ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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53.「舐めるなよ、雑魚共」

 悪魔の姿は、見るものを惹き付けて止まない、不可思議な魅力を備えていた。背中からは翼を生やし、肌の色も人間とは違う。姿形は完全に悪魔そのものだというのに、どこか人間的な『雰囲気』がある。胸には膨らみがあり、曲線を描いている腰から足にかけてのラインは人間の女性と言っても差し支えないほどに官能的だ。にも関わらず、声質と喋り方はまるで少年のようで、独特な危うさを存在の中に孕んでいる。

 

「俺達は、きみと敵対する気はない」

 

 慎重に言葉を選びながら、ラルフは口を開いた。

 

『そうかい。じゃあ聞くけど、キミ達はここに何をしに来たのかな?』

 

 敵意がないことを示しても、相対する悪魔は警戒を解こうとしない。むしろ、最初からラルフ達に心を開く気はないとでも言いたげに、眼光は険しくなっていく。

 

「簡潔に言うとだな。お前が力を垂れ流すせいで、十代くんの周囲の人間に被害が出ているんだ」

「ルース……」

「相手は仮にも『精霊』だぜ? オブラートに包んで話したところで仕方ないだろうよ」

『……別にボクはキミ達の建前が聞きたいわけじゃない。人間はすぐ嘘をつく生き物だからね。言いたいことをはっきりと言う人間には、まぁ多少なりとも好感を持たないわけでもないよ』

 

 要するに、言いたいことがあるならはやく話せ、ということだろう。ルースは幾分語気を緩めて、ユベルに向かって言った。

 

「だったら話ははやい。十代くんの周囲の人間に危害を加えるのは、やめてくれないか?」

『危害? いつボクが危害を加えたというんだい?』

 

 あまりにもあっさりとした物言いに、ラルフ達は眉を潜めた。この悪魔は、自分が何をしたのか自覚がないのだろうか?

 

『ボクは十代を守っているだけだ。十代を轢こうとしたバカなトラックのドライバーには、壁にぶつかってもらった。十代の持ち物を取り上げたバカな子供には、池に落ちてもらった。年上のくせに、手加減もせずに十代に決闘で勝とうとした恥知らずには、少しの間夢をみて貰っている……さて、』

 

 悪魔は翼を広げると、ぐるりと首を回して、

 

『ボクが何をしたっていうんだい?』

 

 事も無げに言った。

 そもそも論点が根底からずれていた。ユベルには十代を守ったという認識しかない。その過程で外敵を排除したとしても、ユベルにとっては十代を守ったという結果を得たに過ぎないのだ。

 

「……十代くんはあなたが友達を傷つけることを怖がって、外に出ようとしないんです。それは十代くんにとっても良くないことではないんですか?」

 

 今度はフィーネが問い掛ける。しかし、悪魔の目は冷たいままだ。

 

『それでいいじゃないか』

「えっ……?」

『十代にはボク以外の友達なんて必要ないよ。友達はボクだけでいい。ボクがいれば充分だ。そうだろう、十代?』

「……ユベル」

 

 十代は潤んだ瞳で、悪魔を見詰めている。何かを言いたいのに、言い出せない、そんな瞳。結局少年はそれ以上の言葉を発せずに、ユベルに体を預けるように寄りかかった。

 

『ほら、分かっただろう? 十代はボクを必要としてくれている。そもそもこの部屋にいれば、ボクと十代はずっと言葉を交わしていられるじゃないか』

「この引きこもり思考のクソ精霊が……」

 

 我慢の限界、と言わんばかりに。

 遂に、ルースの堪忍袋の緒が切れた。彼の左目が赤い光を発し、ユベルの姿を瞳の中に捉える。

 『ルーンの瞳』

 精霊界において神の眼として崇められるそれは、人間が持つ『魔力(ヘカ)』の力としては、最上位のものだ。

 

『なるほど。偉そうにボクと十代の空間に押し入ってきただけあって、随分と御大層な力をお持ちのようだ』

 

 その瞳を称えつつも、ユベルは余裕の笑みを崩さない。

 

「言うこと聞かないなら力ずくだ。やりたくはねぇけど、引き剥がさせてもらうぜ」

「……仕方あるまい」

 

