ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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42.「罰ゲーム」

 ミーサ・ギャルソンは浮かない顔でマンションの廊下を歩いていた。

 別に体の調子が悪いわけではないし、自分の周りに何か心配事があるわけではない。むしろ彼女は、大抵の面倒事は笑い飛ばして忘れる質である。

 原因は、隣室の住人だ。

 重ね重ね言うが、ミーサが自分の問題で悩んでいるわけではない。ただ、隣人である『彼女』の状態が、あまりにもいたたまれなくて、放っておけないのである。それほどまでに、隣人の彼女は重症だった。

 

「もう起きてるかい?」

 

 そんなわけで、世話好きなミーサは、今日も隣室の扉を叩いていた。

 

「……おかしいね」

 

 反応が返って来ない。時刻は昼に近かった。いくらなんでも、まだ寝ているということは考えにくい。

 ドアノブに手を掛けてみると、あっさりと回った。

 

「また不用心な……」

 

 呆れながらもドアを開いて、ミーサは中に入った。

 

「……『キラー・トマト』を召喚。『グリズリーマザー』と相討ち。両方効果処理してそれぞれモンスターをリクルート……」

 

 廊下の奥からは、まるで呪詛のような言葉が延々と聞こえてくる。その異様な雰囲気にやや臆しつつも、ミーサは意を決し、リビングへと押し入った。

 

「フィーネちゃん!」

「『キラー・トマト』の効果で……『エレメント・デビル』をリクルート。『グリズリーマザー』は……あ、ミーサさん」

 

 ブツブツと呟きながらカードを広げていたフィーネ・アリューシアは、ようやくミーサに気付いて顔を上げた。長く、煌めくような金髪と白い肌。美貌は健在だが、瞳からどうしょうもないほどに光が消えていた。

 

「……何してたんだい?」

「……やることがなかったので……『1人決闘』を……」

 

 ミーサは泣きたくなってきた。

 

「あのねぇ……ラルフがいなくて寂しいのは分かるけど、いくらなんでも部屋に引き込もってずっとカード弄ってるのはどうかと思うよ……?」

「大丈夫です……ラルフさんがいなくても、私にはカードがありますから……」

 

 『ラルフがいなくて』というワードを使えば、いつもなら顔を赤らめて返事を濁すという可愛らしい返答が見れたというのに、今はそれすらない。それほどまでに、今の彼女は壊れかけのポンコツだった。

 

「だいたい何だい、その格好は!? 少しはしゃんとしないとラルフにも笑われちまうよ!」

 

 フィーネの姿は、他人に見せられる状態ではなかった。上はキャミソール1枚に、下はズボンすら穿いていない。白い足が肩にかかった毛布の隙間から蠱惑的に覗いている。あられもない、という言葉がぴったりと当てはまるだろう。ドジを踏む気質があるとはいえ、生真面目なフィーネがミーサにそんな姿を見せた事は今まで1度たりともなかった。

 どうやら、自分の衣服に気を遣う気力すら失せているらしい。

 

「……ラルフさんが居たら、早く服を着ろーって言って、照れてそっぽ向くんでしょうね……あははは」

 

 ミーサは言葉を失った。ウサギは寂しすぎると死ぬというが、今のフィーネの状態がまさにそれに思えた。ラルフが出張に出てから2週間。帰国予定まで丁度折り返しである。とてもじゃないが、それまで持つ気がしなかった。

 

 俺が留守の間、フィーネの事をよろしく頼む。

 

 そう言って頭を下げていたラルフの姿を思い返す。全て私に任せておきな、と彼に宣言したことを、ミーサは激しく後悔していた。

 こんなに手の掛かるウサギだったなんて、聞いていない。

 

「ほ、ほら、ラルフとは小まめにメールのやり取りをしてるんだろ? 恋人の絆ってのは、遠距離の時こそ試されるもんなんだよ!」

「でもこれも……所詮文字の羅列でしかないですし……」

 

 めんどくせぇ、とミーサは思った。

 いつもの彼女なら、そういった感情を抱くことは皆無なのだが、目の前にいる人間は全身から寂しさ全開のオーラを放っていた。これを『可愛い』と言えるのは、フィーネに惚れている男だけだろう。それ以外の人間にとっては、鬱陶しくて仕方がない。

 

