ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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43.「まだ全然満足してないのに」

 鬼柳瑞葉はイライラしていた。

 リッヒ……もといセレスが自分を置いて行ったのは、まあいい。あの鉄面皮に協調性がないのは、瑞葉も理解しているところだ。問題はそんなことではない。

 

「私、まだお昼ごはん食べてないんだけど……」

 

 あのマスターが瑞葉の言葉を聞いていれば、まだ食べるのか、と目を剥いていただろう。サンドイッチ2人分に、ケーキを2つ平らげてきたのだから。しかし、瑞葉からしてみれば全く足りない。そもそも、間食と食事は別物だ。

 

「……むむ」

 

 瑞葉は眉間に皺を寄せて、財布の中身を見た。別に昼食を食べる位のお金はあるのだが、あまり使いたくない。本来の瑞葉のプランでは、昼食はセレスに奢ってもらう筈だったのだ。自分の財布から出費をするのは、嫌だった。

 あのマスターに教えて貰った場所に行こうにも、お腹を満たしてからでないと、行く気にならない。

 

「大体、1人で食べるご飯って美味しくないしなぁ……」

 

 言っても仕方ない独り言を呟きながら、空を仰ぎ見る。憎たらしい位に清々しい、いい天気だった。

 

「ちょっといいかな、そこのお嬢さん?」

 

 ぼんやりとしていた意識は、その一言で引き戻された。

 

「ん、私?」

「そうそう。キミだよ、キミ!」

 

 瑞葉が振り返ると、若い男が3人、手を挙げて歩み寄ってきた。年は若く、全員顔は悪くないのだが、ピアスやチェーンをジャラジャラとぶら下げた格好が、どうにも軽薄な印象を受ける。

 よくよく周囲を見てみれば、いつの間にか人通りが少ない道に入ってしまっていたらしい。ぼんやり歩くのも考えものだと、瑞葉は嘆息した。

 

「観光客かな? よろしければ俺達が道案内をするけど、どうだい?」

「1人じゃ退屈だろ?」

「一緒に思い出作らない?」

 

 男達ははやくはやくと急かすように、身振り手振りでアピールしている。

 ここって紳士の国じゃなかったっけ……と瑞葉は苦笑した。女性をリードするも男の勤めといえば勤めではあるが、彼らからはそんなスマートさは感じられない。

 

「ごめんなさい。私、待ち合わせをしている人がいるから……」

「そんな固いこと言わずにさー」

 

 男の1人が馴れ馴れしく瑞葉の肩を抱く。すると、彼女のバッグから覗いているものを見付けて、大袈裟に反応した。

 

「おっ! それ『決闘盤』じゃん。キミ、決闘やるの?」

「うん、まぁ……」

「そっかー! いや、俺らもさぁ、地元じゃ結構強い決闘者なんだぜ?」

「そうだ、じゃあ決闘しようぜ。今後の親睦を深める意味も含めてさ!」

 

 お前らと親睦なんか深める気はない、と瑞葉は嫌悪感の溢れた目で青年達を見たが、彼らはそんな視線に気付く様子もない。

 

「さ、やろうぜ!」

「……はぁああ」

 

 叩き潰して懲らしめてやろうか、と瑞葉が『決闘盤』を装着した時、

 

「待て、お前達」

 

 この場に、割って入る声が響いた。

 

「ん?」

「あぁん?」

 

 青年達が育ちの悪さを露骨に出しながら、後ろを振り向く。

 腕を組み、レンガの壁に背を預けていたのは、金髪の男性。彼はゆっくりと目を開けると、青年達を睨み付けた。

 

「若者の色恋沙汰に大人が首を突っ込むのはどうかと思ったが……余りにも強引なのでな」

「なんだぁ? 俺らがこの子を強引に誘ったみたいな言い方じゃねぇか?」

「随分な言い掛かりだな、オイ」

「自覚があるんだったら、余計なお世話だぜ、オッサン」

 

 ターゲットが自分から金髪の男に切り替わった隙を突いて、瑞葉は彼の元へと飛び込んだ。

 

「助けて!」

「む?」

「あ、おい!?」

 

