THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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 それは水面に映る月

 嵐の前に実る果実

 雪原の足跡 砂時計の底

 塩の彫像 夜明け前の灯火

 掴んでもすり抜ける 白い花びら




破面篇~It's always darkest before the dawn.
第三十話 Tempest


 

 

 九月一日、新学期が始まる登校日。

 暦の上ではとっくに秋だが、だからといってすぐに気象が変わるわけではない。残暑を引きずった街は蒸し暑く、まだしばらくは半袖の世話になる日々が続きそうだった。

 

 最寄りのバス停から学校までの短い距離でもじわりと汗ばむ気温にうんざりしながら、一護は校舎に向かって歩いていた。昇降口に入ったところで、靴を履き替えている見慣れた二人組を見かける。

 

「おーっす」

「おはよう一護くん」

「なんだ君か。今日も能天気な髪で何よりだよ」

「いちいち嫌味挟まねーと喋れねえのかお前!」

 

 石田の刺々しい態度に腹を立てながらも靴を履き替えて教室に向かう。

 久方ぶりに訪れた学校は、夏休み中の静けさを取り返すかのように賑やかな喧騒に満ちていた。

 

「あー石田、今日の放課後ヒマか? ウチに来てほしいんだけどよ」

「別に時間はあるけど、どうして」

「お前裁縫得意だろ? ちょっと繕ってほしい物というか、奴がいて……」

「はあ……? まあ、いいよ」

「ねえそれわたしも行っていい?」

「え? いいけどなんもねーぞ」

「年頃の男子の部屋なんているだけで面白いじゃない」

「……君何度かうちに来てるけどそんなこと思ってたのかい?」

 

 そんな会話をしながら廊下を歩いていると、曲がり角の向こうからドドドドド……と騒々しい足音が聞こえてきて、そこから人影が飛び出してきた。

 

「わ、」

「おっと」

「グッッモ~ニンッイ~~チ~~ゴフッ!!」

 

 奇声を上げながら飛びかかってくる啓吾にぶつかりそうになった桜を、石田がさっと腕を伸ばして自分の方に引き寄せた。

 一護にラリアットで迎え撃たれて廊下に沈んだ啓吾を、ため息をつきながら見下ろす。

 

「おはよう浅野くん。廊下を走る時は周りをよく見て」

「あ、ハイ。すんません。つかそこは走るなじゃないのね……」

 

 桜の肩を抱いていた手を離して、何事もなかったかのように石田は言う。桜も別に何とも思っていないようで、二人はさっさと教室に入ってしまった。

 床に寝転がったままの啓吾と、後ろからやってきた水色がそれを呆然と見送る。

 

「え? え? 何? めっちゃ自然に肩とか触ってなかった? あの二人デキてんの? いつの間に? 夏休み中に距離縮めちゃった感じなの??」

「へえ。なかなかやるね石田くん」

「…………まあいいか」

 

 あらぬ誤解が生まれている。何くれと距離が近い二人なので、あの程度のスキンシップなら一護は見慣れているが、当然そうでない者もいる。

 噂ってこうやって広まるんだな……と思いつつも、どう訂正したものか迷った一護は結局何も言わなかった。広まった方が石田にも都合が良いだろう。多分。

 

 

     ◇

 

 

 (ホロウ)の出現を知らせる通知機にもなるという代行許可証が鳴って朝のホームルームを抜け出す羽目になるトラブルはあったが、始業式と短縮授業だけの新学期初日はつつがなく終わり、いつもより早い放課後がやってきた。

 中途半端な時間で人気のない住宅街を抜け、一護と石田、桜の二人はクロサキ医院の看板を掲げる黒崎家に到着した。

 

「たでーまぁ」

 

 玄関ドアを開けて家の中に入る。後ろに続いた二人が「お邪魔します」と声を揃えた。

 妹達はまだ帰宅していないようで、人の気配はない。ただ繋がっている診療所の方から物音がするので、父親は在宅のようである。

 

 来客用のスリッパを二足出してやり、部屋に荷物を置いてから茶でも出そうと思って二階の自室へ続く階段に向かった一護は、背後に続いていた足音が途絶えているのに気づいて足を止めた。

 そしてふと気づく。

 玄関から二階へ続く階段の間には短い廊下があって、そこにはダイニング兼リビングへの出入り口が設けられている。

 出入り口には扉が付いていない。

 つまり廊下から部屋の中が見えるということで──

 

(あッッッ)

 

 一護は勢いよく振り返った。

 石田と桜が廊下の途中で立ち止まったまま、部屋の中を凝視していた。

 

