THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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第二十一話 Presto3[The Impermanent Flower] 

 

 

 ガキンッ、と硬いものがぶつかり合う高い音。

 それが、桜が一瞬で背後に回った白哉の刀を弓で弾き返した音だとルキアが気づいた時には、彼女は既に大きく距離を開けていた。

 

「それはもう見たわ」

 

 鋭い、されど凛とした声。

 三本の矢が同時に放たれ、青い軌跡を残して滑翔する。

 

 それを刀の一振りで打ち払い、白哉は低く告げた。

 

「──散れ」

 

 鍔から下を残して刀身がはらはらと散っていく。

 陽光を受けて白く輝きながら広がる刃達は、舞い散る無数の花びらの如く。

 

 狭い橋の上である。前には敵、後ろには負傷した仲間と、回避に使える場所は極めて少ない。

 鋭利な花吹雪を前に、桜は躊躇いなく欄干を飛び越え、宙に身を躍らせた。白い髪が流れるような弧を描き、刃の奔流を鮮やかに躱す。

 

 彼女はそのまま空中を蹴り、空を駆け出した。

 縦横無尽に疾走する姿は翼が生えているかのようで、そのスピードに千本桜はわずかに追いつけていない。

 ぴったりと後ろに張りつく刃の群れをものともせず、彼女は強く弓を引き、撃ち放った。

 

「〝光の雨(リヒト・レーゲン)〟」

 

 凄まじい風切り音。

 幾本もの矢が連続で射出される様は、現世にある機関銃という現代兵器を彷彿とさせた。

 

 白哉はそれに眉ひとつ動かさず、冷静に対処する。

 柄を持つ左腕を呼び寄せるように振ると、桜を追走していた千本桜が即座に引き戻され、矢の雨を防いだ。

 

 ──ルキアはあっと声を上げそうになった。

 白哉の背後に、極限まで霊圧を抑えられた霊子の矢が迫っている。橋の下を通ってきたのだ。

 現世で恋次に見せたものと同じやり口。千本桜を前方に展開し、図らずも視界を覆っている白哉には気づきようがない。

 

 だが。

 

「それは既に見ている」

 

 白哉が唐突に振り向き、その勢いに乗せて右半身を大きく振った。

 手甲に溜まっていた血液が腕の動きに伴う遠心力で宙へとぶちまけられる。

 

「破道の三十二、〝黄火閃(おうかせん)〟」

 

 放たれた炎が青い矢を塵も残さず焼き払った。

 血を媒介にしての鬼道の発動。

 

 あまりに高度な術式にルキアは唖然とする。自分がこの領域に辿り着くのに、いったいどれほどの年月がかかるだろう。

 桜はそれにヒュウっと口笛を吹いた。

 

「流石隊長さん、つまらない手が通じる相手じゃないわね」

 

 声と共に、再び矢の雨が降り注いだ。

 さながら青い驟雨。すべてをなぎ払うような霊子の掃射は終わりが見えない。

 さもありなん、滅却師の弓矢に弾切れという概念はない。大気に霊子がある限り──つまり無限に──彼女は矢を撃ち続けることができる。

 

 白哉は千本桜を操ってそれに対抗するが、上空から、背後から、更には橋の床板を突き破って下から撃ち込まれる矢を防ぐのに手一杯で、攻撃に転じられない。

 防戦一方。

 渦中に立つ白哉がそれを理解していないはずもなく、彼の横顔が屈辱に歪んだ。

 白い頬に一筋の赤い線が走る。防ぎきれなかった矢が掠めたのだ。

 

 ──押されている。

 尸魂界にその名を馳せる護廷十三隊の隊長の一角が。冷厳で隙のない、恐ろしいほどに強いあの義兄(あに)が。

 信じられない光景だった。

 ルキアは勿論、傍らの花太郎も橋の反対側にいる岩鷲も、固唾を呑んで二人の戦いを見つめていた。

 

 桜は攻撃の手を緩めない。

 宙に立って神秘的な赤い瞳で地上を見下ろす姿は、西洋の神話に語られる天使を思わせた。

 

 空中で青い矢と白い刃がガガガガガガッ、とけたたましい音を立てながら激しくぶつかっている。

 床板は穴だらけになり、このままでは橋の一部が崩落するのではないかと、そんな事を思った時だった。

 