 広い胸元に抱き着いて、瑞葉は金髪の男の顔を見上げた。この角度、このシチュエーション、加えて自分のルックス。これで落ちない男などいない。ここは彼に助けて貰って、あの鬱陶しい青年達を追い払って貰うとしよう。

 

「大丈夫か?」

「……え?」

 

 が、見上げて固まったのは、瑞葉の方だった。

 鼻筋の通った、端正な顔立ち。さらりと揺れる金髪。豊かな経験を感じさせる、理知的な瞳。広く厚い胸板。自分の肩に添えられた、大きいながらも優しい手。

 奇しくもそれらの要素は年上好きの瑞葉にとって、ど直球ど真ん中のどストレート――即ち、かなり好みであった。

 

「……ねぇ、オジサマ」

「おじ……さま?」

「もし、よかったら……一緒にご飯食べない?」

 

 突如として始まった逆ナンパに、今度は青年達が目を剥いた。

 

「おい、ちょっと待て!」

「……勘弁してくれよ、お嬢ちゃん。俺達より、そんなおじさんの方がいいわけ?」

「うん」

「即答かよ!?」

「ふざけんな、どこがいいってんだ!?」

「外見」

「ストレートだな、オイ!」

 

 まるで要領を得ない言葉の応酬に、青年の内の1人が痺れを切らして叫びを上げた。

 

「優しくしていりゃ、付け上がりやがって!」

「オッサンを潰して、無理矢理連れて行ってやるよ!」

 

 本性を顕にした男達が、欲望剥き出しで襲い掛かってくる。瑞葉を背中側に回して、金髪の男は立ちはだかった。

 

「がっ!?」

「うぐっ!?」

「あがっ!?」

 

 身構えた瑞葉は、一瞬で起きた出来事に目を丸くした。

 一撃、二撃、三撃。流れるように叩き込まれた腕と足は、青年達の急所を的確に打ち抜いていた。

 もはや1人残らず、倒れ伏している。

 

「……まったく。無駄な時間を浪費してしまった」

 

 パンパン、と。手を打ち払って、男は溜め息を吐いた。息も、まるで乱れていないかった。

 

「すごい……」

「ん?」

「オジサマ、すっごく強いね!」

「んおっ!?」

 

 いきなり飛び付いてきた瑞葉に、今度は男の方が固まった。

 

「助けてくれてありがとう! 私、鬼柳瑞葉っていうの。よろしくネ、オジサマ!」

「あ、ああ……」

「ねぇ、お名前は……」

 

「ふっざけんな、クソがぁあああ!」

 

 鋭い射出音と共に、瑞葉の腕に何かが巻き付いた。

 1人くらいは、根性が据わったタフな男がいたらしい。肩で息をしながら、決闘盤を構えていた。

 

「へへ……これで逃げられねぇな。ちょっとは俺らとも遊んでくれよ……なぁ?」

「なにこれ? ワイヤー?」

「これは……」

 

 瑞葉と青年を繋ぐそれを見て、金髪の男は表情を険しくした。まるでこの装置に、見覚えがあるかのように。

 

「貴様、これを一体どこで……?」

「コイツか? これは最近俺らの間で流行っている、ちょっとしたオモチャよ。決闘に刺激を加える楽しい機能が満載だぜ?」

 

 ヘラヘラと笑う青年とは対照的に、繋がれたワイヤーは鈍い光を放っていた。

 

「くっ……奴の挑発に乗るな。あれは危険だ」

「……ふーん」

 

 腕に絡み付いた『枷』を見詰めていた瑞葉だったが、自分のバックに手を伸ばし、一言告げた。

 

「いいよ。決闘しようよ」

「な……俺の話を聞いていなかったのか!?」

 

 焦って自分を止めようとする手を、逆に押し止めて、瑞葉は前に出る。バックから取り出したデッキを、決闘盤にセットした。

 

「ノリがいいじゃん! 俺が勝ったら、そっちの金髪もぶっ倒して、君は俺達のものだぜ?」

「別にいいけど……」

 

 男の言葉に小首を傾げ、

 

