THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN   作:さーもんありなん

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宗弦が死んでからの石田ってかなり孤独な少年時代を送ってそう
それをこなくそ精神でバネにしてアヴェンジャー石田になるからバイタリティがすごい



第五話 The Quincy Boy Hates Death

 

 

 彼女を初めて見た時、黒崎一護は呆気に取られて数秒固まった。

 入学式の後、各教室に戻って担任の教師が来るのを待っている時だった。

 

「あなたが黒崎一護くん?」

 

 前の席に座っていた女子生徒が振り向いて、声をかけてきたのだ。

 その彼女があんまり綺麗だったので、一護は目を疑った。真っ白な髪、透けるような肌、長いまつ毛と赤い瞳。どこもかしこもキラキラと輝いていて、こんな舞台の中から飛び出してきたような人間がいるのかと本気で思った。

 

「……お、う」

「入学式にいなかったみたいだけど、どうして?」

「あー、ちょっと式前にやらかしちまって、先生に絞られてた」

「ふうん。入学早々元気なのね」

 

 不可抗力だ。撃退したら大事になってしまったというだけで、先に喧嘩をふっかけてきたのは向こうの方である。

 結構な騒ぎになって、教師複数人がすっ飛んできたが事態の収拾に手こずり、入学式の開始が遅れたとかなんとか。一護自身は茶渡と共に廊下でこっぴどく叱られていたため、式には出られなかったのだが。

 

「わたし、黒崎桜。苗字同じでしょう? 名前で呼んでいいかしら。あなたもわたしのことは名前で呼んで」

 

 初対面の女子の名前を呼ぶのは年頃の男子としてはいささかの気恥ずかしさがあったが、拒否する理由もない。

 

「あー、おう。じゃあ、桜。よろしく」

「よろしくね、一護くん」

 

 陶器めいた静けさの中、凪いだ水面のような瞳がこちらを見つめていた。

 窓の外では薄桃色の小さな花びらが宙を舞い、教室は抑えきれないざわめきで満ちていて、風がカタカタと窓を揺さぶっていた。穏やかな春の日だった。

 

 その後も桜とは話す機会があって、人となりは多少知った。雪のような見た目とは裏腹に、話してみると存外温和で、長らく海外にいたためか多少ズレているところもあったが、それを含めても普通の女子高生という感じだった。

 だが黙って本を読んでいる時などは、桜の周りの空気だけがしんと張り詰めたように感じられる。空気を変えてしまうほどの美人なんて一護は生まれて初めて見たので、絵画のような横顔につい見惚れてしまうこともあったが、それも一か月もすれば慣れて、彼女は徐々に日常の一部になっていった。

 

 

 

     /

 

 

 

 五月の半ばに突然黒崎一護が死神になった。

 そして同じ日に転入してきた朽木ルキアという女子生徒は死神だ。

 正確には、黒崎一護はその魂が死神化しており、朽木ルキアも魂こそ死神であるものの霊力はほとんど無く、肉体は義骸(ぎがい)である。

 一護が死神になった前日には彼の自宅が虚に襲われる事件が起きており、おそらくそのタイミングで死神になったのだろうと思われた。

 

 虚に襲われた黒崎一護とその家族を死神である朽木ルキアが助けたが、何らかのトラブルが起きて彼女の死神の能力を黒崎一護に譲渡することになった、というのが石田と桜の推理だ。

 ルキアが人間のふりをして現世で生活しているのは、力を失った状態では尸魂界に帰ることができないため、義骸に入って力の回復を待っているからだろう。

 その間のルキアの死神業務は一護が請け負っているようで、彼はルキアの補佐の下、虚退治に勤しんでいる。さしずめ死神代行といったところか。

 先日も茶渡泰虎が連れてきたインコの中に入っていた霊を巡ってひと悶着あったらしい。解決したようで、今朝にはインコの中の霊は消えていたが。

 

「…………」

 

 神経を尖らせて一護の霊圧を探ると、その変化がよく解る。

 霊力がさらに高くなっただけでなく、霊力を感じた時の感触が明らかに違っているのだ。一護が持っていた本来の霊力を白だとするのなら、そこに死神の力という黒が混ざり込んで別の色になっている。

 黒崎一護はただの人間にしては異常なほどに高い霊力を持ち、霊に干渉することができたが、逆に言えばそれ以外は普通の人間だった。なのにそこに死神が介入して、彼を人間でない存在にしてしまった。真っ白な液体に黒い雫が混ざってしまえば、完全に分離させることはできない。

 

 それだけならまだ、石田は一護を死神の不始末に巻き込まれた被害者と見ることができただろう。

 だが一護は毎日あくせくと虚退治に勤しんでいる。ルキアと共に町を駆けている時の彼は、心なしか楽しそうにすら見える。

 

 それがひどく癪に障る。神経をざらついたもので撫でられているような不快感がする。

 どういう経緯があってルキアから死神の力を譲渡されたのか、どういう心境なのかは知らないが、まるで理解の外だった。

 

(よりによって、どうして死神なんかに……)

 

