THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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 黒より()ずる 赤き玉座
 白にて輝く 青き王の手

 虚ろの杯は満ちる刻を待ち
 神の声は破滅と崩壊を告げる

 あの鐘の音がお前たちに聞こえるか




尸魂界篇~SYMPHONY OF THE REBELS
第十六話 Prelude1[The Curtain Rises]


 

 

 夏祭りの日から七日後。

 祭りの余韻もさっぱり薄らいで、街にはいつもの落ち着きと、蒸すような暑さだけが残っていた。

 

 深夜一時を迎える頃、一護は自室の窓を開けて浦原からの合図を待っていた。

 既に準備は整っている。宿題はあらかた終わらせたし、部屋も軽く掃除したし、夏休みにどこかに遊びに行きたかったとせがむ遊子(と啓吾)も宥めた。

 あとは尸魂界に行って、ルキアを助け出し、帰ってくるだけだ。

 

 死ぬつもりは毛頭ない。

 だが尸魂界で何が待ち受けているのかを想像すると、緊張と幾ばくかの高揚が全身に漲るのも事実。

 

 窓枠に肘をついて物思いに耽っていた一護の頬を、心地よい夜風が撫でる。

 緊張をほぐすような柔らかい風に、「いい風だな……」と呟いた。八月になるといよいよ暑さも極まり熱帯夜が続くようになるが、時折こんな過ごしやすい日が訪れる。誰にも言ったことはないが、こういう日に夜風を浴びながら読書に耽るのが、一護は結構好きだった。

 そんなわずかな安らぎの時間も、次の瞬間には浦原からのふざけた通達によってぶち壊されるのだが。

 

 浦原商店までの道で織姫と合流した一護が目的地に到着した時には、店の前の道路に茶渡と桜の姿があった。それとなぜか浦原に文句を言っている石田の姿も。

 

「もうちょっと他に方法があったでしょう!?」

「あらぁ、お気に召しませんでした? 結構頑張って作ったんですけどねえ」

「その頑張りは後片付けに向けてください! とんだ近所迷惑ですよ」

 

 何を怒っているのかと首を傾げる一護に、桜がこそっと囁いてきた。

 

「落ち込んでるのよ石田くん。ツッコミの才能がないって言われて」

「お前もかよ……」

 

 まるで反省の色が見えない浦原に続いて商店の地下に入ると、やたら広くて天井の高い空間が出迎える。

 一護にとってはお馴染みの場所となったそこでは、既に尸魂界行きの準備が整えられていた。

 

 尸魂界への入口である穿界門には、魂魄の世界である尸魂界で活動するのに必要な霊子変換機も組み込まれているらしく、門をくぐって先に進めば目的地に辿り着けると浦原は言った。

 だがすんなり通り抜けられるかというと、そういうわけでもないらしい。

 

「問題は『時間』なんス。我々が穿界門を開いて尸魂界へと繋いでいられる時間は……もって四分!」

 

 それを過ぎると門は閉じ、中にいる者は現世と尸魂界の狭間である“断界”に永久に閉じ込められてしまうという。更に断界に蠢いているという“拘流”が、侵入者の行く手を阻む。

 

「ど、どうすれば……」

「前に進むのじゃよ」

 

 表情を強張らせる織姫に、いつの間にか現れた夜一が言った。

 

「心と魂は繋がっておる。大切なのは心の在り様──前に進もうとする意志じゃ」

 

 尸魂界は魂魄の世界だ。器子の肉体という器から解き放たれた剥き出しの魂魄の原動力、あるいは指針となるものがあるのなら、それは己の意志に他ならない。

 迷わず、恐れず、立ち止まらず、振り返らず。残してゆくものたちに想いを馳せず、ただ前に進むのみ。

 

 最後の調整を終えた浦原と鉄斎の手によって、門が開かれようとしていた。

 寸前、一護の後方でひそひそと話す女子二人の声がする。

 

「桜ちゃん、宿題終わった? あたしまだちょっと残ってるんだ」

「わたしも。面倒くさいわね、あれ」

「ね! せっかくのお休みなんだからゆっくりさせてほしいよね」

「帰ってきてからやるしかないわね」

 

 緊張感のない会話に、らしくもなく肩に入っていた力が抜けた気がした。

 

 

     ◇

 

 

