嫉妬とは。
自分より優れた者を妬むこと。
そして、自分の愛している者の愛情が他に向くのを、憎むこと。
フィーネ・アリューシアは、今までそんな感情を抱いたことはなかった。
幼少期に母と分かれ、思春期をグールズという組織の中で過ごし、極端に言えば自分にとって『大切』と思えるような人間がいなかった。故に、嫉妬という感情を知らない。故に、その感情に歯止めが利かない。彼女が過ごした時間が彼女の心理に大きな影響を与えているのは明白だが、そういった小難しい話は置いておくべきだろう。
フィーネと同じテーブルに着いている男性陣――モクバ、サイトウ、花澤が考えていたことは、ただひとつ。
超こわい。
「お……おい。なんかすげぇ怒ってないか?」
「そりゃ無理ないっすよ。久しぶりに彼氏に会えるってウキウキでイギリス来たのに、隣に黒髪美少女がいたんすから」
「彼女は何者なのでしょう……まさか、アトラスさんは浮気を……」
「ありえるっすよ、花澤さん。あの先輩、無駄にモテるっすから」
「そうなのか、サイトウ?」
「ええ。女の子とデートしている時に、他の子とばったり会ってしまう……俺には今のラルフ先輩の気持ちが痛いほど分かるっす」
「なんでお前に分かるんだよ!」
「分かるっすよ。ギャルゲーで腐るほど経験したんで」
「ゲームですか……」
「お前は黙ってろ」
無論、モクバ達はフィーネに会話を聞かれないようにボリュームを最小にして会話している。
が、にも関わらず、彼女は首だけをぐるりと男性陣の方へ向けた。
「すいません、少し静かにして頂けますか?」
「…………」
「…………」
「…………」
フィーネの目は完全に据わっていた。押し黙るしかない。
目の前の事態にようやく脳の処理が追い付いて、ラルフは口を開いた。
「ど、どうして、ここにいるんだフィーネ?」
ラルフの問いに、フィーネは再び振り返った。
「モクバ副社長から、お仕事の依頼を受けたんです。それで急遽イギリスに。そうですよね?」
「あ、あぁ。そうだぜぃ!」
急にフィーネに話を振られ、モクバは慌てて言葉を返す。
ちらりとラルフの方を見ると、助けくれ、という全力のアイサイン。気付きはしたが、モクバは目を逸らして無視した。中学生のモクバでも、この間に割って入ればかなりマズイことは容易に想像できる。正直言って、フィーネの矛先がこちらに向くのは全力で避けたいし、なによりまだ死にたくない。穏やかな彼女をこんな風に豹変させたのは、ラルフの責任だ。
責任は、自分で取れ。
そんなモクバのメッセージを察し、ラルフは周囲のフォローを諦めてフィーネと正面から向き直った。
「そうか……こ、こんなところで会えるとは、偶然だな!」
「そうですね」
「し、仕事が貰えて良かったな」
「はい。ラルフさんはサボリですか?」
「断じてサボりではない! 昼食をとっていただけだ! お前達と同じだ!」
椅子から立ち上がり、腕を振り上げ、オーバーリアクションでフィーネの言葉を否定する。
「そうだよ! オジサマは私とご飯を食べていただけだよ!」
ついでに瑞葉も椅子から立ち上がり、ラルフに腕を絡ませ、頬を膨らませた。頼むから、行動と言動が矛盾するようなことはしないで欲しい。頭を抱えたくなったが、腕に絡まれているせいでそれすらできない。
「へぇえ……オジサマですか」
「違う! 違うぞ、フィーネ! この子は……」
「私が不良に襲われそうになっているところを、颯爽と現れたオジサマが助けてくれたの! それでご飯に誘ったら、奢ってくれるって……」
「お前はもう黙っていろ!」
「むぐぅ!?」
ラルフは瑞葉の口にフィッシュアンドチップスを押し込んで、自分からひっぺがした。これ以上誤解を招くような発言をされては、本当に取り返しがつかなくなる。
「……サイトウさん」
「は、はいっ! なんでございましょうか!?」
「あの……あれ。なんて言いましたっけ? 小さな子が好きな……」
