嘘だ。
うそだ。ウソだ。嘘だ。
何回も何回も何回も何回も、ユベルは同じ言葉を頭の中で反芻した。
確かに十代の様子は、朝起きた時からおかしかった。最近はいつも元気がなかったが、今朝は特に気分が優れないようだった。何を聞いても「大丈夫」の一点張りで、自分とはあまり話そうともしない。心配ではあったけれど、きっと慣れない早起きをして眠いのだろう。そう考えることにして、ユベルはカードの中で静かに過ごしていた。
異変に気付いたのは、自分のカードがデッキケースから取り出された時だ。
『十代?』
「…………」
今日は十代がデザインした『ネオス』というカードを宇宙に打ち上げる為に、遠く離れた島に来ている。当然、ユベルもそれは知っていたし、十代がデザインしたカードが当選した時は、我が事のように喜んだ。
さすがは十代、やれば何でも出来てしまう。やっぱりキミは優秀だ。
でも同時に、ほんの少しだけ『ヤキモチ』を焼いてしまったのも否定できない。十代のかわいらしい手で描かれて、十代に名前を貰って、そうして1枚のカードとして生を受けたモンスターなのだ。これが羨ましくないわけがない。
だからユベルは、その『ネオス』というカードが作られてすぐに宇宙に送り出されると知った時は、もっと喜んだ。せっかくこんなに愛らしい十代から命を授かっても、側にいることが出来ないなんて可哀想と言う他ない。でもまぁ、仕方ないだろう。すでに十代には自分という精霊がいるのだから、安っぽいヒーローなんてお呼びじゃない。真空の宇宙に放り出されて、怪獣とでも戦う方がそのモンスターにはお似合いだ。十代に生み出して貰った幸運だけでも、十分に過ぎる。
ボクと十代の間には、誰も踏み入ることはできない。
だからユベルは安堵したのだ。安心したのだ。ほっとしたのだ。
なのに、なのに、
『答えて……答えておくれよ、十代ッ!』
「…………」
なんで十代は、ロケットに入れるカプセルの前で『ネオス』と一緒に『ユベル』を取り出しているのか。
意味が、分からなかった。
「それはお前の胸に聞けば分かることだろ」
通路の奥から現れたのは、以前家にやってきたあの『瞳』を持つ男だった。隣には、あの時一緒にいた金髪の女もいる。
「お前が独りよがりな自分の価値観を押し付けて、主人の周囲の人間を傷つけ続けた結果が、これだ。だから十代くんは決断した。お前と離れることを」
なにを。なにをふざけたことを。
そもそもこの男は当たり前のように自分に話し掛けているが、何も知らないはずの十代の両親達はそれに全く驚いていない。それはつまり、彼らが十代にしか見えない自分の存在を明確に理解している、ということだ。
そういえば今朝、あの父親は十代に何か、コソコソと耳打ちをしていなかったか?
『お前らッ……お前らかッ! お前達かぁああ! ボクと十代を引き離そうなんて、ふざけたことを企てたのはっ!』
ユベルの中で、理性が爆発した。これまでは十代を産み、育てた功労に免じて大目にみてきてやったが、こんなことをして許されるはずもない。
邪魔な肉親を排除して、十代と2人きりの生活を始めるにはちょうどいい機会だ。
『消えろよ、お前ら』
実体化の必要はない。ただ直接、淀んだ『魔力(ヘカ)』の塊を撃ち込めば、人間なんて簡単に殺すことができる。ユベルは魔力を引き絞って、阿呆面を晒して見えない自分に怯えている2人に向けて、ソレを――
「それくらいにしとけよ」
