ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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52.「キミはボクが守るから」

 その日。あるCMがはじめて放映され、大きな話題になった。

 軽快な音楽と共に、画面に大写しになったのは1人の男性。言わずと知れた海馬コーポレーション社長、海馬瀬人である。

 

「ワハハハハ! テレビの前の諸君! 我が海馬コーポレーションは新たなるカードを開発するため、幼い子供たちから新たなるカードのイメージを募集することにした!」

 

 いきなりお茶の間に響き渡る高笑いに、おじいちゃんやおばあちゃんは腰を抜かしたそうだが、大抵の大人は「いつものあの社長か」と軽く流し、大抵の子供達は目を輝かせてテレビに張り付いた。

 

「採用されたデザインはカードにしてタイムカプセルにつめて宇宙に打ち上げられる。宇宙の意志の波動を受けて新たなカード生み出す、この壮大なプロジェクトにお前たち子供の自由な発想が必要なのだ! こぞって応募するがいい! ワハハハハ!」

 

 荒唐無稽なのは、いつもの海馬瀬人。しかし世間の話題を集めたのは「宇宙のパワーを取り入れる」などという彼らしからぬ非科学的発言だった。

 ロケット打ち上げという一大プロジェクトと提携した海馬コーポレーションのこの企画は大きく注目され、しばらくの間ニュースなどで取り上げられることになった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ふぅん、下らん。何が宇宙のパワーだ、馬鹿馬鹿しい。そんな非ィ科学的なものがあるわけがない」

「海馬社長、自分のCMを見ながら自分の発言を全否定しないでください」

 

 子供達の夢を真正面からぶち壊しにかかっている海馬の発言に、ラルフ・アトラスは渋い顔で苦言を呈した。

 

「仕方ないぜぃ。兄様はこういうオカルトめいた企画は好きじゃないからな」

 

 ラルフの右隣に座っている海馬コーポレーション副社長、海馬モクバも苦笑いでそう言った。

 海馬コーポレーション、社長室。常日頃から世界経済を動かす重要な会議や判断が下される場所ではあるが、かなり多忙なスケジュールを強いられている海馬とモクバがこの部屋に揃うことは、意外と珍しい。

 

「でもまぁ、ロケット打ち上げっていうデカイ企画に乗っかったのは成功っすよねー。ネットでもかなり話題になってますし」

 

 パソコンを叩きながら、ラルフの向かいに座っているサイトウは呟く。本来なら社長室に入ったら摘まみ出される立場なのだが、今回は特別に入室を許されているらしい。

 

「我が海馬コーポレーションのネームバリューとブランドを使わせてやっているのだ。それくらいの宣伝効果がなくては困る」

「いや、1番のインパクトは社長のCM出演だと思うんすけど……」

「当たり前だ。この俺の貴重な時間を割いたのだからな」

「あ、ハイ。そうっすよねー」

 

 相変わらずの社長節に、サイトウはコクコクと首を振って頷いた。

 

「さて……そこの女」

「は、ひゃ、はい!」

 

 ラルフの左隣で縮こまって緊張していたフィーネは、海馬に突然話を振られて飛び上がった。

 

「今回のイギリスの件は、モクバから全て報告を受けている。中々よく働いてくれたそうだな。ご苦労だった」

「あ、ありがとうございます!」

 

 海馬にしては珍しいくらいに労ってくれているが、それでも高圧的な上から目線は変わらない。フィーネが緊張して固まるのも無理はないな……と、ラルフは溜め息を吐いた。

 

「これからも何か事件があれば、たまに使ってやろう。有り難く思うがいい」

「か、海馬社長! 彼女は……」

「平社員は黙っていろ。貴様、今回はまるで役に立たなかったそうだな」

 

 ラルフの胸に海馬の言葉が容赦なく突き刺さる。思い返せば、確かにイギリスではまるでいいところがなかった。

 

「……知らない女の子とイチャイチャしていただけですもんね」

 

 加えて左からフィーネの追撃。ラルフは何も言えずに机に突っ伏して撃沈した。というか、まだまだフィーネには根に持たれているらしい。果たしていつになったら許してくれるのだろうか。