「やれやれ……だったら、ラルフに直接電話すればいいじゃないか。そうりゃ寂しさも少しは紛れるだろう?」

「……声を聞いたら、もっと会いたくなる……」

 

 甘い。甘すぎる。ミーサは天井を仰いだ。60を越えたおばさんには、今の反応は甘ったる過ぎる。胃もたれしそうな錯覚に陥り、思わずお腹をさすった。

 

「それに……こちらから電話を掛けて、お仕事の邪魔をするのは気が引けます……」

 

 顔を伏せて言うフィーネに、ミーサは釈然としない気分になった。ラルフだってフィーネから電話が来れば嬉しいだろうに、どうにもこの2人は、未だにお互い遠慮しあっている節がある。

 

「はぁ……ほら、とりあえず服着て何か食べな。身体壊したら元も子ないよ」

「はい、そうします……あ」

 

 気まずい空気を打ち破るにはいいタイミングで、室内に電話のコール音が響いた。手に持ったジーパンをほっぽり出し、フィーネは慌てて電話を取る。

 

「はい! アトラスですけど……」

 

 ラルフなら携帯にかけてくる筈なので、それ以外の電話だろう。そう思ったミーサは、どうせ電話勧誘か何かだと高を括っていたのだが……

 

「……海馬コーポレーションですか? ラルフさんは今……え、私に?」

 

 なにやら、雲行きが怪しくなってきた。

 

「はい、はい……いえ、ぜひお願いします!」

 

 頷く度に、死んだ魚の目以下だった瞳に光が戻っていく。沈んでいた声に色が付いていく。

 その豹変ぶりに、ミーサは呆気に取られていた。電話の相手がラルフでないのならば、一体何の連絡なのだろうか? ミーサには皆目見当も付かない。

 

「はい! では失礼します!」

 

 興奮を抑えるようにゆっくりと受話器を置いて、フィーネは電話を切った。

 

「フィ、フィーネちゃん? 一体全体、なんの……」

「ミーサさん!」

 

 ぐるん、と髪を振って、フィーネはミーサの方に振り向いた。驚くべきことに、顔にはうっすらと笑みを浮かべている。

 

「私、イギリス行きます!」

 

 フィーネは、とても嬉しそうに言ったのだが。

 ミーサには、まるで意味が分からなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 イギリスという国に対するイメージ。

 英国紳士。

 歴史ある王室。

 お世辞にも美味とは言えない料理。

 解答は人それぞれだろうが、『ゲーム』というテーマから考察してみると、この国の意外な一面が見えてくる。

 ゲームの歴史を振り返る時、切っても切れない関係にあるのが『賭博』だ。賭け事は遥か昔から存在し、現在も引き続き様々な形でプレイされているが、例えば日本では公営ギャンブルは禁止されている。が、世界にはイギリスのようにギャンブルが法的に認められている国もあるのだ。イギリスが、というよりはヨーロッパ全体がそういう風潮だと言った方がいいかもしれない。スポーツと賭け事が深い縁をもつイギリスでは、賭け事も知的なゲームの1つとして認識されている。ギャンブルに明朗性を求める文化的背景もあり、『ブックメーカー』と呼ばれる人々が賭け屋の企業としてベットを募り、利用者も楽しみながらベットに参戦しているのが現状だ。

 『プロリーグ』開設に踏み切った『デュエルモンスターズ』というゲームが賭けの対象となるのは、ある意味必然と言えた。

 イギリスに降り立ったラルフが訪れたのは、端的に言えば『賭博場』と言える場だった。賭け事と一緒に飲食も行えるこのような場は『ハウス』と呼ばれており、ポーカーやダイスなどと同等の扱いで『デュエルモンスターズ』がプレイされている。ともすれば下品な喧騒に包まれがちなイメージではあるが、ある程度の品格を保っているのは、やはり国民性が為せる技だろうか。

 

「マスター、コーヒーを頼む」

 

 年季を感じさせるカウンターテーブルに腰掛けながら、ラルフは当たり前のようにコーヒーを注文した。

 

「……ウチは中々いい茶葉を使っていてね。ここはイギリスだよ、お客さん。たまには紅茶を嗜むのも良いと思うがね?」

「俺が何を頼もうと勝手だろう。それともこの店は客に出せない豆を使っているのか?」

「……これだからアメリカ人は。ウチは豆にも拘っているよ」

 

