THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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誤字報告ありがとうございます

代行篇で入れるタイミングがなかったチャド視点回です
現世組の中で一番人をよく見てるのはチャドだと思うの…



第十八話 Prelude3[Hollow Heart]

 

 

「──狭い空だな……」

 

 懺罪宮の一画、四深牢(ししんろう)

 天高く聳える白亜の塔は牢というにはあまりに広かったが、罪人のいっときの身の置き場としては相応に寒々しく、無機質な白さは心身を蝕むようだった。

 

 段差に腰かけて、ルキアは細い窓で切り取られた薄明りの空を眺めていた。

 恋次から旅禍の侵入を告げられたのは昨日の事だ。

 身の丈ほどの大刀を持ったオレンジ色の髪の死神。

 そんな人物を、ルキアは一人しか知らない。

 

「……本当に、来ているのか……」

 

 指先が力なく床を引っ掻くのを目で追う。

 殺気石(せっきせき)でできた牢の中では霊力は勿論、体力も気力も削られる。平時に比べれば動きの鈍い頭で思い出すのは、一護と最後に言葉を交わしたあの夜の事。

 血に塗れ、雨に打たれる少年が、二度と刀など持たず、傷を負うこともなく、平穏な生活に戻れるよう祈った。──けれど、その少年が今まで見てきたすべてのものに蓋をして元通りの生活を享受するような男ではないことを、ルキアはとっくに知っていた。

 

 視界の端に何かが映った気がして、顔を上げる。

 天から何かが落ちるように、明けの空に光が満ちていた。

 

 

 

     /

 

 

 

 黒衣の男達が地上をうろつくのを、茶渡泰虎は木の上から黙って見下ろしていた。

 石畳に刻まれたクレーターの大きさに狼狽しながらも、死神達は付近の捜索に向かう。

 足音が遠ざかるのを待って、呟いた。

 

「見事にはぐれたな」

「あまり幸先は良くないわね」

 

 隣の枝に腰かけた桜が、言葉とは裏腹にのんびりとした口調で言った。

 

 空鶴邸での打ち上げに成功したのはいいが、遮魂膜を通り抜ける時に砲弾が弾けてバラバラになってしまった。

 だが、なってしまったものは仕方がない。とりあえずこの場は凌いだが、いつまでも隠れているわけにはいかない。仲間との合流を目指すにせよ、ルキアの居場所を探すにせよ、とにかく移動しなければ。

 

「他の連中と合流できるといいんだが」

「……一番近いのは、一護くんと岩鷲くんね。井上さんと石田くんは……ここからはかなり離れてる。夜一さんは……、」

 

 その声に横を見ると、桜が真剣な面持ちで目を閉じていた。どうやらはぐれた仲間達の霊圧の居場所を探っているらしく、やがて目を開けた桜は諦めたように首を振った。

 

「──駄目ね、わからない。霊圧を消して移動してるみたい。大丈夫だとは思うけど」

「すごいな、桜は」

「え?」

「落ちてくる時に見ただけだが、この瀞霊廷はかなり広いだろう。霊圧感知の範囲がそこまで広いんだな」

 

 夜一から聞いた話では、流魂街を除いた瀞霊廷だけでも一国と呼んでいいほどの面積を持つのだという。

 茶渡も最近になってようやく霊圧の捉え方を覚えつつあるが、あらかじめどこにいるのか大体の位置を把握しているならまだしも、これほど広い場所でゼロから位置を探るのは今の自分では到底不可能だろう。

 

「滅却師は元々霊圧知覚が高い種族なのよ。きっと石田くんもできるんじゃないかしら。それに昨日も言ったけど、わたしそういう細かい事は得意だし」

「そうか……」

 

 昨日と言われて思い出すのは、織姫の身の上話を黙って聞いていた桜の静謐な横顔だ。

 茶渡は織姫の境遇の事は十日間の修行中にあらかた聞いていたため、それを聞く桜の反応の方に意識が向いた。

 正直なところ、意外だった。桜が織姫にあんな言葉をかけるとは思わなかったからだ。

 

 桜は石田や一護には気安い軽口すら叩いてみせるが、その他の人物への態度にはどこかぎこちない硬さのようなものがある。単に人見知りする質なのかと思っても、時折、興味がなさそうにふいと逸らされる温度のない視線がそれを否定していた。

 