 ラルフは『精霊』に関しては門外漢だ。最終的にユベルに対してどんな『対処』をするかは、元々ルースに委ねるつもりだった。

 

『その『眼』でボクと十代を無理矢理引き裂く気だね? でも、そんなことは絶対にやらせないよ。いや、絶対に出来ないね』

 

 嫌に自信満々な様子で、ユベルは言い切った。ますます苛立ちを募らせたルースが前に出る。

 

「そうかい。じゃあ遠慮なく試させ……」

 

 最後まで言い切れず、彼の言葉は唐突に途切れてしまった。横に立つフィーネも、驚きで口元に手を当てた。

 何故ならば、

 

「ユベルを……いじめないで」

 

 少年が、遊戯十代が、ユベルを庇うように手を広げ、立ち塞がったからだ。

 

「ぐっ……」

『アッハハハ。分かったかい? 十代はボクを求めてくれているんだ。十代はボクが離れることなんて、望んでいないんだよ』

 

 勝ち誇った嘲笑が響く。ルースは拳を握りしめ、歯を食いしばった。フィーネはただ、悲しげに少年と悪魔を見ていた。

 もう何も言おうとしない2人の様子を見て取って、ラルフは最後の質問をユベルに向かって投げ掛けた。

 

「……お前は、十代くん以外の人間はどうでもいいと思っているのか?」

『それは半分正解で、半分不正解だね。ボクは十代以外の人間がどうでもいいんじゃない。十代以外の全てがどうでもいいのさ』

「どうしてそこまで、十代くんに拘る?」

『それこそ馬鹿な質問だ。そんなの、決まっているだろう?』

 

 悪魔の解答は、たった一言だった。

 

 

『愛しているからさ』

 

 

 まるで歌うように。悪魔は告げた。

 

「……そうか」

 

 これ以上話しても、何も解決しない。そう判断したラルフは、フィーネと繋いでいた手を離す。途端に悪魔の姿は消え、不快な笑い声も嘘のように途絶えた。

 

「ラルフさん……」

「行くぞ。交渉決裂だ」

 

 端的に告げて、ラルフは踵を返した。 

 

 

 

「くそっ、腹立つぜ! なんなんだよあの『精霊』は!?」

 

 十代の両親には一端帰る旨を告げて、ラルフ達は家から出た。玄関まで送ってくれた両親の姿が見えなくなってから、ルースは我慢していた怒りを噴出させる。

 

「……ああいう『精霊』もいるんだな」

 

 誰に向かって言ったわけでもないラルフの呟きを、ルースは律儀に拾った。

 

「そりゃ、普通はいねーよ。あの悪魔の十代くんへの執着は、完全に異常だ」

 

 『カードの精霊』は基本的に、持ち主である『決闘者』との絆が強い。精霊は決闘者の為に戦い、決闘者は自分の為に戦ってくれる精霊との関係を大事にする。それは特に、異常なことではない。

 ただ、『ユベル』の場合はその『関係』への執着が、信じられないほどに強いのだ。

 

「あの『ユベル』という精霊が持っている『魔力』も、普通では考えられない質と量でした。彼女……と言っていいのでしょうか? とにかくあのモンスターがただのカードであるとは、私も思えません」

「そうだな……」

 

 あの悪魔が危険なカードであることは、誰の目から見ても明白だ。『ユベル』はどんな方法で引き離されても、必ず十代の元へ帰ろうとする。ならば――

 

「考え得る限り、最大の手段で持ち主と引き離すしかない、か」

「そうならない為に来たのが俺達だ。けど、アレはもう無理だ。お前の言う通りだよ。交渉決裂だ」

 

 それは結局、海馬が十代の両親に提案しようとしている強硬手段を取ることを意味する。

 

「分かり合えれば、それに越したことはなかったというのにな……」

「『幻魔』と同じだろ。どうしても人間と相容れない『精霊』もいるんだよ」

 

 海馬瀬人はオカルト嫌いなことで有名だが、実際に被害が出ている案件について解決策の用意を怠るような男ではない。ラルフ達が十代の家を訪れて『ユベル』と接触したのも、あくまで解決策の1つに過ぎない。十代の両親は何の進展も見せずに帰っていくラルフ達に失望の色を見せていたが、今夜中にでも海馬コーポレーションから連絡がきて、心配は嘘のように消え去るだろう。

