寒い。
指はかじかみ、感覚が薄くなっていた。猛吹雪の中で、視界は無いといっても等しい。目の前は真っ白で、耳に届くのは凄まじい風の音だけだ。
「なぜだ……なぜ僕がこんな目に……」
全身を防寒具で固め、巨大なバックパックを背負ったジョン・ハイトマンは真っ白な息を吐きながら、憎々しくぼやいた。
どうしてこんな極寒の冬山で、命懸けの登頂に彼は挑んでいるのか?
――簡潔に言えば、仕事である。
デュエル・アカデミアの教員スカウト。その仕事を海馬瀬人から依頼されたラルフは、社内の他の人間にも協力を依頼していた。ラルフは手始めにイタリアへ飛び、そのままフランスへ。ルース・フォックスターはアジアを中心に回り、日本へ寄るルートを取っていた。
そしてジョンはというと……
「おかしい……どうして、僕だけが、こんな、冬山にっ!」
無駄な発声は体力を消耗するだけだが、それでもジョンは叫ばずにはいられなかった。誰がどの国へ行き、どんな人物をスカウトするかは、3人で平等にくじ引きで決めたが、それにしてもこれは不公平に過ぎる。ラルフやルースは今頃、訪れた国で美味しい食事や美味い酒を楽しんでいるのかもしれないのだ。具体的には日本のスシとか、フランスのチーズとか。
「くそっ! 大体こんな雪山の中に『決闘道場』なんてものが存在するのか!?」
ラルフはジョンがスカウトを担当する人物を「アカデミアの責任者になるかもしれない、とても高名な決闘者」と言っていたが、そもそもこんな雪山の中に篭っているのが、意味が分からない。決闘はあくまでゲームだ。本来インドアなものなのだ。なにもこんな雪山で、わざわざ決闘の腕を磨く必要はない。決闘者ではなく、仙人にでもなりたいのであれば話は別だが……
「はぁ……はぁ」
ピッケルを突き立て、急斜面を登る。このまま登り切って何もなかったとしても、海馬コーポレーションから貰うものは貰おうと、ジョンは心に固く誓った。
しかし、そんな決意とは裏腹に。
「な……?」
最後の急斜面を登り切った山頂に、それは確かにあった。
冬山には似つかわしくない、中国風の建築物。竜を象った装飾が施されている看板には、その流派の名がしっかりと刻まれていた。
『サイバー流』と。
雪山は本来、人間が住むような場所ではない。登頂するだけでも、毎年何人も死亡者が出る。薄い大気と強烈な寒さに覆われた、過酷な環境である。
重ね重ねになるが、そんな場所で決闘の修行に励む必要はないし、何の意味があるのかも、ジョンには全く分からない。
「……まさか、本当にあるなんて」
重い扉を開けた先に待っていたのは、十数人もの子供達がドローの練習に励んでいる、異様な光景だった。彼らは全員が建築物と同じ中国風の衣服を身に付けている。ジョンはアメリカの安っぽいカンフー映画を思い浮かべたが、それと違うのは子供達の腕に『決闘盤』が装着されていることだ。外は極寒だというのに、汗をかいている子供までいる。
「それだけ厳しい鍛練……ということか?」
と、扉の前で突っ立っていたジョンに、1人の少年が走り寄ってきた。まだ幼いながらも精悍な顔つきで、充分に美少年の部類に入るだろう。
「お客人……入門希望の方ではありませんよね?」
「ん? ああ、すまない。僕はジョン・ハイトマン。インダストリアル・イリュージョン社の人間だ。急に訪ねておいて恐縮なんだが、ここの『師範』は居られるかな?」
ジョンが自己紹介すると、やや不審な色を浮かべていた少年の表情がぱっと晴れた。彼は手を合わせて、ジョンに礼をする。
「インダストリアル・イリュージョン社の方でしたか。失礼いたしました。お荷物はこちらでお預かりします」
「ありがとう」
少年に重い登山道具を預けるのは気が引けたが、ジョンの全身は疲労を訴えていた。ウェアを脱ぎ、リュックを含めた装具を少年に預ける。少しよろめきながらも、
「少々お待ちください」
と、言い残して、少年は裏手へと消えた。少年は数十秒で戻ってきて、奥の通路を指し示した。
「師範を奥の部屋におりますので、ご案内します。それと、よろしければこちらをどうぞ」
そう言って手渡されたのは、温かいおしぼりだ。冷えきった手足には、痛いほど染みる。
