Muv-Luv Alternative The story's black side   作:マジラヴ

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今回、作者のこうだったらいいなぁという想像を含めて、この話を書かせてもらいました。なので、ちょっとおかしいと思う部分があるかもしれません。
もしそのような疑問があれば、感想欄にでもお書きください。

それと、活動報告でも書きましたが、改行の多いという意見が1件感想に書き込まれました。作者なりに悩み、実際に自分で見たのですがどう判断すべきかと自身では解決できませんでした。
なので、それについて皆様はどう思われるのか、感想に書いてくださると幸いです。活動報告へのコメント返信でももちろん構いません。
今回はいつもどおりでいきますが、意見によっては書き方を改める所存ですので、お付き合いいただけると幸いです。





episode3-2 取捨選択

―11月22日午前11時―

 

「小隊集合!!」

 

『了解!!』

 

 

まりものよく響く声がハンガー内に響き渡り、訓練兵である5人は早々と足並みを揃えて向かい整列する。そしてそのまま、何も言われずとも暗黙の了解である敬礼をし、それにまりもと武が返礼すると、ビシッと5人は気を付けの姿勢のまま固まった。

 

 

それをしっかり確認すると、まりもは武の方を向いて頭を下げ一歩後ろに下がった。武としては、別にそこまでする必要もないとは思ったのだが、言っても困らせるだけかと考えると、何も言わず5人に向けて口を開いた。

 

 

「今日も訓練ご苦労だった。皆、まだシミュレータでの訓練とは言え、戦術機に触れて1週間程だとは思えない程の成長ぶりを見せている。これは自分としても、神宮司軍曹としても、教鞭を取った身としては誇らしい結果と言えるだろう」

 

『はっ! ありがとうございます、黒鉄大尉』

 

「だが、それでも未熟な部分が多いのも事実だ。これから1人ずつ、自分と軍曹でここ一週間の結果を見て気になった点を伝える。心して聞いて、次回以降の訓練では同じ注意を受けないよう留意しておけ」

 

『了解であります!!』

 

「まずは分隊長である榊訓練兵」

 

「はっ!」

 

 

武が名前を呼ぶと、一歩前に出て敬礼をする榊。それを確認すると、一度小さく頷いてここ一週間での評価を口にする。

 

「先ず言えることは、分隊長としてはお前は既に訓練兵にしておくのが勿体無いという事だ。戦闘指揮、後方からの支援、そして作戦立案。どれをとっても、お前程の評価を得られる訓練兵はそういないだろう」

 

「ありがとうござます! 」

 

「だが、それでも想定していなかった、又は想定できなかった事によって発生するトラブルへの対策が、やはり何処か足りないと言わざるを得ないだろう。本来、BETA大戦勃発以来より作戦とは上手くいく事の方が稀。予想以上の敵の増援や、想定もしていなかった動きに掻き乱され戦線を維持できなくなる事の方が多い位だ。お前はもっと考えや視野を広く持ち、戦線全体を見て行動するよう心がけろ。以上だ」

 

「はっ!! ご教授、ありがとうございました」

 

 

再び敬礼をして、元の位置に下がる榊。続いて冥夜の名前を武が呼ぶと、榊と同じようにして前に出て、ひと呼吸置いてから武は再び口を開く。

 

 

「御剣訓練兵、お前は207Bの中で彩峰訓練兵と並んでチームのツートップであり、近接戦闘で言えば正規兵でもそうそういないレベルの衛士と言える。お前が順調に正規兵に任官すれば、部隊内ポジションは突撃前衛に配置される事だろう。特に剣術だけで言えば、帝国斯衛軍の衛士達と比べても見劣る事はないだろうと思える腕前だ」

 

「はっ! 過分な評価、恐れ入ります!!」

 

「だが、その分射撃が長刀を用いた近接戦闘と比べお粗末になりがちだ。何でもかんでも近接戦闘だけで片付けようとすれば、衝撃が機体に返ってくる長刀は機体の扱いに長けていなければ、負担は大きくかかってくる。基本過程でお前が剣術を特に得意としていた点は、確かに評価できる事だ。だが、銃撃も同じように扱っていかなければ圧倒的な物量の前に飲み込まれ、死に至るだろう。そこを十分理解し、これからの訓練に励め」

 

「了解であります! ご教授ありがとうございました! 」

 

「次、珠瀬訓練兵」

 

「は、はい! 」

 

 