 

 十代が応募したイラストのカードと共に、あの悪魔を真空の宇宙に打ち上げるという、これ以上ないような解決策を聞けば。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 日本の治安の良さは、世界の国々と比べてみても群を抜いている。その理由としては日本人の善良な国民性などがよく挙げられるが、そんな日本にも犯罪組織は少なからず存在する。全ての人間が道徳的な善性を持っているなら、犯罪などは起こらない。日本にも犯罪はある以上、昼の明かりよりも夜の闇を好む人間がいるのも、また事実である。

 さて――この場に集まった人間の何人が前科持ちなのだろうか。

 時刻は深夜。場所は郊外にポツポツと点在している、古びた倉庫の一角。十六夜美夜はその中でひしめき合っている男達を、監視カメラから舐め回すように観察していた。

 彼女がいるのは、倉庫ではない。そこから500メートルほど離れた、別の廃屋だ。

 

「よくもこんなに集めたものだ」

 

 背後で呆れの意を含んだ声が響く。振り向かなくても分かる声の主に、美夜は軽い調子で言葉を返した。

 

「何をするにせよ、兵隊は多いに越したことはないでしょう? 彼らを使えば、セレスくん達が派手に動く必要もなくなるわ」

「確かにリスクは減る。だが、人が増えるということは、それだけ統制に手間が掛かるということだ。それは理解しているのだろうな?」

「モチロン。それよりも、中々いい面子だと思わない? セレスくんにとっても、懐かしい顔がちらほらといるでしょ?」

 

 倉庫の中にいる人間の数は、約30人。彼らは用意されたテーブルに座り、雑談をしたり、賭けに興じているように見える。だが、よくよく観察してみると2つのグループに分かれていることに気づく。

 『元グールズ』の人間と、そうでない人間だ。

 

「グールズ残党に関しては、昔のコネクションを活かして集めたのだろうから、まだ分かる。だが、残りの人間に関してはどのような基準で集めた? どう見てもカタギには見えん人間ばかりだが?」

「ちょーっと『海馬コーポレーション』や『デュエルモンスターズ』に恨みがありそうな人に声を掛けただけよ。彼らの共通項はそれだしね。影丸さんが提示したギャラがいいものだから、予想以上に集まって痛し痒しって感じかしら?」

「なるほど。確かに2人ほど大物が混じっているな。良い戦力になりそうだ」

 

 セレスはモニターの隅に映っているバンダナの男を指さした。美夜は満足そうに笑みを浮かべると、手を叩いて立ち上がる。

 

「よし。それじゃ、はじめましょうか」

「……本当にうまくいくんだろうな?」

「そんなのはやってみなきゃ分からないわよ。研究者は実験を積み重ねて成功に導くんだから」

 

 彼女はそう言いながら、なにやら大掛かりな装置を弄り始めた。コード類は集められた人間達がいる倉庫まで伸びており、最終的には天井から吊り下げられた大型モニターまで繋がっている。

 

「これで失敗したらどうする気だ?」

「その時はセレスくんがちゃんと彼らと交渉して、きちんとお話した上でお仲間になってもらえばいいじゃない」

「……成功を祈ろう」

 

 沈痛な面持ちで、セレスは呟いた。

 とはいえ、彼の口ぶりはあくまで表面上のもので、本心では彼女が行おうとしている行為にそこまでの不安を抱いているわけではなかった。

 十六夜美夜は紛れもない天才である。人々が神秘やオカルトと呼び、時に崇め、時に恐れるだけだった『魔力(ヘカ)』という概念に、誰よりも踏み込んでいる。知識も技術も、彼女に匹敵するものを有している人間はいないだろう。

 そしてなによりも。セレス・ゴドィンが知る限り、十六夜美夜という科学者は致命的な失敗をしたことがない。故に今回も、望んだ結果がもたらされるはずだ。

 鼻歌を口ずさみながら『洗脳-ブレインコントロール』のカードを取り出した彼女を、セレスは黙って眺めていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 ――7:12。

 

「そろそろ時間だ。行くよ十代」

 

