THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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第二十五話 Finale1[Clash, Conflict, Collision]

 

 

 桜の先導で織姫の元へ向かう。

 夜が明けて間もない瀞霊廷は人気に欠け、空気は静謐に澄んでいたが、しかしどこか張り詰めていた。旅禍の侵入に囚人の処刑執行時刻の度重なる変更、そして花太郎から聞いた隊長殺害事件という大事が立て続けに起こっては、緊張状態になるのも当然といえた。

 そんな中で派手に動いて見つかれば余計な騒ぎが起こるのは明白。悠長にはしていられないとはいえ、戦闘を避けるために人目に付かないように移動するという桜の判断は至極妥当だった。

 ……だが人目を避ける理由は、果たして余計な騒ぎを起こさないためだけだろうか。

 

 物陰に隠れて人の往来をやり過ごす最中、石田は自身の手のひらを見下ろした。

 霊子を集束させて弓を顕現させようとするが──

 

「…………」

 

 何も起こらない。

 滅却師の能力(ちから)は、今や完全に失われていた。

 

「……後悔してる?」

 

 顔を上げると、周囲への警戒はそのままに横目でこちらを見ていた桜と目が合う。端麗な横顔の中、赤い瞳に自分の姿が映っている。

 それを正面から見据え、石田は首を振った。

 

「──してないよ」

 

 マユリとの戦いの最中、乱装天傀を発動した後、滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)を使用することなく離脱するという道もあっただろう。

 だが、あそこで戦わないという選択肢は石田にはなかった。それは胸に湧いた衝動と、欠片ほど残った冷静な思考が満場一致で告げた結論だった。

 ──ここでこの男に立ち向かわなければ、滅却師になった意味がない、と。

 

 たとえどんな結果になっても、たとえ全てをふいにする事になっても受け入れる。

 その覚悟があって、石田は手套を外したのだ。

 ……だから。

 一抹の寂しさと彼女に対する申し訳なさはあっても、悔いはない。

 

「……なら、それでいいわ」

 

 桜はふいと視線を逸らして、こちらを見ないままに言った。

 

「譲れないもののために戦ったんでしょう。あなたのした事は何も間違ってないわ。だから申し訳ないとか、そういう事を思う必要もないの」

「……桜さん……、」

「自分の決断に胸を張りなさい」

「────」

 

 目を丸くする。

 間抜けにもポカンと口を開けて彼女の横顔を見つめた石田は、ややあって眉を下げて少し笑った。

 ……本当に、言葉が見つからない。

 ただ、敵わないな、としみじみと思った。 

 

 いつの間にか人影は遠ざかっていた。

 さっと周囲に視線を巡らせて物陰から出る桜に続いて、再び人気の失せた広い道を走り出す。

 黒い着物によく映える白い髪が、動きに合わせて軽やかに揺れていた。

 

 

 

     /

 

 

 

 疾走する更木剣八の背に乗っていた織姫は、流れる景色に見知った霊圧を感じて、はっと顔を上げた。

 同時にぴたりと更木が足を止める。後ろに追従していた弓親と一角も立ち止まり、腰の刀に手をかけた。

 

「え? え? なんスか……?」

「黙ってろ。──誰だ。出てこい!」

 

 最後尾を走っていた荒巻が困惑して狼狽えるのに、鋭い眼差しで周囲を警戒する一角の短い叱咤が飛んだ。

 織姫が更木の肩口から顔を出してきょろきょろと辺りを見回すと、

 

「さ、桜ちゃん? 石田くん?」

「──その様子だと、人質に取られてるなんて事はなさそうね」

「良かった井上さん。元気そうで」

 

 塀の向こうから、死覇装姿の桜と石田が顔を出した。

 二人の姿を視界に捉えるや否や織姫は歓声を上げ、更木の背中から飛び降りて勢いよく桜に抱きついた。

 

「よかったぁーー! 二人とも無事でー!!」

「井上さ──あたっ!?」

「わっ、ご、ごめん桜ちゃん! あたし石頭でね!? ごめんね!」

 

 勢いがよすぎて、ガツンと織姫の頭頂部が桜の額にヒットする。声を上げる桜に対し、織姫はまったくのノーダメージである。

 

