久々に書いたリハビリみたいなものなので短めですが、ボチボチ再開していこうと思います。
こんな作者ですが、またよろしくお願いします。
全くの無名。素人だった城之内克也という決闘者がはじめて歴史に名を刻んだのは、ペガサス主宰の大規模決闘大会『決闘王国』である。
インセクター羽蛾。
ダイナソー竜崎。
梶木漁太。
当時の日本三強はもちろん、孔雀舞、バンデッド・キース、そして武藤遊戯という最高クラスの決闘者が集う中で、城之内は準優勝という異例の好成績を修めた。
観客の立ち入りは許されず、参加決闘者のみが島内で戦う『決闘王国』の結果は、ペガサスの敗北というあまりにもセンセーショナルなニュースと相まって、当時の決闘界では非常に物議を醸した。
『武藤遊戯』はいい。彼には非公式ながらも『海馬瀬人』を破ったという実績があった。
では――この『城之内克也』という決闘者は、一体何者なのか?
島内の参加者同士で『スターチップ』を奪い合う対戦形式と、『フィールドパワーソース』という対戦場所によって有利不利が左右される特殊なルールから、決闘者達は一時はこう結論付けた。城之内は運よく勝ち上がったラッキーボーイに過ぎない。彼が勝てたのは対戦相手の組み合わせがよかったからだ、と。
しかし、後に一般公開された決闘内容とその結果を見て、彼らは自分達の城之内に対する評価が、別の意味で的を得ていたことを知る。
城之内が対戦した決闘者は、全日本第2位の実力者、ダイナソー竜崎。当時から既にフリーの女性決闘者として名前が知られていた孔雀舞。そして、決闘者ならばその名を知らない者はいない元全米チャンピオン、バンデット・キースことキース・ハワード。
城之内克也は間違いなく、彼ら強敵と闘い、正面から撃破していた。奇抜なプレイングと、持ち前の『運』によって。
彼の勝負運は、客観的に見ても常軌を逸したものだった。『時の魔術師』による一発逆転と、勝利の為ならリスクを度外視するその胆力。『ペガサス・J・クロフォード』と『武藤遊戯』の決闘が一般公開されなかったこともあって、『城之内克也の決闘』は、一部の決闘者の中で大いに話題となった。同時に、『運』で勝ち上がった決闘者、という評価が、後の彼には付いて回ることになる。
賛否両論。世の決闘者達の彼に対する評価は、いまだに真っ二つに割れていることで有名だが、ただひとつ、一致する意見がある。
誰も思いつかないような奇抜なプレイと、どれだけ追い詰められても必ず巻き起こる逆転劇。
『城之内克也』は、最も観客を興奮させる決闘者である、と。
◆◇◆◇
「すんません。なんかアイツが……」
「ああ、いや……気にしないでくれ」
本田ヒロトに頭を下げられ、ルースは慌てて手を振った。こちらが頭を下げる必要はあっても、相手に頭を下げてもらう理由はない。
「もともと、こっちが無理を言ったんだ。ああ言われても仕方がない」
「いや……でも」
口ごもりながら、本田は手元のコップに視線を落として、
「あれは……アイツの本心じゃないと思うんす」
「本心じゃない……?」
「はい。オレと城之内は高校の頃からつるんでいて……わりと付き合いは長いんすけど」
言葉を選びながら、本田は手にしたグラスに力を込めて握り締める。
「アイツは……城之内は昔っからオレと一緒にケンカばっかしていて……けど、そんなオレらを変えてくれたヤツがいたんです」
「じゃあ、それが……?」
「はい。武藤遊戯です」
城之内克也と武藤遊戯が友人なのは、決闘者達の間では有名な話だ。遊戯と海馬が宿命のライバルと呼ばれるのとはまた別の意味で……『盟友』や『親友』と呼ばれることも多い2人である。
だからこそ、姿を消した『武藤遊戯』や事業の多忙さに追われ決闘の機会が減った『海馬瀬人』とは違い、現役で決闘者を"続けるはず"だった城之内への期待は大きかった。
「……教えてくれないか? 彼に何があったのか。話せる範囲でいい。話したくないことは伏せてくれて構わない。だから……」
「話したくない……っていうよりかは、オレの言うことを信じてもらえるかどうか、っていう問題だと思います」
