THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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第十七話 Prelude2[Gathering Rebels]

 

 

 作戦会議は長老宅の囲炉裏を囲んで行われた。

 

「つまり、一度門を開けてしまった以上、内側の警備は当初よりずっと厳しくなっている、と」

 

 石田が話を要約すると、夜一は「そういうことじゃ」と頷いた。

 元より門を正面突破することは手段として考えていなかったが、こうなってしまっては門付近の侵入経路を探すことも難しい。他の門へは一番近い場所でも歩いて十日はかかると夜一は言う。

 

「となれば我々の取れる行動は一つ。──門以外の場所から侵入する」

「門以外から……!?」

 

 驚く面々を置いて夜一が志波空鶴なる人物の所在を長老に尋ねた時、家の外からドドドド……と騒々しい音が聞こえてきた。

 いったい何かと音のする方を向いた途端、戸がぶち破られて中に人間が飛び込んできた。

 

「ににに人間だー!? 人間が飛び込んできたー!」

「イノシシも入ってきたー!!」

 

 乗っていたイノシシに振り落とされたとぼやく男を、長老は岩鷲と呼んだ。

 自称“西流魂街一の死神嫌い”らしい彼は死覇装姿の一護に目をつけるなり、全力で絡み出した。

 一方的に因縁をつけられて黙っている一護ではない。すぐさま反撃し、二人はがら空きになった玄関から外に飛び出して取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 

「やめろ黒崎! こんな事で体力を使うな! って桜さんは何してるんだ!?」

「イノシシなんて久々に見たわねー。はい、お手」

「手懐けようとしてる! お手とかできるの!?」

「フゴッ」

「できるんだ……」

 

 無惨にも破壊された戸口から身を乗り出した石田の後ろで、桜がやたら丸々したイノシシ(頭にリボンをつけている)と戯れている。

 

「バカな……、俺以外の奴にボニーちゃんが懐いた……だと!?」

「懐いてねえから振り落とされたんじゃねえのか、オマエ」

「違う! ボニーちゃんは気高いだけだ!」

 

 そうこうしているうちに岩鷲の手下が持っていた時計が鳴る。

 喧嘩の決着がつかないまま、突然の闖入者は去っていった。

 

 ……まさしく嵐のような連中だった。

 織姫に頬の傷を治されてからも一護は怒りが収まらないようで、未だに腹を立てている。

 

「何なんだよあいつは!? 突然来て突然喧嘩売ってきて突然帰りやがって! 殴られ損じゃねえか、ちくしょう!」

 

 君も結構がっつり殴ってたから損ではないだろう、と言いたいのをぐっと堪える。ここで余計な発言をして揉め事に発展すれば、いよいよ夜一の雷が落ちるだろう。

 

 破壊された玄関から長老が顔を出す。

 

「災難じゃったのう。あ奴は悪い奴ではないんじゃが、ちと短気なところがあってな……」

「それはもう……充分にわかりました」

 

 

 

     /

 

 

 

 のどかな風景が視界いっぱいに広がっていた。遠くに見える山々はなだらかな稜線を描き、藁葺きの家が点在している以外はほとんど何もない。優雅に空を滑空する鳥が草原に影を落としている。

 

 太陽が眩しい。桜は目の上に手を翳して影を作りながら歩いていた。

 現世と尸魂界の季節は連動しているので、現世が夏なら尸魂界も夏である。現世ほど暑さが厳しくないのが幸いだが、雲一つない青空から落ちる陽射しは強い。

 

 長老の家で一泊した翌朝、一行は村はずれの広い草原を歩いていた。目的地は志波空鶴邸。昨夜の件で岩鷲を待つと言い出した一護を夜一が物理的に説得するという一幕はあったが、道行きは概ね順調である。

 長老がくれた地図を頼りに随分歩いているが、それらしき住居は見当たらない。夜一は「見ればすぐにそうとわかる」と言っているので、判りやすい見た目をしているのだろうか。

 

「そういや桜と石田はどんな修行してたんだよ? 石田はなんか変な手袋してるし、それが修行の成果か?」

 

 最後尾を歩いていた一護が出し抜けに言った。

 つい先ほどまでは岩鷲との喧嘩の続きをお預けにされた事で不服そうな顔をしていたが、もう切り替えたらしい。

 

「手袋って……。手套だよ、これは」

 