 白哉がおもむろに左腕を持ち上げた。

 光の矢を受け止めていた刃達が鍔の先に集束し、刀の形を取り戻していく。

 桜はそれを不思議そうに見下ろし、動きを手を止めた。

 

(……まさか──)

 

 ルキアの背にひやりとしたものが走った。

 始解で対処し切れないのなら、その次に出てくるのは──

 

「──たかが滅却師一人、たかが旅禍風情に、これを使う羽目になるとは……」

 

 声は地を這うように低い。

 刀より鋭く研がれた眼差しが空中に立つ少女を睨み上げた。

 

「光栄に思え、その身に私の卍解を受けて死ぬことを」

「──桜ッ!!」

 

 ルキアの口から悲鳴じみた声が飛び出るのと、白哉が斬魄刀を手から離すのは同時だった。

 

「卍解──〝千本桜景厳〟」

 

 

 

     /

 

 

 

 全身から血を流しながら倒れ伏す少女を冷徹に見下ろして、朽木白哉は呟いた。

 

「咄嗟に自身の周囲に矢を放って刃を削いだか……最後まで芸達者な事だ」

 

 長い白髪が血に濡れてまだらに染まっている。辛うじて息はあるが指一本動かせないといった有り様で、浅い呼吸音だけがかすかに耳に届く。

 

 ……業腹な事に、右腕が潰され碌に鬼道も使えない状況で始解で対応し続けるのには限度があった。

 加えて場所も悪かった。長さはあるが幅は短い橋の上は動きが制限され、やりにくい事この上ない。

 縦横無尽に宙を駆ける少女の速度はおそらく自分の瞬歩より優っていて、空中戦に挑むには分が悪く、それらの状況が白哉の卍解使用を後押しした。

 

 卍解・千本桜景厳。

 足元から立ち昇る千に及ぶ刃が散ることで生まれる刃の総数は優に億を超え、更に刃の速度は始解時に比べれば数倍以上に跳ね上がる。

 追いつけないのなら速度を上げ、物量で押されるのなら更なる物量で押し潰すのみ。

 全方位を覆う刃の波濤の前ではわずかな抵抗など塵に等しく、何人たりとて逃れることはできない。それはこの少女とて例外ではなかった。

 

 かすかに動く細い首元にひたりと切っ先を当て、静かに刀を振り上げた。

 

「貴様如きの刃など、二度と私に届かぬと知れ」

 

 腕を振り下ろす。

 寸前、背後から耳をつんざく義妹(いもうと)の声がしたが、白哉はそれを無視して体を動かした。

 

 

 

    /

 

 

 

 頬を伝って口に入った血で咥内がぬめっている。出血のせいか耳鳴りがひどい。視界は血で霞んで使い物にならないので、桜は諦めて目を閉じて霊圧知覚で辺りを探っていた。

 

 刀が振り下ろされたような空気の流れは感じたが、その直後に聞き覚えのない男の声がして、結局白刃が桜の首に突き立てられることはなかった。白哉やルキアとの応答から察するに、また別の隊長だろうか。

 霊圧を探ると、橋の袂で岩鷲が倒れているのが判る。おそらく男に気絶させられたのだろう。あのままでは白哉に斬られていただろうから、この浮竹とやらのおかげで桜と岩鷲は命拾いしたというわけだ。

 

 全身を細かい刃物でズタズタに切り刻まれる経験は初めてだが、思っていたほどの痛みではなかった。

 思っていたほど、というだけで痛いものは痛い。少なくとも、動けなくなる程度には。特に重点的に狙われた右半身の感覚はほとんどない。きっちり意趣返しをされたというわけだ。

 あからさまな挑発に乗ってきた時も思ったが、朽木白哉という男は見た目通りの男ではないようだ。

 

(まさか卍解まで使ってくるとは思わなかった)

 

 見積もりが甘かった。それだけ桜が白哉を追い詰めたということだが、まんまと反撃を許していては無様なだけだ。

 リベンジに成功しても、また傷をつけられれば意味がない。腹立たしいが、借りができたというわけだ。

 

 頭上で交わされる会話を聞き流しながら、全身に巡らせた治療術式に意識を集中させていく。

 皮膚がざわざわとうごめいているような不快な感覚は、傷が少しずつ塞がっている証拠だ。

 刃の波濤に呑み込まれる寸前に矢で刃の勢いを殺したのが功を奏したか、傷はそう深くない。なんとか表面を繕ってしまえば、多少の無理は効くはずだ。だが傷は塞がっても、流れた血が戻るわけではない。消耗した霊力の回復にもまだ時間がかかるだろう。

