ルール改定に駆けた男のロード   作:龍流

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62.「運命なんだよ」

「イィィイヤッホォオオォオォオウ!」

 

 落ちる。

 ただひたすらに、落ちていく。

 地面はまだ、はるか彼方。激突して死ぬような心配はない。

 しかし。いや、だがしかし。

 

「ァアァハァッアアアアアァ!」

 

 少なくともラルフ・アトラスには、隣で絶叫している――もとい、大声を上げて興奮している彼のようには楽しめない。

 

 スカイダイビング。

 当然、存在は知っていた。ただしラルフは、テレビの中でタレントが飛び降り、画面の中で彼らが絶叫しているのを他人事のように眺めたことしかない。よくもまあ、体を張って仕事をするものだ、と。そんな呑気な感想を抱いていた。ついでに、自分の人生ではこんな体験をすることは一度もないだろう、とも。

 日本語には、こんな諺がある。

 百聞は一見にしかず。

 なるほど、と思わずにはいられない。たとえ何回、何千回詳細なレポートを見て聞いたとしても、体験してみなければこの恐怖は決して分からないだろう。

 

「…………ッ!?」

 

 とりあえず。

 空から自由落下するのは今日で最後にしよう。パラシュートを開きながら、ラルフは心に誓った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……フェニックスさんは、いつも趣味でスカイダイビングを?」

「ああ。いつか息子と一緒にやるのが夢でね。まあ、エドは絶対に嫌だと言っているんだが……ははは!」

「……はあ」

 

 ラルフのげんなりとした問い掛けにも、カードデザイナー『ディル・フェニックス』は満面の笑みで答えた、

 命を削るような経験を終え、ラルフ達はレストランで昼食を兼ねた休憩をとっていた。スカイダイビングや他のレジャースポーツを楽しむ客向けに作られた施設らしく、草原の中にポツンと孤立したように立地している。周囲の景色もきれいなのだが、とりあえず今のラルフにとっては揺れない地面が本当に有難い。

 

「しかし……こんな時期にこんなことをしていてもいいのでしょうか?」

「なんだい? きみ達は私に会いに行くように、海馬社長から言われて来たんだろう? だったら、これは立派な仕事だよ。きみ達をどうもてなすかは、私の自由だからね。だから、ちょっと趣味の遊びに付き合って貰ったんだ」

 

 もてなしでスカイダイビングを経験させられるのだから、アメリカも広い国である。というかそもそも、彼は『おもてなし』の意味を履き違えている気がするのだが、それに突っ込む元気はラルフには残されていなかった。

 

「それに、たまにはこういう趣味に没頭して、仕事を忘れることも大事だと思うよ? きみの彼女も楽しんでくれたようだしね」

 

 ちょうど、フェニックスがそう言ったタイミングで、レストランの扉が開いた。

 入ってきたのは、フェニックスの息子であるエド。まだ小さいその手を引いているのは、フィーネだ。

 

「すまないね、フィーネさん、息子と遊んでもらって。大変だったろう?」

「いえ、エドくんはとってもいい子でしたよ。でも、お腹空いたよね?」

「うん! お腹空いた!」

「はは、そうかそうか。いいぞ、エド。今日は好きなものを食べなさい」

「やったー!」

 

 無邪気に両手を挙げるエドを見て、フィーネは微笑んでいる。飛行機の中での一件以来、そんな表情は見ていなかったので、ラルフはほっとした。

 

「ところで、フィーネさんはどうだったかな? スカイダイビングの感想は?」

「はい! 楽しかったです! なんだか、自分の中のモヤモヤが少しスッキリしました! 機会があれば、また是非やりたいです」

「だ、そうだよ。ラルフくん?」

 

 勘弁してくれ、と思う。

 フィーネが元気になるのは大変結構だが、それで自分が潰れてしまっては本末転倒だ。というか、もう一度やったらまともに立つ気力すら失う自信がある。

 顔を青くしたラルフを見て、フィーネはクスクスと笑った。

 

「こんなに賑やかな食事は久し振りだ。嬉しいよ」

 

 フェニックスも爽やかな笑みを浮かべて、運ばれてきた料理を取り分けた。

 エドと一緒に席につきながら、フィーネが口を開いた。

 

「失礼ですが、奥様は……?」

「フィーネ!」

 

 ラルフの剣呑な声に、華奢な肩がビクリと震える。しかしフェニックスはそれを手で制し、穏やかな声で答えた。

 

