バスクに恋をした女 作:スミ
1話 トリントン
陸上でのモビルスーツの輸送は、今は航空機による空輸で行われる。ガンペリーという、MS・人員輸送に特化した空輸機だ。
一年戦争当時に活躍したという強襲揚陸艦…特にペガサス級という純白の船は、宇宙・地上問わずミノフスキークラフトを用いた巡航が可能で、モビルスーツの輸送能力と戦闘能力、機動力全てを高水準で備えた、まさに最強の戦闘艦である。
フランシスは空で送られていった小隊の搭乗機と予備機を積み込んだガンペリー編隊のことを思い出し、ふとそんなことを考えた。
当時のニュースを見た時は本当に驚いたものだ。何せインタビューを受けたガンダムの伝説的パイロット、アムロ・レイの正体は、なんとまだ15歳の少年だったのだから。
フランシスはセス少尉をちらりと見遣る。今でこそジムのパイロットに甘んじている男だが、同期が言うには、ガンダムに脳を焼かれたとまで言われたほど、並々ならぬ執念を抱いていた男だ。
そのガンダムに憧れて軍に入ったのに、終戦を迎えていざガンダムのパイロットがどんな人間なのかを見た時、セスはどういう表情をしただろうか?
気のいい男ではあるが、多少なりの嫉妬をしたのには違いないはずだ。男なら、自分よりも優れている人間に僅かでも妬けるものだ。
グリン少尉はというと、携帯ゲーム機で移動中の暇をひたすら潰していた。
グリン少尉は隊内ではかなり若いパイロットであり、フランシスの二つ上という若さだ。若年で臆病かつ気弱だが、住んでいた場所で使っていた復興作業用のザクIIの操縦技能を買われて軍入りを勧められ、この場に至るという経緯を持つ。
そのためか、ジムに乗ってもあまり『馴染まない』らしく、鹵獲したザクIIのパイロットとして活動している時間の方が長い。
その隣でバウム少尉はグリンのゲームの画面を見て一喜一憂している。グリンは時折煩わしそうに顔を顰めるも、特段悪い気はしないようで、特に咎める事は無い。
バウム少尉は、戦死したビル中尉を除けば二番目に年長者であり、同時にかなり後先考えずに動くお調子者だ。ただそれでも軍人としては勤勉な部類であり、モビルスーツを預かるに足る人間であるという評価を受けている。
ただ、その性格のために厄介事を引き連れてくることもあり、ムードメーカー半分、トラブルメーカー半分と隊員からは認識されている。
そして隊長のオデロ大尉だ。
40歳を過ぎてなお一年戦争に従軍し、宇宙で起きた大きな戦闘には全て参加したという大ベテランだ。モビルスーツでの戦闘に一番習熟した人間で、隊をまとめるに適する度量と覚悟を持っている人間だと言えた。
ただ、フランシスにはそれ以上のことは分からなかった。プライベートの話題になると口を閉ざして黙して語らず、逆に上官の権利を行使して走り込みでも腕立て伏せでもさせそうな勢いだからだ。
そして、私。
フランシスは自分の今と過去とを照らし合わせた。
子供の頃をサイド1で過ごしていて、お金が貯まったから地球で暮らそうと言った両親に連れられる形で、サイド1のコロニーを飛び出した。シャトルに乗って見た星々は美しかったのを覚えている。
宇宙は無限に続くもので、未来への可能性を示唆するものだ。だが、ジオンは滅ぶ直前まで、独立を勝ち取るためだけの戦争で多くの人命を奪った。
ジオン軍の侵攻で両親を亡くしたあと、できる事といえば仕事をして生活費を稼ぐことだけだった。
軍隊は、それをするのに最も適した稼ぎ仕事だった。単純な事務職でも人手が足りないのだから、どの部署からでも引く手数多だったろう。
パイロットとなると、戦争のせいで更にその人数を減らしたはずだ。即戦力になる人材はいくらでも欲しいものだし、だからこそ、多少の訓練過程だけで使い物になるからグリン少尉が採用されたのだ。
「わっ」
