ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

48 / 66
46.「本物です」

 『ブラック・マジシャン・ガール』は特別なカードだ。

 伝説の決闘者、決闘王『武藤遊戯』の相棒として広く認知されているモンスターは『ブラック・マジシャン』だが、彼の弟子である彼女も『武藤遊戯』のモンスターとして、同等の知名度で知られている。なによりも師匠である『ブラック・マジシャン』と異なる点は『ブラック・マジシャン・ガール』は世界で唯一、武藤遊戯だけが所持しているということだろう。

 世界中の決闘者がいくら切望しても、絶対に手に入れることが出来ないカードがいくつかある。

 神のカードである『オベリスクの巨神兵』『オシリスの天空竜』『ラーの翼神竜』

 海馬瀬人が所有する3枚だけしか存在しない『青眼の白龍』

 そして次を挙げるとすれば……この『ブラック・マジシャン・ガール』が当てはまる。

 決闘王のみが使役できる、可憐な魔法少女。多くの決闘者が憧れを抱いても、しかし決して手にすることはできない。だからこそ『ブラック・マジシャン・ガール』は『武藤遊戯』の代名詞となったのだ。

 

 そんなモンスターが、今。フィーネ・アリューシアの眼前にいた。

 

「どう……して?」

「どうしてぇ? 私は今まで『武藤遊戯』を名乗って決闘してきたのですよ。ならば、このモンスターを所持していない方が不自然というものでしょう」

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』は世界に1枚しか存在しない。本来ならば決闘王以外に使うことはできないカードだ。だが、かつてフィーネが所属していた組織は、そんな不可能を可能に変える技術を持っていた。

 カードの複製。即ち、コピーカード。

 

「そんな顔をしないでください。貴女は今、伝説のモンスターと相対しているのです。もう少し喜んでもいいのでは? 私と闘った決闘者達は、皆興奮してくれましたよ?」

「生憎、ニセモノのコピーで喜ぶような安い感性は持ち合わせていません。しかも使い手もニセモノ。これで興奮して盛り上がれというのが、無理な話です」

「……フフ、やれやれ。なぜ私が、この地下決闘場で『武藤遊戯』を名乗ることが出来ていたか、まだ分かっていないようだ」

 

 辛辣なフィーネの言葉に、パンドラは微笑を浮かべて、

 

「私は『魔道化リジョン』の効果発動! このモンスターが生け贄となった時、レベル7以上の上級マジシャンを手札に加えます」

 

 鮮やかな手つきで、奇術師はデッキからカードを抜き取った。そのモンスターは、彼の切り札であり、決闘王の代名詞でもある魔法使い族。

 

「私が手札に加えたのは『ブラック・マジシャン』 そしてそのまま魔法カードを発動します」

 

 けれど、今回魔術師が活躍する舞台はフィールドではない。パンドラはほくそ笑んで、次のカードを切った。

 

「『手札抹殺』を発動!」

 

 お互いの手札を全て捨て、入れ換える魔法カード。通常なら手札1枚分をパンドラの方が多く消費し、ディスアドバンテージを負うことになる。だが、この局面での『手札抹殺』には別の意味も含まれていた。

 

「私は3枚捨てて3枚ドローします」

「フフフ……私は4枚捨てて4枚ドロー!」

 

 ひけらかすように、パンドラは自らの手札を晒しながら墓地に送る。その内容を見てフィーネは眉を潜め、彼女の背後のラルフは息を飲んだ。

 

『マジシャン・オブ・ブラック・カオス』

『マジシャン・オブ・ブラック・カオス』

『ブラック・マジシャン』

『ブラック・マジシャン』

 

「手札が全て……上級マジシャンだと!?」

 

 そんな馬鹿な。

 いくらサーチカードで手札に呼び込んでいたとはいえ、余りにも都合が良すぎる手札だ。ラルフは疑心に満ちた目でパンドラを睨むが、奇術師は素知らぬ顔でカードを引いている。

 

「いやぁ、危なかったですねぇ。実にイイタイミングで『手札抹殺』を使うことができました。手札に出番を待つ上級マジシャンを抱え込んでも、意味がありませんから」

「……なるほど、『ブラック・マジシャン・ガール』を最大限活用する為に『仕組んで』いたんですね」

「仕組むぅ? マジックのタネを仕込むのは確かに奇術師の仕事ですが、今の私は決闘者。何を言っているのか良く分かりませんねぇ」

 

