THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN 作:さーもんありなん
お ま た せ
とりあえず前半まで書けたので投稿していきます。
短い期間ですが楽しんでいただけると幸いです。
ところで禍進譚5話を見てから心臓がキュッとなって戻りません。
ここから入れる保険があるんですか?
平穏な午後の空気は、前触れもなく現れたのしかかるような重たい霊圧と耳をつんざく轟音によって破られた。
霊障によって次々に消えていく生き物の気配に焦燥を覚えながら、織姫と茶渡はいち早く空座町郊外の森に駆けつけた。
地面に倒れている道着姿の人影は空座高校の空手部の部員達だ。その中には織姫の親友もいて、辛うじて命は取り留めている竜貴を織姫が背中に庇い、二人を守るべく茶渡が前に出た。
──そこにいたのは奇妙な恰好の二人組だった。少年にも見える痩躯の男と、人外じみた巨躯の男。
死覇装に似た白い装いに、腰に差した刀。胸元には黒々とした孔が空き、虚の仮面の一部のようなものが顔についている。霊圧は虚のそれに酷似しているが、同時に死神のような気配も感じられ、得体が知れない。
茶渡に言われた通りに竜貴を抱えて後方まで下がった織姫だったが、背後で轟いた衝撃波に後ろを振り返り、言葉を失った。
──茶渡の右腕が、引きちぎられた。
「ッ茶渡くん!!!」
その場に声もなく崩れ落ちた茶渡に駆け寄れば、当然のように襲撃者の攻撃が向けられた。
「──〝三天結盾」
巨躯から伸びた指先を受け止めて、盾は硝子細工のように軽い音をたてて砕け散った。
それにわずかばかりの恐れを抱きながらも、織姫は確と敵を見据える。
(なんとか持ちこたえなくちゃ……)
退いてはいけない。今ここで退いたら、後ろにいる竜貴も茶渡も殺されてしまう。
襲撃者達は巨大な霊圧を隠しもせずに現れた。今に戦える者達が駆けつけてくるはずだ。その中には一護や桜もいるだろう。
──だが、それでいいのだろうか。
(今の黒崎くんには負担をかけたくない)
尸魂界から帰ってきてからというもの、一護の様子はどこかおかしい。平子が転校してきてからは更に顕著になった。
彼が何を隠して、何に悩んでいるのかはわからない。きっと尋ねても、ぎこちない笑みを浮かべて「何でもない」と答えるだけだろう。
ただでさえ一人で抱え込んでしまう質なのだ、これ以上彼の負担を増やしたくない。
(それに──……)
尸魂界の双極の丘で見た血まみれの桜の姿が脳裏によぎる。
息も絶え絶えで、苦痛に表情を歪めていたというのに、駆けつけようとした織姫を制して一護を優先しろと言った彼女。
あんな目に遭っている桜はもう見たくない。大事な友達が、あんなふうに傷ついて、血を流しているところなんて、もう二度と。
(あたしが──みんなを守るんだ)
敵を追い払う。
それが、今の自分が彼らにしてあげられることだ。
「〝孤天斬盾〟──私は拒絶する!!」
けれど。
裂帛の意気で放ったはずの攻撃は、絶望的なほどあっさりと捻じ伏せられた。
男の巨大な手の中で椿鬼が粉々に握り潰されるのを、呆然と見つめる他ない。
「どうするよウルキオラ。こいつ珍しい術使うから手足もいで藍染さんに持って帰るか?」
「……必要ない。殺せ、ヤミー」
「あいよ」
軽い返事と共に伸ばされた右腕には殺意すら籠っていない。目障りな虫を叩き落とすのと同じ温度で、男は織姫の頭を握り潰そうとしていた。
圧倒的な力の差に恐怖する間もない。
男の手が伸びて、目の前が暗くなって────強く肩を掴まれる感触がして、体ごと後ろに引っ張られた。
「え……、」
気づけば、織姫は男から離れた場所に呆然と立ち尽くしていた。
さっきまで立っていたはずの場所がずっと前方にある。傍らには意識を失ったままの茶渡の姿もあって、二人一緒に後ろに避難させられたのだと混乱する頭で理解した。
肩に目をやれば、白く細い手が回されている。