「なんだ織姫ちゃんの仲間か。つーかそこのメガネは報告にあった涅隊長をやったって奴じゃねえか? なあ弓親。……弓親?」

「────う、美しい……ッッ!!」

 

 戦闘の構えを解いた一角が横にいるはずの弓親を見ると、彼は目を見開いて桜を凝視していた。

 瞳孔を開いたままにじり寄ってくる弓親に、桜が心なしか距離を置く。

 

「君、名前は?」

「……黒崎桜、です……」

「桜、か……。名前まで雅とはね……まあ僕も負けてないけど」

「はあ……」

 

 ふわっと髪をかき上げる弓親に桜がストレートに引いている。織姫も初対面の時こんな感じのリアクションをされたので、気持ちはまあわかる。

 そこに石田が割り込んだ。

 

「初対面の女性に対して馴れ馴れしすぎるんじゃないかい? 礼儀がなってないな」

 

 冷たい眼差しで相対する石田を上から下まで眺め、弓親は「ふぅ〜〜〜ん……なるほどね……」と呟く。

 

「君も……よく見ると悪くはないね……眼鏡が邪魔だけど」

「何なんだ……」

「ま、たとえ眼鏡がなくても、僕の方が上だけどね!」

「何なんだこの人……」

「オイその辺にしとけ。隊長待たせんな」

 

 するとそこに、見知らぬ少年が息せき切ってやって来た。

 

「はぁ、はぁ……お二人とも速いですよぉ! ってざざざざ更木隊長ぉ!!?」

 

 

     ◇

 

 

 花太郎という少年の案内で四番隊の詰所に向かう途中、桜からはぐれてからの顛末をざっくりとだが聞いた織姫は、安堵と喜び、そしてわずかばかりの無力感が入り混じる万感の思いで、詰めていた息を吐いた。

 安全な場所で匿われていた自分とは対照に、二人は命懸けの戦いを繰り広げていたようだ。こうして無事に顔を合わせられた事を本当に嬉しく思う。

 

「ほんとに……大変だったんだね、二人とも。無事でよかった」

「まあ……一護くんに比べたらこの程度どうってことないわ」

 

 胸をなでおろす織姫に、隣を走る桜は涼しい顔で答えた。そして前を走る更木をちらと見る。

 

「黒崎くんが今どうなってるかわかるの?」

「そこまでは。でも大丈夫でしょう。夜一さんが一緒だろうし。だいたい殺したって死なないんだから、あの子」

 

 桜がそう断言するのに、副隊長のやちるを肩に張りつけたまま更木が笑った。顔は見えないが、きっとあの獣じみた笑みを浮かべているのだろう。

 

「は! 違いねえ。野郎は簡単にくたばるタマじゃねえよ。

 ──オラ、着いたぜ。とっととてめェらの仲間回収して一護ンとこに行くぞ」

 

 四番隊の詰所が見えてくる。更木は速度を緩めず、施設に突入した。

 

 

 

     /

 

 

 

 救護牢に捕らえられていた茶渡と岩鷲は、拘束されてはいたがきっちり治療を受けていて、存外元気そうだった。

 他隊の隊長がやって来て牢を破るという珍事に蜂の巣をつついたような騒ぎになっている詰所を早々に後にすると、一行の目的が一護の捜索へと変わる。

 しかし道案内をする草鹿やちるの方向感覚は当てにならないようで、入り組んだ瀞霊廷内で迷子になっていた。

 ……というか、一護の目的はルキアの処刑の阻止なのだから、あちこち走り回っていないで処刑場に先回りしていればいいのではないだろうか。

 

 そんな事を桜が思った矢先、行き止まりの道に四人の隊長格が現れて、十一番隊の三人は彼らの相手をすることになった。対してやちるはこちらに残り、先導を務める。

 一塊になって広い街道を突っ走る。

 幾人かの死神とすれ違うものの、副隊長がいるからか、不審に思われはしても見咎められて声をかけられるということはない。

 

 陽は完全に上りきっていて、上空には目の覚めるような深い青が広がっている。もうじき処刑が執行されようというのに──あるいはそんな時だからこそなのか──いい夏の日和だった。