「……それはどういう?」
「言った通りの意味っすよ。それくらい、オレ達が『アイツ』と経験してきたことは荒唐無稽で、現実じゃあり得ないことばっかだった」
なんとなく。
本田の言う『アイツ』とは、城之内ではない別の人物を指しているような。
ルースは、そんな気がした。
「荒唐無稽、ね。そりゃまあ、そうだろうな。よくも悪くも、この『ゲーム』にはオカルトめいた不思議な出来事が付き物だ」
武藤遊戯と海馬瀬人。
デュエルモンスターズ界を牽引してきた彼らは、同時に『神のカード』や『ドーマ』を巡る様々な戦いの最前線に立ってきた。通常ではあり得ない激痛を伴う『闇のゲーム』や、敗者の魂を封印するカード。常識では考えられない数々の超常現象を、彼らは乗り越えてきた。
それは無論、彼らと並び立つ存在である城之内克也も例外ではない。
そして彼らと近い距離にいた本田も、それらの戦いを間近で目の当たりにしてきたのだろう。
だから、
「全部信じるぜ。カードの実体化だろうが『闇のゲーム』だろうが、きみの言う話は、まるごと全部信じて聞く。オレはどこぞの社長と違って、非科学的なオカルトにもわりと理解があるんだ」
「……あんた、色々知ってるんだな」
「頭の固いオジサンだと思ってたか? もうすぐ30になるっていう事実がイヤすぎてね。せめて心はいつまでも少年のままでいようと心掛けてるんだよ」
「ははっ、なんだそれ」
本田は軽く笑って頷くと、水を煽ってからおもむろに口を開いた。心なしか、さっきまでよりも口調が軽くなっていた。
「いいぜ。すげぇ長くなるだろうけど、全部まとめてじっくり話す。時間は大丈夫か?」
「頼んだのはこっちだ。最後まで聞かせてもらう」
「そうだな……とりあえず、城之内がああなっちまった原因は分かってるんだ」
本田ヒロトは、最初から爆弾をぶちまけた。
「オレ達が知っている『遊戯』は、もういねぇんだ」
◇◆◇◆
家に帰ると待っているのは、いつもむせかえるような酒の匂いだった。
城之内の家は、世間で言うところの『父子家庭』だった。ただし、部屋に転がって酒を煽るだけの父親との生活は、果たして『家庭』や『家族』と呼べるのか。城之内には甚だ疑問であったし、そんな父親に頼って生活する気も毛頭なかった。城之内にとって『家庭』という空間は妹の静香がいなくなった時点で崩れており、それが今さら取り戻せるものではないことも、理解していた。
仕事に失敗し、酒に溺れるようになった父親を見限った母親の判断は、とても聡明で素早いものだったと思う。静香を連れて家を出た母親を、責める気にはなれない。結果として静香はクソのような父親と接触することがなくなったわけだし、城之内からみてもそれは喜ばしいことだった。
城之内克也にとって『妹』とはそんな存在だった。何よりもかけがえのないものであり、絶対に守り抜かなければならないものだった。
そう。元々『デュエルモンスターズ』というゲームに本気で取り組もうと思ったのは、それほどまでに大切に思う静香のためだった。全ては、病魔に侵された彼女の治療費を稼ぐ為。『デュエルモンスターズ』というゲーム自体に楽しみを見出だしたわけではない。ゲームに対する愛があったわけでもない。
城之内が決闘をはじめた切っ掛けは単純で明快。
『金』のためだった。
けれど、ふと思う。いつからだろう、と考える。
『決闘』をしたい、と。
勝利の結果、得ることができる『モノ』ではなく、『決闘』自体に魅力を感じ、楽しむようになったのは。
『決闘』をするのは、あくまでも目的の為の手段だった。『決闘王国』で様々な決闘者と戦い、経験を積み、強くなったという自負もあった。事実、城之内はまったくの無名のままペガサス主宰の大会で『準優勝』という快挙を残した。
どんなに考えても、どれだけ悩んでも、結局答えはひとつだ。
――カードもまた、決闘者を見極める。
アイツの決闘に、憧れた。
――背負えるから戦えるんだ。
アイツの背中に、憧れた。