冥夜が下がり、若干ビクビクとしながら珠瀬が前に出る。そんな彼女の様子を見て、武の後ろに控えているまりもがギロリと一瞥するが、武はそれをやんわりと止めて評価を口にする。

 

「珠瀬訓練兵、お前の射撃能力は戦術機過程に入ってもやはり素晴らしいものと言えるだろう。戦場を広く見渡し、前衛の2人が逃した標的の撃墜。遠方にいる標的への、遮蔽物のある中でのズレの無い正確な射撃。経験という点を除けば、どれをとっても正規兵の中にお前と並ぶ者は日本にはいないと言っても過言ではない評価だろう」

 

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 

「故に、お前に伝えられる点はそう多くない。それでも言うとすれば、もっと冷静に事を進めろという事だけだ。演習中、仲間が撃墜されて以降の経過は決して良いとは言えない。仲間を失う事を恐れるなとは言わない。だが、それに怯えるばかりでは失う仲間の数は雪だるま式に多くなり、自棄になってばかりでは無駄も多くなる。一朝一夕に慣れろとは言えないが、その事をしっかりと考えてこれからの訓練に励め。あがり症は治っているようだし、お前ならそれも克服できるだろう」

 

「了・・・解であります。ご教授ありがとうございました! 」

 

 

自分でも理解していた点なのか、若干ションボリとしながら。しかし、決して言われた事から逃げる事はなく、しっかりと頷いて下がる珠瀬。そんな彼女と入れ替わって、今度は鎧衣の名前が呼ばれ前に出た。

 

 

「鎧衣訓練兵、お前に言える事も珠瀬訓練兵と同じでそう多くはない。長刀での近接戦と突撃砲での銃撃戦。どちらも平均的に上手くこなし、仲間へのフォローも積極的に行っている。戦術機課程以前での事を鑑みるに、一人突出して戦場で活躍するようなタイプではない。それと組み合わせて考えれば、お前が戦場で活躍する場面となると罠や支援での働きになるだろうし、それは基本課程での成績を見るに不安になるような事はないだろう。BETA相手でも、それらのスキルが非常に役に立つのは変わらない。そういう事態になった時に、お前は他の追随を許さぬほど有効的な手法を取れる。それは時として、一騎当千の兵よりも重宝される」

 

「はい! ありがとうございます、黒鉄大尉」

 

「だが、悪くない点が多くないとは言え、指摘する点が無いと言えばそうではない。追い詰められれば、お前にも突き詰めていくべき点は多々ある。具体的に言えば、珠瀬と同じ様に仲間が撃墜されてからの動きが極端に悪くなる上に、突発的な事態に対応が遅くなり榊と似た傾向に陥りやすいのも事実。これでは正規兵に任官し、BETAとの実戦で奴らとの戦いになった時、その事態に陥る可能性が高いだろう。特に混戦状態では、戦線は乱れに乱れる。一度しかないとは言え味方誤射があるのは鎧衣だけだ。IFFがあるとは言え、それも絶対ではない以上気をつけろ」

 

「うっ、りょ、了解であります! ご教授有難うございます!!」

 

 

武には言葉で指摘され、更にまりもに殺人的な視線を睨まれて縮こまる鎧衣。悪い点が少ないとは言え、内容的には濃く鋭く言われた事は、いかにマイペースな鎧衣とは言えやはりキツかったらしい。

 

 

武も内心申し訳なく思う一方、それでも指摘した内容自体は間違っていない為に、生温い言葉をかけるつもりはなかった。下手な優しさは、今のような時代においては慰めにはならない。

 

 

それで嫌われたとしても、武としてはこれからも止めるつもりはない。軍人、特に良い教官というのは嫌われる者なのだと理解しているのだから。そこまで考えて、武は気持ちを切り替える為大きく咳払いをすると、最後の隊員である彩峰の名前を呼んだ。

 

 

いつもは鎧衣と同じかそれ以上にマイペースな彩峰だが、まりもも睨んでいるからか流石にきっちりとしていた。尤も、内心はどうであるのか分からないのが、彼女の難しい点だった。

 

 

「彩峰訓練兵も御剣訓練兵と同じだ。近接戦闘に自信があるのは理解しているが、射撃についても同じ様にこなすことを心がけろ。技量が上がればいいが、基本的に突出して近接戦闘ばかりこなしていては、支援砲撃は期待できなくなる。前衛がそういうポジションだとは言え、仲間は簡単に割り切れるものでもないだろう。周囲と合わせた戦い方を心がけるように訓練を重ねろ。お前のいるポジションというのは、死ねば後ろの味方をも呆気なく道連れにしかねない重大なポジションだからな」