 父親の声を聞いて、遊城十代は立ち上がった。その手には、1枚のカードが握られている。

 『E・HERO ネオス』

 十代がデザインした、世界に1枚しかないカード。大切そうにそのカードを握り締めている十代に、父親は笑い掛けた。

 

「せっかくカードになったのに、すぐにお別れなんて残念だな」

「うん。でも『ネオス』は、宇宙のパワーをもらって絶対に帰ってくるからね! だから悲しくないよ」

「ははっ。そうかそうか」

 

 にこやかに笑い、父親は息子の頭に手をのせた。そして手のひらに忍ばせていたメモを一瞬だけ、十代に見せた。

 

「…………」

 

 ほんの一瞬。十代の背後にいる、けれど自分には見えない『モンスター』に悟られぬように。

 

「よし、いくぞ。いいな?」

 

 父親の言葉が、見せられたメッセージについてだということは、幼い十代にも察することができた。

 

「……うん」

 

 頷いて、十代は自分のデッキケースも持つ。

 

『どうかしたのかい?』

 

 頭の中で響く、友達の声。十代はかぶりを振って答えた。

 

「ううん。なんでもないよ」

 

 その日の朝。遊城十代は、はじめてユベルに嘘をついた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「話には聞いていましたが、改めて見ると印象が違います」

 

 ヘリコプターの窓からロケットの発射場を眺め、ラルフ・アトラスは感嘆の息を漏らした。

 かつて海馬コーポレーションは軍需産業において経済の一翼を担い、その名を轟かせていた。各国への兵器輸出で潤沢な資金を得た海馬コーポレーションは、独自の通信衛星まで所有しており、現在では『ソリッドヴィジョンシステム』のネットワークなどに利用されている。当然、それを打ち上げる為の設備も備えていた。

 海馬コーポレーションのロケット打ち上げ施設は、本州から離れた島の1つにある。

 

「ふん。そう自慢できるものでもない。維持にかかる費用も馬鹿にならん。今回のような共同打ち上げでも企画しない限り、採算が合わない金食い虫だ」

「いやいや、日本の一企業が打ち上げ施設を有しているという時点で驚くべきことです。そう言いつつも、海馬社長はこの施設の維持管理に努めておられる」

 

 KCのロゴが入ったヘリコプターに搭乗しているのは、パイロットを除けばラルフの他に2名。相変わらず尊大な口調の海馬コーポレーション社長、海馬瀬人。そして今回の打ち上げ式典に参加する為に来日した、インダストリアル・イリュージョン社社長、アーサー・ハイトマンである。

 

「しかし宇宙開発関連の企業は、喉から手が出るほどこの施設が欲しいでしょうな」

「やる気はないがな。奴らに渡しても、維持しきれずに錆び付くのが目に見えている」

「ははは。またずいぶんと手厳しい」

 

 宇宙開発は人類の夢であり、希望だ。NASAなどに頼らず国内で打ち上げが行える施設は、日本という国から見ても大きな財産である。今回打ち上げられるのは純日本産の衛星であり、マスコミでも日本の宇宙開発の躍進に繋がると、大々的に報道されていた。もちろん、例のCMの宣伝効果もかなり大きい。

 そのような諸々の事情もあって、打ち上げには多くの企業の重役が立ち会うことになっている。1時からはセレモニーも催される予定だ。

 

「……思っていたより人が多いようですね」

 

 高度を下げたヘリからは、人の波がはっきりと見えるようになってきた。テレビの中継も入っているというから、かなりの数の人間が今回の打ち上げを見守ることになる。

 

「発射場から少し離れた場所に、イベントスペースを併設させた。飲食店だけでなく、パックの先行販売なども行わせている。客にただで帰られてはかなわん」

 

 腕を組みながら、海馬は事も無げに言う。本人は気にも止めていないだろうが、こういった場所でも商売を忘れないのが、彼の優れた才覚の1つだろう。

 

「そんなことよりも『例のカード』の移送はどうなっている?」

「はい。遊城少年にはルースとフィーネが付き添っています。海馬社長の言う『オカルト』に精通している人間なので、心配は無用です」

「心配は無用、か。まぁいい。予定通りの時間にカードの搭載が終われば、俺も文句を言う気はない」

 

 ラルフは腕時計に目をやる。時間的には、まだまだ余裕があった。

 

