ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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58.「絶対に引き剥がしてやる!」

「観客の避難を最優先。動けない人員、負傷した人間は一ヶ所に集めろ。警察への連絡はどうなっている?」

 

 強制されていた静けさから一転、人々の喧騒が戻った会場に朗々と声が響く。一瞬の躊躇いも見せず、海馬瀬人は矢継ぎ早に指示を出していく。

 

「一般客は既に避難をはじめています。島民に協力を仰ぎ、村役場を避難所に定めました」

 

 彼の隣を歩く磯野はそれらを要約し、理解した上で部下に伝え、海馬の問いにも答えていた。

 海馬にとってその対応は当たり前のものだ。磯野は長年彼に付き従ってきた部下である。非常時の対応にも手慣れている。    

「警察への連絡ですが……なにぶん場所が場所ですので、到着には時間がかかる、と」

「電話を寄越せ、磯野。借りを作ってある上層部の人間に話を通す。トップダウンで命令が下りれば、少しは対応も早まるだろう」

 

 海馬は会場を見渡した。磯野の言葉通り、一時は恐慌状態に陥っていた観客も落ち着きを取り戻し、人の波は出口の方へと流れている。当面の危機を乗り越えた、彼らの表情は明るい。

 だが、まだ何一つとして解決したわけではない。

 

「……瀬人様」

「なんだ?」

「襲撃者は、まだ他にいるかもしれません。この会場の敵は瀬人様が撃退したので事無きを得ましたが、警備班とも連絡が取れないでいます。いくらか人員を割いて、敵の捜索に当てた方がよいのではないでしょうか?」

「この俺に意見か。ずいぶんと偉くなったな」

「い、いえ! 決してそのようなことは……」

 

 ジロリ、と自分に向けられた視線に磯野は身を竦ませたが、海馬は怒っているわけではなかった

 

「貴様の言いたいことも分かる。だが、警備班がやられた時点で『敵』が『普通の手段』を使っていないのは明白だ。会場への危険物の持ち込みは徹底的にチェックしたのだからな」

 

 武器は使われていない。では、何を使ったのか?

 海馬は、自身の手元に目を落とした。腕に装着している装置には、先ほどまで使っていた40枚の『武器』が収められている。

 

「……非ィ科学的だ」

「は?」

「とにかく、この状況で人員を分散させるのは悪手だ。得体の知れないオカルト集団は奴らに任せておけばいい」

「……そこまで彼らを信用できますか?」

 

 磯野の問いには濃い疑念が含まれていた。これには海馬も、あからさまに顔を歪める。さっきの意見具申とは違い、その質問があまりにも下らないものだったからだ。

 

「俺は信頼できるか、できないかなどという個人の感情に基づいた曖昧な基準で、仕事を預けている気はない」

 

 デュエルモンスターズには、常に不可思議な事件や現象が付きまとう。その後始末や処理を、的確かつ早急に行うのが彼らの仕事である。

 

「奴らが使えるか、使えないか、それだけだ」

「……はい」

 

 磯野はそれ以上は何も言わずに海馬に電話を差し出した。海馬も無言で、電話を受け取った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 最も与しやすい相手だ、と襲撃者達は彼のことを侮っていた。

 マリク・イシュタールと貘良了。2人の大物決闘者と比べれば、その対戦相手の男は無名。『ラフェール』という名前を、彼らは聞いたこともなかった。故に安堵した。強い敵と決闘をしなくて済む、自分達はツイている、と思うほどに。

「私のターン、ドロー!」

 

 その考えが間違っていたことは、既に証明されている。3対1だった決闘は2対1に変化していた。

 

「くそ……」

 

 3対1の変則決闘。彼らは敗北した仲間を庇うこともできた。それをしなかったのは、単純な話、今生き残っている彼らにそんな余裕がなかったからだ。自分の身を守り、なんとか渡り合うだけで精一杯。最初に脱落した仲間は、自分の身を守る最低限のプレイングすら出来なかったのだ。

