警備室の警報が鳴った時、ロケットの打ち上げを心待ちにしていた警備員達は、何の冗談かと泡を食って立ち上がった。都会から離れた絶海の孤島。それも海馬コーポレーションのお膝元の施設である。まさかそんな場所に侵入者が現れるとは、誰1人として予想していなかった。
とはいえ、彼らもプロである。すぐに思考を切り替え、装備を携えて警備室を飛び出した。
「1班は西棟へ。2班は東棟だ。4班はイベント会場に向かえ。3班は俺と一緒に来い。本棟を固めるぞ」
警備隊長の指示と共に班の人員が分かれ、散っていく。侵入者は爆弾を持って、イベント会場にいるらしいが、2人だけとは限らない。人員を振り分けた警備隊長は、本棟へ向かって駆け出した。
打ち上げ場は西、東、本棟に分かれており、肝心のロケットは本棟にある。イベント会場の安全確保も急務だが、ロケットの守りを最優先で固めるのは当然の選択だった。
「持ち物検査はしていたのに、爆発物が引っ掛からないなんて、有り得るんでしょうか……?」
まだ若い新入りの呟きに、警備隊長はぶっきらぼうに答えた。
「爆破は脅しだ。そう言えばこっちは警戒せざるを得なくなる。不審者どもはどうせロクな得物も持ってないだろう」
だからと言って油断はするなよ、と釘を刺す。こういった現場での油断は、なによりも命取りになる。彼の言葉に、隊員の全員が緊張の面持ちで頷いた。
重装備に身を固めた一団は、統率された素早い動きで西棟の外周を抜け、本棟を視界に納めた。
「なっ……」
彼らは油断していたわけではない。全員が気を引き締め、悪く言えば緊張した状態で『それ』を目にした。目にしてしまったのだ。
おとぎ話に出てくるような、翼を持った竜。一つ目の巨人。あるいは、不定形の悪魔。
頭の中では理解していたはずだった。それらはただの立体映像。そこにいても彼らには指一本触れることのできない幻影だと。
しかし、理屈をつけて理解は出来ても、突然襲いかかってきた怪物達に、恐怖しない人間がいるだろうか。
「う……」
「うわぁああぁああ!?」
誰かが叫び声を上げ、それをスイッチに恐怖は伝染した。転び、しりもちをつき、へたり込む。警備隊員達は、大口を開けたドラゴンが自分の体を通り抜けた時点で、ようやく現実にはそれが存在しないのだと我に返る。
「落ち着け! ソリッドヴィジョンだ!」
警備隊長は声を張り上げて部下を鼓舞した。この会場に持ち込むことができる唯一の『武器』
その可能性に、何故思い至らなかったのか。
「ぐぁあ!?」
「あ……」
一瞬の、しかし致命的な、隙。襲撃者達は当然見逃さなかった。暴徒鎮圧用の盾を取り落とし、地面に座り込んでいる隊員はもはや無力だ。決闘盤から伸ばした鞭のようなものを叩きつけ、容赦なく意識を奪い去っていく。
「くそっ! バラバラになるな! かた……」
分厚いベスト越しに何かが触れた。その瞬間、体に衝撃がはしった。
もんどりうって地面に倒れ込んだ警備隊長は、薄紫のローブに身を包んだ男達を見た。数はおそらく10人にも満たない。
完全に、してやられた。
「……ッ……か」
悪態を吐こうとしても、舌すらもまわらず。彼の意識はそのまま闇に沈んでいった。
――13:28。
この時点で、正規の警備員のほとんどが襲撃者達と交戦し、無力化された。
◇◆◇◆
変則決闘には様々なルールがある。
例えばバトルロワイヤルルールは『バトルシティ』において決勝トーナメントの組み合わせを決める為に用いられ、タッグデュエルルールは『決闘王国』の時代から制定されていた。だが、それらが一般に広まったのはバトルシティ以後のこと。
そもそもデュエルモンスターズでは、1対2の対戦は想定されていない。インダストリアル・イリュージョン社が制定している『ルール』にそんな対戦形式は存在しないのだ。そして想定されていない、普段みることのない特別な対戦形式であるからこそ、この決闘を見守っている人々も薄々感づいていた。
海馬瀬人の、圧倒的な不利を。
光の仮面 LP4000 手札3
《モンスター》
仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
《魔法・罠》
なし
闇の仮面 LP4000 手札3
《モンスター》
仮面魔獣マスクド・ヘルレイザー
《魔法・罠》
リバース1
海馬 LP4000 手札4
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
