THE CHERRY BLOSSOM AND THE RAIN 作:さーもんありなん
「背中合わせだと? 滅却師と死神が共闘するということか!? そんなことできるわけが、」
「それ以外の意味に取れんのかよ! この期に及んでガチャガチャうるせえ奴だな!」
「なっ──」
石田が何か言うより早く、一護は石田の背後に迫っていた虚を叩き斬る。
それとほぼ同時に、石田も一護の背後にいた虚を仕留めていた。
「──そうだよ!」
石田はまだ物言いたげだったが、一護はそれを黙殺して話を進めた。
我の強さには多少自信がある。なんせ品位のない不良であるからして。
何はともあれ、石田の事情は分かった。彼には彼の覚悟があってこうしているのだということも。
だが、それとこれとは話が別である。石田には石田の想いがあるように、一護にも一護の想いがあるのだから。
「俺は、山ほどの人を守りてえんだ」
一護は自ら望んで死神になったわけではない。
けれど、死神を続けているのは自分の望みだ。誰かになぜかと問われれば、きっとこう答える。
守りたいものがあるからだ、と。
思えばずっと、守るための力が欲しかった。
たとえば、健やかに育つ妹達。
たとえば、毎日騒がしい友人達。
たとえば、自分にしか見えない霊。
当たり前に存在する日常の象徴達を守りたかった。
かつて誰よりも大切に思っていた人が目の前が冷たくなっていく──あの時の凍えるような感覚をいつまでも覚えていたから。
けれど、自分の力には限界があった。
どうしたって腕は二本しかなくて、伸ばせる長さにも限りがあった。この先に握れるものがあったならと、一護は何度も思った。
そんな折に転がり込んできたルキアと、死神の力。
不慮の事故のような出会いは、一護にとっては間違いなく僥倖だった。
「どんな理由があってもてめーが持ちかけたこの勝負は、その山ほどの人間を巻き込むやり方だ。……俺はてめーを許さねえ」
「…………」
正義感による義憤ではなく、個人的な怒りとして、一護は石田の行いを否定する。
だが、今はそれも脇に置いておく。
「組みたくもねえ手組んでても、この場を切り抜けなきゃなんねえ。てめー殴んのはその後だ」
お前はどうなのだと投げつけるように問う。
果たして、返事は矢で返ってきた。
一護の背後に忍び寄っていた虚に、石田の放った青い矢が突き刺さる。
「要はお互いここで生き残らなけりゃ、殴る相手がいなくなるってことだろう?」
「……分かってるじゃねえか」
にやりと一護は笑った。
事ここに至って、解り合うなどと悠長なことは言っていられない。正反対の敵同士でも、相容れぬ種族同士であっても、互いに譲れないものがあるのなら、そのために戦う。
背中を預ける理由など、それで充分だ。
「君も大概話が長いね、黒崎」
「てめーよりマシだ! 後で絶対泣かすからな!」
「どうぞ。君にそれができるならね!」
背中合わせになって互いに刀と弓を構えた、その時である。
「──話、まとまったみたいね」
そんな声が降ってきたのは。
/
ぎくりと肩が跳ねたのは、合わせる顔がない心の現れだった。
複雑な気持ちの石田とは対照的に、一護は勢いよく声がした方を仰ぎ見て「は?」と間抜けな声を漏らし、そして叫んだ。
「──さ、桜ぁ!!?」
「ええ。こんにちは、一護くん」
軽やかに地に降り立った桜は、虚に囲まれている危機的状況にもかかわらず、何でもないような挨拶をする。
「お、お前、なんでここに……っていうか俺が見えてんのか!?」
「当たり前でしょう、こうして声をかけてるんだから」
赤い瞳がじろりと一護を見る。分かりきったことを訊かないで、とでも言うようだった。
目を白黒させている一護を置いて、桜はくるりと石田に目を向ける。打って変わって、感情の読めない眼差しだった。
「……黒崎さん、……どうしてここに」
言っておきながら、自分でも馬鹿だと思う。そんなのは判りきっている事だ。