「楽しくて、満足できるような決闘にしてね?」

 

 にっこりと笑って、瑞葉は言った。

 

 

「「決闘!」」

 

 

 

 ラルフ・アトラスは困惑していた。

 ナンパされている女の子を助けたら、逆ナンされて決闘が始まった。

 まるで意味が分からないが、ふざけていられる状況でもない。あの青年が持っているのは間違いなく、3年前にグールズのヴォルフ一派が使用していた、あの決闘盤の類似品だからだ。

 以前、ルースから聞いた話だが、各地で行われている違法な『地下決闘』でも、似たような機能を持つ『衝撃増幅装置』が流通しているという。さすがにあの時のようなオカルトめいた機能は無いにしても、あの青年の決闘盤も危険であることには変わりはない。

 

「おい、お前! 悪いことは言わん。やはりサレンダーしろ! 俺が代わる!」

 

 まだ子供の女の子に、そんな危険な決闘をさせるわけにはいかない。

 しかし、ラルフが呼び掛けても、少女は首を横に振るだけだった。

 

「ダメだよ。サレンダーなんて、決闘者の風上にも置けない行為だもん」

「だが、このままでは……」

「大丈夫、大丈夫。それと、私の名前はお前じゃなくて瑞葉だよ、オジサマ。ちゃんと覚えてネ?」

「なにを呑気な……」

「えぇい、ごちゃごちゃとうるせぇ奴らだ。俺の先行、ドロー!」

 

 ラルフと瑞葉のやり取りに痺れを切らしたのか、青年がカードを引き抜いた。

 

「まずは『戦士ダイ・グレファー』を召喚。攻撃表示だ!」

 

 筋骨隆々。逞しい肉体を誇る戦士が、自慢気に携えた剣を振るう。

 

『戦士ダイ・グレファー』

地/戦士族

ATK1700/DEF1600

 

「更に俺は魔法カード『デーモンの斧』をグレファーに装備! 攻撃力が1000ポイントアップするぜ!」

 

『戦士ダイ・グレファー』

ATK1700→2700

 

 悪魔の斧を装備したグレファーの攻撃力が、一気に上級モンスター並みにまで釣り上がる。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 自信あり気にターンを終えた青年を見て、ラルフはふん、と鼻を鳴らした。

 リバースカードの1枚も伏せずにターンを終えるなど、不用心にもほどがある。装備魔法にしても、先攻1ターン目で使う必要はない。どうせ攻撃出来ないのなら、次の自分のターンで反撃に使うべきだ。

 どうやらあの男の実力はさほど高くないらしい。ならば問題は、あの少女の腕前だが……

 

「オジサマ!」

「ん?」

 

 

 

 見れば、瑞葉は決闘中だというのにラルフの方へ向き直り、ニコニコと笑みを浮かべている。

 

「このターンで決着は着くと思うから……一緒にご飯食べに行こうね!」

「なに?」

 

 ラルフは耳を疑った。年端もいかない少女が、満面の笑みで『ワンターンキル』を宣言したのだ。疑いたくもなる。

 

「ふざけんな! 俺をナメてんのか!」

「だってお兄さん、つまらないんだもん。人間的にもツマンナイし……」

 

 デッキトップに優しく手を添えて、瑞葉はまた笑う。ただ、それは今までの笑みとは違う――

 

「……決闘もツマンナイね」

 

 ――冷笑、とでも言うべきものだった。

 

「私のターン、ドロー! ふむふむ。どうやらこの決闘、カードを『2枚』プレイするだけで、終わりそうだね」

 

 歌うように告げられた2つ目の宣言は、ワンターンキルよりも更に強気だ。その言葉に、ラルフも青年も揃って戸惑う。

 

「2枚……だけ?」

「コケにするのもいい加減にしろ! やれるもんなら、やってみやがれ!」

「そう? じゃあ、やらせて貰うね。私は『異形の従者』を召喚!」

 

『異形の従者』

光/水族

ATK700/DEF500

このカードは相手プレイヤーに直接攻撃をする事ができる。

 

 一つ目に、まるでカタツムリの殻のような、半透明の左半身。その姿は、確かに異形と形容するのが正しい。

 