 

 ふと桜は顔を上げた。

 遠く──懺罪宮のほど近くで、二つの霊圧が衝突したのだ。

 その勢いは激突といって差し支えない。激しく争っているようだが、にしては霊圧の持ち主が妙である。

 

「この霊圧──」

「どうしたの桜ちゃん?」

「朽木白哉と阿散井恋次が戦ってる」

「あいつが?」

 

 阿散井恋次はルキアの捕縛のため現世に来た張本人で、一護ともぶつかったはずだ。その彼がなぜ上官の白哉と戦っているのか。

 一護と恋次の戦いを見届けたという岩鷲が首を傾げていると、前を走るやちるが言った。

 

「れんちゃんはルッキーのこと大事だから、処刑止めたいんだよ」

「……誰の事? それ」

「れんちゃんは阿散井副隊長の事だ。あの人元はウチの六席だったんだよ。ルッキーは……朽木ルキアの事っスか? 草鹿副隊長」

「そだよ!」

 

 最後尾を走っていた十一番隊の男──名前は知らない──が補足する。

 それで得心がいった。

 処刑を止めるために朽木白哉と戦っているのなら、ひとまず恋次はこちら側の敵ではない、と判断していいのだろうか。

 しかし相手が悪い。白哉が部下相手だからといって手心を加えるような甘い男ではない事は先日の戦いで知れた。むしろ自分の部下だからこそ、完膚なきまでに叩き潰すことだろう。果たして命があるだろうか。

 

(──……っ)

 

 傷が疼く。

 織姫の治癒によって傷はあらかた塞がったが、肉体に刻まれた痛みは未だ記憶に新しい。

 それを振り切って走ることに意識を傾けていた桜の耳に、声が飛び込んできた。

 

「──あ、あの!」

 

 足を止めて最後尾を振り返ると、花太郎が決意に満ちた表情で拳を握り締めていた。

 

「ボク、阿散井副隊長の所に行きます」

「山田くん?」

「このまま行ってもボクじゃ皆さんの足手纏いになるだけです。だったらせめてボクに出来る事をやらないと……!」

 

 恋次が白哉と戦っている事に思うところでもあったのか。あちらこちらで衝突する霊圧の余波を受けて額に冷や汗を滲ませながらも、彼はそう宣言した。

 戦力の分散は得策ではないが、花太郎の霊圧はお世辞にも戦力に数えられるレベルではない。幸いにも回復役(ヒーラー)は既に一人いて、手が空いている彼を自由にさせてもこちらに不都合はない。

 恋次と白哉の戦いは始まって間もない。今から行けば決着がつく頃には間に合うかもしれない。

 

 思案の末、桜は頷いた。

 

「そう。わかったわ」

「はい……! 皆さん、すみませんけどルキアさんの事、お願いします!」

「──俺も行くぜ、花」

「え、岩鷲さん……?」

 

 花太郎の肩に岩鷲が手を置いた。

 目を丸くする花太郎に、彼は太陽のような笑みを見せる。

 

「聞いたぜ。お前脱獄して来たんだろ? なら俺様が護衛くらいしてやらぁ!」

「岩鷲さん……!」

「そういうわけだからよ! 一護の方は頼むぜ、お前ら!」

 

 ビシッとこちらを指差す岩鷲に、織姫が力強く頷く。

 

「気をつけてね。岩鷲くん、花太郎くん!」

「オウよ! 行くぜ花太郎!」

「はいっ! ──って岩鷲さん、そっちじゃないですよ!」

 

 花太郎を脇に抱えて、岩鷲は走り去って行った。

 その姿が遠ざかるのを見送った途端、小競り合いを続けていた霊圧が炸裂する。──卍解だ。

 それも一つではない。二人の隊長を相手取っているはずの更木がいる方面からも、爆発的に力を増す魄動が感じられた。

 

 わずかに目視できる程度に近づいた双殛の丘には、隊長格と思しき霊圧が続々と集まってきている。ルキアもそろそろ処刑場に護送される頃だろう。

 

 処刑執行時刻が迫る中、戦いは激化していた。

 

 

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