 ――10:23。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――12:16。

 

 発射場から少々離れた場所に設置されたイベントスペース。この場所には飲食店や休憩所も併設され、少子高齢化に悩まされているこの島の人間から見れば考えられないほどの人混みで溢れていた。

 特に決闘盤も使えるように広めに作られていたはずの決闘スペースには人が集中しており、観戦スペースまで完全に埋まっている。

 

「これでトドメだよ! 『盲信するゴブリン』でダイレクトアタック!」

 

 が、それも無理はない。ちょうど今行われていたのは、当日開催されている大会の決勝戦。飛び入り参加もオーケーのゆるい条件、運営側から渡された『貸しデッキ』で純粋な実力勝負を行うという、なかなか見られない趣向を凝らしていた。それだけなら使用カードも限られているので、自分のデッキを使ったフリー決闘に人が流れそうなものなのだが、この圧倒的な集客には理由があった。

 今この瞬間、優勝を決めた決闘者が、中々いないようなとびきりの美少女だったのだ。

 司会者はマイクを持って彼女に近づいた。

 

「優勝おめでとうございます!」

「ありがとうございまーす!」

 

 艶やかな黒髪をポニーテールで結んでいる少女は、司会者の言葉に笑顔で答えた。会場のあちこちで拍手が鳴り響く。

 

「いや、女の子なのにお強いですね」

「いえいえ。決闘者に男も女もありませんから!」

 

 実際に勝ち残り、優勝してしまった彼女の発言に、観客は大いに沸いた。

 

「はい。ではこちら、5000円分のお食事券と来週発売のパック1ボックスを進呈します」

「やったー! 嬉しいですっ!」

 

 明らかにパックよりもお食事券の方が嬉しそうな少女に司会者はやや首を傾げたが、続けて質問した。

 

「見たところ未成年のようですが、今日はご家族で?」

「え? あ、ハイ! そうです!」

「おおっ! それはご家族の方も嬉しいでしょうね! 今もみてらっしゃるんですか? よろしければぜひステージに、」

「う、ウチのお父さんそういうの苦手なんで、すいません! あ、ありがとうございましたー!」

「あ、ちょっと!?」

 

 司会の男が止めるのも聞かず、彼女は舞台から降りて姿を消してしまった。彼としては次のイベントまでもう少し一緒に舞台を盛り上げて欲しかったので、残念である。ついでに会場の男達も、親と、それも『父親』と来ているという事実にひどく落胆していた。皆、考えていることは同じだったようだ。

 

 

 お食事券とボックスを抱えて人混みから脱出した鬼柳瑞葉は、いつも以上に仏頂面で柱によりかかっている男を発見した。

 

「あ、おとーさん!」

 

 道行く人々は「さっきの女の子だ!」と目を止め、次に「うわ、全然似てない」とひそひそ声で感想を漏らした。そりゃそうだよねー、と思いながら瑞葉は『おとーさん』に走り寄った。

 

「みてみて! 優勝しちゃった!」

「……目立つのはもう、この際どうでもいい。だが『おとうさん』はやめろ」

「えー? こんなにカワイイ娘なかなかいないよ?」

「……会話にならん。いくぞ」

「あー、待ってよー!」

 

 セレス・ゴドウィンの顔ではなく、リッヒ・シュタイナーの顔に『変装』しているセレスは、しかしいつもの彼以上に冷たかった。明らかにはや歩きのセレスについて行きながら、瑞葉は唇を尖らせた。

 

「もー。好きに楽しんでいいって言ったのはセレスさんじゃん。今回メインで動くの、私達じゃないんでしょ?」

「だからといって、ここまで目立っていいと言った覚えもないがな」

 

 もはや溜め息を吐く気も起きず、セレスは道の隅に立っている時計を見上げた。

 

「……そろそろだな」

 

 

◆◇◆◇

 

 ――12:42。

 

「そちらの準備は?」

 

 遂に迫ってきた決行時間を前に、男はやや震えた声で聞いた。

 

『問題ない。端から見れば俺達もロケット見物のついでに決闘を楽しみに来た、善良な旅行客だろうよ』

 

 ほっと息を吐く。確かに他人から見れば男も、その仲間達も大勢いる決闘者となんら変わりない。

 

