ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

62 / 66
60.「お前のそれは愛じゃない」

 疼く。

 

 セレス・ゴドウィンは、自身の右腕に視線を落とした。赤い『痣』は存在を誇らしげに主張するかのように光り輝いているが、それとは対照的に、彼の表情は苦い。

 

「……相も変わらず、醜悪な龍だ」

 

 魔王龍を見上げたセレスの口から、呟きが洩れる。事実『ベエルゼ』の姿は、『龍』という種族にカテゴライズするには、些か以上に常軌を逸していた。足と呼べるパーツはなく、太い尾が下半身に当たるのか、忙しなくうねっている。上半身には裂けるような巨大な牙と、虫を連想させる複眼。胴体の直上には裸体の女が貼り付き、裏側からは双頭の龍の首が伸びていた。

 その外見は、もはや言葉を尽くして語るよりも一言で述べた方がはやいだろう。

 異形、と。

 セレス自身、『魔王龍ベエルゼ』を『ソリッドヴィジョン』を使用して召喚するのははじめての経験だったが、失敗するとは微塵も考えていなかった。むしろ『チューナー』を呼び出したその時から、腕の『痣』は彼を急かすように熱を持ち、輝きはじめていた。

 はやく使えと、言いたげに。

 果たして、それが『痣』の意思なのか、それとも『龍』の意思なのかはセレスには分からない。特に分かろうとも思っていなかった。力は力。強ければ良い。弱ければ使えない。それだけだ。

 

「……バトル」

 

 そして、この龍は強い。

 頭の中の雑念を振り切り、右腕を勢いよく振り上げて、セレスは『シルバ』を指差した。

 

「『魔王龍ベエルゼ』で『暗黒界の軍神シルバ』を攻撃!」

 

 力強い宣言に、放心状態で『ベエルゼ』を見上げていたマリクは、はっと我に返った。

 はじめて見た召喚方法。得体の知れないモンスター。しかし、彼とて歴戦の決闘者である。攻撃宣言を認識したあとの反応ははやかった。

 

「やらせるか! リバースオープン! 『聖なるバリア-ミラーフォース』」

 

 2体の『シルバ』を取り囲むようにして、半透明のバリアが瞬時に形成される。鏡の名に違わず、ありとあらゆる攻撃を跳ね返す絶対の盾。デュエルモンスターズにおいて、最も知名度の高い最強の罠カード。

 しかし魔王龍は、構わず突き進んだ。

 

「な……?」

 

 マリクは驚愕し、それ以上の言葉を失った。

 発動自体が無効にされたのであれば、まだ分かる。攻撃反応系罠カードは、うまくきまれば強力でも発動前に破壊されることも多く、仮に発動しても『盗賊の七つ道具』のような『カウンター罠』で発動自体を無効にされるのは、決して珍しい話ではない。

 だが、これは……

 

「無駄だ。『ミラーフォース』ごときでは私の『ベエルゼ』は止められん」

 

 セレスの言葉通り、魔王龍は『ミラーフォース』に攻撃を反射され、漆黒の巨体に傷を負いながらも構わず前進していた。どす黒い皮膚を抉り取られ、頭頂の女が苦悶の声を響かせても気にも止めず、双頭で鏡面に打撃を加える。表面に徐々にヒビが広がっていく。

 『ミラーフォース』は確かに発動していた。にも関わらず、この龍は、

 

「破壊できない……?」

 

 呟きと同時に、最強であるはずのバリアは粉々に砕け散った。防御の要を失った悪魔達は、もはや龍に蹂躙されるしかない。

 

「食らえ。グリーフ・プレデーション!」

 

 せめてもの抵抗で魔王龍に白刃を突き立てようとした『シルバ』は、しかし刃ごと砕かれ、捕食されてしまった。

 

「がっ……!?」

 

マリク LP4000→3300

 

 遅れて襲い掛かるダメージ。その予想以上の衝撃に、堪らずマリクは片膝をついた。

 純粋な痛みだけなら、おそらく『闇のゲーム』にも引けを取らない。それほどの痛みだった。

 対するセレスは苦悶するマリクの様子にも、何のリアクションも示さず、

 

「他にカードがない以上、やれることもない。私はターンエンドだ」

 

