名も知らぬ君が、私の盾だった   作:あめぇp

10 / 11
滲む虹、消える影

夏芽の掌の上――淡い青だった宝石は、今や青墨のような黒に飲まれていた。

 深部にはかすかに光が残っている。それでも、もはや自力での浄化は不可能に近い。

 柚依も同じだった。助けられたはずの命は、既に次の絶望に追いつかれようとしていた。

 

 「……回収、しないと」

 柚依が微かに呟いた。

 夏芽はその言葉を聞いて、顔を上げた。

 「グリーフシード……?」

 柚依は頷いたが、指先に力が入っていない。

 「……今回の魔女は、核の崩壊が急すぎた。再結晶の前に粉砕されて……種にならなかった」

 

 つまり、ソウルジェムを浄化する手段は、もうここにはない。

 

 沈黙が落ちる。雨は止んだが、肌を刺すような空気の冷たさが二人を縛っていた。

 その時――

ピピッ、と電子音が鳴った。

 二人のリストデバイスが同時に震える。魔法機関からの緊急通達。

 夏芽が画面を覗くと、そこには簡潔な文言だけが表示されていた。

 

 > 【第六特別指定:灰域個体の発生予兆】

 > 魔法少女・詩島柚依、槻夏芽に対し、即時の“保護措置”を推奨する。

 > ※ソウルジェムの深度確認により、変異の危険性を高と判定。

 

 「……っ!」

 夏芽は反射的に柚依を庇うように一歩前へ出た。

 保護措置。それはすなわち、“封印”または“隔離”のこと。

 魔女化の前兆と見なされれば、回復の望みがあっても機関は冷酷に動く。

 

 柚依は笑っていた。泣き笑いのように、苦く、優しく。

 「……ほらね。こうなると思ってた」

 「黙っててよ、そんなの……!」

 夏芽は声を荒げた。息が震える。

 「何も悪いことしてないのに、なんで……! 助けようとしただけなのに……!」

柚依は小さく目を伏せた。

 「……助けたことが、誰かの規則に背いてたのかもしれない」

 「だったらそんな規則、壊してやる」

 夏芽の目が鋭く光る。揺らぎながらも決して折れない炎。

 「私は、あんたを“盾”なんかにしない。今度はちゃんと、“一緒に”帰るって決めたんだから!」

 

 その言葉が、柚依の頬を濡らした。

 今まで、幾度となく命を張りながらも、誰にもそう言われたことはなかった。

 「……あったかいな、夏芽は」

 「それ、褒めてんの? 馬鹿って言ってんの?」

 「どっちもだよ」

 

 ふたりの指先が、そっと絡む。

 だがそのとき――

空間が軋んだ。工場跡の入口に、黒い穴のような異空間が開く。

 そこから現れたのは、白衣をまとった異様な存在――魔法機関所属の特殊管理官。

 瞳はガラス玉のように濁り、魔力探査用の杖を手にしている。

 

 「……詩島柚依、並びに槻夏芽。

 ソウルジェムの穢れ深度に基づき、即時の拘束処置を実施する」

 機械のような無機質な声が、鉄骨の残響を伴って響いた。

 

 「ふざけないで!」

 夏芽が叫び、両手を広げて柚依を庇う。

 「自分の意志で生きてるのに、なんで……! 私たち、ただ……!」

 

 管理官は一歩進み、淡々と告げた。

 「その“感情”こそが、魔女を生む温床だと、まだ分からないか」

 

 その瞬間、夏芽の何かが切れた。

怒りと悲しみと絶望と――それでもなお、守りたいという祈りが混じりあい、夏芽のソウルジェムが共鳴音を発した。

 黒に沈んでいた宝石が、一瞬だけ逆光のような蒼白の輝きを放つ。

 

 「柚依に、指一本でも触れたら……消し飛ばす」

 夏芽の声が、まるで別人のように低く静かだった。

 手の中に生成される〈蒼蓮雷刃(ジャッジメント・ロータス)〉。

 柚依が慌てて止めに入る。

 

 「やめて、夏芽……それ以上は、戻れなくなる」

 「戻るつもりなんて、最初からないよ」

 

 夏芽の視線は、まっすぐに管理官を射抜いていた。

 戦闘が始まれば、取り返しはつかない。それでも、目の前の少女を守るためなら――

 己の魂すら、捧げる覚悟がそこにあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。