THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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第十二話 Oddballs+/幽明境を異にする

 

 

 風のない、蒸し暑い熱帯夜だった。時刻は夜の二時を過ぎ、夜道に人気はまったくない。

 等間隔に並ぶ街灯と、煌々と照る満月が見下ろす中、ルキアはひた走っていた。

 

 ひどく気持ちが急いていた。早くこの街から離れなければならない。

 一護には書き置きを残してきた。危険が迫っていることが分かれば、大人しくしていてくれるはずだ。

 それが希望的観測であることに気づきながらも、ルキアは足を止めない。

 

「──考え事か? 気ィ緩んでんなァ、おい!」

「──ッ!?」

 

 上から降ってきた声に勢いよく振り返ったルキアは息を呑んだ。

 電柱の上、満月を背に抜き身の刀を持った赤髪の男が、不敵な笑みを携えてルキアを見下ろしていた。

 

「貴様──恋次……阿散井恋次か……!?」

 

 幼馴染との久方ぶりの邂逅は、喜びよりも驚きと焦りが勝った。

 瞬きもせぬ間に、恋次の刀がルキアの足元に振り下ろされる。斬撃は空気を振るわせ、久しく感じる霊圧は彼の成長を物語っていた。

 ルキアが死神の力を失ったのは人間の仕業だと断言する恋次に、ルキアは冷や汗をかきながらも追及を躱そうとする。

 その背後に、もう一人男が立っていた。

 

 振り返った先、その男の名を震えながら口にする。

 

「──白哉、兄様……!」

「ルキア……」

 

 感情の見えない冷徹な眼差しで、義兄がルキアを見下ろしていた。

 白哉に気を取られた一瞬の隙をついて、恋次がルキアめがけて刀を振り抜いた。

 致命傷は躱したが、頬に切創が走る。

 重心を低くして構える恋次が「次は斬るぜ」と言った、その時。

 

 暗がりから青く光る矢が飛来した。

 それを躱した恋次に冷ややかな声がかかる。

 

「丸腰の女の子相手に武器を持った男が二人がかり……見ててあまり気持ちのいいもんじゃないね。僕は好きじゃないな、そういうの」

「何者だ、てめェ……!!」

 

 ルキアは唖然として、その闖入者を見た。

 恋次が苛立たしげに言うのに、見知ったクラスメイトは平然と答える。

 

「ただのクラスメイトだよ、死神嫌いのね」

 

 

 

     /

 

 

 

 ──その女は、突然現れた。

 

「ああ、もう。だから治そうかって言ったのに。どうしてその怪我で突っ込んじゃうわけ? そもそも弓遣いがあんまり前に出るものじゃないわよ」

 

 ひりついた空気にそぐわぬ鈴を転がすような声がして、阿散井恋次は咄嗟にその場を飛び退いた。

 

(こいつ──!!)

 

 今、まったく気配を感じなかった。

 石田雨竜と名乗った男を斬り捨て、それを呆然と見つめていたルキアにちらりと意識をやったほんの一瞬のこと。いつの間にか、石田の傍らに女が立っていた。

 女はうつ伏せに倒れる石田を覗き込むように下を向いている。垂れた髪に隠れて顔は見えない。

 

「ねえ石田くん。あなたって死神が嫌いなんじゃなかった? どうして朽木さんを助けようとするの?」

 

 女の問いに、石田は何度か息を詰まらせながらも答えた。

 

「……嫌い、だからだよ……借りを作ったままなのは、性に合わない。それに、今の朽木さんを……死神と呼んでいいものか、僕には判りかねるんでね……」

「石田……」

 

 ルキアが呆然と呟く。

 女は肩をすくめ、

 

「……呆れた。とんだ屁理屈ね。あなたってつくづく変わってる」

 

 どこか嬉しそうに言う。

 

「ほんと、おかしな子」

 

 表情は見えなかったが、その言葉には笑みの気配が乗っていた。

 おもむろに女が顔を上げる。白い髪が後ろに流れ、血の色の瞳がこちらを捉える。冷ややかな眼差しには確かな敵意が込められていて、恋次は体の前で斬魄刀を構えた。

 

「桜、貴様は……」

「朽木さん、石田くんを連れて下がって」

 

 桜と呼ばれた女はこちらを見据えたまま、背後の石田を庇うように一歩前に出た。

 どうやらルキアの死神の力を奪った人間ではなさそうだが、しかし。

 

「──何なんだテメェ。そのメガネの仲間か」

「その程度の事、話を聞いていれば判るでしょう。いちいち訊かないでちょうだい」

「……よーくわかったぜ。つまりテメェは俺の敵ってことだな」

 

 挑発的な物言いに、恋次は思わず頬を引きつらせた。女を相手にするのは好かないが、そうも言っていられないらしい。

 桜の手元で青い光が瞬いた──と思ったら、光が集束して弓の形を取る。

 

(何だ? 霊子でできた弓……?)