「……ロリコン?」
「そう、それです」
「ちがぁああぁう!」
バァン、と机に拳を叩き付け、ラルフは叫んだ。
「俺に勝手な性癖を付け加えるな! そこのオタクじゃあるまいし、俺はロリコンなどではないっ!」
「そうですか? 同僚のサイトウさんと過ごしているうちに、そういう趣味に走るようになったんじゃないですか?」
「さりげなく俺をディスるのやめて欲しいっす……」
フィーネの視線は依然として険しいままだ。冷たい、どころではない絶対零度のような視線にグールズだった頃の彼女を思い出す。つい先日も機嫌を損ねたが、今回はパックをあげれば直るような怒り方ではない気がする。
「おい……フィーネ」
「私はロリコンの人と話すようなことはありません」
「会話すらしない気か!?」
「ああ、注文がまだでしたね。モクバ副社長、何を食べますか?」
「待て、席に戻るな! まだ話は……」
立ち上がっていたフィーネは、さっさと自分の席に戻っていく。もはや釈明すらさせてくれないらしい。
どうすればいいのだ……と途方に暮れているラルフをとんとんと指がつついた。
「ねぇへぇ、ほじざま」
「えぇい、なんだ? 口の中のモノを無くしてから喋れ!」
ある意味この問題の原因とも言える彼女は、モグモグと咀嚼していたフィッシュアンドチップスを飲み込み、屈託のない笑顔で言い放った。
「あのお姉さん、オジサマの恋人なの?」
まっすぐな黒い瞳に見詰められ、思わずたじろぐ。気恥ずかしいが、本人の前で嘘を言っても仕方ない。ラルフは答えた。
「……ああ、そうだ」
ピクン、とフィーネが僅かに反応したことにラルフは気づかなかった。だが、瑞葉は視界の隅でその動きを捉え、にんまりと含みある笑みを浮かべた。
「ふぅーん、そうなんだ。じゃあ、あのお姉さん、私とオジサマが仲良くしているのに、妬いちゃったんだね」
ピキ、と音が聞こえそうなほどにフィーネの表情が歪んで固まる。彼女の表情がよく見える男性陣3人もヒッ……と息を飲み、固まった。
「嫉妬か……まったく、俺がお前のような少女に如何わしい気持ちを抱くわけがないというのに……」
「えぇ? 本当に?」
「なんだ? お前まで俺がロリコンだと言う気か?」
若干やさぐれ気味にラルフが言うと、瑞葉はふふんと胸を張った。
「いやいや、私はもう立派なレディだからね。オジサマを落とそうと私が本気になれば、イチコロだよ?」
「そのペッタンコでよくもそんなことが言えたものだ」
「それはセクハラ発言だよ、オジサマ。でも、小さい方も需要あるっていうし……」
瑞葉は椅子から立ち上がると、ラルフの膝の上に座り込んだ。唐突な出来事に、反応が間に合わない。
「なっ……おい!?」
「こーんなことすると、ドキドキしない?」
ミニスカートの瑞葉は、自然と素肌を晒した太股をラルフのズボンの上に密着させる形になる。さらに少女は身体を捻って、厚い胸板にしなだれかかった。細い腕をラルフの首の後ろで交差させて、絡みつく。
ちょうどラルフがこのまま立ち上がれば、お姫様抱っこになるような体制だ。
「ちょ、ちょっと待て……」
ラルフは慌てた。少なくとも、昼間の飲食店でやっていいことではない。フィーネ達のテーブルの方を見れば、モクバと花澤は目を丸くし、サイトウは憎悪すら感じる凄まじい形相で歯軋りしている。が、彼らははっきり言ってどうでもいい。
肝心の、問題の彼女は、ラルフ達の方を決して見ようとせず、しかし身体をわなわなと震わせていた。
ラルフの頭の中で、過去最大級の警報が鳴り響く。誤解を解くはずが、逆に誤解を招いているこの状況をなんとかしなければならない。とりあえず瑞葉を再び引き剥がす為に、彼女の細腕に手を掛けた。
「今すぐ降りろ、瑞葉」
「どうして?」
「社会的にも個人的にもこの状況がまずいからだ」
「やだなぁ、オジサマ。私はただ膝の上に座って甘えてるだけだよ? ほら、私まだ子供だからね」
