相対した三つ首の究極竜に、勝るとも劣らない威圧感。事実、それに迫る攻撃力。

 クロノスの言葉は宣言通りだった。自身の切り札、その融合体ともなれば、全力の言葉に違わないのは明白である。

 

「……それでこそ、だ!」

 

 切り札ではなく、切り札以上の存在を出し惜しみなく披露されたのだ。ラルフは堪えきれずに笑みを滲ませた。

 これで興奮するな、という方が無理な話である。

 

「いきますーノ……」

「……来い!」

 

 ラルフのフィールドには3体のモンスター。しかし、その中の1体は攻撃対象に選択することができない。

 

『プロミネンス・ドラゴン』

炎/炎族

ATK1500/DEF1000

自分フィールド上にこのカード以外の炎族モンスターが存在する場合、このカードを攻撃する事はできない。自分のターンのエンドフェイズ時、このカードは相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 

 クロノスが最も狙いたかった、狙うべきモンスターには、究極の拳は届かない。

 

「『古代の機械究極巨人』で……『火炎木人18』に攻撃ナノーネ!」

 

 ダメージ量を優先した選択。迫り来る鋼の鉄槌を見ながらも、ラルフは心のどこかで安堵していた。

 興奮が冷めたわけではない。しかし冷静に分析すれば、クロノスはここまでだと、悟ることができた。『古代の機械究極巨人』の能力はバトルフェイズ中の魔法・罠の発動を封殺する。ラルフはこの攻撃を受けるしかないが、逆に言えばライフポイントに受け切るだけの余裕があった。ダメージは大きいが、所詮2550ポイント。自分を倒すには足りず、クロノスは『プロミネンス・ドラゴン』を残したまま、ラルフにターンを譲ることになる。

 ラルフ・アトラスは自信と余裕を持って、安堵していた。

 

「――速攻魔法、発動」

 

 クロノスが、残された最後の1枚を翻すまでは。

 

「な……!?」

 

 決闘には運が絡む。

 切り札が出ないままに決する決闘も多々ある。なんでもない低級モンスターが勝負の行方を左右することもある。

 そして、

 

「『リミッター解除』」

 

 勝負は一瞬で、一撃で、理不尽なほどの力で決することもあるのだ。

 

『リミッター解除』

速攻魔法

このカードの発動時に自分フィールド上に表側表示で存在する 全ての機械族モンスターは、ターン終了時まで攻撃力が倍になる。このターンのエンドフェイズ時、この効果を受けたモンスターを全て破壊する。

 

 枷が外れた。

 限界を超え、強化され過ぎた力は自らの身すら滅ぼす。それでも、砕け散ることが決定された機械仕掛けのモンスターは、尚も前に出た。主に勝利を届ける為に。

 

『古代の機械究極巨人』

ATK4400→8800

 

「この一撃に……全てを懸けたノーネ!」

 

 クロノスが叫ぶ。

 巨人が、拳を振り上げる。

 

「アルティメット・ノヴァ・パウンド!」

 

 一撃必殺(ワンショット・キル)

 ソリッドヴィジョンとは思えないほどの、凄まじい土煙が立ち上った。

 

ラルフ LP4000→0

 

 

◇◆◇◆

 

 

 スーツが汚れるのも構わずに、大の字になって倒れていた。

 聞こえてきたのは子供達の、先ほどの衝撃と同等の凄まじい歓声。

 信じられない、とか。

 あり得ない、とか。

 こんなことがある筈はない、とか。

 ラルフの脳裏には様々な言葉が浮かんだが、

 

「……ふぅ」

 

 とりあえず立ち上がり、スーツのあちこちに付いた砂埃をはらって、クロノスに歩み寄った。

 子供達に道を空けて貰い、自然とまた囲まれる形になる。

 

「シニョール・アトラス……」

「クロノス教諭……」

 

 ラルフは手を伸ばし、握手を求めて、

 

「まずは言わせて欲しい、いい一撃だった……スプレンディード」

 