 

「ふぅん。貴様が職務怠慢で女と浮わつくロリコンだという話はどうでもいい」

「海馬社長、それだけは訂正してください」

「そうっすよ! こんなリア充を俺達みたいな紳士と一緒にしないでください! 真のロリコンはリアルロリに手を出したりなんかしないっす! 紳士ですから!」

「俺が手を出したような物言いはやめろ! サイトウ!」

 

 ギャーギャーと騒がしくなる室内だったが、そこにちょうど割って入るようにノックの音が響いた。

 

「失礼します、海馬社長」

 

 社長室に入ってきたその人物は、サイトウと取っ組み合っているラルフを見て、にっと笑った。

 

「オッス、ラルフー! 久しぶりだな」

「……お前も呼ばれていたのか、ルース」

「おうよ。海馬社長直々のお呼びだしだからな。出向かないわけにはいかないだろ」

 

 よっこらしょ、と爺臭いことを言いながら、ルースは応接用のソファーに腰掛けた。彼は部屋の中にいる人物を順々に眺め「おっ!」と嬉しそうに声を上げた。

 

「もしかして、フィーネ・アリューシアさん?」

「は、はい!」

「どうもはじめまして。ラルフくんの親友のルース・フォックスターです。よろしく!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 フレンドリーなルースの対応に、フィーネはほっとしたのだろう。差し出された手を迷いなく手に取り、握手を交わした。もっとも、直前の人物が高圧的過ぎたせいもあるかもしれないが。

 

「雑談はこの辺りでいいだろう。だらだらと騒ぐ時間も惜しい。本題に入るぞ」

 

 海馬はリモコンを手に取り、エンドレスで自分が高笑いするCMが流れていたモニターを切り替え、別の内容を表示した。室内が騒がしかったのは、あのCMのせいな気がしないでもない。

 

「今回貴様らを日本に呼び寄せたのは、他でもない。俺が大嫌いな『オカルト』の話をする為だ」

 

 モニターに表示されたのは、1人の少年。そして、1枚のカードだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 その屋敷は、周囲の一軒家が霞むほどに広大な敷地を誇っていた。作りは一般人が想像するような伝統的日本家屋だが、とにかく広い。庭には池があり、盆栽が生けられ、いかにも純和風の素晴らしい風情を醸し出している。周辺に住む人々からは、まさに『大金持ち』の『名家』として認識されるような、そんな屋敷だった。

 

「ああー、やっぱりお風呂って日本の文化だよねー」

 

 屋敷の風呂は、当然のように広く、旅館の大浴場と言っても過言ではない。今もたっぷりのお湯に浸かりながら、つい先ほど日本に帰国したばかりの少女が入浴を満喫していた。

 鬼柳瑞葉。立場上はこの家の『居候』である。

 足を目一杯伸ばしても、というよりいっそ泳げそうなほどに広いお風呂は、女の子にとっては天国だ。帰国したせいで休学していた学校に戻らなければいけないのが少々億劫だったが、それでもお風呂に入れることは何物にも代えがたい幸せだった。

 

「はぁー。極楽極楽ー」

 

 今時親父でも言いそうにないことを呟きながら、肩までお湯に浸かる。外はまだ明るく、多く人々があくせく働いてる時間からこんなにまったりできるのは、かなりの贅沢だろう。のぼせない程度に、ゆっくり入ろうと瑞葉は心に決めた。

 

「みっーずーはーちゃーん! お姉さんがお背中を流しに来たわよー!」

 

 訂正。すぐに上がろう。

 

「あっ!? なんでもう湯船から出ようとしているの!?」

「うーん。なんかのぼせそうな気がしてねー」

「大丈夫! お姉さんの心は瑞葉ちゃんの裸を前にしてこの上なくのぼせあがってるわ!」

「……お願いだから出ていってくれないかな」

「ああ、なんて白くてきめ細かい肌なの!? さぁ、瑞葉ちゃん、この桶を持って! 一緒に水の踊り子ごっこをしましょう!」

「なにその変態ギリギリなお風呂遊び!?」

 