「これは有り難いな。生き返るよ」
「いえ……」
礼を言うと、少年は僅かにはにかんだ。彼の礼節を弁えた対応には感心するしかなかったが、子供らしい一面もみえてジョンは少しほっとした。
少年の後に続いて、廊下を歩く。建物の中は思いのほか入り組んでいて、案内がないと迷子になりそうだった。
「君はここに来て長いのかい?」
「いえ、自分などはまだ若輩者です」
何気なく投げた質問に、少年は俯いて答えた。
「入門して1ヶ月になりますが、鍛練についていくので精一杯です。あなたの案内をこうして務めているのも、自分が門下生の中で1番未熟だからなのです」
「……よく分からないな。君達の言う『鍛練』っていうのは、本当に決闘に必要なものなのかい? 僕にはどうも、あれが決闘の強さに繋がるとは思えないんだが……」
例えば彼らはドローの鍛練を行っていたが、ドローのスピードがはやくなっても、引くカードが変わるわけではない。体を鍛えたところで、決闘の役に立つとは限らない。ジョンは決闘後に銃弾を浴びせられ、川に落ちて死にかけたことがあるが、そんな事は滅多に遭遇しないレアケースだ。まさか子供達も、命の危険に備えて鍛練を行っているわけでもあるまい。
少年は困ったような表情を浮かべ、僅かに俯きながら口を開いた。
「我が『サイバー流』の鍛練は身体的なものだけでなく、心理的なものにまで及ぶ……と。自分にはそれより先のことは分かりません。これ以上は、師範に直接尋ねてもらった方がはやいと思います」
「師範に尋ねた方がはやい……か。キミは自分の鍛練にどんな意味があるのかも分からずに、それを続けているわけだ」
ますます俯いた少年をみて、ジョンは後悔した。思ったことをすぐに口に出すのは、自覚があってもなおせない悪癖だ。
「……本当に、分からないんです」
が、少年はジョンの言葉に傷ついたというよりも、何かを抉られたような、そんな顔をしていた。
「俺には決闘の才能なんてなくて、この場所では誰よりも弱い。だから、師範の言葉の意味も理解できない……だから、あなたの質問にも答えられなかった。俺みたいなヤツは、この道場にはふさわしくないのかもしれません」
なんというか、これはまた随分と。この少年は思い悩んでいるようだ。
彼の年不相応な重い言葉に、ジョンは呆れた溜め息を吐いた。
「僕はそもそもこの道場がよく分からない。キミ達の鍛練にどんな意味があるのかも、全く分からない。でも、これだけは言わせてもらうよ」
お節介だとは思いつつも、ジョンは立ち止まった。膝を折り、少年と同じ目線になる。
「自分が弱いことを自覚するのはいい。けれど、それを理由に自分を否定するのはよくない。特に、キミみたいな子供はね」
「……慰めていただいて恐縮です」
「慰めじゃないさ。これは僕の持論だし、信念だよ」
少年はいまいち納得がいかない顔で、廊下の奥の扉を指し示した。どうやらあの奥に、彼の言う『師範』がいるらしい。
「到着か。案内してくれてありがとう」
「いえ……」
スタスタと扉へ歩いていくジョンは、しかし大事なことを聞くのを忘れていたことに気がついて、ピタリと足を止めた。
「ああ、そうだ。キミ、名前は?」
「……亮です。丸藤、亮といいます」
「亮くんか。よし、覚えた」
じゃ、と手を振って扉の奥へ消える背中を、丸藤亮は言葉もなく眺めていた。
◇◆◇◆
「みてください、ラルフさん。特集記事ですよ」
「ん?」
日本へと向かう旅客機の中。モクバが用意してくれた最高級ビジネスクラスのシートに体を預けていたラルフは、フィーネの言葉に視線を上げた。手元のパソコンには作りかけの書類があったのだが、特に作成をいそぐものでもない。ラルフはパソコンを閉じて、彼女が差し出したそれを覗き込んだ。
月刊決闘者。世界中で、最も多くの決闘者に読まれている雑誌だ。その名の通り、1冊丸ごとが『デュエルモンスターズ』の内容で占められている。記事の内容も最新パックの情報から、有名決闘者のコラム、デッキ構築の指南など、実に多岐に渡る。
「ほう、珍しいな。機械族の特集。しかも、それを扱う決闘者についての特集記事か」
