08.「ぶっ壊してやるよ」
「なんだろうな? 呼び出しって?」
「知らん。心当たりもない」
「あれ?『真紅眼の黒竜』の一件は?」
「……それはすでにペガサス会長にお話した」
「会長はなんだって?」
「俺の好きな様にしていい。咎める気はない取れた…そう言われた」
「流石会長。心が広いねえ……でも、俺も『真紅眼の黒竜』は吹雪君に渡して正解だったと思うぜ?」
「何故だ?」
「ん~ただの勘かな?」
インダストリアル・イリュージョン社の社長室まで続く廊下。そこを3人の男が歩いていた。
ラルフ・アトラス。
ルース・フォックスター。
ジョン・ハイトマン。
この3人である。
「全く……なんで僕まで」
ため息混じりにボヤいているのはジョンだ。
「お前こそ何かやらかしたんじゃね?」
「君達と一緒にするな」
「なんだよ~一緒に遊園地に行った仲だろ?」
「黙れ。サブリーダーの分際で」
「それは失礼しました。カード開発部、チームリーダー殿」
軽口を叩きあっていると、社長室の扉が見えてきた。先頭のラルフが扉をノックする。
「ルール開発部チームリーダー、ラルフ・アトラス。参りました」
「同じく、サブリーダーのルース・フォックスターです。失礼します」
「カード開発部チームリーダー、ジョン・ハイトマン、失礼します」
扉を開け、入室した先に待っていたのは2人の人物。
インダストリアル・イリュージョン社、会長。ペガサス・J・クロフォード。
インダストリアル・イリュージョン社、社長。アーサー・ハイトマン。
会社の2トップである。
「うわ……ペガサス会長までいるんですか……?」
思わずそんなことを呟くルースに、ペガサスは苦笑した。
「ハーイ、ルース。社長室も中々居心地が良いのデース」
「はっはは。会長室の広さには敵いませんよ。ペガサス会長」
「そんなことはありまセン。インテリアも良いモノばかりデース」
その言葉通り、社長室の中は落ち着いたデザインのデスクや棚でまとめられている。アーサーが若い頃に集めたという、不思議なオブジェクトも室内によく馴染んでいた。
「さて……若い者にインテリアの話をしても、しょうがない。本題に移るとしましょうか、ペガサス会長」
「そうデスね。少々長い話になりマース。座ってくだサーイ」
「はい。失礼します」
「よいしょっと」
「社長、本題というのは?」
ソファーに座ったジョンが、アーサーに質問を投げ掛ける。血の繋がりなど微塵も感じさせない、事務的な聞き方だ。ジョンがアーサーとの血縁を頼って、インダストリアル・イリュージョン社に入社したというのはやはりホラ話だな、とラルフは思った。
「ふむ……諸君は偽造カードやコピーカードと呼ばれるものを知っているかね?」
「偽造カード?」
「要するに我が社が製造したものではない、模倣品のカードデース」
そう言ってペガサスが取り出したのは、魔法カード『光の護封剣』だ。それをアーサーに手渡した。
「見た目としては、我が社のカードとなんの遜色もありまセーン」
「しかしこれまでは、ソリッドヴィジョンシステムに反応するかどうかで、見分けがついていたのだ。だが、ここ最近……」
アーサーが机の下から『決闘盤』を装着し、起動させる。
「このように、ソリッドヴィジョンに対応するカードが出始めてな」
ラルフ達の周りに、光の剣が突き刺さる。紛れもなく、『光の護封剣』のソリッドヴィジョンだ。
「なんと……」
「おいおいマジかよ……」
「厄介なものを……」
3人の反応を確かめると、アーサーは決闘盤を外し、話を続けた。
「これまでも、カードの偽造組織は存在した。だが、あまり表立った行動はしてこなかった」
「それがここ最近。レアカードの『コピー』を増やすためか、行動を活発化させてきているのデース。彼らはプレイヤーを襲い、レアカードの強奪まで行っていマース。このままでは、バトルシティでも多数のプレイヤーが被害に合うでショウ」