 フィーネの指摘にも全く動じず、パンドラはニヤニヤと手札を眺めていた。

 フィーネとて、忘れていたわけではない。奇術師パンドラは、グールズの中で最も『イカサマ』に長けていた男。彼がマジックショーで培った技術をフル活用すれば、カードのドロー操作など造作もないことだ。

 だが、それだけではない。カッティング、マーキング、特殊コンタクトレンズ。ありとあらゆる手段を用いてパンドラはドロー操作を行うが、今回彼は『マンジュ・ゴッド』や『魔道化リジョン』といった『サーチカード』も利用している。それが意味するのは即ち『手札枚数』の増強。

 元々のテクニックに加え、サーチカードを用いて手札に上級マジシャンを集め、『手札抹殺』によって一気に墓地送りにする。

 これは既に舞台に上がっている『彼女』の強化に繋がるのだ。

 

「さぁさぁ! 『ブラック・マジシャン・ガール』の効果発動です! 彼女は師である『ブラック・マジシャン』達の魂を受け継ぎ、攻撃力を1体につき300ポイント上昇させる! よって、私の『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力は……」

 

『ブラック・マジシャン・ガール』

ATK2000→3200

 

 得られた結果は莫大。さらにパンドラは不要な上級マジシャンを捨てたことで、新たなカードを引き込んでいる。それらのカードもある程度はドロー操作されているのだろう。

 対峙する魔法少女の圧倒的な攻撃力を見て、フィーネは何故か納得してしまった。確かにこの戦術は、奇術師パンドラという男によく馴染んでいる。

 

「……でも、やはり違いますね」

 

 言葉に侮蔑を込めて、フィーネは言った。

 

「違う? 何がですか? 私の戦術は素晴らしいでしょう! むしろあの忌々しい遊戯などよりも『ブラック・マジシャン・ガール』を使いこなしている。だから私は『武藤遊戯』としてこの地下決闘場の観客達に称えられてきたのですよ!」

「それは観客達の目が腐っているからではありませんか?」

「……なんですって?」

 

 フィーネの言葉に、パンドラは不快を顕にした。

 フィーネはモンスターを墓地送りにする戦術を非難する気はない。立派なコンボではあるし、勝つ為に墓地利用をするデッキなどアンデッド族などにいくらでもある。

 だが、これはそういう話ではない。

 

「見る人が見れば、あなたが『武藤遊戯』でないことなど、すぐに見破られたでしょう」

 

 それこそ、海馬瀬人などが今の決闘を見ていれば、すぐに看破した筈だ。

 

「やはり、あなたの決闘は『武藤遊戯』とは似ても似つきません。比べることすら、彼に対して失礼です」

 

 

 パンドラが成り済ましていた人物は、もっと強く、常に前を向き、全ての決闘者が惹き付けられるような何かを持っていた。

 

「そして何よりも……彼と直接対峙し、彼に負けているのにも関わらず、未だにそんな姑息な手段に頼っている男を」

 

 何の躊躇もなくカードを加工し、決闘にイカサマを持ち込むような男を

 

「彼は『決闘者』とは認めない」

 

 饒舌だったパンドラが押し黙ると、沈黙が場を包んだ。

 振り子刃が空気を裂く音だけが聞こえる。フィーネには言葉を続ける気はなく、ただ目の前の奇術師の反応を待った。

 

「あーあ……いや、最近は歓声を浴びていてばかりで、罵声を受けるというのを新鮮に感じてしまいました」

 

 口を開いたパンドラは手を顔に当てて、震えていた。だが、仮面の奥から覗く瞳は、決して笑ってはいない。

 

「ですが、この私を愚弄したのです。それ相応の対価は払って頂きますが、覚悟はよろしいですか?」

 

 奇術師が指を鳴らすと同時、魔法少女のソリッドヴィジョンに変化が生じた。武藤遊戯が使用していた『ブラック・マジシャン・ガール』そのものだった彼女の姿はノイズと共に歪み、変貌していく。

 鮮やかな青で彩られた可愛らしい衣装は、目を射すようなギラついた赤に。光を反射して煌めいていた金髪は、鈍い光沢の銀髪に。白磁のようだった肌は薄い黒に染まり、瞳は冷たさを感じる冷やかなものに。

 何をどう細工したのかは分からないが、これがパンドラの操る『ブラック・マジシャン・ガール』の真の姿ということなのだろう。

 