開かれているのは巻頭のページで、でかでかと『最強の機械族使いは誰だ!?』というカラフルで目を引く文字が踊っていた。数ページに渡って、機械族モンスターを使用することで有名な決闘者達が紹介されている。
「やっぱり『キース・ハワード』の扱いは大きいですね。見開きで紹介されていますし」
「『盗賊(バンデット)』として名を馳せ、アメリカを制覇した男だ。当然だろうな。最近は名前を聞かないが……」
彼を再起不能なまでに大衆の面前でこてんぱんにしたのは、他ならぬラルフの会社のトップだ。バンデット・キースには悪いが、お気の毒という以外の感想は抱けない。
「この頃の機械族モンスターは『対魔法コーティング』のせいで倒すのが厄介だったりしましたね」
「…………」
「ラルフさん?」
「いや、何でもない。なんでもないぞ」
一瞬フリーズしていたラルフは、慌てて首を振った。それは正直言って、あまり触れてほしくない黒歴史だ。特にフィーネの口からそんなことを言われると、ラルフは色々とつらい。
「ところで、この男は知っているか?」
「この男? ああ、知っています。でも、随分前から大会には顔を出していなかったと思いますけど……ちょうど『キース・ハワード』が公式戦から姿を消したのと、同じくらいの時期でしたね」
話を変える為にラルフが指差した人物をみて、フィーネはこくりと頷いた。
「彼はデュエルモンスターズの黎明期から活躍していた実力者だ。ペガサス会長とも面識がある。会長は遊ばせておくには惜しい人材だと、常々こぼしていた」
「……もしかして」
「ああ、そうだ。今頃は、ジョンが交渉向かっているだろうな」
へぇ、とフィーネは目を丸くした。雑誌の記事で紹介されるような人物が、急に身近に感じられたのだろう。
「どこで何をしてらっしゃるんでしょうね?」
「山頂で決闘道場を開いているそうだ」
「…………え?」
◇◆◇◆
「はじめまして。事前の連絡もなしに、突然の来訪という非礼をお許しください、マスター鮫島」
「昔のこととはいえ、その名で呼ばれるのはこそばゆいですな」
「では、鮫島師範とお呼びします。子供達もそう呼んでいるのでしょう?」
案内された部屋の中は広く、薄暗い。電灯の類いは使われておらず、松明の原始的な光で満たされていた。
「はは、お好きなように呼んでください。こちらこそ、何のおもてなしも出来ず、申し訳ない」
恰幅のいい温和そうな老人は、ジョンに向かって手を差し出した。
「ようこそ、サイバー流道場へ」
部屋の中央には、流派の名を冠するモンスターが描かれた掛軸がある。それを背に、鮫島は柔和な笑顔を浮かべた。
握手をしながら、ジョンは意外だと思った。道場の子供達の様子を踏まえた予想では、もっと厳格な老人を想像していたのだ。
「遠路はるばる、よくこんな山奥までいらっしゃいましたな。それで、私にご用件というのは?」
「自分はインダストリアル・イリュージョン社のジョン・ハイトマンという者です。本日は、海馬コーポレーションの主導で設立予定の決闘専門学校について、お話にあがりました」
「ほう! デュエルモンスターズの専門学校ですか。相変わらず、海馬社長の発想には驚かされる!」
鮫島は驚きながらも嬉しそうに、片眉を上げた。その反応はスカウトに来たジョンにとっては好ましいものだったが、老人の言葉には別のニュアンスも含まれている気がした。
「……ペガサス会長と面識があると伺っていますが、まさか海馬社長とも?」
「ええ。数年間になってしまいますが……若いながら、芯の通った考えの持ち主だった。変わったお人柄とも言えますが」
鮫島はからからと笑う。なるほど。確かにラルフが言った通りの『大物』だと、ジョンは今さらながら納得した。
納得した上で、本題を切り出す。
「実はあなたには、その学校の責任者、校長の職に就いて頂きたいと、考えております」
「私を、校長にですか?」
鮫島は今度は目を丸くして驚いた。本当にころころと、よく表情が変わる老人だ。
「それはまた……なんというか……」
「もちろん、無理にとは言いません。この道場のこともあるでしょうし……」
「是非」
「は?」
「是非、やらせて頂きたい。こんな有難いお話を貰える機会は、もうないでしょうから」