 廊下から見える壁には、一護の亡き母・黒崎真咲の巨大なポスター風遺影が貼ってあるのだ。「真咲フォーエバー」とデカデカと書かれたポスターは人に見せるにはかなり恥ずかしいシロモノである。

 

 迂闊だった。たまの客人が来る時は隠すなりして対策しているのだが、ここ最近はそれもなかったのですっかり忘れていた。

 

「ヒゲてめえ!! この遺影なんとかしろっつったろ!!!」

「あんだってぇ!!?」

 

 思わず診療所に向かって怒鳴ると怒鳴り声が返ってきた。

 一言文句を言ってやらねば気が済まないと診療所の方に歩き出しかけた一護は、くるりと後ろを振り返って言った。

 

「悪ぃ、先行っといてくれ。階段上がって突き当たりだから」

「ああ、うん……」

「…………」

 

 

     ◇

 

 

 ポスターを撤去しろしないの言い争いを父を殴ることで一旦終わらせた一護は、適当な飲み物とお茶請けを持って二階に上がった。

 階段を上り切ったところで自室から何やら賑やかな声が聞こえ、嫌な予感がしてドアを押し開けると、桜とコン(耳が千切れて中から綿が飛び出している)がベッドの下を覗き込んでいるではないか。

 

「ッッッにをやってんだテメーは!!!」

「あ、ごめんなさい。つい楽しくなっちゃって」

「つい、で思春期の男子の部屋物色してんじゃねーよ!! 何の罰ゲームを受けてんだ俺は!? テメーも止めろやコン!!」

「ンだよいいだろ〜男ならエロ本の一冊や二冊やさらけ出してみろってんだ!! あ、桜ちゃぁん、もうちょっと奥に箱があるでしょ? そこにねぇ………」

「テメーがそそのかしたのかよ!! 持ってねえし持ってたとしてもそんなベタなとこに隠さねえよ!!」

 

 コンはまったく悪びれる様子もなく、猫撫で声で桜にデレデレしている。家を留守にしていた間に何故かボロボロになっていたコンの体を直してもらうために石田を呼んだが、当分このままでもいいかもしれないと思い始めた。

 一方その石田はというと、机の上の本棚代わりのカラーボックスを矯めつ眇めつ眺めているではないか。

 

「シェイクスピアを原文で揃えてるとは、なかなかやるな黒崎。しかも翻訳本は作者と出版社違いまであるときてる」

「翻訳が違ったら別の本だろ」

「なんだ君わかってるじゃないか!」

 

 上機嫌にバシバシ背中を叩かれる。

 

「そういえば君は試験でも英語と国語の成績は良かったな」

「意外と文学少年なのよね。あなたが真面目な顔でシェイクスピアなんて読んでると思うと笑えてくるわ」

「うるせーよ! 俺の前で俺の悪口言うな!」

 

 ──と、そんなやり取りを経て、石田はようやく本来の目的であるコンの体の修繕に入った。桜は勝手に本棚から本を拝借して読みふけっている。

 

 しつこく桜に話しかけようとするコンがうるさかったのでぬいぐるみの体から追い出してしまえば、黙々と作業をする石田と読書に励む桜、それを手持ち無沙汰に眺める一護で沈黙が作られる。

 

「…………」

 

 唐突に部屋に落ちた静寂に、これ幸いと一護は感覚を研ぎ澄ませた。細やかな霊力の感知は不得手な一護だが、この近距離なら流石にはっきりわかる。

 

(……やっぱりだ。石田の奴、滅却師の能力をなくしてやがる)

 

 虚退治の為に学校を抜け出した際、織姫に石田の調子が悪いと言われて初めて気づいた事だ。

 尸魂界にいた時に浮竹から聞いた話では、石田は十二番隊長の涅という男と戦ったのだという。

 戦いの最中に何が起こったかまではわからないが、その時に滅却師の能力を失ったと見てまず間違いないだろう。

 

 そして、桜はそれを知っている。

 

 そうでなければ昨日、石田の家の近くで浦原と別れないだろう。

 不思議には思っていたのだ。桜と石田の家の場所は学校を挟んで反対方向にあると記憶している。何か用でもない限り、送り届けてくれた浦原の厚意を蹴る理由は無い。あれはおそらく、石田の帰宅を見届ける為の行動だったのだろう。

 ルキア曰く、滅却師は高い霊力を持つ種族だ。

 戦う術を失った石田が虚に襲われれば、万が一の事すら考えられる。周到な彼のこと、何らかの対策をしている可能性は高いが、だからといって桜が何もせずに放っておくとは考えにくい。

 

 そうして気遣われている事に、石田が気づいていないとは思えない。

 