車列が止まった。蒸し暑い装甲車両の覗き窓から様子を伺うと、車列の前方に建物がいくつか見え、その手前に長大なフェンスが立っている。どうやら到着したようだ。
荷物もモビルスーツも先んじて届いていた。
荷解きは自分でやらなければならないが、部屋を既に用意してくれているのは助かった。突然の異動命令だったのもあって、受け入れ側も態勢が整っていないのではと危惧していたのだ。
基地司令への挨拶を済ませ、寮の自室に入る。以前の基地と何ら変わりのない、狭い部屋だ。尉官用の部屋でも、広さや設備は兵卒のそれと何ら変わりない。これは人口の肥大化に伴う居住スペースの効率化ゆえだろう。
ふう、と一息ついて、フランシスは板のように薄いマットレスに座る。持ってきた荷物は大体出し終えたが、軍人の私物など大したものは入っていない。勧められて買ったものの読むことのない有名人の著書や、替えの制服や部隊章の予備品、そんなものだ。
それよりも、と部屋の外に視線を向けた。
パイロットとしてこのトリントン基地に赴任してきた以上、機体は自分の手でも整備できるようにしておかなくてはならない。
本来ならそんな仕事はメカニックマンなどに任せておけばいいのだが、フランシスはジムに愛着が湧いているのだ。訓練機としても実機としてもジムの中にあった彼女には、ある種特別な機体だろう。
…しかし。
「すみません。RGM-79が届いているはずですが」
トリントンの格納庫に足を運び、ジムの所在を尋ねる。オンボロではあるが、元の基地にいた頃からよく整備した機体だ。多少離れていたところで、劣化などしようもないだろう。
と、フランシスは思っていた。
「ん? もしかしてあれっすか?」
メカニックマンに指差された先にあったのは、頭と腕だけとなり、そのほとんどを余剰パーツ扱いとして分解された、哀れなジムの姿だった。
「わ…私のジムが!!」
「……い、言い訳をさせて下さい、少尉殿」
そこにあったはずのジムは、脆くも崩れ去っていった。
「……はぁ。纏めると、他の基地からも資材搬入があって、余剰品だと思って分解してしまった。それでいいですか?」
「ああ…上手く指示が行き届いていなかった。俺の責任だ、本当にすまん」
メカニックマンの代表者…レスト曹長は深く頭を下げて詫びた。壮年という表現の似合う男で、誠実さがありありと窺える。
レストの言うところでは、他にも多くのジムが入ってきていたものの、それらの殆どは腕や脚、関節部やセンサー系の損傷が酷く、壊れていない部品を継ぎ接ぎにしてレストア品に仕立て上げるという事をやっていた。
それで、中古品とはいえ全身が完全に残っているジムを、他の機体の修繕パーツとして用いた…と説明した。
「処罰は俺一人が受ける。重ねてすまなかった」
「いえ、代わりの機体さえあれば大丈夫です。私は俗に言う特別な人間ではないので、個別のチューニングなどありませんし」
旧ジオンには、ニュータイプ専用のモビルスーツがあったというが、そんな個人向けチューニングを何人にも施していれば、整備性など皆無だ。
反面、連邦軍の機体はとにかく量産性と整備性に重きを置いたものだ。大量生産品としての仕上がりであることを考えると、そこに戦争に勝てた理由が見えてくる。
「そりゃ、代わりならいくらでも。ジムを修理するためのあの指示だったからな」
そう言ってレスト曹長は第二格納庫への移動を促した。そこには大量のジムが安置されており、どれも同じ機体であることを除けば、選り取りみどりと言えた。
だが、その中でも一際、目を引く機体があった。胴体部の前後への肥大化著しいジムで、装甲板が貼り付けられておらず、内部機構の一部が見えている。見た目には、背部スラスターの増設がわかりやすいものだ。
「アレは?」
「あぁ…うちのバカ共が弄ってる
「我々の試験型パワードに興味がおありで?」
「パワード?」
「失礼、私はリカウ伍長です、少尉どの。それで、こいつがパワードと言います」