 そのままターンを終えた。

 

「くっ……ボクのターン、ドロー!」

 

 まだだ。このままやられるつもりはない。

 脂汗を拭い、マリクはあらためて自分の手札とフィールドの状況を見回した。

 セレスのフィールドには、魔王龍が1体のみ。『ミラーフォース』は無効化されていないが、破壊はできなかった。つまり、あのバケモノは魔法や罠の効果に対して何らかの耐性を持っていると考えた方が自然である。

 

「ボクは『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚!」

 

 呼び出されたのは『暗黒界』の中でも下級に属する槍兵。魔王の名を冠する龍を打破するには、役者不足も甚だしい。

 故に、マリクは手札から次の一手を、魔法カードを抜き放つ。

 

「ボクは手札から魔法カード『受け継がれる力』を発動! 『ベージ』を生け贄に捧げて攻撃力を『シルバ』に加える!」

 

『暗黒界の軍神シルバ』

ATK2300→3900

 

 『暗黒界』は手札を捨てるという独特の展開方法を持っているが、その反面、攻撃力に関しては高い能力値を持つモンスターが少ない。そんな弱点を補う為の1枚が『受け継がれる力』だ。

 魔法や罠による搦め手が通用しないのなら、真正面から打ち破るしかない。純粋に、単純に、攻撃力を上げて。

 槍兵の魂を捧げられ、軍神の力が目に見えて増した。

 

「バトルだ! 『シルバ』で『魔王龍ベエルゼ』を攻撃!」

 

 手首から生える曲刀を、身の丈以上に伸ばして『シルバ』は『ベエルゼ』に斬りかかる。『ベエルゼ』以外にカードのないセレスに防ぐ手立てがあるハズもなく、白刃は魔王龍を真正面から切り裂いた。

 

「っ……」

 

セレス LP4000→3100

 

 切り裂いた、が。

 

「そんな……バカな」

 

 マリクは信じられない思いで目の前の魔龍を見上げた。

 効果で破壊できないのであれば、戦闘破壊を試みる。決闘者として当然の考えだ。ならば、何が間違っていたというのか?

 何も、間違ってなどいない。マリクの思考は正しかった。ただ『魔王龍ベエルゼ』の能力が、彼の予想を遥かに上回っていただけだ。

 

「『魔王龍ベエルゼ』は破壊できない」

 

 簡潔に、端的に。セレスが事実を述べる。

 破壊できない。その一言は、マリクの気勢を削ぐには充分過ぎる衝撃を伴っていた。

 

「さらに、私が受けたダメージの数値分だけ『ベエルゼ』の攻撃力はアップする」

 

 受けた傷が妖しく光り、魔王龍は嘶く。その叫びは苦悶か、それとも悦びか。

 いずれにせよ、『ベエルゼ』はダメージを全て力へと変換する。

 

『魔王龍ベエルゼ』

ATK3000→3900

 

「くっ……なんなんだコイツは?」

 

 マリクは信じられなかった。あの『三幻神』でさえ、攻撃力で上回れば突破は可能だったのだ。しかしこの龍は、戦闘でも魔法でも罠でも破壊できない。攻撃力で上回っても、上回った分だけ攻撃力を上げてしまう。

 絶対に倒れず、全てを喰らい、全てを征す。

 マリクには確かに、その龍が『魔王』の威容を誇っているように思えた。

          

「……リバースカードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

 手がないわけではない。絶対に破壊されないのであれば、破壊以外の手段で除去すればいいのだ。『強制脱出装置』によるバウンス。『ブラックコア』による除外。それを為せるカードは、いくらでも思い付いた。

 けれど、

 

「…………くそ」

 

 今のマリクの『デッキ』には、それらのカードがない。バウンスができるカードも、相手モンスターを除外できるカードも、残されていなかった。

 さらにマリクは、最悪のケースを想像する。

 

「私のターン、ドロー」

 

 セレス・ゴドウィンのデッキに残されている『シンクロモンスター』が、あの『魔王龍』1枚だけである保証はどこにもないのだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「最悪だわ……」

 