追い付きたいと思った。あんな決闘を、したいと思った。
あの男のような『真の決闘者』になりたい、と。
ずっと走ってこれたのは、前を走る男がいたから。追いたいと思える、背中があったから。
だが、彼はもういない。
武藤遊戯はいても、『アイツ』はもういない。
だから、城之内克也は見失った。
どれだけ走っても、どんなに前に進んでも。
もう二度と、追いつくことはできないのだから。
◇◆◇◆
「私はリバースカードを2枚セット。ターンエンド」
ラルフは目を細めて『ダイヤモンドガイ』を見た。
デッキトップを確認の後、魔法カードなら次のターンの発動を確定させる能力。攻撃力は低いが、このままフィールドに維持されるのは厄介極まりない。
「俺のターン、ドロー! 『ホルスの黒炎竜LV4』を攻撃表示で召喚!」
リバースカードは2枚。真正面から踏み抜くには少々厚い布陣だが、
「バトルだ! ホルスで『ダイヤモンドガイ』を攻撃!」
ラルフはあえて踏み込んだ。
銀翼を羽ばたかせて舞い上がった『ホルス』は、ダイヤモンドの戦士を黒炎で一気に焼き払う。意外なことに、フェニックスは何のアクションも起こさなかった。
フェニックス LP4000→3800
「ふふん。直接見るのは初めてだが……『ホルスの黒炎竜』 やはり美しいモンスターだ。かの『三幻神』と同様、エジプトの神々の名を冠しているだけはある」
だが、と彼は肩を竦めて、
「ただでやられるわけにはいかないな! リバースカードオープン! 『デステニー・シグナル』」
晴天の空には似つかわしくない……そもそもあり得ない、『D』の文字が投影された。
『デステニー・シグナル』
通常罠
自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊され、墓地へ送られた時に発動する事ができる。自分の手札またはデッキから『D-HERO』と名のついたレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。
「私はこのカードのエフェクトにより、デッキから『D-HEROディスクガイ』を特殊召喚する」
『D-HEROディスクガイ』
闇属性/戦士族
ATK300/DEF300
新たに特殊召喚されたヒーローは、やはり攻撃力が低い。どうやらこのカテゴリーは、特殊能力をメインに戦うらしい。
「俺はリバースカードを1枚セットし、ターンエンド。エンドフェイズに『ホルスの黒炎竜LV4』は『ホルスの黒炎竜LV6』にレベルアップする!」
できることなら『LV8』まで持っていきたいところだったが、仕方ない。とりあえず上級クラスの『LV6』まで繋げたのだ。出だしとしては悪くない。
ラルフはまだ見ぬ新たなヒーローの能力を警戒しつつも、静かにターンを終えた。
ラルフ LP4000 手札4
《モンスター》
ホルスの黒炎竜LV6
《魔法・罠》
リバース1
フェニックス LP3800 手札3
《モンスター》
D-HEROディスクガイ
《魔法・罠》
リバース1
「さて、では私のターンだ。スタンバイフェイズに『ダイヤモンドガイ』の効果を適用する。『強欲な壺』を発動。デッキからカードを2枚ドローする」
ドローも含めて新たに2枚を補充し、フェニックスの手札は一気に6枚まで膨れ上がる。
そこから繰り出される彼のプレイングに躊躇いはなかった。瞬時に次のカードを選び取り、決闘盤に差し込んでいく。
「魔法カード『天使の施し』を発動! デッキからカードを3枚ドローし、2枚をセメタリーに送る」
『天使の施し』は『強欲な壺』などとは異なり、直接的なハンドアドバンテージを得ることができるわけではない。しかし、手札の『質』を高めるという意味では、単純な手札増強よりも大きな効果を発揮する。
そして、得られるアドバンテージはもうひとつ。
「私はたった今セメタリーへ送った『D-HEROディアボリックガイ』のエフェクト発動。墓地のこのカードを除外することで、同名モンスターをデッキから特殊召喚する! カモン! ディアボリックガイ!」