 きっと学校での彼女しか知らなかった頃なら、そんなふうには思わなかっただろう。

 黒崎桜というクラスメイトは誰しもに平等に優しく温和で、当たり障りがない。それは誰からも何も齎されず、誰に何を齎すこともない、枝が折れ、地に落ちた花のように。

 窓際の席で頬杖をついて黒板を眺める姿は完成された人形か絵画も斯くやという風情で、遠巻きにする者がいるのも頷けた。

 

 だが茶渡はもう、あの青い弓矢を手に虚と対峙する桜の姿を知ってしまった。

 織姫と一緒に眺めた光景の中の彼女は学校で見るよりもずっと生き生きとしていて、意外だと思うより先に、あるべきものが収まるべき場所に収まったような納得を覚えた。

 

 桜が意図しない形で、彼女が被る仮面とその下の素顔を知った。そのうえで改めて彼女を見て初めて、些細な、しかし確かにそこにある無機質さに気づいたのだ。

 

 冷たいのではなく温度がない。こちらを見ているようで見ていない眼差し。そこにいるはずなのに、手も届かないほど遠く感じる距離。──芯に秘められた空虚に気づいているのは、おそらく自分だけだろう。

 

 だからこそ昨夜、桜が織姫にかけた言葉は、その距離がほんの少しでも縮まったことの証左のような気がした。

 同じ痛みを持った人間にしか分かち合えない領域がある。きっと相手が織姫でなければ、桜がわずかでも踏み込んでくることはなかったはずだ。

 

 底抜けに明るい織姫にも、肩ひじを張って生きている一護や石田にも、そして茶渡自身にも、他人においそれと明かせない事情や過去があるように、桜にもきっと抱えているものがあるのだろう。

 そのすべてをつまびらかにする必要はどこにもない。そんなことをしなくても、自分達は仲間であれるはずだ。

 だがもしも、いつか彼女が背負っているものを下ろしたいと思った時、すべてを打ち明けられる相手が自分達であればいいと思う。

 昨夜の彼女の微笑みを見た今ならば、そんな未来を願うことは決して傲慢ではない気がした。

 

 唐突に桜が声を上げる。

 

「どうした?」

「一護くんと岩鷲くん、誰かと戦ってるみたい。二手に別れてる」

「そうか、なら急ごう」

「先導するわ。ついてきて」

 

 風に翻る白い髪を追いかけて、茶渡は地上へ飛び降りた。

 

 

 

     /

 

 

 

 七番隊の一貫坂慈楼坊なる死神を退けた織姫と石田は、身を隠しつつルキアの居場所を捜索していた。

 はぐれた仲間との合流も重要だが、目的が同じである以上、目指す場所も同じだ。きっと道中で会うだろうと捜索を優先している。

 

「……黒崎の奴、派手にやってるな」

 

 周囲の霊圧を探っていた石田がそう呟くのに、辺りをきょろきょろと見回していた織姫は振り向いた。

 

「黒崎くん戦ってるの?」

「うん。もう霊圧の揺れは収まってるから、終わったんだと思う。戦ってた相手の霊圧が小さくなってるから、黒崎が勝ったみたいだ」

 

 それを聞いて胸をなでおろす。

 一護の事だから簡単には負けないだろうが、勝ったと聞くとやはり安心する。

 

「他のみんなはどう?」

「えーっと……岩鷲君は黒崎と一緒にいるし……、茶渡君は桜さんと一緒だね。今のところ戦闘にはなってないみたいだ」

「夜一さんは一人なんだね。大丈夫かな」

「どう見ても手練れだし大丈夫だと思うよ、あの人なら。……いや人ではないか」

 

 はぐれる寸前に見たのは、一護が岩鷲を、茶渡が桜を掴む姿だった。あのまま二人一組になって地表に落ちたのなら、一人でいるよりは安心だ。夜一は体も小さいし俊敏だし、自分達よりずっと隠密に向いている。

 

「みんな、無事だといいけど……」

 

 織姫は石田ほどの霊圧知覚を持たないため、誰がどこにいて、どんな状態であるかはまでは感じ取れない。

 遠景に見覚えのある姿を探しても、入り組んだ道と無機質な建物の群れに阻まれて細部まで見渡すことはできなかった。

 

「大丈夫だよ」

 

 石田がきっぱりと言った。

 