「何かと思えば、1枚目がそんなザコとはなぁ!」

「ふふん、甘く見ないで欲しいな。『異形の従者』は相手プレイヤーに直接攻撃できるんだよ?」

「な、にぃ……?」

 

 冷や汗を垂らして、青年は決闘盤から伸びている『ワイヤー』を見た。まさか自分が先にダメージを負う羽目になるとは、微塵も思っていなかったらしい。

 

「ではでは、『異形の従者』でダイレクトアタック!」

 

 蜃気楼が霞むように姿を消した『異形の従者』は青年の背後へ回り込む。青い目を怪しく光らせ、流水で精製した剣で背後から彼を刺し貫いた。

 

「が、あぁあああ!?」

 

 瞬間、流れたのは高圧の電流と青年の悲鳴。どうやらダメージの数値に応じて、外部刺激として電流を流す仕組みになっているらしい。やはり3年前とは若干機能に差があるようだ。

 

「かはっ……いきなりくらっちまったが……この程度で……」

「やだなぁ、お兄さん。私はまだ『1枚』しか使ってないのに」

「あ……」

「だから、私のバトルフェイズは、まだ終了してないヨ?」

 

 その言葉は青年には、まるで死刑宣告のように聞こえたことだろう。事実、ラルフも驚愕で身を固めた。

 

「速攻魔法『狂戦士の魂』発動っ!」

 

 そのカードの名に。

 

狂戦士の魂(バーサーカー・ソウル)

速攻魔法

攻撃力1500以下のモンスター1体を選択し、手札を全て捨てて発動する。モンスター以外のカードをドローするまでカードをドローし、ドローしたカードを全て捨てる。選択されたモンスターはこのターン、このカードの効果で捨てたモンスターの枚数と同じ回数追加で攻撃できる。

 

「このカードの効果で、私は手札を全て捨てる」

「……は。随分と重いコストだな。手札がなかったら何も出来ないだろ!」

「確かに。これで私の手札は無手札(ハンドレス)」

 

 

 でもね、と瑞葉は青年に向かって、今日1番の笑顔で笑い掛ける。

 

「言ったでしょ? このターンで、2枚だけで終わらせるってね?」

 

 ラルフは目を見張った。瑞葉の言葉通り、条件を満たせば……

 

「私はモンスター以外のカードをドローするまで、ドローを続ける。ドローしたカードは全て墓地へ送って……モンスターの数だけ連続攻撃だよ!」

 

 このターンで、終わる。

 

「そんな……そんなに上手く行くわけが!」

「ふふっ、ワクワクするよね。このドローでお兄さんの運命は決まっちゃうんだから」

 

 笑みを絶やさず、瑞葉はカードを全力で引き抜いた。

 運命のドローの始まりだ。

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

 1枚目。『魔法のランプ』

 

「がぁ!?」

 

青年 LP3300→2600

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

 2枚目。『ゴブリン暗殺部隊』

 

「あ……がっ」 

 

青年 LP2600→1900

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

 3枚目。『レッグル』

 

「ぁあああぁあ!?」

 

青年 LP1900→1200

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

 4枚目。『速攻の吸血ノミ』

 

「うっ……ぐ」

 

青年 LP1200→500

 

 遂に、青年は膝をついて倒れた。

 

「ま……待ってくれ」

「ド……ん、なに?」

 

 もはや虫の息で絞り出された言葉に、瑞葉は動きを止めた。

 

「さ……サレンダーする……だからっ!」

 

 青年の顔は涙と汗でぐちゃぐちゃだった。プライドも、何もかもをかなぐり捨てた哀願。ラルフも同情を禁じ得ないほどに、悲壮感と滑稽さに溢れていた。普通の人間ならば、これよりさらに追い詰めることは躊躇うだろう。

 

「ごめんね。まだ効果終わってないから、出来ないんだ、ソレ」

 

 しかし少女は、それをすっぱりと切り捨てる。

 

「た……頼む! これ以上はっ……」

「こういう効果だからさ。恨むなら、ルールを恨んでね?」

「ま、まって……」

「ドロー…………モンスターカード!」

 