技師は嬉しそうにフランシスの前に立ち、手を掲げてジム試験型・パワードの説明を始めた。
「まずこいつは、胸部のジェネレータを前後合わせ二つに増設しています。このジェネレータというのは、MSで用いられる核融合炉の事を指しますが、この発電能力を活かした余剰電力を、追加したスラスターとバーニアに回しておりますので、後期生産型ザクIIと比肩しても優れた推力を実現しています」
「へぇ〜…」
確かに、ジェネレータを二基に増設しているという話を聞けば、背部に向けて肥大化した、バックパックとも見紛うような大きさの胴体にも説明がつく。多少の機体サイズの増大も、基礎能力の向上という利点に比べたらデメリットにはならない。
尤も、問題点はとてつもなくわかりやすいが。
「それで、肝心の装甲が無いようですけど」
「装甲はまだありません。言わば出力試験型なので、パワードタイプと銘打っちゃいますがね。ルナ・チタニウムのシールドで補いはしますが、本体の装甲はマシンガン相手にもやられちまいかねませんよ。ただ、機動性だけは保証します」
胴体内部の駆動系…特に電力伝達関連の配線に関しては剥き出しもいいところだ。
しかし、パイロットとしては、機動力の高さというものに心惹かれるものだった。何せ同じ後期生産型でも、宇宙戦闘に適応させたジムと陸戦にも強化対応したザクIIF2とでは、陸戦性能に隔たりがあった。その能力差は、跳躍力やバーニア噴射量、スラスター推力に大きく表れた。
「武装は?」
「そこは既存兵器から引っ張ってますから、ブルパップ・マシンガンや100ミリマシンガン、ハイパー・バズーカが関の山でしょう。しかし、ジェネレータの出力は並ではありませんので、計算ではあのガンダムの1.2倍の出力のビーム砲を搭載できます。ま、そんなものは存在しませんがね。ロマンですよ、ロマン」
ガンダムの1.2倍。この技師の言う通り現実には存在し得ないか、あるとしても戦艦砲クラスの兵器だろう。
だが、こちらも言う通りロマンはある。フランシスは、そうしたモビルスーツに自分が搭乗し活躍する場面を想像して、少しにやけ顔を浮かべる。
それを見られていたらしく、技師は悪魔の誘惑であるかのような囁き声を用いて、フランシスを魔性の台詞で誑かしはじめた。
「…乗ってみたくないですか?」
喉の鳴る音が聞こえてからは、フランシスの記憶はほぼなかった。
『……それで少尉は、そのオンボロジムで模擬戦を?』
遠くからザクに乗って観察するグリン少尉は苦笑した。
見た目には確かにボロだろう。しかし、あの技師の言うことを真に受けるのなら、この機体はガンダムを凌駕する高性能機と言えるはずだ。少なくとも語られたカタログ上のスペックは、ジム改に比べ1コンマ数倍は上だ。
「模擬戦って程ではありませんよ。試したかっただけですから」
『声が震えてんぜ。楽しみなんだろ!』
遠くで慣らし運転をするバウム少尉の指摘は、フランシスには図星だった。それが期待通りのものであれ、期待外れなものであれ、新しい機体を宛てがわれるのは胸に湧き上がる思いが生まれるものだからだ。
「みんなで見てみましょう。パワードの能力がどんなものか」
ブルパップ・マシンガンに、マガジンにペイント弾を装填したものを装着する。ペイント弾とは言っても、生身で受ける必要が無いMSのために薬莢に閉じられ炸薬によって発射される、カートリッジタイプのものだ。人間用のものとは違い、空気圧で発射するものでは無いため、飛距離も良好。
『ルールはMS模擬訓練の時と同じだ。胴に当たったら脱落、いつものやつだな』
監督官としてオデロ大尉がセッティングを行った。少し山間に入った荒野での遭遇戦、というシチュエーションだ。ミノフスキー粒子濃度は戦闘状態時濃度のため、レーダー網による索敵不可能、戦闘領域県外への移動は即時敗北。