「木を隠すには森の中というのは本当だな」

『ああ。『決闘盤』をしていても何の違和感も抱かれないのは本当に有難い』

 

 あの女の言った通り、手荷物などは厳重にチェックされても、警備員達は『決闘盤』まで細かくチェックしなかった。外見さえ同じなら、どんな改造がされていようと分かりようがない。メンバー全員が無事に『武器』の持ち込みに成功したようなものだ。

 

「では、時間通りに」

『了解だ。……ところで、変なことを聞くんだが』

「なんだ? ビビったか?」

 

 やはり緊張していたのは自分だけではなかった、と男はなぜか嬉しくなって通話相手をからかった。

 

『いや……どうして俺達は、こんなことをしようとしているんだろう、と思ってな』

「はあ!?」

 

 男は耳を疑った。まさかこれからという時に、そんなことを言う仲間がいるとは。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ」

『すまん。俺も予想以上に焦っているようだ。テンパり過ぎだな』

「本当だぜ、全く。いいか? 俺達の目的は――」

 

 

◇◆◇◆

 

 ――13:00。

 

 島を一望できる高台に、十六夜美夜はいた。トランシーバーに向かって囁くように、彼女はゆっくりと告げる。

 

「時間よ。はじめましょう」

 

 簡潔な命令だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 ――13:00。

 

「今日この日、日本の宇宙開発は新たなるステージへと進む。それに立ち会い、またその足跡にデュエルモンスターズというゲームが関わることを嬉しく思う」

 

 海馬瀬人は敬語や丁寧語の類いを全く使わないことで有名だ。彼の言葉は高圧的ではあるが、不思議と人を惹き付ける魅力を持っている。

 

「スピーチや演説を『聞かせる』ことができるのは、一種の才能だ。やはり海馬社長は人の上に立つ人間だよ」

 

 アーサー・ハイトマンは振り返らず、背後に立っているラルフにごく小さい声で囁いた。午後3時の打ち上げを前に、海馬が今行っているスピーチには一般客以外にも多数の報道陣が詰め掛けている。今回の打ち上げに参加している企業の重役達も、ずらりと一列に並べられた椅子に座っていた。彼らも海馬のスピーチが終わった後に、一言ずつ述べていく予定である。重役達の背後には護衛の人間が立っており、ラルフもその内の1人だ。

 

「海馬社長を最後の締めに持ってきた方が盛り上がっただろうに。我々では霞んでしまうな」

「アーサー社長のお話にも期待しています」

「プレッシャーをかけるのはやめてくれ。私はペガサス会長のように気の利いたジョークはとばせんよ。スピーチの美徳は短さだ」

 

 自嘲めいたことを言うアーサーの左腕には『決闘盤』が装着されている。彼だけではない。他の人物達も一様に決闘盤を身につけていた。

 なんでもこれは海馬のオーダーらしく、デュエルモンスターズの宣伝の為に全員が装着を義務付けられたのだという。現在壇上で話している海馬の左腕にも、銀色に輝くディスクがある。さすがに護衛の人間は装着していないが、ラルフに関してはインダストリアル・イリュージョン社の社員でもあるので、一応着けていた。

 

「――人類の未来へと繋がる宇宙開発。そして子供達の未来を育むゲーム。ともに未来を見据え、これからの発展を目指すのは必然だ。故に我々は立ち止まらない。その具体的な証が、今日の打ち上げとなるだろう」

 

 海馬も長い話を無駄に続ける質ではない。話をまとめにかかった彼の言葉を聞きながら、ラルフの意識はあの少年とカードに向いていた。

 今頃はルースとフィーネが、カードの積み込みに立ち会っているはずだ。2人を信頼していないわけではないが、あの悪魔の不気味さを思い出すと、どうしても安心よりも不安が上回る。自分の主への、異常なまでの陶酔と執着。あれだけの想いを十代少年に寄せている精霊が、引き離されることを黙って良しとするとは到底思えなかった。

 そして何よりも気になるのは、あの『ユベル』というカードが……

 

 

「――なんだ、貴様らは?」

 

 

 思索に没入していたせいで、ラルフは海馬が剣呑な声を出すまで気付けなかった。

 海馬瀬人が立っている壇上に、新たに2人。紫のローブを身に纏った男達が上がっていることに。

 