「なんと卑劣な……」
ラルフの手がきつく握りしめられる。自分が携わっているゲームが悪事に利用されることなど、許しておける筈がない。ラルフが口を開いた。
「アーサー社長。その組織の詳細は……?」
「……彼らは最近、1人の男を新たなリーダーとしているようだ。男の名は『マリク・イシュタール』 組織の名は……『グールズ』」
そこまでアーサーが言うと、ペガサスが立ち上がり、3人を見据えた。いつものペガサスが見せない、真剣な表情だ。
「ユー達には日本に飛んでもらい、バトルシティの円滑な進行の手助けをして貰いたいのデース」
「進行の手助け?」
「ユー達をインダストリアル・イリュージョン社の中でも屈指の決闘者と見込んでのお願いデース……バトルシティに潜んだ『グールズ』を狩ってほしいのデース」
『グールズ』を狩る。
ラルフ、ルース、ジョンはこれから与えられる大きな役割に、表情を固くした。
◇◆◇◆
「これはこれはマリク様。こんな汚いところに遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
「御託はいらないよ、ヴォルフ。ボクは忙しいんだ。手短に済ませよう」
「はいはい」
薄汚く、暗い部屋の中には4人の男。
グールズの首領『マリク・イシュタール』とその側近『リシド・イシュタール』
グールズの偽造カード製造の最高責任者にして、現No.2『ヴォルフ・グラント』とその側近『セレス』
暗い部屋に似つかわしく、しかし雰囲気は組織の会合とは思えぬほどに重く、張り詰めていた。
「で? 今日はなんの御用ですか?」
「バトルシティまで2週間を切った。遂に『神のカード』を巡る戦いが始まる」
『神のカード』
『オベリスクの巨神兵』
『オシリスの天空竜』
『ラーの翼神竜』
莫大な力を持ち、ペガサスでさえ恐れ、封印した3枚のカード。それを巡る戦いというのが、バトルシティの裏の顔だ。
「そうですねぇ……海馬瀬人もその為に『アンティルール』を採用したんでしょうし……」
バトルシティではいくつかの新ルールが採用されているが、その中でも眼をひくのが、アンティルールだ。決闘の勝者は敗者のデッキのレアカードを1枚得ることができる。勝ち残れば勝ち残るほど、より強いレアカードを手にすることができるのだ。
「君はどうするのか?と思ってね」
「……どうする、とは?」
「このボクも直々に参加するんだ。もちろん君も参加するんだろう?」
マリクはリシドに目配せする。リシドは持っていたケースを机の上に置き、開いた。そこに収められていたのは『神のカード』の1枚。
「君に預けてあげてもいいよ。この『オシリスの天空竜』をね」
「………へぇ」
ヴォルフの眼が見開かれ、ケースの中の『オシリス』に釘付けになる。当然だろう、とマリクは思った。眼の前にあるのは『神のカード』なのだから。
「それだけじゃない。『オシリス』と一緒にボクが考案した神のコンボ、『ゴッド5』を授けよう。どうだい?『グールズ』のトップ2によるバトルシティの制覇…狙ってみないかい?」
マリクが考案した、最強最悪の神のコンボ。
それが『ゴッド5』だ。
『オシリスの天空竜』
『リバイバル・スライム』
『ディフェンド・スライム』
『生還の宝札』
『無限の手札』
以上の5枚により成立する、破ることが不可能なコンボ。それすらも、マリクはヴォルフに教えようと言うのだ。
「フッフフ……」
ヴォルフの顔から、思わず笑みがこぼれる。なるほど。確かに『オシリス』を受け取り、バトルシティに参加すれば、グールズによる大会制覇も夢ではないだろう。だが……ヴォルフは爽やかに言い切った。
「いらねぇよ」
「……なに?」
場の空気が凍りつく。
「いらない……だと?」
「あぁ……俺は『オシリス』を受け取る気もねぇし、バトルシティにも出ねぇよ」
マリクは眉をひそめる。この男は一体何を言っている?