「ようやく本性を表しましたね……やはり本物の『ブラック・マジシャン・ガール』とは別物ということですか」

「それは違います。遊戯の『ブラック・マジシャン・ガール』よりも、私の『ブラック・マジシャン・ガール』の方が優れているのですよ。さぁ、攻撃です!」

 

 容貌をがらりと変えた魔法少女は、か細い腕には不釣り合いなほどの魔力を迸らせ、フィーネに向けた。

 だが、3000を超える攻撃を向けられても彼女に焦りはない。伏せられている2枚のカードには当然、迎撃用の罠カードが……

 

「罠は使わせませんよ?」

 

 リバースカードに、無数の矢が突き刺さった。

 

 

『封魔の矢』

魔法カード

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。

自分または相手のバトルフェイズ開始時に発動できる。このカードの発動後、ターン終了時までお互いに魔法・罠カードの効果を発動できない。

 

 

「くっ……」

 

 やはりか、とフィーネは表情を歪めた。2枚のリバースカードを見て、警戒しない決闘者などいない。ましてやパンドラはイカサマをしている。伏せカード対策のカードを彼が持っていないわけがなかった。

 セットしていたのは『聖なるバリア-ミラーフォース』 当然、使うことはできない。

 

「くらえ! 黒魔導爆裂波(ブラックバーニング)」

 

 『魔導戦士ブレイカー』は波動を楯で正面から受け止めたが、耐え切れずに吹き飛ばされた。

 

フィーネ LP4000→2400

 

「イヒヒヒヒッ! ダメージを受けましたね! お楽しみの時間ですよ!」

 

 品のない笑い声と共に、一定の軌道を描いていた刃が動きを変え、フィーネに迫る。

 

 

「ッ……こんなもので!」

 

 迫り来る刃は確かに恐怖心を煽るものだったが、落ち着いて動きを見れば避けられないスピードではなかった。足を曲げて体制を低くし、刃を頭上でやり過ごす。フィーネはほっと息を吐いて、

 

「――フィーネ、後ろだっ!」

 

 ラルフの絶叫が聞こえたのと、腕に何かが食い込む感触がしたのは、同時。

 気がつけば、左の二の腕を背後から斜めに横切った振り子刃に袈裟切りにされていた。

 舞い散る鮮血。滴り始めた赤いモノが自分のモノだと理解するに時間が掛かる。遅れてやってきた痛覚を感じて、ようやく理解できた。

 

「う……つぅ!?」

「フィーネ! 前を見ろ、正面だ!」

「…………え?」

 

 膝をついた状態で、左腕を押さえながらフィーネは視線を上げた。

 真正面。振り子の刃に、自分の顔が写り込んでいるのが見えた。

 

「くっ……ぁああぁあ!?」

「フィーネ!?」

 

 横に飛び退こうとしたフィーネだったが、足首に巻き付いた鎖が刃から逃れるのを阻む。地面を舐めるように進んでいた振り子刃は、彼女の太ももを切り裂き、床に新しい血の花を咲かせた。

 

「アヒャハハハハハ! おやおやおやぁ? ざまぁないですね。最初の大口を叩いていた貴女はどこに行ってしまわれたのでしょう?」

「うっ……く」

「ああ、失礼。きちんと説明をするのを忘れていましたが、振り子刃は受けたダメージによって襲い掛かる数と軌道が変化します。先ほどの私のような軽微なダメージでは大したことはありませんが、1000ポイント以上のダメージともなると話は別です。熟練の奇術師でも全て無傷で避け切るのは至難の技」

 

 フィーネの血がべったりとついた刃を、パンドラは心底楽しそうに眺めながら、

 

「もしかしたら、ライフがゼロになる前に不注意で首チョンパ! なーんてことになるかもしれないので、十分気をつけてくださいね? イヒヒヒヒ!」

「パンドラ貴様ァ!」

 

 こんな鎖がなければ、今すぐラルフはあの奇術師を地面に叩き伏せていただろう。だが、いくら力を込めても鎖はびくともせず、ラルフの体に食い込むだけだった。

 

「あまり大きな声を出さないで頂きたい」

「なんだとっ!」

「そんなに大声を出されると、フィーネ・アリューシアが懸命に痛みを堪えている儚げな声が聞こえないでしょう? いやぁ、実に健気! そそられますよ! パートナーの貴方から見ても、魅力的でしょう!」

「このッ……人間のクズが!」

 