彼女は知った顔が危険に晒されているのに、助けに入らない人ではない。
この件に桜を関わらせたくなかったのは石田のエゴで、彼女がそれに付き合う理由はない。桜が桜自身の意思で動くのに、どうしてそれを制限できるだろう。
果たして何と言われるか──恐々としていた石田は、次の瞬間呆気に取られた。
「おかしな事訊くのね。そんなの、わたしが石田くんの味方だからに決まってるじゃない」
「────え?」
思わず耳を疑った。
呆然と固まる石田の左手を取って、桜は眉をひそめる。
「また怪我して……自分で治せないんだから無茶しないの」
そのまま桜は石田の手を握ると、治療術を発動させた。
白い光の下で、左手が温かい手のひらに包まれている。痛みがみるみるうちに引いていく。
「あなたがわたしをこの事から遠ざけたかった理由は想像がつくし、今あなたが何を考えてるかも大体解るわ。さっきの話聞いてたから」
さっきの話、とは一護とのやり取りのことだろう。 桜があんなにもタイミング良く現れたのは、頃合いを見計らっていたためか。
ならば間違いなく、先ほどの一護の言葉も聞いていたはずで──
「そのうえで、私はあなたの味方をすると言ってるの」
「──────」
…………声が、出ない。
衝撃と自己嫌悪と泣きたいほどの安堵で頭の中がぐちゃぐちゃで、何かを言う余裕がない。
水分で潤んだ視界の中で、彼女の白い手が石田の手を握っているのを見つめる。それが奇跡のように思えてならなかった。
「……状況が読めねえんだけど。桜、お前まさか滅却師なのか?」
置いてけぼりを食らっていた一護がおずおずと尋ねてくる。
桜はあっさりと石田の手を離すと、スカートのポケットから輪のかかった五芒の星──滅却十字を取り出した。
十字に霊子が集束され、次の瞬間には桜の手には弓が握られている。
それはどんな言葉よりも雄弁な、滅却師の証だった。
「ほらね」
「おお……っておい!」
一護がはっと声を上げ、石田も遅れて気づくが、彼女の背後には既に間近に虚が迫っていた。
だが二人が行動を起こすより早く、桜は後ろ手に弓の先端を虚の仮面に叩きつけた。
仮面は勢いよく砕け散り、その下から現れた額と思しき場所から血が流れている。
石田は一護と揃って絶句した。
虚の消滅と同時に復活した一護が、再び叫ぶ。
「……お前学校とキャラ違いすぎだろ!! 虫も殺せませんみたいな顔してたじゃねーか!」
「あら、話が分かるじゃない一護くん。仮にも死神ね。虚が虫ケラ以下の存在だって理解してる」
「そういうところーーー!!!」
口調こそ丁寧だが、言っている事が過激すぎる。
一護の中の桜のイメージ像は、今の一撃で木っ端微塵に砕け散ったようである。
「──ええい、集中せんか貴様ら!」
「ルキア!」
と、息せき切ってやってきたのはルキアだ。
彼女は「訊きたいことも言いたいこともあるが」と石田と桜をじろりと睨んだが、その鋭い眼差しはすぐに空に向けられた。
「様子がおかしい。何か──来るぞ」
周囲を見れば、ひしめく虚の挙動がおかしいことに気づく。まるで何かに祈るように、あるいは畏れるように天を仰ぎ、キンキンと耳に障る悲鳴を上げている。
虚が揃って見上げる先には、空に走った小さなひびが集まってできた大きなひびがあった。
そのひびが突如勢いよく広がる。
巨大な裂け目となったその中から、何かが現れた。
/
「な──」
「何だ……!?」
「あれは……!」
一護と石田、ルキアが驚嘆の声を漏らす傍ら、桜は目を細めてそれを見上げた。
それはあまりに巨大な虚だった。
白くのっぺりとした仮面は、鼻の部分が鳥の嘴のように伸びている。
こじ開けた空の穴をバリバリと裂き広げ、虚は身を乗り出した。とんでもない大きさの身体がずろりと露わになる。
獣じみた四足歩行だったり体の一部が極端な異形だったり、そもそもこれは何の生き物を模しているんだと思うような形が多い普通の虚に比べれば、ひたすらに大きいだけで、姿形は単純だ。