あまりにもあっさりとした返答に、今度はジョンが目を丸くする番だった。
「い、いいのですか!? まだ給料や処遇、勤務についてなど、詳しい話をまるでしていないのに……」
「給料などは関係ありません。元々この場所も次世代の決闘者を育てるために開いたものです。より大きな場で、より多くの子供達を教え育てることができるなら、そちらに移るのが当然でしょう」
少し寂しげに部屋を見渡しながら、鮫島は言う。彼の視線の先には、掛軸に描かれたモンスターがあった。
『サイバー・エンド・ドラゴン』
『サイバー流』が掲げる、最強の象徴であるカード。
「私もいい年です。1人でこの場所を運営するのも、中々に厳しくなってきました」
「この道場は畳む……ということでしょうか?」
「ええ」
一流企業である海馬コーポレーションが立ち上げる、と言えば聞こえはいいがゲームの専門学校の設立には前例がない。経営が軌道に乗るかも全く分からず、先行きは不透明だ。
だがジョンの前にいる老人は、迷いなくすぐに承諾してくれた。それは海馬コーポレーションにとって喜ばしいことだし、ジョン個人としても嬉しいことだ。
「……お願いがあります」
本来なら、ジョン・ハイトマンの仕事はこれで終わりだ。海馬コーポレーションとの契約の概要を話して、さっさとこの山から下山すればいい。
だが、ジョンの頭の隅には、あの少年の表情がこびりついていた。丸藤亮という少年の、子供らしい明るさがまるでない、暗い表情が。
「なんですかな?」
「僕と決闘をして貰えないでしょうか?」
突然の申し出に鮫島は目を見開いたが、すぐにさっきまでと同じような笑顔に戻った。
「インダストリアル・イリュージョン社の方ともなれば、さぞや決闘の腕も立つでしょう。最近は外に出ることも少なかったので、勘が鈍っているかもしれませんが、それでよければ……」
「ありがとうございます」
「そうだ。あなたさえ良ければ、まずは子供達と決闘をしてみるというのは如何でしょうか?」
「子供達と?」
「ええ。外の決闘者と対戦する機会が彼らは少ない。良い経験になるでしょう」
「……分かりました。ではまず、子供達と決闘しましょう」
――――――――――――――――――――
丸藤亮は『サイバー流』に入門して約1ヶ月になる。地元の決闘では負けなしで、弟からも常に羨望の眼差しを受けていた彼のささやなプライドは、この道場に入った時点で粉々に砕かれていた。
単純な話である。亮は道場の誰よりも、弱かったのだ。
『デュエルモンスターズ』を始めたきっかけは、周りのみんながやっていたから、という子供らしい些細なものだった。要領が良かった亮はすぐにルールを覚え、デッキ構築を練り、小さなジュニアの大会でも優勝するようになった。亮の才能を喜んだ両親は、知人の紹介で亮を『サイバー流』に入門させた。両親の元を離れるのは寂しかったが、それでも亮の心は期待で一杯だった。この場所で頑張れば、もっと強くなれる、と。
しかし、入門した亮が最初に経験したのは、門下生全員に敗北という、あまりにも苦い挫折だった。
そこで亮はようやく気がついた。周囲に流されるまま決闘を始め、両親に促されるままに道場に入門した自分には、決闘をする『理由』がないことに。他の門下生達はみな、何かしらの目標や夢があった。自分には、何もなかった。ただ漠然と決闘を続けていた。それだけで亮は、自分が情けなく思えて仕方がなかった。自分にはないものを持っている門下生の兄弟子達は強く思えたし、事実強かったのだ。
そんな彼らが、
「罠発動『ギフトカード』だ。相手ライフを3000ポイント回復させる。これを『シモッチによる副作用』により、ダメージに変換。終わりだ」
LP2000→0
成すすべなく、敗れていく。
相対し、決闘をしているのは、さっき案内したばかりの客人だ。
「『自業自得』を発動。1500ポイントのダメージを与える。続けて『停戦協定』を発動。さらに1500ポイントのダメージだ」
LP3000→0
2人目が倒れる。
「魔法カード『成金ゴブリン』発動。『シモッチ』の効果で1000ライフ回復をダメージに。『ソウルテイカー』を発動。『パーフェクト機械王』を破壊し、1000ライフ回復をダメージに」