 マスターは眉間に皺を寄せると、豆を挽き始めた。程なくして、ラルフが最も好む香りが漂い出す。作業が一段落したのを確認してから、マスターに向かって声を掛けた。

 

「この辺りに『武藤遊戯』が来ていると聞いた。何か知らないか?」

「あの『決闘王』がうちの国に? 光栄なことだが、全く知らないな」

 

 質問には否定が返されて、目の前にはコーヒーの入ったカップが置かれた。

 海馬コーポレーションから受けた報告には、この界隈での目撃証言がある。決闘者が集まるこの場所なら何か有益な情報があると思っていたが、どうやら無駄足だったらしい。

 

「……そうか」

「力になれなくて悪いね。でも、いくらなんでも彼が来ていたら噂になる筈だろう? そんな噂は、お喋りが集まるうちの店でも全く聞いたことがないよ」

「そうか……いや、ありがとうマスター。変な質問をしてすまなかった」

 

 出されたコーヒーを飲み切り、ラルフは席を立った。

 

「おや、忙しないな。決闘はしていかないのかい? お客さんも決闘者だろう?」

「一戦交えていきたいのは山々だが、仕事があってな」

「もしかして、海馬コーポレーションかどこかにお勤めを?」

「一応、依頼を受けている形になっている。邪魔をしたな、マスター」

 

 勘の鋭い店主に代金を支払う。次にどこへ向かうか、頭を悩ませながら、ラルフは賑やかな喧騒に包まれた店を後にした。

 

 

 数分後。カウンターテーブルのマスターに、またもや同じ質問を投げ掛けた男がいた。

 

「……失礼。『武藤遊戯』がいる、という噂を聞いたんだが……」

 

 またか、と老齢のマスターはげんなりとした表情になったが、相手の姿を視界に入れると、すぐにそれを引っ込めた。

 

「いらっしゃい。久しぶりじゃないか、リッヒさん! 元気にしていたかい?」

「まあ、ぼちぼちだ」

 

 茶髪に仏頂面の彼が、ここしばらく姿を見せていなかった、お得意のお客様だからだ。

 

「しばらく来ていなかったから、心配していたんだよ。なんだい? 遠くの大会に出て、荒稼ぎでもしていたのかい?」

「そんなところだ」

 

 注文も聞かず紅茶を出して、マスターは軽食の準備をした。このお客は、紅茶と一緒にいつも何かしら食べていくのが常だからだ。

 

 

「マスターさん。私にも何か頂けますか?」

 

 その声に視線を上げると、東洋人の少女がいた。珍しい、とマスターは目を丸くする。お得意のお客様――リッヒ・シュタイナーが、連れを伴って店に来るのは始めてだった。

 

「これは失礼。お嬢さんも紅茶でいいかな? リッヒさんはいつも何か摘まむんだが、お嬢さんも何か食べるかい?」

「うん! ありがとう、マスター!」

 

 年頃の少女らしい、純真無垢な笑顔と共に、元気な返事が返ってきた。それにしても、整った顔立ちの美少女である。短めのスカートに、ブラウスと赤のカーディガンという出で立ちでも、充分に華やかだった。

 

「これはまた、可愛らしいお連れさんだ。娘さんかい?」

「……知人から預かっている」

 

 マスターが投げた質問に、リッヒはいつも以上に憮然とした表情になった。これは余り深く聞かない方が良さそうだ、と2人分のサンドイッチを黙って出す。

 

「いただきます!」

「……それで、武藤遊戯の話なんだが……」

「ああ、そうだったね」

 

 少女の方は、サンドイッチを夢中で頬張っている。それを確認してから、マスターはちょいちょいと、人差し指で下を指差した。

 

「……地下か」

「ああ。得意様の上客にしか流していないけど、こっちにもそんな噂は流れてきているよ」

 

 ラルフの時には欠片すら出さなかった情報が、口から出る。情報を教える相手は選ばなければならない、というのがこの男の持論だった。

 

「いつ頃からだ?」

「さぁ……ちょうど、リッヒさんがウチに来なくなったあたりからかねぇ……地下のことは知らない決闘者も多いし、そんなに噂にもなってない。ただ、地下の連中の間では、持ちきりの話題だね」

「そうか」

「あ、そういえば、さっき同じことを聞いてきた男がいたよ。ちょうど10分前くらいかね?」

 

 わずかに、リッヒは眉根を上げて反応した。

 