「構わないよ、ラルフくん。妻は数年前に亡くしていてね。今はエドと2人暮らしなんだ」

「す、すいません! 私っ……」

「いいんだ。気にしないでくれ。エドはきみが気に入ったらしい。きみさえ良ければ、ぜひまた会いに来てやってほしい。今度は、プライベートでね?」

「は、はい!」

 

 ウィンクするフェニックスに、フィーネも笑顔を戻して頷いた。

 芸術家は偏屈な性格な人間が多いと聞くが、彼に関してはそれは当てはまらないだろうと、ラルフは思う。気さくで明るい人柄は、インダストリアル・イリュージョン社の中でも有名だ。

 

「ところでエド、注文は決まったか? ああ、まずはナプキンを……ほら、袖にソースが付くだろう、気をつけなさい! 決められないなら、パパが選んでやろうか? パパのおすすめは……」

「パパ、うるさい」

「な、何を言うんだエド!? パパはエドのことを思って……」

 

 それと、凄まじいまでの子煩悩っぷりに関しても社内では有名なのだが、これに関しては仕方あるまい。彼は父親として、息子のエドがかわいくてしょうがないのだ。

 あの明るい言動の裏には、幼くして母親を亡くしたエドに寂しい思いをさせたくないという、親心がある。優しい彼ならばこそ、父親としての決意は固いのだろう。

 

「パパ! もう黙って! ぼく、フィーネお姉ちゃんとメニュー選ぶから!」

「そんなっ!?」

 

 ――まあ、やはり何事も、やり過ぎは良くないのだろうが。

 

 

 そして、数十分後。

 注文した料理もほとんどが胃袋の中に消え、食後のデザートも食べ終わった時点で、ラルフはちらりと目配せした。正面に座るフェニックスは頷いて、

 

「悪いが、フィーネさん。またエドと遊んできて貰ってもいいかな?」

「はい。行こっか、エドくん?」

「うん!」

 

 フィーネも、事情については察している。仲良くを手を繋いで、2人は再び外に出ていった。

 

「素敵な女性だ。大事にした方がいいよ」

「それは言われずとも、そうするつもりです」

「でも、気まずそうだ。喧嘩中なのかな?」

「……分かるものですか? そういうことは?」

「分かるさ。男女の機微に疎くては、芸術家はやっていられない」

 

 ペガサス会長の一途な情熱には到底及ぶ気がしないがね、と嘯いて、フェニックスは居住まいを正した。

 

「さて、じゃあ仕事の話をしようか。ルースくんはまだ来ないのか?」

「……飛行機の中で、珍しい人物と会いまして。その人物と、交渉中です。ルースは彼と面識があったようなので」

「誰なんだい? それは?」

「『城之内克也』です」

 

 ほう、とフェニックスは眉根をつり上げた。

 

「それはまた大物だ。彼が復帰してくれれば、最近暗いニュースばかりで意気消沈している決闘者達も、大いに沸くだろう」

「はい、そう思います」

「なら、私の方はなにもやらなくてもいいんじゃないか?」

「そうはいきませんよ。フェニックスさんのデザインするカードは、人気が高い。ましてや、貴方が1人で手掛けた新しい『カテゴリ』のカードの発表ともなれば、かなり大きなニュースになる」

 

 鞄からノートパソコンを取り出し、テーブルの上で開く。アクセスするのは、世界的なニュース情報サイト。様々な事件が取り上げられる中で、デュエルモンスターズの記事もそこにはあった。

 ただし、モニターに浮かぶ文字の羅列は、デュエルモンスターズを批判し、糾弾し、その普及に疑問符を投げ掛ける内容だ。

 

「やはり、カードやソリッドヴィジョンシステムが犯罪事件に利用された……しかもロケット打ち上げ場を襲撃するような、大規模な事件に利用されたという事実は大きい。場所が日本だったのも、尚更です」

「お国柄もあるだろうからね。アメリカよりも数倍、日本国内からの批判の声が強いというのは、まあ頷ける話だよ」

「そういった空気を少しでも払拭するべく、貴方の制作した『カテゴリ』のカードの発表は、やはり大々的に行いたいのです」

 

 そこまで言って、ラルフは頭を下げた。

 

「あの事件の時、現場には自分もいました。自分1人の力で事件を解決できた、などと傲る気はありませんが、やはり責任は感じざるを得ません」

 

 頭を下げたまま、ラルフは押し殺したような声音で言葉を紡いだ。

 