LP2000→0
瞬殺。そう言うしかない手際で、ジョン・ハイトマンは子供達を撃破した。
道場の中は、恐ろしいほどに静まり返っている。今決闘したのは、門下生の中で最も実力が高い3人だ。その3人がこうも簡単にやられたことに、子供達は動揺を隠せなかった。亮も、同じ気持ちだった。
「ありがとう。いい決闘だったよ」
彼はさっき倒した2人と同様に、門下生に向かって手を差し伸べた。
「ッ……うるさい! 気安く触るな!」
だが、最後の対戦相手は、亮も気が強いことでよく知っている兄弟子だった。彼はジョンの腕を降り払うと、キッと睨み付けた。
「ふざけるな! 我々3人をたった数ターンで倒しておいて、なにが『いい決闘』だ!? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
「僕は素直に感想を述べているだけなんだが?」
「くっ……師範! なぜこのような者との決闘を命じたのですか!? こんな男との決闘は『サイバー流』にふさ――」
その兄弟子は、最後まで言い切ることなく口を閉ざした。原因を知ろうと、兄弟子と同じように師範へ視線を向けた亮達も、また同じように押し黙った。
「………………」
目は時に、口よりも雄弁にものを語る。鮫島の目は、確かに言葉を発していた。
黙れ、と。
「大変な失礼をしました。私の監督不行き届きです」
「いえ、構いません。それを判断するのは『これから』ですから」
言いつつ、ジョンは『決闘盤』を鮫島に向けた。鮫島も口角を釣り上げ、『決闘盤』に元々セットされていたデッキを入れ換える。
亮は気付いた。あれは鮫島が普段、門下生相手に用いているデッキではない。本気のデッキだ。
「師範の本気のデッキ……」
「まだ1回も見たことないよな……」
ざわめきが広がる。ジョンと鮫島は適切な距離を取り、準備を整える。
「「決闘!」」
雑音の波を断ち切る宣言と共に、決闘が始まった。
ジョン LP4000
鮫島 LP4000
「先攻は僕が貰います。ドロー!」
『サイバー流』は機械族モンスターを主軸とする流派。そして機械族は、戦闘と個々の能力値に優れたモンスターが多い。その為に、ジョンのデッキのような『バーン』とは相性が悪い。いや、ジョンにとっては相性が良い、与しやすい相手だ。
「モンスターをセット。リバースカードを2枚セットし、ターンエンド」
セットモンスターは破壊耐性を持ち、バーン効果も有する『マシュマロン』
後ろを固めるリバースはキーカードである『シモッチによる副作用』と『ドレインシールド』だ。初手としては磐石の布陣である。
「私のターン」
鮫島はドローカードを一瞥すると、それを手札に加え、ジョンではなく子供達に向かって口を開いた。
「……門下生の諸君に聞いてほしい。私は君達を最後に、この『サイバー流道場』を閉めることに決めた」
鮫島の静かな宣言は、一瞬で子供達を動揺の渦に叩き込んだ。
「ど、どういうことですか!?」
「なぜです、師範!?」
「その男に、言いくるめられたのですか!?」
今言うのか、とジョンは冷静な目で鮫島を見据えた。ちらりと子供達の方も見ると、呆然としている丸藤亮の顔もあった。
やれやれ、とジョンは思う。これではまるっきり悪者だ。だが、悪者になってでも、ジョンには鮫島という人間を見極めなければならない義務がある。
「私は常々言ってきた。『サイバー流』は心の流派。身を鍛えるのは、精神の芯である心を鍛える為。そしてカードと、心を通わせる為だ」
ジョンと相対している男には、先ほどまでの柔和な老人の影は微塵もない。彼の口から紡がれる言葉は、確かな重みを伴って、少年達の耳に届いている。
「私のデッキも応えてくれたようだ。おそらくこれが、君達にみせられる外の人間との最後の決闘になる。だからこそ、よく見ておいて欲しい。これからの時代を担う君達に」
鮫島が魔法カードを発動した。『大嵐』だ。突風に巻き上げられて、ジョンのフィールドのリバースカードは消え去った。
「サイバー流の真髄を!」