 石田が嫌そうに顔をしかめて手を振る。

 

「どんなと言われてもね。大した事はしてないよ」

「基礎を固め直した……といったところね」

「基礎」

 

 鸚鵡返しをする一護はあまりピンときていない様子で、石田は呆れながらも説明に入る。

 

「滅却師は大気中の霊子を集束して自分の霊力でコーティングして戦う種族なんだよ。霊子集束力を磨けばより多くの霊子が集められるようになるし、自分のものにした霊子を操ることで武器や攻撃の多様さや威力が増す」

 

 媒介にする霊力にもある程度の質と量が求められるが、より重要視されるのは霊子集束力を始めとした霊子操作能力──霊子支配力とも言い換えられる──である。従って、滅却師は自身に宿る霊力、ひいては霊圧をコントロールする術にも長けている。少なくとも桜はそうだ。

 

「つまり霊子や霊力の操作が滅却師の戦いの基礎ってこと。基礎が盤石であればあるほど戦闘手段に幅が出て、戦いを有利に運ぶことができる。一護くんも自分の霊力くらいはちゃんとコントロールできるようになりなさいね」

「一言多いんだよ……」

 

 分かったような分からないような顔で聞いていた一護は、うげっと顔をしかめた。

 彼には霊力を暴走させて霊体の自身を消滅させかけた前科がある。あの時は急激な霊力の解放という明白な原因があったとはいえ、霊力の暴走は誰にでも起こり得る事態だ。制御能力は身に着けておいて損はない。

 

 

     ◇

 

 

「……だからってここまで酷いとは思わないじゃない?」

 

 練武場の壁に背を預けながら桜は呟いた。

 横に立つ石田は何とも言い難い顔で沈黙している。

 

 空鶴邸に辿り着いた一行を迎えたのは、女性花火師である志波空鶴とその弟・岩鷲だった。

 昨夜の喧嘩の続きを始めようとした一護と岩鷲を鉄拳で黙らせた空鶴が提案したのは、大胆にも空からの侵入方法。空鶴が造った大砲に乗り込み、砲弾となって打ち出されることで瀞霊廷に侵入するという。

 瀞霊廷を球体状に覆う障壁──遮魂膜を通り抜けるには、霊珠核(れいしゅかく)に霊力を込めて頑丈な外殻を作る必要がある。

 その外殻構築の練習を、現在行っているのだが。

 

「ぬふあああ……!!」

 

 一護の霊力操作はあまりにもお粗末だった。

 唸りながら霊珠核に必死に霊力を込めているが、一向に球体にならない。一瞬形になったと思っても、すぐに揺らいで弾けてしまう。

 

「壊滅的だな。性格が出てる」

「哀れね」

「黒崎くんってまだ死神になってからそんなに時間は経ってないんだよね。霊力がどういうものか掴めてない……とか?」

「俺と井上ができてるんだ。単にセンスがないんだろう」

「そこォ! こそこそ言ってんの聞こえてんぞ!!」

 

 この調子ではまだもうしばらく時間がかかりそうだ。

 桜は早々に外殻の構築に成功して、織姫と茶渡へのアドバイス役に回っていた。それもすぐに終えてしまったので、暇を持て余していたくらいである。

 

 桜が哀れみの眼差しで一護の練習風景を眺めていると、足元に夜一が寄ってきた。

 

「時に桜よ。おぬしは滅却師の中でも随分と霊子の操作に長けておるように見えるな。誰ぞ優秀な指導役でもいたのか?」

 

 こちらを見上げてくる黒猫をちらと見て、すぐに視線を戻す。

 

「……指導役、は兄がそうでしたけど、教わる前からそういう細かいことは得意でしたよ。兄はわたしに才能があるってしきりに言ってましたけど、周りに比較対象がいなかったので実際にどうだったかはわかりません。訊こうにもその兄は死んで、もういませんし」

「──桜ちゃんも?」

 

 織姫の言葉に、彼女がいる方向を振り向く。

 

「あたしもお兄ちゃんがいたんだ。もう死んじゃったんだけど」

「──そうなの」

 

 一緒だね、と織姫が控えめにはにかんで笑った。

 

 

 

     /

 

 

 

「──で、黒崎くんが助けてくれたの!」

「……大変だったのね、井上さん」

 

 場所を変え、織姫と桜、石田と茶渡の四人は食事を摂っていた。一護はまだ地下練武場で練習を続けている。

 