リバース2
光と闇の仮面側のプレイは、全てタッグデュエルルールに準じていた。ライフはそれぞれに4000ポイント。生け贄などのモンスターの共有もあり。
海馬側はライフ4000、手札5枚の通常のスタート。一切ハンディキャップはない。唯一、ターンの順番は先攻である海馬から始まり、光の仮面、海馬、闇の仮面、海馬……の順で進行している為、プレイできるカードの枚数的ハンデが抑えられている。それでも、2人と同時に戦う不利を考えれば、海馬側のメリットはあまりにも小さい。
事実、彼の眼前の敵は切り札である悪魔を既に2体も侍らせ、意気揚々と攻撃を宣言していた。
「仮面魔獣マスクド・ヘルレイザーで攻撃ぃ!」
醜悪極まりない悪魔は手に持つ杖を振るい、海馬に一撃を浴びせようと突進してくる。
「リバースカードオープン! 『攻撃の無力化』」
しかし、届かない。
時空の渦に阻まれ、バトルフェイズは終了へと導かれた。
「ちぃ、うざったい罠だぜ」
「焦るな、相棒。存分にいたぶってやればいいさ」
「はっ、そうだな。俺はこれでターンエンドだかんな」
攻撃力3000を越えるモンスターが2体。敵のライフポイントは無傷。誰がどう見ても、追い詰められているのは海馬瀬人の方だ。
「――ふぅん」
だが、彼の口から漏れ出たのは、退屈そうな呟きだけだった。
「いたぶる、か」
海馬の表情に焦りはない。
「魔法カード『トレード・イン』を発動。手札の八つ星モンスターを墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする」
淡々とプレイを続ける海馬とは対照的に、墓地に送られたカードを見た光の仮面は、大口を開けて笑い出した。
「ぶっ……くくく、あははは! いいのか海馬ぁ? 愛しのブルーアイズを墓地に送るなんてして!」
「ふふ、そう言ってやるなよ、相棒。我らの『マスクド・ヘルレイザー』にはブルーアイズの攻撃力すら及ばない。手札に抱え込んでいるだけ無駄というものだ!」
闇の仮面もパートナーに同調し、品のない罵声を叩きつける。しかし海馬は小揺るぎもせず、2枚のカードをドローした。
「黙って聞いていれば、キャンキャンと煩いことこの上ない。弱い犬ほどよく吠える、というのは実に的を得た言葉だ」
「……あ?」
会場に満ちていた、雑な笑い声がぴたりと止んだ。真一文字に引き結ばれていた海馬の口元が、ほんの僅かに緩む。
「だが、今の貴様らは犬ですらない。むしろ、そう例えることが、犬に失礼だ」
魔法発動、と。
海馬は決闘盤へ、静かにカードを差し込んだ。
「学習能力が全くない。ハトやニワトリ並みの知能だな」
『死者蘇生』
闇の仮面と光の仮面は、目を見開いた。この状況、この展開。彼らの脳裏に浮かぶのは、3年前のあの決闘だ。
会場にいる全員の人間が確信した。呼び出されるモンスターは、1体しかいない。海馬瀬人の代名詞。彼が決闘者である時、常に彼の傍らにいたドラゴン族モンスター。
「出でよ――」
誰もが、言葉を失って見惚れていた。
雄々しく。
気高く
美しい。
艶やかな白の衣に包まれた、強靭な肢体。どこまでも澄んだ青の瞳は、倒すべき敵の姿を鏡のように写し出している。
その威容は正しく、強靭にして無敵。
「――青眼の白龍!」
今、数年間の沈黙を破って。
伝説が人々の前に、再び姿を現した。
『青眼の白龍』
光/ドラゴン族
ATK3000/DEF2500
決闘を絶望的に見ていた人々の目に、再び光が宿る。その期待に応えるかのように、龍は咆哮する。
「くっ……だっ、だが攻撃力は『マスクド・ヘルレイザー』の方が上だ!」
「ブルーアイズでは倒せないんだな!」
気圧されたという事実を覆い隠す為に、光と闇の仮面は声を張り上げた。海馬はそんな彼らを道端の小石でも見るように、冷ややかな視線を送る。
「許せ、ブルーアイズ。久方ぶりの目覚めだというのに、その相手がこんな下らん雑魚共になってしまった」
最愛のモンスターに語りかけながら、海馬はふと、自分の隣を見た。
そこには誰もいない。あの時は、いた。あの時、あの男は海馬の隣で『絆の力』を訴えながら戦っていた。それを海馬は、下らないと切り捨てた。
今でも考えは変わらない。事実、海馬は今も1人で戦っている。
「リバースカード、オープン! タイラント・ウィング!」
「なっ……に?」
