ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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05.「決闘に萌えは必要ない」

 ラルフ・アトラスは困惑していた。

 時刻は深夜1時。今日も仕事で遅くなったラルフは仮眠室に向かっているところだった。

 海馬の来訪から1ヶ月。新ルールの発表から、1週間が経過していた。新ルールの発表は、決闘者達に大きな驚きを与えたが、概ねの意見は好意的な様だ。やはり、『直接攻撃(ダイレクトアタック)』の採用は誰もが望んでいたらしい。今までは、ライフポイント2000とはいえ、守備モンスターで耐えられると、決闘が膠着することが多かった。『守備封じ』の採用率の高さがそれを物語っている。しかしこれからは、相手モンスターを除去すれば、直接ダメージを与えられる。決闘がよりスピーディーになったと、ラルフは我ながら満足していた。

 

 バトルシティまであと2ヶ月。やるべきことは大量にある。ラルフは今日も自分の体に鞭打って、ルール整備に関する書類を書き上げていた。

 そしていい加減に休まなければ体がもたない、と思い仕事を切り上げたのだ。時刻が深夜を回っていたのには愕然としたが、とりあえず休む為に仮眠室へ続く廊下を歩いている。

 

 そんな時、ラルフはふと気がついた。

 

 左の方から光が漏れだしている。

 

 こんな時間に?

 一体誰が?

 何をしている?

 

 ラルフの頭には『不審者』の三文字が浮かんだ。いつになったらインダストリアル・イリュージョン社のセキュリティは完璧になるのだ?と、心の中で愚痴をこぼしつつ、眠気を振り払い、光が漏れている方へ向かう。

 こちらのエリアは主に、カードイラスト、グラフィック開発の部署が固まっていたはずだ。光が漏れている部屋が見えてきた。海馬コーポレーションから出向してきた社員が、主にソリッドヴィジョンシステムの研究活動を行っている、『第8開発室』である。

 

「これは……まさか……」

 

 ラルフの脳内をある1人の人物の姿がかすめる。いや、そんなはずはない。それならまだいっその事、不審者の方がマシだ。不審者なら殴って縛り上げ、つき出せば済む話だが、思った通りの人物だった場合、話はそう簡単には進まない。意を決し、ラルフは扉を開けた。

 そこにあったのは……

 

 

 

「あぁ…斬首の美女ちゃん…音女ちゃん…紅葉の女王様!」

 

 何体もの女性モンスターに囲まれる、男の姿だった。ラルフは無言で扉を閉じる。

 落ち着け、ラルフ・アトラス。今のは何かの間違いだ。そう言い聞かせ、もう一度扉を開ける。

 

 

「あぁ、ハイ・プリーステスちゃん。君の瞳はなんと大きく、美しいんだ……玉座の守護者ちゃんの妖艶さも最高だ……」

 

 だめだった。やはり現実だった。ラルフは自分の気力を持ち直す為に、一度扉を閉め、息を整える。

 

 深呼吸……すっーはぁー

 

 三度、扉を開けた。

 

「う~む。新カードのアマゾネス・アーチャーちゃんか。ヤバいなこの太ももは……むしゃぶりつきたくなる。……お注射天使リリー!?なにこれ!?ドストライク過ぎるだろ!?早速……」

「いい加減にしろぉおおお!」

「ん?」

 

 ラルフに怒鳴られ、女性モンスターのソリッドヴィジョンに囲まれていた男は、ようやく顔を上げた。ボサボサの黒髪にメガネ、白衣を着ている。

 

「おぉ……誰かと思えばラルフ先輩じゃないっすか。こんな深夜まで、お仕事お疲れ様です!」

「……なにをしている、サイトウ……」

 

 サイトウ、『斎藤卓也』

 

 海馬コーポレーションから出向している、ソリッドヴィジョン開発部の開発局員である。

 

「いやね、新パックのカードのグラフィックデータは、あらかた仕上がったんですけど……こうしてソリッドヴィジョンで立体化させると色々不備があるんすよ。しょうがないから、色々と調節をですね……」

「こんな深夜に……1人でか……」

「いやぁ~こんな作業は女性のグラフィックデザイナーがいるところではできないっすよ。ちょうど今からアマゾネスの射手ちゃんの太ももの太さの調節を……」

「そんなことはしなくていい!」

 