静かで優し気な声が、後ろから聞こえてきた。
「遅くなってごめんなさいね、井上さん」
「──桜、ちゃん……!」
/
ウルキオラ・シファーは突如現れた白髪の女を見て、わずかに目を細めた。それは傍目にはほとんどわからないほどの微細な動きだった。
つまらなそうに鼻を鳴らしたヤミーが問うてくる。
「ちっ。邪魔しやがって。ウルキオラァ、こいつは当たりか?」
「……外れだ。だがゴミではない」
女は背中に二人の人間を庇うように立っている。
その手のひらに青く光る霊子が集まり、弓の形に成ったのを見て、ウルキオラは確信した。
(白い髪に紅い瞳、それに霊子の弓──こいつが藍染様の仰っていた滅却師か。ザエルアポロの喜びそうなことだ……)
「井上さんは茶渡くんをお願い」
「……うん。……桜ちゃん、怪我、しないでね……」
「それは相手次第ね」
軽く肩を竦めた滅却師の女に気負った様子はない。佇まいは自然そのもの。ただ血のように紅い瞳だけが硬質な光を帯び、こちらを真っ直ぐに見据えている。
「貴方達、
「断る。そういうお前は黒崎桜だな。現世でまともに戦える程度の力を持つ者の一人だと聞いている」
「聞いている、ね。それを貴方に伝えたのは藍染惣右介?」
「その質問に答える必要があるのか」
「確かにそうね。答えなんてわかり切ってるもの」
言葉だけなら刺々しいが、声音は不自然なほどに平静を保っていた。
白々しい会話はいっそ穏やかさすら感じられるほどだったが、その場には張り詰めた緊張感が漂っている。
「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねえよ。標的じゃねえならゴミだ。ゴミはさっさと片付けねえとなァ!!」
張り詰めた糸を断ち切ったのはヤミーだった。
一瞬で女との距離を詰めたヤミーが腕を振るい、振り下ろされた拳が土煙を巻き上げる。
「あ? どこに消え──ッ」
手応えのなさに周囲を見回すヤミーの右腕に、土煙を切り裂いて飛来した一筋の青い矢が突き刺さった。
だが刺さっただけだ。貫くには至らず、ヤミーはそれを平然と引き抜いた。
距離を取って立つ女が呆れたように言う。
「頑丈ね。死神ならこれで貫通してるはずなんだけど」
「たりめェだ!! こんなしょぼい矢が俺に効くか!!」
「そう」
ヤミーが女に向かって爆ぜた。
同時に女も動く。手の中に集束された霊子は鋭利な頂点を基点に、後方にかけて螺旋の溝が刻まれた細身の光の円錐を伸ばしていく。
「──なら、これはどうかしら」
時間にして須臾の出来事。
瞬きの前に武器を作り上げた女は、ヤミーの拳が届く前にその矢を撃ち放った。
……回避は間に合うまい。そもそも回避するつもりもないだろう。
「はッ! 大層な曲芸じゃねえか!!」
案の定ヤミーは迎撃を選んだ。
だがウルキオラは内心で断じる。
(──愚策だ)
拳が矢と正面からぶつかるが、凄まじい勢いで回転するドリルさながらの矢は拮抗すら許さず、細身のシルエットに似合わぬ狂暴さで、ヤミーの
「ッづああああアアアアアッッ!!!」
丸太のように太い腕が真ん中から抉るように引き裂かれ、血が噴水のように噴き出した。
返り血を浴びない為にか数歩下がった女はそれを温度のない目で睥睨している。
「くそッ、くそッ、ガキが……ッ!!」
ずん、と地響きをたててヤミーが膝をついた。右腕からとめどなく流れる血と共に脂汗が地面に落ちていく。
先ほど一瞬断面が見えただけだが、おそらく筋繊維がズタズタに裂かれている。ただ腕を断ち切られるより痛むだろう。
「バカが。だから
「うるっせえよ!!」
完全に頭に血が昇っているヤミーに呆れつつも、ウルキオラは女を冷静に観察していた。
飛び抜けて霊圧が高いという訳ではないが、霊力や霊子の扱いが巧い。滅却師は霊子操作に長けた種族だと聞いたことがある。比較的霊子の薄い現世でこれでは、尸魂界や虚圏など霊子濃度の高い場所では更に厄介なことになるだろう。
(ここで殺しておくか……?)