わかりやすく、先に倒せば勝ちのルールだ。
『始めろ』
開戦の合図が聞こえた。
フランシスは即座にオデロからの連絡線以外の全ての回線を遮断し、目視での索敵に入った。
目の前はそれなりに濃い砂煙に覆われており、今は突風が吹いているだろうことが窺える。山間部は凹凸の酷い、平地に見えて遮蔽物の多い地形だ。ちょっとした丘陵さえあれば、しゃがんで姿を隠してしまえる。
それに加えて砂嵐だ。ミノフスキー粒子によるレーダー索敵が不可能であることに加え、更に有視界戦闘の難易度に拍車をかけるような砂塵とあっては、陸戦モビルスーツの戦闘能力は半分以上失われていると判断しても仕方がなかった。
電子情報伝達機能が死ぬミノフスキー粒子干渉の存在は、それまで敵をレーダーで捉えてミサイルを撃ち込むだけだった戦争の常識を大きく覆し、それまで高級な誘導兵器であったはずのミサイルは、固定目標へ向けて直進し続ける前時代のロケット弾幕のようにしか扱われなくなっていった。
無論、ミノフスキー粒子を散布しない戦場においては誘導兵器は有効なままだが、そんな戦場はもはやありえないものだ。
テロリストでさえ、艦艇があれば粒子散布を行うことができるのだから。
パワードの背部追加スラスターに、推進剤を供給する。爆発的に膨れ上がったエネルギーが、周囲数十メートルの砂塵を吹き飛ばす勢いで噴き出し、パワードを跳躍させた。
「うおおおっ!!」
興奮のあまり、雄叫びのような声を出してしまう。しかしながら、それまでジムしか知らなかったパイロットが、ビルをも飛び越す垂直跳躍性能を見せられれば、そうもなる。
「すごい…あっ!」
興奮のままに、地表近くを覆っていた砂塵から抜け出す。地球の重力に機体が引っ張られていくが、その前に砂塵の中に動くひとつの影を見つけた。有視界索敵を続けているバウム少尉のジムだ。
中空から好きなだけ、ブルパップ・マシンガンをばらまいてみる。ジムの周辺を、認識しやすい赤のペイント弾が塗りつぶしていく。照準を僅かに調節すれば、今すぐにでも命中、ゲームオーバーだろう。
しかしそれで攻撃の位置を覚ったか、視認するよりも先にバウムはシールドを上部に構え、被弾を防ぐ。
「気付いた!」
自分に言い聞かせるように、反撃が来る前にシールドを前面に構え、反撃に注目する。直ぐに盾を構える左腕に僅かな衝撃を感じるが、それよりもバーニアを利用した着地地点の移動が必要だった。
わざと背中を向け、バーニアによる姿勢制御を行い、脚部スラスターを全力で噴射する事で突入角度を曲げ、また振り返り、降着の瞬間までシールドを保持し続けながらもマシンガンのトリガーを引き続けた。
バキン、と最後の薬莢が飛び出し、
響くような音と共に、砂塵の中に突入して膝を大きく折り曲げ、着地した。すぐに追撃のペイント弾が飛んでくるが走って側面に避け、シールドの構えを解き、弾倉を差し替えた。
そのまま同じ方向に走り続け、相手がいたと思しき場所へ牽制射撃を続ける。そして僅かな丘陵に転がり込んで、射線から身を隠す。僅かな銃声をマイクが拾う。先程の牽制に反撃を加えたものだろう。
パワードを立ち上がらせ、丘陵から少し頭部カメラを覗かせて索敵する。砂塵が薄れてきているのがわかったが、バウムの位置は見えず、特定できないままだ。
先程の交戦位置からするに、移動していなければ今向いている角度に撃てば当たるが、オデロからの模擬戦終了指示は飛んでこない。戦闘はまだ続いている。
索敵は続行するが、やはりバウムの位置はわからなかった。ただし、砂塵はより晴れてきている。数分もせずに風は止み、ジムの所在が分かるようになるだろう。
同じ位置に残り続けて居場所を覚られるのを嫌い、駆動音を最小限に抑えてゆっくりと徒歩による移動を始める。
脚が動く度に、コックピットに重く響く振動を感じた。この様子だと装甲のみならず、衝撃緩衝材やアブソーバーの類も最小限なのではと思えてくる。