 この国の言葉で、称賛を述べた。

 

「グラッツェ……光栄ナノーネ」

 

 クロノスも、躊躇うことなくラルフの手を取った。

 

「貴方は素晴らしい教師であり、素晴らしい決闘者だ。直接戦わせて貰って、本当によく分かった。だから正式に貴方に、貴方だからこそ頼みたい」

 

 この決闘がもたらす結果を、ラルフもまた躊躇することなく言った。

 

「デュエルアカデミアに、教師として来て頂きたい」

 

 クロノスにとっては喜ばしい、望んでいた結果だ。クロノスが勝つことを信じ、応援していた生徒達も理解している筈だった。しかし、彼らの内の何人かは、視線をそっと下に落とす。

 それに気付かないクロノスではなかった。

 

「私は……」

「……だが」

 

 苦慮の上で、苦悶の表情と共に口から出ようとしていた言葉を、ラルフは遮った。

 

「学校の設立には、時間が必要です。まだ色々と、準備も立て込んでいます。あの若社長がやる仕事とはいえ、学校自体の建築にも時間を要する」

 

 ラルフが何を言い出したのかよく分からずに、クロノスは呆気に取られた。

 

「……今の生徒達を、卒業まで見送ってからでも遅くはないでしょう。正式な契約はその時ということで……よろしいか?」

 

 今度こそ。

 弾けるような歓声が上がった。

 

「やったじゃんクロノス先生!」

「……しょうがないなぁ……最後まで面倒見て貰うかなぁ」

「まあ、先生の真の切り札もバッチリ見たからな。これで卒業までにクロノス先生をぶっ倒せるぜ!」

 

 皆が皆、笑顔でクロノスの名を呼んで。

 当の本人も、薄暗く曇っていた表情が、ようやく晴れていた。

 

「うっ……ううう」

「クロノス教諭?」

 

 すると、クロノスは顔を伏せ、体を震わせて、

 

「ありがとうナノーネ!」

「うぉお!?」

 

 ガバッ、とラルフに抱き着いた。両目からは既に涙が大量に溢れている。

 

「最初はいけ好かないイケメンだーと思ってたけーど、とってもいい人だったノーネ!」

「分かりました! 分かりましたから……えぇえい、いい加減に離せ!」

「感謝してマスーノ! 感謝の気持ちナノーネ! 溢れんばかりの感謝ナノーネ!」

「分かったから離せ! 俺は男と抱き合う趣味はない!」

 

 えんえんと泣きながら張り付いてくるクロノスに、ラルフの中で何かが切れた。

 

「ああ……そうだ、クロノス教諭」

「なんなノーネ?」

「あの勝ち方は素直に称賛するが……まさか本当に手札事故だったとは思わなかったぞ」

「ちょ、ちょちょ、何を言ってマスーノ!?」

 

 瞬間、クロノスはラルフから飛び退いて離れた。

 涙の代わりに体のあちこちから冷や汗が流れ出る。

 

「本当に『手札事故』だったんだろう? なにせあの手札5枚の内、3枚が『古代の機械巨人』に1枚が『リミッター解除』。いや、惜しかったな。『融合』さえ引かれなければな……」

「そ、そうかもしれないけーど、勝ったのは私ナノーネ!」

「ああ、勿論その通りだ」

 

 ラルフは、ニヤリと意地の悪い笑みを表に出した。別にクロノスの勝利にケチを付ける気はない。負けは負けだ。

 が、今のラルフの言葉、クロノスと付き合いの長い子供達ならば、決して聞き逃しはしない。

 

「マジかよー、クロノス先生~」

「俺らの為に学校に残る、とかかっこよく無抵抗だったのは、マジで手札事故って動けなかったわけ?」

「もしかして、内心では超焦ってたりしてたの?」

 

 重箱の隅をつつくように、子供達の追求という名の、からかいが始まる。

 実際、クロノスの初期手札は『古代の機械巨人』3枚がスリーカードだったのだが……それを素直に言う気はなかった。

 