自身を除外することによりデッキから特殊召喚される上級ヒーロー。案の定攻撃力は低いが、他に何か特殊な能力を備えている様子もない。となれば『デステニーシグナル』で、後続のモンスターを残したフェニックスの狙いも自然と見えてくる。
即ち、上級モンスターの召喚。その為の生け贄モンスターの確保。
だが、
「私は魔法カード『戦士の生還』を発動。セメタリーから『ダイヤモンドガイ』を手札に加え、再び召喚!」
ラルフは眉を潜めた。フェニックスのプレイングが、いまいち解せない。
彼は通常召喚権を使ってまで『ダイヤモンドガイ』を呼び戻した。あのヒーローはたしかに優秀な能力を持っているが、それでも『LV6』のホルスを突破するには力不足。デッキトップの魔法に可能性を懸けるにしても、そもそも『ホルスの黒炎竜LV6』は魔法カードの効果を"受けない"。
「『ダイヤモンドガイ』のエフェクト発動……『D-HEROダブルガイ』か。残念ながらハズレだ。このカードはデッキボトムに戻す」
淡々とプレイを続けるフェニックスは、訝しげなラルフの様子を見て取ったのか、薄く微笑んだ。
「そう不思議な顔をしてくれるな。心配しなくても、私の『切り札』披露の準備は、既に終了している」
「……なに?」
「通常召喚の権利を使ったからといって、上級モンスターが呼び出せないわけではないさ。私の『D-HERO』はややクセの強いモンスターが多くてね。その分、上級モンスターの召喚条件も特殊なものになっているんだ」
高々と腕を掲げるフェニックスの手には、1枚のカード。
「……このカードは3体のモンスターを生け贄に捧げることで、手札から特殊召喚できる!」
3体の『D-HERO』達は姿を消し、かわりに出現したのは気味の悪い"青色"の水で満たされた沼だった。
いや、むしろ水よりもややドロリとしたそれは、本来の色とはかけ離れた……
「…………血?」
ラルフが無意識に漏らした呟きを聞き、フェニックスはニヤリと笑う。
「正解だ」
瞬間、それは血の沼から浮上した。
滴り落ちる青い液体を振り払うのは、紅色の翼。
人型には似つかわしくない竜のような尾。ような、というのはそもそも間違いかもしれない。その戦士の右腕には、竜の頭部がまるで移植でもされたかのように生えていたのだから。
「カモン!」
一言でまとめるならば、異色。
誰もが抱く正義の『HERO』というイメージ。それを塗り潰すかのような威圧感を放ちつつも、やはり目の離せない不可思議な魅力を持つ……そんなモンスターだった。
「『D-HERO Bloo-D!』」
『D-HERO Bloo-D』
闇/戦士族
ATK1900/DEF600
対峙するラルフ、2人の決闘を見守るエドとフィーネ、そして呼び出した本人であるフェニックスすらも。
誰もが一瞬、時間を忘れて見入っていた。
「……自我自賛になるが……素晴らしい」
拳を握り締め、フェニックスは言う。
「いいモンスターだ。私の好みはどちらかと言うと、ダークヒーロー系でね。恥ずかしい話だが、私の好みがそのまま出ている。このモンスターはいわば、私自身の情熱の結晶だ」
熱っぽい言動には、クリエイターとしての喜びが節々に滲み出ていた。
「無論、見た目だけではない。能力も強力だ。覚悟はいいかな? ラルフ・アトラス!」
「……それこそ無論だ。あなたが全てを注いだカードの力、余すところなく見せて貰おう!」
フェニックスの挑発に威勢よく答えたラルフは――しかしこの時、違和感を覚えていた。
感じる……というよりも、疼くと言った方が正しいかもしれない。
僅かな。けれども確信を持って断言できる違和感があった。
それは頭の中にあるようなものではなく、ましてや胸の内に感じるようなものでもなかった。
『ユベル』のカードを打ち上げたあの日。何故かあの時、赤く輝いた『右腕』から、ラルフはそれを感じていた。
あるいはその意味に、この時点で気づいていれば――
この『決闘』と、その先に待つ『未来』の結末は、また違うものに変わっていたのかもしれない。