「……どんな男だった?」

「金髪のアメリカ人だ。なんでも、海馬コーポレーション関係の人間らしい。いやー、口を滑らせなくて良かったよ。裏の商売がやりづらく……」

「もう少し、その男の特徴を詳しく頼む」

 

 食いつくような質問に、マスターは若干たじろいだ。連れの少女といい、この反応といい、今日は珍しいことだらけだ。

 

「あ、ああ……年は20代後半。肩にかかるくらいの金髪の色男だったよ。身長はリッヒさんよりも少し高い位の長身で、黒のスーツを着ていた。会社勤めの人間にしては、一見細いけど、わりと筋肉付いた体つきだったと思うが……」

 

 仕事柄、人間観察は得意なので覚えている印象を片っ端から口にすると、リッヒは満足気に頷いた。

 

「……充分だ」

 

 それどころか、口元は三日月に歪んでいる。彼が、滅多に見せない表情だった。

 

「……なんか、しばらく会わない間に何かあったかい?」

「いや、久しぶりに神様に感謝したくなっただけだ。その男は古い知り合いでね。ずっと会いたかったんだ……いくぞ、瑞葉」

「ちょ、ちょっと待ってよ、セレ……じゃなくてリッヒさん! 私まだ食べ終わってないよ!」

「そうか。なら、食べ終わってから合流しろ」

「ひどい!? 私を置いていくの!?」

「あ、ちょっとリッヒさん!?」

 

 

 リッヒは代金と少女を置いて、マスターの静止も聞かずに出て行ってしまった。ぽかん、としばらく出口を眺めていたが、ふと目を落とすとコインではなく札がカップに挟まれていた。提供した『情報料』を加味しても、充分過ぎる額だ。

 

「久しぶりに会ったと思ったら……今日はどうしたんだ……」

 

 札を数えながらそう溢すと、少女の方から返事が飛んできた。

 

「マスターさんもそう思う? なーんか、セレ……オホン。リッヒさんって、生き急いでいる感じあるよねー」

 

 サンドイッチを食べ終わり、パン屑が付いた指をぺろりと舐めながら、彼女は言う。さっきまでとは、また違った雰囲気を伴って口にされた言葉に、マスターは俄然興味が沸いた。

 

「リッヒさんとはどういう関係なんだい?」

「んー、さっき言ってた通りだよ。意地の悪いおじいちゃんに預けられちゃったの。あんな感じで、あんまり協調性がなくて苦労してるんだよね……」

 

 そんな愚痴をこぼしつつ、少女はリッヒが残していったサンドイッチを当たり前のように食べ始めた。

 

「あら、じゃあリッヒさんのことは嫌いかい?」

「ううん、そんなことない。むしろ結構好きだよ! なーんかさ……」

 

 残りのサンドイッチもきれいに平らげて、少女はにっこりと笑った。

 

「頑張ってる感じが、すごく健気だよネ!」

 

 なんとなく、だが。

 リッヒ・シュタイナーがこの少女にあまり気を許していない理由を、マスターは分かった気がした。

 同時に、ただの女の子ではないことも、自然と察せられた。

 

「……あんまりリッヒさんをからかって、困らせちゃいけないよ?」

 

 自然と、忠告めいた言葉が口から出る。

 

「むぅ……大体困っているのは私なのに」

「まあまあ……随分代金を頂いたし、ケーキでも食べるかい?」

「食べる食べる!」

 

 目を輝かせて少女は喜んだが、何かに気づいたようにポン、と手を叩いた。

 

「あ、そうだ。忘れるところだった。マスターさん、ちょっと聞きたいコトがあるんだけど、教えて貰ってもいいかな?」

「はは、何なりと。おませなお嬢さん」

「うん、じゃあねー」

 

 手を合わせて、ワクワクとケーキを待ちながら、少女は言った。

 

「『地下決闘』の詳しい場所、教えて欲しいな♪」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 アメリカ。ロサンゼルス空港。混み合うロビーの中で、フィーネ・アリューシアはきょろきょろと周囲を見回していた。伝えられた待ち合わせ時間を、少しオーバーしてしまっている。待ち合わせの相手が相手だけに、あまり待たせてしまうのは、気が引けた。

 

「おー、こっちこっち! アンタがそうか!」

 

 掛けられた声に振り向くと、黒服の男を連れた1人の少年が手を上げていた。

 そう、少年である。

 