『サイバー流』の門下生のデッキは、全て機械族で構成されている。デッキコンセプトは戦闘に強い機械族らしく、ビートダウン。彼らは機械族を用いたビートダウンデッキで己のプレイングを磨き上げ、昇華し、免許皆伝となってはじめて『サイバー流』の象徴を手にする。それこそが、免許皆伝の証である融合魔法カード。
「『パワー・ボンド』を発動!」
『パワー・ボンド』
通常魔法
自分の手札・フィールド上から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、機械族のその融合モンスター1体を融合召喚扱いとして融合デッキから特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は、その元々の攻撃力分アップする。このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、自分はこのカードの効果でアップした数値分のダメージを受ける。
強すぎる力は、己の身をも滅ぼす。故に免許皆伝の日まで、門下生はこのカードを使うことを許されない。
「私は3体の『サイバー・ドラゴン』を手札融合!」
「……まったく、どんな初期手札なんだ……」
ジョンはぼやいたが、それが鮫島の言う『心』が引き合わせた結果なのだろう。結果は結果だ。甘んじて受け入れるしかない。
「刮目して見よ! そして出でよ! 『サイバー・エンド・ドラゴン』」
その白銀の巨体に、迸るエネルギーを溜め込んで。三つ首の機械竜は、己の力を誇示するように咆哮する。
『サイバー・エンド・ドラゴン』
光/機械族
ATK4000→8000
DEF2800
デッキはその特性をより鋭く、より尖らせた方が強い。『サイバー流』が突き詰めた力は、圧倒的な攻撃力。一撃必殺という名の、究極の攻撃だ。
いっそ清いほど愚直に、一点に特化した戦術は、さながら達人の振るう居合いの如く、相手を一刀で切り捨てる。
「参ったな……これは」
見極めるつもりが、逆に魅せられていた。直立する『サイバー・エンド・ドラゴン』の威容を見上げ、ジョンは息を吐く。
これは確かに憧れるし、美しい。
見上げているのはジョンだけでなく、門下生の少年達も同様だった。
「攻撃力8000のサイバー・エンド・ドラゴン……」
当然、丸藤亮も見惚れていた。
「……覚悟はよろしいか?」
「いつでもどうぞ?」
「ならば、受けて頂こう」
収束するエネルギー。個々に強大なパワーを誇るそれらは、束ねられ、一撃となって放たれる。
それは、永遠にも思われる光の奔流。
「エターナル・エヴォリューション・バースト!」
明滅する濁流に飲み込まれながら、ジョンは決闘を見守る少年達を見た。
誰も彼もが目を輝かせ、この瞬間を見守っていた。当然、あの少年も例外ではなかった。
光の中で自嘲する。やはり、自分の心配はお節介だったようだ。
ソリッドヴィジョンとはいえ、7000ポイントを超えるダメージはかなり強烈なインパクトがあることに間違いはない。
ジョン LP4000→0
ジョンはそのまま、仰向けに倒れた。
「大丈夫ですか?」
視界がチカチカする。手を差し出されていることを認識するのに数秒の時間を要して、ジョンは助け起こされた。
「……強烈でした」
「はは、よく言われます」
老人は元の柔和な笑顔に戻っている。彼はそのままの笑顔で言った。
「いい決闘でした。ありがとう」
「……こちらこそ」
ジョンが1人で立てることを確認すると、鮫島は子供達の方へと振り向いた。彼らは皆、一様に顔を輝かせている。そんな彼らに、
「……憧れるのは結構だが、君達には足りないものがある」
ぴしゃり、と。釘を刺すように鮫島は言った。
子供達の浮かれていた空気が、それだけで引き締まる。
「我ら『サイバー流』は全霊を持って一撃を磨き上げ、それを相手にぶつける流派だ。その一撃で決着がつくことも珍しくない。故に、だからこそ、当たり前のことを忘れてはならない」
ジョンと手を取り合いながら、鮫島は言葉を紡ぐ。
「我々は、対戦相手への尊敬を、決して忘れてはならない」