 さらに言うならば、彼らのデッキは防御ではなく攻撃に特化していた。貴重で強力な上級モンスターのレアカードの高速召喚し、やられる前に敵を叩き潰す、というのがデッキのコンセプトだ。事実、彼らのフィールドでは『究極恐獣』や『タイラント・ドラゴン』に加え『守護天使・ジャンヌ』などの大型モンスターが、その威容を誇っている。

 しかし、だ。

 

「私の墓地にモンスターが存在しない時、」

 

 逆に言えば、彼らはそれだけのモンスターを展開しておきながら、目の前の男を仕留めきれなかった。反撃の機会を、ターンを彼に与えてしまった。

 それが致命的であることには、流石に彼らも気づいていた。

 

「このモンスターは、手札から特殊召喚できる」

 

 舞い散るは、純白の羽。舞い降りるは、儚くも美しい天上の聖女。

 一瞬、ほんの一瞬とはいえ。

 焦燥も恐怖も忘れて、襲撃者達もそのモンスターに目を奪われた。

 

「いでよ! ガーディアン・エアトス!」

 

『ガーディアン・エアトス』

風/天使族

ATK2500/2000

 

 民族衣装の簡素な衣服は逆に彼女の美貌を際立たせ、背後から伸びる羽は彼女が超常の存在であることを端的に示している。美しさを讃える言葉を並べることはいくらでもできるが、純粋に、簡潔に述べるならば、

 

「頼むぞ、エアトス」

 

 そのモンスターは美しかった。

 主、ラフェールの声に大きく頷き返し、彼女は倒すべき敵を見据える。まるで感情を持つ人のような所作に、敵として認識された彼らは当惑した。

 

「私はフィールドに存在する『バックアップ・ガードナー』の効果発動! 装備魔法カードの対象を、正しい対象となるモンスター1体に移し替える! 私が移し替えるのは既に発動していた『女神の聖剣-エアトス』だ」

 

『バックアップ・ガードナー』

闇/獣族

ATK500/守2200

このカードに装備された装備カードを、別の正しい対象となるモンスター1体に移し替える事ができる。

 

 聖剣を携えていたオーガは、まるで王へ献上するように本来の持ち主へそれを差し出した。自らの名を冠する武具を手に取り、『エアトス』は切っ先を敵へと向ける。

 ラフェールが操る『ガーディアン』モンスターはその名が示す通り、数多の武具に宿りし『守護霊』とも言えるモンスター。同じ名前を持つ『装備魔法』がなければ、彼らはフィールドに現れることすらできない。単純に評価を下すなら、非常にピーキーなモンスター群と言えるだろう。

 

「私は手札から魔法カード『魂の解放』を発動。左の貴様の墓地から『トレード・イン』『天使の施し』『デビルズ・サンクチュアリ』『死者蘇生』『手札断札』をゲームから除外する」

 

 決闘盤の墓地スロットから、5枚のカードが弾き出される。カードを除外された男は、怪訝な表情でそれらをしまい込んだ。モンスターはとにかく、再利用の難しい魔法、罠カードの除外は直接的なメリットに繋がらない。ラフェールが何を狙っているのか、彼には分からなかった。

 分からないのは当然だと、ラフェールは思う。これは『彼女』を最大限に活用する為の下準備に過ぎないのだから。

 

「私は『ガーディアン・エアトス』の効果発動。装備されている『女神の聖剣-エアトス』を墓地に送り、相手の墓地のモンスターカードをモンスター以外のカードが出るまで、全て取り除く!」

「なんだと!?」

 

 先ほどを優に越える勢いで、カードが吐き出されていく。全てがモンスターカード。数は合計6枚だ。

『フェルグラントドラゴン』

『俊足のギラザウルス』

『俊足のギラザウルス』

『デス・ヴォルストガルフ』

『マテリアルドラゴン』

『魂を削る死霊』

 

