光がなかった。
すぐ目の前にいるのに、柚依の姿すら霞んで見えた。
槻夏芽の視界を覆うのは、魔力の逆流によって発生した薄い蒼の靄。
それは痛みを忘れさせるように優しく、しかし理性すら溶かしていく猛毒のように甘かった。
「――私が、守るって言ったんだ」
少女の指先に、魔力が集まる。ソウルジェムが、なおも激しく脈打っていた。
彼女――いや、“それ”はもう人間ではなかった。
〈自律処理型遠隔機構:オートエンフォーサー〉
魔法少女が暴走しないように設計された、半自動戦闘人形。
「対象の感情反応、限界閾値を超過。防衛行動を開始」
無機質な音声と同時に、六枚の魔術陣が周囲に展開された。
刹那、空気が爆ぜる。
夏芽の〈蒼蓮雷刃〉が放たれた。雷の奔流は、即座に一枚の障壁に弾かれる。
その反動で足元が割れ、瓦礫が跳ねる。
柚依が叫んだ。
「やめて、お願い夏芽! あれは……人じゃない! 戦っても、何も……!」
「だからこそ、やるんだよ……!」
夏芽の声は震えていた。恐怖でも怒りでもない。
あまりに深い覚悟ゆえの、静かな揺らぎ。
「人じゃないって言うなら、遠慮なんていらない。あんたを連れて、ここから出る。絶対に……!」
雷撃と光弾が交錯する。
夏芽は自身の力の性質――〈強化型電装術式〉を最大限に展開していた。
指先から放つ誘導雷、足場強化による加速、視認予測の反射対応。
けれどそれは、相手にも読まれていた。
「戦闘パターン認識:槻夏芽。
推定魔力量C、出力係数B、拡張応用未習得――無害化可能と判断」
そう吐き捨てるように、管理官の杖先が強く光った。
瞬間、空間が捻れる。反重力結界による広域拘束。
「っ――ぐ、ぅ……!」
身体が空中で固められ、動きが鈍る。
電気の奔流が自己干渉を起こし、神経系統が悲鳴を上げた。
「やめてぇッ!!」
柚依の叫びが響く。
だが、夏芽は微笑んでいた。涙を浮かべながら、それでも笑っていた。
「ほら……こうやって、あんたの方が泣くじゃん」
「……なに、それ……」
「強い子って、ああいうの見ても泣かないと思ってた。けど……嬉しいんだ」
「やめてってば! 私……夏芽が、傷つくの、見たくないよ……!」
柚依の指先が、震えながらソウルジェムを握りしめる。
管理官が手を掲げ、最後の魔術を発動する。
「対象の精神汚染を確認。即時封印、もしくは魂結晶の破砕を優先」
〈封魂釘(シールピン)〉――対象の魂を強制的に結晶化し、時間停止状態にする禁術だ。
夏芽の全身に、冷たい光の鎖が絡みついた。
「――やめろよぉッ!!」
柚依が、泣き叫んだ。
ソウルジェムが砕けそうなほど握られた瞬間――
蒼黒の輝きが、夜を裂いた。
柚依の身体から、光が噴き上がる。
それは穢れの暴走ではなかった。
むしろ、ソウルジェムが持つ限界の先――第二形態“灰域個体(ダスクフォーム)”の発現。
「夏芽を……ッ、返せぇぇえええ!!」
その叫びと同時に、魔法陣が反転する。
瞬間、重力が逆巻き、空間が砕け、管理官の腕が爆裂した。
「……感情反応、想定外。出力……規格……外――」
音声が途切れる。
白衣の人形が、光の断片に飲まれながら崩れていく。
それを見届けた柚依は、ただ一言、呟いた。
「お願い、夏芽……戻ってきて」
拘束魔法が解かれ、夏芽の身体がゆっくりと倒れかける。
柚依が抱き留めた瞬間、彼女の瞳がかすかに開いた。
「……なんで、変身……」
「黙ってて。今は、私が“盾”だから」
涙を流しながら、笑って言う柚依に、夏芽は苦笑して言った。
「……そっか。じゃあ、ちょっとだけ……甘える」
そのまま意識が落ちていく。けれど柚依の手は、絶対に離さなかった。
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