 セレスがアレを持っていることを、十六夜美夜は当然知っていた。しかし、使うとは聞いていない。元々は自分が立案した計画だ。それが予定通りに事が進まず、手助けを受けている立場なのは重々理解している。本来は文句を垂れることすらできないのも、よく分かっている。

 けれども、これは許容できる行動ではない。美夜は、親でも殺すような目付きで腕に浮かび上がってきた『ソレ』を見た。

 

「本ッ当に最悪だわ」

 

 龍の『腕』のようなカタチをした、己の『痣』を。

 

「なんだそれは?」

「あら、あなたには関係ないわ、イケメンくん。八つ当たりで申し訳ないけれど、私は今すごく機嫌が悪いの」

 

 ラルフの追及をするりとかわして、美夜は決闘盤を向けた。とりあえず現状の苛立ちを叩き付ける相手としては、目の前の色男は最適に思えた。

 

「…………え?」

 

 ところが、だ。

 

「これ……は?」

「ラルフさん……?」

 

 美夜も、ラルフの後ろで怯えのあまり座り込んでいたフィーネも、そしてラルフ自身も。この場にいた全員の視線が、一箇所に釘付けになる。

 

 ラルフ・アトラスの右腕には、十六夜美夜と同様に、赤い光が輝いていた。彼女と違うのは、それが龍の『翼』のカタチを成していることだった。

 

「へぇ…………」

 

 『ソレ』をみた瞬間に、美夜の気分は180度変化した。既にセレスに対する怒りは吹き飛び、多大な感謝にすり替わっている。自分でも、全身の産毛が逆立つのが分かった。

 

「嬉しい……とっても嬉しいわ。こんなところで見つけられるなんて!」

 

 興奮が止まらない。身体の奥から、熱が溢れ出てくる。

 

「貴様……何を言っている?」

「あなたが何も分からないのは当然。だから気にしなくていいのよ」

 

 困惑するラルフをよそに、美夜はそう告げる。浮き足立つ自分を自覚しつつも、彼女はセレスが『アレ』を使った影響を冷静に分析していた。

 もしもセレスの『痣』の影響で、ラルフ・アトラスにも力が発現したのだとすれば、その『魔力』の波長は決して軽視できるものではない。

 

 ――おそらく他の存在にも、影響は及んでいるのではないか?

 

 美夜は一瞬、今回のターゲットである1枚のカードを思い浮かべたが、

「ま、いいか。私のせいじゃないし」

 

 すぐに思考を打ち切って、再び決闘盤を構え直した。自分の目的が『あのカード』であったのは事実だが『それ以外の目的』は、現時点でほぼ達成できている。それになにより、目の前にこんなにおいしそうな研究対象がいるのに、放っておく理由がない。

 

「むふふ……」

 

 含み笑いを洩らして、美夜はペロリと舌を舐めた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それは『光』だった。

 

「なにがどうなってんだ……?」

 

 ルースは、十代の体にまとわりつく白いオーラ――やはり『光』と形容する以外に表現が思い浮かばない――を見て、低く呻いた。

 

「くククク……あハハはハははハハハハは!」

 

 狂気、否、狂喜か。理性を疑うほどの笑い声が炸裂する。手札0枚、フィールドにもカードはなく、残りライフは400。そんな状況下で、十代の中の『ユベル』は、笑い、嗤い、わらう。

 

「ちから、チカラ、力だァあ! ボクのナカにたくさんの力がソソガレてくる! アあ、キモチイイ! 気持ちイイなァあア!」

 

 もはや意思の疎通も望めそうにないユベルの叫びを前に、ルースは押し黙っていた。

 

「ホントウにキモチイイよ! こレデようやく、オマエをブッツぶセルんダカラナァアアアアア!」

 

 さっきまでとは、同一の精神とは思えない。ルースは『ルーンの瞳』に力を込めて、ユベルを注視する。もう勝てないと思い、この精霊は気が触れたのだろうか?