重圧。
『がっ……!?』
形容し難いほどの『魔力』の干渉を受けて、ユベルは大きく立ち揺らいだ。
あの男が『左目』の力を行使して、ユベルの力を押さえ込んでいた。それも、かなり強く。
「ルースさんッ!?」
「大丈夫だ、フィーネちゃん。押さえるだけなら、俺だけでどうとでもなる」
金髪の女を手で制して、ルースと呼ばれた男は事も無げに嘯いた。その余裕綽々とした態度に、ユベルは腸が煮えくり返るようだった。
『眠っているだけの、クソみたいな神の力を借りてるくせに……よくも、ボクにこんな!』
「ギャーギャー騒ぐな。お前、今自分が何をしようとしたのか分かってるのか?」
これ以上ないほど蔑むように『ルーンの瞳』を持つ男は言う。だが、そんなことは言われるまでもない。
『ボクと十代の仲を引き裂こうとするヤツは、全員敵だ! 敵を殺して、十代を守る! それの何が悪い!』
「そうか。なら、十代くんが自分からお前と離れることを決めたとしたら」
ユベルにとっては、ありえない仮定を、
「お前は、十代くんの敵になるのか?」
彼は口にした。。
下らない質問だった。
『絶対にないことを聞かれても、答えようがないよ。十代はボクを必要としてくれる。ボクも十代を必要としている。十代はボクを愛し、ボクも当然十代を愛している』
本当に。いまさら口に出して言うまでもない、当たり前のこと。
ユベルはルースを放置して、十代の方へと振り返った。安心させる為に、優しく、囁くように語りかける。
『だからね、十代。キミが周りの大人になんと言われようと、無理矢理ボクと離れる必要はないんだよ。大丈夫さ。キミはボクが守る。キミにはボクがいる』
それだけで、いい。
だから、
「ごめん、ユベル」
――――何故?
それだけで、思考が全て停止した。
ユベルは、頭の中が真っ白になった。ようやく浮かんできた疑問は、たったひとつだけ。
どうして、十代が謝る?
「でも『ネオス』と一緒に宇宙に行けば……ユベルもきっと、正義の味方になれるよね?」
待ってくれ。
意味が分からない。ユベルには、意味が分からなかった。
十代は、自分が何を言っているのか理解しているのだろうか。
「だから……辛いけど、少しの間お別れしよう?」
待ってくれ。
おかしいじゃないか。
ユベルは十代を愛している。心の底から愛している。なのに、どうして拒絶される?
「バイバイ、ユベル」
そう言って。
十代は、『ネオス』と『ユベル』のカードを、ルースに手渡した。
ここにきて。
やっとユベルは、自分の状況を理解した。理解したくはないけれど、分かってしまった。
――ボクは、十代に捨てられたのか。
「ありがとう。確かに預かった」
そんな馬鹿な台詞を吐いて、目の前の男は自分と『ネオス』のカードを受け取った。
『あ……ア……あ』
十代の手が、自分の『カード』から離れていく。十代の温もりが、遠退いていく。
嘘だ。幻だ。夢だ。
おかしい。違う。間違いだ。冗談だ。ありえない。
そんな単語ばかりが、頭の内側で反響する。
こんな、こんな、こんなことは。
『――――触るな』
「……なに?」
ようやく出てきた言葉は、それだった。
『十代以外の人間がっ! ボクに触れるなぁあああぁ!』
自分の中のチカラを、暴発させる。感情の赴くままに、ただ振るう。
いや、それだけではダメだ。大切な大切な十代を、巻き込むわけにはいかない。
どうすればいい?