「あれは……?」

「……警備の人間はどうしたんだ?」

 

 アーサーの呟きと同じことを思ったのか、会場の人間がざわつき始める。海馬の対応は、はやかった。

 

「摘まみ出せ、磯野」

「はっ!」

 

 彼の言葉に呼応して、海馬コーポレーションの黒服達が壇上に躍り出る。あっという間にローブの男達を包囲し、拘束しようとした彼らは、

 

「動くな」

 

 しかし、長身のローブの男が掲げたスイッチを見て、動きを止めた。

 この状況下では誰もが連想し、思い浮かべるモノがひとつある。事実、期待を裏切らないように背が低いローブの男は告げた。

 

「この会場には爆弾が仕掛けてある。木っ端微塵になりたくなければ、大人しくしているんだな」

 

 会場の空気が一瞬で凍りつく。黒服達は身構えたまま、1歩たりとも動けなくなってしまった。彼らの言うことが事実なのかは問題ではない。事実である可能性がある時点で、一般客を含む人々を人質に取られたも同然なのだ。

 動けるわけが、ない。

 

「はっはぁ!」

 

 そんな彼らに向かって、長身のローブの男は容赦なく攻撃を加えた。彼らの『決闘盤』から黒いワイヤーが伸び、鞭のようにしなって唸る。

 

「がっ……」

「あっ……がぁ!?」

 

 ワイヤーを叩きつけられた男達は意識を失い、壇上から転がり落ちた。彼らを率いている磯野の顔が、目に見えて青くなる。この侵入者達は危害を加える為の武器を携えていたのだ。

 

「あれは……?」

 

 ラルフは彼らが使う『決闘盤』に見覚えがあった。忘れもしない、3年前。バトルシティでグールズのヴォルフ一派が使用していた、高圧電流を相手に浴びせる違法改造決闘盤だ。

 あの時は改造されているのが一目で分かるような外見だったが、彼らが装着しているディスクの外見は通常のものと変わりなかった。

 

「雑魚達に用はないんだな!」

「俺達が用があるのは貴様だけだ! 海馬瀬人!」

 

 ローブの男達は叫びと共に、被っていたフードをはね上げた。フードの下には彼らの素顔……があったのだが、顔半分を覆うような仮面で隠されていた。

 

「貴様らは……」

「久しいなぁ、海馬瀬人! 我々を忘れたとは言わせんぞ!」

「光の仮面と闇の仮面。お前にあの時の雪辱を倍返しにしてやる為に、戻ってきたんだかんな!」

 

 ほう、と海馬は目を細めて彼らを見た。光の仮面、闇の仮面。3年前のバトルシティにおいて、海馬瀬人と武藤遊戯のタッグに挑んだ、グールズの構成員だ。

 

「あの時の雑魚共か。せっかく出所できたのに懲りずに俺を襲撃しに来るとは、そのひねくれた根性だけは評価してやらんでもない」

「はっ! 強がっていられるのも今のうちなんだな!」

 

 光の仮面はケタケタと笑い、海馬に決闘盤を向けた。

 

「海馬社長!」

 

 見かねたラルフが壇上に飛び込んだのと、光の仮面がワイヤーを放ったのは同時だった。海馬は決闘盤でワイヤーを弾こうと試みたが、そのまま腕を絡め取られてしまう。

 

「ちぃ!」

 

 ラルフは確信した。この男達が使っている決闘盤は間違いなく、3年前に使われたものの改良品だ。

 グールズは3年前に大打撃を受けて、壊滅している。そうでなくとも、数日前にイギリスで残党を一網打尽にしたばかりだ。海馬は彼らに対して「出所」と言った。つまりこのローブの男達は、1度は警察に捕まっている。獄中で新型決闘盤の開発など不可能だ。

 では……誰が?