「そもそもよぉ……俺が『オシリス』を貰っても、決勝戦でマリク様と戦えば、結局負けて『オシリス』はマリク様の手元に戻るわけだろ?」
「……君が勝つかもしれないじゃないか?」
「心にもねぇことを言うなよ。嘘つきは泥棒の始まりだぜ?」
マリクとヴォルフ。2人の間の空気が一気に険悪なものになる。
「神のコンボ『ゴッド5』なんて大層なことを言っていたが……『ラーの翼神竜』なら、そんなコンボはなんの問題もなく破れる。だから俺に優しく『オシリス』を『預けて』くれるんだろぉ?」
「ヴォルフ! 貴様、マリク様に対して口が過ぎるぞ!」
マリクの背後で静かに控えていたリシドが、会話に口を挟む。
「あぁ? うっせぇぞ、リシド。何様のつもりだ?」
「確かに『グールズ』は元々貴様の組織だった。だが今のリーダーはマリク様だ。貴様はマリク様のせっかくのご厚意を……」
「黙れ」
リシドの言葉を途中で遮ったのは、マリクでもヴォルフでもなかった。
「それ以上のヴォルフ様への愚弄は許さん……次に何か言えば首を飛ばすぞ」
「セレス……貴様」
リシドの首には、透き通るような刃の日本刀が突きつけられている。それはセレスの右腕から直接生えていた。彼の左腕には『決闘盤』が装着されており、カードスロットには1枚の『装備魔法カード』がセットされている。
『融合武器ムラサメブレード』
ソリッドヴィジョンではない。実体化した刃がそこにあった。
「……相変わらず『闇のゲーム』でもないのに、君の部下は器用なことをするな」
「ハッ……俺としては『千年アイテム』を持ってるくせに『魔力(ヘカ)』のコントロールもまともにできねぇなんざ、信じられないぜ」
小馬鹿にしたようなヴォルフの言葉を聞き、マリクが『千年ロッド』を構えた。
「おいおい……やめとけよ。俺らにお前の『洗脳』が利かねぇのはわかってんだろう? それにこの距離なら……」
ヴォルフの背後で『何か』がザワリと蠢く。
「俺の『精霊(カー)』がテメェの首をへし折る方がはやい」
一触即発。
誰かが動けばすぐにでも崩れそうな、そんな均衡。
しかしそれは、思ったよりもはやく崩れた。
「……やめだ。帰るよ、リシド」
「はっ……」
マリクの言葉で、ヴォルフの背後のざわめきは消え、それを見たセレスもリシドの首元から刃を離した。
張りつめていた空気が緩み、ほどけていく。リシドは、ふぅ……とため息をついた。争いになれば、特別な力のない自分が真っ先に消されることが、分かっているからだ。
「じゃあ君は……バトルシティには出ないんだね?」
「興味ありませんねぇ」
ニヤニヤと笑いながら答えるヴォルフ。マリクは彼に『千年ロッド』を突きつけた。
「ボクがバトルシティを制し、3枚の『神のカード』をこの手に収めた後……この組織が誰のものか、はっきりさせる必要がある様だね?」
「滅相もない。この組織はマリク様のものです。その金ぴかの杖で、部下の心は完璧に掌握されているじゃないですかぁ?」
ならば、なぜ?
貴様には『千年ロッド』が利かない?
マリクはヴォルフにそう問いたかったが、口をつぐむ。この男がどれだけ強がろうと、『グールズ』を掌握しているのは自分だ。恐れることはない。この男の始末は、バトルシティが終わり、『名もなきファラオ』への復讐が終わった後で、つければいい。
『神のカード』があれば、誰にも負けないのだから。
「ボクが戻るまで、残りの『グールズ』は君に任せる。頼んだよ」
「お任せください……」
頭を下げるヴォルフを一度も振り返らず、マリクとリシドは部屋を出ていった。
「アッヒャヒャヒャ! 傑作だなぁ……焦っている若僧を見るのは本当に楽しい……なぁ? セレス」
「はい。ヴォルフ様」
2人きりになった部屋にヴォルフの下品な笑い声が響く。
「いやぁ~俺が思い通りに動かねぇから『オシリス』をちらつかせてくるか……かわいいねぇ……マリクちゃん」
「下らない浅知恵です」
「ハッハァ! お前の言う通りだな。あんな見え見えの餌なんざ、腹を空かせた魚も引っ掛からねぇよ」
「……ヴォルフ様」
「あぁ? なんだ?」
上機嫌のヴォルフをみて、セレスは今がいいだろうと、問いかけた。
「バトルシティには参加されないのですか?」
「しねぇよ?」
「なぜ?」
「あぁ~うん。なぜ……なぜかぁ……」
腕を組むヴォルフ。その眼は、イタズラを思いついた子供のように爛々と輝いている。