 叫びながら、ラルフはフィーネの様子を見た。

 左腕からは血が流れだし、ショートパンツから伸びている黒いタイツに覆われた足は切り裂かれ、白い肌と傷口が浮き出ていて痛々しい。

 

「だ……大丈夫です、ラルフさん」

「ふざけるなっ! 大丈夫なわけが……」

「大丈夫だから!」

「な……」

 

 荒い息を吐き出しながら、フィーネは手札のカードをショートパンツのポケットに納め、上着のジャケットを脱いだ。決闘盤は外せない為、切り裂かれた左袖だけを残してシャツ1枚という珍妙な格好になる。

 

「この程度の怪我、ラルフさんだって経験しているハズです」

 

 次いでフィーネは、背後で元の軌道に戻っている振り子刃にギリギリまで近づき、ジャケットを刃で切り裂いた。もはや服とは呼べないそれらの布で、左腕と右足を縛り、止血する。

 

 

「簡単な話です。ラルフさんが助けてくれたように、今度は私がラルフさんを助ける。それだけのことでしょう?」

 

 血で汚れた手をフィーネはシャツで拭う。白地の生地に赤い血はあまりにも映えすぎていた。

 そんな彼女の有り様を直視することができず、ラルフは目を逸らした。

 

「……すまん」

「謝らないでください。さっきの浮気の謝罪なら、後で受け取りますけどね」

 

 茶化すように言って、フィーネはなんとか笑顔を作った。

 

 そう、彼に謝罪されることなど、彼女は何もしていない。

 フィーネ・アリューシアは、ラルフ・アトラスに助けられた。

 何から? それまで自分縛ってきた、全てからだ。

 フィーネ・アリューシアはラルフ・アトラスから貰った。

 何を? 今の生活の全てをだ。

 

 依存していると言われるかもしれない。ただ頼っているだけかもしれない。きっと自分は、彼の優しさに甘えているだけなのだ。

 それでも、あのいけ好かない少女が言ったように。

 

 ――欲しいモノは欲しいって、大事なモノは大事ってハッキリ言わないと

 

 自分の手から、零れてしまうかもしれない。それが不安で仕方がない。

 これは我が儘だ。ラルフ・アトラスは、フィーネ・アリューシアと一緒にいる必要はない。彼はいつでも、フィーネのことを捨てることができる。そんなことをする人ではないことは、フィーネ自身が最も良く知っている筈なのに、疑ってしまう。だから、嫉妬もしてしまう。

 だから、

 

「私は……ラルフさんと離れたくない。ラルフさんを失いたくない」

「……フィーネ」

 

 だからフィーネ・アリューシアは、自分が傷ついてでもラルフを助けることに、何の躊躇いもない。

 傷ついてでも助けたいと思うのは、自分を大切にしてくれる彼に対するワガママだ。

 

「あー、あー。甘いやり取りがくど過ぎますよ」

 

 無遠慮な声が水を差した。

 

「純愛タイムは終わりましたか? 私はリバースカードを2枚セットしターンエンドです。そろそろターンを始めて貰えると嬉しいのですがねぇ」

 

 今までとはまた違った、やや苛立った様子でパンドラは言った。

 フィーネは左腕を持ち上げて『決闘盤』を構え直す。それだけの動作で、左腕には鈍い痛みがあった。

 

「……言われなくても、始めます。私のターン、ドロー!」

 

 フィーネのデッキは『スタンダード』

 単体のカード性能が高く『グッドスタッフ』とも呼ばれる。

 

「私は魔法カード『地砕き』を発動! 『ブラック・マジシャン・ガール』を破壊!」

 

 デッキの特徴は対応力の高さ。1枚1枚の汎用性が高い分、敵の切り札級のモンスターにも魔法やモンスター効果で即座に切り返しが効く。『地砕き』も、敵モンスターを確実に葬ることができる優秀なカードだ。

 

「カウンター罠発動! 『マジック・ドレイン』」

 

 だが、パンドラはリバースカードを開いた。

 対応力が高いということは、悪く言えば器用貧乏ということ。切り返しを潰されれば一気に手詰まりに陥ってしまう危険性もある。

 

『マジック・ドレイン』

カウンター罠

相手が魔法カードを発動した時に発動する事ができる。相手は手札から魔法カード1枚を捨ててこのカードの効果を無効にする事ができる。捨てなかった場合、相手の魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 

 