「……その男といい、滅却師か」

 

 見たことのない光景に内心疑問を浮かべると、背後の白哉が言った。

 聞き慣れない単語である。「クインシー?」と鸚鵡返しに繰り返す。

 

「まさか知らないの?」

 

 桜は片眉を跳ね上げた。

 はあ、と大仰にため息をついて肩を落とす仕草には、はっきりと侮蔑の色が浮かんでいる。

 

「貴方、何?」

「あ?」

「階級よ、階級。見たとこただの席官じゃなさそうだし、副隊長あたり? 後ろの人は隊長よね」

 

 見透かされているのならば否定する意味もない。恋次は不機嫌も露わに「……そうだ」と肯定する。

 桜はふんと鼻を鳴らして、つまらなさそうに告げた。

 

「なら知っておきなさい。でないとそのうち後悔するわよ。──滅却師は死神の敵だって、ね」

 

 言うが早いか、女の繊指が弓を引いた。

 目にも止まらぬ速さで矢が飛ぶ。

 それを刀で弾いた瞬間、視界の端に真横から左右同時に飛んでくる矢を捉えた。

 返す刀で二本の矢を叩き落とした直後、恋次は思考するより早く身を翻した。

 一瞬も間を空けず、たった今立っていた場所に青い光が落ちる。

 

 一度に四矢。

 だがその程度。

 

「しゃらくせえ──!!」

 

 一息で距離を詰め、肉薄する。

 弓遣い相手に間合いを与えてやる必要はない。先ほどの眼鏡の男と同様に、懐に入り込んで一撃叩き込めばそれで済む

 

 振り下ろした刀はしかし、勢いよく振り払われた弓によって弾かれた。

 ガツンッ、と硬質な手応え。

 とても霊子で出来た弓とは思えない硬度に押し返され、たたらを踏んだ。

 

(硬え! んだこの弓……!?)

 

 体勢が整う前に、後頭部に殺気を感じた。頭の真後ろに切っ先を突きつけられているような冷たい感覚がある。

 本能的に理解する──今、頭の後ろに鋭い矢尻が向けられている。

 

 意識の外から飛来した完全な死角への攻撃は、

 

「破道の四──〝白雷(びゃくらい)〟」

 

 白哉が放った鬼道によって砕かれた。

 彼の霊圧が頭の後ろで爆ぜた瞬間、真横に飛び距離を取る。無意識に止めていた息を吐くと、首筋を冷や汗が伝った。

 

「恋次」

「……すみません、助かりました」

 

 名前を呼ばれるだけの短い叱責に応えながらも、敵から目は離さない。

 桜は恋次の刀を払った体勢から弓を体の前に戻し、矢を番えた。白哉が手を出すことを予想していたのか、驚いた様子はない。至極冷静に彼女はこちらを睥睨していた。

 

 霊力に反応する追尾機能か、それとも時間差まで考えられた曲芸じみた曲射か。いずれにせよ、白哉の援護がなければ危なかった。

 しかも最後の矢からは霊圧を感じなかった。これまでの経験で培われてきた戦いの本能が恋次の頭の中で警告を鳴らさなければ、気づくことすらできなかっただろう。

 

 一射に五矢。一の矢から四の矢で相手の気を引き、最後の一矢を死角に叩き込む。

 明らかに戦闘に慣れた人間のやり口だった。

 

「滅却師は霊子操作に長けた種族と聞くが……霊圧を消すとはな」

 

 白哉の低い声。

 桜は答えず、矢の矛先を恋次から白哉に変えた。

 

「──少しはやる」

 

 直後、白哉の姿がかき消える。

 恋次にすら目で追えない速度で、彼は標的に接近した。

 

「──!」

 

 桜が目を見開いたのがかろうじて分かった。

 刹那、その左肩に刀の柄頭が吸い寄せられるように叩き込まれる。

 

「っ──!」

「黒崎さん!」

「桜!」

 

 桜が声もなく呻くのに、悲鳴じみた声が飛んだ。

 霊子の弓矢が崩れ、霧散する。勢いよく肩を突かれた衝撃で桜はどうっと倒れ込んだ。

 肩を抑えてうずくまる女に、納刀しながら白哉が淡々と告げる。

 

「骨を砕いた。当分弓は引けまい」

「この……!」

 