「さっき自分のことをレディと言っていたのはどの口だ! こうなったら強引に放り出すぞ!」
「あ、待って待って!」
瑞葉はラルフの膝の上でもぞもぞと動くと、顔を近づけて耳元で囁いた。
「あのね……今、オジサマのズボンと擦れてる布、私のパ――」
ラルフの顔が真っ赤になるのと、フィーネが握っていたグラスが砕け散ったのは同時だった。
そして次の瞬間、ラルフの視界が反転した。瑞葉も宙に投げ出されているのをスローで追いながら、ようやく自分の身に何が起こったのかを理解する。
視界の隅にはショートパンツ姿で、躊躇いなく足を振り上げたフィーネがいた。
要するに、頬を――というより頭を、蹴り飛ばされたのだ。
転がる視界と床に叩きつけられる感触に、彼女とはじめて会った時のことを思い出しながら、ラルフは意識を失った。
◇◆◇◆
「浮気がばれて平手打ち食らって、頬にモミジ作るってのは、よくあることっす。俗に言うテンプレっすね」
「…………」
「けど、頬に靴跡が残るっていうのは、かなり新しいっす。うわ……マジでくっきり残ってる。すごいっすね、フィーネさんの蹴り。クリーンヒットじゃないですか」
「……いいからはやく冷やすモノをよこせ」
「はいはい。塗れタオルっす」
公園のベンチで空を見上げながら、ラルフはサイトウから水の滴るタオルを受け取った。左頬にはサイトウの言葉通り、くっきりと赤い靴底の跡がついている。
塗れタオルの冷たさが、じんじんと痛む頬に心地良い。公園を通り掛かる通行人は、チラチラとラルフ達を見ていた。きっと、喧嘩でやられたサラリーマンとでも思われているに違いない。少なくとも、彼女に蹴り飛ばされたと予想する人間は皆無だろう。
「……さて、ラルフも目を覚ましたことだし、話を始めるぜ」
サンドイッチを腹に収めたモクバは、ペロリと指を舐めるとノートパソコンを開いた。店の中で騒ぎを起こしたせいで追い出され、昼食を食べ損なったのだ。隣のベンチでは、フィーネも不機嫌そうな顔でサンドイッチを頬張っている。更にフィーネの隣では「これはまた違う味だなぁ」などと言いながら、瑞葉も口を動かしていた。あの少女の胃袋は鉄か何かで出来ているのではないだろうか。
「ラルフが寝ている間に、この瑞葉って子と、フィーネの話をまとめたら、情報をかなり整理できた。それを今から説明するぜぃ」
「情報?」
「ラルフさんが寝ている間も、私達はきちんと仕事をしていたということです」
トゲトゲしい声がラルフの背中に突き刺さる。誰の言葉かは言うまでもない。逆に、誰のせいで眠りこける羽目になったんだ、と喉まで出かかったが、ラルフは堪えた。
「ちなみに意識の無いお前をレストランから公園まで運んだのは、花澤だからな? 礼くらい言っとけよ」
「すみません……ありがとうございました」
「いえ……」
レストランからこの公園までは5分ほどの距離がある。大の大人を背負って歩くのは疲れるし、かなり痛い視線に晒されたことも容易に想像できた。今度お礼に、食事でも奢った方が良いだろう。
口を動かしながら、モクバは忙しそうに手も動かしている。極薄のノートパソコンのモニターには、この周辺のマップと様々なデータグラフが表示されていた。
「この地図は……?」
「私と瑞葉ちゃん、それにモクバ副社長とで、情報を整理したものです。見て分かりませんか?」
声音は冷たいままだが、フィーネはラルフの疑問に答えた。意地を張っているのか、むしろ説明したいのを無理に押さえて、つっけんどんな語調になっている。
「もぉ、フィーネお姉さんってば、オジサマにイジワルし過ぎだよ?」
「……瑞葉ちゃん。あなたはそうやって、すぐラルフさんにくっつこうとしないで」
モニターを覗き込んでいるラルフにさりげなく近付こうとした瑞葉を、フィーネは容赦なく割って入って遮った。
フィーネの瑞葉に対する呼称は、柔らかい『ちゃん付け』だったが、言葉の節々にラルフの時よりも鋭い棘がある。どんなに鈍くても、それに気付かない筈はないのに、瑞葉はわざとらしく首を傾げた。