 にじり寄ってくる女――自称天才、他称変態の科学者、十六夜美夜は身体にタオルも巻かずに一糸まとわぬ姿で瑞葉の退路を塞いでいる。瑞葉としては彼女の胸で揺れているモノにコンプレックス的な何かを刺激されないでもなかったが、とにかく今はそんなことより自分の操(みさお)がアブナイ。

 

「大丈夫! 私は責めも受けもいけるわ!」

「だからそれは大丈夫じゃな――」

「レッツダイブ!」

 

 いい年をした自称お姉さんが湯船に飛び込み、水飛沫が立ち上る。視界を封じられた瑞葉は、既に背後に回り込んでいる魔の手に気がつけなかった。

 

「いッ――――!?」

 

 白い湯気の中で響くのは、少女の悲鳴。とはいえ、誰かが駆けつけてくれるわけでもない。この屋敷のほとんどの部屋と設備は、全てが防音仕様なのだから。

 この屋敷は、周囲の住人からは主の名を取って呼ばれている。

 『影丸邸』と。

 だがしかし、たとえ完璧な防音設備がなかったとしても。インダストリアル・イリュージョン社の重役の屋敷で、女性2人が真っ昼間から浴場でじゃれているとは、誰も夢にも思わないだろう。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「どうかね、日本の酒は?」

「久方ぶりに口にしましたが、やはり良いものは口当たりから違うと感じました」

「そう言ってもらうと、こちらとしては嬉しい。君達を労う為に蔵から出した上物だからな」

 

 そんな屋敷の主は浴場の喧騒など露知らず、2人の男と酒を酌み交わしていた。畳張りの和室に雑音はなく、杯に次の一杯を注ぐ音がはっきりと聞こえるほどだ。

 

「まさか君のような腕の立つ決闘者も引き入れることができようとは、夢にも思わなかった。嬉しいよ、奇術師パンドラ」

「恐縮です、影丸殿」

 

 慣れない杯で酒を舐めながら、パンドラは居住まいを正した。彼のタキシードとシルクハットで固めた出で立ちは、やはり日本家屋の中だと飛び抜けて浮いている。だが、影丸はそんなことを気にする様子は微塵も見せずに言葉を続けた。

 

「こちらが瑞葉と君をイギリスに送ったのは、十六夜博士を獲得するのが目的だったわけだが、よい拾い物ができた」

「私も同意見です。これからのことを考えても、戦力は多いに越したことはありません」

 

 影丸の側に控えるセレス・ゴドウィンは、同意を示して首を縦に振った。

 

「戦力か。物騒な物言いだな。儂は別に、好き好んで荒事を起こそうとは思っていないのだがな」

「我々が動けば、衝突する組織が出てくるのは必定です。それがインダストリアル・イリュージョン社にしろ、海馬コーポレーションにしろ、邪魔をしてくるならば、ある程度は排除しなくてはなりません」

「確かに。私も『これ』を見て思いましたよ。これは荒事にするなという方が無理です」

 

 そう言ってパンドラが手に取ったのは、1束の書類だ。さほどの厚さはないとはいえ、書面には写真などのデータを含めた個人情報がびっしりと記されている。正確に言うならば、1人の少年の個人情報と、少年の周囲で起きた『事故』に関する詳細なデータだ。

 

「……そもそも」

 

 セレスは眉を潜めて、影丸を見た。

 

「この『少年』が持っているカードが『精霊』だとして、それは我々がリスクを冒してでも手に入れるべきカードなのですか?」

「無論だ。儂は君を側に置くと決めた時、何と言った? 何が欲しいと望んだ?」

 

 質問に返された質問に、セレスはあの時の言葉を思い出して、さらに眉根を寄せた。

 

「力ある決闘者と、力あるカードです」

「そういうことだ。イギリスでは優秀な人間を2人も引き入れることができた。ならば次は『カード』だろう?」

 

