Muv-Luv Alternative The story's black side   作:マジラヴ

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更新遅れて申し訳ないです。



episode2-5 表と裏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん」

 

 

時刻は午後8時、武は一人遅めの夕食である合成肉野菜定食を食べ終え、コップに注いだ水を口直しに半分程飲み込んだ。

 

 

窓越しに見える外の景色は、既に真っ暗となって月と星の光、そして所々に設置されていいるライトが光源になって、無人のグラウンドを照らしていた。

 

 

普段ならば、訓練兵である冥夜辺りが自主訓練に勤しんでいる時間帯だが、その本人は一週間の総合戦闘技術評価演習の為に横浜基地を離れている。

 

 

それに加え、いつもはそれなりにみかける正規兵の姿も今日は見られなかった為に、どうやら外は閑散としているようだ。

 

 

加えて、食事を摂るべき時刻も大分過ぎているために、PXに集まっている人間の姿もまばらだ。カウンターの方を見れば、PXの主である京塚臨時曹長とお手伝い数人が使い終わった食器類の片付けをしていた。

 

 

武はそんなPXの様子を無言で眺めつつ、肩肘をテーブルについていると、ふと207B分隊の事が頭に過ぎる。日程で言えば、今日は2日目の筈だ。

 

 

今頃は、夜のジャングルで休憩をとっている時間帯か、同じく遅めの夕食を確保している頃かも知れない。

 

 

前の世界では、皆の足で纏いとなって、特にコンビを組んだ美琴にしょうもない理由で世話をかけてしまっていた事を思い出す。今にして思えば、情けなかった事この上ない状況だったが、戦場に出てからはそんな日々が宝物の様に思えてしまう。

 

 

青臭く、現実を飲み込めず、甘ったれていたあの頃の記憶。それは、紛れもなく大切なものだと、酷い現実を目の辺りにした後でそう思ってしまうほど、衝撃的な生活だった。

 

 

そしてそれは、この世界では最早叶うことはない。前の世界では207Bに属していたが、今回のこの世界では、白銀武という訓練兵は紛れもなく存在しないのだから。

 

 

ここにいるのは黒鉄武という、何もかもをでっち上げた架空の人物でしかない。覚悟していた筈なのに、理解していた筈なのに、207Bの事を思い出しているとそんな感傷的な気分になってしまうのだから、人間というのは不思議なものだと、武はらしくない考えに浸る。

 

 

知らずと口角が自嘲するかのように僅かに上がり、それを隠すために口元を覆ったその時だ。

 

 

「ん?何だ、黒鉄もこんな時間に夕食だったのか?」

 

「こんばんは黒鉄大尉」

 

「・・・こんばんは」

 

 

一瞬、反応が遅れたものの、武はとりあえず声をかけてきたみちる達に挨拶を返す。どうやら、ヴァルキリーズの先任達もこれから夕食の様だ。みちる、涼宮より少し遅れて、速瀬、宗像、風間の計5人がPXに集まってきた。

 

 

そして5人それぞれが、武と席を同席する。そんな中、速瀬が嫌に笑顔を浮かべているのが気になったが、武は敢えて無視する。聞いたら、余計につっこまれそうだったからだ。階級は上だというのに、何故か彼女には勝てる気がしない。

 

 

尤も、それを言うならば、ヴァルキリーズメンバー全員に言えることではあるが。そんな事を脳内で考えている内に、注文をさっさと済ませた5人が、それぞれ受け取った定食を手に席に戻ってくる。

 

 

そしてそれに手をつけるより早く、みちるがニヒルな笑みを浮かべて武に問いかけた。

 

 

「大変だな、黒鉄。こんな時間まで、副司令と話し合っていたのか? 」

 

「・・・それが任務である以上、従うのが軍人でしょう。尤も、俺としてもBETAと戦っていた方が気は楽ですがね」

 

「ほぅ。中々言うじゃないか。まぁ私としても、心情的には概ね同意するがな。副司令と話していると、無駄に肩が凝っていけない。礼儀云々は別に、笑えないブラックユーモアが度々飛び出すからな」

 

「伊隅大尉も、中々酷いことを言っていると思いますがね。私も、黒鉄大尉には同情しますよ」

 

 

相も変わらず、下手な男より格好の良い仕草と笑みを漏らす宗像。その宗像に、速瀬が猛獣のような唸り声を上げて詰め寄る姿を見ていると、不思議と心が温かくなるから不思議だ。

 

 