 意識して鎮めていた感情が揺さぶり起こされる。

 死神に見殺しにされた祖父の事を、石田は一生忘れない。

 石田はずっと、祖父の死を境に突然見えなくなった死神を探していた。

 黒崎一護は死神代行ではあるが、あくまで死神として振舞うのなら、彼は憎き敵である。

 

 

     ◇

 

 

「石田くん。今日はお昼一緒にどうかしら」

 

 昼休みのチャイムが鳴って、桜が声をかけてきた。

 普段、桜は昼食時はクラスの女子達と一緒にいる。珍しい事もあると思ったが、断る理由もないので承諾する。

 

「出ましょうか。ここじゃ話しにくいし」

 

 促されて教室を出る。昼休みの屋上は他の生徒が利用していることも多いので、適当な空き教室に腰を落ち着けた。閉め切られていた部屋は若干空気が埃っぽいが、窓を開けると少しは和らいだ。

 

「突然珍しいね」

「たまにはね。もしかして嫌だった?」

「そういうわけではないけど」

 

 どちらかというと食事は一人で摂りたい石田である。他人より食べるスピードが遅い自覚があるので、一人の方が気兼ねしないのだ。単に誰かと一緒に食事をするのに慣れていないというのもある。それを理由に彼女の誘いを断る気にはなれなかったが。

 

「黒崎さん、お昼それだけ? 何か食べなくていいの?」

「充分よ。わたしあんまりお腹空かないから」

 

 桜はパックジュース一つしか持っていない。それでまかなえるのかと疑問に思ったが、石田も十代半ばの男子にしては小食なほうだし、結局は個人差の問題だ。

 石田は持参した弁当を開いた。購買でパンを買う日もあるが、節約のために基本的に自炊している。

 

 六月に入り、ようやく夏服が解禁された。今日は初夏らしい過ごしやすい気温だが、すぐに梅雨がやってきて、暑い夏が始まるのだろう。

 開け放った窓からは爽やかな風と共に人のざわめきが入り込んでくる。

 

 隣に座った桜はジュースを一口飲んだきり、黙って窓の外を眺めている。

 弁当の三分の一を食べたところで、石田は口を開いた。

 

「それで、どうしたのかな黒崎さん。何か用があったんだろう?」

「あなたが随分暗い顔してたものだから」

 

 返事はすぐに返ってきた。

 桜は窓の方に傾けていた体をこちらに向けて、石田を見た。

 

「……そうかな。そんなに辛気臭い顔してたかい? 僕は」

「鏡があれば見せてあげたんだけどね。一護くんの事でしょう」

 

 図星を突かれて押し黙る。

 それを気にせず桜は続けた。

 

「確かに今まで普通の人間だった彼が死神になったのは驚いたけど、それだけの話でしょう。あなたがそんなに腹を立てている理由が分からなくて」

 

 腹を立てている、ときたか。

 間違ってはいない。石田は腹を立てている。

 ──いったい誰に?

 浮かんだ疑問はすぐに打ち消される。

 そんなのは死神に決まっている。ひいては死神となった黒崎一護に。

 

「……死神が嫌いなんだ。だから彼が気に食わない」

「そう。……それって理由を訊いてもいい事かしら」

 

 滅却師の技術を教えてくれた祖父が亡くなった事までは桜に話したが、その経緯までは説明していない。

 言いたくないというわけではない。もう随分前の事で、心の整理もとっくについている。

 ただその前に、彼女に訊きたい事があった。

 

「……君は、死神をどう思ってる?」

 

 自分の周りにはかつて滅却師が三人いた。母と祖父と父だ。

 母とはそのような話をする機会は無く、祖父は死神を恨んでいないと言った。父は死神どころか滅却師までも嫌っている。

 

 では桜はどうなのだろう。

 思いがけず出会った滅却師の同胞。一人きりの家族だったという兄を亡くした少女。

 自分と似た境遇の、だが違う環境にいた彼女に、ずっと尋ねてみたかった。

 

「それは、二百年前の滅却師の滅亡の事で?」

 

 少し迷ったが、石田は頷いた。

 桜はジュースのパックを手の中で弄びながら答える。

 

「まあ、生まれてないしね、その頃は。どうも何もないというか……。広い視点で見るなら死神のやった事は何も間違ってないし」

 

 それについては石田も同意見だ。

 魂魄の均衡問題について、死神側は滅却師達に散々忠告を繰り返していたという。それを無視して虚の滅却を続けていたのは滅却師の方だ。だからといって遺恨を抱くことがお門違いとまでは思わないが、仕方のないことだったと納得できる。

 

 だが違う。

 石田が本当に訊きたい事はそれではない。

 知りたいのは、そんな色褪せた歴史ではなく、もっと身近な──

 

「死神と滅却師は種族として対立している。存在からして相容れず、滅却師からすれば死神は明確に敵。──という答えはあなたの意にそぐわないかしら」

 

 そう言った桜の声をなんと表現すればいいのか。

 困っているようでありながら、幼い子供に道理を諭すようでもある。そんな形容しがたい響きが、いつも平坦な彼女の声に乗っていた。

 

「わたしは、死神に大切な人を傷つけられたとか、そういうのはないから」

 

 桜は静かに言った。

 