「なんでダメなの?」
「不健全だからです」
「私は不健全でもいいよ?」
「ラルフさんが反応しちゃうから駄目なの」
「待て、フィーネ。その言い方は色々と誤解を……」
「反応しちゃうってことは、私がフィーネお姉さんより魅力的ってことじゃないの?」
「ッ……!」
「あー、オホン」
修羅場になりそうな、泥沼な会話を、モクバは咳払いで遮った。
「話を進めるぜ。今回俺らが兄様から受けている指示は2つだ」
ピン、と指を立てて、モクバは言葉を続ける。
「1つは『武藤遊戯』の捜索。2つ目は『グールズ』残党がこの国に集結しているという情報の真偽の確認。本当はラルフが前者を、俺らが後者の仕事を担当するつもりだったんだが……どうやらこの2つ、無関係じゃないらしいぜ」
「グールズ残党がこの国に……いや、それよりも無関係ではないとは、どういうことですか?」
「それには私が答えるよ、オジサマ」
ノートパソコンを受け取り、瑞葉はモニターのマップに示された赤い点を指差した。
「地元の人から聞いた噂なんだけど、この場所の地下には違法な『決闘場』があるらしいんだよね」
「なに?」
「そんな噂だけなら、俺らも取り合うつもりはなかったんだけど……」
「……そのエリアは、グールズのイギリス支部の、拠点予定地でした。バトルシティの一件で、その計画は立ち消えになったと思っていたのに……」
モクバの言葉尻を引き継いで、フィーネは沈痛な面持ちで言った。ただの建設予定地なら、警察の目を逃れていても不思議ではない。が、それに気付かなかった自分の迂闊さを悔いているようだった。
「しかも、更に、だ。情報部が集めた『武藤遊戯』の目撃情報はこの辺りだ」
「それはつまり……」
「間違いないぜ。遊戯のヤツ、何かに勘づいてグールズの連中を調査しているんだ」
どこか嬉しそうに、モクバは言葉を重ねた。事実、嬉しいのだろう。海馬はグールズの捜索などよりも、遊戯のことが気になって仕方がない筈だ。2つ同時に調査できるなら、大いに手間が省ける。
「と、いうわけで、今からその場所に向かうぞ。まずは本当に地下決闘場があるか、確かめなきゃな」
「そうだよね! 早速行こう!」
「……待て」
今にも歩き出しそうな瑞葉をラルフは押し止めた。
「そんなアウトローが集まるような場所に、お前を連れて行くわけにはいかん」
「そうです。子供はそろそろ家に帰ってください」
再会してからはじめてまともに、フィーネはラルフの言葉を肯定した。それでも、言葉の刺は別の方向に向けられているが。
瑞葉は不満を隠そうともせず、頬を膨らませる。
「えぇ……私、役に立つよ?」
「駄目だ」
「決闘強いよ?」
「駄目だ」
「はぁあ……分かったよ。じゃあ、ここでお別れだね」
これ以上駄々を捏ねても無駄だと判断したのか、少女は口を尖らせながらも引き下がった。その場でくるりと回って、フィーネに向かって笑い掛ける。
「お姉さん、もっと素直になった方がいいよ。オジサマ、こんなにイイ男なんだから」
「……余計なお世話です」
年下にそんなことを言われるのが余程不服なのか、フィーネは拗ねたようにそっぽを向いた。
その様子に、瑞葉はにんまりと笑って、
「欲しいモノは欲しいって、大事なモノは大事ってハッキリ言わないと……」
猫のような機敏さでラルフに近づくと、
「誰かに盗られちゃうぞ♪」
背伸びして、唇を赤くなっていない方の頬に、そっと触れさせた。
「なっ……」
「ふふっ、じゃあねー!」
満足感に溢れた笑顔で手を振りつつ、瑞葉は足早に立ち去っていった。
暫く。
頬の柔らかい感触に呆気に取られていたラルフだったが、凄まじい悪寒を感じて我に返る。
「フィ、フィーネ?」
「……ラルフさん。左頬を出してください」
「ま、待て……」
小気味よい、軽い打撃音が公園に響いた。