 断界を抜けると、そこには透明な青空が広がっていた。

 死後の魂が行きつく世界ということでもっと陰惨な場所をイメージしていたが、尸魂界の空は現世のそれと変わらない。

 

 それにしても、夜中に出発したはずなのになぜこんなに明るいのかと首を傾げていると、同じく青空を見上げていた桜が呟いた。

 

「断界を通り抜ける時に時軸がずれたのね。朽木さんの処刑に間に合うといいけど」

 

 断界から降り立った際に発生した土煙が徐々に晴れていく。

 そこに見えてきたのは、木造と表現するには粗末な家々が立ち並ぶ住宅地だった。想像していたものとは随分違う土地には、人の生活の痕跡が色濃く残っている。

 

「ここは流魂街という。死神達の住まう瀞霊廷の外縁に位置し、尸魂界へと導かれてきた魂が最初に辿り着く場所で、最も多くの魂魄が住まう場所でもある」

「随分広い……それに人影が見えませんね」

「儂らを警戒して隠れておるのじゃ。死神の導きなしに不正に尸魂界へ来た魂魄は『旅禍』と呼ばれ、あらゆる災厄の元凶とされる。軽々に近づいてはこんだろうよ」

 

 夜一と石田の会話を聞きつつ辺りを見回すと、流魂街とは随分様相の異なる街並みが目に入った。

 いずれも古風だが、立ち並ぶ建物はしっかりとした造りのように見える。夜一の解説から察するに、あれが瀞霊廷だろうか。

 

 意気揚々と駆け出した一護の背に、夜一の静止の声が飛ぶが、遅い。

 一護の目の前に壁が降ってきたのは、その直後だった。

 

 

 

     /

 

 

 

「あかんなぁ……門番は門開けるためにいてんのとちゃうやろ」

 

 巨大な腕が宙を舞い、鮮血がシャワーのように噴き出す。

 瞬きに満たない刹那の出来事に、石田は己の目を疑った。

 脈動に合わせて噴き出す血は乾いた地面に波打つような線を描く。藁葺きの屋根に巨人の腕が落ちるのが遠くに見えた。

 その光景を作り出した張本人である銀髪の男は、血飛沫の只中でも平然と佇んでいた。

 

「何だ……!? 今あいつ何をした!?」

 

 上空から降ってきた壁と門と共に現れたのは、兕丹坊という番人だった。夜一曰く、尸魂界一の豪傑。

 巨大な斧を以て侵入者を制圧しようとした兕丹坊だったが、十日間の修行で鍛えられた一護はそれを軽々と退け、門番は斧ごと粉砕された。

 それがほんの数分前の事。そして銀髪の男が現れたのは、兕丹坊の手によって瀞霊門が持ち上げられた矢先の事だった。

 

 三番隊隊長、市丸ギン。

 それが男の名前だった。

 

 門の内側にいた市丸が何事か呟いた──と思った瞬間、兕丹坊の腕が消えた。正確には、勢いよく切断された衝撃で後ろに跳ね飛んだのだ。

 

 辛うじて何かが奔ったような空気の動きは感じたがそれが精々で、男が何をしたのかはまでは分からなかった。その状況下で切断されたと判断できたのは、市丸が帯刀していたのと、兕丹坊の肩口に鋭利な刃物で斬られたような切り口が残っていたからだ。

 

 あの刀で斬ったのか?

 だがあの男はあの場から一歩も動いていない。いかに死神の身体能力が人間のそれを超越するといえど、そんなことが可能なのか?

 あるいは──

 

「一護くん待って!!」

 

 追撃の様子を見せた男に一護が斬りかかった。その背に桜の静止の声が飛ぶ。

 啖呵を切る一護に笑みを深めた市丸が、一歩、二歩と歩き、大きく間合いを取って立つ。

 

「何する気だよそんな離れて。その脇差でも投げるのか?」

「脇差やない。これがボクの斬魄刀や」 

 

 一護の問いかけに市丸の唇が歪んだのが見えた。

 半身になった男が何事かを口にする。

 そう大きな声でもなかったが、不思議と耳に届いた。

 

「射殺せ──〝神鎗〟」

 