 いや、違う。

 ルースの直感と、彼の『ルーン』の瞳は2つの事実を確かに見抜いていた。

 十代にまとわりつく『白い光』が得体の知れない危険なモノであること。

 そして『ユベル』が、未だに勝つつもりでいることを。

 

「ボクノターン、ドロー!」

 

 事実、ドローカードを一瞥した『ユベル』は、十代の口角をあり得ないほど吊り上げて喜びを表した。

 

「アあ……十代、やっぱりキミは最高だよ! キミはマチガイナク、カードに愛サレタ人間だ! カードを引クこの腕が、カードに触れるこの指ガ、このカラダがアッテこそ、これからハジマルボクの逆転劇は輝くんだ! だから十代! ボクはキミにココロからノ感謝を捧げヨウ! そしてキミをココロから愛そう!」

 

 高らかに宣言して、ユベルはカードスロットに、今持ち得る唯一のカードを差し込んだ。

 

「魔法カード『思い出のブランコ』を発動!」

 

 凶悪極まりない叫びとはまるで噛み合わない、優しげなカード名に、ルースは耳を疑った。

 

『思い出のブランコ』

通常魔法

自分の墓地の通常モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊される。

 

 ルースとて、そのカードを知らないわけではない。『思い出のブランコ』は通常モンスターを蘇生する、いわば制限付きの『死者蘇生』とでも言うべきカードだ。十代のデッキには確かに通常モンスターが多かったから、投入されていても不思議はない。ただ、その効果でこの状況をひっくり返すことができるとは、ルースは思えなかった。

 だが、その考えが甘いことは、蘇生されるモンスターで証明されてしまった。

 

「ボクは墓地から『デュアル・モンスター』である『魔族召喚師(デビルズ・サモナー)』を特集召喚スル!」

「なっ……? 『デュアル・モンスター』だと!?」

 

 そういうことか。ルースは己の浅い考えを改めて、出現したモンスターを見詰めた。

 『デュアル・モンスター』

 つい最近実装されたばかりのこのカード郡には、2つの大きな特徴がある。

 効果モンスターであるにも関わらず、ある条件を満たすまでは墓地やフィールドで『通常モンスター』として扱う点。

 そして、そのターンの通常召喚権を使用、即ち『再度召喚(デュアル)』することで、特有の強力な効果を発揮できる点だ。

 しかし『デュアル・モンスター』は本当につい最近パックへの収録がスタートしたばかりだ。ましてや『魔族召喚師』はその中でもかなりのレアカードに当たる。ユベルと相対していた決闘者がルースでなければ、はじめて見るモンスターに首を傾げていただろう。

 

「お前、そのカードをどうやって手に入れた?」

「愚問だな。言ッタだろう? 十代はカードに愛される人間ダ。特別ナカードをパックから引キ当テルことナド造作もないのサ」

「はっ……そいつは大した豪運だな」

 

 できれば引き当ててほしくなかった、とはさすがに言えまい。パックからカードを当てた十代に罪はない。罪深いのは、それを我が物顔でいけしゃあしゃあと操る厚顔な精霊の方だ。

 

「さア! 効果発動とイコウじゃないか! ボクは『魔族召喚師』を『再度召喚(デュアル)』する! 秘めラレタ力を解放せよ!」

 

 悪魔の召喚師は複雑な文言を紡ぐと、左手に携えた杖を高々と掲げた。

 

「ボクは墓地よりボク自身……『ユベル』を特殊召喚する!」

 

 黒という色以外の存在を否定するかのような、漆黒の底無し沼。サモナーが召喚陣として設えたその場所から、ヒトガタの悪魔が浮上する。絶妙な曲線を描く身体から、闇の雫が滴り落ちる。目を見開き、彼とも彼女ともつかぬモンスターは、微笑を浮かべてフィールドに降り立った。

 

『ユベル』

闇/悪魔族

ATK0/DEF0

 

「ようやく本物がお出ましってわけか……」

 

 手札1枚からまんまと自分自身を呼び出してみせたプレイングには舌を巻かざるを得ないが、それでもルースには動揺の二文字はなかった。『ユベル』はその効果の特性上、どうしても相手の攻撃を待つか、もしくは誘導しなければならない。攻守のステータスがゼロである以上、自ら攻撃を仕掛けることは不可能。そして、ユベルには自身を含めた2体の悪魔族モンスター以外に残されているカードはない。

 

「ようやく自分を召喚できたのはいいが、そっからどうするつもりだ? お前、もう他にプレイできるカードが残ってないだろ?」

「その言いヨウ。キミはどうやら『魔族召喚師』の効果も知ってイルようダナ?」

 