「これだけ丁寧に強化した、折角の手駒です。何もせずに魔法カード1枚でホイホイと除去されてはかないません。貴女の手札にマジックカードはありますかぁ?」

「……ありません。モンスターを守備表示でセット。さらにリバースカードをセットして、ターンエンド」

 

 胸に秘めた想いとは裏腹に、ターンの終わりは味気ないものだった。

 

フィーネ LP2400 手札1

《モンスター》

セットモンスター

《魔法・罠》

リバース3(内1枚は聖なるバリア-ミラーフォース)

 

パンドラ LP3200 手札1

《モンスター》

ブラック・マジシャン・ガール

《魔法・罠》

リバース1

 

 

「私のターン、カードドロー!」

 

 腕と足の負傷で蒼白になっているフィーネの顔色を、パンドラはじっくりと眺めた。見れば見るほど愉悦が込み上げてきたが、まだ勝ったわけではない。手札とフィールドを見比べて、冷静に思考の波へと没入していく。

 フィーネのデッキビルド能力とプレイングは、パンドラも認めるところだ。一見、彼女はモンスターを伏せて守勢に回ったように思える。しかし、パンドラは知っている。目の前の女が、そんなにたやすく勝てる相手ではないことを。

 

「私は『強欲な壺』を発動し、デッキから2枚をドロー! そして2体目の『魔導化リジョン』を攻撃表示!」

 

 故にパンドラは、攻撃の手を緩めない。

 

「お待ちかねのバトルフェイズ……の前に伏せカードが気になるところです。これを発動しておきましょうか! 魔法カード『サイクロン』」

 

 フィーネの場のリバースカードは3枚。その中から本命の罠を撃ち抜くのは至難の技だ。だが、パンドラは奇術師。ステージ上で培った観察眼と、視線誘導のテクニックはそれを容易く成し遂げる。

 

「破壊するのは……中央のカード!」

 

 ましてや、傷の痛みで余裕がなくなっている相手の考えなど、手に取るように分かる。

 あっさりと『ミラーフォース』は破壊された。

 

「いけませんねぇ。息が荒いですし、視線も泳いでいますよ? 決闘者なら、ポーカーフェイスを心掛けて頂きたいものです」

「無駄口を叩いてばかりいないで……はやくプレイを進めてもらいたいですね」

「ならば、お望みのバトル! 『魔道化リジョン』で裏守備モンスターに攻撃!」

 

 道化師が長い腕を叩き込む。現れたモンスターは『シャインエンジェル』

 戦闘破壊時に後続を呼ぶリクルーターだ。

 

「『シャインエンジェル』の効果により、デッキから『異次元の女戦士』を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 近代的なスーツを身に纏った女戦士は、油断なく光刃を構えた。その手に掛かれば、どんなモンスターでも彼女と異次元に道連れにされてしまう。

 

「なるほど、大ダメージを与えるのも魅力的ですが……ここは手堅く行かせてもらいましょう。バトルフェイズを終了!」

「バトル終了……?」

「私は墓地に存在する1体目の『魔道化リジョン』と『マンジュゴッド』をゲームから除外!」

 

 立ち上る2本の柱は、根本的から違うものだ。光と闇。相反する力が混じりあい、濁った黒に変わっていく。

 

「『カオス・ソーサラー』を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 光と闇の狭間を越えて、『ブラック・マジシャンガール』の傍らに立ったのは混沌を操る呪術師。パンドラと同種のニヤけた笑みを浮かべると、その両手は『異次元の女戦士』に向いた。

 

 

「まだそんなモンスターを温存して……」

「フフフ……トリックの種は常に先まで考えて仕込まなければなりません。決闘も同じですよ。『カオス・ソーサラー』の効果、敵モンスター1体を除外する。カオス・バニッシュメント!」

 

 自分と同じ力には対抗しようがなく、女戦士は次元の彼方へと吹き飛ばされた。

 

「セットモンスターは後続を呼ぶリクルーター。除去能力を持つ『異次元の女戦士』は厄介でしたが、戦闘以外で処理してしまえば意味がない。私の予想通りに踊ってもらい、感謝しますよ」

 

 誰に聞かれているわけでもないが、上機嫌な奇術師は言葉を紡ぐ。

 

「…………」

 

 対して、フィーネは何も答えない。が、パンドラはそれでいいと思った。彼女の表情を見ているだけでも、彼の嗜虐心は十分に満たされている。

 

「あと一押し……悲鳴と涙で彩りを添えれば完璧ですね。私はこれでターンを終了」

 

 パンドラは想像する。

 あの女に振り子刃が突き立てられ、赤い噴水が床を染めた時、背後の男はどんな表情になるのだろう?