 ラルフが叫ぶがサイトウはどこ吹く風、耳をかす様子はない。我関せずといった風に着々とソリッドヴィジョンの調整作業、要するに『アマゾネスの射手』の太ももに顔をうずめている。

 なんというか、非常に際どい絵面である。ラルフは頭を抱えた。

 ソリッドヴィジョンシステムは、カード情報を読み取り、モンスターを立体映像として映し出す。だが、基本的にカードのイラストレーター達が描くのは『カードイラスト』

 それだけではソリッドヴィジョンシステムで立体化させる際の『情報量』が圧倒的に不足している。それを補うのがサイトウのような、『グラフィックデザイナー』達である。彼らはカードイラストからモンスターを3Dグラフィックにおこし、時にはイラストレーターから、細部の指定など受けつつ、ソリッドヴィジョンのデータを完成させる。彼らの仕事は『決闘盤(デュエルディスク)』を用いた決闘を行う為に、必要不可欠なものなのである。

 しかし『決闘盤』の技術や、ソリッドヴィジョンシステムのノウハウは、基本的に海馬コーポレーションのもの。インダストリアル・イリュージョン社がおいそれと手を出していいものではない。

 

『ソリッドヴィジョンシステムは海馬コーポレーションの特許!勝手に使用するなど言語道断。訴えるぞ!!』

 

 と、海馬に言われ、ペガサスは1つの提案をした。

 

『ごもっともデース。それならユーの海馬コーポレーションとミーのインダストリアル・イリュージョン社、両社で社員を交換するのはどうでショウ?』

 

 カード開発はインダストリアル・イリュージョン社、ソリッドヴィジョン関連の技術は海馬コーポレーションという現状。ならば両社が社員を派遣しあえば、よりスムーズに商品展開が行うことができ、研究も進む。海馬はペガサスの提案を受け入れた。

 そんなわけで、サイトウは海馬コーポレーションの社員。たとえ深夜に会社の設備で、よからぬ作業をしていても、ラルフが迂闊に処罰できない立場にいるのである。

 

「うっわ……マジやばくないっすか!? お注射天使リリーちゃん。この子のグラフィックデザインしたかったなぁ……まぁいいや、今の内に俺好みに修正するっすよ……グフフフ……」

 

 怪しげな笑みを浮かべるサイトウ。

 ダメだコイツ……はやくなんとかしないと。ラルフはそう思った。

 研究室内は中々広く作られているが、流石に大型モンスターを立体化させるほどの天井の高さはない。全体のバランス確認などの為に、縮尺で小さく立体化させることもできるが、サイトウは通常サイズで立体化させている。

 

「やっぱり女の子のソリッドヴィジョン調整は、一分の一スケールでやらないとと……身体のラインとかが分からないっすよ」

 

 

 ……どうやら完全に嗜好の問題のようだ。

 

「ふ~む。リリーちゃんの攻撃動作は……と」

 

 サイトウがキーボードをカタカタと叩くと、『お注射天使リリー』が手に持った注射器を大きく振り上げる。攻撃動作などのモンスターの動きの設定も、グラフィックデザイナー達の仕事だ。

 ところで、自分に向かって注射器を振り上げているのは、気のせいなのだろうか?

 ラルフはますますサイトウを殴りたくなってきた。

 

「う~む。ダメだな。ラルフ先輩もそう思うでしょ?」

「……なにがだ?」

「あぁ~もう! こんな動きじゃ、リリーちゃんの魅力を引き出しきれてないってことっすよ! まぁ、見ててください」

 

 そう言ってサイトウは、キーボードを凄まじいスピードで叩き始めた。

 

「召喚状態の初期動作にウィンクを追加……首はもう少し傾げる感じに……今までの攻撃開始動作を、注射器をちょっと重そうに持ち上げる感じにして……すでにプログラミングされているパターンをパターン1としてパターン2を設定……パターン2はプレイヤーの方を振り向いてウィンク……と」

 

 ぶつぶつと呟きながら、キーボードの上の手は動きを止めない。ラルフが完全に『引いている』のもサイトウの眼には映っていない様だ。今サイトウの眼には、いや、サイトウの頭の中には『お注射天使リリー』のことしかない。

 

「召喚動作Cはプレイヤーに笑顔……召喚動作Dは相手プレイヤーに注射器をむけてVサイン……破壊時には帽子が吹き飛ぶ様にして……はい、完成っすよ~」

 