 肯定だ。ルースは『魔族召喚師』の効果を把握している。あのモンスターの効果で特殊召喚した悪魔族モンスターは『魔族召喚師』が破壊された時、運命を共にして破壊されてしまう。そして『思い出のブランコ』で蘇生したモンスターも、エンドフェイズに破壊される。つまり、このままターンが終わればせっかく並べた2体の悪魔達はあえなく全滅だ。

 

「このままじゃ、お前のしもべ達は仲良く墓場に逆戻りだぜ?」

「ソウダナ、だが、ソレデイイ」

 

 ルースの挑発を『ユベル』は受け流して、

 

「ボクはターンエンドだ」

 

 

 信じられないほどあっさりと。ルースにターンを譲る宣言をした。

 エンドフェイズ。『思い出のブランコ』の効力を失い『魔族召喚師』は消失。それに伴い『ユベル』も破壊された。

 あまりにも拍子抜けするその光景に、ルースはしばし唖然とした。

 本当に? 何の策もなかったということか?

 

「…………おいおい、一体どういうつもりだ? せっかく呼び出したモンスターをそのまま墓地送りにするなんざ、初心者でもしないバカなプレイだぜ?」

 

 うっすらと。

 これまでのような嘲笑でも狂笑でもなく、本当に薄く薄く薄く。

 『ユベル』は笑った。

 

「ハハ……バカナプレイか……」

 

 問いに対する返答は、

 

 

「ソレハドウカナ?」

 

 

 言葉ではなく、破壊だった。

 

「ッ……な?」

 

 エンドフェイズは、まだ終わっていない。

 

「なんだよっ……? これは!?」

 

 ルースの周囲を取り囲んだのは、闇。

 墨汁の原液をぶちまけたような黒は一瞬でフィールドを一色に染め上げ、覆っていく。

 気づいた時には、ルースの『黒蠍』達はそれに飲み込まれ、姿を消していた。

 

「クッククク……アハハハハハ!」

 

 対して。

 全てのモンスターが消滅したハズのユベルのフィールドに、そのモンスターは存在していた。

 かろうじてヒトガタであった原型は、もはや留められていない。翼は肥大し、腕も足も太く、爪と牙はより鋭く。人間の頭部にあたるパーツは消失し、かわりというにはあまりにも異形の竜の双頭。その首もとには、たった一つの巨大な眼。

 

「『ユベル-Das Abscheulich Ritter』 それが、ボクの進化形態の名だよ」

 

 ユベルの声は、熱にうかされた子供のようだったが、姿を変える前よりも、逆に口調ははっきりしているように思えた。それがまた、言い様のない不安を募らせる。

 

「エンドフェイズにボク以外の全てのモンスターを破壊する。進化したボクの能力だよ」

 

 十代の中にいる『ユベル』と、正真正銘の異形となった『ユベル』 どちらの『ユベル』が本物かは分からなかったが、声はどちらからも聞こえていた。

 

「お前……何をした? どんなカードを使った?」

「ボクは優しいからね。特別教えてあげよう。ボクは何も使っていないよ。進化したボクが召喚されたのは、元々のボク自身の能力だ」

 

 ルースは愕然とした。それはあり得ない。事前に確認した『ユベル』のカードのテキストには、そんな効果は記されていなかった。だが、こうして進化した『ユベル』が出現した以上、今の言葉を一笑に伏すこともできない。

 考えつく答えは、ひとつ。ルースの首筋を、切るように冷気が一撫でする。

 

「まさかお前……『書き換えた』のか? 自分の能力を?」

「愛は不可能をも可能にする。愛があればボクにできないことはないよ」

 

 解答のつもりなのだろうが、もはや十代の中に潜む『ユベル』の笑顔は、悪魔さながらの形相だった。

 

「さあ、キミのターンだ。キミもいい加減、ボクの愛を認めたらどうだ?」

 

 ユベルは勝ち誇っていた。

 突然自分の中に入ってきたあの力が、何なのかは知らない。ユベルはそんなことはどうでもよかった。大事なのは、自分がそれをものにして、新しい力に変化させたという事実だけだ。