 まずは自分に対して、憎悪を向けるだろうか。

 それとも、涙を流し続けて茫然自失し、壊れてしまうだろうか。

 醜悪でも美しい、感情の発露を観賞することが出来ると思うと、ゾクゾクが止まらない。

 

「フフ……」

 

 自分でも気付かぬ内に空想に埋没していたパンドラは、フィーネの行動を見ていなかった。

 

 だから。

 

 彼女がドローを終えて、そのカードを『決闘盤』に置いた時。

 そのカードを置いた瞬間、先ほどの自分のターンの巻き戻しのように、光と闇の柱が2本立ち上った時。

 

「な……にぃ?」

 

 ようやく、我に返った。

 

「……以前、聞いたことがあります。あなたはマジックショーで事故に遭い、そのような仮面を被り、闇の世界に進むことを選んだ、と」

 

 フィーネの声音は冷たい。

 

「あなたの欠点を教えて差し上げます」

 

 丁寧な口調のまま、彼女は腕を振り上げた。それを合図に、パンドラの時と全く同じ、2本の柱が混じり合う。

 

「マジックも決闘も、自分の成功を疑わず、全てが終わる前に慢心するあなたのその油断は」

 

 ただし、

 

「奇術師としても、決闘者としても、致命的です」

 

 混じり合った色は濁った黒ではなく、輝く『黄金』だった。

 

「墓地の『シャインエンジェル』と『キラートマト』を除外」

 

 剣と盾を携え、舞台に降り立つのは最強の剣闘士。

 

「『カオスソルジャー-開闢の使者-』召喚!」

 

『カオスソルジャー-開闢の使者-』

光/戦士族

ATK3000/DEF2500

 

 有り得ない、と。

 パンドラは仮面の中の瞳を見開いた。

 

「なぜ……? 貴女のデッキのコピーカードは、警察に捕まった時点で全て没収されたハズ……」

「――どうしてこのカードをニセモノだと決めつけるのですか?」

 

 フィーネの返答に、パンドラの頭はより混乱した。『カオスソルジャー-開闢の使者-』は世界でも指折りのレアカード。パンドラが知る限りでも、壊滅後のグールズにはカードデータが残っていないほどの希少なカードだった。故にパンドラがデッキに投入しているのは下位互換の『カオス・ソーサラー』なのだ。

 彼女がバトルシティの時の『コピーカード』を秘密裏に隠し持っていたのだと、パンドラはそう考えたが否定された。それはつまり、

 

「まさかそのカード……本物だとでもいうのですか!?」

「はい。紛れも無い本物です」

「ありえないッ! 私達がコピーすら作れなかった、そんなカードをどうやって!?」

「パックで当てました」

「は……?」

 

 予想もしていなかった、しかしある意味当たり前とも言える解答に、パンドラは毒気を抜かれた。

 

「彼と一緒に開けたパックに、入っていたんです」

 

 僅かに微笑みながら、フィーネは言った。

 パンドラは知らない。

 そのパックが、ラルフが自分の機嫌を直す為に社内大会で勝ち取ったものだということや。

 その量が、30パックの24箱分、1カートンであることや。

 このカードが出た時、ラルフと一緒に大騒ぎしたことを。

 フィーネは目の前の奇術師に語る気はない。語る必要もない。

 

 だから、

 

「あなたの『ブラック・マジシャン・ガール』とは違う、本物です」

 

 ただ、事実だけを告げる。

 パンドラはフィーネの言葉の意味を噛み締めているのか、動きを止めて震えていたが、

 

「クッ……ククク……フフフ、アハハハハハハ! 下らないですねぇ! コピーだろうと本物だろうと、所詮カードは手駒だ! でもまぁ……そんなに本物に拘りがあるのなら……」

 

 弾けるような嘲笑と共に腕を掲げ、感情を剥き出しにし、

 

「その『ホンモノ』とやらには即刻舞台を降りてもらいましょう!」

 

 伏せカードも牙を剥いた。

 

「リバースカード、オープンッ! 『黒魔族復活の棺』」

 

『黒魔族復活の棺』

罠カード

相手がモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時、そのモンスター1体と自分フィールドの魔法使い族モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスター2体を墓地へ送る。その後、自分のデッキ・墓地から魔法使い族・闇属性モンスター1体を選んで特殊召喚できる。