しかし、それは試作機という建前である以上は詮無きことだ。推力・出力にだけ特化したような機体で、パイロットまでケアできる人間は多くないのだろう。
やがて、一瞬の突風が吹き、視界が晴れた。
「…うっ!」
眼前、200メートルの距離。舞う砂煙で目の前が見えるかも怪しかったが、それにしてもすぐそこにいたというのに、気付かないものなのだろうか。フランシスもバウムも、目の前に敵を目視してから射撃姿勢に入るまでは早かった。
すぐにシールド越しの撃ち合いが始まるが、互いの盾に当たって戦況が膠着する。
「埒が明かない!」
斜めに走ってできる限り射線から身を逸らすと、そのまま弾に当たらないことを祈りつつ、三個目のマガジンを装填した。予備弾倉はそれで最後だった。
バウムも同じ手段を取ってきた。走って接近し、確実に仕留められる距離で撃つ腹積もりだろう。
しかし、パワードには切り札がある。
「行け!」
スロットルを最大まで回して、全力のスラスター噴射によって飛び上がる。バーニア噴射も並行して行ない、姿勢を既に降着に向けてスタンバイさせる。
ペイント弾が、バウムのジムのシールドに降りかかる。対するバウム機は、旋回に手間取っている。中空で、まるで宇宙空間のようなバーニア噴射による姿勢変更は、パワードの明確な強みだろう。
そして、明確な隙が生まれた。
シールドを持ち上げるだけでは、背部をガードできない。背中から地面を目掛けるように、ブルパップ・マシンガンを連射した。
ペイント弾が吸い込まれていくように見えたところで、通信が入る。
『そこまで!両名共に帰投しろ』
着地をし、バウムを見遣る。棒立ちだったのは一瞬であり、すぐにトリントン基地に歩み始めた。
ジム出力試験型。ジム・パワード。
一基地でカスタムできるものとしては、最大クラスの改修と言えるものだった。これなら戦闘において、機動力を主とした撹乱や、有利な位置を取っての先制攻撃といった、戦術の幅が広がる。
装甲を取り付ければ、生産コストにも拠るだろうが順当な強化を施したジムタイプの機体と言えた。
「チェッ、フランシスに負けちまった」
「パワードが良かったからですよ、これは。どういう経緯で作ろうと思ったんでしょう?」
控え室でコーヒーとココアをそれぞれ飲みながら、バウムとフランシスはソファに座って語った。その周りをオデロ小隊の面々が囲んでいる。
その中には、模擬戦形式で技術試験を終えられて満悦の笑みを浮かべる、リカウ伍長もいる。
「ありがとうございます!このデータをジャブローに出せば、ジムはもっと強くなれますよ!」
「ジャブロー?総司令部が、末端にあるような基地の現地カスタム機のデータを受け取ってくれるのか?」
「そこは、わかってもらえるまで何度でも転送しますよ。続報がわかり次第、お伝えします」
リカウ伍長はご機嫌でコーヒーを飲み干しながら、控え室を後にした。それを見送ってから、改めてセス少尉が笑った。
「技術屋ってのはどいつもこいつも変人ばかりだな。俺の分のパワードは無いのか?」
「一機だけみたいです。正直推力が強すぎてピーキーで、オデロ大尉が使った方が良さそうですけどね」
オデロは煙草の煙をくゆらせながら、首を緩やかに横に振った。
「この歳になると判断が鈍ってくる。俺にはジム改のようなのが一番しっくりくる」
「なら俺は?どうだ?」
バウムが前屈みになって聞いてくる。
「じゃあ渡しません」
バウムはがくり、と頭を下げた。
半年後。
すっかりトリントンの一員として馴染んだオデロ小隊は、連日訓練に勤しんでいた。
MSを用いた模擬戦闘訓練から、戦術・戦略単位の座学、基礎体力訓練など、軍人としての責務を十全にまっとうしていた。
その日も同じような日程が続くと思っていたフランシスだが、女性寮の入口でグリン少尉が待っているのを見て、急いで着替えて寮を出た。