 沸き上がってくる、力。これさえあれば、出来ないことはない。自身の効果をも『書き換えた』今の自分には、デュエルモンスターズを介して行う行動に不可能はないように思われた。

 フィールドには自身の写し身が1体のみ。けれど、ユベルに不安はなかった。むしろ、フィールドに『自分』しかいないという状況が、たまらなく心地良い。

 

「どうした! はやくしろ、キミのターンだ!」

 

 愛しい愛しい十代の顔。その十代の顔を思い切り破顔させて、ユベルはルースにターンの開始を求めた。

 だが、

 

「……なんだ、お前」

 

 そうして得た力に酔いしれていたユベルが――十代の顔をまた違う表情に変えた理由は、意表を突かれただけではなかった。

 ユベルにとっては、これだけの『魔力』をふき散らし、通常の精神を保っていられるだけでも、目の前の男の気力は大したものだと、内心思っていたのだが、

 

「……くくっ……ははっ!」

 

 それに加えて、自分と同じように笑みを浮かべられていたとあっては、逆にルースの気が触れたのではないか、と疑う他なかった。

 フィールドの状況を逆転され、カード効果の『書き換え』などという、馬鹿げた現象に立ち会ったというのに。

 あろうことか、ルース・フォックスターは腹を抱えて笑っていたのだ。

 ユベルには、彼がこの状況下で笑っていられる理由が分からなかったが、それはある意味、単純明快なものだった。

 執拗なまでに繰り返される『単語』を聞いて、ルースの頭は氷の芯を通したように冷えていたのだ。

 

「……なにがおかしい?」

「いや、そりゃおかしくもなるだろ。悪魔が愛を謳っているんだからな」

 

 超常の力に対する焦りや驚愕は、いつの間にやら消えていた。ただ、この精霊が、これだけの『力』を振るう悪魔が、そこまで愛に拘っているという事実が、

 

「正しい? お前の『愛』が? 冗談はその不気味極まりない姿だけにしてくれよ」

 

 なぜだかとても、ルースを冷静にさせた。

 どんなに強がろうと、どんなに不気味だろうと、常人には理解し難いように思える『ユベル』の心が、ルースには透けて見えた気がした。

 

「冗談だと……虚仮にするのも大概にしろよ、ニンゲンッ! お前はボクの愛をどこまで馬鹿にする気だ!」

「どこまでも馬鹿にしてやるよ。間違っているものを間違っていると言って、何が悪い?」

 

 とぼけたルースの態度に、ユベルの感情が爆発する。

 

「うっざいんだよ! お前!」

 

 叫びは止まらない。一度堰を切ったそれは、声音も表情もタガが外れて壊れていく。

 

「へらへら笑いヤガッテ! 何度も何度もナンドもなんども何度もナンドも繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、ボクの愛を否定シヤガッテ! 本物なんだ本物なんだホンモノなんだ本物なんだホンモノなんだ本物なんだ! ボクの愛は本物ナンダ! どうしてそれを認めナイ! お前らは認メテくれない!?」

「じゃあ逆に聞くが、お前の言うその愛は、どうやって証明する?」

「ボクがこんなに! こんな姿にナッテマデ、十代を守ろうとする事こそが、ボクの愛の証明だ! ソレでなにが不足なんだ!?」

「悪いが、それじゃあそもそも証明にはならないんだよ」

 

 まとも聞き入れれば、心が押し潰されそうなほどの感情の発露を、ルースは肩を竦めて受け流す。

「俺の同僚には、お前みたいに、それこそ馬鹿みたいに1人の女を追っかけた男がいた」

 

 時の流れは、はやい。もう3年前の話になるのだから。

 

「お前とそいつ、何が違うのか。考えてみれば、すんなりと浮かんできた。シンプルな答えだよ。結局、お前には自分の気持ちしかないんだ」

 

 指を刺して、十代の中に隠れている、ユベルに向けて言う。

 

「ボクが、ボクの、ボクはって、さっきからお前はそれしか言わねぇ。お前一人の気持ちで、愛が証明できるわけがないだろうが」

 