 

 

「アッヒャハハハハ! せっかく呼び出した切り札も、攻撃できずに退場してはなんの意味もない! これで……」

「これで……なんですか?」

「あ……あぁ!?」

 

 上級モンスターによる反撃を、パンドラは予想していた。だからこそ、希望を託して召喚したモンスターを相手の目前で吸収し、こちらの糧とする『黒魔族復活の棺』を仕掛けておいたのだ。

 だが。

 新たな魔術師を呼び出す筈の棺は、ゆっくりと消滅していく。無惨に打ち砕いてやるつもりだったフィーネの顔は小揺るぎもせず、冷静にパンドラを見据えていた。

 

「カウンター罠『盗賊の七つ道具』を発動させました」

 

『盗賊の七つ道具』 

罠カード

罠カードが発動した時、1000ライフポイントを払って発動できる。その発動を無効にし破壊する。

 

 パンドラは息を飲んだ。

 仕掛けた罠を読まれていたことにも驚いたが、なによりもフィーネがそのカードを躊躇いなく発動したことに。

 

「馬鹿な……正気ですか? ライフを失うということは……」

 

フィーネ LP2400→1400

 

 このゲームでライフを失ったということは、命を失う危険があるということだ。

 宙を舞う白刃はランダム軌道でフィーネに襲い掛かる。ギリギリで致命傷は避けられても、身体のあちこちに裂傷が刻まれていく。

 

「フィーネ!」

 

 彼女の背後のラルフが、何の意味もない叫びをあげる。焦燥に駆られた形相を見て、パンドラは少しばかりだが冷静さを取り戻した。そうだ、焦る必要はない、と。

 

「ふ……フハハハハ! 愉快愉快! 自分の身体を傷付けてでもモンスターを守るとは、なんと健気な光景なのでしょう!」

 

 パンドラは視線をラルフからフィーネに戻した。本命は、痛みを嘆いて情けない姿を晒している女の方だ。

 

「……当然でしょう」

「……はぁい?」

 

 だが彼女は、歯を食い縛り、立ち上がる。

 

「当たり前だと言っているんです」

 

 全身が傷付いても、フィーネ・アリューシアに怯えや恐怖の感情は見えなかった。パンドラが求めていたそれらの感情を押し殺しているわけではない。ただ彼女の全身から迸っているのは、闘気。

 

「大切なものを守るために、必死になるのがおかしいですか?」

 

 傷付き、疲弊した相手の姿を眺めることはパンドラにとって何物にも代えがたい愉悦であったというのに。

 自分でも気づかぬ内に、一歩。パンドラは後退していた。

 

「ふ……フフ」

 

 気圧された、という事実をやっと認識し、全身から汗が噴き出る。それでもパンドラは口元を必死に吊り上げた。

 自分に言い聞かせる。焦る必要はない。『カオスソルジャー』がこのターンで除去できるのは『ブラック・マジシャン・ガール』か『カオス・ソーサラー』のいずれか1体。どうせ次の自分のターンには、あの剣闘士は破壊される運命にあるのだ。

 そんなパンドラの予想を、

 

「私は『霊滅術士カイクウ』を召喚!」

 

 1枚のモンスターで、フィーネは根底から覆した。

 

『霊滅術師カイクウ』

闇/魔法使い族

ATK1800/DEF700

このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の墓地のモンスターを2体まで選択してゲームから除外できる。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、

相手はお互いの墓地のカードをゲームから除外できない。

 

 法衣を纏い、数珠を掲げる異形の僧は、静かに手を合わせた。

 

「カイ……クウだとぉ?」

「言わなくても分かりますね? バトルです。『霊滅術師カイクウ』で『魔道化リジョン』に攻撃!」

 

パンドラ LP3800→3500

 

 坊主らしからぬ徒手空拳で『カイクウ』は『リジョン』を撃破。同時に能力が発動する。

 その効果はモンスターを死から解放するものであり、パンドラにとっては死刑宣告に等しい。

 

「相手の墓地からモンスター2体を除外します。私は『ブラック・マジシャン』2体を除外!」

 

 決闘盤の墓地スロットから、カードが2枚弾き出された。パンドラは苦虫を潰すような表情で、それらをポケットにしまう。

 