「そして、除外したモンスターの攻撃力の合計を自身の攻撃力に加える!」

 

 モンスターの魂とも言うべきか。半透明の球体が6つ。『エアトス』の周囲を取り囲み、彼女の胸に取り込まれていった。

 それに伴い『エアトス』の攻撃力は爆発的に上昇する。

 

『ガーディアン・エアトス』

風/天使族

ATK2500/DEF2000

「女神の聖剣-エアトス」が自分のフィールド上に存在する時のみ、このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができる。墓地にモンスターがいない場合、このカードは生け贄無しで特殊召喚する事ができる。このカードに装備された「女神の聖剣-エアトス」を破壊する。相手の墓地のカードを上からモンスターカード以外のカードが出るまで モンスターカードを取り除く。取り除いたモンスターカードの攻撃力の合計値をこのカードの攻撃力に加える。

 

「な……な、な……」

「こんな……馬鹿な」

 

 14800ポイント。

 常識では考えれらない数値が、叩き出される。

 

「さらに私は手札を1枚墓地に送り、装備魔法『閃光の双剣-トライス』を『エアトス』に装備させる」

 

 力の行使で武器を捧げた彼女の手元に、新たな二振りの剣が現れる。

 

ATK14800→14300

 

 僅かに。ほんの僅かに力が弱まる。しかし、そんな代償はあってないようなものだ。僅かな力と引き換えに、『エアトス』は光の速さで敵を討つ剣を手に入れたのだから。

 

「攻撃力は500ダウンするが、これで『エアトス』は2回の攻撃が可能になった」

 

 どんな上級モンスターを従えていようとも。たとえライフポイントが無傷であろうとも。

 ラフェールの言葉は、死刑宣告に等しかった。

 どちらも、このターンを凌ぐことすらままならない。そう悟ったのか、2人の内の1人は悔しげに声を洩らした。

 

「貴様は……何者だ」

「名乗るほどの名前はない」

 

 名乗る気すら、起きない。ラフェールはどこまでも冷めた目で彼らと、彼らの『カード』を見た。

 遠目から観察しても分かる。どのカードも新品同然で、輝いていた。ラフェールのカードとは正反対だ。彼のカードの表面には細かいキズがつき、裏面は擦りきれている。ルールに抵触しない為に張り替えたことも1度や2度ではなかった。コレクターから見れば、彼らのカードが『コピー』であろうとなかろうと、関係ない。ラフェールのカードよりも彼らのカードを選ぶだろう。それほどまでにラフェールの『ガーディアン』達はボロボロだった。

 けれど、ラフェールはそのキズが誇らしい。

 逆に、彼らに問う。

 

 

「お前達は、お前達が握っているカードに、少しでも思いを寄せたことがあるのか?」

 

 カードに刻まれたキズは、共に歩んできた年月の証だ。

 

「たった1枚でも、思いを宿したカードがあるのか?」

 

 今はもういない、弟と妹。2人から贈られた、1枚のカード。それが『ガーディアン・エアトス』だった。彼女だけではない。『グラール』『ケースト』『エルマ』『バオウ』『シール』『トライス』

 多くの『ガーディアン』達が、ラフェールの側にいた。

 

 ――――3年前。

 『決闘王』と呼ばれる男に、勝利したことがある。

 その時の彼は我を忘れ、モンスターを道具として扱い、そして敗北した。

 そもそも行えない決闘を仮定しても意味はないが……おそらく自分が彼に何度決闘を挑んだとしても、もう勝てない。ラフェールには、そんな確信があった。

 だが同時に。あの時の彼に負けることは、絶対にあり得ないと断言できる。

 

「『ガーディアン・エアトス』の攻撃」

 

 カードへの思いが欠けた決闘者に、負けることなどあり得ない。

 

「精霊の剣舞!」

 