或いはこの光景は、未来の自分が見て感じていた光景なのかもしれないと思うと、武は少しばかり羨ましさに似た感情を覚えた。自分がこんな気持ちになるのは、一体何年ぶりの事なんだろうと懐古の念まで湧いてきてしまう。

 

 

そのせいか、5人を見る武の目はどこか年齢に似つかわしくない物を見る者に感じさせ、唸っていた速瀬さえも黙り込んで、何とも言えないような表情を浮かべて静まり返った。

 

 

そんな中、隠そうともしない笑みと笑声を上げて、みちるが真っ先に口を開いた。

 

 

「貴様は不思議な奴だな黒鉄」

 

「不思議・・・ですか? 」

 

「何と言えばいいか、貴様とはまだ会って1月も経っていないし、付き合いも同じく長いわけではない。それなのに、貴様と話しているととてもそんな気がしないんだ。例えるならばそう、長年戦場を共に駆けてきた戦友。そんな考えが、ふと頭に浮かんでくる」

 

「不思議なものですよね。私達と大尉は、先日の実戦が初めて一緒に作戦に臨んだ筈ですのに」

 

 

見た目通り、お嬢様らしい笑みを浮かべてみちるに同意する風間。それに続いて、残りの3人も同じような事を言わずとも思っていたのか、それを顔に表して武を見る。

 

 

そして、5人に視線を向けられた武は、自身と同じ様な感覚を抱いている事に内心驚きつつも、表情には出さずに同意する。

 

 

「ふっ、まぁそういった感覚も、何度も実戦を経験すれば珍しくもないんだろうがな」

 

「大尉、それなんか物凄く年寄りくさいセリフのような気がするんですが」

 

「速瀬中尉、それは伊隅大尉が年寄りだと言いたいんですか? こう言ってはなんですが、本心でも口に出すのは控えたほうがよろしいかと」

 

「はっはっは、速瀬に宗像。貴様達、後で二人纏めて私の部屋に来い。これ以上は無いという位、キツイ罰則を喰らわせてやる」

 

「「申し訳ありませんでした」」

 

 

ビシッと、タイミングを見事なまでに合わせて敬礼をする速瀬と宗像。ここまで来ると、先程の軽口まで示し合わせていたのではないかという程、息がピッタリだった。

 

 

ヒクヒクと、笑顔で口の端を痙攣させる伊隅から目を逸らし、隊内の癒し要員である涼宮と風間に目を向ける。

 

 

すると、その視線に気付いた二人が、呆れ混じりな笑みを浮かべて武に頭を下げてきた。そんな様子を見ていると、任務中はしっかりしていても普段は年頃に見合った反応をするんだなと、武は認識を改めて小さく笑みを浮かべた。

 

 

ここ最近、ずっと気を張り続けていたせいか、このような暖かな雰囲気はとても癒される。それと同時に、漸くこの基地に本当に帰って来れたという実感が、武の胸に安堵の感情を浮かばせた。

 

 

まだまだ気を抜けるような状況ではないし、本当ならばこんな風に暖かな雰囲気を謳歌できるような立場ではない。しかしそれでも、今この瞬間だけはこの流れに身を任せるのも悪くないと、僅かにコップに残っている水を飲み干しながら、武はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

 

僅かに上がり始めた息を、それでも乱さず足を動かし続ける武は、ただ無心に自分以外誰もいないトラックを走り続けていた。PXでの穏やかな団欒を終えて、食後の運動と自主訓練がてらに走り続ける事既に2時間。

 

 

普通に走り続けるだけであれば、その程度ではどうということはないものの、些かペースを上げすぎたせいだろう。本当に久しぶりに、武は息切れという感覚を味わっていた。既に空気は冷たくなり、吸い込むたびに寒気が肺を刺激する。

 

 

それはまるで、タバコの煙を初めて吸い込んだ時の様な不快感に似ていたが、それと同時にどこか心地よい爽快感も湧いてくる。その奇妙な感覚を抱きながら、武が走り続けること更に30分。

 

 

そこで走るのを止めることを決め、10分程の時間をクールダウンの為に費やし、ようやくその足を止める。それから手早く、疲れた筋肉を癒すために柔軟をしっかりと行い、水道の冷たい水で顔を洗って熱くなった頭を冷やす。

 

 

大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出して頭上を見上げると、夜空に輝く多数の星が目に入る。季節はもう11月で、オリオン座の特徴的な3連星が輝いているのが地上からも確認できる。

 

 

以前の自分ならば、閑散とした空気の中星空を静かに見上げるなんて趣味は無かったのだが、信じられない事に今では趣味の一つになりつつあった。

 

