THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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第二十七話 Finale3[Symphony of the Rebels]

 

 

 肌がひりつくような緊張感の中、その男は穏和な顔立ちに悠然と微笑を浮かべていた。

 それもそのはず、緊張を感じているのは桜だけで、こうして対峙している現状はこの男にとっては緊張どころか身構える必要もないものなのだ。つまり、それほど実力差があるという事。

 

 ……背筋を冷たい汗が伝う。

 男が発する霊圧の密度は桁外れている。霊気がぎっしりと詰まっていて、重力が何倍にもなったかのように空気が重い。ただ霊力が大きく強いだけでは、こんなふうには感じないものだ。

 聞いていたよりずっと化け物じみている。

 

(これが、藍染惣右介──……!)

 

 花太郎から殺害されたという隊長の名前を聞いた時から、予感はしていたのだ。あの男が動くならこの時しかあるまい、と。

 事実、男は動き出した。瀞霊廷が混迷を極め、隊長格が疲弊している絶好のタイミングで。

 思い切り舌打ちしたい気分だった。

 

 目の前の男に矢の照準を合わせながらも、背後への警戒も怠らない。 

 後ろを取られたからと反射的に前に出たのは失敗だった。前後を敵に挟まれたこの状態をどう脱するか。

 そう考えた桜だったが、藍染はあっさりと視線を東仙に移した。

 

「朽木ルキアの身柄は任せるよ。双殛の丘でギンを待たせている。こちらもすぐに終わらせて向かおう」

「はっ」

 

 短いいらえの後、東仙の霊圧が消えた。完全に遠ざかるまでさほど時間はかからず、すぐにこの場にいるのは桜と藍染だけになる。

 ……恋次は逃げきれないだろう。先に行かせたのは失敗だったかと思う一方、この男が直接動き出した以上は時間の問題だっただろうとも思う。

 

 ゆるりと視線を戻し、藍染は桜を見た。

 暗黒の深海が形になったような(くら)い瞳だった。相手の全てを見透かすくせに自分の手の内は一切他人に悟らせない、不気味な底知れなさがある。

 

「──では改めて。知っているだろうが、()は藍染惣右介という」

「……ご丁寧にどうも。わたしは黒崎桜、しがない滅却師よ」

 

 鷹揚な自己紹介に平静を装って言葉を返す。しかし次の瞬間、桜は凍りついた。

 

「しがないなどと不相応な謙遜は止したまえ。君は優秀な滅却師だ。──その能力(ちから)()()の血筋かな」

「──な──」

 

 弓を持つ手がびくりと強張った。

 いっそ甘やかですらある低い声で、男は続ける。

 

「尤も、それが君の本当の名前かどうかは疑わしいところだがね。もしそうでないとしたら随分と悪趣味な事だ。それとも──積年の恨みを忘れ、死神と交わった裏切り者への皮肉なのかな」

「──────」

 

 カッ──と頭の芯に熱が走った。同時に、腹の底が氷の塊でも投げ込まれたかのように冷え切っていく。

 ……弓を下ろす。ふつふつと湧き上がる激情を息を深く細く吐くことで無理やり抑え込んで、桜は口を開いた。

 

 

 

     /

 

 

 

 青白い光が薄暗い室内を満たしていた。

 大きさも形も様々な機械がずらりと並んだ物々しい部屋である。中でもひと際目立つのは壁際の機械に埋め込まれた大量のモニターで、それぞれが違った映像を絶え間なく映し続けていた。

 それは無人の室内を始めとした屋内から、人の行き交う往来といった屋外、抜き身の刀を持つ黒衣の男達が集まる戦場の片隅、戦闘の痕跡が残る丘の頂上にまで及んでいる。──そしてその中には、白い羽織を纏う眼鏡をかけた男と、黒い死覇装を纏った白髪の女が対峙する光景もあった。

 画面の中の二人は何事か言葉を交わしている。大量の機械の作動音に交じって映像と共に音声が流れていた。

 