寮から出てきたフランシス少尉を見て、グリンは数枚の書類のひとつを見せてきた。そこには、異動してくるパイロット集団の名前が記載されていた。
「また異動してくるんですね」
「はい!しかも見てくださいよ、この名前!」
グリンが興奮冷めやらぬまま指差してきたのは、パイロットの一人だ。しかしフランシスには、その名前が特別なものなのだとは推察できても、実際にどのような人なのかまではわからなかった。
「これは?」
「ご存知ないんですか? サウス・バニング大尉! 誰一人として戦死者を出すことなく一年戦争を生き延びた、不死身の第4小隊の隊長ですよ!!」
「ふぅん…そしたらこの人達は、同じ小隊メンバーなんですか?」
コウ・ウラキ少尉、チャック・キース少尉、ディック・アレン中尉等々、オデロ小隊と同じ小隊メンバーと思しき人数分の異動規模となるようだが、グリンは首を傾げた。
「いえ…確かこんな名前じゃなかったと思います。多分、戦争が終わって解体された小隊の新規メンバーだと思いますよ。ほら、オデロ大尉も一年戦争時代は別のメンバーを指揮してたでしょうし」
それを言われれば、確かにと納得する。戦争が終わって役目を果たした隊は、再編成の為に一度解体され、改めて新規の隊に再編されるものである。不死身の第4小隊と渾名されたそれも、その例に則ったのだろう。
「新しい人達か…どういう人たちなんでしょうね」
「それを確認しに行くんですよ!ほら、行きましょう!」
手を引っ張られて、フランシスはいつもの控え室へと走った。途中で通りがかった格納庫に、複数の機体が搬入されていくのが見える。ジム改らしい機体が二機、ザクII、バックパックの形状からF2型が三機、それぞれ入っていく。
ザクの方は連邦軍仕様機としてカラーリングが一新されており、白と黒の清廉さを思わせる塗装を施されている。
格納庫併設のパイロット休憩室、通称控え室は、過去最大の賑わいを見せていた。
それは、オデロ小隊に加えてバニング小隊、そして彼らを取り巻くメカニックやエンジニアらの喧騒から来るものだった。
「おお、来たか。サウス大尉、こいつらがグリン少尉とフランシス少尉。お前ら、彼がサウス・バニング大尉だ」
ソファで座っていたバニング大尉は、立ち上がって敬礼をする。それに応えるように、グリンとフランシスは揃って足を揃え敬礼を返した。そうしてすぐに、グリンは握手を求めた。
「光栄です。まさかこんな基地であの不死身の第4小隊の隊長にお会いできるだなんて!」
「おかげで散り散りになって左遷されてきたがな。サウス・バニング大尉だ」
「わあぁ…すごい、本物だ…!!」
彫りの深い顔に刻まれた貫禄は、オデロ大尉のものと同じ、歴戦の猛者のそれを感じさせた。
「我々は、こちらには二年赴任する予定だ。貴君らとは一年半の付き合いになる予定だが、よろしく頼むぞ」
バニング大尉の言葉に全員が頷くか、敬礼を返礼した。そこから自由時間というよりかは、訓練・座学を中止して数時間の歓迎会が開かれることになったのだが、そこで小隊メンバーらは、トリントンに遅れてやってきたパイロットたちと話す機会を得た。
「自分はコウ・ウラキ少尉であります。こっちは同期のキースです」
「どうも、チャック・キース少尉であります」
若く、目に活力が満ち満ちている士官だと言えた。ウラキ少尉は唇をきりっと引き締め敬礼をし、キース少尉は僅かに着崩しながらも敬礼の形は崩さなかった。
「俺はラバン・カークス少尉。よろしく」
「ディック・アレン中尉だ」
バウム少尉のヒュウ、と口笛を吹く音がする。
「すげえや、中尉か。よろしく頼みますよ、上官どの。俺はバウム・フェン少尉です」
「茶化すなよ。ツレがすみません、俺はセス・ブラウナー少尉です」
セスがバウムの頭を軽く小突きながら、アレン中尉に自己紹介をする。グリンとフランシスもそれに倣い、敬礼をする。