――――――――――――――――――――
「はい、もしもし~?」
『……私だ。どこで油を売っている?』
「やだなぁ、私を置いて行ったのはセレスさんだよ? それはこっちのセリフだなぁ。ところで、探し人は見つかったの?」
『……合流するぞ。場所は……』
「あ、それなんだけど、例の地下決闘場の近くでいいかな?」
『何故だ? 次の目的地はどうせそこだ。近くで落ち合っても手間になるだけだろう』
「ちょっとね……おもしろい人達がそこに向かってるから」
『面白い人?』
「うん。きっとセレスさんも喜ぶと思うよ!」
◇◆◇◆
薄暗い階段を下ると、鉄製の扉があった。まだ『準備中』の札が下がっているが、構わずに開ける。沈黙を破って響いてきたのは、人々の喧騒。まだ昼間だというのに、中にはそれなりの数の人間がいた。
花澤啓二は店内を注意深く観察しながら、空いているカウンター席に腰掛けた。
「見ない顔だな。ウチに来るのははじめてかい?」
「知人から面白い賭け事ができると紹介されてな。昼間からこんなに人が集まっているのも、それが理由だろう?」
地下にあるバーにしては不釣り合いなほどに、店内は広かった。普通、こういう店に来る客は隠れ家的な要素を楽しみにしている年配の人間が多い筈だが、皺のある老人や婦人がいるかと思えば、パンクファッションに身を包んだ若者の姿もちらほらと見える。客層はバラバラだった。
そんな彼らの共通項は、全員が小型のモニターを食い入るように見詰めている、ということだ。店員と二言三言話すと、店の奥に入っていく人間もいた。
「デュエルモンスターズの『賭け』ができると聞いたんだが……」
「……どうぞ」
差し出されたのは小型のモニター。軽く首を傾げてみせて、花澤はモニターを手に取った。
「見ての通りはじめてなんだ。システムの説明をして頂けるだろうか?」
「勿論だ。そんなに難しい話じゃない。決闘でどちらが勝つか、賭けるだけだ。まずは……」
『まずはそのセンターボタンを押してくれ。今行われている決闘が表示されるだろう? だが、途中参加はオススメしないな。次の決闘から賭け始めるのがチュートリアルにはイイと思うぜ?』
「何がチュートリアルだ。違法決闘を食い物にしおって……」
小型無線機から聞こえてくる音声に顔をしかめて、ラルフは吐き出すように言った。
「けど、予想通りビンゴだったな。花澤もうまくやってくれているぜ」
忙しなくキーボードを叩きながら、モクバはニヤリと笑みを漏らした。傍らには日常生活では見ることがないような、専門の機器が置いてある。隣にいるサイトウはそれらを巧みに操り、モクバをサポートしていた。
「あ、ラルフ先輩!」
「なんだ?」
「言い忘れてましたけど、両頬が赤くなってバランス取れてますよ。よかったっすね!」
「…………」
これらの機材を用立てたのが、このオタク趣味で先輩に敬意を払わない馬鹿者だという事実を、ラルフは認めたくない。現状自分よりも仕事をしているのが、また腹が立つ。
ラルフ達がいるのは、花澤が潜入した店の真上。目立たない路地裏の一角だ。瑞葉から得た情報とフィーネの記憶から特定したこの場所は、一見すれば寂れた煉瓦作りの建物が立っているだけだったが、地下には怪しげなバーがあった。
サイトウが用意した機材一式には小型のインカムや集音性の高いマイクも含まれており、それを着けた花澤が潜入した結果が、これだ。もはや疑う余地はない。完全な黒だ。
「問題は、ここからどうするか……」
「どうやら噂の『地下決闘』が行われているのは、花澤さんがいるバーの更に地下っぽいっすね」
「その現場を押さえることができれば、決定的な証拠になりますね」
「でもな……いきなりそれは難しいぜ?」
フィーネの言葉に、モクバは渋い顔で否定を返した。
「花澤から店内の客層についてもメールで来てる。それなりの上客じゃないと直接決闘をしている階層には降りられないらしい。しかも、その上客の中には見知った資産家もちらほらいるって言ってきてるんだ」