「今のこの世論を覆す為には、貴方の力が必要です。お願いします」

 

 目の前で、ふっと息を吐く気配がして、肩に優しい手がのせられた。

 

「私如きのカードデザイナーにどれだけの助けが出来るかは分からない。だが、全力で協力させて貰うよ」

 

 それに、と彼は付け加えて、

 

「デュエルモンスターズを、エドがプレイできなくなるのは困るからね」

「……ありがとうございます」

「やめてくれ。お礼を言われるようなことはまだ何もしていない」

 

 そう言ってフェニックスは、苦笑を浮かべた。

 

「さて、そうなると、きみには先にみて貰った方がいいかもしれないな」

 

 食器を下げに来た店員を呼び止め、フェニックスは何事か耳打ちする。呼び止められた店員は慣れた様子で頷くと店の奥へと引っ込み、ほんの1分足らずで戻ってきた。

 

「フェニックスさん、これは……?」

「この店にはよく来ているからね。当然こういったものも置いてあるのさ」

 

 彼の手には料理でも食器でもなく、2つの決闘盤があった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「さて、新カード達の初お披露目だ」

 

 決闘盤を装着したフェニックスは、実に楽しそうだった。

 場所は店内から移動し、外の草原。こんな大自然が豊かな場所で決闘をする機会も、そうそうないだろう。ラルフの方も決闘盤にデッキをセットし、準備は万端だ。

 近くには今回の観客が2名。エドとフィーネが座っている。

 

「パパー、頑張って!」

「ああ、任せておけエド! この金髪のお兄さんにパパは社内大会で一度負けているが、今回はそうはいかないぞ! パパの新しいカードと、パパの雄姿をしっかり目に焼きつけておくんだ!」

「……金髪のお兄さんも頑張ってー!」

「なぜだっ!?」

 

 端から眺めている分には、とても仲の良い親子コントである。ラルフは肩の力を抜いた。

 そういえば何のしがらみもなく、純粋に楽しむ為の決闘は随分とひさしぶりかもしれない。エドを膝の上に抱いているフィーネを見ると、やはり嬉しそうだった。

 

「では、はじめるとしようか。言っておくが、敬語も手加減もいらないぞ」

「……では、遠慮なく。いくぞ!」

「よし、来い!」

 

 

「「決闘!!」」

 

 

フェニックス LP4000

ラルフ LP4000

 

 

「私の先攻だ。ドロー! 私は『D-HEROダイヤモンドガイ』を攻撃表示で召喚!」

 

 澄んだ青空、太陽が照らす草原に、ひとつの影が落ちる。

 英雄の名を戴きながらも、その姿はどこか暗い。光ではなく、影の中を歩くことを宿命つけられたような――

 

「……このモンスターが、そうか」

「そう、これが私のデザインした『ヒーロー』だよ」

 

 地上で最高の硬度を誇る宝石を身に纏い、濃紺のマントを靡かせて、『ダイヤモンドガイ』は面をあげた。

 

『D-HEROダイヤモンドガイ』

闇/戦士族

ATK1400/DEF

 

 ステータスはそこまで高くない。攻撃力が1500以下なのでリクルーターには対応しているが、少なくとも先攻1ターン目に攻撃表示で呼び出して安心できるような数値ではない。

 つまり、あのモンスターの真価はその効果にあるのだろう。

 

「私は『ダイヤモンドガイ』のエフェクト発動!」

 

 案の定、右手を掲げてフェニックスは効果の発動を宣言した。

 

「デッキの一番上を捲り、そのカードが『マジック』だった場合、セメタリーに送る。そして私の次のターンのメインフェイズ時に、その『マジック』の効果を発動する!」

「……また、随分と変わった効果だな」

「ふっ……私のデッキトップのカードは『強欲な壺』だ! これで、次のターンの発動が確定した!」

 

 『強欲な壺』のカードを墓地に送り、彼は今までとは少し違う、好戦的な笑みを浮かべる。そして、ラルフに向けて指を3本立てた。

 

「ひとつ、教えておこう。私の『D-HERO』は、お行儀のいい正義の味方じゃない。いわば『ダークヒーロー』だ。『D-HERO』が背負う『D』の意味は、3種類ある。"DESTROY"、"DEATH"。そして……」

 

 指折り数えて、拳が握り締められる。

 

「"DESTINY"。私の英雄達が司るのは、運命なんだよ」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ぜひ、きみには決闘者として復帰してほしい」