「改めて、グリン・グリーニー少尉であります!」
「同じくフランシス・アーツ少尉です。よろしくお願いします」
隊員同士が目を合わせ、フッと誰かが笑った。堅苦しい雰囲気があっという間に崩れ、全員が卓を囲んで椅子にもたれかかった。
「いやあ、ここにいる全員がパイロットだろ?しかも一人は面白MSのテスターにアサインされてる。しかもジム改をテストベッドに、例のカスタムを施すときたもんだ」
「それって?」
カークス少尉の言葉に、MSの話題には興味津々なセスとフランシスが全く同時に同じ言葉を発した。
「搬入したうちの小隊のジム改。ありゃそのまま使うんじゃなくってな、トリントンでカスタムするために持ち込んでんのさ」
「へ〜…って事はですよ。遂に通ったんですね、パワードジムの改修決定案」
「こっち来て早々に仕様書を見ましたよ。ジムのジェネレータ出力を向上させ、推力を高める事で機動力を確保する。発想だけなら何度も生まれてきたものですけど、既存のジム改を流用して性能を向上させるのは、基礎とアイディアが優秀な証拠です」
ウラキ少尉が口早に続けた。興奮を感じ取れる話し方だが、俗に言うMSオタク気質の人間だろう。セスとフランシスには好感の持てる人間に映った。
「試験型の方は?変わらずフランシス少尉が乗るのか?」
アレン中尉が言った。
「はい。だって、アレン中尉にはパワードジムがありますでしょう?」
「そうだった」
アレンは喉を鳴らして笑った。
半年経ったあとも、ジム出力試験型・パワードのパイロットは変わっていなかった。オデロは俺には合わないと言うし、グリンはまだザクに乗っている。残るはセスとバウムだが、三人で乗り比べたところ、一番機動戦闘に適性があるのはフランシスだった。
それで、パワードはまだフランシスの手の内にあるのだ。それに、パワードにも装甲が付与された上、整備性の向上を目的とした全体的な配線の調節、ブースタ類出力の最適化など、パワードジムより価値は下がるものの、ジム改よりも良好な能力を持っている点は未だ強みである。
「それで…早速やってくかい?」
バウム少尉が全員を誘った。何に?
フランシスは、彼の性格を大体把握していた。お調子者だし、こういう時空気を読めるのにわざと流れを断つようなことを言い始めるのだ。
「ブラックジャックだよ」
尻ポケットに入れていたのか、トランプカードを取り出して山札を作った。すぐに、賭け事でもするかのような雰囲気になり、少しばかりそれが嫌で、何人かが控え室を抜け出した。
その中には、フランシスとウラキ、キース、グリンの姿があった。彼らはそのまま格納庫まで歩いていき、各々が乗る機体についての会話を始めた。
特にウラキはモビルスーツに関してはかなり博識というか、民間・軍の両側面から集められる情報に精通しているという印象を、フランシスとグリンに与えた。
特に同じくモビルスーツに興味を持っているフランシスには、ウラキの話は特に面白く、良く聞こえた。
「──でも、パワードジムの仕様書には、確かに強みはあったけど、発展性はあまりなかったように思う」
「なんでです?」
「うん。全体的な能力の向上というか、特に推力関連は凄い進歩を感じるんだけど、そこまでだろうなって。新技術が投入されたとして、既存のジムの枠組みじゃあ限度があるんだ。そこに来るのはきっと、ジムじゃなくて別の…新規の量産型モビルスーツじゃないか?」
「新規か…ザクも進化するんでしょうか?」
「ザク?ザクは…わからないな…。でも、同じザクでもバリエーションは多い。初期型のザクIに、発展系のザクII。そこから汎用仕様のC型や陸戦仕様にしたJ型、更に陸戦・宙戦対応のF2型、最終量産仕様のFZ型。ザクだけでもこんなにバリエーションが豊富だからなぁ……進化していくかはともかく、既存品を現行技術で更に強化していく事は出来ると思うな」