 ──静かな女の声。

 すると、薄く笑みを浮かべていた男の顔からすっと表情が消えた。一拍の間を置いて、男は腰に差していた刀の柄に手を置く。

 そこからは一瞬だった。

 抜刀も斬撃も瞬きの間。抵抗せんと矢を放った女の攻撃はあっさりとねじ伏せられ、その上半身に鮮血の花が咲いた。

 

 男が納刀すると同時、女の体が地面に崩れ落ちた。じわじわと流れ出る血が歪な円形に広がる中、血だまりに沈む女は苦し気な呼吸を繰り返している。

 男は地に伏した女を冷酷な眼差しで見下ろすと、言葉を残してその場を去った。

 

 ──それら一部始終を、長い金髪を背に垂らした男がじっと見つめていた。

 

「………………」

 

 髪と同じ色をした長いまつ毛に縁どられた目に、青白く光る画面が映り込んでいる。それは対象を注意深く観察するような目でありながら、同時に路傍の石を見下ろすような無機質な色をしていた。

 男は一言も発さないまま、部屋を後にすべく踵を返しかけたが──振り向きざま視界に入ったものに足を止め、再びモニターを見た。

 

 そこに映っているのは、苦しみながら血を吐き出す女の姿。

 女は血でべっとり濡れた手を壁について体を持ち上げようとするが、手がと滑って血だまりに逆戻りする。聞こえてくる呼吸はリズムと音がおかしい。おそらく傷が肺にまで達している。

 いっそ気を失ってしまった方が楽だろうという傷を負っていても、女は意識を失わない。否、失えないのだ。中途半端に高い霊力が意識を留めている。

 ──あるいは。立ち上がらんとする強い意志が、辛うじて意識を繋ぎとめているのか。

 

 血まみれの指先が石畳に深く食い込む。震える膝が強く地面を押す。その眼は、屈辱以外の怒りで濡れている。

 何をそこまで、と思うほどに女は必死だった。

 

 女は息も絶え絶えになりながらも膝立ちになり、血で汚れていない壁に寄りかかった。胸に手を当てると、そこから青い光が溢れ出す。

 治療術式かと思ったが、女の顔が苦痛に歪んだのを見て光の正体がわかる。傷を強引に糸で縫っているのだ。

 最低限傷を塞ぎ終えた女はよろよろと立ち上がり、大量の血痕を残してその場を去った。

 

 ……向かう先は見ずともわかる。幸運にも女が命を取り留めるであろうことも。

 男は今度こそ踵を返し、やはり黙したまま部屋を後にした。

 

 

 

     /

 

 

 

「……お聞きになられましたか? マユリ様」

「当たり前だ。聞こえているヨ」

 

 数日ぶりに確固とした肉体を取り戻し、涅マユリはやれやれと息をついた。

 

 石田雨竜と名乗った滅却師との戦いは我ながら散々な、何ともつまらない結末だった。

 今までに見た全ての文献にない技術を直接目にできたのは収穫だったが、所詮は古臭い骨董品と高を括った矢先、卍解を正面から打ち砕かれ、逃走を余儀なくされた。

 ……まったくもって認め難い、屈辱的な事実だが。

 涅マユリは、あの滅却師に完敗を喫したという事だ。

 

 液状になった肉体の回復を待つ間、飛び込んできたのは四番隊副隊長・虎徹勇音からの緊急伝心だった。

 三人の隊長の裏切り、四十六室の全滅、仕組まれた処刑。

 それら全てを「興味がない」と一蹴し、マユリは傍らの娘に目を遣った。

 

「──そんな事より、だ。ネム」

「はい。メインコンピューターに接続して確認いたしました。細菌型監視用霊蟲の最終ログの同期は無事完了しています」

 