「あなたの望む答えは返してあげられないわ」

「────」

 

 言葉に詰まる。

 

 ……自分は、彼女に同調してほしかったのだろうか。同じように死神を憎んでいるのだと言ってほしかったのだろうか。胸に湧いたこのたとえ難い感情は、その当てが外れた落胆なのだろうか。

 

 だとしたら、それはあまりに身勝手が過ぎる。

 石田は目を伏せた。

 

「……ごめん」

「え?」

「君に変な期待をしていたのは、そうかもしれない。でも……、意見を押し付けたいわけじゃないんだ」

 

 桜に対して、仲間意識とは別の感傷的なもの──シンパシーを感じていることは確かだ。

 近いところにいる相手には、自分と同じ気持ちや考えであってほしいと思う期待があることも否定しない。

 だが、桜に自分と同じように死神を憎んでほしいとは思わない。この腹の底が重く冷えていくような感覚を、喉の奥に何かが詰まっているような息苦しさを、彼女と共有したいなどとは、決して思わないのだ。

 

 沈黙が落ちた。遠くから届く人のざわめきと、風が木々を揺さぶる音が際立って聞こえる。

 

「石田くん、あなたって……」

 

 机の木目に目を落としていた石田は、桜の声が思っていたより近くから聞こえた気がして顔を上げた。

 が、すぐにぎょっとする。

 数センチも離れていないところに桜の顔があった。大きな目が瞬くのが間近に見え、反射的にまつ毛が長いな、と思った。

 目が合うのを確認してか、彼女はすっと離れていく。

 

「なんていうか、意外と繊細ね」

「……意外と?」

「見た目のわりには雑なところもあるなーって思ってたけど、そうでもない?」

「雑!?」

 

 そんな事、初めて言われた。

 驚愕する石田を置いて、桜はうーんと考え込んでいる。

 

「でも雑はちょっと違う気がするわね。神経質なのに荒っぽいなとは思ったんだけど、この二つって両立するのかしら」

「…………」

 

 石田は困惑しきりだった。

 自分が神経質な人間だと思ったことはないが、荒っぽい人間だと思ったことはもっとない。心外、という言葉が眼鏡の裏側で明滅する。

 小さい頃、一度だけ祖父に「お前は結構短気なところがあるのう」と言われたことはあるが、そういうことだったのだろうか。

 頭を悩ませていると、まぁいいわ、と桜が話を戻す。

 

「気にしすぎなのよ。誰かに自分の気持ちに共感してほしいと思うのは当然だし、そのうえで考えが食い違うことだって当たり前にあるんだから」

 

 桜はあくまであっけらかんとしていて、何でもない事のように言う。

 

「あなたは死神が嫌いだけど、わたしはそうは思わない。単にそれだけの話じゃない? 考えが違ったら一緒にいられないなんてことないんだから、そんな深刻な顔で謝る必要ないわよ」

 

 もう何年も口を利いていない父の後ろ姿が脳裏をよぎった。

 滅却師であることを嫌厭し、放棄した男。石田とはまるきり正反対の考えで、その相違は両者の間に深い溝となって横たわっている。不和の原因はそれだけではないが、多くの割合を占めていることは間違いない。

 その頑なな態度と言葉に肩を落とした時期もあったが、今ではもう見切りをつけ、離れて生活することを選んだ。

 

 けれど桜は、たとえ意見が同じでなくても離れる必要はないと言う。

 

 その言葉が、たとえようもなく嬉しかった。

 胸の奥が熱い。目頭がかっと熱くなる感覚がして、泣きそうになっていることに気づく。それを無理やり押し留めて、石田は言った。

 

「……うん。ありがとう」

「お礼言われる事でもないんだけど」

 

 彼女は珍しく少し困ったような顔で石田を見つめていたが、ふっと視線を切った。

 

「ほら、早くお弁当食べないと時間なくなるわよ」

「あ、そうだね」

 

 弁当の残りを片づけてから、石田は祖父の事を話した。

 滅却師を嫌っていた父に代わって、虚と戦う術を教えてくれた事。

 死神に滅却師の必要性を訴え続けていた事。

 誰を憎むことも嫌うこともなかった事。

 そして、最後はその死神に見捨てられた事。

 

「優しい人だったのね」

 

 桜の言葉に、石田は声もなく頷いた。

 祖父は優しい人だった。だからこそ、祖父を認めることなく見殺しにした死神が許せないのだ。

 

 石田は証明しなければならない。

 この世に死神など必要ないという事を。 

 

 昼休みの終わりのチャイムが鳴って、教室に戻る最中、石田は考えた。

 死神に対する感情の温度差が石田と桜の間には確かに存在している。死神を憎んでいるか否かというその相違は、同じ種族であっても違う人間であるのならば当たり前の事だ。

 そう。当たり前の事なのだから、深く捉えなくていい。同じ場所に立っていたいと願う必要すらない。そんな些細な事で、人は道を分かたなくていいのだ。

 それを気づかせてくれた彼女だからこそ、なおのこと巻き込みたくないなと、石田は思った。

 

 




コンin一護の教室乱入事件はこのタイミング
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