 ──でも、きっと大丈夫だよ。桜ちゃんがついてるし。

 

 石田の不調について織姫はそう締めくくったが、むしろ桜がそばにいるからこそ、石田は苦しいのではないだろうか。

 

 藍染が去った後の双殛の丘で、尋常でない量の血を流していた桜の手を握り締めていた石田の姿を思い出す。傷を負っていたのは桜の方だというのに、彼の方がよほど死にそうな顔をしていた。

 

 護りたいと思う人に護られる事ほど自分の無力を痛感することはない。

 自分を庇って母が死んだ痛みを、一護はこの六年間、片時も忘れたことはなかった。

 

 とはいえ自分にできることは何もない。

 静まり返った室内で音を立てることは憚られ、一護は内心でため息をついた。

 

 

 

     /

 

 

 

 しんとしたリビングに、少女は静かに佇んでいた。

 目線の先にあるのは壁に貼られた大きな写真。

 彼女はそれを、何をするでもなくじっと見上げていた。

 

 大きな窓からは午後の陽射しが燦々と差し込んでいて、窓辺を日向と日陰に分かっている。

 それはちょうど少女が立っている場所が基点になっていて、光と影が境界線の上に立つ白い制服のシャツに模様を作っていた。

 

 黒崎一心は部屋の入口の壁に凭れて、その光景をしばし見つめていた。

 すぐそばにある階段の上からは賑やかな声が聞こえてくる。何やら言い争っているようで、ドタバタと騒がしい。これだから男子というのは落ち着きがなくていけない。

 

 ふいに桜がこちらに気づいて視線を向ける。

 その口が開かれる前に、一心は言った。

 

「おう、いらっしゃい。桜ちゃん、だっけか」

「……はい。すみません。勝手に入ってしまって」

 

 桜は軽く頭を下げて一言詫び、その場を動こうとする素振りを見せたが、一心はそれを手で制した。部屋に入って隣に立ち、桜と同じように写真を見上げる。

 

 そこには亡き妻の朗らかな笑顔がある。ウェーブがかかった暖かな茶色の髪や優しく垂れた眦は、今となってはこうして写真でしか見ることができない。

 肖像は過度に脚色されることも色褪せることもなく、切り取られた時の姿を保ち続けている。

 

「良い写真だろ。一護の奴これを剥がせとか言うんだぜ、酷いと思わねえ?」

「そうですね。でも確かにお客さんが見たら驚かれるんじゃないですか」

「俺の客は大体医院の玄関の方から来るからな。家の玄関通ってここ見るのは一護の客くらいだよ」

 

 そして一護が家に連れてくるような関係性の人間は少なからず彼の人となりを知っている友人に限られるので、この遺影を見て驚きはしても大して気にしない。

 一護は家族以外の人間に見られるたびに文句を言っているが、あれは単に恥ずかしがっているだけだ。

 

「……一護くんに似てますね」

 

 桜の呟くような言葉に、一心は目を丸くした。

 その反応を怪訝に思ったのか、彼女は眉をよせる。

 

「似てないですか?」

「いや……あんまり真咲に似てるとは言われねえからな、あいつ。昔からの知り合いには、俺の若い頃にそっくりだって言われるよ」

「そう……ですかね? 似てますよ。目元とか」

「目元かあ」

「はい」

「……そうか。……そりゃあいつが聞いたら喜ぶだろうな」

 

 一家の中で明確に妻に似ているのは遊子くらいで、あとの二人はどちらかというと自分に似ている方だと一心は思っている。

 男子高校生が母親に似ていると言われて喜ぶかは定かではなく、おそらく微妙な顔をするだろうが、きっと嫌がりはしないだろう。

 

「そういえば桜ちゃんは一人暮らしなんだってな。ご両親は?」

「わたしが小さい頃に亡くなったそうで、顔も見たことがないんです」

「……そうかい。そりゃ悪い事訊いたね」

「いいえ」

 

 再び写真に目を向ける。

 そこにある笑顔は先ほどと、そしてこれからも変わることはない。──永遠に。

 

「綺麗な人ですね、真咲さん」

「だろ? 俺の自慢の嫁さんよ」

 

 肖像は何も語らない。

 静謐な午後のリビングに、穏やかな会話だけがこだましていた。

 

 

 

     /

 

 

 

 翌日。

 空座高校の一年三組に奇妙な転校生がやって来た日の、その夜の事。

 

 ──事態は突然動いた。

 

 




Q.破面篇執筆中って言ってましたけど書き溜められたんですか?
A.全然書き溜められてないけどアニメ四期の先行上映が良すぎたので三話だけ公開します
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