 10000ポイントを超える攻撃力から放たれる、神速の二連撃。2体の凶獣は一瞬で切り裂かれ、衝撃で襲撃者達は吹き飛ばされた。

 

LP4000→0

LP4000→0

 

「……終わったか」

 

 死んではいない。目を回し、床とキスしている方が今の彼らにはお似合いだろう。ラフェールは丁寧にカードを纏めると、決闘盤を畳んだ。

 

「……さて」

 

 ラフェールが振り向いた直後。『エアトス』の攻撃に勝るとも劣らない轟音が響いた。

 

「そんなに差はなかったですね」

「残念だが、ボクの方が数秒はやかったぞ」

「……そんな小さいこと、気にしなくてもいいのに」

「小さなことではない。客観的にみた事実だ」

「マリクさんって時々やけに僕に突っ掛かりますけど、僕って何かしましたっけ?」

「……本当に何も覚えていないんだな、キミは」

「ハイ?」

「もういい」

 

 マリクと貘良は言い合いながら、ラフェールの方へと歩いて来る。勿論、彼らの後ろには6人の男が転がっていた。

 緊張感の欠片もない、気の抜けるやり取り。しかし、ラフェールは不快ではなかった。

 彼を含め、この場にいる人間は全員が『デュエルモンスターズ』に仇為した者達だ。だが、倒れ伏している男達と自分達は違う。違うと言い切れる。

 それもまた、彼にとっては誇らしかった。

 

「……ラフェール、何を笑っている?」

「別に」

「それよりもはやく移動しましょう。予想よりもはやく片付いたから、まだ間に合うかもしれません。海馬くん、大丈夫かなぁ……」

「だからキミは……」

 

 貘良の間の抜けた声で、張り詰めていた雰囲気が緩む。ラフェールも笑みを浮かべているので、尚更だ。マリクはやれやれと、目元を押さえた。

 そんな、微妙に弛緩した空気が、

 

 

「――――滑稽だな」

 

 

 低く重い、憎しみを帯びた声で締め直された。

 3人は同時に声の方向、即ち、彼らの直上である天井を仰ぎ見た。

 再び響いたのは、破砕音。砕け散ったガラスが宙を舞い、それらが地面に落ちる。紫のコートを翻して、1人の男が地面に着地した。

 

「罪の意識から逃れる為に、咎人が寄り集まって悪を討つ、か」

 

 それは嘲笑だった。

 

「下らん」

 

 それは冷笑だった。

 

「三文芝居をみせられた気分だ」

 

 白髪に痩けた頬。顔の造作は上等の部類に入っても、その男からは生気を感じられなかった。瞳だけが異様に輝いて、不気味な存在感を放っている。

 随分と。あの頃よりも『やつれた』ものだと、マリクは目を細めた。

 

「誰です? この人」

「私は知らん」

 

 ラフェールと貘良が困惑した表情で言葉を交わす中、マリクだけはしっかりと彼を見据えていた。

 そして、3年振りにその名を口にする。

 

「…………セレス」

「久しいな。マリク・イシュタール」

 

 口調は尊大でもあの頃と全く変わらず、慇懃無礼にセレスは礼をした。

 

「……3年前、検挙された人間のリストには、キミの名前はなかった。まさかとは思ったが、逃げおおせていたとはね」

「野垂れ死んだと思っていたか?」

「ああ。ヴォルフが死んだと聞いた時、キミもあとを追ったと考えていたよ」

「……ふん」

 

 セレスは何も答えない。マリクは語長を強めて、彼に向けて疑問を投げ掛けた。

 

「キミが、黒幕か?」

 

 マリクの発言に、ラフェールと貘良はより困惑した表情を浮かべる。

 

「そう思いたければ思えばいい」

 

 しかし、セレスはそんな彼らをまとめて馬鹿にしたように返答した。

 マリクは顔を歪めて、一歩前に出る。パリン、とガラスの破片がさらに細かく砕け散った。

 