 有無を言わせぬ影丸の物言いに、セレスは完全に押し黙る。見かねたパンドラが、会話に割り込むように口を開いた。

 

「新参の私が言うのもおかしな話ですが、ならばやはり、それなりに準備と手間は掛かるでしょう」

 

 ステージにおいては誰よりも注意深く、誰よりも慎重な奇術師は、書類の中から写真がある1枚を鮮やかに引き抜いた。

 

「影丸殿はこの『カード』を、少年の手から奪えと仰っている」

 

 パンドラはカードの写真を一瞬で切り抜いて、本物のカードのように影丸に差し出す。

 

「ただの少年からカードを奪うなら簡単でしょう。そんなことは近所のガキ大将に駄賃でも渡してやれば、簡単にできます。それこそ、私は奇術師ですから、少年の懐からカードを抜き去るくらいは仕事の内にも入りません」

「……ですが、既にその少年は海馬コーポレーションに『選ばれて』いる。つまり、あちらも少年が所持しているそのカードが普通のものではないという確信を得ている、ということになります。後手に回った我々は必然、海馬コーポレーションの目を盗んで少年に接触しなければならなくなった」

 

 積み重なる否定の言葉に、影丸は不快気に鼻を鳴らした。パンドラが切り取った写真のカードは、皺だらけの指の中でくるくると弄ばれている。

 

「なるほど。つまり君達はこう言いたいのだな。今回は諦めろ、と」

 

 セレスは投げやりな影丸の言葉に、今度は首を横に振った。

 

「恐れながら、今の私は影丸殿の部下です。リスクが伴う行動を、リスクがないと申し上げるようなことはできません。無論、影丸殿がそのカードを奪えと命じられたならば、私は命令に従いましょう。しかし……」

「得策とは思えない、か」

 

 影丸が口を閉ざす。話し声がなくなり、室内は再び沈黙に包まれた。

「お邪魔します! 私もお酒貰いに来ちゃいましたー!」

 

 浴衣姿の美女が、空気も読まずに部屋に押し入るまでは。

 

「…………博士」

「なぁーに、セレスくん? うわ、それ日本酒じゃん! 超高そう! 飲んでいい?」

「……申し訳ありません。礼儀を弁えない、こういった人間です」

 

 セレスは美夜に返事をする前に、影丸に向かって頭を下げた。

 

「いや、構わんよ。たまには賑やかなのも悪くない」

「あ、影丸さん。私、お注ぎしますよ!」

「ほら。こうして老人に気を使って、酌もしてくれる」

 

 影丸は美夜の酌を受けながら、口元に笑みを浮かべて言った。もっとも、すぐに彼女の視線も杯の中に物欲しそうに注がれていることに気が付き、

 

「……十六夜博士も遠慮せずに飲みたまえ」

 

 と、丸々中身が残っている酒瓶を彼女に預けた。

 

「ああ……匂いだけでいいお酒だと分かります」

「それは光栄だ。味の分かる者に飲まれれば、酒も幸せだろう。特に君のような美しい女性ならば尚更だ」

「あらいやだ。お上手ですのね。ところで小さいおちょこじゃなくて、ジョッキのようなものは頂けますか?」

 

 美夜の要望を聞き、セレスとパンドラは思った。味が分かる美女という発言は、今すぐ撤回させた方がいい。

 

「うう……私はもうお嫁に行けないんだよ」

 

 と、今度は瑞葉が何事かぶつぶつと呟きながら、部屋に入ってきた。長い黒髪はまだ乾いておらず、烏の濡れ羽色という表現がぴったり合う。美夜と同じ浴衣姿だ。なぜかは分からないがやけに疲れているようで、すぐに畳の上に寝転がり、脱力してしまった。

 

「影丸のじいちゃん。私、ジュース。オレンジの100パーセント」

「儂ではなく女中に言え」

「いーからー。はやくジュース! あとお摘みとかじゃなくて、なんか食べたい!」

「……夕食まで待て、と言っても聞かんか。仕方ない。何か持って来させてやる」

「はやくねー。私何か食べないと、吸いとられたエネルギー回復できないもん」

 