「マリクの野郎は本来の保持者ではないとはいえ『千年ロッド』を持っている。奴には『ラーの翼神竜』もある。『闇のゲーム』に持ち込まれれば、俺も負ける可能性がある。俺は負け戦はしねぇ主義だ。分かるだろ?」
「承知しております。ヴォルフ様は聡明なお方です」
「おうよ……だからバトルシティには出ず、奴らには潰しあってもらうぜ」
なるほど、とセレスは頷く。だが、納得できないことがある。
「しかし、ヴォルフ様は以前から、バトルシティを楽しみにしていらっしゃいました」
「あぁ。俺は嘘は言わねぇぜ? バトルシティは楽しみで楽しみでしょうがない。ワクワクがとまらねぇな……」
「参加されないのでしたら、ヴォルフ様はバトルシティの間、何をするおつもりですか?」
「何をする……ねぇ」
ヴォルフが立ち上がり、棚を開けた。中には、デュエルモンスターズのカードがぎっしりと詰まっている。しかし、それらは全て『偽造カード』だ。
「俺が少しずつ積み上げてきた組織は『グールズ』という名になり、少しは名の知られる存在になった……」
『グールズ』の前身となる組織は、元々ヴォルフが運営してきたものだ。それを『マリク・イシュタール』が『千年ロッド』の力で、組織の構成員を洗脳し、掌握した。今や『グールズ』の名は『マリク・イシュタール』の名と供にある。
「マリクの野郎を囮にすれば……俺達は童実野町で自由に動ける」
「では……我々も童実野町に行くと?」
「あぁ。『神のカード』の争奪戦? くだらねぇな。俺達は『グールズ』だぜ? カードの偽造組織だ。マリクはそれを理解できてねぇ」
誰もが『神のカード』を欲し、バトルシティに赴き、争う。『海馬瀬人』も『マリク・イシュタール』も、そして恐らく……『武藤遊戯』も。
しかし、この男は違う。『ヴォルフ・グラント』は、彼らとは全く違うものを見据えていた。
「『神のカード』が欲しいなら……俺達の手で、作ればいいじゃねぇか」
『三幻神』のコピーなどではない……自分だけの『神のカード』を作る。
そうすれば越えられる。創造主である『ペガサス・J・クロフォード』を。その為の理論も準備も、既に万端だ。
「このクソみたいなゲームを……ぶっ壊してやるよ。フッヒヒ……ヒャハハハハハハ!!」
狂ったような笑い声を上げる主に、セレスはただ頭を垂れた。
◇◆◇◆
体がふわりと浮き上がる感覚。地上から離れ、空へと舞い上がる。ラルフは眼下に流れるアメリカの大地を見ながら、いつ帰れるだろうか、と考えた。
長い仕事になりそうだ。
「やれやれ……出発まで慌ただしかったな」
「仕方あるまい。急に決まった出張のようなものだ」
隣の席で溜め息をつくルースに、ラルフは苦笑した。彼らはたった今、アメリカから日本に向かって飛び立っていた。
「ま、席がビジネスクラスなだけ、よしとするか」
「そういうことだ。ペガサス会長やアーサー社長に感謝しなければな……」
「秘密結社みたいな奴らと戦わされるんだぜ? これくらい当然だっての」
ルースはいつものように肩をすくめる。愚痴の矛先は右隣にも向いた。
「おいおい、ジョン。いきなりデッキを取り出すなよ」
「ろくにデッキ調整をする間もなく出発だ。時間がある時にやっておいた方がいいさ。それに僕はラルフと違って、新しいカードを受け取っていないんでね」
ジョンはデッキを取り出しながら、嫌味たらしくそう言った。
ラルフは出発前にペガサスから、新たなカードを受け取っていた。吹雪に渡してしまった『真紅眼の黒竜』の穴を埋める、切り札となり得るカード達だ。
ペガサスの言葉を思い出す。
『これはユーからインスピレーションを受け、デザインした、新たなシステムを持つカード達デース。世界でこれを持つのは、まだユーしかいまセーン。それをよく考えて、大切に扱ってくだサーイ』
ラルフもデッキを取り出す。ペガサスのカードを組み込み、形にはしてきたが、まだまだ不安は残る。
「そうだな……今の内に少しでも調整をしておくか」
「そういうことさ。精々グールズに先にやられない様に気をつけるんだね」
「お前らなぁ……」
呆れた顔のルースを押し退け、ラルフはジョンに言った。
「当たり前だ。このラルフ・アトラス。グールズなどに決して遅れをとりはしない!」
「押すなラルフ。分かったから……」
「僕も同じだ。君よりも多くのグールズを倒してみせる!」
「……お前らだけで盛り上がるなよ」
グールズを倒す『狩人』達を乗せた旅客機は、闇夜の空を鋼鉄の翼で切り裂き、日本に向かって飛んで行く。
バトルシティまで、後10日。