 

「ちょうど良かった。俺達は『タッグデュエル』専門の決闘者でな。もうひとり決闘者が欲しいところだったんだ」

 

 仮面の上からでも分かる下卑た笑みを浮かべて、長身の男はラルフに向かって狙いを定めた。

 幸いなことに、デッキは手元にある。この男達のペースにのせられるのは癪だが、致し方ない。ラルフは覚悟を決めて決闘盤を構えた。

 再び放たれるワイヤー。獲物に飛び掛かる蛇のようにラルフのディスクに巻きつくはずだったそれは、

 

「なっ……!?」

 

 横から割って入った、海馬瀬人の決闘盤に受け止められた。

 

「海馬社長、なにを!?」

「思い上がるなよ、平社員。貴様程度がこの俺と肩を並べて戦えると思っているのか?」

 

 恐れず、怯まず、そして退かず。海馬瀬人はむしろ口元を吊り上げながら、光と闇の仮面に視線をやった。どこまでも冷ややかな、しかし静かな怒りを燃やす、その瞳で。

 

「貴様らに至っては論外だ。この俺を相手にしておきながら、こちらにもう1人加えようなどと、何の手加減だ? 馬鹿馬鹿しい」

 

 海馬瀬人は武藤遊戯が姿を消してから、公式の大会に出場していない。表舞台から姿を消した彼のことを、既に過去の決闘者だと揶揄する声もあった。

 

「舐めるなよ、雑魚共」

 

 だが、今の彼の言葉に、纏う雰囲気に、弱者のそれは微塵も感じられない。彼にあるのは強者のみが持つ、圧倒的な自信だけだ。

 

「2対1だ。それでようやく釣り合いが取れるだろう」

 

 光の仮面と闇の仮面は、言葉もなく立ち尽くしていた。数秒たってようやく自分達が、馬鹿にされているのだ、と認識した彼らは、

 

「はは……ハハハハ。……ふざけやがって」

「そうだよなぁ……そうだよなぁ……、相棒。いやまったく、こいつはふざけていやがる」

 

 声を揃えて、

 

「「海馬ぁあああぁあ!!」」

 

 激昂した。

 

「海馬社長!?」

「なにを呆けている? 貴様には貴様のやるべきことがあるはずだ。まさか会場に潜入したグールズ残党がこいつらだけとは思えん。さっさと叩き潰してこい」

 

 

 確かに海馬の言っていることは正しい。もしも彼らの言う『爆弾』がはったりではなく、本当に仕掛けられていたとしたら? 燃料を満載したロケットに誘爆したら?

 最悪の事態は、なんとしてでも回避しなければならない。

 

「うまく解決できれば、ボーナスくらいはくれてやろう。はやく行け」

「……頼みます!」

 

 壇上から飛び下り、ラルフは打ち上げ施設に向かって走り出した。

 

「覚悟しろよ、海馬!」

「遊戯がいない貴様など、我々のコンビネーションの前には赤子同然だと知れ!」

 

 光の仮面と闇の仮面は走り去るラルフには目もくれず、海馬へと吠える。海馬の挑発のせいか、目は血走り、息は荒い。その様子は、些か以上に常軌を逸していた。例えるならば、まるで『洗脳』されているような。

 

「……まさかな」

 

 脳裏に浮かんだ可能性を頭を振って消し去り、海馬は決闘盤を構えた。

 一般客と各社の重役達はこの場に集まっている。本当に人質を取りたいなら、もっと人数を割いていなければおかしい。ならば、グールズ残党の狙いはイベント会場ではなく、打ち上げ場にあると考えて間違いない。

 

「なにを立ち尽くしている、磯野! 決闘の開始を宣言しろ!」

「はっ、はいっ!」

 

 海馬は時間稼ぎをするつもりも、囮になったつもりも毛頭なかった。幸か不幸か、この場にはマスコミのカメラが入っている。海馬の目的は、ただひとつ。海馬コーポレーションに喧嘩を売った人間がどうなるか、全国放送で知らしめてやることだけだ。

 とりあえずはラルフを打ち上げ場に向かわせたが、海馬も『あのカード』の処理を引き受けた時点で、こういう事態は予想していた。いざという時に備えて『保険』はかけてある。

 

「ふっ……」

 

 3人の決闘盤が一斉に展開し、臨戦体制を取る。

 

「決闘開始ィイ!!」

 

「「「決闘!」」」

 

 後に語り継がれる、長い1日。その最初の決闘の火蓋が、今切られた。

 

 ――13:16。

 

 打ち上げまで、あと1時間と44分。

 

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