「おお…そのうち本当に、ザクの新型が出てくるかもしれませんね。ザクIII、みたいな」
「ジオン共和国がザクを再配備し始めたら、あるかもしれないな。今の公国軍残党には、新しいモビルスーツを開発する余力があるのか分からないし、そうなった時には連邦軍も進化した機体を大量配備しているだろうけどね」
「なあコウ、もう終わった?」
キースが呆れ顔でウラキの顔を覗いた。熱中していた事に気付いたのか、ウラキは申し訳なさそうにキースに謝り、少しはにかんでフランシスたちに向き直った。
「ごめんごめん、長話し過ぎた。…明日から合同訓練があると思うから、その時改めて話そう。キース、行こう」
「あ、あ…おい、待てよコウ! …っとと、じゃあね〜フランシス!」
格納庫から飛び出していく二人を見送りながらも、フランシスらは先程ウラキから聞かされた話に熱を持たされていた。
自分たちの乗る機体が強くなっていくかもしれない、技術の進歩を当事者として体験出来るかもしれない、そういった期待感に胸を膨らませていた。
「…そういえば、なんでキース少尉は最後に私にだけ挨拶を?」
「ん…さあ?」
トリントン基地
レスト・ストリーク
地球連邦軍曹長。戦中の陸戦において戦車大隊の小隊長を勤め上げ、再編によってメカニックマンらを総監督する立場に依願異動した。リカウの無茶で首が飛ぶのではと戦々恐々している。
リカウ・ロベルタ
地球連邦軍伍長。メカニカルエンジニアを総まとめしており、特にMSに関しては、自分のやりたいことを自分の権限の範囲で行えるトリントン基地司令に感謝している。
バニング小隊
サウス・バニング
地球連邦軍大尉。一年戦争時代、最大規模の宇宙空間戦闘とされるア・バオア・クー攻略戦において、指揮下小隊内において一切の死傷者を出すことなく生還した、凄腕のパイロット。
コウ・ウラキ
地球連邦軍少尉。戦後に士官学校を卒業し、少尉となった。モビルスーツ操縦技術に秀でており、また知識も豊富で、MSオタクと揶揄される面もあるが、若くして見込みのある士官。
チャック・キース
地球連邦軍少尉。戦後に士官学校を卒業し、少尉となった。コウ・ウラキとは同期のよしみであり、MS操縦に関しては一定以上の優秀な成績を収めているが、女好きのきらいがある。
ラバン・カークス
地球連邦軍少尉。戦前に士官学校に入学したが、卒業は戦後となる。MSパイロットへの憧れを以前から抱いており、MS操縦適性試験の際、立ち会っていたアレン中尉に拾われた。
ディック・アレン
地球連邦軍中尉。戦中時点で少尉であり、地上で残党の掃討任務に当たっていた過程で中尉に昇進した。バニング大尉が来るまでは、ウラキやキース、カークスらの教練相手を務めていた。
連邦軍・兵器
ジム出力試験型
通称、パワード。
後期生産型ジムの胴体部、特に胸部を前後に伸ばし、背部方面に予備ジェネレータを併設する事で出力・推力の確保に成功した。しかし装甲は軽量化とシールドのためにオミットされ、機動性に特化した事となる。
リカウ伍長がパワードの改修を指揮し、フランシスによる模擬戦闘訓練のデータをジャブローに転送する事で、MS関連部門からの打診を得、後続機となるパワードジムの試験製造をトリントンで行う運びとなった。
このパワードジムに関しては、母体をジム改とし、ジェネレータも高出力の専用のモデルを一基のみ搭載することで、結果的な軽量化を図っている。
ザクIIF2型(連邦軍鹵獲仕様機)
ジオン公国軍が統合整備計画によって新たに強化したザクIIの後期生産仕様。それを更に連邦軍が鹵獲したもの。
戦中に大量の兵器を失った連邦軍にとって、ローコストでの戦力増強は急務であり、技術解析の意味も兼ねたモビルスーツ鹵獲は効率的なものだった。
白と黒のカラーは、連邦軍機として生まれ変わった姿をイメージさせる。