しかしその霊圧はそこらの虚とは比べることすらおこがましいほどに莫大で、おどろおどろしい。
それもそのはず。
「あれはメノス──
詳しい発生原理は知らないが、膨大な数の虚が集まった存在ということは間違いない。およそ現世などで見られる代物ではない。否、現世に現れていいものではない。桜も実物を見るのは初めてだ。
解説する桜に、一護が「お前、なんでそんなに冷静なんだよ」と尋ねてくる。
桜はひょいと肩をすくめた。
「わたしだって驚いてるわよ。でも出てきちゃったものは仕方ないでしょ。殺すにしろ追い返すにしろ、どうにかしなきゃ」
「しかし、あんなもの個人にどうこうできるものではないぞ!?」
ルキアが言うが、それこそ言うだけ無駄というやつである。
「あら、じゃあ何もせずに見てるの? 放っておいたらこの街まるごと蹂躙されるわよ」
「くっ……」
「その前にまず周りのこいつらを片づけないと、あのデカいのと戦うどころじゃないぞ!」
「わらわら寄って来やがって……!」
石田と一護が武器を構える。大虚に気を取られている隙に、ぞろぞろと集まってきた虚の群れは完全に四人を取り囲んでいた。
飛びかからんと姿勢を低くした虚はしかし、背後から散弾に撃たれて弾け飛ぶ。
「黒崎サーン! 助けに来てあげましたよーーン!」
爆煙の向こう側から、ふざけたセリフと共に浦原喜助が現れた。
浦原が連れてきた二人の子供と鉄裁により、虚の数はどんどん減らされていく。
「周りの
帽子の下で、浦原が一護と石田を見据えた。
二人は息を飲み、鋭く大虚を睨む。
「やるしかねえか……!」
「そうだな……、何か考えがあるんだな? 黒崎」
「ああ……! あんなデカブツは斬って斬って斬って斬って力の限り斬り倒す!!」
「は?」
「それ以外にねえッ!! 行くぞ石田ァ!」
「はあ!?」
駆け出す一護とそれを追いかける石田をルキアが止めようとするが、それは浦原に阻まれた。
「この戦いは必要な戦いなんスよ。朽木さんにとっても、彼にとってもね」
訳知り顔で意味深な事を言う男である。これは何か知っているどころではないな、と桜は確信を深めた。
桜の視線に気づいてか、浦原がこちらを振り向く。
「どーもォ」と手を振られるのに、桜は軽く会釈をした。
「アタシ、浦原喜助といいます。お嬢さんは?」
「黒崎桜です。初めまして」
「黒崎サン、ですか。……滅却師なんですよね、貴方」
一瞬、浦原の声のトーンが低くなる。
涼しい顔で桜は答えた。
「そうですけど。それが何か?」
「いえね、石田サン以外の滅却師は久しく見ていなかったもので、珍しいなあ、と」
上滑りするような会話が続く。
前方では石田と一護が大虚との戦いを続けていた。どうやら一護の霊力を利用して一撃入れる算段らしいが、果たして上手くいくのか。
「そうですか。彼は貴方の事知らないようでしたけど、貴方は石田くんの事知ってらっしゃるんですね」
「ええ、まあ色々とありまして」
桜はふうんと頷く。
「不審者が男子高校生につき纏ってるって通報しましょうか?」
「そういうことじゃないですけど!?」
社会的に
否──結末ではなく、始まりなのだろう。間違いなくあの大虚の裏で、何者かが動いている。
浦原がそれにどう関与しているのかまでは定かではないが、いずれにせよ、既に矢は放たれているという事だ。
ルキアが固唾を飲み、桜と浦原が静観する中、爆発的に膨れ上がった霊力を以って、一護が大虚を両断した。
太刀傷を負わされた大虚は、裂け目の向こうの空間に帰っていく。
これでようやく一件落着──と思いきや、突如一護がその場に崩れ落ちた。
霊力の制御が利かず霊体が消滅の危機に瀕しているのだ。それを石田が何とかしようとしている。
流石に放置はできず、桜は二人に駆け寄った。
「あのー、息子さん達の近くに“黒崎の滅却師”がいるんですけど……」
「は?」
「は?」