あの『神の力』は、精霊の力に干渉できる。
――それなら、人の『器』を介して、力を振るえばいい。
周囲の全てを吹き飛ばせば、十代にまで被害が及ぶ。
――ならば、爆発の中心点を十代にしてしまえばいい。
十代と離れたくない。
――だったらいっそ、十代と『ひとつ』になればいい。
『ああ……ボクは天才だ』
ユベルは、この状況を打破する最適解を導き出した。
『十代以外の人間は、みんな消えちゃえばいいんだ』
「ッ……しまった!」
「伏せてください!」
そうしてその場で、閃光がハジけた。
――――――――――――――――――――
それで終わりのハズだった。
――2:41。
「さっきので仕留められれば、それでよかっただろうにな」
瓦礫が転がり、壁に大穴が穿たれ、本来気密が保たれているはずの廊下には風が吹き込んでいる。声の主は、風に負けず劣らずの冷たさで言い捨てた。
「けど、お前が十代くんの体に無理矢理入り込んだ以上、決闘でこうなるのは分かってただろ?」
『クソ、クそ、チョウシにノルなよ、ニンゲンがッ!』
「いやいや……だってなぁ……」
瞳を輝かせて、ルース・フォックスターは十代に……正確には十代の中の『ユベル』に向けて告げる。
「これで調子にのるなっていう方が無理な話だ」
十代(ユベル) LP600 手札0
《モンスター》
なし
《魔法・罠》
なし
ルース LP3300 手札2
《モンスター》
首領・ザルーグ
黒蠍-罠はずしのクリフ
黒蠍-棘のミーネ
黒蠍-逃げ足のチック
黒蠍-強力のゴーグ
《魔法・罠》
リバース1
はじまりは狂気と緊張に満ちていた勝負も、蓋を開けてみればいっそつまらないほどにあっさりと、その幕を下ろそうとしていた。
「決闘をする為には、デッキがなくちゃならない。当然お前が使えるのは『十代くんのデッキ』しかない」
勝ち誇るようなことではないのは理解している。十代はまだ『子供』でルースは『大人』だ。そもそも、所持しているカードパワーにも差があった。
だが、目の前の精霊の心を無理矢理にでもへし折る為に、ルースは言う。
「悪いが、そんなデッキじゃ俺には勝てねぇよ」
『キサまァあアアぁあああ!』
拍子抜け、と言えるかもしれない。だが、この決闘がこうなることを、むしろルースは予測していた。
決闘を開始してまだ数ターンしか経過していないが、もう大勢は決したに近い。ユベルはフィールドにも手札にもカードはなく、警戒すべきは墓地に『ユベル』自身のカードが眠っていることくらいだろうか。
しかし、ルースは『ユベル』の効果を完璧に把握している。攻撃を反射するあの能力は厄介極まりないが、フィールドに出なければそもそも意味はない。そして十代のデッキは見る限り、『ユベル』以外に特筆するようなカードはない。
「ま……だからといって調子に乗りすぎていいわけないか」
ルースは、自分自身に言い聞かせる。
そもそもこんな事態に陥ってしまったのも、未然に『ユベル』の暴走を防げなかった自分の責任だ。
だからこそ全力で、潰しに掛かっている。
「俺はこれでターンエンド」
最後の最後まで、もう油断はすまい。
「さあ、カードを引けよ。お前のラストドローになるかもしれないからな」
減らず口を叩きつつも、ルースの赤い瞳は十代の中にいるユベルを見据えていた。
◇◆◇◆
「どうしよう……」
フィーネ・アリューシアは目の前の瓦礫の山を見詰めて、呆然と呟いた。
さっきの爆発で、彼女はルースや十代と完全に分断されてしまっていた。
「……ルースさん、大丈夫かな」
正確には、彼女達と言った方がいいだろう。フィーネの傍らには、十代の父親と母親が倒れている。意識はないが、何の外傷も見受けられないのは不幸中の幸いと言えた。呼吸のリズムも規則的で、特に心配はなさそうだ。
やはり問題は、あの『精霊』がいる壁の向こう側だ。崩れたコンクリート越しでも『魔力』の気配はしっかりと伝わってくる。決闘になればルースが負けることはないだろう、と思えるほどにはフィーネは彼のことを信用していたが、だからといってこのままじっとしている気にはなれなかった。