「すいません! お待たせしました、モクバ副社長!」

「いやいや、女性が身仕度に準備が掛かるのは、織り込み済みだぜぃ」

 

 肩まで掛かりそうな長い黒髪を、ゴムで纏めている。精悍な顔立ちは、間違いなく兄譲りだろう。

 まだ中学生ほどの年齢ながら、彼こそが世界に誇る大企業、海馬コーポレーションの副社長『海馬モクバ』である。

 

「それにしても、いきなりお電話が来てびっくりしました……」

 

 

 ミーサから借りたスーツケースを引きながら、フィーネは言った。モクバも、鼻の頭を掻いて苦笑いを浮かべている。

 

「うん。こっちでも急に決まったことだったからなぁ。兄様は忙し過ぎて手が離せないし、俺が行くしかないだろう……ってね。幸い、少しスケジュールに余裕があったからな!」

 

 

 スケジュールに余裕、などという言葉を普通の中学生が使えば失笑ものだろうが、モクバの場合は嘘偽りない事実である。株主や重役達に『お飾り』として笑われていた時期はとっくの昔に過ぎ去り、今では立派な副社長として兄譲りの辣腕ぶりを発揮していた。

 だからこそ、フィーネも敬意を持って接する必要があると考える。それも、今回のような機会を与えてくれたならば、尚更である。

 

「本当にいいんですか? 私みたいな人間に『仕事』の依頼なんて……」

「自分を過小評価するもんじゃないぜ。確かにアンタは過去に色々な罪を犯している。けど、きちんと反省して償っている。俺はアンタを信頼して頼んでんだ」

「……ありがとうございます」

 

 自分より幼い少年の言葉だったが、胸にくるものがあった。フィーネはモクバを信頼するし、モクバもフィーネも信頼する。ならば、期待には答えなければならない。

 

「私、がんばります!」

「そんなに固くならなくてもいいんだぜ? それに、やらかしたっていうなら、ペガサスや兄様だってやらかしまくってるしな! あははは!」

「そ、そうですね……」

 

 破天荒社長の弟ともなると、色々苦労が多そうだ。

 

「ああ、今回同行するメンバーを紹介するぜぃ。コイツが……」

「おお、実物は聞きしに勝る美人っぷり! これは俺も来たかいがあったっす!」

 

 会話の流れをぶったぎり、あろうことか副社長を押し退けて、白衣の男は前に出た。

 

「ワタクシ、斎藤卓也と申します。お気軽にサイトウと呼んで欲しいっす、フィーネさん」

「は、はい。よろしくお願いします、サイトウさん」

「貴女のことは、ラルフ先輩から聞いてるっすよ」

「ラルフさんの職場の方ですか? いつもお世話になってます!」

「いえいえ、いつもお世話させて頂いてるっす」

 

 互いにお辞儀をしあいながら、フィーネとサイトウは言葉を交わす。しかし、頭を上げたサイトウは、フィーネのことを爪先から頭の上まで、じっと観察し始めた。

 

「な、なんですか……?」

 

 ちなみに今のフィーネの服装は、黒のタイツにショートパンツ。上は素材を合わせたジージャンを羽織っている。モクバが動きやすい服装で、ということを言っていたので、その言葉に甘えた形だ。

 

「ふむ……フィーネさん」

「な、なんでしょう?」

「今度……コスプレをしてみる気はないでしょうか?」

「コ、コスプレ!?」

「そうです。貴方ならきっと、髪を青に染めれば、エリ……」

 

「はいはい。この馬鹿は放っといて行くぞ」

「ひどいっ!?」

 

 サイトウを置いて歩き始めたモクバに、フィーネも慌てて付いて行った。ラルフの同僚なのだから、きっと悪い人ではないのだろうが、なんだかとてもクセが強そうな人物だと思った。

 

「あのバカと、あとは俺の側近の花澤が同行する」

「花澤です。よろしく」

「あ、よろしくお願いします」

 

 

 黒服の男にも、歩きながら頭を下げる。

 

「で、仕事の内容はさっき電話で話した通りだ。イギリスに『グールズ』の残党が集まっている、という情報が入った。アンタの知っている人間や、アジトがあった場所を、片っ端から一緒に洗っていって貰いたいんだ」