 刹那、凄まじい金属音と同時に一護が後方に吹き飛んだ。

 一瞬で刀身の伸びた市丸の刀に押し出されたのだ。勢いよく門を超えた体は兕丹坊にぶつかり、諸共押し戻される。

 それを追いかけようとした石田は、咄嗟に振り返って門の方を見た。

 兕丹坊によって持ち上げられていた門が落ちる。

 寸前、隙間から顔を覗かせた男がにこやかな笑みで、「バイバーイ」と手を振った。

 

 すっ飛んで地面に転がった一護は次の瞬間には起き上がっていたが、夜一に顔をひっかかれて悲鳴を上げている。

 

「痛っってえぇぇ! 何すんだよ夜一さん!」

「この考えなしめ!! 無傷で済んだからいいものを!」

 

 かなり怒っているが見た目が猫なので迫力はあまりない。

 怪我を心配する織姫を宥める一護に、石田は呆れて言った。

 

「まったく。なんで君はそう喧嘩っ早いんだ」

「喧嘩っ早いとか……お前には言われたくねえよ……」

「何だって?」

「ほら見ろ!」

「……喧嘩っ早いのは二人ともだぞ思うぞ」

「茶渡君まで!?」

 

 茶渡の発言に目を剥く。

 一方で、閉ざされた門を見る桜と夜一の眼差しは厳しい。

 

「門を使っての侵入は難しくなりましたね」

「そうじゃな。おそらく内側の警備は何倍にもなっとるじゃろう。元より正面突破は考えておらんかったが」

「では、他の手段に心当たりが?」

 

 桜の言葉に夜一はにやりと笑ったようだった。

 黒い毛並みの中で金色の瞳が爛と輝く。

 

「なに、門がダメなら門以外から入ればよいだけのことよ」

 

 

 

     /

 

 

 

「お疲れ様、井上さん」

「あっ、桜ちゃん」

 

 夜も更けた頃、桜は兕丹坊の腕を治療する織姫の元を訪れた。

 織姫の疲労の滲んだ顔には汗が浮かんでいる。冷たい茶が入った湯呑を差し出すと、彼女は一息で湯呑を空にした。

 

「……っぷあー! 生き返るー! ありがと桜ちゃん」

「お礼は長老さんに言って。もう随分やってるでしょう、そろそろ休んだら?」

「だいじょぶだいじょぶ! あと少しだから」

 

 桜達は現在、西流魂街の長老の家に滞在している。瀞霊門での一件があった後、一部始終を隠れて見ていた流魂街の住民達が協力を申し出てきたのだ。兕丹坊はこの辺りでは随分と慕われているらしい。

 

 地面に横たわる巨体を仰ぎ見ると、肩と切り離された腕の傷を織姫の六花が覆っていた。その下にある傷口はほとんど塞がりつつある。

 〝双天帰盾〟──断界内で拘突に追われた時にも織姫の能力は目にしたが、こうしてまじまじと見るのは初めてだ。

 

「これが……井上さんの能力? 盾とは聞いていたけど、治癒もできるのね」

「桜ちゃんには見せるの初めてだっけ。まだ慣れないからちょっと時間はかかっちゃうんだけど」

 

 桜はわずかに目を細めた。

 

 ……これは単純な治癒能力ではない。

 滅却師の治療術とも死神の回道とも異なるこの力は、そもそも回復術ですらないだろう。

 織姫はこれを盾としても使用しているが、その用途さえ強大な力の一部に過ぎない。

 

 最近まで一般人だった彼女がこんな特殊な能力に目覚めたのは、能力を発現した経緯が彼の影響によるものだからか。

 幸か不幸か、織姫自身は自分の能力の本質を知らない。もしかしたら今後戦いの最中で知ることがあるかもしれないが、そこまでは桜の関与するところではない。

 

「ところで、夜一さんが呼んでるんだけど、手は離せそう?」

「夜一さんが? でも、まだもうちょっと……」

 

 言葉に詰まる織姫だったが、流魂街の住人達が後を引き受けると申し出たのを受けて、治療を中断した。

 

「桜ちゃんも怪我したらあたしに言ってね! すぐに治すから! まあ、怪我しないのが一番だけど」

 

 むん! と細い腕に力こぶを作って見せる織姫に、桜は「そうね。その時はお願いするわ」と頷いた。

 自分が負った傷程度なら自分で治すのが早いが、回復役がいる時は素直に頼ることにする。治療術(あれ)は結構神経を使うので、好んでやりたいものではないのだ。

 

 

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