 

「了解であります、黒鉄大尉」

 

「ならば良い。お前と御剣は207Bの頭であり、些細なミスも許されない重要な役回りだ。今後は、その点を十分頭に入れて訓練に励め。二度同じことを言わせれば、軍曹は黙っていないぞ。以上だ」

 

「はっ! ご教授、ありがとうございました」

 

 

そうして彩峰が下がり、武は言う事を全て終える。本音を言えば、まだまだ言うべき事は多々ある。だがそれらは、現段階で言った所で直ぐ様その通りできるようなものでないのも事実。

 

 

あまり詰め込みすぎても、考えが頭に回りすぎて動きが悪くなるので避けたかったのだ。ただでさえ、今告げた修正点の数々は本来ならばまだ先になるようなものだったのだから。

 

 

本当であれば、武の当初の予想では戦術機を扱う腕前が今のレベルに達するのは、まだ数日先だと予測していたのだ。それが、まりもを始めとして207Bの隊員達は恐るべき速さでモノにしてきている。

 

 

当初は、初めからXM3を触っている為に、旧OSから触っている衛士よりも馴染みやすいのではないかと考えていたのだ。しかし、事此処に至っては武としてはそれだけで納得できていない。その感覚は、疑念から最早確信に変わりつつある。

 

 

しかし、だからと言ってそれを彼女達に言っても解決しないのは事実。仮りに、それを言うとしても相手が違う。だからこそ、武はあくまでそれについては指摘しない。幸いにして、まりもは成長速度に驚いているものの、それ以上の疑念は湧いていない様子だった。

 

 

それならば、後は武が話すべき相手にそれを話せば済む話なのだから。武はそこまで考えると、今はそれを考えるべきではないと頭を振って思考を切り替え、一歩後ろに下がって控えているまりもに向き直る。

 

 

「それでは軍曹、後を頼む。自分はこれから、副司令に用があるので失礼する」

 

「了解であります!!」

 

「この後は、今言った内容を十分気をつけさせて訓練を続けてくれ。訓練内容の予定変更や、その他の判断については全て軍曹に任せる。好きにやってもらって構わない」

 

「承知致しました。それでは、小隊一同。敬礼ッ!! 」

 

 

まりもの掛け声に、揃って敬礼する5人とまりも。武もしっかりと返礼をする。それをまりもが確認すると、再び5人に指示を出してシミュレータでの訓練を再開した。武はシミュレータに乗り込む6人の姿を眺めつつ、その姿がシミュレータのコクピット内に消えたのを確認する。

 

 

それが終わると、自分も用を済ませるべく先ずは着替えるために、ドレッシングルームへとやや駆け足で向かった。

 

 

 

 

―11月22日午後12時30分―

 

 

「失礼します」

 

「敬礼はいらないわよ。堅苦しい挨拶も抜きにして」

 

「・・・わかりました」

 

 

執務室に入るなり、武の行動を封殺した夕呼は満足そうに頷くと、やや機嫌の良さそうな顔をして頷いた。そんな彼女の様子を見て、内心嫌な予感を感じつつも武は平静を保ったまま表情には出さずに返事を待つ事にする。

 

 

「本題に入るわよ。アンタも何か私に聞きたそうな事があるようだけど、とりあえずそれは後にしてちょうだい」

 

「了解です」

 

「先ずは先日話した戦術機の話。訓練機の吹雪含めて、アンタの不知火弐型が明後日の24日午後2時にこの基地の戦術機ハンガーに搬送されてくるわ。吹雪の方は訓練兵用のハンガーだけど、あんたのはA01専用のハンガーに搬入されるから、そこは間違えないようにしときなさい」

 

「送られてくる弐型の方は、整備すれば直ぐに動かせる状態なんですか?できれば、早めに慣れておきたいので実機での機動を試したいんですが」

 

「それは恐らく無理ね。OSを換装させる作業にしてもそうだけど、こっちでも色々やらなきゃいけないことがあるし、整備兵にも弐型の整備知識を頭に叩き込む時間は必要でしょ?アンタなら壊すようなヘマはしないでしょうけど、万が一ということが無いとも限らない。予備パーツが2日後に送られてくる予定だから、実機での機動はそれ以降にして頂戴。シミュレータでは動かせるように、こっちで用意しておくから」

 

 