 駄々を捏ねる瑞葉と、何だかんだと言いながらも瑞葉の要望に根負けする影丸の関係は、完全に孫と祖父のそれだ。すっかり弛緩した部屋の空気に、セレスは思わず溜め息を吐いた。

 

「あれ? それは?」

 

 日本酒に夢中になっていた美夜は影丸達が何かについて相談していたことをようやく察したようで、パンドラの手にある書類に目を止めた。

 

「調査報告書ですよ。この少年が持っている『カード』が、どうやら特別なもののようなのです。それについて話し合っていました」

「ふーん。見てもいい?」

「どうぞ」

 

 美夜はパンドラが差し出した書類を手に取り、ペラペラと捲った。

 

「へぇ……」

 

 表情が変わる。瞳に、理知的な輝きが宿る。美夜は一通り目を通し終わると、影丸に向かって言い放った。

 

「ねぇ、影丸さん。これ、少年の方もセットで捕まえてみませんか?」

「……ほう」

 

 影丸の口元が、楽しげに釣り上がった。

 

「どうしてかね?」

「これだけ少年の周囲で『事故』が起きている以上、この『カード』の力は明白。『カード』の力が強いということは、持ち主との結び付きが強いということですわ。ならばいっそ『少年ごと』奪った方が効率的ですもの」

「それは要するに、この日本で『誘拐事件』を起こすということだ。我々は影丸殿に捜査が及ぶような派手な動きは絶対に避けなければならん」

 

 セレスが釘を刺しても、美夜は素知らぬ顔で日本酒を煽った。

 

「……ぷはぁ。いいじゃないの、別に大騒ぎにしても」

「なに?」

「この子、海馬コーポレーションの企画に選ばれているんでしょう? だったらちょうどいいじゃない。その企画ごと潰してしまえば良いのよ」

 

 その言葉を額面通りに受けとるならば、彼女はこう言っている。

 海馬コーポレーションと真正面から衝突しよう、と。

 

「私、どうせやるなら派手な方が好きよ?」

 

 赤髪の美女は、妖艶に微笑んだ。

 

 

◇◆◇◆ 

 

 

「決闘をした相手が昏睡……それも複数人か」

「ついでに言うなら、ソリッドヴィジョンも使っていないカジュアルプレイだ。まぁ、海馬コーポレーション側としては『決闘盤』の刺激が強すぎるからだ、なんて難癖をつけられずに済んでいるから、ほっとしてるんだろうけどな」

 

 閑静な住宅街を、1台の車が走り抜けていた。ハンドルを握っているのはルース。助手席にはラルフ。そして後部座席にはフィーネが座っている。

 

「確かに。テーブルプレイの決闘で昏睡する人間が出るのは、普通では考えられない。『神のカード』のコピーを使ったテストプレイは、意識を失う人間が続出したというが……」

 

 まだソリッドヴィジョンの技術すら確立されていなかった、デュエルモンスターズの黎明期。『三幻神』の性能を試す為に行われた、コピーカードを用いた決闘では、昏倒して病院送りになる人間が後をたたなかったという。ラルフもルースも入社する前だったので、あくまでも又聞きした噂話な訳だが、

 

「その話を基準に考えるなら、その子が持っている『カード』はかなりヤバい代物だってことになるぜ」

「オカルト嫌いな海馬社長が直々に調査しろ、と言うくらいだ。少なくとも普通のカードであるわけがないな」

「ああ、そりゃそうだ」

 

 やれやれ、と肩を竦めるルース。ラルフはルームミラー越しに、後部座席のフィーネに視線を送った。

 

「すまんな。また仕事に付き合わせてしまって」

「気にしないでください。危険なカードの調査なら、私でも力になれます。私も『視える』人間ですし」

 

 『精霊』絡みの話となると、彼らの姿が見えないラルフ1人ではお手上げだ。必然的に『視える』人間であるルースやフィーネに頼らなくてはならない。

 