 そう言って、クルリと椅子ごとラルフの方に振り向くサイトウ。ラルフにビシッと指を突き付け、高らかに宣言した。

 

「リリーちゃん! ラルフ先輩に攻撃! 診察のお時間!」

 

 サイトウの言葉に『お注射天使リリー』は可愛らしく頷き、「お注射よ♪」と言うと大きな注射器を「よっこいしょ♪」と持ち上げ、ラルフに向かって突き刺した。勿論ソリッドヴィジョンなので、ラルフにはなんの痛みもない。

 

「……」

「どうすか?すごいっしょ?」

 

 自慢気に言うサイトウに寄り添う『リリー』

 そこにあったのは、ただひたすらにハイクオリティーに仕上がった、可愛らしい『お注射天使リリー』の姿だった。  

 はっきり言って、先程とはその動作は雲泥の差。まるでモンスターに命が宿ったようだった。この男を一概にバカだと言い切れない理由がここにある。サイトウは、インダストリアル・イリュージョン社内でも有名人で、こう呼ばれている。

 

『ソリッドヴィジョンシステムの変態』

 

 24歳という若さだが、ソリッドヴィジョンに関する知識と技術は海馬コーポレーションで随一だと評判なのだ。

 

「はぁ~リリーちゃん萌え~」

 

 この人間性さえなんとかなれば、とラルフは何度思ったことか。

 

「……もういい。夜間の設備無断使用で報告は上げさせてもらうぞ」

「えぇ~あれ反省文が面倒なんすよ~見逃してください! ラルフ先輩は俺の貴重な心の洗濯の時間を奪うっていうんすか!?」

「ふん! 今日という今日は見逃すものか!!」

 

 

 ちなみにこのやり取りは、今回で6度目くらいである。

 

「まぁまぁ先輩……いつも通り『いいモノ』あげますから……」

「……ちっ」

 

 

 ラルフの眉が、ピクリと動いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「……で、お前はまんまと今回も買収された、と」

「買収ではない! これは取引だ!」

「いや、変わらないだろ……」

 

 翌日の昼休み。ルール開発部の社員達は、昼食をとるため、食堂に行ったり、自分の机でサンドイッチを広げたりしている。チームリーダーであるラルフも、同僚と食事中である。

 

「お前もさぁ……それ渡せば許してもらえるって、絶対思われてるぜ?」

「む……ぐぅ」

 

 ラルフと一緒にサンドイッチを頬張っているのは『ルース・フォックスター』

 

 ルール開発部のサブリーダーであり、ラルフの個人的な友人でもある。ルースは呆れ顔でラルフが食べている『モノ』を指差した。

 

「そんなにうまいのか?それ?」

「……あぁ」

 

『スーパートライホーンヌードル 醤油味』

 

 ラルフが今食べている、サイトウに昨日渡された取引材料――要するにカップラーメンである。

 

「3分間ですぐに作ることができ、温かく、うまい。日本の技術力はすごいな……」

「まぁ確かに。それはアメリカでは買えねぇもんな……」

 

 『スーパートライホーンヌードル』は日本でしか買えず、サイトウがまとめ買いしたものを、ラルフは貰っていた。一度サイトウに貰ってから、ラルフはすっかりカップラーメンにはまってしまい、今ではサイトウが問題を起こす度に

 

「『いいモノ』あげますから……」

 

 で、済まされている。

 

「サイトウも別に、深夜にやらなくてもいいだろうによー」

「……1度アイツの作業をみてみろ。そんなことは2度と言えんぞ」

「お前と違って、俺には暖かい家庭があんの。深夜1時まで残業なんて、絶対にごめんだぜ」

 

 ラルフは26歳で独身だが、ルースは28歳で既婚者である。ルースもラルフに負けず劣らずの美形で、「ルール開発部にはイケメンが多い」という社内の女子達の評価を得ていた。ラルフと違って軽い性格なので、同僚の女子ともよく飲みに行っていたのだが、本命はしっかりと確保していたらしい。ラルフも会ったことがあるが、若いのによくできた奥さんだったと記憶している。

 

「だが、今回はカップラーメン以外にもオマケがあってだな」

「あん? オマケ?」

「情報だ、情報。なんでも今日新しく1人、イラストレーターがくるらしい」

「そんなことかよー。別に珍しくもなんともないじゃん」

「ペガサス会長が、直々に引き抜いてきた男。それも既に日本支社でその男のイラストが採用され、カード化済みだとしてもか?」

 