「そんな顔をしないでほしい。元上司がいる、と聞けば会いたくなるのが人情というものだろう」

「気遣い、心に痛み入るよ。はっきり言って無用だけどね」

「元部下からの礼節だ。それくらいは黙って受け取って欲しいものだな」

 

 マリクは悟った。この男とはどんな言葉を交わしても、何の意味もないと。

 

「……バクラ、ラフェール」

 

 会話の流れを断ち切って、背後に立つ仲間に声を掛ける。

 

「なんです、リーダー?」

「キミ達は先に行け。ボクはコイツを片付けていく」

 

 冷ややかな命令だった。貘良は困ったように、隣に立つラフェールを見る。ラフェールは、すぐに頷いた。

 

「了解した。先に行くぞ」

「……分かりました。気をつけてください」

「ああ」

 

 足早に立ち去る足音と、後ろ髪を引かれているような躊躇いがちな足音。2つの音が聞こえなくなるまで、マリクは無言で立っていた。

 やがて、静寂が場を包む。ようやくマリクは腕を持ち上げ、決闘盤を展開した。

 

「……冷たいお仲間だな」

 

 セレスが口を開く。

 

「そうだな」

 

 マリクは頷いた。

 

「でも、これはこれで気に入っている」

「そうか」

 

 再び静寂。デッキを切る音だけが空間に満ちる。

 

「……そういえば、言い忘れていたが」

 

 またもやセレスが言葉を紡いだ。滅多に感情をみせない声に、ほんの少しだけ色がのる。

 

「私は昔からお前が嫌いだった」

「奇遇だな。ボクもだよ」

 

 即答し、デッキをセットする。

 

 これ以上の言葉は不要であり、不毛だ。彼らにとって、もはやそれはお互いを刺す役目しか果たさない。

 唯一、同時に叫ぶのは、

 

「「決闘!!」」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――14:25。

 

 妙だ、とリシド・イシュタールは足を止めた。彼の周囲に人はいない。少なくとも、意識を保っている人間はいなかった。床に倒れているのは、リシドが倒した決闘者達だ。目を覚ますには、はやすぎる。

 にも関わらず。リシドの耳には、確かにその音が届いていた。

 口笛。人間が息を吹き出さなければ、絶対に紡がれない細く甲高い音色。アップテンポのリズムを刻みながら、こちらへと近付いてくる。廊下の奥から現れた人影は、想像よりも小さかった。

 

「決闘しようよ、お兄さん」

 

 口笛を止めて、人影は言った。

 襲撃者達と同様の紫のローブ。ただし、彼らと違い丈がまるで合っておらず、裾を引き摺っている。着ている、というよりも着られていると言った方が正しいかもしれない。事実、目深に被っているフードで彼女の顔はまるで見えなかった。

 彼女。そう、リシドが見る限り、それはどう考えてもまだ子供の少女だった。

 

「……お前のような少女が、なぜこんな場所にいる?」

「なんでだろうね?」

 

 フードの中で小首を傾げて、少女は決闘盤からワイヤーを射出した。決闘が終わらない限り、これを解くのは不可能だ。

 

「…………」

 

 リシドは無言で、決闘盤を構えた。

 

「へー。子供とは戦えない、とかそんな感じことは言わないんだ」

「お前は我々の脅威になると判断した。それだけだ」

 リシドは知っている。この弾むような声音と、フードから見え隠れする笑みは、断じて可憐な少女のものではない。獲物を前に舌舐めずりする、獣のそれに他ならない。

 自分の中の何かが、警鐘を鳴らしていた。この少女を、マリクの元へ行かせてはならない。

 

「私の全力で排除する」

「イイネ。そういうやる気は嫌いじゃないよ」

 

 

「「決闘!!」」

 

 

 先攻は少女だった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き抜き、手札に加える。そんな小さな動作をする度に、フードからこぼれた黒髪が揺れていた。