「そうそう。お前が悪く思う必要なんてないぜ。むしろ俺の方が、申し訳ない気持ちで一杯なんだからな」

「なぜだ?」

「そりゃもちろん。せっかく2人きりのドライブのチャンスだったのに、お邪魔虫が運転手をしているからなー。いやー、残念な思いをさせちゃったなー」

「セ、セレスさん! 残念だなんてそんな……」

「あれ? ラルフとドライブとかは、あんまりしたくないの?」

「したいです!って、いや……そうじゃなくて……」

 

 自分で自分の反応の良さに戸惑っているフィーネは、そのまま下を向いて黙ってしまった。若干顔が赤い。

 

「あっははは。いや、実にかわいい彼女じゃないか、ラルフ。話で聞いていたより3割増しでかわいいぞ」

「茶化すな、馬鹿者」

 

 からかうルースをラルフは邪険に振り払う。が、ルースの「話で聞いていたより」という発言に、フィーネは顔を上げた。

 

「ルースさんはラルフさんから私の話を聞いていたんですか?」

「おお、そりゃもう。聞いていて痒くなるノロケ話だったよ」

「おい、やめろ馬鹿」

 

 止めようとするラルフには構わず、ルースはにこやかな笑顔のまま続けた。

 

 

「料理と掃除……っていうか、家事全般が致命的に苦手なんだよな?」

 

 

 ピキリ。音が聞こえそうなほどに、フィーネの顔は歪んで固まった。

 

「いやぁー、笑った笑った。ラルフのコーヒーメーカーを大破させた話なんか、お腹抱えて爆笑しちゃったぜ。台所も黒焦げになったんだっけ? それでもラルフは「フィーネはフィーネなりに頑張ろうとしてるんだ……」とか言いながら、通販サイトでコーヒーメーカー見てるしなー」

「頼むからその口を閉じろ!」

 

 ルースが運転中でなければ腹に拳で一撃入れて黙らせるところだが、そうもいかない。今のラルフにできるのは、言葉と視線で必死にもうやめろコールを送ることだけだ。

 

「いやでも、苦手な料理も家事も頑張ろうとしてるってのは、とってもいい話だよな。ラルフはこの前、カレーのじゃがいもが固いとか言って文句たらたらだったけど、俺ならそんなことは絶対に言わないね!」

「ルース……貴様……」

 

 フリーズしていたフィーネの肩は、今やぷるぷると震えている。助手席からでも、彼女の顔が真っ赤に染まっているのが分かった。それが羞恥心なのか、怒りなのか、それとも両方なのかはラルフには分からない。

 

「……ルース」

「ん? なんだい、ラルフくん?」

「……覚えていろよ」

「アハハハ。カップルをイジるのは楽しいなぁ」

 

 隣のクソ野郎がわざとやっていることを、ラルフは確信した。

 

「ほらほら、ふざけるのはこれくらいにしておこうぜ。到着だ」

 

 車が停車する。横手に見えたのは、何の変哲もない一軒家だった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 フィーネには優しく(こわい顔で)、「あとでお話があります」と言われ、到着早々かなり憂鬱な気分になりながらも、ラルフは鋼の精神で心を仕事モードに切り替えた。

 玄関から出てきた少年の両親は、全員が外国人というラルフ達の面子に不審の色も見せず、心よく出迎えてくれた。しかし端から見ても、その顔には疲労の色が滲み出ており、やつれていた。

 

 ――色々考えました。有名なお坊さんに頼んで、お祓いだってしてもらいました。でも、何も変わらなくて……

 

 泣き崩れる母親の肩を抱きながら、父親は掠れた声で言った。

 

 ――原因はあの『カード』にあるとしか考えられません。だからどうかお願いします。息子を、あの『カード』から助けてやってください。

 

 父親は息子に黙って、デッキからそのカードを抜き取り、捨てようとしたのだという。しかし、捨てた筈のカードは翌日の朝には少年の手に握られていた。

 父親は今度は自分の手で、そのカードを破り捨てようとした。しかし、できなかった。破ろうとした瞬間に、体が金縛りにあったように動けなくなったからだ。

 ラルフ達は両親の話を聞いて、疑うことも笑うこともしなかった。元々カードに不思議な力が宿るのを理解しているから、というのもあったが、なによりも。

 相当に思い詰め、追い詰められている様子の彼らが嘘をついているとは、とても思えなかったのだ。

 