とりあえず、十代の両親をもっと安全な場所に移した方がいい。そう考えたフィーネが動き出そうとした、その時だった。
「あら……とっても懐かしい顔がいるわ」
聞き覚えのある声が、背後から確かに響いた。
「え……」
動き出そうとしたそのままの体制で、フィーネは固まった。
比喩ではない。身体が硬直する。全身に悪寒がはしる。まるで蛇に睨まれたカエルのように、動けなくなる。
その声を聞くのは、3年振りだった。
「あー、もう。私が見ないうちにすっかりかわいく育っちゃって。収監されたって聞いていたからやつれちゃったと思ってたけど、中々どうして元気そうじゃないの」
昔の話だ。
まだグールズの一員だった頃、フィーネ・アリューシアには絶対に逆らえない人間が2人いた。
1人は言うまでもなく、彼女を拾い、決闘者として育て上げた『ヴォルフ・グラント』
「やっぱりアレねー。彼氏がいると女の子って可愛くなるのねー。納得だわ、うん」
そして、もう1人。
研究と称して、フィーネの身体を実験体にし、様々なデータを取り続けたマッドサイエンティスト。
「ひさしぶり、フィーネちゃん。元気にしてた?」
十六夜美夜。
振り向いて見てみれば、やはり彼女はそこにいた。
「…………あ」
忘れていたはずだった。克服したと思っていた。なのに、震えが止まらない。
彼と彼女に、モノみたいに扱われていた頃を、思い出してしまうから。
「あー、いいわー。その絹糸みたいな髪。白い肌。いいなー。やっぱり私、フィーネちゃんのこと大好きなのよね。バトルシティの時について行かなかったのは失敗だったわ。本当にもう、私がみない間にすっかり成熟しちゃって……」
赤い髪をかきあげ、唇に手を当てて、うっとりとした表情で彼女はフィーネに近づいてくる。
「ペロペロしたい」
鋭利とも言える美貌とはかけ離れた、蠱惑的な呟きを洩らしながら。
「…………や……」
「ん?」
「……い、や……」
やっとの思いで絞り出した言葉は、自分でも驚くくらいに弱々しかった。
駄目なのだ。
どうしても、思い出してしまう。彼女が目の前にいると、楽しい『今』ではなくて、どうしようもなく汚れた『昔』を思い出してしまう。
フィーネの中にはもう、戦うという選択肢は存在していなかった。座り込み、震えて、後退ることしかできなかった。けれど、すぐ後ろには崩れたコンクリートの山が積み上がっている。逃げることすら、できない。
「もうフィーネちゃんったら、震えちゃってかわいい。どこまで私を興奮させれば気が済むのかしら?」
こわい。
まるで子供のように、フィーネの中の感情はその一語に集約されていた。
だから、ただ願った。
たすけて、と。
「フィーネから離れろ、変態!」
またもや、声が響いた。
けれど、フィーネがその声に感じたのは、恐怖や不安といったさっきの感情とは真逆のそれだ。
安心する。安心させてくれる、声。
「あらあら……?」
十六夜美夜は呑気な声をあげて、振り向いた。
「誰?」
フィーネと美夜。2人の視線の先には、息を切らしている男がいた。額には汗が浮かび、肩も大きく上下している。ここまで全力で走ってきたのだろう。けれど彼は、決闘盤を美夜に突き付け、荒い息でも言い切った。
「……ラルフさん」
「聞こえなかったのか? 俺はフィーネから離れろと言ったんだ」
ふーん、と美夜は鼻を鳴らして、
「ああ、なるほど。きみがラルフ・アトラスくんなのね。ふーん、なかなかイケメンじゃない」
腕を組むと、じろじろと無遠慮にラルフの姿を眺めた。
「……でも、」
彼女は赤いコートを翻し、決闘盤を腕に装着する。
「女性に向かって『変態』はないわよ。調子にのるのも大概にしなさいな、色男くん」
ここでも、またひとつ。
闘いの幕が上がろうとしていた。
◇◆◇◆
「私の先攻、ドロー。『ゾンビ・マスター』を攻撃表示で召喚」
ケタケタと笑い声を響かせながら現れたのは、亡者を統べる死霊術士。
「リバースカードを1枚伏せ、ターンを終了する」
計2枚のカードを場に出し、セレス・ゴドウィンは数秒で最初のターンを終えた。
「はやいね。もっと熟考しなくていいのかい?」