 

「……リシド・イシュタール」

「ッ……?」

 

 唐突に呼ばれた自身の名に、リシドは目を見張った。

 

「名前くらいは知っているよ。デッキのカードを全て罠で構成する異質な決闘者さんだからね。私、あなたの戦術にはすっごく興味があったんだ」

 

 でも、と彼女は語尾に否定を繋げて、

 

「罠カードって、弱点も多いよね。まず『サイコ・ショッカー』とか『王宮のお触れ』を使われると完封されちゃうし。普通に『サイクロン』とかで発動前に除去もされちゃう。逆に利点は、相手のターンに発動して行動を阻害できること」

 

 手の内のカードをくるくると器用に回しながら、少女は言う。

 それがどうした、とリシドは思った。自分のデッキの弱点など、言われずとも理解している。バトルシティでの決闘で『サイコ・ショッカー』にやられたことは忘れていない。罠カードの弱点と性質を理解した上で、リシドは己のデッキを磨き上げてきた。並大抵の相手には遅れを取ることはないという自負もある。年端もいかない少女に、デッキを馬鹿にされるいわれはない。

 

 

「ふふっ……お前に言われるまでもない、とか、余計なお世話だ、とかそんな感じの気分?」

 

 自分の考えを見透かしたような、人を小馬鹿にした笑い。さらに少女は言葉を連ねる。

 

「でも、私から言わせて貰えば、お兄さんは罠カードの最大の弱点を理解していないよ」

「……なんだと?」

 

 フードで表情は窺えない。けれど、自分を見詰める少女は、口元だけでなく目まで笑っているようで、リシドは背筋が寒くなった。

 

「罠の最大の弱点はね。伏せなきゃ使えないことだよ」

 

 この決闘、最初のモンスターを少女はフィールドに呼び出す。そのカードは、可憐な少女が使うには些かギャップのある1枚だった。

 

「『速攻の吸血蛆』を召喚」

 

『速攻の吸血蛆』

闇/昆虫族

ATK500/DEF1200

このモンスターは先功1ターン目から攻撃することが出来る。戦闘を行ったターン終了後手札を1枚選択し捨てることでこのモンスターは守備表示に変わる。

 

 リシドもよく知る、昆虫族モンスター。かつて闇人格のマリクが愛用していた1枚だった。その効果は、

 

「このモンスターは先攻で攻撃できる」

 

 たとえ先手を打ってダメージを与えられるとしても、たったの500ポイント。闇人格のマリクは「相手を先に痛めつけられるから」という嗜虐的な理由でこのカードを使用していたが、リシドにはさして強力なモンスターには思えなかった。

 

「罠カードを使う以上、最初の1ターンは必ず無防備……いってみよっか! 『速攻の吸血蛆』で直接攻撃!」

 

リシド LP4000→3500

 

 通常の決闘ではあり得ない痛みがはしる。だが、それは大したものではない。本当の『闇のゲーム』の経験もあるリシドにとっては、微々たるものだった。

 しかし、リシドは見た。

 

「さらに、速攻魔法を使わせてもらうよ」

 

 少女がもう1枚、カードを勢いよく振りかざしているのを。

 

 

「『狂戦士の魂』を発動!」

 

 

 ――――しまった。

 そう思った時には、彼女は手札を全て捨て、鈴の音のような声で宣言していた。

 

「私は手札を全て捨て、無手札(ハンドレス)。これからデッキから1枚ずつドローして、モンスターなら追加攻撃させてもらうよ」

「馬鹿な……これでは」

 

 口を開いたつもりはなかったが、思わず声が漏れ出ていた。たった2枚。たった2枚のカードで、この少女は勝負を決しようとしている。

 

「ドロー、『異形の従者』 モンスターカード。ドロー、『サブマリン・ロイド』 モンスターカード。ドロー、『人造人間七号』 モンスターカード」

 