 織姫が食事の合間にする話を、桜は黙って聞いていた。虚となった実の兄に殺されかけた件を話した時にはぴくりと眉を寄せたが、それ以外にはほとんど反応を示さなかった。

 それでも興味がないのかと思わなかったのは、桜が織姫を見る目が真っ直ぐだったからだ。

 それに織姫はなんだか安心して、つい色々と喋ってしまった。

 

「うん。大変だったしびっくりしたし、悲しかったけど……あのきっかけがあったから、あたしは友達を守れる力を持てたし、こうやって尸魂界にまで来れた。……だから、」

 

 手元の膳に目を落とす。まだ手をつけていない器が多いのは、後で一護に持っていこうと思っているからだ。彼は昨晩から何も食べてないし、きっとお腹を空かせているだろう。

 

「だから黒崎くんの力になって、ちょっとでも何か返せたらいいなって」

 

 防御と治癒の力に目覚めて良かったと思う。喧嘩や戦いは苦手だが、無茶をしがちな一護を手助けするのにこれ以上の力はない。自分の能力がこの尸魂界でどこまで通用するのかはまだ分からないが、できることならなんでも力になってあげたい。

 

「えへへ、ごめんね。ご飯中にヘンな話しちゃって!」

 

 ぱっと顔を上げた織姫は気恥ずかしさを誤魔化そうとして頬を掻いた。

 思いがけず桜の個人的な事を聞いてしまって、つい口が緩んだ。食卓にはそぐわない話題だったかもしれない。さっきからずっと石田と茶渡は無言だし、反応に困らせてしまったのなら悪いことをしたと思う。

 

「良かったわね」

 

 その言葉に、織姫は動きを止めた。

 かたりと桜が箸を置く。

 

「そういう事を笑って話せるようになったのなら、それは良い事だわ」

 

 桜は微笑んでこそいなかったが、織姫を見つめる瞳はひどく穏やかだった。

 その声は柔らかで、言葉の響きはいつになく優しい。

 

「────」

 

 ……これなのだろうか?

 桜を見ていると時折胸に去来する、妙なざわつきと言葉にし難い感覚は。

 親近感とシンパシーが混ぜこぜになった気持ちが、織姫をそうさせているのだろうか。

 

「さ──」

 

 織姫が口を開いたその時。

 大きく屋敷が揺れ、強大な霊圧が空気を震わせた。

 

 

     ◇

 

 

 夜明けが近い。まだ星が出ているが、東の地平線はうっすら白んでいる。

 空鶴謹製の花鶴大砲の周りに集まって、出発の時を待っていた。

 

「よし! 揃ったな!」

 

 石田に連れられた一護が到着し、瀞霊廷に突入するメンバーが揃う。

 

 一護は無事、数時間前に外殻構築を成功させることができた。その反動か気絶するように眠りに落ちた拍子に、夜一のふわふわの尻尾をぎざぎざの歯ブラシのように加工してしまった。おかげで夜一はぴりぴりしている。毛艶がいいのでそのうち元に戻るだろうが。

 

「おい、岩鷲の奴はどうした?」

「あいつなら下で何か読んでたけど?」

 

 空鶴の問いに一護が答えたタイミングで、下から岩鷲が上がってきた。彼はなぜか籠手までつけた戦闘準備をしている。見送るためにそんな装備をする必要はない。

 岩鷲はすっと表情を消し、一護に大股で歩み寄ると、その胸倉を掴み上げた。

 

「俺の兄貴は! 死神に殺された!!」

 

 吠えるような声と言葉に空気が凍りつく。

 身を乗り出した空鶴を遮り、岩鷲は滔々と語った。

 

 護廷十三隊の副隊長まで登りつめた優秀な兄が、仲間の死神に裏切られて死んだ事。

 心の奥底にこびりついた死神への不信感と嫌悪と、真実に手を伸ばす決意を。

 

「俺は知りてえ! だから本当の死神ってのがどういうモンなのか、ギリギリのとこまでいって見極めてやるよ!」

 

 一護はそれに岩鷲の胸倉を掴み返し、「よろしくな」とぶっきらぼうに告げた。

 

「用意はいいか! もう待ったは聞かねえぞガキ共! ──いくぜ!!」

 

 空鶴の激励が辺りに響く。

 明けゆく空に花火が上ろうとしていた。

 

 

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