「それは……」
「悔しいけど、そういう奴らに需要があるってことさ。確実な証拠を掴まないと揉み消される可能性すらある。慎重にいかないとな」
「でも……」
唇を引き結び、フィーネは俯いた。
「こんな決闘……はやく終わらせないと……」
絞り出すように、それでも頑なに、嘗てグールズの一員だった女は言った。
自分自身がその場所に立っていたからこそ、分かる痛み、分かる苦しみ。短い言葉だったが、そこに込められた苦々しい響きに、モクバは目を背けた。
「けどな……」
「副社長、私も中に侵入します」
「ラルフさん!?」
スーツの上着を脱ぎ、ラルフはサイトウが用意した通信機材一式と決闘盤を装着した。
「バトルシティの時と同じです。こういった潜入には多少の心得があります」
「いや、でもお前は本来ウチの社員じゃないんだ! そこまで危険なことを任せるわけには……」
「構いません。公私混同になりますが、私にも意地があるので」
ぽかんとしているフィーネの頭に、ラルフはそっと手を乗せた。
「こんなチャンスを作って貰って、こんな顔をされて、何もせずにいることなどできません」
本当は彼女の前で少し格好をつけたい、というのもあったのだが、それはさすがに黙っておいた。
モクバはしばらく腕を組んで固まっていたが、やがて観念したように溜め息を吐くと、腰に手を当てて長身のラルフを見上げた。
「……はぁ、兄様がお前を気に入ってる理由が分かった気がするぜ」
「……ありがとうございます」
「誉めてないっての……無茶はすんなよ」
「はい」
フィーネは何も言わなかったが、とりあえずそれでいいと思った。
仲直りはもっとゆっくり、帰ってからでいいだろう。
――――――――――――――――――――
「入れたぞ。侵入成功だ」
『マジですごいっすね。スネークじゃないんだから……』
「スネーク?」
『ああ、何でもないっす。どうっすか? 中の様子は?』
以前、創司にも同じことを言われたな、と緊張感のないことを思い返しながら、ラルフは換気口から地下通路に降り立った。
「ここは花澤さんがいるバーよりも、地下のはずだが……」
『正解っすよ。こっちのモニターでも先輩の位置は発信機で掴んでるっす。それにしても、本当によく入れましたね』
「見た目は古い煉瓦作りでも、地下には大量の人間がいる。しかも秘匿性を高める為に防音仕様で、密閉性が高い。ならば……」
『換気の為の排気口があるってことっすね』
「そういうことだ」
さて、とラルフは周囲を見渡した。それにしても、本当に広い。直上の建物の敷地よりも間違いなく広い。恐らく、他の建物の地下にまで、この施設は広がっているのだろう。
『それ以上地下に行くと、電波が届かなくなる可能性がある。俺らでサポートはするけど、あんま当てにはすんなよ』
「了解です、モクバ副社長」
『監視カメラのようなものはあるっすか?』
「あるな。前方の曲がり角の先だ」
死角から注意深く覗き込む。ここで写り込むようなヘマをすれば、今までの苦労が水の泡だ。
『今、この施設のネットワークにハッキング試してるんすけど、まだまだ時間が掛かりそうっす』
『とりあえず、監視カメラに注意して先に進んでくれ。こっちもなるべくはやくシステムを掌握するぜ』
コンピューターシステムに関しては、モクバは海馬に匹敵する天才だ。心強い味方の存在に安心感を抱きながら、ラルフは先に進んだ。
コンクリートが打ちっぱなしの無機質な風景。が、その中に変わったものを見つけて、思わず足が止まる。
「……部屋があります」
明らかに周囲から浮いている、木製の扉だ。
怪しいが、周囲に監視カメラはない。何か手掛かりがある可能性もある。ラルフは意を決した。
「……入ります」
『……注意しろ』
ギッ……と嫌な音をたてる扉を、ラルフは無理矢理押し開けた。
何が出てくる? 何がある?