 

尤も、そんな趣味も数々の戦場を超える度に顔を合わせることになる、新たな戦友達から教わったものであり自発的なものではなかったわけだが。

 

 

武は、聞いた初めは有り得ないと思っていたものの、軍人や過酷な環境に生きる人間が、星空を見る趣味を持つ気持ちという物が今になって理解できるような気がしていた。

 

 

どんなに過酷な状況下にあっても、空に見える星はいつもその輝きを強く保っている。それを見ていると、摩耗した精神でも何故か頑張らなければという気持ちが沸いてくるのだ。あの星のように、強く輝いて生きていきたいと。

 

 

人が死んだとき星になるという考えは、或いはそういった憧れから人々の心に浸透していったのかもしれないと、ロマンチックな考えまでしてしまう。そんな自分の考えに武は苦笑してしまい、そっと背中を後ろにある樹木に預けた。

 

 

それから5分程時間が経過した頃だろうか。武は地面を歩く足音が、自分の方に向かってくるのを聞き取った。カツカツという小さな物だったが、閑散とした夜の空気はよく音を響かせ、如実にその音を武の耳に伝えてくる。

 

 

それを聞いてそちらに視線を向けると、そこには因縁のある4人の姿が目に入る。鮮やかな赤い斯衛服に身を包んだ女性と、その後ろに続く白い斯衛服に身を包んだ3人の少女と言っても過言ではない年齢の軍人。

 

 

「(月詠中尉に・・・あの3人か)」

 

 

スっと、知らずと警戒心を抱いてかその眼光を鋭くさせる武。元の世界では敵視されるような事は無かったが、前の世界では色々と睨まれていた相手だ。その理由は既に知れているとは言え、決して気を許していいと言える相手ではない。

 

 

尤も、月詠は兎も角として、後ろの神代、戎、巴の3人は仲が良いと言えるかどうかは微妙であった為に、気にする程でもないのだろうが。そんな事を考えていると、いつの間にやら4人の姿が15メートル程先にまで迫っていた。

 

 

武は小さくため息をつくと、下ろしていたジャケットのジッパーを上まで上げて、多少の身繕いを終える。すると、まるでそのタイミングを計っていたかのように、月詠が口を開いた。

 

 

「貴官が黒鉄大尉か? 」

 

「そうですが・・・斯衛の人間である月詠中尉が俺に何か用でも? 」

 

 

何故自分のことを知っているかとは、武は聞かなかった。そんな事は、既に理解しているのだから時間の無駄だと判断した為だ。そしてそれは、月詠も武の様子を見て理解したのだろう。そこについては、指摘することはなかった。

 

 

「先日のBETA新潟侵攻の防衛、噂は聞きました。見事な活躍をなされたとか」

 

「俺を含め、A01部隊の人員については一応極秘扱いになっている筈だが、日本が誇る斯衛の人間に言っても皮肉にしかならないか」

 

「失礼しました。ですが、これも私達の任務ですので。尤も、詳しい内容については話せませぬが」

 

「別に気にしていない。こちらも、そちらの事情については副司令から聞いている。同じような立場だ、深くは追求しない」

 

 

さりげなく、言葉の端々に皮肉を込めながら会話する武と月詠。険悪とまではいかないが、やはりあまり良くは思われていないようだ。

 

 

今回は訓練兵という立場にならなかったのと、既存の戸籍を改竄するような事をしなかった為前の世界程ではないが、それでもやはり警戒はされている様子だ。

 

 

武は内心そんな事を考えつつ、社交辞令にも似た話を続ける事にする。

 

 

「それに、先日の戦場で共にした斯衛部隊の活躍も見事なものだった。先の功績については、A01だけのものでもないだろう」

 

「斯衛部隊は、この日本の防衛戦力の中枢たる存在です。先の戦場へ出ていない私が言うのは烏滸がましいのでしょうが、その程度の働きをするのは当然と言えるでしょう」

 

「いや、日本の最強の機体と名高いTYPE-00の操縦を、あそこまで見事に行うのは精鋭といえど楽な事ではないだろう。謙遜も過ぎれば、他の衛士達にとっては嫌味に聞こえかねない」

 

「それは黒鉄大尉にも言えることでは? 件の新OSが見せた戦果。こう言っては失礼に当たりましょうが、とても実戦証明が初であると言うのが信じられないものでした。我々斯衛含め、帝国陸軍や海軍も驚きを禁じえませんでしたから」

 