 きっと、今の『ユベル』を見たら、遊城十代は悲しむだろう。十代が『ユベル』を突き放す選択をしたのは、彼が『ユベル』を好き『だった』からだ。

 ルースが見たあの二人もそうだった。あの二人は互いを傷つけ合って、想い合って、それでも自分の意志を曲げられなくて、一度は互いに戦う道を選んだ。

 その結果が『引き分け』だったのだから、本当に救い甲斐のないバカップルだ。

 

「お前は十代くんと戦えるか?」

「何を言っている? ボクが十代を傷ツケるワケがないだろうっ!?」

「そうだよな。戦えないよな。十代くんに今の自分の在り方を否定されて、お前は顔を合わせて言葉を交わそうともしなかった。否定されても、必死にそれから目を背けて、無理矢理にでも十代くんの側にいようとした」

「それのナニが悪い!?」

「悪いね。もしも本当に相手を想う気持ちがあるのなら、人間は大切な誰かの行動を否定しなきゃいけない時もある。大切に想うからこそ、だ。十代くんは、それをしたんだよ」

「…………だまれ」

 

 ルースは静かに、デッキからカードを引く。決闘に勝つのは、絶対条件だ。

 

「認めるのがこわかったんだろ? 今のお前を十代くんは『好きじゃない』んだ。だからお前は、突き放されたんだよ」

「だまれ、ダマレ、ダマレ黙れダマレ黙れ黙れ!」

 

 残酷な行為であるのは、ルースも理解していた。しかし、この精霊には決闘の正否以前に、分かってもらう必要がある。分かった上で、旅立ってもらわねばならない。

 息を吸い込み、腹に力を入れて、張り裂けそうな大声で、ルースは叫ぶ。

 

「いいかっ!? 耳の穴がどこにあるのか分かんねぇから、その気味が悪い真ん中の目ん玉をかっ開いて、よく聞きやがれ、クソ精霊ッ!」

 

 叫ぶ。このこっ恥ずかしいセリフを、馬鹿にむかって叩きつける。

 

「お前のそれは愛じゃない。愛は二人分の気持ちが揃って、はじめて成立するもんなんだよ!」

 

 気取った鼻っ柱を、叩き折る。

 

「その一方通行の感情はな、人間の中じゃ、愛じゃねぇ! ただの『恋』だ!」

 

 はじめて。

 十代の表情が『喜』でもなく『怒』でもなく『楽』でもなく、悲しげな『哀』に染まった気がした。

 

「俺は魔法カード『死者蘇生』で『首領・ザルーグ』を復活! リバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

「ぼ……ボクはっ……ボクは負けない! ボクにはまだ奥の手がある! ぼくには最後の進化が残されている! だからお前なんかに! 負けるわけがないっ!」

 

 喚くさまは、まるで年頃の子供のようだった。ルースには、もう強がりを言っているようにしか聞こえない。

 願わくは、はじめてみせたその表情が、この精霊の本質であり、本心でありますように。

 

「ぼくのターンッ!」

「リバースカード、オープンッ!」

 

 鳴り響くのは、無機質な機械音。

 

「進化だがなんだか知らねぇが、俺はもうこれ以上、お前の気持ち悪い姿を拝む気はない」

 

 罠カード『破壊輪』

 情念にまみれたこの決闘を締めるのには、これくらいのカードの方がいいだろう。

 

「対象は『ザルーグ』だ。宇宙で頭を冷やしてこい」

「いやだっ! ぼくはっ!?」

 

 

 ――――爆発。

 

ルース LP4000→2600

ユベル LP400→0

 

 

「…………っふ」

 

 終わった瞬間に、力が抜けた。まだ、膝が笑っている。

 

「……もう一仕事か」

 

 呟いて、ルースは倒れている十代に近づく。

 時間はない。けれど、なるべくゆっくりと。

 ルースは十代の決闘盤から『ユベル』のカードを抜いた。

 

「…………」

 

 やはり『ユベル-Das Abscheulich Ritter』のカードは、どこにもなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――15:00。

 

 爆発の光明が見えた時点で、セレス・ゴドウィンは自分達の戦略的な『敗北』を悟った。

 

「この状況で打ち上げたのか……」

 