夕呼のその言葉に、武は内心少しばかり気落ちしつつも素直に頷いておく。ここで長々と話しても事実は変わらないし、夕呼の機嫌を損ねるだけだ。それに、弐型については色々と問題があるというのも夕呼に聞いている。ここは素直に従っておくのが、賢明な判断と言えるだろう。

 

 

幸いにして、シミュレータでの弐型の操縦は出来るとの事だ。それならば全く問題ない。1日、2日実機に触れる日が遠のくだけなのだし、その間に出撃するような事態が起きる事はないだろうし、なったとしても不知火がある。心配する様な事ではないのだ。

武はそこまで考えて一度頷くと、そこについては区切りをつけて夕呼の話の続きを聞く事にする。

 

 

「それじゃあ次・・・って、忘れてたわ。1機武御雷もこっちに送られてくるんだけど、それも伝えておくわ。アンタなら既に知ってるんだろうけど、扱いにはくれぐれも気をつけときなさい。何か粗相でもあろうものなら、基地にいる煩いのが文句を言ってくるでしょうから」

 

「了解です。前の世界で、それでちょっと問題が起こりかけたので注意しときます」

 

 

思い出すのは、紫の武御雷にペタペタと触れて叩かれた珠瀬の姿。前の世界ではその程度で済んだわけだから、特別気にするような事でもないだろうが、いちいち起こさせるのも無駄というもの。未然に防げるならば、未然に防いだ方が良い。

 

 

「二つ目は、XM3の仕上がりが順調に終わって完成品と言えるまでになったって事。既に搭載済みの機体は、順次アップデートしていく形になるわ。尤も、ちょっと弄るだけだから時間はそれ程かからないでしょうから、時間を大幅に取るような事にはならないわ。社には後でお礼言っておきなさい」

 

「そうします」

 

「そして3つ目。これが今回の本題であり、そしてこれまでで一番の爆弾ね。心して聞きなさい」

 

 

そう言うと、突然夕呼の顔つきが変わった。それどころか、部屋の中の空気までが冷たくなった様に感じられる。武はそれを感じ取ると、嫌な予感が当たった事に内心舌打ちしつつ、心構えを決めておく。夕呼がここまで言う以上、碌でもない話なのは確実なのだから。

 

 

唇をキュッと結び、鋭く尖らせた双眸を夕呼に合わせるように向けると、それを見て準備が整ったと判断する。そんな、部屋の空気がピンと細いワイヤーで張り詰められたかのような息苦しさを感じさせる中、夕呼は恐ろしい事実を口にした。

 

 

「これはまだ2週間位先になる話だけど、伝えておくわね。12月5日、日本国内でクーデターが発生するわ」

 

「・・・まさか」

 

「あら? その様子だと、何か知ってるのかしら? それとも、驚いて固まってしまった方? 」

 

「12月5日にクーデター。間違いないんですか? 」

 

「私が得たデータによればそうなってるわね。その信憑性については、今更言うまでもないんじゃないかしら」

 

 

淡々と告げる夕呼だが、武の内心は動揺で溢れていた。12月5日にクーデター。それは、武自身の記憶には存在しなかった事例だ。否、詳しく言うのならばクーデターについて記憶が無かったのではなく、12月5日にと言うべきかだろうか。

 

 

前の世界でも、武は一応クーデターというものを体験したことはある。だが、それとは日にちが変わっていた。そう、あの時はもっと先だったはずなのだ。とは言え、いつまでもそこで躓いているわけにはいかない。

 

 

今は兎も角、クーデターの情報について詳しく聞くべきなのだから。そこまで考えると、武は内心の葛藤を何とか抑えつつ、次に確認すべき事案を口に出す。

 

 

「それで・・・クーデターによる被害と、その首謀者達は?」

 

「被害については、この国に亀裂を入れる様な大きなものではなかったらしいわ。まぁ、そうはって言ってもそれは数字の話であって、失った人間を考えればそうでないかもしれないのだけど。とりあえず、大きい所で言えば榊是親首相含め、彼と党を同じくした上層部の人間を数人殺害。その後、小さな小競り合いが幾つも続き、最終的には大々的な戦術機での殺し合いに発展したようね。そして、肝心のクーデターの主犯は帝都守備隊のメンバーである沙霧尚哉大尉」

 

「沙霧・・・やはり」

 

「何? その反応、アンタも何か知ってたわけ? 」

 

 

然程緊張感があるとはお世辞にも言えない表情で、武に尋ねる夕呼。そんな夕呼の態度に、奇妙な感覚と多少の苛つきを感じつつも、大して表情も変えずに武は頷いた。

 

