短編で作ってみたので連載版は今のところ考えてはいません
突発的な思いつき作品ですが良ければご覧下さい
ダンジョンの深層――
本来、冒険者の到達を拒むはずの領域に、異質な“空白地帯”が存在していた。
そこは、どのモンスターも踏み込まない“死の階層”。
瘴気に満ち、空間そのものが狂い始めている“汚染域”。
その中心へと、ただひとりの少年が足を踏み入れようとしていた。
「……ここに、いるのか」
ベル・クラネルは、薄く光る紅の瞳を見開いたまま、辺りを警戒する。
かつて救われ、そして姿を消した異邦の男――リムル・テンペスト。
「もう一度、話がしたいんだ」
彼を探し続けて幾度目か。
噂の影を辿り、ついにダンジョン最深部に“異空間”があると知ったのは、数日前のことだった。
ヘスティアは強く反対した。
リューは、黙って武器を手渡してくれた。
そしてアイズは、静かに言った。
> 「……戻ってこなかった者はいない。
でも、ベルなら行くと思ってたわ」
そこに、彼の覚悟は宿っていた。
◇ ◇ ◇
階層を進むたびに、空気が変質していくのがわかる。
息を吸うだけで肺がきしみ、魔力の流れが乱れ、時折空間に“歪み”が走る。
重い。空気が、空間が、精神すら押し潰そうとする。
(これが……リムルさんの魔力……? いや、“意志”だ)
この瘴気は、ただの魔素ではない。
感情が渦を巻き、世界を拒絶するような、激しい拒絶の波だ。
そして、その中心に――それは、いた。
「……君か」
まるで散歩にでも来たかのように、リムルは現れた。
だが、その姿には“人”としての温もりは、もうなかった。
ローブは闇を纏い、瞳は紅に染まり、背後には禍々しい霧と影。
まるで神性と魔性が同居したような、恐ろしい静けさ。
ベルの鼓動が速まる。
「リムルさん……あなたは、やっぱり……」
「……ふふ、リムル“さん”、か。懐かしい呼び方だね」
微笑むその顔は、優しさを模した“仮面”のようだった。
「君がここまで来たってことは、何か聞きたいんだろう?
俺がなぜ、こうなったのか。何を求めて、世界の底にいるのか――」
「違う……!」
ベルは叫んだ。
「そんなの、理由なんて……聞かなくたってわかってる! 大切な人を失った……それだけで、人は――変わってしまうこともある。僕も、そうなるかもしれない」
一歩、前へ。
「でもそれでも、変わらない“想い”だってあるはずだ! それを、あなたは……!」
その瞬間、空気が震えた。
地鳴りのような低い振動が足元から響き、瘴気が竜巻のように渦を巻く。
「やめてよ、ベル君」
その声音には、冷たく――どこか苦しげな色があった。
「君の言葉は、優しすぎる。“あの頃の俺”に戻ってしまいそうで、怖いんだ」
次の瞬間。
黒い魔力が弾け、空間が裂けた。
影の触手が周囲から伸び、空間そのものが“崩れ始める”。
ベルは咄嗟にナイフを構えた。
「来るよ、ベル君。俺は……君の“英雄譚”を壊すために、ここにいるんだ――」
◆ ◆ ◆
黒の奔流がベルを飲み込もうと蠢いた。
それは瘴気ではない、“意思を持った闇”だ。
「《ファイアボルト》!」
咄嗟に放たれた炎の魔法が、闇を貫く。だが――
「遅いよ」
リムルの指先が、軽く振るわれる。
刹那、ベルの足元から“影の棘”が飛び出し、回避も許さず膝を裂いた。
「くっ――!」
よろめくベルに向けて、リムルが静かに手を翳す。
「《深淵穿孔(アビスホール)》」
虚空に開いた黒い魔法陣。そこから放たれるのは、空間そのものを飲み込む極細の重力線。
まるで“消失”を強制するような、理不尽な魔法だった。
ベルは即座に跳び退き、腰のナイフを逆手に構える。
(この距離――抜けられるか!?)
疾風のように踏み込む。
《英雄願望(アルゴノゥト)》の加速が足元に宿る。
「はッ――!」
一閃。雷のような踏み込みから放たれた斬撃は、リムルの肩を――裂かない。
「……俺に近接で挑むのかい?」
リムルの周囲、空間が歪んだ。
“時間差で発動する多層結界”――その内層が、剣を弾き返す。
ベルは空中で体勢を崩すが、次の瞬間、リムルの掌が背後に迫る。
「おやすみ、《神魔統合破界掌》」
――ドォンッ!!
目にも止まらぬ速度と威力の掌打がベルの胴に直撃。
防御魔法をすり抜け、肉体の内側から衝撃が爆ぜた。
「ぐぅ……っ!」
吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられるベル。
(……強すぎる。まるで、理不尽そのものだ)
それでも彼は、崩れ落ちる体に力を込めた。
「僕は……負けられない!」
立ち上がるその姿に、リムルは目を細める。
「……やっぱり、君は毒だ。君の“まっすぐ”が、一番たちが悪い」
「あなたは……っ、まだ誰かを救いたいって思ってるから、僕の言葉に動揺したんじゃないのか!?」
言葉と共に、ベルの手に光が宿る。
《英雄願望》、最大圧縮。
「だったら、届いてくれ……!」
白銀の光が迸る。
リムルが片手を翳し、黒と白の魔力が空中でぶつかり合う。
轟音。爆風。
光と闇が衝突し、空間が悲鳴を上げる。
リムルのローブが裂け、ベルの手には傷が走る。
それでも、二人は動かなかった。
静寂。
そして、ベルの声だけが響いた。
「また、会いに来るよ」
リムルは、ただ静かに目を伏せた。
黒の影とともに、その場から消え去る――
残されたのは、傷だらけの少年と、世界の底に灯った、わずかな“揺らぎ”だった。