リシド LP3500→3000→2500→2000

 

 連続して襲いかかる衝撃に、リシドは遠退きかける意識を必死に手繰り寄せる。

 ありえない。自分はまだ、最初のカードすらドローしていない。こんなことは、『ラーの翼神竜』を持つマリクでも成し得なかった。

 

 先攻ワンターンキル。

 

「ドロー、『プラズマ・ボール』 モンスターカード。ドロー、『速攻のかかし』 モンスターカード。ドロー、『ゴブリン暗殺部隊』 モンスターカード」

「お前は……」

 

 この少女は、

 

 

 

リシド LP2000→1500→1000→500

 

「ドロー、『魔法のランプ』 モンスターカード」

「何者だ?」

 

 どこか、おかしい。

 

リシド LP500→0

 

「っ……ぐ……」

「すごいね、お兄さん」

 

 少女は素直に感心して、そう呟いた。

 常人であれば、敗者は必ず意識を奪われるのがこの決闘盤の『仕様』だというのに、リシド・イシュタールはまだ意識を保っていた。痛みに泣き叫ぶこともなく、肩で息をしながらこちらを睨み付けていた。

 大したものだと、本当に思う。

 

「お前……を、マリク様のところに行かせるわけには……」

「ドロー、『異形の従者』 モンスターカード」

 

 ライフカウンターはゼロから変動しない。ガクン、とリシドの体だけが大きく揺れた。

 

「ドロー、モンスターカード。ドロー、モンスターカード。ドロー、モンスターカード。ドロー、モンスターカード。ドロー、モンスターカード。ドロー、モンスターカード」

 

 カード名を宣言するのすら億劫になって。

 ひたすらカードをドローして、ひたすら効果処理を続けた。

 

「ドロー……お?」

 

 ようやく、青い枠のカードが姿を見せる。

 

「速攻魔法『狂戦士の魂』だね。これで打ち止めだよ、お兄さん?」

 

 返事は返って来ない。少女――鬼柳瑞葉の視線の先には、リシド・イシュタールがピクリとも動かずに転がっていた。

 

「ふぅ……」

 

 瑞葉は決闘盤を畳んで、フードを下ろす。漆のような黒髪が広がって宙に舞った。

 

「まずは1人撃破っと……鉄面皮お兄さんと変態お姉さんはうまくやってるかな……?」

 

 そういえば、決闘の最中に地面が揺れた気がする。瑞葉は、廊下の窓から本棟を見た。

 

「うっわ、すごい煙じゃん!」

 

 よくよく注意してみれば、煙……おそらく爆発の『中心点』には濃い『魔力(ヘカ)』の反応がある。

 

「……あっちはあっちで面白そうだし、移動しよっかな!」

 

 再びアップテンポなリズムを口ずさみながら、歩き出す。瑞葉は『霊使い』がデザインにあしらわれている、お気に入りの腕時計を見た。

 現在時刻2時35分。打ち上げまで、残り30分を切っていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――2:35。

 

「ルース! 聞こえないのか、ルース!? 聞こえていたら返事をしろ!」

 

 本棟へと続く道を全力疾走しながら、ラルフ・アトラスは携帯電話に向かって必死に呼び掛けていた。頭の裏側をよぎるのは、最悪の事態だ。

 事前の打ち合わせでは、打ち上げ直前に宇宙へ送る『カード』をカプセルに詰め、ロケットに搭載する手筈になっていた。具体的には、打ち上げ30分前の2時30分。つまり、今あの場所にはカードを持つ十代少年やその両親だけでなく、名目上は彼らの案内役となっていたルースやフィーネもいるはずなのだ。

 

「聞こえないのか!? 応答してくれ! ルース!」

 

『だぁあー! うるっせぇなー! 無事だよ! 無事! 鼓膜が破れるわ!』

 

 聞き慣れた怒声に、思わずラルフも電話を耳から離した。ほっとしたのも束の間、すぐに電話を耳に当ててルースを問い詰める。

 