 5枚目。『レインボーフラワー』

 

 青年 LP500→0

 

 白目を剥き、腕と足を投げ出して、青年は倒れた。潰れたヒキガエルよりもひどい有り様だ。

 

「あ……がっ……」

 

 せめてもの救いは、まだ彼に意識があることだろうか。自業自得とはいえ、放っておく訳にもいかない。たった2枚のカードで勝負を決した少女の方も気になったが、ラルフはとりあえず青年に駆け寄って、

 

「ドロー! モンスターカード!」

 

 電流に、弾かれた。

 

「あがぁあああ!?」

「っ……!?」

 

 咄嗟に振り返ると、瑞葉は対戦相手にカードを示していた。

 6枚目。『人造人間7号』

 

「お前……何をしている!?」

「なにって……決闘だケド?」

 

 ラルフの怒気に対して、なんで怒られているのか意味が分からない、といった風に瑞葉は返した。

 

「ドロー! モンスターカード」

 

 7枚目。『女王の影武者』

 

「もうやめろ! こいつのライフはとっくにゼロだ!」

「えぇ……? 私は、自分の身を守る為に決闘をしているだけだよ? 正当防衛だよ。ドロー! モンスターカード!」

 

 8枚目。『ラージマウス』

 

「あ……ひっ……」

 

 もう何度目かも分からない刺激と痛みに、青年は叫びもあげられず、手足を痙攣させている。

 

「やめろ! もうお前の気も済んだだろう!?」

「ふあぁ……確かに、イチイチ叫ぶのも疲れてきたかも。てゆうかオジサマ、さっき言った筈だよ? 私は『お前』なんて名前じゃないって。ドロー、モンスターカード」

 

 9枚目。『サブマリンロイド』

 繰り返されるだけの作業に欠伸を噛み殺しながらも、瑞葉はドローをやめない。規則的な動きと、規則的なペースでカードを手に取っていく。

 まるで、義務であるかのように。まるで、ラルフの声など届いていないかのように。

 

「ドロー、モンスターカード」

 

 彼女は、カードを引く手を決して緩めなかった。

 10枚目。『プラズマ・ボール』

 

「えぇい……やめろと言っているのが分からんのかっ! 瑞葉!」

 

 ラルフはもう限界だった。

 空気を震わせ、地面を割るような、一喝。

 次の1枚に手を掛けようとしていた少女は、動きをピタリと止めた。その様子は、親に怒られて固まる子供によく似ている。

 ただ、違うのは。

 ラルフの声に驚いたわけではなく、ラルフの声に含まれた怒気に気圧されたわけでもない。そんな下らない理由でやめるのかと、ラルフ自身が疑いたくなったが、

 

「ん……分かった。飽きてきたし、名前も呼んで貰えたしね」

 

 そう言って、瑞葉は決闘盤を収めた。 

 

「じゃ……ご飯一緒に行ってくれる?」

 

 無邪気な笑顔で、少女は言う。仕事に加えて面倒事にまで巻き込まれ、これ以上割いている時間など本来ならないのだが、彼女とこのまま別れるのはなぜか良くない気がした。例えるなら、道端で猫を拾ったような、そんな感覚だ。

 

「……これの後始末を済ませてからな」

 

 自分がやってしまった2人と、それ以上にひどい状態の1人を見て、ラルフは溜め息を吐いた。

 

「えぇ!? 放っておけば誰か拾ってくれるよ?」

「そういうわけにもいかんだろう……お前がやり過ぎたのが悪いんだ」

「そんなぁ……」

 

 携帯電話を取り出し、警察に連絡を取り始めたラルフを見て、瑞葉はぽつりと呟いた。

 

「……まだ全然満足してないのに」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ふぅ……満足、満足!」

 

 昼のピークタイムを過ぎたレストランの店内は、閑散としていた。時刻は2時を回って少し。昼食を取るには遅すぎる時間帯だ。だからだろうか。ラルフ達がいるテーブルは、少ない客達からの視線を一ヶ所に集めていた。