「私は『リジョン』の効果で3枚目の『ブラック・マジシャン』を手札に……」

「関係ありません。『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力は、墓地の『ブラック・マジシャン』と『マジシャン・オブ・ブラック・カオス』の数に比例してアップする。けれどあなたの墓地には今、ブラックカオスしかいません」

 

 パンドラのフィールドの『ブラック・マジシャン・ガール』も、主人と同じく端正な顔を歪める。自身の力の低下を、心から嘆いているようだ。

 

『ブラック・マジシャン・ガール』

ATK3200→2600

 

 活路は開いた、とばかりに『カイクウ』が下がる。後は、エースの仕事だ。

 

「……いきます。『カオスソルジャー-開闢の使者-』で『カオス・ソーサラー』を攻撃! 開闢双破斬!」

 

 呪術師は光弾を放ったが剣闘士は意にも介さず、一撃で切り裂いた。

 

パンドラ LP3500→2800

 

「ぐぅう……」

 

 パンドラは振り子刃をかわしながら歯噛みする。

 序盤からペースを握り、順調に追い詰め、身体的にダメージも与えていた。

 それなのに、

 

「何故だッ……!?」

「簡単な話です。あなたは私よりも……」

 

 『カオスソルジャー』が姿を消す。時空間すら超えて、1度に2度の攻撃すら可能とする。

 

「弱い」

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』は背後に回り込んだ『カオス・ソルジャー』に気付けなかった。

 

「次元突破・開闢双破斬!」

 

 剣が閃く。刃が唸る。

 銀髪がはためき、魔法少女は膝から崩れ落ちた。

 

パンドラ LP2800→2400

 

「くそぉおお!」

 

 たった1ターンで、形成は逆転した。パンドラのフィールドにカードはなく、手札には『ブラック・マジシャン』が1枚きり。

 振り子刃の動きのパターンを頭に叩き込んでいる為、自分の身を切り裂かれる心配はないがこのままでは確実に、負ける。

 

「諦めて、この馬鹿げた装置を解除してサレンダーしてください」

 

 身体のあちこちを朱に染めていても、フィーネ・アリューシアの声はよく響いた。

 

「あなたが私に勝つことは、それこそマジックでも使わない限り不可能です」

 

 神経が逆撫でされる。事実、どうしょうもない状況にまで追い詰められていることが、堪らなく苛ただしい。仮面の奥から、フィーネを睨み返した。

 そこでパンドラは、ようやく気が付いた。彼女は、パンドラのことなど既に見ていない。視線は、背後の方へと向けられている。

 彼女は、ラルフ・アトラスだけを見詰めていた。

 今はまだ、命掛けの決闘の最中だというのに。

 自分の身体は、ボロボロだというのに。

 彼のことを、想っていた。

 

「あぁあ……」

 

 たったそれだけのことが、最高に癪に触った。

 

「ククク……イヒャハハハハハハハハァ!」

「…………パンドラ?」

 

 パンドラは大口を開けて叫びながら、懐に手を入れた。

 そんなに大事か。

 そこまで愛しいか。

 思い返せば、あの男も言っていた。モンスターとの絆を切り捨てた、お前の負けだ、と。

 ふざけるな。

 絆が全てを強くするならば、絆を断ち切られた人間はどうすればいい。愛を失った人間はどうすればいい。

 

「貴女はまだ分かっていないようですねぇえ! 貴女の大事な大事な彼の命はぁ、私が握っているんですよ!」

 

 それらが正しいというのなら、そんな暖かな感情をどこまでも汚く利用して、勝ってやろう。

 振り子刃が動く。一切の身動きが取れない、ラルフ・アトラスに向かって。

 

「ッ……パンドラ、あなたは……」

「汚いぃ? 卑怯ぉ? なんとでも、ご自由に罵れば良いでしょう。私はねぇ……何故か堪らなく腹が立つんですよ。そんな風に目の前でイチャイチャとされるとねぇえ!」

 

 

 純粋に想い合う2人を見ていると。

 忘れた筈の、記憶から消し去りたくても消し去れない、1人の女が思い浮かぶ。

 

「ああ……そうだ。私は守れなかった。もしも神がいるならば、なぜ私と彼女は引き裂かれ、貴女達は幸せに生を謳歌しているのか……理不尽に過ぎるというものだ!」

「何を言って……?」

「昔の話ですよ。私が愛した……」

 

 奇術師は仮面をむしり取った。火傷痕のある、凄惨な素顔をまざまざと見せ付けて、

 

「……もうこの世にいない、カトリーヌという女の話です」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。