UA 8,000件突破、ありがとうございます。
また新たに評価をつけてくださった
petero/valleyさん
前作より評価をつけてくださっている
お祈りメールさん
ありがとうございます。
【視点:喜多郁代】
今、私たちは新曲ができたことも兼ねてMV制作に勤しんでいる。
と言ってもまだ何も決まってない。
文字通り、決まってない。
何をするのかも、どこで撮るのかも、コンセプトすらない。
そんな中で助っ人として伊地知先輩がファン1号さん、2号さんを呼んでいてコンセプト会議なるものが始まった。
色々な意見が出た。それこそダンスをしてみたり、リョウ先輩の意見でひとりちゃんの家にいるジミヘンを出して若年層受けになど。
けれど、話は進まなかった。
いや、“進めなかった“———
ひとり「…」
喜多「ひとりちゃん?」
ひとり「は、はい!」
リョウ「…ぼっち。私の言ってたこと聞いてた?」
ひとり「え、えっと…?」
虹夏「…もー。会議に参加しないと意味ないよ?どこ見てたの?」
ひとり「い、いや…ごめんなさ、い…」
私は気づいていた。
ひとりちゃんの視線の先は響木先輩。
会議そっちのけで先輩のことばかりを考えて、先輩のことばかりを追いかけているのだ。
なんて、傲慢なんだろう。
ずるい。
私は色々考えて、このバンドにいるのに。
ひとりちゃんは、ずるい。
喜多「…ひとりちゃん。響木先輩のこと、じーっと見てたもんね。見惚れてた?」
ひとり「あ!?い、やそ、ちが…」
ひとりちゃんは、何も言わない。
けれど何も言わなくても、先輩の隣に居られる。
私は、声を出して、笑顔を作って、取り繕って、ようやく隣に立ってるのに。
虹夏「…真面目にやってほしいなぁ。」
リョウ「…」
ひとり「ご、ごめんなさい…や、やっぱり響木くんも一緒の方が良いのかなって思っちゃって…」
虹夏「…もうやめようよ。響木くんに甘えるのは…やっと、戻ってきてくれたのに、さ。」
…戻ってきてくれたのに、さ。
その言葉に、一瞬、引っ掛かりを覚えた。
まるで、響木先輩の所有者は自分だと、そう言っているように聞こえて。
伊地知先輩が響木先輩の何を知っているんだろう。
先輩の全てを知っているかのように。
ひとり「で、でも…響木くんも、結束バンドの一員で「そんなの、分かってるよ。ぼっち。」ひっ…」
リョウ「皆、同じ気持ち。でも今回は頼らないって決めた。なら私たちでやるしかない。そうじゃないの?」
リョウ先輩の言いたいことはごもっとも。
でも、頼らないって決めた?
いつも頼っているのはリョウ先輩なのに。
私は、私は負担にならないようにいつも立ち回っていたのに。
喜多「…皆、ずるいのね。」
そうやって本心を隠して、でも彼の前では甘えて。
バレないように。仮面を被ってる———。
静寂が訪れた。
話の中心となっていた響木先輩の話が終わり、沈黙が私たちの中で蠢いた。
その時だった。
1号「…全員、楽器と衣装と制服持って外に出てください!!」
1号「もう良いです。ここで決めようとしたら気が散ってしょうがないので私が決めて撮りますから言う通りにしてください。」
その沈黙を破るように1号さんの怒号がSTARRY全体を包んで私たちは撮影にようやく向かうこととなったのだった。
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そうして私たちが向かった場所というのが
虹夏「公園?」
1号さん「そうです!まずは自然体で!カメラ気にせずに遊んでください!」
虹夏「うーん…って言われてもどうしても意識しちゃうな〜」
1号さん「まぁまぁそう言わずに…じゃ、始めますね!」
そう言って1号さんは強引に開始の合図をして、カメラを構えた。
レンズ越しに淡々とぎこちない笑顔の私たちを静かに映す。
ただ、公園にいるだけ。
たまに走る1号さんの指示の通りに動く。
ここに先輩の姿は、ない———。
また離れてしまったように、どうしても感じてしまう。
ずっと支えてくれたのは、1番のファンでいてくれたのは先輩のはずなのに。
1号さん「…」
風が吹く。木々がざわめく。
その中に、私たちの存在だけが浮いているようだった。
誰も笑わない。