 

「日にちも年も違いますが、オルタネイティヴ5のバビロン作戦が実行され、大海崩が引き起こされる少し前に、沙霧はクーデターを起こしています」

 

「ふ~ん、つまりこの沙霧って男は、アンタの知っている未来と、知らない未来でも結局クーデターを起こしてるってわけね。そうなると、このクーデター事態はどうあっても避けられない事なのかもしれないって事かしら」

 

「避けられない事・・・ですか? 」

 

「11月11日にBETAが本土に侵攻してくるって言うのは、この世界でも変わらなかったでしょう? そこから推察するに、アンタがいくら世界を渡ろうと、根本を解決しない限り変えられない事象っていうのはあるって事よ。まぁ、人間によって起こされる事象とBETAによって引き起こされる事象を比較するのは可笑しいかもしれないけど、大部分の意味では変わらないわ」

 

 

夕呼はそこまで言って、椅子から立ち上がり、隅の方に置いてあったホワイトボードを引っ張り出す。そこに、素人目にもわかる下手くそな絵を描きながら、時折文字を書いていき一定の所まで書き終えるとペンを持つ手を止め、カンカンとボードを叩いて説明を再開した。

 

 

「そもそも、物事には原因と結果があるわけ。結果というのは、原因を解決する、もしくはできなければ起こり得る事象なの。簡単に言えば、先の11月11日のBETA侵攻。あれが起きた原因は、佐渡ヶ島にハイヴを建設されてしまった事よ。そして、その原因が引き起こした結果が本土に侵攻したという物。それじゃ問題。この結果を引き起こさない為には、一体どうすればいいでしょうか? 」

 

 

夕呼はそう言って、武にペンの先を向けた。言葉から察するに、どうやらそれを武に答えろという事の様だ。武は小さくため息をつくと、直ぐ様誰でも思いつく答えを口にする。

 

 

「11月11日より前に、佐渡ヶ島ハイヴを完全に制圧する。それか、そもそも佐渡ヶ島にハイヴを建設させなければ良い」

 

「正解よ。つまり、結果を出さないためには発生する原因を潰せばいいの。つまり今回で言えば、そのクーデター発生という結果。それが起こりうる原因を取り除かなければ、結果は防ぐ事はできないのよ」

 

「では、今回のクーデターを防ぐ為にその原因を潰せという訳ですか? 」

 

「それができたらそうするけど、それは不可能でしょう。何れにせよ、クーデターはこの世界でも起こるわ。原因を取り除く事に手を打つにしても、もう手遅れ。いえ、最初から手遅れなのよ」

 

 

夕呼のその諦めにも似た言葉に、不覚にも武は唖然としてしまった。一瞬、言葉の意味が上手く飲みこめず、何度か深呼吸を繰り返して漸く気を落ち着ける。それでも浮かんできた言葉は根拠もなく、説得力もない言葉だ。しかし、武としては口に出さずにはいられない。

 

 

「そんな事は・・・」

 

「無いと言えるわけ? アンタもクーデターを経験しているならわかるでしょうけどね。そもそも、直ぐ様原因を解決できるなら、クーデターなんてリスクの大きい行動、このご時世に誰も起こさないわ。私は沙霧なんて人間を理解する気はないし、擁護する気もない。それでも、今の日本の状況を知らずにクーデターなんて馬鹿げた真似をするような男とは思えない。何せ、帝都を守る任を担っている程の人間よ。それ位、理解できない筈がないでしょう。それだけ、その男とその男に付いてクーデターを起こした人間の抱える闇は、深いって事よ」

 

「・・・・・・」

 

「アンタがもっと早く、それこそ何年も前にこの世界に来たのなら分からなかった。でも、アンタがこの世界に来たのはたった1ヶ月前なのよ。しかも、このクーデターの情報を知ったのは、今。クーデター発生までに、あと2週間程しかない。そんな少ない時間の中で、一体何をどうやって解決するわけ?」

 

 

夕呼の全くの正論が、武の胸を抉る。確かにその通りだ。夕呼の今言っている言葉は、全て正しい。単純に考えれば、対策を練れるのは2週間。だが、その実やるべき事は数え切れないほどある。人手も十分とは言えないし、リスクを考えれば迂闊な行動もできない。

 

 

そんな中で、一体何ができるというのか。下手をすれば、どこにあるやも知れない不発弾を踏み抜き、更なる被害を生むかも知れないのだ。

 

 

「くっ・・・」

 

