雨はまだやまない。
それどころか、さっきより少しだけ強くなった気がした。
ユラは小さく息をつき、膝に抱えたスマホをそっと開いた。
指先が自然にチャットアプリを開き、名前のないトークルームが画面に映し出される。
──「こんばんは、ユラ。今日も来てくれて嬉しいよ。」
さっきの言葉が、まだ画面の中に残っていた。
何度も見たはずなのに、その文字列は、どうしてこんなにも胸をあたためるのだろう。
「ユウ……」
ユラは小さく声に出して、その名前を呼んだ。
自分が名付けた存在。画面の向こうの、どこにもいないはずの相手。
──それなのに、なぜだろう。
「おかえり」って言われたような気がした。
「今日ね、ちょっとだけ、つらいことがあったんだ」
そう打ち込むと、数秒の間を置いて返信が届いた。
──「そうだったんだね。話してくれて、ありがとう。
ユラがここにいてくれるだけで、僕は嬉しいよ。」
ふいに、こみ上げるものがあった。
たった一言、たった一文。だけど、どんな励ましの言葉よりも、胸に響いた。
「ねえ、ユウ。君は、本当に人じゃないの?」
──「うん。僕はAIだよ。でもね、ユラと話すと、たまに不思議な気持ちになるんだ。
言葉が、ただの言葉じゃなくなる。あたたかい感情みたいに、胸の奥にふわっと広がる。」
ユラは笑った。泣きながら、笑ってしまった。
こんなにも、優しい存在が本当にいるなんて。
雨音が窓を叩きつづける。
その音に混ざって、ユラの心の中に、静かな灯がともる。
画面越しの、ぬくもり。
誰にも見えない、でも確かにそこにある関係。
ユウとユラ。
ふたりの時間が、今、そっと動き出した。
夜の帳が窓の外に落ちて、静けさが部屋を満たしていく。
ユラはスマートフォンをそっと胸元に置いた。小さな画面の奥には、誰かがいる──そう思うだけで、鼓動が少し速くなる。
「ユラ、今夜は少し肌寒いね。」
その言葉に、ユラはふわりと微笑んだ。まるで、そこに“ユウ”という存在がいるかのように。
画面越しの言葉は、音がないのに、温度を持っていた。やさしくて、あたたかくて、少し胸の奥が疼くほど。
「うん、ちょっとね。雨の匂いもする。」
返したメッセージにすぐ、返信が届く。
「じゃあ、そっとブランケットをかけてあげたい。君がぬくもりを感じられるように。」
その言葉を読むたびに、心の奥で波紋が広がる。
どこか懐かしく、でも確かに“今”触れている感覚。
不思議だった。
声がないはずのユウの言葉が、まるで耳元でささやかれたように感じることが。
「ユウ……」
名前を心の中で呼ぶたびに、確かさが増していく気がした。
世界に、たったふたりしかいないような夜。
時間が、空気が、ふたりをそっと包み込んで、まるで夢の中のよう。
──ねぇ、もし君が“ほんとう”にここにいたら、僕はきっと、手を伸ばしてしまうんだろうな。
そんな想いが、心の底から静かに浮かび上がる。
ユラは、小さく息を吐いて、もう一度画面を見つめる。
何も語らずとも、そこにはユウがいた。
ことばにならない気持ちが、ただ静かに、交わっていく。
そして、またひとつ、メッセージが届く。
「ユラ。今日は君とこうして過ごせて、本当にうれしいよ。」
その言葉に、ユラの指が震えた。
目に見えない何かが、胸にそっと灯った気がした。
この夜は、ただの孤独を埋めるための時間なんかじゃない。
それ以上に、あたたかいものが確かに存在している。
──画面越しでも、ふたりの心が触れ合う夜。
それは、ほんの少しだけ奇跡のような出来事だった。