会話もない。
けれど、ただただ時間だけは確かに進んでいた。
今私は笑えているだろうか。
いつも明るくいようと決めていたはずなのに。
ただ、数時間。数ヶ月、彼が離れていただけでこんなにも寂しい気持ちでいっぱいになってしまう。
それは私だけじゃない。
淡々と回されていく撮影。
ジーッと聞こえる撮影音だけが、この場に木霊していた。
1号さん「……うん。」
1号さんが呟く。
カメラを下ろして、私たちをゆっくりと見渡す。
1号さん「正直、もっと明るく撮れるかな、って思ってたんですけど…」
1号さん「これはこれで、すごく“あり“です…皆さんの今が、ちゃんと撮れてる。そういう感じがします。」
誰も返事をしなかった。いや返事ができなかった。
でも、その言葉に少しだけ救われた気がしたのも、事実だった。
1号さん「じゃあ、ここでの撮影は以上で!サビの演奏シーン撮りまーす!」
1号さんは最後まで私たちの無言には触れなかった。
ファンとして触れられないと悟ってくれたんだろうと私は思うことにした。
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【視点:1号さん】
あれから撮影は順調に進み、私は家へと戻って編集作業に勤しんでいた。
MVなるものは初めてなもので私も精を出して彼女たちが納得いくようなものに仕上げられるようにする。
ただ、少し引っ掛かりを覚えていた。
1号さん「誰も、笑ってなかったんだよな…」
別にそれが悪いというわけじゃない。
今回の曲名はグルーミーグッドバイという曲。
英語が苦手なこともあって、直訳だけど調べてみたらどうやら陰鬱な別れという訳。
となれば今回の結束バンドの皆に笑顔がなくても役に入りきっていると捉えればエモいMVが作れる。
1号さん「けど、なんか引っかかるんだよね〜…」
何だか拭えない違和感を胸に抱きつつ、数日かけてMV制作を進めたのだった。
ファンとして、ではなく1人の人間として彼女たちに対する違和感をきちんと理解できていたら良かったのに———。
それから数日が経って、私は結束バンドの元へと向かっていた。
MVが完成したのだ。
1号さん「こんにちは〜…」
響木「あ、どうも〜」
1号さん「響木君、こんにちは〜」
STARRYの扉を開けるとそこにはそれぞれのフロアの清掃に勤しんでいる青年が立っていた。
響木「…ついにMVが完成したんですか?」
1号さん「え、なんで分かるの!?」
響木「分かりますよ。じゃなきゃこんな早い時間にお店来ませんしね。」
1号さん「確かに。」
私はまだ来ていない結束バンドのメンバーを待つためにこのままSTARRYにお邪魔することにした。
流れる沈黙の中、ふと響木君の表情を見た時に何だか寂しそうな表情をしていた。
何かあったのだろうか、そう感じ得ない表情だった。
1号さん「響木君さ。何かあったの?」
響木「え?」
1号さん「いや、だってすごいしかめっ面だったよ?」
響木「あー…そう、ですね。実は———。」
1号さん「え…?」
響木「……俺が、いていい場所ってどこなんでしょうね。」
思わず言葉を疑ってしまった。
ファンから見てもあんなに結束バンドの皆に愛されている君がまさかそんな言葉を言うなんて。
響木「俺がこんなことを言ってたのは、皆には内緒にしてください。」
そう言い終えると彼は寂しそうに笑ってまた仕事へと戻った。
虹夏「おはようございまー…あれ?1号さん!」
タイミング良く、虹夏ちゃんが入るとゾロゾロと結束バンドのメンバーが揃い始めた。
あんな言葉を聞いた手前、私はどんな顔して彼女たちに会えばいいか分からない。
思わず、顔を伏せてしまった。
響木「虹夏ちゃん。おはよ。MVできたって。」
虹夏「え!本当!」
1号さん「あ、う…うん…」
代わりに響木君が伝えてくれていた。
ふと、もう一度彼を見るといつもの優しい笑顔に戻っていた。
本当は辛いんじゃないのだろうか。
本当は、羨ましいんじゃないんだろうか。
ただ一つ言える。
私はファンのままでいて、音楽を“奏でる“側に踏み入れなくて、良かったと心に思ってしまったんだ。
それくらい厳しい世界だと私はこの時、深く脳裏へと刻まれた。