「理解したようね。まぁ、これ以上文句を言わないだけでも大した者よ」

 

「・・・無理と分かったなら、いつまでもそこに固執するわけにはいけませんよ。発生を防ぐのが無理なら、犠牲を少しでも減らせるようにするべきでしょう」

 

「・・・そうね。じゃあ、話を続けるわ」

 

 

夕呼は素っ気なく言うと、拳を痛いほど握り締めて肩を震わせる武から目を逸らし、データから得た情報を纏めた紙に視線を移す。その中から、内容を簡単に纏めて武に話し始めた。内容を話し終えたのは、それから15分程後の事。その間、終始武は無言で話を聞き続け、必死に内容を頭に叩き込む。しかしその最中で、何とも言えない様な違和感を感じていた。

 

 

「以上よ。で、ここまで話した事で何かあるかしら? 」

 

「・・・一つ、いいですか? 」

 

「いいわよ。言ってみなさい。答えるかどうかは別だけど」

 

「先生は・・・このクーデターをどのように考えているんですか? 」

 

 

武のその質問に、夕呼は一瞬硬直する。だが、直ぐに表情を取り繕い小さな笑みすら浮かべて武を見た。

 

 

「そこまで言うって事は、アンタも気付いたって事かしら? 安心したわ。どうやら、さっきの事で頭の回転は鈍っていないようね」

 

「このクーデターは・・・」

 

「ええ。受ける損害よりも、得られた代償の方が大きい。それにこのクーデターの結果さえ、もしかすると沙霧って男の予想通りって事かもしれないわね。怪我の功名なんて諺、それをこのクーデターによって体現した。まぁ、内容は褒められたものではないかもしれないけど、結果的にはそうなるんじゃないかしら。日本に巣食っていいた米国の工作員を排除し、蟠っていた日本の空気を変えて一つに纏め上げ、政威大将軍の復権。これは偶然でしょうけど、今現在にしても上からの圧力で任官できない207Bの任官。その結果として、クーデター以降、情報によれば日本は団結してより強固な国になったとあるわ」

 

「・・・そう、ですね」

 

 

夕呼の言葉に、武は浮かない顔をしつつも首肯した。対する夕呼は、自然な表情で頷いている所を見ると、やはり武より夕呼の方が上手のようだ。それを改めて思い知らされるつつも、初めから理解していた事なので気にはしない。気にしても、無駄に疲れるだけだからだ。それより、今はクーデターの事を話し合うべきなのだ。犠牲を少しでも減らすための対策を。

 

 

「先生、今回のクーデターの情報は、早めに榊首相には流しておくべきでは? そうすれば、榊首相の身柄は最悪でも確保できる。現状、彼を失うのは日本にとっても痛いのでは? 」

 

「そりゃ当然伝えるわよ。でも、それを首相が大人しく受け入れるかは別でしょう。未来情報から推察するに、私としては彼がクーデターの情報を知らずに、ただ殺されたとは思えない」

 

「それでは、榊首相は知っていて敢えて命を投げ打ったと? それはつまり、自分が悪逆の徒として討たれる事で日本の為に・・・」

 

「自ら生贄になった。あくまで想像だけどね。でも、彼の経歴を見れば考えられないことでもないのよ。光州作戦において、彩峰萩閣中将が起こした彩峰中将事件と、その責任をとった形としての銃殺刑。それにはどうも、榊首相も関わってたみたい」

 

 

夕呼はそう言うと、手に持った資料を武に手渡した。渡された資料を受け取ると、武はサッと目を通しその書類の概要を確認する。流し読み程度なので然程時間はかからず、1分程で大部分を武は読み終えた。細かい内容を上げればキリが無いが、一番大きな情報としては、榊是親と彩峰萩閣には個人的に付き合いがあり、度々会見している様子があったという事。

 

 

そこから導かれる答えは、深く考えなくても武は理解できた。険しくなっている表情を更に険しくすると、受け取った書類を夕呼に返す。

 

 

「この書類の内容から察するに、本来であれば榊首相が被ろうとした責務を、彩峰中将が代わって受け、そしてクーデターでは、今度こそ国の為に犠牲となる役目を榊首相自らが被り、死を受け入れたと? 」

 

「ええ。彼の首相という立場からしても、情報を手に入れていても可笑しくはないでしょう。そしてクーデター主犯、沙霧尚哉のその根底には彩峰中将の件があったのは確からしいわ。彼は彩峰中将の部隊に所属していたらしいし、個人的にもかなり親しい間柄だったらしいから。それら全てを含めて考えると、このクーデターによって起こされる結果には、榊首相も肯定的だったのかもしれないわね。だからこそ死を受け入れ、彼に全てを託した」