身構えたラルフに飛び込んで来たのは、
「いやだっ……嫌だぁああああ!」
想像よりも、遥かにおぞましい光景だった。
部屋の中にあったのは、ボールにくぐり輪。それに空中ブランコ。まるでサーカス小屋のように、小道具だらけだった。
だが、ラルフが潜入したのは地下決闘場。サーカス小屋であるわけがない。
それを証明するように、部屋の中央では一組の決闘者が決闘を行っていた。
否、決闘は既に決着している。しかも、既に『一組』の決闘者ではなくなっている。
なぜなら、片方の男は物言わぬ肉塊と化していたのだから。
「……はがっ……」
物言わぬ、というのは適当な言葉ではなかったかもしれない。全身に高圧電流を浴び、焼けただれた皮膚の表面から煙を出している男は、全身を痙攣させながら呻いている。
だが、アレは果たして生きているのか。ただ身体が、電気信号に反応して発声器官を震わせているだけではないのか。
「――おや、珍しいお客だ」
そして、驚くべき要因は無惨なその光景だけではなかった。
滑らかな声は、聞いたことがあるものだったのだから。
「そん……な」
そこから先は言葉を失い、ラルフは立ち尽くした。
見間違える筈もない、特徴的な髪型。首から下げた黄金のアクセサリー。傍らに控えているのは、言わずと知れた相棒である最高位の魔術師。
「……武藤、遊戯?」
「ああ、その通り。俺は武藤遊戯だ」
間違いなく、武藤遊戯の声だった。
『ラルフ先輩、ラルフ先輩! 聞こえてるっすか!?』
『おいラルフ! 今、遊戯って言ったよな?』
「……あ、ああ」
悪夢のような光景に停止した思考は、2人の声で引き戻された。
目の前にいる人物は、武藤遊戯だ。だが、鼻につく、肉の焦げた匂い。ラルフは信じられなかった。
これをやったのも、本当に彼なのだろうか?
『本当に遊戯なのか? 間違いないのか?』
「『ブラック・マジシャン』を使っている……しかも首には、金色のペンダントがある。間違いない」
『金色……ちょっと待て。金色の……なんだって?』
ラルフの説明を聞いたモクバは、何かに気づいて言葉を詰まらせると、
『……気をつけろラルフ! ソイツは『武藤遊戯』じゃない! 偽物だ!』
目前にいる『男』の正体を、看破した。
「ニセ……モノ? それはどういう……」
『今の遊戯がソレを持っているはずはないんだ! いいからすぐにっ……』
モクバの声は、途中で激しいノイズに遮られて途絶えた。
ハッとして正面を見ると、武藤遊戯の姿をしたその『男』は口元を裂けそうなほどに歪めていた。彼の手には、何かの装置が握られている。
「お仲間がいるようですね……失礼ですが、妨害させて頂きましたよ」
男の声は、違うものに変わっていた。先ほどまでとは似ても似つかない、絡み付くような、粘着質な不快な声音だった。
「お前は、何者だ?」
「何者? 何者ですかぁ……いや、ついさっきまでは実に完璧に『武藤遊戯』でしたよ。だがしかし、見破られては仕方がありませんねぇ……もう御覧になっていた観客の皆さんの視線もないことですし……いいでしょうか」
男は、自分の顔に爪を立てた。血は滲まず、ありえない音をラルフの耳に届けながら、皮膚が剥がれていく。
「ふふふ……イヒャハハハハハッハハ! いやまさか、まさかねぇ。いきなり押し入ってきた不躾な観客に、私の完璧な変装を見破られるとはァ……ショーの舞台というのは、何が起こるか分からないモノです」
着ていた衣服も、全て剥ぎ取られて宙に舞った。しかし次の瞬間には、男は赤いタキシードに赤いハット、それに仮面を付けて、ラルフの前に立っていた。
全てが一瞬の出来事。まるでマジックだ。
「貴様は……」
「はじめまして。ワタクシ、この地下で行われている素晴らしき決闘ショーに、端役として出させて頂いております」
どこからか決闘盤を取り出し、ハットを回しながら装着する。その動きに無駄はなく、一流であることが分かる。
彼はハットを手に取ったまま、
「元『グールズ』所属。奇術師、パンドラと申します」
笑顔と共に名乗り、慇懃に頭を下げた。
アークファイブに満を持してジャック登場。
懐かしきあのポーズ。懐かしのあのセリフ。相変わらずスピンしまくってハラハラするホイール・オブ・フォーチュン。
懐かしいだけではなく、新規のリゾネーターもしっかり出し、新規のレモンもかっけー口上と共に呼び出し、テンションがバーニングソウル。
これは『リゾネーター』が環境入りする日も遠くないな! 新規もいいけど『ミラーリゾネーター』ください! 俺のジャックデッキの中に三積みされてる『コール・リゾネーター』が出番待ってるんです!
あ、レッドデーモン・べリアルも楽しみです。