「……でも、メンバーや拠点の情報は、警察への供述で全て話しました」

「それでも、もう1度やるんだ。警察は何かあってからじゃないと、腰を上げてくれない。それに今回は、特に別の人物が動いている情報もあるしな」

「別の人物?」

「武藤遊戯だよ」

「あの『決闘王』が……?」

 

 『武藤遊戯』はこの2年間、『KCグランプリ』を公式大会最後の出場として、姿をくらましていた。『プロリーグ』が発足された後も、彼の復帰を望む声は後を絶たないという。

 

「遊戯のヤツめ……どこで何をしていたんだか……」

「モクバさんは、遊戯さんのことを……?」

「ああ、よく知っているよ。アイツは、兄様の永遠のライバルだ」

 

 どこか懐かしむような口調で、モクバは言う。その視線は喧騒に包まれた空港ではなく、どこか遠くを見ていた。

 

「もっとも……兄様は遊戯を血眼でラルフに探させる為に、グールズ関連の調査を俺達にぶん投げたんだけどな……」

「それは……なんというか……社長として良いのですか?」

 

 フィーネが聞き返すと、モクバは更に遠くを見る目になった。

 

「仕方ないぜ……兄様だから」

「社長っすから……」

「瀬人様ですので……」

 

 達観するように発せられ、重なった3人の言葉に、海馬瀬人という男の人格が滲み出ている気がした。

 

「まあ、とにかく。急に決まった旅とはいえ、席はビジネスクラスを用意させたぜ。まずはゆっくり休んでくれよ」

「流石っす、副社長!」

「え? お前はエコノミーだよ?」

「なんでっすか!?」

 

「え!?」

 

 モクバの言葉に驚いて、フィーネはキャリーバッグを取り落とした。

 

「ん? なんでそんなに驚くんだ?」

 

 彼女の反応の意味が分からず、モクバはフィーネの顔をまじまじと見詰めた。

 

「そうっすよ。いくらなんでも俺だけエコノミーなわけないじゃないっすか」

「それは本当だけど、そんなに驚くことじゃないだろ?」

「嘘でしょ!?」

 

 モクバとサイトウが即席コントを繰り広げても、フィーネは無反応だ。口元に手を当て、わなわなと震えている。

 

「……普通の飛行機なんですか?」

「そうだぜ?」

 

 心底驚いた、といった風にフィーネは目を丸くした。

 

「ぶ、ブルーアイズのジェット機で行くんじゃないんですか!?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 沈黙。

 

「なあ、サイトウ?」

「なんすか?」

「俺達兄弟って、世間一般からみると、どんな印象持たれてるんだろうな?」

「変人ですね」

「お前は泳いでイギリス行け」

 

 実に締まらない出発だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――苦しい。

 暗闇の中で、男は自分が呼吸する音だけを聞いていた。

 左腕の決闘盤に示された命の数値は、たったの300ポイント。それだけを守り切る為に、ここまで足掻いてきた。

 だが、眼前の決闘者は守りなどまるで意に介さず、着々と自分を追い詰めていった。

 モンスターは悉く粉砕され。仕掛けた罠は、その全てを見透かされ。

 もはや、打つ手など残されていなかった。

 

「ちくしょう……」

 

 男は後悔していた。こんな決闘に、こんな世界に踏み入るべきではなかったのだ。

 最初は、単なる好奇心に過ぎなかった。

 金に困っていた。借金もあった。そんな折りに、丁度良く決闘の話が舞い込んできたのだ。ただ決闘をするだけ。プロでもない自分が『ゲーム』をするだけで金を貰える。

 そんなうまい話が、あるわけがなかった。

 地下の決闘場に案内され、対戦相手と相対した時は、心が震えた。決闘者なら誰もが知る、憧れの人物だったからだ。彼は男に向かって、優しい声で言ってくれたのだ。

 

 ゲームをしようぜ、と。

 

 演出だと言われて、手枷を付けられた時には、もう逃げることはできなかった。今は心ではなく、身体の震えが止まらない。

 

「……終わりだな」

 

 呟きと共に、男のモンスターを数え切れないほど虐った魔術師が、杖を構えた。

 

「勝者には光を、敗者には闇を」

 

 男は悟った。こいつは、ただの人間ではない。

 死神だ。闇のゲームを司る『番人』だ。

 

「……罰ゲーム」

 

 カウンターは0となり、意識はそこで途絶えた。

 

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