思案している間にも事態は動いている。
ふらつきながらも立ち上がったヤミーに、女は追撃にかかった。弓に番えられた矢は通常の形状に戻っているが、込められた霊力は先ほどの攻撃を上回っている。
流石に学習したのかヤミーは
青い閃光が視界を覆う。
一本の矢は放たれた刹那に無数に分裂し、一瞬にしてヤミーを針山に変えた。
「がぁ……ッ」
ぐらりと傾いた巨体が前のめりに倒れる。
血の匂いの混じる風を浴びる女は冷徹な眼差しでヤミーを見下ろし、そのまま止めの一撃を撃ち放った。
/
──バチン、と硬い音が鳴る。
地面に転がる男の頭蓋目がけて放った矢は、割り込んできたもう一人の男の手で打ち払われた。
ウルキオラと呼ばれていた男だ。矢を払った手には傷一つついていない。
桜は内心舌打ちをした。
さっさと退散してほしいところだが、相手にも目的がある様子──藍染の差配ならまず間違いなく目当ては一護だろう──だし、そう簡単に帰ってはくれないだろう。
ウルキオラの向こうに転がっている巨躯の破面に目を向ける。……腕の傷が再生していない。
「……再生しないのね。それはその個体だけ? それとも破面という種に共通するもの? 貴方はどうなのかしら」
「言ったはずだ。答える必要がない、と」
凪の声で男は言う。蒼白の面立ちの中で、深い緑の目が異様な存在感を放っていた。
昆虫のそれを想起させるほど無機質な眼差しだった。破面でない通常の虚の方がよほど感情豊かだろう。
ウルキオラがおもむろに腕を持ち上げた。
ぴたりと揃えられた指先。不要な力の入らない手は槍の穂先に近い。──
「……お前は生かしておくと面倒そうだ」
言うや否や、その姿がブレる。
「──!!」
目と霊圧知覚でも追えない動きを半ば勘で察知し、身を翻した瞬間、白い腕が振り下ろされた。
すぐさま距離を取るが、ブンという耳障りな音をかすかに捉えたと同時に、瞬間移動じみた速度で背後に回られる。
迫る手刀を振り向きざま弓で弾くと、わずかに空いた距離を埋めるように蹴りが飛んできた。
体を後ろに反らして顎先を掠めかけたそれを回避し、勢いに任せて後方に一回転して着地。
(こいつ……!)
移動速度と身体の動きの速さ、そして霊圧は先ほどの男を遥かに上回っている。
現世において虚は基本的に弱体化するものだ。正確には、霊子に満ちた
更にウルキオラは先ほどから片手しか使っていない。本気など微塵も出していないだろう。
桜は現状無傷で余力こそあるものの、
「その移動技……さっきの男も使ってたけど、霊圧が感知できないなんてどういう原理?」
「質問ばかりだな」
「敵の情報を集めるのは戦いの基本でしょう」
「確かにな。だがお前には必要のないことだ。──ここで死ぬお前には」
骨ばった指がこちらに向けられた。
指先に緑を帯びた白い光が点る。──
問題ない、まだ躱せる距離だ。
光が集束し発射されるまでのごくわずかな時間でそう思考するが──
(……ッ駄目だ!)
桜の背後、虚閃の射線上に織姫がいる。
茶渡の治療に集中している彼女では咄嗟に盾を張れない。張れたところで防げる保証はない。
「井上さんっ!!」
弾かれたように後方に駆け出すが、それとほぼ同時にウルキオラの指先で光が弾けた。
驚異的な速度だった。
背後から眩い光が迫り、霊圧に反応した体が反射で回避行動を取る。
──であれば当然、閃光はぶつかる標的を失い、真っ直ぐに飛んでいく。
織姫の明るい茶髪が風圧になびくのがはっきりと見えた。
だがそれも、光が辺りを真っ白に塗り潰したことで見えなくなる。
刹那。
「──〝月牙〟」
よく知った霊圧が上空より舞い降り、
「〝天衝〟────!!!」
漆黒の斬撃が光線を正面から迎え撃った。