「そのカードはッ!?」
『タイラント・ウィング』
通常罠
フィールドのドラゴン族モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。このカードを攻撃力・守備力400アップの装備カード扱いとして、そのモンスターに装備する。このカードの効果でこのカードを装備したモンスターは、1度のバトルフェイズ中に2回までモンスターに攻撃できる。このカードの効果でこのカードを装備したモンスターが相手モンスターを攻撃したターンのエンドフェイズに発動する。このカードを破壊する。
『青眼の白龍』
ATK3000→3400
DEF2500→2900
白い翼が輝いた。どこまでも、どこまでも強く。暴王の名を冠する翼をその身に纏い、伝説の龍は飛翔する。
この状況はどうしても海馬に、3年前のあの決闘を思い出させる。そして理不尽なまでに突き付ける。あの時の決闘にあって、今の決闘にないものを。
小難しい考えはない。小難しい答えもない。ただ、思い返せばあの男が隣にいた決闘には、今は全く感じられない『熱さ』があった。全身の血が沸騰し、アドレナリンが噴出する、圧倒的な熱が。
海馬は常に『彼』と相対し、戦い続ける関係であることを望んだ。しかし、今思えば。『彼』が隣にいた決闘は海馬にとって……決して悪いものではなかったのだ。
『彼』がいない決闘には熱がない。熱がない決闘は、つまらない。ならばこの渇きは、決して癒えることはない。他ならぬ海馬自身が、最もよく理解していた。
ならば、せめて、
「せめて、存分に蹴散らせ、ブルーアイズッ!」
光が収束する。眩い閃光が、白き龍の口から迸る。
「滅びの、タイラント・ストリーム!」
一撃。ただ一撃で、仮面の悪魔は跡形もなく粉砕された。
光の仮面 LP4000→3800
「ぬぉお!?」
光の仮面の体に、通常ではあり得ない衝撃がはしった。事前に聞いていたことではあったが、闇の仮面は背中を折り曲げた相棒に向かって叫んだ。
「相棒!? 大丈夫か!?」
「仲間の心配をしている暇があるのか?」
「くっ!?」
二撃目。
間髪入れずに放たれた攻撃は数秒前と同様に悪魔を塵に変え、破壊した。
闇の仮面 LP4000→3800
2体の悪魔を粉砕した暴龍を従え、海馬瀬人はどこまでも酷薄な笑みを浮かべる。
「俺はリバースカードを1枚伏せ、ターンエンド。……どうした? 精々俺を楽しませろ、三下共。それが出来ないなら、潔く散っていけ」
「ふっ……ふざけやがって。そんな余裕がいつまでも続くと思うなよ! 海馬ぁ!」
「お前らの計画は絶対にぶっ潰してやんだかんな! 既に俺達の仲間は発射場に潜入している! もしかしたらロケットも……うひゃはははは!」
苦し紛れの安い挑発だったが、海馬の攻勢に沸いていた会場の空気は、またしても重苦しいものに変わる。彼は舌打ちをひとつして、腕時計を見た。
――13:42。
目の前の馬鹿共の話が本当なら、やはり襲撃者達の大半は打ち上げ場の制圧に動いている。爆弾という脅しでこの会場に多数の人間が縫い付けられている状況も、またよくない。
しかし、顔を青くしている各社の重役達の列を見て、海馬は気がついた。ずらりと並んでいる彼らの中にぽっかりと、空いている席があることに。
「……くく」
決闘を傍観するばかりで何の行動も起こさない無能な男達は、空いている席を憎々しげに睨み付けているが、海馬の考えは彼らとは真逆のものだった。
あのペガサス・J・クロフォードの腹心は、1人だけ逃げ出すような恥知らずな真似は絶対にしない。
そして彼が加わったからには、この面倒な『害虫駆除』も少しは早まるだろう。
「貴様らは何か勘違いをしているようだ」
「……なんだと?」
「この俺のプロジェクト、この俺の会社に喧嘩を売ったということを、貴様らはまだ理解できていない」
あくまでも静かに、海馬は言葉を続ける。
「貴様らは感謝しなければならん。この俺自らに駆除される幸運にな」
告げる言葉が脅しではなく、事実だからだ。
「その他の雑魚にまで構う気はない。雑魚の掃除は飼い犬に任せておけば充分だ」
「……ちっ!」
海馬の発言の真意を図りかれないまま、闇の仮面は憎々しげにカードを引き抜いた。
◇◆◇◆
――13:46。
西棟1階。ロビーには多くの人が意識を失って倒れていた。一般職員に、警備隊員達。そして彼らを襲った張本人である襲撃者も、だ。