 世論に犯罪組織に屈したと糾弾されたくなかったのか、それとも『ユベル』のカードを手元に残しておくのが、あまりにも危険だと判断したのか。

 いずれにせよ、海馬瀬人の判断の豪胆さには、素直に賛辞を贈りたい。

 

「……ボク達の……勝ちのようだな」

「そうだな。勝負は私の勝ちのようだが」

 

 ずたぼろのマリク・イシュタールを冷ややかに流し見て、セレスは通信用の端末を操作した。

 

「聞こえるか? 博士?」

『……はいはい。聞こえてるし、見えているわよ。見事に打ち上げられちゃったわね、ロケット』

 

 予想通りに不満気な声が返ってきた。

 

「引き上げるぞ」

『やーよ。大体、セレスくんだって勝手に……』

「私は引き上げると言ったんだ。分からないのか『美夜』?」

『…………ズルいわよ。そういうの』

「カードは奪えなかったが、その他の『目的』はほぼ達した。お前の計画通りなのだろう? 問題はないはずだ」

『……あなたが『アレ』を使ったから、こっちはこっちでイレギュラーが発生したのっ!』

「それは帰ってから聞こう」

『馬鹿っ! 鉄面皮っ! 精々脱出で苦労しなさいっ!』

 

 一方的に切られた通信にも、セレスは一切顔色を変えなかった。

 逆に、そのやり取りを聞いていたマリクの顔色が変わる。

 

「ふざけるな! ボクがお前をみすみす逃がすとでも……」

「戯言を抜かすな。私が貴様を見逃すんだ」

 

 瞬間、謀ったようなタイミングで両者の頭上の天井が破壊された。

 

「なんだ!?」

「やっほー! セレスさん! お迎えの時間ぴったんこだよ!」

 

 見上げれば、モンスターを『実体化』させた鬼柳瑞葉がVサインをして笑っていた。

 タイミングとしては上々である。

 

「お前にしてはいい仕事だ。誉めてやる」

 

 落ちてくるコンクリート片によって、マリクとセレスの間に壁が出来ていく。決闘盤を繋いでいたワイヤーもそれらの下敷きになり、あえなく切断された。

 

「待て! セレス!」

「次に会う時まで、その首は預けておく。貴様が今しばらく、セト・カイバの犬であり続けるなら、また相見えることもあるだろう」

「ふざけるな! ボクはお前を――」

 

 天井が完全に落ち、マリクの姿が見えなくなるまで、セレスは視線を動かさなかった。

 

「やっちゃったかな?」

 

 蟻を踏みつけたような気安さで、瑞葉は言った。

 

「お前はそんなヘマはしないだろう」

「お、私って信頼されてるんだね! やっぱりセレスさんは分かってるね!」

「撤収するぞ。待機しているパンドラに連絡を取れ。船をまわさせる」

「あいあいさー♪」

「ああ、それと、その『モンスター』の『実体化』は解け。船までは別の足で移動する」

 

 上機嫌な瑞葉は、えー?と頬を膨らませた。

 

「なんでー?」

「当たり前だ。目立ち過ぎる」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――3:02。

 

「本当はこういう捨て台詞大ッ嫌いなんだけど……仕方ないから置いていくわね」

 

 手にしていた通信機を感情の赴くままに足蹴にし、叩き壊した上で、十六夜美夜はラルフ・アトラスとフィーネ・アリューシアに笑いかけた。

 

「あなた達二人は、私が予約したわ」

 

 眼差しに、欲望に染まった光を踊らせて、

 

「次に会う時は、二人まとめて食べてあげるから……よろしくね」

 

 そう言い残して。

 忽然と、本当に一瞬で。

 

「…………くそ」

 

 言葉だけを置き去りにして。

 まるで瞬間移動のように消えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――海馬コーポレーション、ロケット打ち上げに成功。

 翌日の朝刊は、どんな新聞社であっても、この見出しで埋められていた。

 ただし、そこには単純な賛辞だけが綴られていたわけではなく――

 

 ――デュエルモンスターズに対する批判の声が、紙面に書き連ねられていたことを、付け加えておく。

 




活動報告にキャラ紹介的な何かを載せました。よろしければ覗いてみてください。
ブルーアイズ関連の新規カードが多すぎて、嬉しい悲鳴が……集めきれねぇ……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。