 

 自分の前に座る城之内克也と本田ヒロトに対して、ルース・フォックスターは早速本題を切り出した。

 ルースはアメリカに着いたあと、ラルフ達とは一旦別れて、彼らと行動を共にしていた。なんでもこの2人は同級生が出演するミュージカルをわざわざアメリカまで観に来たらしいのだが、悲しいことに英語に関しては『ど』がつくほどの素人だった。ルースがホテルのチェックインなどの雑務を手伝い、数時間を消費してからようやく腰を落ち着けられたのが、この喫茶店である。

 ルースの言葉に驚いたのは張本人の城之内よりも、彼の隣に座る本田の方だった。

 

「城之内に復帰して"ほしい"って……どういうことだよ?」

「知っているとは思うが、今『デュエルモンスターズ』というゲームは、社会的に厳しい立場に立たされている。この際、腹を割って話させて貰うが、城之内くんの決闘者としての名前はかなりデカイ」

 

 『伝説』と呼ばれる決闘者達がいる。

 初代決闘王、キング・オブ・デュエリストである『武藤遊戯』

 彼の永遠のライバルにして、世界に3枚しか存在しない至高の龍を操る『海馬瀬人』

 既にデュエルモンスターズの表舞台からは、姿を消した彼ら。そんな彼らに連なる『3人目』として名前を挙げられるのが、ルースの目の前にいる男だ。

 『城之内克也』

 武藤遊戯のように、流麗なコンボを決めるタクティクスはない。海馬瀬人のように、エースを主軸にした圧倒的な力を見せ付けるわけでもない。

 持てるカードと、時には相手のカードすら利用する、言うなれば泥臭い決闘。窮地に陥れば、ギャンブルカードの一発逆転に賭けるそのスタイルを『博打打ち』と揶揄して嫌う者もいる。

 城之内克也には、武藤遊戯や海馬瀬人のような"特別な何か"が欠けている、と。

 だが、

 

「これは俺個人としての意見だが……俺もきみには、デュエルモンスターズの世界に戻ってきてほしい。俺は『きみの決闘』をもう一度見てみたい」

 

 紛れもない事実として、城之内克也は『伝説』達としのぎを削り、彼らと同じ舞台で戦い抜いてきた。バトルシティでは『神のカード』なしに、あの『ラーの翼神竜』と渡り合った。

 1人の決闘者として、特別なカードの助けを借りず、『神』に挑む。

 それは『オベリスク』を持った海馬や『オシリス』を手にしていた遊戯には、決して成し得なかったことだ。

 故に、ルースは思う。

 彼は、武藤遊戯や海馬瀬人が持ち得ぬ『何か』を持っているのだ、と。

 

「きみにも、きみの生き方があるだろう。身勝手な願いであるのは、重々承知の上だ。だからこそ、頼みたい」

 

 ルースは席から立ち上がって、頭を思い切り下げた。自分より、一回りも年下の青年に向けて。

 

「決闘者に、戻ってくれないか?」

 

 反応を示したのは、やはり城之内ではなく本田の方だった。

 

「おい、城之内。お前、どうするんだよ?」

 

 返事は、簡潔だった。

 

 

「断る」

 

 

 ただ、一言だけ。

 それだけ言えば充分だろうと。言外にそんなニュアンスを含ませた、冷たい一言。

 普段の彼の様子と、先ほどまでの彼の言動とは、まるで正反対。だからこそ、示された拒絶の意志はこの上なく際立っていた。

 

「オレは『決闘者』を辞めたんだ。今さら戻ることなんてできねぇ」

 

 そう言うと、城之内は立ち上がった。

 

「お、おい!? 城之内……」

「ルースさん、だっけか? さんざん世話になっといて悪いが、オレはあんたの頼みは聞けそうにない。頭、上げてくれよ」

 

 ルースと城之内。2人の視線が、交差する。

 

「オレのデュエルモンスターズは、3年前に終わったんだ。だから……無理なんだ」

 

 向けられた背中は、どこか寂しげで、

 

「それに、オレ1人が戻ったところで、デュエルモンスターズに変化なんておきねぇよ。買い被り過ぎだ。今、世の中から色々言われてるのは知ってる。けど、それでこのゲームが終わるんだとしたら――」

 

 ひらひらと振られる手は、頼りなく、

 

「――そういう運命なんだよ」

 

 城之内克也は、逃げるように店を出ていった。

 

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