 サイトウ曰く『もの凄く才能があるイラストレーター』らしい。サイトウがそこまで人を誉めるのが珍しかったので、ラルフは純粋に興味が沸いていた。

 

「……へぇ~。面白そうじゃん」

 

 ルースが残りのサンドイッチを口に放り込み、ラルフもスープまで飲み終わったカップラーメンを、ゴミ箱に投げ込んだ。食事がはやく済むのもカップラーメンの利点である。

 

「よし」

「見に行ってみようぜ」

 

 

 

 

 

「ふざけるなぁあ! 僕をおちょくっているのか!? なんだこのデザイン案は!? 全部『女性モンスター』じゃないか!? ふざけているのか君は!?」

「で、でもボクはその……女の子というか……萌えカードが好きで……」

「なにが『萌え』だ! 君は、我がインダストリアル・イリュージョン社のカード開発部を舐めているのか!?」

「うぅ……すいません」

 

 ラルフとルースは顔を見合せ、首を傾げた。

 

「な~んかいきなり修羅場だな…」

「あぁ…なんだこの状況は…?」

 

 カード開発部についた途端、聞こえてきたのは怒鳴り声。覗いてみれば、この状況である。さっきから散々に怒りを爆発させているのは、『ジョン・ハイトマン』

 インダストリアル・イリュージョン社の現社長『アーサー・ハイトマン』の甥であり、カード開発部のチームリーダーである。

 

「大体、何が萌えだ……これだから日本人は嫌いなんだ」

「うぅ……でも、ペガサス会長はボクのイラストを認めてくれて……」

「うるさいっ! ペガサス会長が認めても、僕は認めないぞ!」

 

 どうやら、ジョンに怒鳴られ、縮こまっている日本人が、サイトウの言っていた『もの凄く才能のあるイラストレーター』らしい。

 

「おい、ラルフ。サイトウが『もの凄く才能がある』って言ってたのって……」

「あぁ、おそらく『女性モンスター』のデザインに長けている……ということなのだろう」

 

 再び顔を見合せる2人。

「でも……でもでも! ペガサス会長はボクのイラストをカード化させてくれたんです!」

 

 そう言って、日本人の男はブリーフケースから1枚のカードを取りだし、ジョンに見せた。ジョンの頬が怒りでピクピクとつり上がる。

 

「そのカードも女性モンスターか……決闘に萌えは必要ない! いい加減にしろよ! こんなカード!」

「あっ!!」

 

 ジョンは日本人の手からカードを取り上げると、腕を振り上げ、床に叩きつけようとする。

 しかし、カードが床に叩きつけられることはなかった。

 

「そこまでだ。やめておけ、ジョン」

「ラルフ……?」

 

 ラルフがジョンの腕を掴んだのだ。ルースは後ろで、やれやれと肩を竦めている。

 

「君には関係ないだろう? 手を離してくれ」

「カード開発部のチームリーダーがカードにむかって八つ当たりか? 感心せんな?」

「……ふん!」

 

 ジョンはつまらなそうに鼻を鳴らすと、ラルフにカードを渡し、部屋を出ていってしまった。

 

「まったく……」

「あの……ありがとうございました」

 

 サイトウと同じ、黒髪のおとなしそうな青年が、ラルフに礼を言った。

 

「あぁ、このカードは君がデザインしたものか?」

「えっ……はい! そうです!」

 

 ラルフはカードを裏返し、イラストや効果を見る。何気ない興味から見てみただけだったが、ラルフの表情は、驚愕の色に染まった。

 

「なっ……!? このカードは……」

「おいおいラルフ。勿体ぶってないで俺にもみせろよ……って、なんだこのカード!?」

 

 固まっているラルフの後ろから、カードを覗き込んだルースも同じ反応をみせた。ラルフはカードから青年に視線を移し、口を開いた。

 

「……お前、名前は?」

「え~と、ソウジ・エンドウ……遠藤創司です」

 

 ラルフとルースが驚くのも無理はない。その可愛らしい魔術師のカードは、とある『レアカード』と似た名前だった。

 

 

『遠藤創司』

 

 後に『ブラック・マジシャン』と並び、『武藤遊戯』の代名詞と呼ばれるカード。

 『ブラック・マジシャン・ガール』をデザインした男である。

 

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