決闘は1人ではできない。磨き上げた戦術があっても、それをぶつける好敵手がいなければ、意味がない。だからこそ対戦相手に、常に敬意を持って挑まなければならない。
それがサイバー流の掲げる『リスペクトデュエル』だ。
「この方は、君達を倒した後も必ず歩み寄り、礼を述べ、手を伸ばした。デッキや戦術は関係ない。決闘者として、立派な姿勢だ」
自分のことを言われたのだと気付き、ジョンは少々照れ臭くなった。
逆にさっきの3人は顔を背け、下を向いている。
「私は君達よりもこの方の方が、よほど『リスペクトデュエル』を理解していると思ったよ」
少年達の顔が、一気に青ざめていく。顔は笑顔でも、鮫島の目が笑っていないことに気づいたようだった。
「幸いなことに、この道場を閉めるまでには、もう少し時間があるようだ」
アカデミアの校長となるギリギリまで、彼はこの場所で『師範』であり続けるのだろう。
「――――鍛え直しだ、諸君」
やはり、ジョンが最初に想像した印象は、間違いではなかったようだ。
◇◆◇◆
決闘の日から、2日が経過していた。
「もう行かれるのですか?」
「はい。他の場所……というより他の国にもスカウトに行かなければならないので」
「それは残念だ。もう少しここに残って、ご一緒に鍛練を……と思ったのですが」
それが嫌だから早く帰りたいんだ、とはジョンは口に出さなかった。
「ペガサス会長と海馬社長に、よろしくお伝えください」
「はい。ありがとうございました」
防寒具に身を固め、リュックサックを背負う。登ったらまた下らなければならないというのが、いささか憂鬱だった。
「……はぁ、まったく」
「は?」
「失礼、こちらの不手際です。……隠れていないで、出てきなさい、亮」
鮫島の言葉に「うっ」という声が重なって、1人の少年が柱の影から顔を覗かせた。丸藤亮だ。
「別れの挨拶なら、先ほど皆と一緒に済ませただろう?」
「どうしても、言いたいことがあって……申し訳ありません!」
亮は、鮫島に向かって頭を下げた。やや困ったような顔で、老人は頭を掻く。
「……手短に済ませなさい」
「はい! ありがとうございます!」
歩み寄ってきた亮に、ジョンはあの時と同じように膝を折って視線を合わせた。
「わざわざ見送りに? 悪いね」
「いえ……その、あなたにお礼が言いたくて」
「ん? 僕は何もしていないよ。君が何かを掴めたのだとしたら、それは鮫島師範の決闘のおかげだろう」
「はい。確かに鮫島師範のような、あんな決闘ができるようになりたいっていう、ちゃんとした目標ができました。でも違うんです、俺……」
ジョンの目を見ながら、少年は言葉を選ぶ。そして口に出す。
「あなたが言ったように、ちゃんと自分もリスペクトできるようになりたいんです」
気紛れで、とんだお節介で掛けた言葉だと思っていた。
「だから……あの言葉、大事にします。」
でも案外、目の前の少年は真摯に受け止めてくれたようで、
「ありがとうございました」
それは意外と、嬉しいものだった。
気を使ってくれたのか、駆けて戻って行く亮の背中を見送ってから、鮫島は門を開いた。途端に、冷たい風が吹き込んでくる。
「おお、寒い寒い。どうぞ気をつけてお帰りください」
「はい」
ゆっくりと、門が閉まる。
「ああ、そうそう。給料も勤務地も聞かずに、仕事を引き受けたことがどうにもあなたは不思議そうでしたが……」
閉まる門の隙間から、老人の声が届く。
「……なかなかどうして、教えるということは楽しいものなんですよ。こちらが学ぶことも多い」
もう顔は見えない。
「だから、やめられないのです」
ガタン、と扉は完全に閉まった。
「……ずいぶん変わった別れ文句だったな」
空を見上げる。登ってきた時とは真逆の快晴だ。澄んだ空気の中で、白い雲と白銀の雪が視界を埋め尽くしている。
身体と気分が軽いのは、きっと天気のおかげだけではない。
「ああ……参ったな」
今の仕事に不満はないし、とても楽しい。けれど、本当に困ったことに。
「やりたいことができてしまった……」
果たしてそれは認められるのか。認められたとしても、本当にやっていけるのか。
美しい景色には目をくれずに悶々と悩みながら、ジョン・ハイトマンはゆっくりと山を下りていった。