「不要だ。序盤から長考など無駄でしかない。私は時間稼ぎの為に貴様の相手をしているわけではないのだからな」
言外に、というよりは言葉の内に自分を倒す意思がはっきりと聞き取れて、マリクは薄く笑った。
そのつもりがあるならば、この布陣は些か脆弱だ。
「ボクのターン、ドロー。魔法カード『大嵐』を発動」
「ッ……リバースカードオープン! 『和睦の使者』を発動する!」
初手から繰り出された制限カード。セレスはフリーチェーンの罠を発動して冷静に対処したが、彼が一瞬戸惑いを見せたのを、マリクは見逃さなかった。
「惜しいね」
何の気なしに、呟きがこぼれる。その呟きで、セレスも理解する。
マリクが後攻1ターン目で、自分を仕留める気でいたということを。
「まあ、いいさ。やることは変わらない。ボクはモンスターをセットし、魔法カード『強制転移』を発動する」
『転移』の名に違わず、セレスのフィールドの『ゾンビ・マスター』とマリクのフィールドのセットモンスターが一瞬で入れ替わる。
表情には出さずとも、セレスは心中で苦虫を噛み潰していた。この場合、問題なのはコントロールを奪われた攻撃力1800の『ゾンビ・マスター』ではない。マリクに押し付けられたと言ってもいい、セットモンスターの方だ。
「バトルだ! 『ゾンビ・マスター』でセットモンスターを攻撃!」
『和睦の使者』を発動した時点で、このターンの戦闘ダメージはゼロ。破壊はされない。マリクの狙いが裏側のモンスターを表にすることなのは、明白だった。
「……攻撃されたのは『メタモルポット』だ。表になったことで効果が発動する。手札を全て墓地に捨て……」
「デッキから5枚ドローする」
言葉尻を引き継いで、マリクが宣言する。当然だ。この効果は、マリクのデッキにとって最高に近いアドバンテージを叩き出す。
「この瞬間、墓地に捨てられた2体の『暗黒界の軍神シルバ』を特殊召喚する」
白銀の刃を閃かせ、2体の悪魔がフィールドに躍り出る。
「さらに『シルバ』は『相手のカード効果』によって捨てられた時、追加効果を得る。手札からカードを2枚選んで、デッキの1番下に置いてもらおう。2体分で計4枚だ」
引き直した5枚から瞬時に4枚を選び取って、セレスはデッキボトムにそれらのカードを置いた。『和睦の使者』の効果で、このターンにダメージを受ける心配はない。が、アドバンテージの面でつけられた差は、果てしなく大きい。
マリクは5枚の手札に2体の上級悪魔族。対するセレスは効果を使用済みの『メタモルポット』に、手札は1枚のみ。並の決闘者なら勝負を投げる程度には絶望的だった。
たった1ターン。されど、手札と場の状況は実力の差を包み隠さず示していた。
「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ。……ぬるいな、この程度か」
これ以上ないほどの侮蔑を込めて、マリクは言い放った。
「その有り様で、本当にボクを倒す気でいたのか」
だとすれば片腹痛い。いや、それすらも通り越して、
「滑稽だな。セレス」
マリクは意趣返しと言わんばかりに、痛烈に皮肉を浴びせた。
しかし、それでも、
「……私のターンだ」
対する男は、なに食わぬ顔でデッキに指を掛けようとしている。
「サレンダーするなら、今の内だが?」
「誰に言っている?」
マリクの挑発を、セレスは平然と受け流した。そして反駁する。
「ヴォルフ様は常に仰っていた。敗北とは惨めで愚かなものだ。だが、勝利の可能性を自ら捨てる者は、愚か者ですらない。人間以下のゴミクズだとな。私は自分からゴミクズに成り果てるつもりは毛頭ない」
「……忠誠心もそこまでいけば立派なものだよ。死んだ主人の言葉をどこまで律儀に守るつもりだ?」
「それこそ、下らない問いだな」
手を握りしめ、彼は己の胸に手を当てた。
「ヴォルフ様の言葉も、意思も、私の胸の内に確かにある」
たとえ狂人と呼ばれようと。
たとえ犯罪者と蔑まれようと。
セレスにとってヴォルフ・グラントは、仰ぐべき師であり、尊敬すべき1人の人間だった。