「……わりとはやく終わりましたね」
一見全く荒事に向いていなさそうな、白髪の若い男は呟いた。その腕では決闘盤が起動しており、傍らには不気味な風貌のモンスターが多数控えている。
「白昼堂々襲撃されたんだ。はやく片付けばそれで終わりという話ではない」
一方で、彼の隣の男は真逆の風貌をしていた。筋骨隆々、という言葉がぴったり当てはまるような、鍛え上げられた肉体。装着している鋼色の決闘盤も、特徴的な形状をしていた。更に白髪の男とは対照的に、白い翼の天使を従えている。
「リーダーに連絡しましょうか。それにしても海馬くんはカンカンだろうなぁ……」
「社長と呼べ。元は同級生とはいえ、雇い主だろう?」
白髪の男に釘を刺し、体格の良い男は見掛けよりも丁寧な動作で、倒れている男達をロープで拘束していった。
「お前も手伝え」
「……ボク、そういうの苦手なんですよ。」
「適当に縛って動けなくすればいい。いいからやれ」
ホールの中をぐるりと見渡し、彼は言った。
「1人で8人も縛るのは、さすがに骨が折れる」
◇◆◇◆
――13:47。
そんな馬鹿な、と彼は叫びたかった。有り得ない、異常過ぎる、どうして……。意味のない疑問の言葉ばかりが、脳内でぐるぐると回る。
それらの言葉は、自分達が全滅させられそうになっている、この状況に対してではない。それももちろん事実ではあったが、なによりも。なによりも彼が異常だと思ったのは、その男の『戦術』だった。
「貴様……なぜ『罠カード』しか使わない!? 我々をコケにしているのか!?」
褐色の大柄な男は、突如彼らの前に現れ、決闘を挑んできた。顔のタトゥーをはじめとする異様な雰囲気に最初こそ臆したが、『決闘盤を持った人間は決闘で拘束しろ』という雇い主からの命令もあって、彼らはすぐに決闘を開始した。人数では優っていたし、少なからず腕に覚えもあった。全員が負けることなどありえない、と。
そして、今に至る。
「……コケにしているわけではない。これが私の戦術であり、私の持てる全力だ」
罠カード、のみ。3連戦の決闘の中で男が使用したカードは、その1種類だけだ。
「事実、貴様らは負けた」
半身半蛇の怪物が、鈍く光る剣を振り上げて踊り掛かる。モンスターにしか見えないそのカードすら『罠』だった。
LP1500→0
「こんな決闘を……お前は、まさか」
いや、それならば、何故。この男はこちら側ではなく、敵として立ち塞がっているのか?
疑問の問いを聞くことはできなかった。彼はそのまま、冷たい床に倒れ伏した。
「……私です。3人片付けました。元メンバーではありませんでした」
シンプルな報告には、しかしどこか落胆の意が含まれていた。
◇◆◇◆
東棟と本棟を繋ぐ、長い連絡通路。紫のローブを着た男達はその道を我が物顔で闊歩し、本棟へ足を踏み入れようとしていた。
全てが順調。むしろ、上手く行き過ぎではないかと思うほどに。彼らの行動は計画通りに進んでいた。
故に、これから起こるであろう多少のイレギュラーも予想はしていたし、それに対する心構えも済んでいた。相手は海馬コーポレーション。このままうまくいくほど、甘い相手ではないと彼らも分かっていた。
だがそれはあくまで、多少のイレギュラーだ。
「……どういうことだ」
襲撃者達を率いていた男の足が止まった。彼は爬虫類じみた風貌の一因となっている目を見開いて、前方を凝視する。彼に続いていた男達も当然足を止め、その原因を見やった。
そして1人残らず、言葉を失って立ち尽くした。
「やあ、久しぶりだね」
軽く。実に軽い調子で、彼らとは反対側から歩いてきた男は言葉を紡いだ。
「どうして、あなたがここにいる?」
襲撃者達の先頭に立っている男は、やっとの思いで口を開いた。彼の発言はおそらく、残り全員の心の声を代弁している。
「なぜ? そんなことは聞かなくても分かるだろう」
一転して口調は重くなり、男は敵意を剥き出しにして、彼らに告げた。
「ボク自身の罪を、精算するためだ」
長い廊下に、静かな闘志が木霊する。
かつての『グールズ』の首領。かつての彼らの、主である男。
マリク・イシュタール。
襲撃者達にとって、最大のイレギュラーが立ち塞がった。
――13:52。
タイラントウィングはテキストから『1』や『2』を削除しました。この時代にそんな便利なものはない。
最近決闘が少なかったので、ここからはキャラが入り乱れての決闘回になります。