「……こりゃ、相当に重症だな」

「息子さんのことを心配しているからこそ、あんなに思い詰めているのでしょう」

 

 2階へと上がる階段を上りながら、ルースとフィーネは車内の時とは真逆の沈痛な面持ちで言った。

 今、この一家が苛まれているのは事件や事故などではない、完全に『オカルト』に分類される問題だ。警察に話しても相手にされないだろうし、近くの人間に相談するにしても限度がある。少年の両親からしてみれば、今のラルフ達が正真正銘、最後の頼みの綱なのだろう。

 

「この部屋か」

 

 少年は友達が決闘中に倒れてから、学校にも行っていないという。本来は活発で明るい性格なのに、朝から部屋に閉じ籠り、半ば不登校のような状態だそうだ。

 ノックして入ろうとしたラルフを、フィーネが手で押し止めた。

 

「知らない大人ですし、こういうのは女性からの方が警戒されにくいと思います」

「……そうだな。頼めるか」

「はい」

 

 軽く頷いて、フィーネは扉をノックした。

 

「はじめまして。あなたのお母さんとお父さんから、相談を受けて来たの。入ってもいいかな?」

「……誰?」

 

 部屋の中から聞こえてきたのは、声変わり前の少年の声だ。ルースも扉の前に立ち、中に呼び掛ける。

 

「海馬コーポレーションから来た人間だ。きみの『精霊』について力になれるかもしれない」

「……せい、れい?」

「きみの友達のことだ」

「…………」

 

 扉の奥で、息を飲む気配がした。フィーネはラルフとルースに目配せすると、意を決して扉を開けた。

 暗い室内。床にはカードが散乱し、ベッドの隅には縮こまるようにして、1人の少年が震えていた。

 そして、

 

「……ッ」

「……なるほどなぁ」

 

 フィーネは無言で唇を噛み締め、ルースは納得がいったように言葉を漏らした。2人の視線は、少年ではなく少年の『上』の空間へと向いている。

 ラルフは確信した。視えているのだ、ルースとフィーネには。

 

「……いるのか?」

「ラルフさん、手を」

 

 自分と比べれば一回りは小さいフィーネの掌を、ラルフは手に取った。

 

 

『へぇ。これは珍しいね。視える人間が3人……いや、2人かな? いずれにせよ、キミ達のような大人が来たのははじめてだ』

 

 

 瞬間、ラルフの耳にも声が届いた。

 聞こえるし、確かに見える。少年を抱くようにして寄り添っている、悪魔の姿が。

 

「おじさん達はなに? もしかして、みえているの?」

『ああ、どうやらそのようだよ、十代』

 

 少年の名は、遊城十代。

 

「こわいよ……」

 

 彼が持つカードの名は、

 

「こわいよ……『ユベル』」

 

 ――――ユベル。それが、一連の事件の元凶として上がっているカードの名だ。

 

『大丈夫だよ、十代。ボクは絶対にキミの味方だ。キミの側を離れたりしない』

 

 中性的で魅惑的なその声で囁きながら、悪魔は少年を包み込むように翼を広げる。まるで、無遠慮に立ち入ってきた敵から主を守るように。

 

『キミはなにも心配しなくていい』

 

 

 実体はない。けれど強すぎるほどに、悪魔は少年を抱き締める。

 

『キミはボクが守るから』

 

 悪魔は少年を、心から愛しそうに見詰めた。

 そして少年から目を離すと。

 

『キミ達は、ボクの敵か?』

 

 悪意を剥き出しにした瞳で、ラルフ達を見た。 

 




GXを深夜アニメ化させ、海外放送ではその諸々を規制されたスーパーヤンデレ両性具有精霊、ユベル。
でも、この頃のユベルは、悪くて白い光の影響を受けていない。つまり、まだ純粋なユベルなんだよ(白目)
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