「故に、あの方は死んではいない。必ず甦る」
「……それは狂信だよ」
マリクには、それがあまりにも質の悪い冗談に思えて、苦笑を返すことすらできなかった。
そんなマリクに、セレスはあくまで悠然と語り続ける。
「狂っている、か。私はそれでも構わん」
3年前。
ヴォルフが窮地に陥ったその時、セレスは彼の傍らにいなかった。
「ヴォルフ様が亡き世に、価値はない。あの方の死を知って、私がどれだけの苦しんだのか。貴様には想像もつかないだろう」
全てを知り、狂おしいほどの後悔に苛まれた。後を追おうとさえも思った。けれどもセレスは、己の喉元に突き付けた刃を、すんでのところで引き止めた。
勝負はまだ終わっていない。ゲームはまだ終わっていない。生きている限り、命ある限り、それは敗北ではない。
ヴォルフ・グラントならば、這いつくばってでも勝利に手を伸ばす。
「私は今の貴様の生き方を、滑稽だと笑った」
だが同時に、
「貴様も今の私の在り方を滑稽だと嗤う。お互いに信じるものがあるのならば、それを曲げることはできん」
だからこそ彼らは、カードという剣を用いて闘っている。
「我々は共に悪行を成した身だ。貴様が自分の信じるものを変えるのは勝手だが、私が信じるものはあの頃から何も変わってなどいない」
『三幻魔』という力を授かりながら、あの『ルーンの瞳』にセレスは負けた。負けたせいで、主を救うことが敵わなかった。
セレス・ゴドウィンは誓ったのだ。
「ゲームは、勝たなければ意味はない」
主と再び出会う、その日まで。
「狂信、大いに結構。私が求める力は、狂わなければ辿り着けぬ地平にある」
自分にはもう二度と、敗北は許されない。
「その為に、貴様という存在はここで踏み越えなければならん」
たとえ捨て去った力であっても、忌むべき一族の力であっても、構わない。
醜かろうと、惨めであろうと、すがりついて、
「喜べ。いいものを拝ませてやる」
必ずや、勝ち続けてみせよう。
「私のターン、ドロー!」
ドローカードは、見るまでもない。一瞥すらせずに、セレスはカードをそのままデッキトップに戻した。
「なにを……?」
「手札のカードを1枚、デッキの上に戻すことで、このモンスターは墓地から特殊召喚できる」
壊れたはずの命が再び寄り集まり、動き出す。
「『チューナーモンスター』、『ゾンビ・キャリア』を特殊召喚」
継ぎ接ぎだらけの身体を無理矢理に動かして、墓場からそのモンスターは這い出でた。ステータスは低い。他に効果もない。だが、マリクはそのモンスターを警戒し、目を細めた。
「チューナー……モンスター?」
聞いたこともない言葉だった。
「さらに私は『再生ミイラ』を召喚。貴様が渡した『メタモルポット』も使わせてもらうぞ」
「なにを……?」
「私はレベル4の『再生ミイラ』とレベル2の『メタモルポット』に、レベル2の『ゾンビ・キャリア』をチューニング!」
死者の塊だったモンスターの体内に、輝く星が2つ。明度を増し、弾けるように飛び出したそれらは光の輪となって宙を舞う。
「傷痕を舐め――」
さらに、連なる星が6つ、
「腐敗を啜り――」
輪の中で列を成す。
「――絶望を喰らう龍よ」
光輪を貫き、輝く道となり、
「漆黒の闇と共に、魔の頂きへと駆け上がれ」
そして、
「シンクロ召喚」
――――暗転。
白は黒に塗り替えられ、光は闇へ飲み込まれる。
直後に響いたのは、地の底をも震わす咆哮。どす黒い闇の中から、双頭の龍が浮上する。
「貪り食らえ」
双頭から発せられる力強い叫びに、か細く儚げな女の声が添えられる。異形の龍の身体には、上半身だけの女が磔にされていた。
「『魔王龍ベエルゼ』」
噴出する闇の中、マリクは確かに見た。
闇の中でも煌々と輝く、赤い光。セレス・ゴドウィンの右腕に浮かび上がっているそれは……
まるで、龍の頭のようだった。
投稿開始日がなぜかズレていますが、本日でこの作品も連載一周年を迎えました。
伏線やら設定やらでごちゃごちゃしている感はありますが、広げた風呂敷は畳む覚悟でいるので、これからも『ルール改定に駆けた男のロード』をよろしくお願いします!