 別にラルフ達の風貌がおかしいわけではないだろう。見方によっては兄と妹(父親と娘とは思われたくない)の普通の食事風景に見える。

 

「すいませーん! チキンのソテーと、フィッシュアンドチップス、おかわりお願いします」

 

 ただ、量がおかしいだけだ。

 というか、満足したのではなかったのか。

 

 

「……待て。それで何皿目だ?」

 

 積み上げられた皿を数えるのも面倒になり、ラルフは瑞葉に聞いた。

 まるで大食い大会のような状況だ。注目を集めるのも無理はない。

 

「うぅん……私、お腹一杯食べるのが心情なんで、何をいくら分頼んだかは、あんまり覚えてないかも」

「……ここの料理、そんなに美味いか?」

「うんうん。オジサマが言いたいことは分かるよ。さすがイギリス。料理はあんまりおいしくないね!」

 

 ではお前が今、口一杯に頬張っているものは何だ?

 ラルフは呆れを隠そうともせずに、半目で瑞葉を眺めていた。

 それに気づいたのか、瑞葉は水を飲んで一息つくと、満面の笑みを浮かべる。

 

「警察の事情聴取で2時までご飯をお預けにされたけど、お陰で空腹という最高のスパイスを得ることができたね!」

 

 本当に、自分に出された料理と彼女に出された料理が違うものなんじゃないかと疑いたくなるほどの、清々しい食いっぷりだ。

 

「でも本当にいいの? 奢ってもらって?」

「……ああ、いいとも」

 

 普通、この年頃の娘は、摂取カロリーを異常に気にするのではないのだろうか。瑞葉はイギリス名物、フィッシュアンドチップスをこれでもかと食べている。何事にも例外はあるのだと、ラルフは無理矢理自分を納得させた。

 

「……ねぇ、オジサマ?」

「なんだ?」

「デザートも食べていい?」

「……ああ、いいとも」

 

 問題ない。既にラルフの脳内では、代金をどうにかして経費で落とす算段がついている。

 

「それにしても……君は日本人だろう? どうしてイギリスにいるんだ?」

 

 食べてばかりで忘れていたが、本来は彼女について色々と聞きたくて、昼食を共にしたのだ。

 

「ちょっと色々あるんだ~。でも、ちゃんと保護者の人もいるから大丈夫だよ」

「1人でいて大丈夫なのか?」

「お仕事中なんだよね。私も子供じゃないんだし、それくらい気を遣うよ?」

「そうか……」

 

 それにしても、とラルフは改めて瑞葉を見た。

 一見普通の可愛らしい少女だから、ナンパされていたのも分かる。が、決闘をしていた時の彼女の様子は、どうにも普通とは違った。うまくは言えないが、妙に場慣れしているような……相手を踏みにじって『勝つ』ことを、当たり前に考えているような……

 そこまで踏み込んで良いものかと、若干躊躇しながらラルフは口を開いた。

 

「すまない……変な質問になるんだが……」

「なぁに、オジサマ? 私はいいけど、私のことをあんまりじろじろ見ると、変な人に思われちゃうよ? ほら、あそこの綺麗なお姉さんなんか、すごい不審そうな目でオジサマのことを見てるし」

 

 そんなに自分は怪しい男に見えるだろうか、とラルフは瑞葉がこっそり指差した方を振り返った。

 

「…………は?」

 

 そして、見覚えのある顔が4人集まっているテーブルを見て、比喩でもなんでもなく、目が点になった。

 

「……ラルフ先輩、お久し振りっす」

「……おーい、ラルフ。その子の食事代、経費から落とすつもりじゃないだろうな?」

「……どうも。ご無沙汰しております」

 

 この3人は、まだ分かる。きっと仕事で、この国に来たのだろう。かなり低い確率だが、こうして偶然会うこともあり得るだろう。

 だが、1人だけ。このメンバーの中にいるはずのない、瑞葉の言う綺麗なお姉さんが混じっている。

 

「……楽しそうですね?」

 

 凍てつくような声音に、ラルフは何も言えずに固まった。

 




決闘者が聞くとなぜか反応する三大用語

1.満足
2.ファンサービス
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