「黒崎だってそう馬鹿じゃない。無駄な戦闘はなるべく避けて、朽木さんの救出を最優先するはずだ。桜さんや茶渡君だってそうするさ」

「────」

 

 断言した石田の声には揺らぐことのない力強い響きがあった。

 瀞霊廷に入ってこの方、ずっと不安を持て余している自分とはまるで違う。

 

 視線を向ける織姫に気づいてか、石田がこちらに目を向けた。

 

「井上さん?」

「石田くん、黒崎くんや桜ちゃんのこと信じてるんだね」

 

 眼鏡の奥の青い瞳が丸くなる。

 

「あたし、ずっと不安なの。みんながあたしより強いことなんてわかってるのに、大丈夫かなって、心配ばっかりしちゃって」

「……」

「みんなのこと、信じられてないってことなのかな……」

 

 実際に戦うところを目にしている一護と石田に桜、修行を同じくした茶渡の強さは知っているつもりだ。戦闘が不得手な自分とは比較にもならないほど、彼らは強い。並大抵の敵ならば容易く退けてしまうだろう。

 そう理解している。だがどうしても、這い上るような不安を無視することができない。不甲斐ないことに、血を流し、傷を負った仲間達の姿が脳裏に浮かんで仕方がないのだ。

 

「それでいいんじゃないかな」

 

 俯いていた織姫は、石田の声に顔を上げた。

 彼は織姫の方を見てはいなかった。白い建物が多い街並みを目を細めながら眺めるその仕草は、誰かの姿を探しているように見える。

 

「相手の強さを信頼することと、心配することは別の話だよ。心配することは信頼してないわけじゃない。大切だから相手の身を案じるんだ。強いかどうかは関係ない」

 

 その言葉は確かに織姫に向けられていたが、同時に自分自身にも言い聞かせているような響きがあった。

 そう感じて初めて、織姫は気づく。

 

(……そうか、石田くんも──)

 

 織姫が感じている心配や不安を石田も感じているのだ。

 当たり前だ。たった七人で乗り込んだ敵地で、挙句はぐれてしまった。石田はそんな状況で、仲間の身を案じないような人ではない。少しばかり素直でないところがあるが、心優しい少年だという事はとっくに分かっている。

 

 それでも、その不安が彼の心を揺らすことがないのは、きっと信じる気持ちの方が強いからだ。

 いくら心配したところで、すぐに仲間の元へ駆けつけられるわけではない。ならば自分のできることをやり、仲間達もまた自分のできることをやり抜くだろうと信じる他ない。

 

「だから井上さんは間違ってないよ。そんなふうに……気に病まなくていいんじゃないかい」

「──うん。ありがとう」

 

 こちらに向き直って言う石田に、強く頷いた。

 不安に思う気持ちは消えていない。心配なのも変わりない。けれど、今はとにかく仲間達を信じることにする。

 

 

 

     /

 

 

 

 四楓院夜一は一帯でひと際高い建物の屋根から瀞霊廷を見下ろしていた。無論、猫の姿である。

 

 久方ぶりに目にする街並みは記憶にあるものと何一つとして変わっていなかった。

 風情も、空気も、人々が暮らす様も、停滞という言葉を体現しているかのような有様で、胸に去来するのは懐かしさと感慨深さの混じった呆れである。

 

 つい先ほどまで複数の場所で霊圧がぶつかり合っていたが、今はもう収まっている。霊圧から察するに、戦いの相手は席官だろう。その程度の相手なら、今の彼らならば問題なく退けられると夜一は確信していた。

 だが副隊長、隊長ともなるとその強さは想像を絶する。護廷が本格的に動き出す前に事を済ませなければならない。

 更に、警戒すべきは護廷だけではない。百余年前、夜一と浦原達が尸魂界を追われる原因となったあの男が動くとすれば、このタイミングしかない。

 

「これはこれで都合が良いか……」

 

 侵入して早々にはぐれたのは想定外だったが、小さな体躯を利用してあちこちで情報を集めるのは一人でなければやりにくい。浦原からの頼み事の件もある。元より自分は単独行動の方が向いているのだ。

 

 注意深く辺りを探り、絶え間なく動き続ける霊圧を補足しながら、夜一は軽やかに屋根を蹴った。

 

 ──六番隊副隊長・阿散井恋次が旅禍に敗れ、護廷十三隊全隊に戦時特令が発令されたのは、その少し後の事だった。

 

 

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