「そう言ってもらえれば幸いだ。日本が誇る帝国斯衛軍にそうまで言ってもらえると、今回の発案者の副司令と自分も評価に確信を持てる」

 

 

フッと、同時に笑みを浮かべる武と月詠。後ろに控えている3人は、薄ら寒い何かを感じてだろうか。ブルッと、一瞬だが大きく体を震わせた。それも無理はないだろう。

 

 

表面上には先のBETA侵攻の話を褒め合っている様に見えるが、その実腹の探り合いにも似た行動をしているのだから。

 

 

恐らく月詠は上から命じられて、武は少しでも上層部の内情を探ろうとして、お互い表面上は褒め合っていても、裏側では火花を散らしているのだから。

 

 

「それと、これは可能であればで良いが、月詠中尉の方から殿下と斯衛第16大隊の面々に是非謝罪と礼の程を伝えておいて貰いたい。直接言葉を交わせないのは不敬に当たるだろうが、副司令も自分も気持ちは同じだ。今回の無茶な申し出を受けてくれた事、そして戦場で援護を申し出てくれた事。斯衛部隊に、不名誉な後方配置を指示した事について」

 

「お心遣いありがとうございます。ですが、それについては私の方からも言うべき事が。殿下は多忙な為、お言葉を賜ることは叶いませんでしたが、斯衛16大隊の指揮官斑鳩崇継様よりお言葉を賜っております」

 

「聞かせて貰う」

 

 

短く言って、武は目を閉じる。その内心は、前の世界での立場を考えれば複雑だったが、今は立場が違うのだ。自身にそう言い聞かせて動揺を隠すと、パッと目を開いて月詠の目を見る。それを合図に、月詠が小さく頷いて言葉を吐いた。

 

 

「『此度での戦場での働き、誠に見事であった。所属する軍こそ異なれど、其方らが見せた実戦での新OSの性能と、衛士として恥じ入ることのない武勇。その結果と生き様を見れば、我々の期待を大きく上回る物であったと、私達斯衛含め、殿下も心から御思いしている事だろう。一刻も早く、この新OSが普及される事を一衛士として強く望む』と。以上です」

 

「ご苦労だった月詠中尉。自分の方の言伝も伝えておいて貰いたい。そして、叶う時が来たなら、直接見える機会があるのであれば是非にお礼申し上げたいと」

 

「仔細漏らすことなくお伝えします。それと、私達がこの横浜に駐在している事情を理解しておられるのであれば」

 

「言わなくても理解はしている。御剣訓練兵が総合戦闘技術評価演習に合格したならば、戦術機の指導は神宮寺軍曹と自分で行う事になる。力及ばないまでも、一人前の衛士に仕上げてみせる」

 

「・・・よろしくお願いします」

 

 

言って、月詠は睨みつけるような鋭い眼光を向け、武に敬礼をする。それに後ろの3人も続き、武が最後に返礼すると軽く頭を下げて4人はその場を後にする。

 

 

武はその姿が完全に消えるのを確認するまで見続け、建物内に消えたのを確認すると胸に溜まった空気を大きく吐き出した。

 

 

色々言いたい事はあったものの、今はこれでいいのだと自身を言い聞かせ、再び背中を樹木に預けた。向こうの警戒は解けないまでも、少なくとも冥夜に害をなす危険性が少ない事は理解しているようだ。

 

 

余程のことがない限り、訓練では斯衛のメンツもあるだろうから文句は言ってこないだろう。

 

 

唯一、前の世界では戦術機ハンガーで会ったのに、今回は時期も早く場所も違う事が気になったが、考える程でもないかと悟ると、武はゆっくりと背中を木から離した。

 

 

軽く背中を叩いて汚れを払うと、腕時計で時間を確認して自身の部屋に戻る事を決める。そしてこの日はこれ以降、特に何も起こることはなく武は眠りにつくことになる。

 

 

それから更に数日が経った頃、武の耳に夕呼から207Bの戦術機訓練課程への進行が入り、それにほっと胸をなで下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 




4日かけてこの短さで申し訳ありません。
いよいよ仕事が本格的に忙しくなってきて、帰ったら寝るだけの生活に突入です。
そんな現状なため、これからは週一更新となりそうなので、その旨理解いただけると幸いです。


さて、今回は前半については特に何もありませんでした。後半も、ちょろっと月詠中尉が出てきましたが、それだけです。
進展もありませんでしたし、日常回ととってもらえればよろしいかと。サブタイトルは意味深だったのに、申し訳ないです。

では今回はここらへんで失礼させてもらいます。

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