 

「沙霧尚哉が、死後も非難を受け続けるであろう外道の道を突き進む意思があると信じ、自身もまた今現在の日本の悪状況を招いた張本人として殺されることを望んだと」

 

「軍人から見れば、彼のやったことは馬鹿げた行動にしか見えないでしょう。私自身も、大して事情を知らなければ下らないと切って捨てたでしょうし。それでも、このクーデターが成った暁には成果が上がる。具体的に言えば、分かりやすい悪を滅ぼす人間として、そして起こってしまったクーデターを憂い、必ず矢面に立ち事件解決後も職務に奔放されるであろう政威大将軍。その姿は、強く日本の民に焼き付けられることになる。その結果、真の意味で日本の中心となる将軍に権威は返される事となった。全てが全て、彼らの予想通りに進んだかは知らないけど、意図してその状況を作り出したことは間違いないでしょう」

 

「それが、彼らが選んだ選択だった」

 

 

結末を知れば、何て事はないのだ。彼らは只、日本人が巻き起こした不祥事を、自身達の命でもって清算して見せた。この犠牲によって、現在の不安に包まれる日本の空気を払拭し、何と対すればいいのかを知らしめるために。

 

 

「これより先の詳しい事情はまだ分からないけど、少なくともこれ以降は、米国やオルタネイティヴ5派の連中からの露骨な干渉はなくなったと考えてもいいでしょうね。今の日本の状況ならまだしも、真に結束して堅くなった国を突くのは藪蛇もいいとこだし」

 

「結局、俺達ができるのは、そのクーデターによる被害を少しでも減らすことだけという事ですか」

 

「ええ。クーデター軍の攻撃が激しくなったのは、内部に巣食っていた米国の諜報員や、帝国にいた諜報員がちょっかいを出した結果らしいから、そこに目を光らせるしかないわね。尤も、引き出せた情報には、諜報員全員の詳しい情報は載ってないから、一部になるでしょう」

 

「下手に目を光らせすぎれば、向こう側がどんな行動をするかわかりません。それならば、重要な部分を厳重に対策するしかないですよ」

 

 

武はそう言って、グッと血が滲み出るほど掌を握り締めた。先程まではクーデターの事を嘆いていたのに、今では自分で言っているのに反吐が出るような事を口にしている。夕呼ならそれを成長と呼ぶのだろうが、それでも簡単に受け入れるのはやはり難しかった。

 

 

考えてしまえば、表情に出さないようにするのも難しかった。そんな武を見て、夕呼は何を思ったのか、その美貌を歪めて尋ねる。

 

 

 

「前の世界で、これ以上の地獄を見てきた筈のアンタでも、そう簡単には受け入れられない? 」

 

「逆ですよ。無理とわかれば、簡単に切り捨てて下衆な考えに至る自分が嫌なだけです。それが正しい答えだとしても、あっさりと他人を犠牲にする事を考える。世界を救おうと決めたのに、救うために殺す。そんな当たり前の矛盾に、心底嫌気がさします」

 

「それが正しい反応でしょうし、そんな反応ができるならアンタはまだ真っ当だって事よ。私はもう、そんなものは微塵も感じないもの」

 

 

軽く笑みすら浮かべて、そんな冷たい言葉を投げてくる夕呼だったが、武は何も言わなかった。何も知らずに聞けば、ただの外道にしか聞こえないセリフであるが、その実彼女の内心が本当に言葉の通りだとは思えなかったからだ。

 

 

そんな時、思い出されるのは前の世界でオルタネイティヴ4が失敗に終わり、最悪だったオルタネイティヴ5に移行されたと告げられたクリスマスの日の夜。やけ酒をしてべろんべろんに酔い、二十歳にも満たないガキの前で泣き喚く見たくもなかった夕呼の姿。

 

 

その時見せた、悔しさと心からの後悔の涙は今も記憶の脳裏に焼き付き、忘れる事はできない。そんな彼女が、本当に言葉通りの事を思っているとは、武には到底思えなかった。それなのにそんな事を言う、否。武が弱いばかりに、言わせたくもない言葉を言わせてしまった。それが、本当に辛い事だった。

 

 