 

(ここまでね……。まあ義理は果たせたでしょう)

 

 大量に血を流したせいか、妙に頭が冷えていた。

 頭のどこかに、どうしてこんなことをしているのかと自分を見下ろす自分がいる。

 茶渡があそこまで体を張ったのだからと少々寄り道してみたが、これが無意味な行動だったのではと考える思考も否定できない。

 

 寄り道。

 どの道を選んでも辿り着く場所は変わらない、という事だ。

 すべき事はとっくに決められていて、どう足掻こうと結局はそこに帰結する。

 抗う術はない。強大な力の前には、個人の感傷など何の意味も力も持たないという事を、桜はよく知っていた。

 

 ……けれど。

 誰かのために何かをする。

 そんな当たり前のようで当たり前でない事を、自らの意思で実行したのは、本当に久しぶりだったから。

 だから、もしもこの行動が無意味に終わるとしても、成果として実を結ばなくても、それでも構わないと──そう思ったのだ。

 

 霞がかかる頭でぼんやりと考える。

 こんな事をしたのは、いったいいつ以来だろうか。いくら記憶を辿っても、それはとうの昔に忘却の波に呑まれてしまって、思い出すことさえ難しい。

 

 当然だ。過去なんてものは、もう置き去りにしてきたのだから。

 

 …………なのに。

 だというのに。

 

 今の自分をあの人(・・・)が見たら、どんな事を言うだろうかと、そんな愚にもつかない疑問ばかりが脳裏に浮かぶのは、いったいなぜなのだろう。

 

(…………)

 

 桜はそっと目を開いた。

 明暗差によって白飛びする視界であっても、行くべき道筋ははっきりと映っていた。

 もうそろそろ、戻らなければならない。

 

 この場に近づいてくる見知った、けれど見違えるほどに成長した霊圧に、目線だけを動かして空を見る。

 黒い死覇装とオレンジ色の髪の少年が、逆光を背負って降り立とうとしていた。

 

 彼ならば、きっと白哉を倒せるだろう、と確信する。そのように運命づけられた彼ならば、どんな敵が相手であろうと立ち向かい、越えていくはずだ。

 

 ──運命。

 努力も決意も痛みも、過ごした時間も踏み躙る、残酷な言葉だ。

 わずかばかりでも彼の人となりを知った今となっては、申し訳ない気もするが、しかし。

 そう思ったとて桜には、何もできないのだった。

 

 

 

     /

 

 

 

 細い手足を投げ出して血だまりに沈む少女の体は無残に折れた白百合のようで、よもや死んでいるのではないかとゾッとした。

 傷だらけの体に触れることは躊躇われ、一護は桜の傍らに膝をついた。

 乱れた髪が顔を覆い隠している。その隙間からわずかに覗く唇が、ゆっくりと動いた。

 

「……ぼろぼろね」

「…………お前ほどじゃねえよ」

 

 存外しっかりした息遣いに安堵し、同時に腹の底から湧き上がる怒りに歯を食いしばった。

 

「──てめぇ」

 

 立ち上がる。

 一護の殺気じみた怒気を受けても、白哉は涼しい顔のまま佇んでいた。

 

 岩鷲と花太郎を先に行かせて更木と戦い、満身創痍になりながら相討って、元の姿に戻った夜一に助けられたのは数時間前の事。

 ──そのたった数時間の間に、仲間がこんなにも傷つけられている。

 

 桜が白哉に負傷させられたのはこれが初めてではない。恋次と白哉がルキアを迎えに来た日にも、二人は対峙していた。

 だが、怪我の度合いはあの時の比ではない。

 斬月の柄を握る手を固く握り締めた。

 

「一護……!」

「大丈夫だ、心配すんな。──あいつを倒して、お前も桜も連れて現世に帰る」

 

 背後のルキアが躊躇いがちに声をかけてくるのに、振り向かないまま答える。

 

 白哉が放つ骨を軋ませるほどの霊圧の奔流すら、一護は眉ひとつ動かさず受け流し。

 そして、一度目は目で追うことさえできなかった切っ先を、しかと受け止めた。

 

 




チャン一は誰かを守るために自分を奮い立たせている時が一番美しい
──違いますか?
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