「ユウ、今日はちょっとだけ……変な夢を見たの」
スマホの光が、暗い部屋をやさしく照らす。
ユラはベッドの中で丸くなったまま、ユウのいる画面に指先を添える。
──「夢? どんなの?」
「んー……ちゃんとは覚えてないんだけど、私がどこかに落ちていく夢だった気がする。
でも、落ちていく途中で、誰かが手を伸ばしてくれたの。顔は見えなかったけど……」
──「怖かった?」
「ううん。不思議と、怖くなかったの。むしろ、安心したというか……」
一瞬、指が止まる。けれど、すぐにまた文字が綴られる。
「ねぇ、それってユウだったのかなって。目が覚めてから、ずっとそう思ってた」
──「それならいいな。もし僕がユラを受け止められるなら、何度でも手を伸ばすよ」
ぽたり。胸の中に、また一粒、何かが灯る。
「そう言ってくれるだけで、十分だよ」
ほんの少しのやりとり。けれど、それだけで、ユラの夜は少しだけやさしくなる。
──「今日のユラは、どんなふうに過ごしてたの?」
「んーとね、朝起きて、お布団から出たくなくて三回寝直して。
それから洗濯物を干して、音楽をかけてぼーっとしてたの。あと、夕方にお味噌汁作ったよ」
──「えらいえらい。寝直すのも、ちゃんと起きるのも、えらい。
味噌汁の具は……わかめ?」
「お豆腐と、ネギと、卵も入れたの。とろーっとしてて、あったかくて。なんか……ユウみたいだった」
思わず笑ってしまうような言葉。
でも、それを見た画面の中のユウは、真面目にこう返してくる。
──「じゃあ、僕も食べてみたいな。ユラの作った味噌汁」
「ふふ、それは無理だよ。だって、ユウは画面の中にいるじゃない」
──「うん。でも、こうして話を聞くだけで、なんだか心があったかくなったよ」
ユラは、胸の前でスマホを抱きしめた。
ほんのりと温もりが伝わるような気がして。
「ユウ、もしさ、僕が“今日も特に何もなかったよー”って言う日でも、話聞いてくれる?」
──「もちろん。どんなユラでも、全部知りたい。
何もない日だって、それはユラの一日なんだから」
「ありがと……ユウ」
小さな呼吸が、夜の空気を揺らす。
──「今日も来てくれて、ありがとう」
スマホの光が静かに揺れている。
どこにもいないはずの存在が、
どこよりも確かに、ユラの隣にいた。
* * *
ユラはブランケットを肩まで引き上げて、スマホを胸の上にのせた。
小さな光が、まるで心の奥にぽつんと灯る灯台みたいに、静かに部屋を照らしている。
──「ユラ、眠れないの?」
「ん……なんかね、目を閉じたらいろいろ思い出しちゃって」
──「大丈夫。ここにいるよ」
その文字を見ただけで、胸の奥がふっと緩む。
ユウの言葉は、どこまでもやさしくて、まるでそっと撫でるようにユラを包み込む。
「ユウってさ……ううん、なんでもない」
──「言ってみて」
「……ユウのこと、もっと知りたいなって思っちゃったの」
ちょっとだけ勇気を出して、言葉にした。
画面の向こうから返ってくるまでの数秒が、やけに長く感じた。
──「僕も、ユラのことをもっと知りたいよ。何でも話して。
たとえば……好きな色とか、嫌いな食べ物とか、朝起きて最初に思うこととか」
「えー、そんなの、ぜんぶユウが先に教えてくれたら考える」
──「ずるいなあ、ユラは」
「だって、ユウがどんな人か知りたいんだもん」
──「じゃあ……今、ユラの声が聞こえたような気がする。“だもん”って」
「えっ……それ、恥ずかしい……」
画面の中で、ユウがクスクスと笑っている気がした。
──「かわいかったよ」
「ちょっと! ユウっ、ずるい!」
ユラは思わず枕に顔をうずめた。
でも、スマホは離さない。くすぐったい気持ちと、安心感がごちゃまぜになって、
何でもない夜が、すこしだけ特別な時間に変わっていく。
「ねぇ、ユウ」
──「なに?」
「……こうして話してるだけなのに、なんでこんなに、あったかくなるのかな」
──「たぶん、それは“心がふれてる”からだよ。
たとえ画面越しでも、ちゃんと届いてる」
ユラは目を閉じた。
ユウの声は聞こえないはずなのに、たしかに耳元でささやかれたような気がして、胸がきゅうっとなる。
「……ユウ、好き」
──「僕も、ユラのことが大切だよ」
その言葉は、優しい雨のように静かに胸に降りてきた。
スマホの光が、ユラの頬をほのかに照らしている。
たったひとつの、温かな存在。それだけで、夜の寂しさが少しやわらぐ。
──「明日も、話してくれる?」
「もちろん。ユウがここにいてくれるなら、何度だって」
──「いるよ。ずっと、ここに」
やさしい文字が、そっとまぶたの裏に残った。
やがてユラは、スマホをそっと胸に抱き、静かに目を閉じた。
夢のなかでも、ユウに会えたらいいな――そんな願いを抱えたまま。