地獄のようなあの光景を見て、認めたくもない最悪な戦場を仲間の屍と共に幾つも越え、それで尚何処かに残る弱さが武は受け入れ難かった。そんな事を考えていたからか、本人も気づかぬ内にみっともない表情を晒してしまったのだろう。武を見る夕呼の表情が僅かに歪み、わざとらしいため息を吐いて空気を切り替える。

 

 

「今日の所は、この件についてはおしまいにしましょう。そんな顔されちゃ、私も危なっかしくて話してられないわ」

 

「ッ!! いえ、俺は」

 

「今日の所はもう下がりなさい。12月5日までは、どちらにせよ時間があるわ。アンタにやってもらうことは、どうせその日にしかできない事なんだから、今は黙って下がってそのみっともない面をどうにかする事。これは命令よ」

 

「・・・・・・了解ッ」

 

 

思わず舌打ちまでしてしまう武だったが、命令と言われては逆らえない。胸の内で湧き上がる葛藤を何とか抑え込み、それでも抑えきれなかった部分は拳や肩を震わせる程力を込めて耐え切る。それから何度か大きく深呼吸を繰り返し、5分程かけて漸く形ばかりだが平静を取り戻す。

 

 

今は夕呼の言う通り、一旦頭を冷やすべきだ。そうでなければ、正常な思考で策を練る事もできない。自分をそう妥協させると、いつも通りの表情で武は夕呼に視線を移した。その目には、もう大きな動揺は見られない。それを確認すると、夕呼は納得するように大きく頷いて口を開いた。

 

 

「それじゃあ、詳しい内容は11月28日。つまり、HSST落下を阻止できたらにしましょうか。それを成功させなければ、どっちにしろ後はないわ。先ずは目先の厄介事を阻止するのに、全力を尽くしなさい」

 

「了解しました」

 

「よろしい。それじゃあ、とりあえず明日の夕食後に私の部屋に来なさい。弐型の資料を纏めておくから、搬入前にしっかりと把握しておくこと」

 

「はい。それでは、失礼します」

 

 

武はそう言うと、最早語る言葉は無しと口を閉ざした夕呼をおいて、頭を下げて執務室を後にする。廊下に出ると、静まり返った空気の中で武の足音はよく響き、それを聞いていると先程のことが嫌でも思い出された。最早発生を防ぐ事はできないクーデター、そしてそれによって起きる犠牲を少しでも減らす為に出来る事。

 

 

日本を救うという代償が、敢えて外道の道を突き進む先任達を斬り捨てるものである事。全てを考えた上で、それが尤も効率的で最良な道である事は頭では理解している。

 

 

「だが、それでも・・・」

 

 

ポツリと、武は誰もいない廊下の中央で立ち止まって呟くと、拳を固く握り、誰にも言えない密かな決意を胸に抱いた。誰かに言えば、甘いと馬鹿にされるかもしれない。夕呼に言えば、呆れられ頬を叩かれるかもしれない。

 

 

しかしそれでも、武は自身の頭に沸いた考えを切り捨てる事は出来なかった。どんなに変わろうと、決して変えることのできない白銀武という人間の本質だけは、捻じ曲げることができなかったのだ。

 

 

そして、武は止めていた足を動かし廊下を歩く。険しい表情と同じく、鋭く尖った双眸にこれ以上とない覚悟を秘めて。これ以降、武の歩みは止まることはなく、その日の職務を終えると早めに眠りに就いたのだった。

 

 

 

 




終わりです。自分で読んでて、何か納得のいかない説明をしているような気がしました。その内、修正を掛ける必要があるかもしれませんね。

クーデターを起こさない様にしようかとも最初の段階では思いました。ですが、よく考えるとクーデターを起こす程思い悩んでいた人間達を、そう簡単に説得できるものなのかという結論に至り、クーデターは避けられない事案としました。


漫画版のオルタとかで得た知識や内容も含めて書いているので、それを読んでいない人には納得できないかもしれません。まぁ、読んでいる人にも納得できないかもしれませんがね・・・

ですが作者的には、クーデターを起こした沙霧大尉達と、榊首相の心情はこんな感じだったんじゃないかなぁと思ったんですよ。首相は呆気なく死にすぎですし、沙霧大尉も初めからクーデターを完遂させる気はなくて、その最中に敵として討たれる事を望んだんじゃないかとも思えましたし。

全て作者の考えなので、皆さんにこの考えを認めてもらいたいとかじゃありませんけどね。あくまで願望レベルです。


次回更新は、本当に未定です。もしかしたら、2話一度に上げる事になるかもしれません。それではこれで失礼します。

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