「そ、そんなことないノーネ!」

「本当に~? もっかい決闘したらラルフさんに負けちゃうんじゃない?」

「そうだな」

「何をしれっと肯定してるノーネ! 何度やっても私がまた勝つに決まってるーノ!」

「成る程。ならば試してみるか?」

「上等ナノーネ!」 

 

 終わったばかりだというのに、再び決闘盤を展開し、距離を取る。

 

「今度はよくデッキをシャッフルすることだ」

「言われるまでもないノーネ!」

 

 再びクロノスと向き合いながら、ラルフは思う。

 自分達を取り囲む、子供達を見て思う。

 やはり、決闘は楽しむものだ、と。

 

 

◇◆◇◆

 

 

『ふぅん……つまり、結局相手に譲歩して、取り敢えず仮契約を結んできたというわけか』

「……勝手な判断と行動、申し訳ありません」

 

 学校を後にしたラルフは、報告の電話を海馬コーポレーションにしていた。通話の相手は言うまでもない。

 

『俺はすぐに契約を結んでくるように言った筈だ。学校設立に時間は掛かるが、教師として招く人材にやって貰うことは山ほどある。教材テキストの準備、授業内容の考案、言えば切りがないのは貴様なら分かるな?』

「今回の件は、私の勝手な判断です……海馬社長、責任を取れというのなら、私は今回のプロジェクトから降ろされても構いません」

 

 こうなる事は理解していた。海馬瀬人の行動は早い。常に計画の先の先を見て動く。スカウトする人材とは『すぐに』契約を結んでこいというのが、海馬のオーダーだった。

 

「しかし、クロノス教諭の契約は、どうかこのまま……この条件で結んで頂きたいのです」

 

 理解していながら、ラルフは仮契約という落とし所をつけた。クロノスの気持ちと、子供達の想いを考えれば、自分の行動は正しいのかもしれない。しかし、交渉人としては失格だ。

 

『……フン』

 

 電話先では、鼻を鳴らして小馬鹿にした気配がした。

 

『安心しろ。貴様がそういう下らん情に流される人間なのは、俺も織り込み済みだ』

「は……?」

『俺の要望を無視したのは甚だ不快だが、仕方あるまい。クロノス・デ・メディチは欲しかった人材だ。仮契約でも認めてやろう』

 

 相変わらずの回りくどい言い方だったが、海馬が特に怒りを感じていないのは分かった。

 

「……ありがとうございます」

『礼を言う暇があったら働け。貴様には今回のスカウト権限を預けてある。いちいちこの程度の報告で電話をする必要もない。俺の時間を無駄にするな』

「はい。次は予定通り、フランスに飛びます。スカウト候補のナポレオン氏とコンタクトを……」

『その件だが、予定変更だ』

 

 いつもの調子で、海馬はラルフから会話の主導権を奪い取った。

 

「予定変更? どういう事でしょうか?」

『貴様から連絡が来たのはいいタイミングだった。こちらから連絡をする手間が省けたからな。これから、少々別件で動いてもらう』

 

 ラルフは気づいた。少し、ほんの少しだけだが、海馬の声音が平時と違った。冷たく、フラットな調子ではなく、まるで決闘を行っている時のように、熱を帯びている。

 

『我が社の情報部に面白い情報が入った。真偽を確かめる為に、イギリスへ飛べ』

 

 ラルフは手元のリストを見た。確かにイギリスにもスカウト予定の決闘者がいるが、特に海馬の興味を惹くような経歴の持ち主ではない。

 

「今回の件を認めて頂いたこともあります。予定を変更しましょう。しかし、私は何をすれば?」

『簡単な話だ。居場所が掴めなかった決闘者の目撃情報。それが本当か、本人を見つけ出してもらう』

 

 ラルフには、海馬が電話越しで笑みを浮かべているのが、ありありと想像できた。

 

『『武藤遊戯』がイギリスにいるらしい』

 

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