 滅却師の男に仕掛けた細工が消えたのに気づいたのは先ほどの事だ。

 少しばかり驚いたが、細菌型霊蟲が得た記録は技術開発局のデータベースに逐一集積させている。それを追えば充分に情報は得られるだろう。

 ミクロ単位の細菌に気づき排除するなど尋常な霊子操作能力ではない。

 報告によれば、旅禍の中に滅却師はもう一人いるのだという。

 

 マユリは口の端をつり上げた。

 

「フン。骨董品風情が──なかなかやるじゃないかネ」

 

 

 

     /

 

 

 

 ──双殛の丘。

 喉元に刃を突きつけられ、周囲を複数名の隊長格で囲まれても、藍染の笑みは絶えることはない。

 眉をひそめ、夜一は低く問うた。

 

「……何が可笑しい、藍染」

「いやね、四楓院夜一。君には私にばかり構っている暇はないのではないかと思って」

「……どういう意味じゃ」

 

 微笑を湛えたまま、男は滔々と答える。

 

「東三十七区と八区の間。そこに君達が巻き込んだ少女がいる。行ってあげた方がいい。肺まで斬ってきたからね。いくら滅却師が継戦能力に秀でた種族だとしても、呼吸ができなくてはすぐに死んでしまう」

「──貴様……ッ!!」

 

 目を見開いた夜一がすぐさま駆け出そうとした、その時。

 

 ──ふっと影が落ちた。

 その場にいた全ての人間が空を見上げ、驚きに目を見張る。

 それは藍染も例外ではない。

 青い霊子の弓を強く引き絞る少女の姿に目を丸くすると、笑みを深めて呟いた。

 

「──丈夫な子だ」

「疾ッ──!!」

 

 轟音。──それは膨大な霊力の込められた矢によって押し出された空気が発する音。

 放たれた矢は落雷の如き衝撃を伴って空気を裂き、暴力的なまでの速度で藍染に突進した。

 

「……済まないが、時間だ」

 

 それも、空から降ってきた光の壁によって阻まれる。

 “反膜(ネガシオン)”──大虚(メノス)が同族を助ける際に使う光の柱。

 光の根本では巨大な口のような裂け目が広がり、中で大量の大虚が蠢いている。……それはつまり、藍染が虚と手を組んだという事。

 壁にぶつかってバチッと散った矢の残滓を嘲笑いながら、藍染は上昇していく。

 

 対照的に、滅却師の少女は真っ逆さまに落下していく。……血を撒き散らしながら。

 どう見ても満身創痍の状態だというのに、手にはまだ弓を握っている。見上げた根性だ。

 

「桜……ッ!!」

「まったく無茶をする女子(おなご)じゃなっ!」

 

 岩肌に向かって無抵抗で落下する桜に一護が焦ったように声を上げるが、地上スレスレで滑り込んだ夜一が受け止めて事なきを得た。

 その体がやけに冷たいと思ったら、死覇装がぐっしょりと血で濡れている。出血からして命があるのが不思議なほどの大怪我だというのに、桜は敵意の滲む眼で藍染を睨みつけていた。

 

 ──それら全てを、藍染は上空から見下ろしている。不遜にも、神の如くに。

 浮竹の言葉を受け、後に「尸魂界史上最悪の叛逆者」と語られることになる男は、超然と告げた。

 

 ──最初から誰も天に立ってなどいない。

 ──君も、僕も、神すらも。

 ──だがその耐え難い天の座の空白も終わる。

 ──これからは──

 

「──私が天に立つ」

 

 否応なしに理解する。

 今まさに巨大な(あぎと)に呑み込まれる男が、世界を呑み込まんとしているのだと……。

 

 ──こうして、一人の死神の失踪に端を発する騒乱は幕を閉じた。

 だがこの騒動が、天を獲らんとする巨悪との戦いの序幕に過ぎない事を、この場にいる全ての人間が理解していた。

 

 




Rebel…主に既存の権力、体制、支配に対する反逆、反抗、あるいは反逆者、反抗者

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