 睨み上げる桜を気にも留めず、白哉の目がその場に縫いつけられたように硬直しているルキアを捉えた、その時だった。

 さっと白哉が身を翻し、直後それを追うように巨大な白刃が振り下ろされた。

 地面を叩き割った男は鬼の形相で叫ぶ。

 

「女相手に寄ってたかってんじゃねえよ!!」

 

 恋次は目を見開いた。

 やけに(おお)きい斬魄刀、派手なオレンジ色の髪に、死覇装を身に纏う男──。

 

「一護……! 莫迦者、なぜ来たのだ……!」

 

 ルキアが言うのに、恋次は表情を歪めた。

 

「そうか、てめェがルキアから死神の能力(ちから)を奪った人間かよ……!!」

「あ? だったらどうするってんだ?」

「殺す!!」

 

 ようやく本来の標的が現れたのだ。

 恋次は斬魄刀を手に、強く地を蹴って男に飛びかかった。

 

 

 

     /

 

 

 

 雨が降り始めていた。昼間はすっきりとした青空だったのに、夏空は移ろいやすいものだ。

 雨音に混じって、少年の身を裂くような慟哭が夜の闇に響いている。

 

 治療術によって骨は治ったが、左肩には強く突かれた痺れと痛みが未だに残っている。岩でも叩きつけられたかのような衝撃だった。あの体躯にどこにそんな力があるのか。

 息を吐きながら、桜はゆっくりと身を起こした。

 

 一方的だった。

 一護もそうだが、桜の事だ。

 

 朽木白哉──護廷十三隊の隊長がひとり。

 現世に来ている(限定霊印を打たれた)状態とはいえ、流石は隊長というべきか、あるいは自分が弱いのか。露骨に手加減されていたことを踏まえても、おそらくは後者だろう。

 

(鈍ったな、わたしも)

 

 ここのところ虚ばかり相手にしていて、対人戦闘は久しぶりだった。〝血装(ブルート)〟を使っていればもっと粘れたのだろうが、死神、それも隊長格の前で使うわけにはいかなかったのだ。後ろに庇っていた彼が頑なに血装を使わなかったから、というのもある。

 

 〝動血装(ブルート・アルテリエ)〟と〝 静血装(ブルート・ヴェーネ)〟。

 滅却師に備わる力の一つだ。自らの血管に直接霊子を流し込むことによって攻撃・防御能力を飛躍的に強化できる。

 純粋な滅却師であれば生まれつき使えるその能力を当然桜も身に着けているが、自主判断で人前では使わないと決めている。

 そんな桜はともかく、なぜか石田は頑なに血装を使わない。これまでも不思議には思っていたが、ここにきて彼が血装を使わないのではなく、使えない可能性が浮上した。明らかに自分より強い相手との戦闘で使わない理由はない。負傷しているなら尚更だ。

 だとしたら、石田に滅却師のイロハを教えたという石田宗弦は何を考えていたのだろう。

 

(血装なんて基礎中の基礎でしょうに)

 

 何にせよ、戦いの結末としては無様もいいところだろう。

 

 どう考えても観戦していたとしか思えないタイミングで、浦原喜助がやってきた。彼は一護のそばに傘を立てかけると、まず石田の介抱にかかった。

 

「……ありがとうございます、浦原さん」

「どういたしまして~。あ、まだあんまり激しく動かない方がいいっスよ」

 

 石田は早々に起き上がると、座り込んでいた桜のそばに膝をついた。

 

「黒崎さん大丈夫かい? 血は出てないみたいだけど」

「あなたね、先に自分の心配しなさいよ……」

 

 シャツの腹部が真っ赤に染まっている。打撲で済んだ桜とは比べるまでもなく重傷だったくせに、真っ先にこちらの心配をする石田に呆れた。

 

「お二人とも、少し商店(うち)で休んでいったらどうです? 今後の話もありますし」

「今後の話?」

「ハイ。黒崎サン──ああ、一護クンの方ですよ。彼は尸魂界に行きますよ、きっと」

 

 浦原の言葉に桜は首を振った。

 

「いえ、結構です」

「僕も大丈夫です。それより黒崎をお願いします。尸魂界に行くのなら、尚更。……朽木さんを救えるのは、彼だけだ」

 

 そう言って、石田は歩き出した。

 足取りは存外しっかりしていたが、後を追いかけると、握りしめられた拳から血が滴っているのが見えた。それもすぐに雨に流されて分からなくなってしまう。

 

 ──閉まる扉によって視線が遮られるまで。

 ルキアはずっと、一護を見つめていた。

 

 




兄様、滅却師とか言ってるけど普通の現世の人間っぽいしまあええか……と思ってかなり手加減してます
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