「無事だったか、よかった! フィーネや十代くんは?」

『お前の愛しのハニーも無事だよ。ただ、さっきの爆発で壁が壊れちまってな。十代くんの両親とフィーネちゃんとは分断されちまった』

 

 フィーネも無事と聞いて、ラルフはさらに胸を撫で下ろした。だが、すぐにルースが明らかに言及を避けていることに気付く。

 

「待て……」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

『十代くんは? 十代くんはどうした? そもそも、どうしてこんな爆発がそこで起きた? 何があった?』

「あー……そんなに一気に聞かれても答えられねぇよ……ったく」

 

 焦る親友の声を聞きながら、ルースはスーツに付着した粉塵をはらって立ち上がった。周囲はひどいもので、分厚い壁にはデカデカと大穴が空いている。青い空と白い雲がよく見えた。

 

「ロケットに乗って宇宙に行くには絶交の日和だと思うんだがなぁ……」

『そんな呑気なことを言っている場合か! いいから状況を説明しろ!』

「……わりぃ、ラルフ」

 

 近くに転がっていた鞄から『決闘盤』を取り出し、装着する。さらにデッキをセットして、ルースはまだ粉塵が晴れていない方向に向けて構えた。同時に、彼の瞳が赤く輝きはじめる。

 

「俺とフィーネちゃんがいながら『ヤツ』を押さえ切れなかった。完全に俺の責任だ」

『……ルース、それはつまり、あの『精霊』が』

「本当にわるいな。もう切るぞ」

『おい!? ま――』

 

 構わず携帯を叩き切り、ポケットに入れる。煙の中の人影も『決闘盤』を展開していた。どうやら、ルースとラルフの会話を待ってくれる気はないようだった。

 

「やる気か?」

「当然だろウ?」

 

 立ち上るのは、むせ変えるような敵意。外見こそ『遊城十代』だったが、今やその中身は完全に別物に成り代わっている。声も、声変わり前の少年とは思えないほどにくぐもっていた。

 

「ボクはドこにも行かナイ。十代にはボクが必要ナンだ!」

「主人の身体に無理矢理入り込んで、ボクが必要、か。つくづく救いようのない精霊だぜ、まったく」

「ダまれ、黙れ、だまれ、ダマレ、ダマれ!」

 

 少年が絶叫する。くぐもった男性の声だけでなく、女性の声も、少年本来の声も混じり合い、三重奏のような声が響く。1人の人間から三種類の声が発せられる様は、魑魅魍魎のような不気味さを醸し出していた。

 

「お前ラにボクと十代のナニが分かる? ナニモ知らナイクセニぼくたちを引キ離そうとスルなァ!」

「確かにな。お前と十代くんの関係は、俺には分かんねぇよ」

 

 精霊と主人(マスター)の関係は、本来一対一で築かれるものだ。そこに他人が入り込む余地はない。

 

「けどな、俺にはお前と十代くんの関係が『正しいもの』には思えない」

 

 押し付けるような偏愛は、狂ったような執着は、ここで見過ごせば必ず新たな禍根を生む。あの少年の将来を、絶対に食い潰してしまう。

 なればこそ、今この場で断ち切らねばならない。

 

「ごめんな、十代くん」

 

 たとえそれが、2人の絆であったとしても。

 

「さあ、来いよ。クソ精霊」

 

 全てが終わったあと、彼に泣きつかれてもいい。恨まれても構わない。悪役(ヒール)になりきる覚悟は決めた。

 ルース・フォックスターは決闘盤から5枚のカードを抜き放ち、十代の中の『ユベル』に向かって宣言した。

 

「絶対に引き剥がしてやる!」

 




※『ガーディアン・エアトス』『凶戦士の魂』はアニメ効果。『バックアップ・ガードナー』『速攻の吸血蛆』はアニメオリカです。
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